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悲報!『ネバーランドにさよならを』がエミー賞を受賞しました(特に注目されない小さな部門ですが)。最近の米国のインフルエンサーの態度から予想はしていたものの本当に酷い事態だと思います。

この話題の最初から「Me too」との関連については触れてきましたが、海外のファンの間では、ワインシュタインが自分の犯罪報道を小さく扱ってもらうために、ニュースバリューのあるMJを利用しているという意見が根強くありました。

私は彼の件があってもなくても、マイケルには今回のようなフェイクドキュメンタリが作られる土壌があったと思っていたので、今までそこには慎重な見方をしていたのですが、今回その関係について見逃せない事実が上がってきたので、今日はそれについて触れてみたいと思います。

では・・・





これは、このブログでエイブラム裁判( → )と呼んでいる2002年の裁判のときに、記者から聞かれて、マイケルがめずらしく「Go to hell(地獄に行け)」だなんて言ってる動画なんですが、誰に向けて言ったのかご存知でしたか?

記者:弁護士のオールレッドが、子供たちへの聞き取り調査をしたほうがいいと番組で発言していましたが・・・

MJ:彼女に「地獄に行け」と言っておいて。

これは、グロリア・オールレッドという女性弁護士への言葉だったんですね。彼女は、女性や子供の人権を弁護することで名を上げ、1993年のチャンドラーの告発の際も短期間ではあるものの、チャンドラー側の弁護士を務め、2002年、MJが赤ん坊をホテルの窓の外に掲げたときは、カリフォルニア州の児童保護局に、彼の子供に関する調査を求める手紙を書き、その状況をCNNで話しました。記者の質問はそれに対してのものでした。

児童保護局に調査を求めたなら、その結果を待つべきなのに、ただ、求めたというだけで、メディアに登場し、子供の人権を守るという名目で、彼らの親を侮辱し、結局、子供も傷つけることになっているなど、わたしには子供への配慮に欠けた売名行為としか思えないですし、

父親として子育てに奮闘していたマイケルの怒りはもっともですよね。

オールレッドはその後も、ラジオや、テレビ番組のパネリストとしても活躍し、女性やトランスジェンダーの権利や、セクシャルハラスメント、不当解雇、雇用差別などの起訴で名を上げ、モトリークルーのドラマーのトミー・リーや、ロブ・ロウ、ビル・コスビー、サシャ・バロン・コーエン、R・ケリー、ジョン・トラボルタといった有名人の起訴でメディアに登場し続け、2016年の大統領選挙前には、ドナルド・トランプを性的不正行為で非難する3人の女性の代理人も務めました。

「パブリシティ・ハウンド」や「記者会見の名人」といったニックネームを付けられたり、彼女の過激さは賛否両論なのですが、2018年2月、Netflixで彼女自身のドキュメンタリー『グロリア・オールレッド 女性の正義のために(Seeing Allred)』が放映されるなど、その勢いはマイケルが地上にいたときより増しているようです。




(ドキュメンタリーと同時期の2018年2月のインタビュー)
記者:あなたに伺うのはどうかと思うのですが… でもあなたはほんの短い期間、(ジョーディ)チャンドラーの代理人でしたよね。48時間(2日間)よりも短い間でしたが。

オールレッド:48時間より短くはないけど… まあいいわ、続けて。

記者:いや、そう読んだものですから。とにかく短い期間ですが、あなたは正義を求めていた。今また2人、新たに告発者が登場して、ウェイド・ロブソンと… ジェームズ・セイフチャック。彼らのドキュメンタリーが1か月後に公開になるのですが、この時点で、マイケルや彼のレガシーを信じている人に何か言いたいことは?

オールレッド:マイケル・ジャクソンに対しては深刻な告発があったわね。聞くところでは何百万ドルもの示談金が支払われたとか、それから、サンタバーバラの件でも被害者がいた。それは無罪になったけど、彼の振る舞いは性犯罪者、児童性的虐待者のものです。それも音楽と同じように、彼のレガシーというべきね。****(聴き取れない)彼が子供に害を及ぼす人間だということを、私は固く信じているわ。

弁護士のくせに、人に罪をきせるのに証拠もあげずに「信じている」なんて・・・
天国にいるマイケルの代わりに言いたい人全員で、せーの!

「地獄へ落ちろぉーーー!!!!!」

マイケルについてよく知るファン以外は、『ネバーランドにさよならを』を見ると、1993年の最初の疑惑では、多額の示談金が支払われ、2005年の裁判では無罪になったものの、マイケルが少年とベッドを共にしたことは間違いない。そして、その裁判でマイケルの無罪を証言していたウェイドがついに、真実を告白したのだから、もう、マイケルが虐待者であったことは否定できない。

なーんて、すっかり信じこんで、潔白を信じているのは、マイケルを神格化しているファンだけ!だと思ってしまう人も少なからずいるようですが、

最初に訴えた少年の父親が、マイケルを破滅させる目的で計画を立てたことは、すでに証明されています。電話でそれを話した相手に録音されて、今ではネットでその音声を聞くこともできますので、どうかお調べになってください。少年の告白とされるものは、歯科医の父親が投与した麻酔薬アミタール塩によるものだったことも明らかになっていますし、その後、虐待を受けたとされる少年は、逆に、この父親を虐待容疑で訴え、彼は親権も剥奪された後、2009年に自殺しています。

また、世界中が注目した2005年の裁判は、多額の税金を捜査に使ったことでも、警察は絶対に有罪にするつもりでしたし、ほとんどのメディアがマイケルに否定的だったことも有利に働いて、陪審員がマイケルを無罪にするわけがない、とタカをくくっていたのですが、自称被害者の嘘はあまりにお粗末で・・(詳しくは『マイケルジャクソン裁判』をお読みください)

裁判の結果もお金次第というアメリカでは、マイケルの無罪になった理由についても、お金のおかげだと考えている人がいるようですが、全米一と言われるドリームチーム弁護団によるOJシンプソン事件とは違って、マイケルの裁判は、調べれば調べるほど「無罪」にしかなりようがなかった。

それは、2009年に公開になった1992年〜2005年までFBIがマイケルを捜査したファイルによっても明らかで、『ネバーランドにさよならを』の放送後、再度ウィキリークスでも公開されました。そういったことからも、マイケルに関しては疑いようがなく潔白が証明されているんですが、メディアは、この疑惑で、何度でも「商売」したいので絶対に真実をみようとはせず、あらゆることを捻じ曲げて日々ニュースを作り続けています。

でも、2005年の裁判の中身についても知っているはずの弁護士で、フェミニストのオールレッドが、ウェイドら告発者の代理人でもないのに、なぜ、ここまでマイケルを攻撃する?

マイケルは反フェミニズムじゃないし、父権や、いわゆる男らしさとも無縁で、女性からセクハラで訴えられることも考えられないキャラクターなのに・・・。

『グロリア・オールレッド 女性の正義のために』では、1941年生まれの彼女が、フェミニズムに目覚め、78歳の現在まで女性の権利向上のために、さまざまな行動をしてきたことが描かれています。その戦いの中には、同じ女性として感謝すべき点もあるようにも思えますし、自分の使命に目覚めたともいえる、彼女のあまりに熱心な仕事ぶりにも感心してしまうのですが、

2016年の大統領選挙で、ヒラリーの支持者だった彼女に敵対する側は、無邪気で無神経な男性や、ホモセクシャル嫌いで、キリスト教原理主義者か、差別主義者。一方で、性的マイノリティや、女性や、レイプ被害者たちは、みんな彼女を支持しているといった描き方からは、彼女だけでなく、ヒラリーや、MeeTooへの支持が失速した理由が垣間みえるというか・・。

ドキュメンタリーでは、「ここから始まった」として、ビル・コスビーの事件をもっとも大きく取り上げています。中年期まではハンサムで、長身の黒人コメディアンだったコスビーは、多くの映画にも出演し、長寿番組のホストとして人種の壁を越えたと言われるほどの人気者になり、永年アメリカを代表する有識者として絶大な影響力を誇っていましたが、2004年、自宅で女性に薬を盛り性的に暴行した疑いで、検察から起訴されることに。

そして、その後も、コスビーの告発者は増える一方で、最終的に50人もの女性が彼を告発することになったのですが、自宅での暴行事件をのぞいたコスビーの被害者は、みんな40年から50年前に起きたことを告発していて、全員「薬を盛られて、気がついたらレイプされていた」と。彼女たちの訴えは、すべて時効が成立していたため、裁判は自宅での暴行疑惑のみとなりますが、そもそも、オールレッドが率いる告発者たちの目的は、この時効の撤廃だったようで・・。

これは以前紹介した、コリー・フェルドマンの発言でもあったように、被害にあってから一定の期間が過ぎると訴えとして認められない「出訴期限の廃止」のことで、
フェミニズムと、幼児の性的虐待を告発する流れは、お互い「出訴期限の廃止」を求めることで関係を深め、「Me too」が拡大することになった。コスビーの疑惑については、私はよくわかりませんし、マイケルも少年時代に会った印象から、彼を良く思っていなかったというような記述もあったりするので、庇う理由はないのですが、コスビーやマイケルのケースは、多くの人から尊敬され、影響力のある人物を告発することで、メディアを激しく動かし、「世論による裁判」を起こすといった同じ戦術で計画されたように、私には見えます。

ふたりとも黒人であることから「人種差別」を思う人もいるかもしれませんが、違うと思います。コスビーは、黒人コメディアンとしてはめずらしく人種ネタをしないことで知られ、マイケルと同様、人種を超えた人気を誇っていたのですが、オールレッドが率いているような圧力組織では、そーゆー人物が嫌われ、ターゲットにされるんですよね。

彼女たちは、ミュージシャンでは、R&Bとロックアーティストばかり攻撃し、反フェミニズムで、ホモ嫌いが多いヒップホップ系はなぜか免れています。なぜなら、愛とセックスとダンスが中心のR&Bは、メディアへの話題提供に乏しく、企業がスポンサーにつくことも少ない。それに引き換え、ヒップホップには今、多くの企業がスポンサーについていて、メディアやSNSとの親和性が高い彼らのメッセージは、若者を洗脳するのに適しているので、「人種差別問題」を過去のものにしないため(*1)、そして「フェミニズム」の理解者を増やすためにも重要なんですね。

実際に差別が激しかった時代の人間よりも、そうでない方が「声高」というのは、黒人問題に限ったことではなく、多くの圧力団体に言えることでしょう。差別を訴える団体が栄えるためには、差別がなくてはなりません。黒人問題は、今はもう肌の色への偏見などではなく、代々貧困地帯に住むことで、浮上する機会が得られず、非合法の商売やドラッグから抜けられなくなっている人々の問題なんですが、これをただ「人種」で差別されているということで、美貌にも才能に恵まれ、経済的にも豊かな黒人から寄付金が集められますし、差別者だと思われたくない白人からの支持も受けられる(*2)

女性や子供、人種差別や性的マイノリティを守るために、オールレッドは自分が彼らを守る立場のNo.1に君臨し、世間からは恐れられる存在でいる方が正義のためになる。そんな彼女にとって、自分の考えとは違う女性や黒人は「敵」にしかならないんでしょう。

親しい人間から何度やめるように言われても、マイケルが子供たちと遊ぶことを止めなかったのは、親から愛されず、自分を守ってくれる大人がいない子供のために、自分がしてあげられることがあると信じていたからですが、オールレッドが「子供とベッドを共にするのは別に悪いことではないなんて言っている人間の側に子供を行かせるのは良くない」と再三マイケルを批判したのは、自分が信じる正義とは異なる人間を性的虐待者に仕立て上げ、子供を守るためだと偽って告発したいだけ。




(動画は、2015年に公開になっているもので、オールレッドは、親のいないところで、マイケルの子供だけでなく、ネバーランドに来ている子供たち全員に聞き取り調査をするべき!子供とベッドを共にしても別に悪くないなんて言っている人間のそばに子供たちを行かせるのは良くない!と強い口調で訴えています。ブレッド・バーンズが「マイケルが性的に虐待したと語ってくれたら、大金を支払うと言われた」と語っていたのは、彼女のスタッフだったのかもしれませんね)


ビル・コスビーから、セクハラを受けたり、セックスを求められたりした女性は実際に多いのかもしれませんが、彼のような体格のいい黒人男性が、セックス相手の女性を毎回「薬で眠らせていた」っていうのは、なにかおかしいと思いませんか?でも、その後も、彼女たちの攻撃が弱まることはなく、コスビーは仕事と名誉をすべてを失った上、逮捕までされ、2016年9月、ついに、カリフォルニア州の知事は、レイプや性的犯罪に関する時効の撤廃を求める法案に署名することになりました。

この経緯や結果は、マイケルのドキュメンタリーにも影響を与えたと思います。

40〜50年前に「薬を盛られて、気がついたらレイプされていた」と語ることは、熟女のフェミニストにとっては楽なミッションだったと思いますが、告発するように何度お金を積まれて求められても、マイケルの周辺にいた少年たちの中で、それを実行できたのは、自らの失敗からキャリアを閉ざされ、借金まみれになっていた二人だけ。

オールレッドらの行動は、「真実」よりも、「被害者の言うことを否定してはならない」という新らしいルールの席巻を許し、今から考えてみると、最初から、サンダンス映画祭への出品、オプラの登場、エミー賞までがセットされていたように思えます。コスビーもマイケルも、オールレッドたちが最も求めていた「出訴期限の廃止」のために使われたんじゃないでしょうか。

一方、ワインシュタインは・・・

「寝たい!」と思う女性が大勢いたコスビーや、マイケルと違って、残念ながら、ワインシュタインを見て、どんなに仕事が出来たとしてもカンベンして!と思ってしまう女性は多いでしょう。人を外見で判断してはいけないとは思いますが、「まさかそんな人だとは思わなかった」などという発言を、わざわざしなくてはならなかったのは、メリル・ストリープなど大物女優だけで、ワインシュタインの件は誰もが疑うこともなく「絵」に魅力がないせいか、被害者が多い割にはニュースになることが少なく、彼のドキュメンタリーは、エミー賞にノミネートされることもなかった。

でも、実はそういったことにも、オールレッドが絡んでいたんですね!

オールレッドの娘は、リサ・ブルームといって、彼女も女性の権利を訴えることで有名な弁護士なんですが、

(リサ・ブルームのツイッター)
今日のニュースはマイケル・ジャクソンについてのドキュメンタリーね。
私はもちろん告発者を信じるわ!何十年もそうしてきたようにね。
どうしてジャクソン家の人たちは、彼が性的児童虐待を疑われた後も、彼が次から次へと少年たちとベッドをシェアするのを許してきたのかしら。被害者の側に立ったオプラに祝福を。

というわけで、ブルームもオールレッドと一緒に地獄に行ってもらいますが、彼女の悪行はこれだけでなく、ブルームは、ワインシュタインの弁護士も務めていました。

彼女は、ワインシュタインのレイプ事件発覚後、彼の弁護を辞め、自分の選択が間違いだったことをツイッターで謝罪しているのですが、

痛みは伴うけど、成功よりは失敗から学ぶことが多い。
あんな失敗を繰り返さないように、変わらなきゃ。
Jodi Kantor, Megan Twohey、Ronan Farrow 、2年前、ワインスタインのために働いたという、私がおかした大変な失敗に向き合わせてくれて、ありがとう。痛みは伴うけど、私は成功よりも失敗から多くを学ぶ。彼の性的虐待を訴える最初の人が出てきたとき、私は職を辞して、謝罪したがそれは十分ではなかった。
私の法律事務所は被害者の立場に95パーセント立っていたが、これからは100パーセントそうします。これまでも、ビル・コスビーや、ポール・マルシアーノ、ビル・オライリーのほか、数々の性的虐待裁判で勝ってきた。私の2017年の謝罪を聞いていない人、特に女性にはもう一度謝ります。私は他人をその人が一度だけやった最悪のミステイクではなく、その人が一生の間に何をやったかで判断します。
私が30年の間やってきたのは、弱者のために力を持つ人々と戦うこと。たくさんの訴訟で勝ってきて、私の法律事務所は全国でも有数の、被害者の権利のために戦う事務所になりました。多くの依頼者がうちの事務所の、勤勉なスタッフに寄せてくれる信頼に感謝しているし、彼らの権利のために戦い続けると約束します。

ちなみに、Jodi Kantor, Megan Twohey、Ronan Farrowというのは、ニューヨークタイムスの記者で、『She Said』という新刊の著者(この本は、ワインシュタインが多くの女性たちをセクハラ出来たメカニズムを解明し、彼の被害者が名乗り出たことが、どのようにMetoo運動につながっていったかを論じたものらしい)。

マイケルのことでは何ひとつ調査しなかったNYTは、ワインシュタインについては調べていたようで、その本の中には、ワインシュタインの被害者女性たちを、ブルームが破滅させようとしたことが書かれている・・

オールレッドの娘、弁護士リサ・ブルームはよく知られた人権派弁護士だが、ワインシュタイン氏の後ろで働いていた。時給は895ドルの仕事は、ジャーナリストの調査をもみ消し、告発者の邪魔をすること。

2016年12月にブルーム女史がワインシュタイン氏に宛てた極秘メモが『She Said』に載っているが、それによると、彼女はワインシュタインを告発している人たちの1人、ローズ・マッゴーワンの評判を落とそうか?と提案し、自分は被害者を守る活動をしてきているから有利と書いている。

「ローズのような人たちに世間が背を向けるようにしてあげられますよ。なぜなら、私はああいう人たちの代理人を務めてきたから」

ブルームはそう書いて、どのようにして告発者たちをおびえさせ、彼らに嘘つきのレッテルをはるか、段階を踏んだ筋書きを提示した。彼女がマッゴーワンを陥れるために提案した策のひとつは、

「彼女がだんだんおかしくなり、孤立しているという記事を載せるんです。そうすれば誰かが彼女のことをググった場合、その記事が出てきて、彼女の評判は落ちるってわけ」

TIMEで最初の記事が掲載される前日、ブルームはワインスタインとともにいきなりTIME社を訪れ、記者たちに、告発者たちが信用ならない、情緒不安定の人間だと思わせるようなの情報を流した。その(告発者の)中には、被害者であることを最初に発表したアシュレー・ジャッドも含まれていた。

また、NYTは、ワインシュタインと「The National Enquirer」のオーナーで、American Media Incの社長デヴィッド・ペッカーとの関係についても詳細を伝えていて、

「The National Enquirer」の編集長ディラン・ハワードが、セクハラと職権乱用で訴えられた。記事には、ワインシュタインが、ペッカーと親しい関係にあることで、極々わずかな人にしか与えられない「誰も触れることができない」地位を手に入れたことが書かれている。ワインシュタインは、スターと接触して、本を書けるぞ、というエサで記者たちと懇意になっていた。また、彼はゴシップ記者に、セレブたちの醜聞を集めさせ、他の記者たちが、ワインシュタインが黙っていて欲しいと思う事柄に触れようとしたときに、黙らせるための交換条件として使おうと思っていた。

つまり、ここまでをまとめると、

オールレッドやブルーム母娘は、ともに弱者の味方だと思われていた弁護士ですが、母はメディアへの恫喝に長け、自分の意図に合わない人物を利用して攻撃し、娘はセクハラ&パワハラでレイプ常習犯の疑いが濃いワインスタインを助けるために、被害者を黙らせようとしていた。彼女たちが求めていた「出訴期限の廃止」は、自分たちが気に入らない相手や、クライアントにとって不都合な人間を、ずっと過去にまで遡って訴えることができる便利な法律で、恫喝するための道具であり、子供や女性を守るのではなく、嘘つきの被害者を量産しているだけってこと!

ちなみに、オールレッドのドキュメンタリーには、あのメゼロウも登場していて、彼も、彼女が連れてきた同じ告発を繰り返して泣くだけの被害者に対して、「40年前の被害者たち?彼女たちが彼に近寄った理由は?彼女たちの道徳は?交際で得たものは?今になって40年前のことを持ち出し、告発するのは何かがおかしい」という発言をしていました。

そして、めったに人を悪く言わないマイケルが、メディア界の大物のほとんどがすり寄った彼女に対しては戦う姿勢を見せていたことに、またもや「キュン」としてしまいました113.png

(*1)(*2)後日注釈追加予定

by yomodalite | 2019-09-16 09:52 | マイケルジャクソン資料 | Comments(6)
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(追記あり)前回、紹介したデイブ・シャペルのコメディ。マイケルだけでなく、様々な話題に言及していることから、とても反響が大きかったようで、全米の様々な作家協会・映画評論家団体が承認した執筆者と、視聴者の両方のレビューが掲載されている「ロッテントマト」では、批評家の評価17%に対し、視聴者による評価99%という著しい差が!


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(ツイート訳)アメリカは、デイブシャペルの新しいコメディスペシャルが大好きですが、批評家はそれを嫌います。 これは、キャンセルカルチャー(ソーシャルメディアで非常に活発な少数派)の支持者と、カルチャーをキャンセルすることを嫌う現実世界の多数派との間の格差を反映しています。


では、「Leaving Neverland(ネバーランドにさよならを)」自体の評価は?


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なんと、事実確認がされていないことや、取材者の偏りなど様々な批判があるにも関わらず、批評家の評価は98%で、ケーブルテレビでの放送後6ヶ月も経っているのに、視聴者の評価が未だに公開されていない??? これには「なんで隠すんだ!」とタジも怒っていましたが、

今回はこういった驚きの結果について理解できるかもしれない記事を紹介します(残念なことに今回もリベラル系ではなく、保守系の新聞から)。

☆ ☆ 

シャペルのNetflixスペシャルは、
社会正義への強烈な異議申し立て

コメディはもはや人を笑わせるものではなくなった。あるのは社会正義だけ(デイヴ・シャペルを除けば)

デイブ・シャペルのNetflixコメディスペシャルは、社会正義運動が市民生活を破壊し、抑圧するという状況になっていなければ、これほどに話題になっていなかっただろう。運動とその信奉者たちは、学問や政治やニュースや、エンターテインメントの世界、特にコメディの分野をダメにした。

だから、シャペルが、Me Tooや次第に好戦的になっていくトランスジェンダーの政治的ロビーを含む、昨年起こった「取扱注意」のトピックのほとんどに食ってかかるのには相当な度胸が要ったはずだ。近々出版になる私の本、『Privileged Victims: How America's Culture Fascists Hijacked the Country and Elevated Its Worst People(被害者特権:アメリカの文化的ファシストはどのようにこの国を乗っ取り、ろくでなしたちを思い上がらせたか)』にも書いた通り、本来のコメディの姿はもう存在しない。社会正義とやらが、社会で優遇されている人と被害者を対立させるという教義のもと、そこに乗り込んできたからだ。

アメリカのプロのコメディアンたちは、それがいつどのように起こったかわからなくても、とにかく流れに歩調を合わせなければ、キャリアが危うくなるとわかっている。

◎生贄になったニメシュ・パテル

昨年の11月、コメディアンのニメシュ・パテル(アメリカのコメディアン、テレビの放送作家。2017年、インド系アメリカ人の放送作家として初めて、サタデーナイトライブを担当した)は、以前なら「ジョーク」で済まされたことを言ったために、コロンビア大学のステージから引きずり降ろされた。なぜなら、社会正義運動家の卵の怒りを買ったから。彼のしゃべりは、抗議することに快感を覚える社会正義運動家が喜びそうな、黒人とゲイの両方の疎外についてのもの。その話のオチは、特権を与えられた被害者にとっては、最も神聖なよりどころであり、ふたつの社会的アイデンティティへの賛辞であったはず。

ニューヨークに住むペテルは自分の近所について触れ、ゲイで黒人の男たちっていうのは、こっちの服装にケチをつけてくるんだよな、と言った。そして、ゲイになるなんて考えられないよ、だって、ただでさえ黒人なのに(抑圧されてる立場)、ゲイ(不当に扱われる)まで足さなくたっていいだろう、というオチを付けた。「鏡を見て、『黒人だけじゃ生ぬるいな、もうひとつ足すか』なんてヤツいる?」というジョークだ。

たったそれだけのことで、そういうオチで笑えばいいだけのことだった。しかし、生まれながらの人種や性別や性的嗜好のために差別されてきたと主張する人たちを軽く扱ったと見られ、社会正義のマナーを破ってしまった。毎年恒例の文化イベントにパテルを招いた、コロンビア大のアジア系アメリカ人連盟の学生たちは、ステージに飛びだし、さっさと話しを終えて、早々に退場するように求めたのだ。

彼は「耳障りの悪いことを言ったから?」と尋ねた。社会正義運動が違反者を罰するときに使う、公開処刑のような時間を過ごすことになるとも知らず。

「耳障りが悪いのと、侮辱的なのとは違いますよね」と学生リーダーの1人が言い、愚かな聴衆からは喝采が上がった。

「私は侮辱なんかしてません」とパテルはこたえる。
「あなたの言ってるジョークは、許されるものではありません。不適切です」
「なぜ?」とたずねるパテルは、これが議論ではなく公開処刑になっていることをまだ気づかない。
「ゲイで黒人であるということに対して、あなたが言っていることは非常に侮辱的なんですよ」

パテルは、自分が言ったジョークは、実在しているゲイで黒人の男性から聞いたものだと懸命に説明したが無駄だった。「こんなの変だよ」と彼は言った。この後、そのときの出来事の中でも一番憂鬱で、いたたまれない気持ちだったと思うが、彼は、被害者意識に対して、上から目線の立場をとることで状況を打破しようとした。

「いいですか、この国のアジア系にとって、今はおかしな時代です」と彼は言った。「なぜそういうかと言うと、今は人種間の敵対関係がいっぱいある。黒人と白人の戦争がいつ始まったっておかしくないし、そうなればインド人はどっちにつくか選ばなきゃならない、アジア人だってそうだ」

◎パテルに起こったことは特別ではない

すでに社会正義と越境主義の生贄として差し出されてしまっているパテルを抱きしめて、「なにを言ってももう遅いんだよ」と言ってやりたくなる。

パテルは、自分が言っていることは誰を侮辱するものでもないし、誰かが怒りを感じたとすれば、それは「世代間」ギャップによるものじゃないか、と続けたが、ついに彼がステージを降りるとき、聴衆はそれをはやし立てた。1週間後、彼はニューヨーク・タイムズの論説欄に、自分をステージから降ろした学生リーダーたちを冷静に批判するコラムを書いたが、そこには、彼の経験したことが、単なる偶然ではなかったという大事な視点が欠けていた。

「少数の人間の行動、多くの人が聞きたい話を煽るために、必要以上に大きくなってしまった行動で、その大学がスタンダップコメディをやれる場所ではないとか、若い世代は絶望的だとか、決めつけてはいけないと思う」と彼は書き、あの出来事は「24時間ごとにニュースが循環」していくなかで、「物事をふるいにかけ、警告に気づき、本当に起こっていることを理解するということが難しくなっているためだ」と無邪気に分析してみせたのだ。

それは違う、パテル、違うのだ。これは「少数の人たち」の行動ではなく、大学生たちは「ニュースが循環」していることの被害者でもない。これは、新しい現実であり、それは社会正義が命ずるように動いているのだ。

◎多くのコメディアンが締め出しを食らった

パテルに起こったことは、他のコメディアンにも起こった。人気のあるスタンダップコメディアン、コリン・クインも、この新しい現実に直面させられた1人だ。2019年2月のウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューのなかで、彼はこう言っている。「今は多くの人が『いい?コメディっていうのはみんなを励ますようなものでなくっちゃ』って言ってるような気がするよ。なんだろうね。みんな突然、道徳的多数派になっちゃったのか?」

スティーブ・ハーヴィーは2015年の3月に、朝のラジオ番組で、それまでも何回か言ったことのあるジョークを言った。それは、年のいった黒人女性で熱心に教会に通う「シスター・オデル」という架空の人物が、教会の仲間の障害を持った娘にイライラするという話なのだが、社会正義派はインターネットで行動を起こし、直ちにハーヴィーを番組から降ろせと呼びかけた。

彼はフェイスブックで謝罪し、頑固に聞く耳を持とうとしない大衆に、シスター・オデルは実際の人物ではなく、そのジョークに登場する誰も実際にはいない人だと説明した。ハーヴィーとしては、社会正義派と抗議集団に頭を下げたわけだが、3か月後、Netflixの番組「Comedians in Cars Getting Coffee」で、彼は謝罪したのは、冗談の通じないあの運動をなだめるために考えたことだと認めたことはあまり知られていない。

「あのな、その娘は34歳で、そこに座ってシャボン玉を吹いてるっていう設定なんだ」とハーヴィーは例の架空の、障害のある人物について語った。「それだけだ。たったそれだけのこと。それが、ツイッターやインスタに広がっちゃって… 俺は謝ったよ。謝るしかなかったからね」そして、さらに彼は、その謝罪が、彼の番組からスポンサーが引き上げてしまうの食い止めるために求められたものだと説明した。

「おれはトーク番組やってるだろ。あるスポンサーが降りるって言いだしたんだ。そしたら他のスポンサーも同調して、正義の振る舞いってやつをするだろ。『あの人たち広告引き上げるってさ。こっちもちゃんと考えてるってとこ見せなきゃな』てなわけだ。ホントは考えてないんだけどね。ホントはどうだっていい。あくまでもビジネスとして、怒ってるように見せなきゃいけないわけ」

活躍中のコメディアンは、みんなこういう成り行きをわかっている。国レベルでその状況を変えないと、もう本当のお笑いなんかできないと知っている。

◎今のお笑いはホントのお笑いじゃない

そんなわけで、我々はポッチャリさんのエイミー・シューマーが、ステージ上で股間をつかんでドレスを引き上げるのを見ることになる。それは「お笑い」と呼ばれてはいるが、「女性活躍」のメッセージになっていたり、「父権制」に向かって中指を立てていることを意味している。彼女は、2019年のNetflixスペシャル「Growing(邦題「成長してますが何か」で、たっぷり1時間ドレスを引き上げて、下着やぷよぷよのおなかを見せ、自分の生殖器の話までした。

決め台詞はいつも「ヴァギナ!」だ。となれば、もうそれはお笑いなんかじゃない。マントラであり、メッセージであり、合図のようなもの。社会正義運動は、我々の文化を隅々まで席巻し、政治は、ちゃんと政治をやることができない。大学はもはや、若者がきちんと職場に出ていけるように準備させる場所ではなく、エンターティンメント業界は人を楽しませることなど考えていない。

そして、コメディはもはや人を笑わせるものではなく、それは、大義を押し付け、教義を押し付け、ある世界観を植え付けるためのもの。社会正義運動のためにあるのだ。

著者のエディ・スカリーは、ワシントン・イグザミナーの解説員で専門分野は政治と文化。彼はまた、近々出版される『Privileged Victims: How America's Culture Fascists Hijacked the Country and Elevated Its Worst People(被害者特権:アメリカの文化的ファシストはどのようにこの国を乗っ取り、ろくでなしたちを思い上がらせたか)』の著者でもある。

(記事和訳終了)

民主主義によって選ばれた大統領のことは、どんな人でも下劣に批判できますが、リベラルメディアで認定された被害者には、誰も声を上げられない。

どんなに素晴らしく見える社会正義であっても、執行者は既得権益者と、彼らにとって都合のいい「被害者」だけってことなんでしょうか。

決め台詞がいつも「ヴァギナ!」だなんて、どんなお笑いなのか想像できないと思いますが、この記事で取り上げられているエイミー・シューマーのコメディは、妊娠中の彼女の下半身事情を中心に語っていて、女性ならば共感できる点も多々あり、笑える要素も多いものです。著者は、このショーのネタにもなっている、過去の性的暴行疑惑が取りざたされる中、合衆国最高裁判所判事に指名されたブレット・カバノーの就任に、彼女が抗議して逮捕されたことや、民主党の大物政治家が親戚という点からも、彼女を批判したい気持ちがあるのでしょう。

ただ、私は今、Netflixで見られるコメディを片っぱしから見ているんですが、彼女だけでなく、ホントに「ヴァギナ」の登場回数が多くて(これはよく “子宮で考える” なんていうのとは全然別モノ)、この単語の発音はカタカナでは「ジャイナ」かな、なんていうことも初めて知ったのですが、他にももっと凄い表現がって、下ネタもエロいことも好きな私でさえゲンナリしてしまう状況だということも確かなんですね。

それで、エディ・マーフィーの1987年のコメディライブ(Eddie Murphy Raw:Netflixの邦題「ライブ、ライブ、ライブ」)だって結構下ネタ多かったけど、これほどじゃなかったよね?と思い、念のため、すでに何百回も見たショーを確認してみたんですが、記憶している以上に、エディのショーもエロネタが満載で・・・

ただ、やっぱり違うんですよね。コメディアンがエンターティナーだった頃のエロネタは、ちゃんと笑えるように作ってあるんですけど、今のそれは、自虐のようなスタイルをとりながら、社会や他人に怒りをぶつけていて、他に面白いネタもないので、そればっかりが記憶に残る。

昔はこれで笑っていたけど、今では「いじめ」のように感じられる、という感覚は、日本のお笑いにもありますし、それが笑いにとって、マイナスだけとは言えないと思う。

ただ、それなら、今でも黒人コメディアンが必ずやる、白人はこうだけど、黒人はこう・・という笑いのパターンだって、白人への「人種差別」として批判されるべきではないですか?この記事に登場した、マイケルの恩人でもある、スティーブ・ハーヴィーのようなベテランエンターティナーは、むしろ色々と気を遣っている感じなんですが、最近の有名黒人コメディアンを見ると、みんなトランプ批判と下ネタが全然笑える領域に達してなくて、彼らはエンターティナーなどではなく、ギャングスタラップのスタイルを借りて、マイクを握っている被害者特権階級の人という感じがしてならないんですよね(もちろん、デイブ・シャペルを除く)

(今の日本は、隣国の話題で持ちきりのようですが、あちらの手法は本場米国仕込みだけど、日本は…って心配になっちゃいます)

さて、そんな、私がおすすめするNetflixのコメディは・・・

笑えるし、ちょっぴり勇気もある、リッキー・ジャーヴェイスの「人間嫌い」と、上記の記事にも登場した、コリン・クインの「赤い州やら青い州やら」。これは、CNNの製作で、Eテレぽいというか、そんなには笑えないんだけど、これだけの内容をしゃべりきるのはホントに凄くて大いに見る価値あり!です。

上記の記事は「The Federalist」9月6日より

「フェデラリスト」は、ベン・ドメネックとショーン・デイビスが共同で設立し、2013年9月に開始された政治、文化、宗教を取り上げるアメリカの保守的なオンライン雑誌およびポッドキャスト。ドメネックは、タイムやライフ誌の創刊者として知られるヘンリー・ルース(※)の使命と世界観に触発され、「政治的右派への傾倒と、ニューヨークとワシントン以外の中産階級の読者に対して尊敬を備えた小さな保守主義と、上から目線と冷笑主義が賢明な分析の代用とは考えられていなかった時代の米国を永遠に愛する心を持つ」と述べている。

(※)ヘンリー・ルース/第二次対戦前に、アメリカ人の反日感情を煽った記事を多く書いたルースは、共産主義が中国を支配するようになると、日本の素晴らしさを強調すると共に日米同盟の必要性を説いた。一刻も早く、反共の砦として日本をアメリカ陣営につかせたかったから。

ヘンリー・ルースの参考記事・・・




by yomodalite | 2019-09-11 14:00 | マイケルジャクソン資料 | Comments(0)
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タジもツイートしていた、デイブ・シャペルのコメディショー。私も昨晩見ました。

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昔は、エディ・マーフィーや、クリス・タッカー、スティーブ・ハーヴェイといったMJと仕事をしたこともあるコメディアンだけでなく、あらゆるコメディショーにマイケルの名前が登場したものなんですが、最近Netflixで、毎晩スタンダップコメディばっかり観ていてわかったことは、マイケルは現代の黒人コメディアンにも大人気だってこと!

彼らの多くは、特に時事ネタに絡んでいるわけでもなく、それほど笑えるネタになっていなくても、とにかくマイケルの名前が言いたくて、つい口にしてしまう、って感じのが多いんですが、

シャペルの話は、マイケルだけでなくかなりきわどい内容で・・・

タジがツイートしていたのは、「デイブ・シャペルのどこ吹く風」(原題は「Sticks And Stones」Sticks and stones will break my bones, but words never hurt me. 棒や石で骨を折ることがあっても、言葉で傷つくことはない。「批判にはひるまない」という意味)という番組なんですが、

(以下要約)

(プリンスの「1999」を歌いながら現れたシャペルが)「有名人にとっては最悪の時代だ。大勢が消えた。10年前に死んだマイケル・ジャクソンは、最近ふたりから訴えられた(笑)・・・言っていいかわからないが、正直に言うよ。あの被害者はうさん臭い。まったく信用できなかった。でも少し補足させてくれ。俺は昔から被害者を責める癖がある。クリス・ブラウンがリアーナを殴った?悪いのはリアーナだろ?(笑)マイケルが、子供に性的虐待をした?ガキどもの服装のせいだろ?(笑)

マイケルは無実だ。だが、仮にやっていたとしても・・・分かるだろう?(大歓声)分かってくれるよな?相手は天下のマイケルだ(歓声)ここにいる半数以上が(彼に)性的虐待を受けたはず。でも相手は小物だろ(笑)キング・オブ・ポップに・・られた?残ったのは気まずい感謝祭の思い出だけ。何がいいって、翌日学校でダチに会い、週末に何をしたか聞かれたら、こう言える。「マイケルに・・を・・られた」それが初の性体験だったら、この先のセックスは青天井だ(笑)・・・

信用できない理由がある。マイケルが性的虐待をしてたなら、マコーレ・カルキンはどうなる?マイケルから不適切な行為をされたことがないとマコーレは証言してるんだ。俺は小児性愛者じゃない。でも、もしそうなら、真っ先にマコーレーを襲う(爆笑)『ホームアローン』の子だぞ。捕まえるのは難しかった?(笑)

R・ケリーは別だ。俺がギャンブラーなら、有罪の方に賭ける。二年前にデトロイトでショーをやった。楽屋にいたら友達のドリーム・ハンプトンが来て、彼女から本番直前に頼まれた。「R・ケリーのドキュメンタリーに出て」と。俺は断った。それから2年後すっかり忘れた頃にドキュメンタリーが公開されて、ドリームが宣伝で俺の名前を出してる。「デイブに出演をお願いしたら、テレビには過激すぎると言われた」とね。そんなこと言ってない!「テレビには過激すぎる」なんて、俺が言うわけないだろ?(笑)俺が出演を断った理由は単純だ。この際ハッキリさせておきたい。俺があの男のことをまったく知らないからだよ!(笑)俺は彼についてなんにも知らない、出演しても意味ないだろ?・・・

Netflixのシャペルのショーはすべて観てますが、大会場で行われたこのショーだけでなく、小規模の舞台でのショー「汚れた鳥(The Bird Revelation)でも、MJのドキュメントに触れていて、

「全部見たけど、見れば見る程確信が強まる。たぶん、マイケルは何もやってない、とね。(彼には)イヤラシサがない。たぶん本人は子供に自慢してただけ(笑)見せびらかすために家に呼んだんだ。ジェイ・Zと一緒だよ。家を案内して「これで1日3トンの綿あめを作れるよ。好きなだけ食べて。これは全部特注の空手靴だよ。いいでしょ。猿がカップケーキを取ってくるよ。映画みようよ。『ホームアローン』?DVDは観ないよ。本人が来てるから。さあ、マコーレー『ホームアローン』やって」子供が言う「すごいですね。あなたのこと誤解してました」(マイケル)誤解ってどういうこと?「つまり・・いつものやつかなと。自宅に呼んで、ワイン入りジュースを飲ませて・・・その・・・(マイケル)なんてこと、このオカマっ子!ただ、マシな人生を見せてやろうとしただけなのに。バブルス、こいつらを追い出して・・」(笑)

彼は、マイケルだけでなく、これまでも、少年時代のヒーローで尊敬するコメディアンでもあったビル・コスビーや、OJシンプソンを始め、数多くの黒人スターをネタにしていて、彼らの悪いところを指摘しつつも、ちょっぴり愛も感じられるといったことは多いんですが、マイケルへの発言のように、はっきり「やってない」と断言し、主要メディアが恣意的に作った「被害者を守る」というルールに逆らって発言したことには驚きました。

私は、マイケルへの攻撃の理由に「人種差別」を挙げるのを慎重に避けているんですが、黒人コメディアンの笑いをたくさん見ていて思ったのは、

マイノリティや、被害者の「勢力争い」の中で、性的マイノリティや、性的虐待被害者といった「性」に関する被害者は、これまで差別される側で、白人に言いたい放題だった黒人に抵抗する、白人側の勢力になっているんだなぁってことかな。





by yomodalite | 2019-08-27 16:12 | マイケルジャクソン資料 | Comments(14)
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『ネバーランドにさよならを』に関する和訳記事第7弾。
今回も前回に引き続き、ニューヨークタイムズから。

さて、前回のNYTの記事は、FBIの1992年から2009年までの17年間に及ぶ調査ファイルも、ウェイドが虐待を受けたと証言した同時期の7年間、彼と交際していたマイケルの姪の証言も、セイフチャックが虐待を受けたといった建物(駅)が、当時はまだ存在しておらず、監督のリードでさえ誤りを認めた件や、2人の訴えが、ともに財政状態が著しく悪化したあと(ウェイドは振付師として廃業状態、セイフチャックは実父が1ミリオン$で訴えられている)行われたことについても、何の疑問も抱くことなく、9人にインタヴューしたものでしたが、

ただ、記事になっているのは8人で、ドキュメンタリーを見ることを拒否した2人のうちの1人がコメントを出すことも控えたのか、そのあたりもよくわからないのですが・・・

とにかくドキュメントを高評価したのは、そのうちの3人で

2005年の裁判を、センセーショナルに盛り上げた扇情的なTV番組のレポーターのダイモンド、ファッション雑誌の芸能部門を担当していたオース、音楽記事のライターでマイケル本の著者でもあるクノッパー。

一方、ドキュメントに否定的な4人は、

全員、一次資料の重要さをよく理解している方々で、マイケルの音楽作品へのアカデミックな著者であるヴォーゲルや、ファスト、また、フィッシャーや、ドイチェといったジャーナリストは、リードの作品をジャーナリズムの基本が守られていない、とまで激しく批判。

にも関わらず、「ほとんどの人が、ジェイムズ・セイフチャックとウェイド・ロブソンの生々しい、感情的に苦しい証言に心を動かされ・・・」などと、序盤からミスリードを誘発し、普通なら、文化評論家のマーゴ・ジェファーソンの二極化への懸念といったコメントを最後にもってきそうなものなのに、彼女についても、ヴォーゲルと同じく「著作の書きかけを行った」ことの方を強調したうえで、数多のマイケル本の著者の1人でしかないクノッパーの「1993年と2005年はジャクソンを擁護したが、現在はジャクソンが有罪だと信じている」を文末にするとは・・(溜息)

ニューヨーク・タイムスは、映画や演劇・文学の賞レースにおいても影響力が大きいので、凡百なプロフェショナルなら、これほどあからさまな彼らの意図に反するよりは、同調する方が利口だと思ってしまうのかも。

そんな中、現在進行中のマイケルを題材にしたミュージカルの製作者たちは、彼らにどう答えたのか?

下記は、前回の記事の2日後の4月23日の記事の和訳です。

(引用開始)

マイケルのミュージカル製作者:私たちは裁判官でも陪審員でもない

By Michael Paulson
April 23, 2019

ブロードウェイで上演されるマイケル・ジャクソンのミュージカルは、上演前から、すでに物議をかもしている。

先週、同番組の脚本家リン・ノッテージは、デイリー・メールのインタビューで、ジャクソンに対する虐待疑惑を詳述した2人の男が真実であることを示唆し、地雷を踏んでしまった。

ジャクソンを情熱的に防衛する側は、その熱烈さで知られているが、速攻で戦いを開始し、ピューリッツァー賞を2度受賞し、米国で最も尊敬されている劇作家の1人であるノッテージ氏の解雇を要求した。

今年3月、米HBOで放映されたドキュメンタリー『ネバーランドにさよならを』は、制作途中のミュージカル『Don’t Stop ’Til You Get Enough』に影を落とした。数日前、マイケル・ジャクソン・エステートとコロンビア・ライブ・ステージは労働問題を理由に予定されていたワークショップを延期し、さらに、ブロードウェイのプレ公演だったシカゴでの公演も中止した。

しかし、現在、このミュージカルのプロデューサーたちは、軌道に戻ったと言い、今秋にワークショップを計画し、来年の夏にはブロードウェイでの上演を目指している。

ノッテージ氏は、同ミュージカルの監督で振付師でもあるクリストファー・ホイールドン氏とともにインタビューに応じ、ドキュメンタリーとそのショーについて語った。

ミズ・ノッテージは「ABC」や「Off the Wall」に魅了され、ホイールドン氏は「Bad」にクレジットされているという、共に生涯にわたるジャクソン・ファンの2人だが、ノッテージ氏は、「Ruined」と「Sweat」の演劇でよく知られ、オフブロードウェイのミュージカル「The Secret Life of Bees」の脚色も手がけた。また、ホイールドン氏の2015年のステージ版「パリのアメリカ人」はトニー賞に12回ノミネートされている。

以下は会話の抜粋。

ドキュメンタリーが出たとき、このプロジェクトからの撤退を考えましたか?

ホイールドン:いや、考えなかったね。これは明らかに困難であり、複雑さを伴うことは確かだけど、アーティストとして私たちが行うことの一部は、複雑さに対応することです。

ノッテージ:私が感じている感情はすべて非常に複雑で、多くの人も同じ感情を処理しながら、日々過ごしていると思います。マイケル・ジャクソンをより深く理解し、感情を処理する方法として、私たちは、今制作している作品を見ています。そして最終的に、それが劇場でできることなんですよね。

あなた方のどちらかはマイケル・ジャクソンが児童への性的虐待者だったと信じますか?

ホイールドン:それは非常に答えるのが難しい質問です、特に、私たちがこのミュージカルを作っている立場では。今回のドキュメンタリーは非常に信憑性が高いが、このショーを作る上での私たちの立場は、バランスのとれた作品を作ろうとしているということ。ですから、私にはあなたに決定的な答えを語れるとは思いません。これは、私たちのプロセスの中で尋自問自答していることです。

ノッテージ:絶対ということを言いきることはすごく難しい。彼は小児性愛者だったと思うかと聞かれても、私にはどちらとも言えない。私たちの誰もが絶対的な確信を持って言えるとは思わない。なぜなら、私たちはいくつかの情報を提供されたが、マイケル・ジャクソンは亡くなっていて、彼は自分を守る立場にないからだ。それが真実かもしれないという可能性を考えることは、私の心を傷つけることであり、私はそれが真実でないことを祈っている。それしかできない。私はマイケルのことを弁解することはできないけど、それだって絶対とは言えない。

あなたは彼を告発した男たちを信じたと言ったと伝えられた。

ノッテージ:私が言ったのは、そして言おうとしていたことは、あの人たちの言うことは信憑性があるような気がするということです。しかし、ここで注意しなければならないのは、彼らが最終的に真実を語ったのかどうかということ。私は裁判官でも陪審員でもないので、100%そうとは言えませんし、そうするのは私の役目でもありません。

ホイールドン:このドキュメンタリーを見ると、深く心を動かされるが、繰り返しになるが、われわれは判事でも陪審員でもない。このショーのプロセスでは、マイケル・ジャクソンに真正面から取り組み、さまざまな側面も研究しています。

ノッテージ:私たちはジャーナリストではありません。皆さんに覚えておいて欲しいのは、我々はこの非常に複雑な芸術家の人生を検証している演劇人だ、ということです。私たちはある疑問を呈することはできますが、その答えを出すことは私たちの仕事ではない。私の仕事は、考え、自問自答し、表現することです。

そしてバランスのとれた絵を描くことです。そう、複雑さに身を傾け、暗闇にも身を置きつつ、マイケルが残して行った大量の音楽や映像、そして振り付けにも評価を置く。

マイケルの遺産管理財団はあなたに何か制限を加えましたか?

ノッテージ:いいえ、まったく。彼らは今までもそうだったし、これからもきっとそうでしょう。最初、このミュージカルを上演しようとなった時、私たちは遺産管理財団ととても率直な話し合いをして、私たちが様々な面を網羅した物語を語ることができなければ、それを上演する資格がない、ということを確認したのです。彼らは私が作家としてやってきた仕事をわかっているし、私は実直さと、誠実さを持って、深く仕事に取り組んでいます。

ホイールドン:リンも私も、何が言えて何が言えないという制限があると感じたら、この作品には取り組まなかっただろう。

ノッテージ:そうは言っても、それがあなたの仲間が提起したような問題についてのミュージカルになるかどうかはわからない。しかし、私たちは発見のための空間が必要であり、そこに到達する前に検閲されることなく、プロセスのための空間が必要です。

このショーから撤退することを考えたことはありませんか?

ノッテージ:このクリスとのコラボレーションにはとても力を入れています。私たちはこれまでに私がとても誇りに思う芸術作品を作ってきました。今ここから離れるのはとても恥ずかしいことだと思います。私たちは、とても真実で、とても美しい芸術作品を作りました。とはいえ、眠れない夜を過ごしたことがあるか? と言われれば、はい、それはたぶん上演開始まで続くだろうと思います。

何人かのファンがあなたをクビにしろと言っていますが。

ノッテージ:私たちが何を作ろうと、あらゆる方面の人たちから攻撃されることはあるでしょうし、私たちは芸術を作るために、その非常に困難な空間に入る覚悟もあります。

ファン層は厚いですからね。

ノッテージ:ファンにはこのプロセスを尊重し、私たちをアーティストとして信頼してくれることをお願いします。ある意味、この物語を語るという大きな挑戦に高揚している面と、怖さを感じている面とあります。それは大きな意見の隔たりがあるからです。しかし、今の時代、私たちアーティストは複雑さから逃げているような気もします。そうだとすると、アーティストの意味って何でしょう。

このプロジェクトに対するあなたのアプローチは何ですか?

ノッテージ:典型的なジュークボックスミュージカルは作りたくありませんでした。私がやりたくないことのひとつは、よくあるゆりかごから墓場までの物語を作ることです。それほど興味深いものにはなりませんから。そこで、彼の人生の中で、彼の人生全体を本当に代表する期間に焦点を当てています。私たちは、90年代の初め、特に彼のクリエイティブな旅の神格化でもある「デンジャラス」ツアーに注目したのです。

彼の人生のより問題の多い部分にはどう対処していますか?

ホイールドン:今から書き直しのプロセスに戻ろうとしていますが、明らかに、何もなかったかのように、ショーを行おうとしているわけではありません。私たちは何が起きているのかに敏感であり、それが作品にうまく作用するかどうか見守っていくことになるでしょう。しかし、私たちのショーの主な焦点は常にマイケルの創造的なプロセスにあります。

ノッテージ:みんなが「これが私たちのしていることです」と言ってほしいことは知っていますが、私たちは日々、何をしたいのかを理解しようとしています。私たちは、どうやってこの話を敬意を持って伝えるかを考えています。

誰に対する敬意ですか?

ノッテージ:みんなに。コラボレーションに関わる全ての人に。そして作られた音楽を尊重する。我々すべて。コラボレーションに関わる全ての人、そして作られた音楽に対する敬意です。私たちは、天才でありながら多くの荷物を背負ってきた人の音楽的遺産について、どのように話すかを考えるために相応しい勤勉さをもっています。

ミュージカルで難しい問題について真剣に話し合うことができますか?

ノッテージ:私たちは、音楽制作のパラダイムシフト、特にジュークボックス・ミュージカルからの脱却に深く入り込んでいます。ブロードウェイは間違いなく、よりシリアスな問題をあつかうミュージカルが作れるはずです。私たちは、この作品が、マイケル・ジャクソンをどう思っているかに関わらず、誰もが楽しめるものになることを望んでいます。見に来た人が、彼が人間としてどんな人物だったかをよりよく理解して帰途につけるような作品になることを。

Follow Michael Paulson on Twitter: @MichaelPaulson.


by yomodalite | 2019-06-17 01:54 | マイケルジャクソン資料 | Comments(0)
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『ネバーランドにさよならを』に関する和訳記事第6弾
10年という節目に、ファンにとってあまりに気が重い話題を続けてしまうのは不本意ですが、乗りかかった船の心境で続けることにします。

今回は、ニューヨークタイムズの記事。

これまで紹介したメディアは、ブライトバート以外は、すべてイギリスのメディアで、特にタブロイドメディアでは、記事にさえなれば、真実かどうかなどどうでもいいという姿勢もあって、両サイドの意見も見られるのですが、高級紙と言われるものは、記事を載せた時点で、これから事実を調査するのではなく、もうすでに「方針」が決まっている、つまりそーゆーことが「オピニオンリーダー」たる所以なんでしょう。

我々がそう思ったんだから、それが正しい。それに相応しい正しい証拠を集めることなら、税金を使ってまで徹底的に調査を行おうとしますが、それで証拠が出なくても、絶対にあきらめたり、謝罪するなんてことはありません。だって正義は必ず自分たちにあるんですから。

そんなわけで、彼らは、このシリーズの最初に紹介したヴォーゲルの記事にあるような、自称被害者の証言を精査することもなく、FBIの300ページに及ぶ調査ファイルや、告発者以外の大勢の少年たちの証言を無視しても、今このふたりの証言者を徹底的に守ることが、彼らが待ち望んでいる、新たな証言者に繋がると考えているんでしょう。

最近のリベラルは、大義のためには、暴力をも辞さないのがトレンドになりつつあり、彼らは自分たちの意見を「ルール」化することにも長けています。下記の記事では9人にインタヴューしているのですが、メアリー・フィッシャーや、ヴォーゲル、そして去年イギリスにいったとき、ケンブリッジの書店にも置いてあったロングセラーのマイケル本の著者マーゴ・ジェファーソンなどと並べて、ダイアン・ダイモンド(「ハード・コピー」)を持ち上げるだなんて!!!・・・(溜息)

ちなみに、ボーゲル本の第2版は、この記事の後、無事出版されていますが、彼はこの件についての考えを変えていませんからね。

下記は、鉄道駅の矛盾が発覚した4月以降に掲載されたものです。


マイケル・ジャクソンの伝記作家が直面するヒストリーと、自らを映すミラー
By Reggie Ugwu
April 21, 2019

2年前、ジョー・ヴォーゲルがマイケル・ジャクソンの死の10周年を記念して今年の夏に出版される、マイケル・ジャクソンに関する本の新版を書くことに同意したとき、彼はそれを大変だがやりがいのある仕事だと思った。現代ポップスにおける最強のレガシーに新たな取り組み、ジャクソンとクインシーとのコラボレーションに対して今までにない疑問を呈し、ジャクソンの多くの作品が今も音楽界に影響を与え続けていることを祝福するための、いい機会だと思ったのだ。

◎書き直しの始まり

ところが、ジャクソンを2人の男とその家族が、彼らが子供の頃から続いていたと言う性的虐待について非難する、HBOの驚くべきドキュメンタリー『ネバーランドにさよならを』が公開されてからの1ヵ月間、文化や情報の状況は彼の足元で音を立てて揺らぎ始め、ヴォーゲルは、自分が何千時間も費やした研究や、語られない偏見と思い込みについて再調査する羽目になり、伝記作家が陥る悪夢の中にいる。

ヴォーゲルは最近の電話で、「物事が複雑になっている」と述べた。「個人レベルでどのように処理するかだけでなく、専門的に処理する方法についても検討している」と。

子どもや愛する人たちを破滅に追い込んだ『ネバーランドにさよならを』のジャクソンと、そのDNAが何世代にもわたって芸術や文化の中に吹き込まれている「スリラー」の歌手を音楽ファンが和解させようとしているなか、私たちの集合的記憶の中にジャクソンのことを書き記した伝記作家やジャーナリストは、あるものは誇りをもち、またあるものは苦悩し、あるものはその間を漂いながら、そっと後ずさりをしている。

この記事のためにインタビューされた9人は、ジャクソンへの個人的な親近感と、彼らが導く事実を追うことへのプロの関心とのバランスを取っている。一部の人にとっては、『ネバーランドにさよならを』は彼ら自身の調査研究の裏付けであり、他の人にとってそれは辛辣な非難だ。

ほとんどの人が、ジェイムズ・セイフチャックとウェイド・ロブソンの生々しい、感情的に苦しい証言に心を動かされ、3人の作家がその歌手についての本を改訂し、今年新版が発売される予定だが、この新たな綱引きと、映画監督ダン・リード氏の手法をめぐる波紋が広がる中で、インタビューを受けた中の2人は、このドキュメンタリーを見ることを拒否し、それを破壊行為と決めつけ、ただ一人だけが、『ネバーランドにさよならを』によって、ジャクソンへの評決を「無邪気な→無罪」から「有罪」に変えたと言った。

3月の初放映の時点で、ヴォーゲルはすでに『Man in the Music : The Creative Life and Work of Michael Jackson(邦題:マイケル・ジャクソン・コンプリートワークス』の第二版のゲラを受け取っていたが、序文を書き直した。彼によれば「ドキュメンタリーのせいで、つじつまの合わないものになったから」だ。ジャクソンに対する法廷の決定はもう下っている、とまでは書けなかった、と。

「あの裁判になった事件と同じ感じがした」と彼は言った。「そうね。でも、今回の弁護側は?」

◎決定的証拠か 「大きな歪み」 か?

ジャクソンのジャーナリストたちの間で起きている『ネバーランドにさよならを』をめぐる亀裂は、彼の人生の物語をどう解釈するのが最善かという25年に及ぶ論争の最新の現れだ。

一方には、ジャクソン容疑者を慎重に見ている人々がいる。1993件の児童への性的虐待疑惑に対して2500万ドルの和解金を支払った有力な有名人に対して、それは金で解決しようとする意志であり、詐欺的でグロテスクな行動に影響を与えようとする行為だと。もう一方は、彼を生涯の犠牲者と見る人たち。タブロイドの日和見主義や、堕落した警官、陰謀を企てる詐欺師たちを引きつけ、逮捕され不当に中傷された黒人芸能人だと。

ヴァニティ・フェア誌の特別記者モーリーン・オースのような、最初のグループの人にとっては、『ネバーランドにさよならを』は、ニアミスや誤報に満ちた探偵小説のラストシーンのような決定的証拠となる。オースは、1994年にジャクソン容疑者を訴えて和解した13歳のジョルディ・チャンドラーの告発について詳細に書き、彼の話がロブソンとセイフチャックの話に非常に似ていることに驚いたと述べた。

“「それを見て最初に思ったのは、『ああ、私はこれを全部聞いたことがある』ということでした。」と彼女はドキュメンタリーについて「私はその犠牲者たちにとても申し訳なくて悲しかった」と語った。

タブロイドテレビ番組「ハードコピー」の記者としてチャンドラーの告発を初めて暴露したダイアン・ダイモンドは、ジャクソンのファンはそれ以来、彼女に死の脅迫状を送っていると述べた。彼女は2005年のジャクソンの伝記のオーディオブック版のために3つの新しい章を準備中で、『ネバーランドにさよならを』を見て泣いた、と。

「私には娘がいて、それで、マイケル・ジャクソンを追いかけて多くの時間を費やしたことを後悔しています。」と、当時まだ若い母親だったダイモンド氏は言う。「しかし、これらの報道がセンセーショナリズムのためだけになされたものではないことを、今、人々が理解してくれることを願っています。」

しかし、一部のジャーナリストは、このドキュメンタリーを、ジャクソンを失脚させようとする評判の悪い一連の企ての最新のものだと見ている。彼が亡くなり、法にのっとって彼の名誉を傷つけることができなくなった今、時流にうまく乗って彼を引きずり降ろそうとする企みだと。

この第二の陣営で、メアリー・フィッシャーほど影響力のある人物はいないだろう。彼女がチャンドラーの申し立てに対して、GQ誌のカバーストーリーとして発表、後に電子書籍としても出版した「マイケル・ジャクソンは嵌められたのか? 語られざる物語」は、ジャクソンが永遠に続く詐欺の犠牲者だと信じるファンによって、今でも頻繁に引用されている。

インタビューの中でフィッシャーは「ネバーランドにさよならを」を「大きく歪められたもの」と呼び、ロブソンとセイフチャックを「信用できない告発者」と語った。特に彼女は、告発者二人が以前エステートに対して訴訟を起こしているとか、ロブソンが本の出版を企てていた、というような、潜在的な利益相反についてリードが取り上げていないのは、ジャーナリズムの標準的な慣行に留意していない、と批判した。

「それは非常に操作的で、私はそれに憤慨します」とフィッシャーは言う。

リードの映画が放映される前、訴訟と出版の企てを強調した記事を書いたヴォーゲルもまたリードが都合のいい事例のみ並べ立てたことを非難した。

「私は、特定の人々と証拠を含め、他の人々を排除することによって、同様に説得力のある映画をジャクソンの防衛のために作ることができると思います」

同氏は、ロブソンとセイフチャックが映画の中で提示したタイムラインに矛盾があると指摘しており、ネット上の懐疑論者の間でも議論が高まっている。「私たちが正当な手続きを信じるならば、まだ多くの疑問があり、それを実行するための信頼すべき方法があるはずだ」とヴォ―ゲルは述べている。

リードが、ジャクソンを弁護することができる情報源の取材はしないと決めた理由を説明したインタビュー(映画にはジャクソン自身の公式声明が含まれているのだからそれで十分だと述べている)は、一部の専門家を非常に困惑させ、それらが映画に含まれなかったことを非難した。

「ああいうことは、私がジャーナリズムの世界にいたときには絶対やらなかった」と話すのは、元AP通信の記者だったリンダ・ドイチェ。ジャクソンが児童虐待で告発され無罪判決を受けた2005年の刑事裁判など、いくつかの注目すべき事件を担当している。彼女は、裁判のあと、個人的に電話をかけてきて、彼女の報道に感謝したジャクソンのことを、「スーパースターであることの犠牲者」と呼び、『ネバーランドにさよならを』は決して放送されるべきではなかった、と述べた。

「彼らはマイケルを不当に非難していますが、私は聞く耳をもたない」とドイチェ氏は言う。

マクマスター大学のジェンダー及びフェミニスト研究の大学院プログラムのディレクターで、ジャクソンと彼の同名のアルバムに関する本「Dangerous,」の著者であるスーザン・ファストも、リードのドキュメンタリーを見ることを拒否した。

「4時間もの根拠のない証言を見ることに興味がありません」とファスト氏。ジャクソンのこととなると、メディアは常に「破滅の可能性を狙っている」と主張した。

◎従来通りの二極化

ジャクソン研究のベテランにとってより実りのある質問は、アーティストが被害者だったのか、捕食者だったのかということではなく、なぜ彼が両方であった可能性を認めることが、一部の人にとってこれほど難しいのかということだ。

「マイケル・ジャクソンについて」の著者で、ニューヨーク・タイムズ紙の元批評家で、書評でピュリッツァー賞を受賞したマーゴ・ジェファーソン氏は、「これらのことをもっと深く議論して、従来ある二極化した意見に収まったり自己防衛や独善に走らないことの方が、より興味深いことなのに」と述べた。

彼女は「ネバーランドにさよならを」に触発されて、前述の本の序文を書き直し、「私たちは、相反する意見や、感情、情報を同時に心の中に持てるようになるまで、賢くなることができるのだろうか」と問う。

『The Genius of Michael Jackson』の著者、スティーブ・クノッパー氏は、この映画を見て、自分の盲点をいくつか後悔したと語る。2013年にロブソンとセイフチャックが共同でジャクソンの遺産管理財団を訴えた直後に出版された彼の本は、彼らの主張に懐疑的な態度を示し、1993年と2005年からの申し立てに対してジャクソンを擁護した。

しかし、『ネバーランドにさよならを』は、「非常に破壊的だった」とクノッパー氏は言う。
.
彼は今、ジャクソンが有罪だと信じている。というか、ほとんど信じかけている。でも、自分の中には『もっと多くの証拠が欲しい」という部分もある、と。

(注意:この記事の以前のバージョンは、ヴァニティ・フェア誌のモーリーン・オースの地位を誤って述べている。彼女はその出版物の特別記者で、そこの元作家ではありません)

(引用終了)
次回も、ニューヨークタイムズの記事を紹介します。


by yomodalite | 2019-06-12 14:14 | マイケルジャクソン資料 | Comments(0)
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『Leaving Neverland(邦題:ネバーランドにさよならを)』に関する和訳記事第5弾!
前回の記事( → )の最後で、マイケルの元ボディガードがマイケルの真実を証言するというニュースを紹介したのですが、そのあと、これがどれほどねじ曲げられて報道されたか、についても記録しておこうと思います。

まずは、現在世界規模のジムを運営するマイケルの元ボディガード、フィデスの証言から。

◎3月20日 Mirror の記事
マイケル・ジャクソンのボディガード、『ネバーランドにさよならを』は重要な詳細を除外したと主張
https://www.mirror.co.uk/3am/celebrity-news/michael-jacksons-bodyguard-claims-leaving-14161159

(以下要約)

元ボディ・ガードで、今は世界規模のトレーニングジムビジネスのオーナーとして大金持ちになっているマット・フィデスは、3月19日にBBC Wiltshire radio に出演した際、『ネバーランドにさよならを』をナンセンスだと非難している。

今年は彼が逝ってから10年、彼のダンスや音楽を讃える年になると思っていたのに、いまや『Leaving Neverland(ネバーランドにさよならを)』の話ばかり。エステートはこの映画を放送したHBOに対して訴訟をおこし、この映画に登場する告発者2人は、エステート相手に多額の賠償金を求めて裁判を起こしている。映画の監督やプロデューサーはこれらの重要な事実を無視していて、マイケルをよく知る人たちは怒りを抑えられない。

フィデスは死の二日前にもマイケルと話をしていて、彼のことなら正々堂々と話せると述べた。自分が彼のもとで仕事を始めたときから、この種のことは多々あって、それはまだ続いている。ファミリーはこういうことには慣れていて、しっかり対処するだろうし、エステートも対処するだろう。自分も、適切な時が来たら、言うべきことを言いたいと思う。

◎4月24日 Mirror の記事
マイケル・ジャクソンのボディガードが語るネバーランドで本当に起こったこと

(以下ほぼ全訳)

マイケル・ジャクソンのもとで10年間仕事をしていたフィデスは、インスタグラムで、「僕の家族にもスタッフにも優しかった友人を弁護するときが来た」と述べる。

「こういう騒ぎには慣れっこになっていたから、今まで静観してきたんだ。みんな、彼がかつても、今も世界中で最も有名な人間の一人であることを忘れているんじゃないかな。つまり世界で最もターゲットになりやすいってこと。マイケルは自分の人生を『謎めいたもの』にしておきたかったんだ。彼はそうすることのメディアに対する価値がわかっていた。でもそのことが彼の死によってこんな形のしっぺ返しになるなんて」

フィデスはビル・ウィットフィールドたちとも連絡を取り合っていて、しかるべき時が来たら、ともに真実を明らかにするつもりである、と述べた。

「これまでインタビューの申し込みが殺到してもすべて断っていたんだ。でも、最後の何年かを彼と共にしたボディガードともよく話しあった結果、我々はもう我慢できないということになった。マイケルのプライベートの真の姿を明かすよ。一緒にやるつもりだ。ボディガードだった我々は真実を見ている。我々は、彼の人生、その私的な部分を守っていた。誰が出入りしていたか知っているんだから。マイケルは小さいころからボディガードに囲まれて生きてきた。彼に近づきたい人間は、みんな我々のところを通らねばならなかった。我々はマイケルのプライベートを秘密にしてきた。彼が自分の人生を『地上最大のショーにしたい!』と望んでいたからね。でも、彼がこの場にいて自分を弁護できないことで、物事は間違った方向に向かっている。マイク、生きているときのあなたを警護した我々は、亡くなった後のあなたのレガシーとあなたの家族、とりわけ子供たちのことを守るつもりです。我々には独自の友人ネットワークがある。我々はあなたの神秘や神話を壊すこともあるかもしれないけど、あなたのレガシーは守りますから。みんな、見ててほしい。聞きたくない話もあるかもしれないけど、二人の男(フィデスとビル・ウィットフィールド)がそれぞれの立場で、それぞれにマイケルと過ごした時についてのストーリーは、それぞれ違っても真実なんだ。事実は嘘をつかないが、人間は嘘をつく」

◎5月2日の Mirror の記事
マイケル・ジャクソンのボディガードが語る「不可能」な告発者が虐待された理由

(以下ほぼ全訳)

マット・フィデスは、かつての彼のボスがあの告発者たちに性的虐待することがなぜ「ありえない」ことなのか説明した。10年間マイケルの下で仕事をしたが、虐待が行われたとするネバーランドには、全部で100人の警護担当者、150人のスタッフがいて、ジャクソンと少年たちが、彼らだけになることなどできなかったはずだ、と。性的虐待の告発に反論するドキュメンタリー(今後公開)にも出演している彼はインスタグラムにこう書いた。

「スタッフやボディガードたちをスルーして誰かに近づくことなど不可能。ファンたちも我々をスルーしてマイケルに会うために極端な行動に出ることはできない。そして、マイケルが友人や家族や乳母たち、そして多くの取り巻きを引き連れて動いているときに、彼が一人になることもなかった。ウェイド・ロブソンとジェイムズ・セイフチャックは、寝室やクローゼットでジャクソンに性的虐待を受けた、3人の子供の父親である彼が誰かが近づくと警告音が鳴る装置を寝室の外につけていた、と主張しているが、フィデスによると、この「秘密の部屋」というのは、ジャクソンが1987年にネバーランドを買う前に作った「パニックルーム」のことで、「いろんな人が、何とか彼らのアイドルであるマイケルに会えないかとパラシュートでネバーランドに降り立ったりしたとき、マイケルはそのパニックルームに駆け込んだ。プライベートスペースに誰かが近づけば、通路のアラームが鳴るようにするのは、スーパースターならだれでもやること!!旅行中も、寝室のドアにカメラがあり、それでボディガードが監視している。カメラによる警護は夜中も同じ。彼は夜中に電話で安全を確認されることさえあった!

2009年3月、最後にマイケルに会ったとき、フィデスは床に座ってフィッシュアンドチップスを食べながらミュージカル映画『オリバー!』を見たと話した。

フィデスは今度のドキュメンタリー(まだ公開されていないMJ擁護側による作品)を「彼と一緒の時を過ごした人間たちが、偏見のない見解を、正確な時系列で述べ、法的な事柄についても専門家に意見を聞いたものだ」としている。

「彼は寛容な人間で、人々を助け、慈善事業のために何百万ドルも使った。だが、世界中でも有数のスターというのは、同時に一番狙われやすい立場でもあるってこと。MJについてひどいこと言ってる人間たちっていうのは、宣伝したい映画があったり、エステートに借りがあったり、何百万ドルもの金を求めてエステートを訴えている人たちだってことを、みんなによく考えてもらいたい」

(フィデスの発言終了)

◎5月6日の Mirror の記事
マイケルジャクソンの写真家、『ネバーランドにさよならを』の被害者は「嘘つきの加害者」だ!

(以下要約)

1980年代から2000年代半ばまで、マイケルの専属カメラマンだったハリソン・ファンクが、『ネバーランドにさよならを』のダン・リード監督に対して、「オレの言葉を、自分の都合のいいように曲解するな!と怒っている。

ファンク氏は、今年の1月に MJCast に出演した際、鉄道駅が出来たときネバーランドに行って、駅のそばにある動物の像を撮影したと話し、その時ネバーランドを留守にしていたマイケルから電話で、駅の撮影はしないで、と言われたことに触れた。



(2:18:00 あたり)


このとき「マイケルが写真を撮らせなかったのは、郡からの許可が出る前に建設をして、そのことで郡ともめてたからかな」というような発言があるのですが、ダン・リードはそれを、「ほら専属のカメラマンだって認めてる。郡からの許可の前に鉄道駅は完成してた。(だからセイフチャックの証言は正しい)」とツイート。

ファンク氏はこれに怒り、「ダン・リードと彼の一味は犯罪的な嘘をついている」とした上で、「MJCastのインタビューでは、それがいつだったか言ってない。自分の都合のいいように勝手に決めつけるな。私が動物の像を撮影したのは1994年の6月だ」と反論した。

(ファンク氏の発言終了)

リード監督にとって都合がいいのは、1992年かそれより何年も前の時点で、許可なしに駅が完成していることでしょうが(彼の映画では1992年は性的虐待が終わった年ということになっている)、1993年の9月に郡から許可が下りる1年以上前に駅が完成してるとは考えにくく、実際1993年の8月の時点で駅がないことは、Getty Imagesの写真でも明らかになっています。

さて、
ここからは、上記の擁護側の意見を、主要メディアがどう捻じ曲げたかの例です。

◎4月9日のNME(ニュー・ミュージカル・エクスプレス)誌の記事
マイケル・ジャクソンのボディーガードの証拠は、『ネバーランドにさようなら』の被害者による駅での性的暴行の申し立てを裏付けている。

(以下要約)

マイケル・ジャクソンの疑惑をめぐって、先日、かつてマイケル・ジャクソンのボディガードを務めていた2人の人物による、告発者のジェームズ・セイフチャックの証言を裏付けるような過去の発言が新たに見つかった。ジェームズ・セイフチャックは番組の中で、14歳になるまでの1988年から1992年の間、マイケル・ジャクソンから虐待を受けていたと主張し、そのいくつかはマイケル・ジャクソンのカリフォルニアの敷地に造られた列車の駅で行われたとしているが、

彼の元ボディーガードであるビル・ホウィットフィールドとジェイヴォン・ビアードが、2014年に発表した共著『Remember the Time:Protecting MJ in His Final Days』(ブログ主:この本に興味がある方は記事の最後をご覧ください)には、「1990年、マイケル・ジャクソンはネバーランド・バレー牧場を初めて一般の人に公開した。」と記されている。(ブログ主:パート1の3章冒頭。P.30)

「ネバーランドを訪れるとまず鉄道の駅があり、訪問者はそこから蒸気機関車に乗ってメインハウスに行く。」

また、作家でジャーナリストのランドール・サリバンが2012年に発表した書籍『Untouchable: The Strange Life and Tragic Death of Michael Jackson』にもジェームズ・セイフチャックの証言を裏付けるような言及がある。

「1990年、公にネバーランドが開放された際に招待されたリポーターたちの多くは、彼の邸宅の車道にまみえ、そびえ立つマーキュリー(古代ローマの利益や貿易、商業の神)の銅像を視察することから始まった」「そのあと再び丘を登り、ウォルト・ディズニーがディズニー・ランドのためにデザインしたものよりも遥かに豪華な花時計のある、ディズニー・ランドのメイン・ストリート駅をほとんどそのままレプリカにしたような駅へと進んで行った」と彼は述べている。

(NMEの要約終了)

記述に間違いが多いことで知られているランドール・サリバンの本は未読ですが、マイケルの最後の日々に同行し、ノーギャラで素晴らしい本も出版し、フィデスが元ボディガード同志で、協力関係にあることを表明し、当初からリード監督のドキュメントが嘘だとツイッターで積極的に発言していた、ビル・ホウィットフィールドがリード監督の肩をもつなんて全くありえない話で・・・

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◎4月9日 ビル・ホウィットフィールドのツイッター
「私が彼の下で働くようになったのは2006年。だから駅の建設時期については知るわけない。公的書類があるなら、それが示している通りなんじゃないか。」
https://twitter.com/MJBODYGUARDS/status/1115854500160516096

◎4月10日 ビル・ホウィットフィールドのツイッター
どうして私の書いたことを自分たちの記事のために曲解するんだ。1990年にネバーランドが一般に開放されたというのは、私の本の記述だけど、1990年、私はMJの下で働いてない。『ネバーランドにさよならを』と同じく、あんたたちのやってることは事実でないことを、捻じ曲げて伝えてる。恥ずべきことだ。事実は嘘をつかないが、The Sunは嘘をつく」            
https://twitter.com/mjbodyguards/status/1115876629329395712

(ビルのツイート終了)

ビルが怒りを表明しているThe Sun の記事は、NMEとほぼ同じ内容で、どちらも4月9日のものなので、どちらが先かはわかりませんが、

◎4月9日 The Sun の記事
https://www.thesun.co.uk/news/8821432/michael-jackson-leaving-neverland-evidence-james-safechuck/

ただ、NMEは、音楽メディアとして世界的な影響力があり、そういった主要メディアと呼ばれるものには、日本版もあるんですよね。

◎4月25日 NME JAPANの記事
マイケル・ジャクソンの元ボディーガード、彼のプライベートな生活の真実を明らかにすると表明
https://nme-jp.com/news/72196/

上記のリンク先を読んでいただきたいのですが、本家のNMEの記事にはなかったフィデスが語った詳細が冒頭にあって、タイトルも真逆なものになっています。

西寺郷太氏の尽力などもあり、2009年以降の日本では、マイケル報道が少し真っ当になっている影響が日本版のライターにも及んでいるからなのか、とにかく理由はわかりませんが、本国版よりもマイケルを擁護したい気持ちが若干感じられるような気もするんですが、

しかし、結局はフィデスの主張のあと、本国版と同じように、別のボディガードがセイフチャック側の主張を裏付けた、と書かれていて、なんともはやなわけです。

マイケルに詳しくない方には、ご理解いただけないかと思いますが、マイケルの記事にある「両論併記」のようなスタイルは、ほぼこういったパターンです。

それで、人間は誰しも完璧ではなく、エンターテイメントの天才でとても人道的だと思われていた人物が、実は狂った性癖をもっていて・・・などと、常識的で、知的レベルも高いあなたのような人がうっかり騙されてしまうんですね。

ちなみに、NME がネタ元にした?いわゆるタブロイド誌といわれるThe Sun は、ボディガードらの抗議をうけたあとの4月10日に、前日の記事を否定するような記事を載せています。

◎4月25日 The Sun の記事
https://www.thesun.co.uk/news/8831624/michael-jackson-documentary-neverland-train-station-james-safechuck/

要約すると、1993年のネバーランドの写真に鉄道駅がない、したがってセイフチャックの証言はオカシイ。と。

The Sun は、マイケルが地上にいた頃もそうでしたが、とんでもない内容を書きながら、一応謝罪や訂正らしきことをすることもあるんですね。

では、ドキュメント放送直後から、マイケルを完全に罪人扱いしたことで、世界中にMJ Mute を拡大させたニューヨーク・タイムスはこれらの事実をどう報じたのでしょう?

ピューリッツァー賞を受賞した記事も多く、重要な議論が行われた際は一字一句もらすことなく全て掲載するとか、質の高い記事が掲載されていると信じている人も多い高級誌が、鉄道駅の矛盾が発覚した4月初旬以降に掲載した記事については、次回紹介します。

☆NME の記事内の『Remember the Time:Protecting MJ in His Final Days』(最後の日々に同行したボディガードから見た、素顔のマイケルの姿が描写されている)をはじめ、当ブログでは、日本で出版されていない、良質なマイケル本を翻訳して(現在4冊)読者限定で公開しています。読者希望の方は(※有料です)、この記事のコメント欄に、鍵コメ(非公開)で、お名前(HN可)とメルアドをお知らせください。追って詳細を返信いたします。yomodalite。



by yomodalite | 2019-06-05 14:11 | マイケルジャクソン資料 | Comments(4)

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『Leaving Neverland(邦題 ネバーランドにさよならを)』に関する記事の和訳第4弾。

10日以上もブログを更新していませんでしたが、この間でいちばん悲しかったのは、プルシェンコの妻で、モデルで実業家で音楽プロデューサーでもあるYanaのインスタで、MJ衣装のサーシャ君の動画と、

「マイケルの曲は欧州の競技会で使用できなくなった。息子のサーシャのプログラム「マイケル・ジャクソンに捧ぐ」は、ロシア国内でしか使えない。それは望ましいことではない。アジアでもマイケルを愛している人は多いし、私はこんなナンセンスなことは信じたくない。夫はマイケルの曲でオリンピックを戦ったし、私もマイケルが無罪になることを願っている。私は映画を見ていないけど、彼らの証言を信じないで。サーシャはまだこのプログラムを練習しています」

といったコメントを見たとき(上記はロシア語の自動翻訳からざっくり理解した内容)。

そして、いちばん嬉しかったのはその数日後、サーシャのインスタで、父プルシェンコと一緒の写真と

5月4日イタリア、ボローニャでのショーで『マイケル・ジャクソンに捧ぐ』を滑ります。

というコメントを見たとき。

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皇帝の妻も息子も・・・前から大好きだったけど、ますます大好きぃーーー!!!

それにしても、主要メディアは、被害者の嘘の決定的な証拠ともいえる、ネバーランドの「駅」に関して、どこまで無視するつもりなんでしょう。とはいえ、そんなことはマイケルに限らず、彼らにとっては日常茶飯事なので、今さら驚くこともありませんが、彼らから "フェイクニュース" と叩かれた悪名高きブライトバートが、この件をいち早く記事にしてくれたので記録しておきます。(今回は機械翻訳レベル)

ちなみに、、、

ブライトバートは2016年の大統領選挙中、トランプを支持したことで「フェイクニュース」として一躍有名になったメディアですが、ビクトリーツアーのプロモーターで、マイク・タイソンなどボクシングのプロモーターとしても有名だったドン・キング(→ 関連記事)、そして幼児虐待疑惑がもっとも激しかった時代に「マイケルは嵌められたのか」という記事を広く紹介し、楽しいMJインタビューもしてくれたコメディアンのスティーブ・ハーヴェイ(→ 関連記事)、そして2005年の裁判直前に、マイケルを擁護する番組のホストだったジェラルド・リベラ(→ 関連記事)、彼らは全員非白人で、親トランプなんですよね。

・・・(記事はここから)・・・

JOHN NOLTE 12 Apr 2019
One of Michael Jackson’s accusers in the HBO documentary Leaving Neverland has been caught in a “pure fiction,” according to Jackson biographer Michael Smallcombe.

2009年4月12日 ジョン・ノルト
ジャクソンの伝記作家、マイケル・スモールコムによれば、HBOのドキュメンタリー映画『リービング・ネバーランド』でマイケル・ジャクソンを告発した一人は「作り話」によって追い込まれた。

Backed by enormous fanfare in our #MeToo era, earlier this year HBO broadcast a damning two-part documentary accusing the late pop icon of systematically abusing two boys over the course of years.

「#MeToo」時代の絶大なファンファーレに後押しされて、HBOは今年初め、2人の少年を長年にわたって組織的に虐待してきたというポップスターを非難する2部構成のドキュメンタリーを放送した。

Wade Robson and James Safechuck, who are now grown men, tell similar horror stories in British director Dan Reed’s four-hour film.

今はもう大人になったウェイド・ロブソンとジェームズ・セイフチャックは、英国の監督ダン・リードの4時間映画でホラーストーリーのような話を語っている。

According to the two alleged victims, after winning over the approval of their respective parents and grooming them as young boys, Jackson went on to have sexual relationships with the boys until they reached the age of 14.

被害者とされる二人によると、両親の了承を得て、少年の世話をするようになった後、ジャクソンは14歳になるまで少年たちと性的関係を持つようになった。

This, however, contradicts their earlier testimony in defense of Jackson.

しかしこれは、ジャクソンを弁護した彼らの以前の証言と矛盾する。

During Jackson’s widely publicized 2005 molestation trial (he was eventually acquitted), Robson, who was 21 at the time, testified as the lead character witness for the accused singer. Under oath, Robson (along with former child star Macauley Culkin and others) said that Jackson had never acted inappropriately with him. Many believe this testimony was vital in convincing the jury to return a not guilty verdict.

2005年、性的虐待裁判(最終的にすべて無罪となった)が大々的に報道された際、当時21歳だったロブソンは、被告人歌手の主要人物証人として証言した。宣誓下で、ロブソンは(かつてのチャイルドスター、マコーレー・カルキンなどと一緒に)ジャクソンが彼に不適切な行動をしたことはないと言った。多くの人は、この証言が陪審に無罪評決を下すのに不可欠だったと考えている。

Ten years later, in 2013, and four years after Jackson’s untimely death at the age of 50, Robson reversed his position and sued the Jackson estate for more than a billion dollars alleging he had been sexually abused by Jackson for seven years, between 1989 and 1996.

それから10年後の2013年、ジャクソンが50歳という若さで死亡してから4年後、ロブソンは1989年から1996年の間の7年間にわたって、ジャクソンに性的虐待を受けたと主張し、10億ドル以上の賠償金を求めて、MJエステートを訴えた。

In 2014, after learning of Robson’s lawsuit, Safechuck filed one of his own alleging four years of abuse between 1988 and 1992.

そして、ロブソンの訴訟を知った後の2014年、セイフチャックも1988年から1922年までの4年間の虐待を主張する訴えを起こす。

Robson’s 2015 suit was dismissed when a judge ruled that he had waited too long to file it. Subsequent suits by Robson and Safechuck were also dismissed on the grounds that the Jackson-owned entities named in the suits were not liable for any alleged wrongs.

ロブソンの2015年の訴訟は、裁判官が彼がそれを提出するには遅すぎたことを理由に却下され、ロブソンとセイフチャックによるその後の訴訟もまた、訴訟で指名されたジャクソン所有の事業体がいかなる不正に対しても責任を負わないという理由で却下された。

Leaving Neverland earned a ton of publicity and notoriety, primarily due to its graphic nature. According to reviewers, both men go into excruciating detail about the alleged sexual abuse. But one key detail does not add up, according to Smallcombe.

『リービング・ネバーランド』は、主にその生々しい描かれ方によって、多くの宣伝と悪評を得た。 レビュアーによると、両方の男性が性的虐待の申し立てについて耐え難いほど詳細に語るものの、スモールコムによれば、ひとつ重要な説明が足りないという。

In the documentary Safechuck describes four intense years of abuse that includes liaisons at a “train station” at Neverland Ranch, Jackson’s famous California home.

ドキュメンタリーの中で、セイフチャックは、ジャクソンの有名なカリフォルニアの家、ネバーランドの “駅” を含む4年間の虐待について説明しています。

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Train Station


“At the train station, there was a room upstairs, and we would have sex up there too,” Safechuck claims.

「 “駅” の2階に部屋があって、私たちはそこでもセックスしていた」とセイフチャックは主張する。

Smallcombe, however, says this is impossible due to the timeline.

しかしながら、スモールコムは、これは不可能だと言います。

Safechuck specifically claims to have been abused between the years 1988 and 1992. According to Smallcombe, blueprints and building permits prove there was no train station at Neverland until 1994 and construction on the building did not begin until 1993, one year after Safechuck says the abuse ceased.

セイフチャックは、特に1988年から1992年の間に虐待されたと主張している。しかし、スモールコムによれば、1994年までネバーランドに “駅” がなかったことは、設計図と建築許可によって証明できることで、建物の建設は、セイフチャックが虐待がなくなったと言った翌年の1993年まで開始されなかった。

Smallcombe adds that he can prove there is actually a three year discrepancy because during the entire time of the train station’s construction, Jackson was in London either on tour or in rehab. What’s more, between “February 1994 and December 1994, Jackson was living in Trump Tower in New York recording his HIStory album, and only making the odd trip abroad,” Smallcombe told the Mirror.

さらに、スモールコムは、駅建設の全期間中ジャクソンは、ツアーもしくはリハビリでロンドンにいたので、実際には3年の不一致があることを証明できると付け加えた。「1994年2月と12月、ジャクソンはニューヨークのトランプ・タワーに住んで、アルバム『HIStory』をレコーディングしながら、海外のツアーに出かけただけだった。」とMirrorに語った。

He adds that the Neverland “train station opened in 1994, while Jackson was living on the other side of the country” and was not home with the completed train station until 1995, which is three full years after Safechuck says the abuse ended.

彼は、「ネバーランドの“駅”は、ジャクソンが海外に住んでいる間の1994年にオープンした、ことを付け加え、セイフチャックが虐待が終わったといった3年間の1995年まで、ジャクソンは完成した駅を見ることなく家にいなかった、

“And by then Safechuck was 17, and on the cusp of adulthood.”

そして、セイフチャックは17歳ですでに大人になりかけていた」ことも。

In a tweet, Leaving Neverland director Dan Reed acknowledged that “there seems to be no doubt about the station date. The date they have wrong is the end of the abuse.”

『リービング・ネバーランド』の監督ダン・リードは、ツイッターで次のように述べた。「駅の日付は間違いないですが、彼らがミスした日付は虐待が終わった日だった」

He added that he is not acknowledging his documentary contained an error: “No u-turn. No clash of dates,” he tweeted. “James [Safechuck] was present at Neverland before and after the train station was built. In fact he took photos of the completed station which we included in the doc. And his sexual contact with Michael lasted into his teens. That’s all in the film.”

彼は彼のドキュメンタリーが誤りを含んでいたとは認めていないと付け加えた。 彼はつぶやいた。 「ジェームス・セイフチャックは、駅が建設される前と後にネバーランドにいた。 実際、彼は私たちがドキュメントに含めた完成した駅の写真を撮りました。 マイケルとの性的接触は10代まで続いた。映画はそれで終わりです。」

Except there is an error in Reed’s documentary, a major error.

しかし、リードのドキュメンタリーには大きな間違いがある。

Safechuck is clear about the dates of his abuse. But now that those dates do not add up with the existence of the train station two parts of his story cannot be true: 1) That Safechuck was abused between 1988 and 1992 and 2) that Michael Jackson lost interest in his alleged victims when they turned 14. The only way Safechuck could have been abused in the train station is when he was 16 or 17.

セイフチャックは彼の虐待の日付について明らかにしている。しかし、これらの日付が ”駅” の存在と合わない今、彼の物語の2つの部分が真実ではありえない。セイフチャックが1988年から1992年の間に虐待されたこと。そして、マイケル・ジャクソンが、彼を訴えた犠牲者が14歳になったとき、関心を失ったこと。セイフチャックが駅で虐待されるためには、彼が16歳か17歳の時でなければならない。

What this mistake also proves — and this is important — is that neither Reed nor HBO bothered to engage in basic fact-checking, which of course taints the entire project.

この間違いが証明していること ―そしてこれが重要なこと― は、リードもHBOも基本的な事実確認をしておらず、それが間違いなくプロジェクト全体を汚しているということだ。

Listen, I’m no Michael Jackson fan or apologist. But as an American I will always have a problem with what Reed and HBO did, which was to put millions of corporate dollars behind what was a sketchy campaign of character assassination to begin with.

私はマイケル・ジャクソンのファンでもなければ擁護者でもない。しかし、アメリカ人として、私は常にリードやHBOが行ったこと、つまり、何百万ドルもの企業資金を投入して、初めからあやふやなキャラクターによる抹殺キャンペーンを行ったことに大きな問題を感じる。

As adults, both men testified under oath on behalf of Jackson, and now as they try to resurrect their lawsuits against the estate, they claim to have perjured themselves. Worse still, all of this is being subsidized by a major corporation looking for new monthly subscribers.

大人として、両方の男性はジャクソンのために宣誓下で証言し、そして今、彼らはマイケルの財産に対する訴訟を復活させようとして、自らを傷つけたと主張している。 そしてさらに悪いことに、これらすべてが毎月新しい購読者を探している大企業によって助成されている。

This is a free country. HBO and Reed can obviously do and say whatever they like. But this is also not a game. Jackson’s legacy is on the line and in reaction to what we always knew was a flawed documentary, the hysterical moral panic that ensued has already resulted in a blacklisting campaign against a man who cannot defend himself.

ここは自由な国だ。 HBOもリードも好きなことは何でもできるし、言うこともできる。 しかし、これはゲームではない。 ジャクソンのレガシーは境界線上にあり、欠陥のあるドキュメンタリーに反応して、引き起こされたヒステリックな道徳パニックは、すでに自分自身を守ることができない人間に対するブラックリストキャンペーンをもたらしている。

The Simpsons producers pulled a famous episode that featured Jackson, radio stations have removed his music, museums have removed display s, and so on…

シンプソンズのプロデューサーは、有名なジャクソンのエピソードを封印し、ラジオ局は彼の音楽を削除し、美術館がディスプレイを削除する、などなど…

While there is no question damning evidence can come to light after someone’s death that should become public, Leaving Neverland’s sources are two men who now claim they committed perjury and did so in a documentary that failed in the arena of basic fact checking. .

公にすべき人の死後、決定的な証拠が明らかになることに疑問の余地はないが、『リービング・ネバーランド』の情報源は、偽証を犯し、基本的な事実確認に失敗したドキュメンタリーの中で、そうだったと主張する2人の男性・・。

Jackson might very well be the monster some claim, but he was acquitted when up against the best case the state of California could make and Leaving Neverland‘s case is even weaker.

ジャクソンはモンスターだと主張する人もいるかもしれませんが、カリフォルニア州が起こし得る最高の裁判で無罪となり、そして、『リービング・ネバーランド』の件ではさらに不利になっている。

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この間の嬉しいニュースをもうひとつ追加!
マイケルの元ボディガードで、現在は成功したビジネスマンでもあるマット・フィデスが、これまでの沈黙を破り、実際にあったことを詳細に語る、というニュース。


で、これには、やはり元ボディガードで、私たちが翻訳した『Remember the Time:Protecting MJ in His Final Days』の著者でもあるビル・ホウィットフィールドも協力していると。

私は、フィデスがミラー誌に語った言葉に、「マイケルは自分の人生が “謎” になることを望んだ。彼はメディアの価値をよく理解していた」というのを見て、彼は信用できる上に頭もイイーー!と、めずらしく期待しているのですが・・。(この後の顛末については、childspiritsさんとのコメントのやり取りを参照)




by yomodalite | 2019-04-28 02:10 | マイケルジャクソン資料 | Comments(8)
『Leaving Neverland(邦題 ネバーランドにさよならを)』に関する和訳記事の第三弾。私がイギリスまで見に行った『Michael On The Wall』という美術展について触れられています。

マイケルが旅立って9年経ち、国立美術館でひとりのポップアーティストをテーマにした美術展が開かれるということに感激してイギリスを旅したときは、没後10年という節目にこのようなスキャンダルに見舞われるとは思ってもみませんでしたが、この美術展はロンドンの後、欧州各国の国立美術館で開催され、『リービング・ネバーランド』放送後も、それは続けられるとアナウンスされました。

ただ、それは美術界に良識があって、くだらないフェイクニュースなどに影響を受けないから、なんてことではなく、アートシーンにもフェミニズムや、MeeToo旋風によって、一大変革の波が迫ってきているようです。

様々なマイノリティが住みやすい環境になれば、より多くの人々が幸せになれる、と私たちは考えがちですが、黒人差別の解消には、白人を攻撃することが必要で、LGBTの擁護は、異性愛者の男性を攻撃することになり、女性差別を解消するには、男性を攻撃する・・・差別の解消は、結局これまでの立場に取ってかわろうとする闘争でしかなかったような…。

ちなみに、この記事元のArtnetNewsは、オンラインオークションを主なビジネスとするArtnetが、2014年2月に立ち上げた24時間ニュースサイトなんですが、ウィキペディアによれば、初代編集長も2017年に複数の女性によるセクシャルハラスメントの容疑で起訴されたとか・・

記事の内容は、まったくマイケル擁護にはなっていませんし、特に面白い箇所もないかもしれませんが、2019年のメディアの記録として、『リービング・ネバーランド』放送後の3月6日に書かれた記事を紹介します。(NYTには、マイケルに関して真面なことが書ける記者がひとりはいたみたいですね) ←スミマセン!モリスが書いた記事を見てみたら真面どころか・・・お詫びして訂正します。

(記事はここから)

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US artist Jeff Koons with Michael Jackson and Bubbles Photo by Fabrice Coffrini/AFP/GettyImages.


2019年3月11日、ティム・スナイダー

毎週月曜の午前、アートネットニュースがお届けする「グレーマーケット」。このコラムは、前週の重要なニュースを解析し、美術界の動きについて他にはない洞察を展開していますが、今週は、ポップカルチャーの巨大スキャンダルが美術界にどのような影響を与えているかについて。

◉禁断の「ネバーランド」

先週の日、月の2日間にわたって、HBOはダン・リード監督の『リービング・ネバーランド』を2回に分けて放送した。これは、ウェイド・ロブソンとジェイムズ・セイフチャックという二人の男性が、子供時代の数年間にわたり、マイケル・ジャクソンから性的虐待を受けたと告発する様子を4時間のドキュメンタリーとして描いたもので、亡くなったキング・オブ・ポップのレガシーに対して、1993年に彼が初めて性的児童虐待の容疑で捜査されて以来最も激しい論争を、すでに引き起こしている。『リービング・ネバーランド』への反応は、美術界にも波及するだろう。それは、ジャクソン個人だけではなく、他者への虐待が疑われているアーティストについても言える。

最初に影響が出たのは美術館部門だ。火曜日にARTnewsのアレックス・グリーンバーガーは、ジャクソンの人生と音楽をテーマにした現代アートの展覧会『On the Wall』は、予定通りヨーロッパを巡回すると明言した。

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The gates to Michael Jackson’s Neverland Ranch, among the places where he is alleged to have serially sexually abused children for years, after the singer’s death in 2009. Photo by George Rose/Getty Images.


『On the Wall』は昨年ロンドンで開催され、今年の2月14日までパリ、3月末からはボンで、8月のフィンランドで最後となる。フィンランドの会場であるエスポー近代美術館はまだ声明を出していないが、グリーンバーガーは展覧会ついて次のように述べている。

ボンの会場であるドイツ連邦共和国美術展示館は、ARTnewsに寄せた声明で、今回の展示は「ジャクソンの文化的な影響を振り返るものであって、彼の人生について述べるものではない。『リービング・ネバーランド』という映画についての議論は注視しているが、そこに描かれた告発はショッキングであっても、被害者の告発の正当性については、まだ確定されておらず、マイケル・ジャクソンが亡くなっている以上、それが確定するのは非常に難しい」と述べている。

ドイツ国立美術館のこの反応には正当性がある。The Art Newspaperでギャレス・ハリスが指摘しているように、「ロンドンでの展示には、ジョーダン・ウォルフソンの『ネバーランド』も含まれている。これは1993年にネバーランドから生放送された、マイケルが児童虐待の容疑を激しく否定している映像で、これひとつとっても『On the Wall』が聖人伝の類ではないことは明らかだ。同時に、この展覧会がマイケル・ジャクソン・エステート(以下エステート)との共同企画で開催されていることも見過ごせない。エステートは、リービング・ネバーランドの件でHBOに対して一億ドルの訴訟を起こしているし、監督であるリードや、映画で中心的な役を果たしている2人に対しても徹底抗戦の姿勢を取っている。

今のところ美術界は、ジャクソンが功績を残した他の分野に比べると、彼との関わりを断つことには抵抗を示しているようだ。カナダやオーストラリア、ニュージーランド、オランダの大手ラジオ局は『リービング・ネバーランド』の一回目の上映後、プレイリストからジャクソンの曲すべてを排除する決定をしている。また、金曜日には、シンプソンズのチーフプロデューサーであるジェイムズ・L・ブルックスら番組制作側は、自分をマイケル・ジャクソンと思い込んで病院に入れられる人物の声をジャクソン自身がやっている、1991年の人気エピソードをラインアップから外すと発表した。
しかしながら、この会話は美術市場にとって、ひとつの展覧会がどうなるかということにとどまらない重要性を持つ。

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Director Dan Reed speaks onstage during the “Leaving Neverland” Premiere during the 2019 Sundance Film Festival. Photo by Jerod Harris/Getty Images.


◉両者の言い分

ここからはいくつか言い訳をしておかなければならないだろう。有名なニューヨークタイムズの批評家ウェズリー・モリスは、リービング・ネバーランドは「調査報道の産物ではなく、単なる証言」だと書いている。カメラの前でインタビューを受けているのは、ロブソンとセイフチャック、そして彼らの家族のみ。エステートの意見を代弁する者や、告発に関わる証拠を示すように要求する人間は、すべて排除されている。

映画は、ロブソンとセイフチャックがそれぞれ、マイケルの死後エステートに対して何百万ドルもの訴訟を起こし、いずれも出訴期限を過ぎていたために棄却されていることに触れず(両者は現在上訴中)、また、名の知れた振付師であり、ブリトニー・スピアーズや‘NSYNC、そして、FOXテレビのダンスコンテスト番組 So You Think You Can Dance のステージディレクターとしても知られるロブソンが、エステートの説明によると、「シルク・ド・ソレイユのマイケル・ジャクソンをテーマにした作品での仕事につけなかった」あと、民事の訴えを起こしたことも触れられていない。

しかし映画は、エステートにとって決定的な証拠になりそうなことも直接的に映し出している:それは、マイケルが初めて性的児童虐待の容疑で民事訴訟を起こされ、捜査を受けた1993年に、セイフチャックが彼を弁護する発言をしていること。そしてロブソンは1993年と2005年の両方でマイケル側に立った証言をし、2005年、最終的にジャクソンは、サンタ・バーバラ郡検察によって起訴された児童虐待の容疑の全てにおいて無罪となった。(1993年のケースでは、ジャクソンは最終的に2500万ドルの示談金を払い、同事件についての捜査は行われなかったが、その最も大きな理由は「被害者が証言を拒んだ」からだ。示談の際も、マイケルは「悪い行いは何も」していないと述べている。)

ロブソンとセイフチャックの証言を信じるかどうかは、彼らの発言の変化を、嘘つきの証拠と見るか、トラウマを受けた人間が過去にあったことを認め、それに対処するまでには長い時間を要するのだ、ということの証と見るかによる。個人的には、私はかなり後者寄りだ。そして、リービング・ネバーランドに心を動かされた人間は、美術界でも一般社会でも、私だけではないはずで、我々は『On the Wall』についてもう一度考え直し、その先のことも考えてみなくてはいけない。

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Pro-Jackson protesters at the “Leaving Neverland” screening at the 2019 Sundance Film Festival. Photo by David Becker/Getty Images.


◉道徳なき市場

『On the Wall』にある作品それぞれが、その作品の所有者に、避けようのない疑問を提示している。あなたは、その作品が彼に批判的だったり、1993年の最初の告発以前の彼を扱ったものだったりするならば、この世で最も忌まわしいとされる行為を幾度となく疑われているこのメガスターをテーマにしたものを持っていたいと思うだろうか?持っていたくないとしたら、彼の犯罪に関する議論が再燃したことで、作品の市場価値はどうなるのか?公のコレクション作品として寄贈される見込みはあるのか?

最初の疑問は、純粋に個人的なものだ。二番目のはそうではない。問題のあるテーマを扱う作品(たとえばマイケル・ジャクソンの肖像画)と、問題のある作者による作品(たとえばジャクソンの音楽)では、異なったアプローチが必要かもしれない。しかしどちらも考えるに値する問題だ。『On the Wall』の作品群がジャクソンとかかわりを持っていることで売買の面で不利益を被るなら、それは仕方ないことなのか。それを判断する上で必要な、統一された道徳上規範のようなものが美術界には欠けているように思える。

私にとって、ここで最も有用な例はマウリツィオ・カトランの『Him』という作品である。ひざまづき、祈るように手をグッと握り合わせている、子供の大きさのアドルフ・ヒトラーの像だ。『On the Wall』の作品の多くと同じく、一流のアーティストが、死後も議論を巻き起こす歴史上の人物を主題に作ったものである。実際『Him』は、ジャクソンをテーマにした作品よりも、間違いなく大きな問題になりそうな作品だ。ジャクソンが継続的に何十人もの子供たちに性的虐待を行ってきたと信じる人がいても、彼はもう亡くなっていて、真偽の証明は難しい。一方、ヒトラーが率先して何百万人もの命を奪う大虐殺を行ったことはすでに明らかになっている事実だ。

そして実際に『Him』は、オークションに参入した2016年、ニューヨークのクリスティーズにおいて、最高でも1500万ドルという予想に対して、1720万ドル(手数料含む)の値が付いた。

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Maurizio Cattelan, Him (2001). Image: Courtesy of Christie’s Images Ltd.


なぜか?理由は、私が年に数回は言っていることだが、アート市場がニッチ市場だ、ということだ。問題のある作品が高値を得るには、世間の意向など気にしない金持ちが1人いればいいのだ。(もちろん『Him』が、主題となっている人間を単純に支持していると考える人はほとんどいないだろう。そして、『The Price of Everything」(訳者註:これもHBOのオリジナルドキュメンタリー映画)を見た人ならだれでも知っているように、クリスティーズで『Him』を買ったのは、ユダヤ人で膨大なコレクションを所有しているステファン・エドリスで、彼は1941年、第三帝国の支配を逃れるため、十代で生まれ故郷のウィーンを飛び出した人物だ。彼の行為を複雑な心理による買収だと片づけるのは、あまりに単純な物言いだろう)

このような現象は、ほかの美術市場でも見受けられる。リチャード・プリンスの『Spiritual America』のオークションの結果を考えてみてほしい。挑発的なポーズを取る10歳のブルック・シールズの全裸の商業写真がそこにあることで、彼がどれほどの利益を得たか。直近で言うと、そのブルックスの写真自体が、2014年5月の、If I live, I’ll See You Tuesdayをテーマにしたクリスティーズオークションで、推定価格390万ドル(手数料含む)で落札された。

公平を期すために言っておくと、クリスティーズカタログの評論において、リチャード・プリンスは、有害な男らしさや、性的搾取を利用することで、戦略的な問題提起をしているのであって、それらを良しとして広めようとしているのではない、と書いている。MeToo運動が盛んな今、『Spiritual America』が、もし再び市場に出されれば『Him』よりも高値を付けることだろう。そう、多くの鑑賞者が美術作品を、善悪の価値よりも美的な価値から判断するのではなく、まず社会政治的なレンズを通してみるようになった時代においては、これら2つの作品はよりスキャンダルにまみれたものになる。しかし、『Spiritual America』がいま最も熱いトピックに突進していく作品であるのに対して、『Him』はすでに判断が決していて、この先も永遠に(そして正当に)慎重に取り扱うべき問題の上でタップダンスをしているような作品なのである。そこが、いま開いている傷口に指を突っ込んでいくこととの違いだ。

しかし、アート市場が、今の世の中でどんな批判を受けようと気にかけない、といった裕福な規格外のコレクターを徹底的に排除するとは考えにくい。したがって、マイケル・ジャクソンを扱った作品が『リービング・ネバーランド』によって不幸な目に合うとは、私は思っていない。そして、そのような見方はこの先も長く続いていくだろう。

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Handout image of Michael Jackson’s mug shot after he was booked on multiple counts for allegedly molesting a child in Santa Barbara, California in 2003. Photo by Frazer Harrison/Getty Images.


◉レガシーは継続する?

『リービング・ネバーランド』についての評論の最後で、ウェズリー・モリスは、ジャクソン自身が、活発にヒット曲を作っていた時も、その死後も、ポップミュージックに影響を与えているという気がかりな事実に対峙する。それは、世界中でジャクソンの名前を記録から消す必要があると合意したところで、それは不可能だ、ということだ。彼はこう書いている。

マイケル・ジャクソンの音楽は料理ではない。それはもっと基本的なものだ。塩であり、胡椒であり、オリーブオイルであり、バターであり、彼の音楽がなければ始まらないのだ。そしてそこから作られた音楽は至るところにあふれている。どこからどうやって取り締まるというのだろう?

視覚アートの影響力は、ポップミュージックに遠く及ばないとはいえ、アートシーンで中心的地位にいる才能ある人々についても同じことが言えるだろう。性的虐待の告発がついてまわるからといって、アートの歴史からチャック・クローズ(→)の名前を消し去ったとしても、必要不可欠なものが失われることはない。しかし、パブロ・ピカソとなると話は違う。彼の周囲の人間を破壊するほどの男性性はよく知られているところで、深さにおいても広さにおいても、彼の天才的な創造性に匹敵するかもしれない。そのことで、美術を鑑賞したり、美術の世界で働く人間が何千人も束になって大規模なボイコットを仕掛けたとしても、彼の作品と影響力を美術史から取り除くことなどできない。そんなことをしても茶番だ。


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Pablo Picasso, Fillette à la corbeille fleurie (1905). Courtesy Christie’s Images Ltd.


私もモリスと同じくそれは不可能だと思う。ピカソの『花かごを持つ少女』は、13歳の花売り娘のフルヌードのポートレートだが、彼女が24歳のスーパースター画家のモデルになったのは、間違いなくその貧しさゆえだろう。しかしその絵は、2018年5月のクリスティーズで1億1500万ドルの値が付き、今年の後半にはオルセー美術館での展覧会が始まると発表されている。絵が売れたのも、展覧会の発表があったのも、ハーヴェイ・ワインスタインによる職権乱用行為や、レイプの告発がMeToo運動に発展してから7か月後のことである。

高額での落札と展覧会という2つの出来事がすべてを語っている。ピカソへのポリティカルな再評価は、一大転換になるだろうが、ニッチなアート市場の頂点にある場所や、一般大衆向けの美術館の世界において、それは起こりえない。それゆえ私は、『On the Wall』の作品群や、他の問題がある作家による作品も、おそらく取引きの面においては被害を被らないだろうと思う。だが、だからと言って、より広い文化の範囲で人々が鳴らしている警鐘に聞く耳を持たないでいればいいというわけではない。兆候があるときに気を付けていなければ、継承が鳴った時には手遅れになっているかもしれないのだから。

ARTnews と The New York Timesより。




by yomodalite | 2019-04-17 00:31 | マイケルジャクソン資料 | Comments(0)
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今回はLeaving Neverland(ネバーランドにさよならを)』が米国内で放送されたあとの3月6日に書かれた記事を紹介します。

こちらは前回のボーゲルのものとは異なり、あまりファンがフォローしていない記事だと思いますが、多くのファンが抱いた疑問への解答が示唆されている内容だと思うので和訳しました。


・なぜ、事実を軽視し、一方の意見のみで出来ている作品が権威ある映画祭で上映されたのか?

・なぜ、TV放映後、驚くほど性急に「真実化」がなされようとしているのか?


この2点に関しては、今考えておいた方がいいように思えたからです。

前回の和訳記事の冒頭で、MeeTooとの関連について書きましたが、今回の和訳記事では、そういった都会で中流以上の生活を目指す上では無視できないルールがどこで創られているのか?そして、MJファンにとってまともなジャーナリズムというのは、とても悩ましい問題だということ。


これらについて、和訳記事の前に少し説明します。


THIS IS IT後、十年近く主要メディアでのMJ礼賛を目にしている日本のファンには、理解しにくいことかもしれませんが、生前のマイケルへの酷い報道というのは、むしろ権威ある高級紙や、影響力のある真面目なテレビ番組が牽引したのです。


なぜ、あれほど真面目な天才アーティストを、権威のある高級紙が嫌ったのでしょう?


タブロイド紙が、どれだけマイケルを面白おかしく書きたてても、彼の高い芸術性や、時代を超える音楽性、またそれを永年保持するための懸命な努力・・それらを冷静に判断し、ジャーナリズムを牽引している「高級紙」が、マイケルを正当に評価していれば、そもそも2005年の裁判が行われることもなかったはずなんですが、そういった高級紙は、常にマイケルの真実を追求しませんでした。


つまり、マイケルに関して「権威ある高級紙」は、常にまともなジャーナリズムではなかったわけですが、その理由はいわゆる「黒人差別」とは違うと思います。(マイケルに関するあらゆる文章の中で「黒人」や「人種差別」という言葉が使われていますが、これらはあらためて考えてみる必要があります)


なぜなら、権威ある高級紙というのは、なにが人種差別にあたるかの決定機関であり、敵対者を人種差別者として糾弾したり、人種間の分別を利用して、特権階級以外の人々が「ひとつにまとまる」ことを阻止しているからです(文化盗用に目を光らせているのも同じ理由ですね)。


みんながひとつに

→和訳「Jam」

問題は人種ではない

→ 和訳「Black Or White」


マイケルと同じように、高級紙に貶められた芸能人といえば、マイケルが最も尊敬するチャップリン。そして年齢差を超えて親友だったマーロン・ブランドも不当な扱いを受けました。


2人とも100年に1人、世紀を創ったと言われるほどの天才ですが、チャップリンは『独裁者』という映画をきっかけに、当時の米国から追放処分を受けただけでなく、小児性愛者としても蔑まれ(4人目の妻との間の8人の子供や多くの孫にも恵まれ、彼への疑惑もMJと同じようにでっちあげでした)、ブランドへの高級紙のレヴューもずいぶんと酷いものでした(彼は超有名俳優になった後、主に反ハリウッドと見られる映画に出演していた)。


マイケルは彼らだけではなく、メディアの犠牲者として米国でよく知られているハワード・ヒューズ(→)のことも自分の先生だと語っていました。ヒューズは映画製作者にして、億万長者の実業家で、新記録を打ち勝てたパイロットでもあり、多くの女優と交際した長身でイケメン・・という人々の夢のすべてを実現したような男性なのですが、


4人に共通しているのは、その素晴らしい才能だけでなく、人々からの圧倒的な人気があって、莫大な資産をもっていた。つまり、権威者の「圧力」が通じない人物だったということ。(ヒューズやブランドは多額のお金を使ってタイムズを逆に調査さえしていました。初版ではカットされていますが、ブランド自らが書いた『地獄の黙示録』のカーツのセリフにも、タイムズ批判があります。相変わらず差別がどうだとか、彼らが造ったニュースどおりに社会を描写し、賞を待ち望んでいるような、現代アーティストとはレベルが違います)


さて、このドキュメンタリーが、性急に「真実化」されるきっかけになったのは、ドキュメンタリーが終わった直後に放送されたオプラ・ウィンフリーの番組でした。


彼女の番組では、自身も幼児性的虐待被害者だったというオプラが、様々な質問をすることで、2人を本物の被害者として「承認」しました。被害者の気持ちは、被害者にしかわからない、証拠はなくても、本物の被害者同士なら、それがわかるのだ、という理屈です。


ドキュメンタリーは、永年米国一の司会者という地位を保持し、今やMeeTooの牽引者であり、被害者でもあるオプラの番組とセットで放送された。それで、多くの真実が「無効化」されるという事態が起きたんです。(被害者に寄り添うという特権的な立場を求める人と、そこに相応しい被害者役たちの行列は日に日に長くなっていますねw)


超有名MCによる番組が放送直後、議論を遮断する目的でセッティングされたことから、過去を振り返ってみると、ロブソンとセイフチャックが心変わりしたのも、「計画」の一環だったのかもしれませんね。


さて、権威のある高級紙…知的だと思われたいなら必ず読まねばならない、NHKだけでなく、世界中のリベラルメディアをリードする…それは「ニューヨーク・タイムズ」のことなんですが、町山氏やクーリエジャポンが、真実を軽視し、ファンの話に聞く耳を持たないのは、そこに倣っている方が得策だからでしょう。


いくら過激なMJファンだってそんなことはしませんが、お店が破壊されたり、バスに火がかけられるとか、リベラルエリートに逆らうと、なぜか黒装束の人が暴れるみたいな・・「圧力」のレベルが違いますから。


前書きが長くなりましたが、和訳記事内の右派・左派という表現についてもう少し。


これは日本の右翼・左翼とはまた少し異なるものですが、リベラルの意味は時代によって変化していて、記事のライターは、オールド・リベラルとして、リベラルの変節を嘆いています。彼がいう右派というのは、アメリカの帝国主義を支持する側(周辺諸国を紛争させ、分断させることで、支配国の位置を維持する)であり、左派は、個人の自由を尊重し、世界平和を目指す側。


ところが、今のリベラルは、個人の自由を尊重するという建前で、人々を分断させ、次々に作られるイデオロギーや、米国有利のビジネスルールに反する国々の政権を倒すために戦争だけでなく、工作活動や、洗脳によって、文化をも破壊する。そして破壊した国々からは、安い労働力や、新たなルールの体現者として、移民を歓迎する・・といったすべてが権力者側立っている、だから彼らは「右派」だ、ということみたいです。(→参考記事)


(引用開始)


なぜ、メディアは『リービング・ネバーランド』とマイケル・ジャクソンへの告発に疑いを持たないのか?


デヴィッド・ウォルシュ

2019年3月6日


米国のケーブルTVと衛星放送のネットワークであるHBOは、3月の3日、4日と2回に分けて『リービング・ネバーランド』を放送した。イギリスの映画監督ダン・リードによる236分のドキュメンタリーは、HBOとイギリスのチャンネル4の共同制作で、1月下旬にサンダンス映画祭で初上映されていた。


『リービング・ネバーランド』は、ウェイド・ロブソンとジェームズ・セイフチャックの証言をもとにして作られ、彼らは1980年代と90年代の数年にわたって、子供としてジャクソンから受けた性的虐待を事細かく述べているが、このドキュメンタリーで2人以外にインタビューを受けているのは、彼らの家族だけである。

史上3番目に成功した音楽アーティストでありながら、アメリカの娯楽産業の悲劇的な犠牲者でもあったジャクソンは、2009年6月、薬物過剰摂取で死亡した。ロブソンとセイフチャックは、若い頃にジャクソンとかなりの時間を過ごし、彼が生きているときは、彼を強力に弁護していた。


ダンサーで振付師でもあるロブソンは、過去に2回、宣誓のもとに、ジャクソンは何も悪いことをしていない、と証言をしている。2005年の6月、ジャクソンが性的児童虐待の容疑をかけられた裁判(最終的に彼は14の嫌疑すべてで無罪判決を得た)で、被告側の証人になったロブソンは、法廷で検察側の厳しい尋問が延々と続く中でも、ジャクソンは間違ったことなど一切していない、という主張を変えず、ジャクソンが亡くなったときも、彼について心のこもったコメントをした。


しかし、ロブソンは2013年になって突然180度態度を変え、ジャクソンから定期的に虐待を受けたとして、エステートを相手取った訴訟を起こした。法的措置に出るのが遅すぎたとして、申し立ては棄却され、その後、ジャクソンが生前所有していた2つの企業体に対する訴訟も、棄却された。セイフチャックは2014年にロブソンが起こした訴訟に合流したが、彼もまた、ジャクソンとの友情にやましいものは全くなかったと以前は強く主張していた。ロブソンとセイフチャックは、棄却を不服として上訴しているが、二人とも同じ法律事務所に代理人になってもらっている。2013年にエステートの法定代理人だった弁護士は、ロブソンの起こした訴えを「金目当て」だとし、「見え透いていて・・・道徳のかけらもなく、悲しい」と表現した。


リードの『リービング・ネバーランド』は4時間近い作品だが、ロブソンとセイフチャックの申し立てに反論する人間は1人も出てこない。「他の見方」も存在すると手短に触れている部分が2か所あるきり。1つは、ジャクソンと交流のあった他の少年たちとしてブレット・バーンズと俳優のマコーレ―・カルキンが登場していて、キャプションとして「彼らはジャクソンの不正行為を否定している」という場面で、もう1つは、2005年のジャクソンの裁判の際の弁護士、トーマス・メゼロウが、ロブソンの心境の変化を「とても、とても、疑わしい」と2013年にコメントしている場面である。


『リービング・ネバーランド』では、だらだらと閉所恐怖症になってしまいそうな場面が続く。単調になるのを防ぐためか、妙なタイミングで、インタビューに出てくる街や場所を上空から撮ったショットが数多く挿入されているが、基本的にロブソンとセイフチャックが自分たちの主張を述べる場面だけで構成されている。彼らはぞっとするような、ポルノじみたことを詳しく説明する。こういったのぞき趣味や猥褻な事柄をあからさまにすることを「衝撃的」とか「心をわしづかみにされた」と描写するとは、いよいよ来るところまで来ている感がある。ここで売りに出されているのは、「マイケル・ジャクソンのベッドで何があったか」に対する推量のみだが、見せ方次第では、啓発的で、価値あるものにもなりうるということか。


仮に、マイケル・ジャクソンが小児性愛者だったとしても、この映画にある「目撃談」が彼らの主張を裏付ける具体的な証拠をなにも提供していなければ、『リービング・ネバーランド』を製作した人間も、それを宣伝する人間たちも、道徳的に堕落していて、恥知らずだ。彼らは映画で利益を得て、それを利用してキャリアアップし、金を儲けるつもりなのだ。


監督のダン・リードは怪しい人物である。彼の監督としてのキャリアはタブロイドジャーナリズムと共に歩んできたような魅力の薄いもので『世界規模の対テロ戦争』とか、MeToo運動に関するものばかりだ。


パシフィックスタンダード誌は2016年に、「HBOのためにテロ攻撃を再現した監督」という見出しで、リードについての記事を載せた。その記事では、リードは現代のテロ事件についてのノンフィクションを次々と製作しているスペシャリスト、と興奮した筆致で伝えている。それらのドキュメンタリーもHBOで放映され、年代別に「モスクワのテロ」「ムンバイのテロ」「モールのテロ」という、それらすべての作品の冒頭に、内容に相応しく威嚇するような免責事項が述べられている。そして、「テロの3日間:シャルリー・エブド襲撃事件」や、「ロシアから現金と共に」「最前線の戦い:ISISと戦う」そして「小児性愛者を追求する人々」などの作品もHBOで放送されたのだが、彼の作品は、テーマが何であれ、政府の公式見解から外れるようなものはなく、アメリカやイギリスが、中東や中央アジアなどで行っている激しい武力介入に対する地政学的リスクや、社会的懸念についてはまったく関心をもっていない。


『リービング・ネバーランド』の何もかもが胡散臭さに満ちている。

リードとオプラ・ウィンフリーらは、映画はジャクソンを起訴することを狙ったものではなく、性的児童虐待やそれにまつわる疑問についての議論をオープンにするためのものだ、と強く主張しているが、もしそうならどうして、映画には、小児性愛症の専門家である精神科医や、あるいはそのような事例に対処するきちんとした資格を持った人間が1人も登場しないのか? 映画は下品でセンセーショナルに大衆を煽ろうとする意図で全体が構成されている。『リービング・ネバーランド』は啓蒙のためではなく、人々を麻痺させ、威嚇し、汚染するように作られているのだ。


2019年の2月7日、ジャクソンエステートの代理人ハワード・ワイツマンは、HBOの最高責任者リチャード・ぺプラーにあてた文書で、エステートは、ロブソンとセイフチャックとの訴訟に何年も費やしていて、この2人による4件の訴えはすべて棄却が確定している、と断言した。(目下、ロブソンはエステートに裁判費用として7万ドルの負債があり、セイフチャックも同様の理由で数千ドルの負債がある)それらの訴訟において、エステートは、ロブソンとセイフチャックに関する数多くの情報を掌握し、それらの情報から、彼らの発言に信用性がないことは実にはっきりとしている、と。


さらに、ワイツマンは、「ロブソンとセイフチャックは、彼らが何百万ドルもの金を要求しながら、棄却された訴訟を上訴しようとしている。この上訴が認められるとしたら、それは偶然ではない。HBOの「ドキュメンタリー」は訴訟に向けての筋書きの一部に過ぎない。2人は明らかに自分たちの上訴に影響を及ぼそうという(とても間違った意図で)この作品を利用している」


2005年の裁判について、ワイツマンはこう力説している。「マイケル・ジャクソンは、過剰な熱意はあったものの、倫理的な欠点をもあわせ持ち、最終的には恥辱にまみれることになったサンタバーバラ郡検事トム・スネドンの捜査を10年以上にわたって受けた。スネドンは、ジャクソンの“被害者”と見られる人物を探して、あらゆる場所を隅から隅まで見て回ったが、そういった“被害者”を見つけることはできなかった。実際のところ、2005年のジャクソンをめぐる刑事裁判は完全な茶番劇で、マイケル・ジャクソンは完全に無罪になったのだ」

「あの裁判について調べた人なら誰でも知っている。陪審は検察側の言い分を完全に否定した。ジャクソンの代理人であるトム・メゼロウは、裁判の開始と終了の両方で、陪審員に対し、自分のチームはジャクソンが無実だとすでに証明している、だからジャクソンを無罪にすべきだ、という異例の声明を出した。言い換えれば、彼はあの事件を「合理的な疑い」のあるケースとして引き受けたのではない。ミスター・メゼロウは、マイケル・ジャクソンを無罪にするという目的とゴールに向かって、あの裁判を引き受け、その通り実行した。2017年、あの裁判の陪審員の何人かは、ロブソンの態度が180度変わった時点で、事件について再びインタビューを受けているが、全員が今でも同じように彼を無罪にするだろうと答えているし、陪審員たちはこれまで何度もインタビューを受けているが、皆、しっかりした発言ができる聡明な人たちだ。ダン・リードが彼の「ドキュメンタリー」の中で描こうとしているような、だまされやすい愚か者、などではない。しかし、どうやらHBOはアメリカの司法の重みより、自らの偽証(2005年の裁判)を認めている2人の、何の裏付けもない言い分のほうが、頼りになると思っているらしい。」


ワイツマンはこう結んでいる。「HBO(現在はAT&Tが所有している)がネットフリックスや、アマゾンや、その他の新興コンテンツプロバイダーたちとの熾烈な競争のプレッシャーに直面しているのはわかっているが、視聴者数を取り返すために、ここまでレベルを落とすとは不名誉なことだ。HBOとこのドキュメンタリーの製作者たちの目論見は成功しないだろう。今回のことは、HBOの歴史の中で最も恥ずべき汚点になるだろう」


依然として、「セックス関連は金になる」と、HBOの上層部は考え、視聴者の数を増やし利益を得るために、自分たちの品を下げてでも、ドキュメンタリーまがいの茶番を放映したということなのだろう。


WSWSは、2003年12月から、彼が亡くなって追悼式が行われた2009年の7月まで、「マイケル・ジャクソンの悲劇」について何度も記事にしてきた。


2003年に彼が性的児童虐待の容疑で逮捕されたとき、我々は「ショービジネスという繭の中での生活」が彼に深刻なダメージ(ピーターパン・コンプレックス、未成熟、首をかしげたくなるような結婚生活、など)を与えた、と書いた。「明らかに自分が何者なのかわからなくなっているマイケルを、他の人々は裁けるのか?」と。


我々は、ジャクソンは推定無罪を得るべきだと主張し、「仮に、彼がコミュニティに属していない人間だからという理由で有罪になったとしても、思いやりのある社会ならば、罵りや敵意ではなく、彼を悲しみ、共感さえしただろう」と述べた。我々は「ジャクソンを生み出し、彼の魅力を巧みに操作し、彼のエキセントリックな面を助長してきた」既得権益層の人間は、これから先も、スケープゴートあるいは生贄として、彼を利用するだろう、とも主張した。


2003年、WSWSはさらに予言していた。「マイケル・ジャクソンの裁判の結果がどうなろうと、彼には悲しい、もしかしたら、もっと悲劇的な運命がこの先も待っているような予感がする。アメリカ社会のすべて、特に、彼を祝福し、犠牲者にもしたショービジネスの世界のすべてが、そちらの方向に向かって進んでいるように思える」と。


そして案の定、人食いザメやハイエナは、死後も彼を放っておかなかった。


現在明らかに見えるのは、アメリカのメディアの力で、ロブソンとセイフチャックの主張が世界的に認められてしまいそうなことだ。エステートからの賠償を長年にわたって求めてきた2人の証言は、真実の言葉として受け取られている。どうしてそれに疑いをはさむ人がほとんどいないのか、疑問を投げかける人間がいないのか?これは、これまでのような「人気のある世論」の反映というパターンではない。様々な「権威のない」ウェブサイトや真面目なブログでは『リービング・ネバーランド』についての洞察力ある批判を見つけるのは難しくない。


結局は検察側の大失態だった、2003年から2005年にかけてのジャクソンの裁判の間、それから、その余波といえる間も、リベラルや左派の人々は、彼に対して一般に同情的だった。2003年に我々は書いた。「サンタバーバラ郡当局がやった反ジャクソンのキャンペーンは、反動主義者による政治的社会的な含みがある。郡検察のトム・スネドンは利己的な思惑を持った保守的な共和党員だ」と。スネドンはブッシュの影響下にあり、明らかに自分を「文化と道徳の戦いにおける十字軍の一員」と見なしていた。これを書いた記者は2003年の12月にウィスコンシンのパブリックラジオの番組に呼ばれ、裁判について話し、リスナーからの電話も受けた。


しかし、情勢は変わったようだ。民主党の周辺にいた上層中産階級の人々は、株の高騰や、他にも棚ぼた式の不当な大金を得たことで、より強固な右派へと転換してしまった。MeToo運動は、そういった社会的変化の反映だ。基本とされる民主主義のルールに対する憎悪がそういった階層の人々の間で「大きな花を咲かせた」。彼らは自分たちを一般大衆とは違うと考えるようになり、強烈なエゴイズムと傲慢さで、大衆を軽蔑する態度は、裕福でありながらも、ケチなブルジョアたちの間で優勢となった。彼らは金を持っているイコール賢いことだと考え、自分たちの言葉が法律でなければならない。告発者の言葉は「信じなければならない」というのが、今や彼らの合言葉、推定無実や正当な手続きなどどうでもいい、というわけだ。


ロブソンとセイフチャックの告発は疑うことも精査されることもない。そんなことをしたらMeTooという魔女狩り全体に疑問を投げかけることになってしまうからだ。


億万長者のオプラ・ウィンフリーは、口を開くたびに陳腐なコメントをしているが、彼女は精神的にも経済的にも、MeToo運動のリーダーで、彼女の知性の「バックボーン」はニューヨークタイムズだ。


現代の道徳規範の中核を担っている、ニューヨークタイムズのモーリーン・ダウドは、2月16日に『キング・オブ・ポップとその倒錯』という題で、マイケル・ジャクソンを非難する酷いコラムを書いた。ニューヨークに住むスーパーリッチの代弁者として、過去20年間、アメリカ帝国主義による血まみれの犯罪を宣伝してきた新聞にだ。


ダウドは、「『リービング・ネバーランド』は、マイケル・ジャクソンがその人生の過程で、良き友、良き父、思いやり深いアイドルから、冷酷で人を操ることに長けたレイピストへ変貌したことを明らかにした」と書いた。実際には、証明されようのない2人の人間の主張が垂れ流されただけなのだが、ダウドはさらに続ける。「何十年もの間、ジャクソンの綿菓子のように甘い雰囲気には危険が潜んでいたのだ。しかし、ハーヴェイ・ワインスタインや、ビル・コスビー、ウッディ・アレン、ジェフリー・エプスタイン、ブライアン・シンガーのような他のモンスターたちと同様、多くの人には真実が見えなかった」と。


ダウドの反動主義は、マッカーシズムのような誹謗中傷で相手を徹底的に痛めつける、主要メディアにおける同じような流れの1つに過ぎない、これは正気を失い、どんどん右に傾いている層のなせるわざである。


ジャクソンを「モンスター」とするのは、的を得ていない非難だ。彼の抱えた困難や奇妙さは理由のないことではなかった。彼の人生とはいったい何だったか。それは16年前に我々が述べたように、「機能不全の労働者階級の家庭に育った、生れながらに才能に恵まれた少年だったジャクソンは、アメリカのエンターティメント産業の中で木っ端微塵に粉砕されていった」。いずれにしても、彼の幼児性は、現実の子供時代が不足していたことによるものなのだが。


さて、そういった社会的心理学的配慮は、今現在かつてないほどに見過ごされ、嘲笑と共に無視されている。メディアの報道には、同情のかけらも基本的人間性のかけらもなく、性的虐待者やそれに類似する「モンスター」を作り出すことは、特に民主党の活動や政策にとって不可欠なものになっているが、そんなことで、アメリカの根底にある社会的腐敗と悲惨さに対処するのは不可能だ。


マイケル・ジャクソンが亡くなって10年になろうという今、彼は再び罪に問われ、踏みつけにされている。いったいなんのために?何もかもが、お金とキャリアアップのための愚かな追求に変わってしまった。 我々はそれを非難する。


(引用終了)


引用元:https://www.wsws.org/en/articles/2019/03/06/mich-m06.html


尚、この記事のことは、日本とカナダの名門大学の教授を長年務めた物理学者でありながら、『インディアン悲史』や『ロバート・オッペンハイマー』など米国史の名著と称される著書をもち、現在は妻の介護を続けながら、鋭い論考をブログに発表し続ける92歳のブロガー、藤永茂氏に教えてもらいました。(→ 藤永茂先生のこと)


今年12年目になるという先生のブログは、私たちには難しい内容も多いですが、藤永先生の知性だけでなく、本当の弱者や、女性への優しさに興味がある方は、ぜひ『婦人画報2018年8月号』をごらんください。手段を選ばない、MeeToo戦士とは真逆の、真に尊敬すべき、勇気ある女性たちの話が紹介されています。


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また和訳は、前回と同じくchildspiritsさん(→)にご尽力いただきました。




by yomodalite | 2019-03-15 17:59 | マイケルジャクソン資料 | Comments(5)
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2019年1月29日、『Leaving Neverland(邦題:ネバーランドにさよならを』がHBOで放送される前に『マイケル・ジャクソン・コンプリート・ワークス(Man In The Works)』の著者でもあるジョー・ボーゲルがフォーブス誌に書いた記事を和訳しました。


アメリカでのテレビ放映後の今、これを紹介しようと思ったのは、ここに書かれた「真実」をもっと広めたい、というよりはむしろ、こういった真実が通用しなかった、という事実を共有したかったからです。


なぜ、これまで却下されてきたロブソンの訴えが、今これほど脚光を浴びることになったのか?


これにはマイケルファンはもちろん、そうでない人の中でも大きな疑問を抱く人が多かった。ヴォーゲルの文章は、ロブソンの変化について克明で、彼の発言がいかに怪しいか、ファンでなくても理解でき、一流経済誌に相応しい事実に基づいた文章だと思います。


そして、ヴォーゲルのようなマイケルに関する著書もある人物に限らず、このドキュメントがどれほど真実への配慮に欠けているかを、具体的な事実をふまえ真摯に論証した記事は他にいくつもあったのですが、現在のところ、これほど明らかに、コロコロと見解を変える人間を庇い、真実を軽視しようとするメディアの方が、むしろ勢いを増しているようです。


ヴォーゲルが伝えようとしているような真実は、現在の主要メディアの場ではすでに「無視していいもの」とみなされ、まったくパワーを有しないか、ある種人々を「敵か味方か」に分別するための材料にしかならなかった、ということなのでしょう。


実際のところ、文章中、マイケルを知る有名人の擁護派として登場したコリー・フェルドマンは、ドキュメントの前半を見た直後、3月4日のツイッターでは「この作品はあまりに一方的だ。僕は彼から何も不適切なことをされたことはない」とマイケルを擁護しましたが、6日朝のCNNのインタビューでは、「僕自身は彼から虐待を受けたことはないけど、児童性的虐待経験者である僕には、もう彼を庇うことは出来ない」と微妙に立場を変えて(あるいは変えざるを得なくなって)きています。(☆)←ボーゲルの文章後に詳細を追記


ファンは今回も「INNOCENT」と書かれたポスターを多く使っていますが、これは、2005年の裁判のように、無罪か、有罪かを問うものではありません。


ヴォーゲルは「何が変わったというのだろう?」と問いかけていますが、あの時と今では「変わった」んです。ロブソンとセイフチャックは、被害者として “覚醒” し、虐待を告発することで、社会を変えようとする、MeToo の一員として、再登場しました。そして、性的虐待被害者は、その苦しみゆえに、コロコロと意見を変えざるを得なかったのだ、と。どうやらこのドキュメントではそんな風に説明がされるようです。


下記では取り上げられなかった視点を含む文章については、また次回紹介したいと思いますが、まずはヴォーゲルの記事を。


(引用開始)


マイケルジャクソンの新しいドキュメンタリーについて知っておくべきこと

2019年1月29日 ジョー・ヴォーゲル


免責事項:この記事は、まだ見ていない「リービング・ネバーランド」の批評ではなく、そのドキュメンタリーで描かれた告発の背景について書いたものです。


物議を醸しているドキュメンタリー「Leaving Neverland」で、虐待の告発者として中心人物である元振付師、ウェイド・ロブソンは、友人の追悼に際してこう書いた。


マイケル・ジャクソンは世界を変えた。もっと個人的なことで言うと、僕の人生を変えた。彼がいたから僕はダンスをし、音楽を作った。彼がいたから人間の純粋な善意というものを信じられるようになった。彼は20年間僕の親しい友人だった。彼の音楽、彼の動き、彼がそっとかけてくれた言葉がひらめきや勇気を与えてくれた。その無償の愛は僕の中に永遠に生き続ける。彼を失ってどんなに寂しいか計り知れない。でも彼はいま安らぎの中にいて、空の上でメロディーとムーンウォークを披露してるんだ。(→)


当時ロブソンは27歳で、4年前ジャクソンの2005年の裁判では(そのときももう大人だった)、自分とジャクソンの間に性的なことは何もなかったと証言をしている。(→)裁判前の数年間、彼はジャクソンに会っておらず、被告のために証言する義務も負っていなかったが、彼は、宣誓のもとに偽証をした場合の罪を理解したうえで、厳しい反対尋問も受けた。しかしロブソンは断固として、信念と確信をもって、性的なことは何もなかったと主張したのだ。(→)


当時と今と何が変わったのか?いくつか挙げてみたい。(→)


2011年、ロブソンはエステートの執行人の1人であるジョン・ブランカに、マイケル・ジャクソンとシルクドソレイユの新作「ONE」の演出について交渉をもちかけた。ロブソンは「ものすごく」仕事が欲しいと正直に訴えたが、エステートは最終的に他の人間にそれをやらせた。


2012年、ロブソンは精神を病んだ。彼によれば、取りつかれたように成功を求めた結果であり、また彼の言葉どおり、キャリアは「転がり落ち」始めていた。


同年、キャリアと経済状況、結婚生活をも危機的状態に陥り、マイケル・ジャクソンに性的虐待を受けたという本の話を持ち込みはじめたが、話に乗る出版社はなかった。


2013年、ロブソンは、彼と同じ80年代後半にジャクソンと一緒にいたジェイムズ・セイフチャックと共に、民事訴訟を起こし、15億ドルの債権請求をした。セイフチャックは、ロブソンが訴訟を起こしたので、自分も虐待されていたかもしれないと気が付いた、と主張したが、その訴えは、2017年に遺言兼任裁判所で棄却された。


2019年、すべてがロブソンとセイフチャックの訴えに基づいて作られたドキュメンタリーが、サンダンス映画祭でプレミア上映される。映画は明らさまに人の心を乱すような内容だが、新しい証拠や証人の存在は提示していない。監督のダン・リードは、彼ら以外の重要な人物には話を聞くつもりはなかったと言う。なぜなら自分が伝えたい物語がわかりにくくなったり、ぼやけたりするといけないから、と。


メディアは、ジャクソンと性的不正行為について、より大きな物語に結びつけたくてうずうずしている。R・ケリーはとあるドキュメンタリーによって(→)、当然の報いを受け、ここ何年かで他の有名人たちの悪事も明らかになった。その理屈で行けば、マイケル・ジャクソンだってやってるに違いない、とういうわけだ。しかし、ここには危険な論理の飛躍がある。ことに、アメリカの歴史の中では、黒人の男性が不当にターゲットにされ、罪に問われてきたこともあるのだ。公正な心を持った人なら、彼を非難する前によく考えようと思う知恵があるだろう。ジャクソンの愛読書にして、お気に入りの映画のひとつが『アラバマ物語』(→)だというのは偶然ではない。この作品は、黒人のトム・ロビンソンが冤罪で破滅させられる物語だからだ。


なんの批評精神もなく、脈絡をも無視し、ただサンダンスで上映されたからといって、この作品を大々的に支持するメディアはどうやら忘れているようだが、マイケル・ジャクソンに対する告発ほど、公に、微に入り細に穿って審議された例はない。90年代の中頃の2年間、そして再び2000年代の中頃にも、ジャクソンが犯罪事件の裁判で疲弊しきっている一方で、メディアは世間の狂乱を焚きつけた。彼の家は予告もなく2度にわたって荒っぽくガサ入れされたが、犯罪の証拠になるようなものは何も見つからず、ジャクソンは2005年、保守的な土地柄のサンタマリア郡の陪審によってすべての容疑で無罪を言い渡されている。FBIもまた徹底的な操作を行い、ジャクソンについての300ページに及ぶ調査ファイルは、情報開示法の下で開示されたが、そこにも犯罪の証拠は何もなかった。(→)


そして、子供時代にジャクソンと一緒に過ごしたことのある多くの人々も、性的なことは何もなかったと主張し続けている。この中には、ベラ・ファーカス(ジャクソンは彼の命を救うための肝臓移植の費用を出している )(→)や、ライアン・ホワイト(→)(ジャクソンはAIDSと戦う彼の友達になり、その戦いの最後の数年を支えた)のような病気に苦しみ、末期的な状態だった何百人もの子供たちも含まれている。そして、それほど有名ではないブレット・バーンズや(→)、フランク・カシオ(→)と、マコーレー・カルキン(→)、ショーン・レノン、エマニュエル・ルイス、アルフォンゾ・リベリオや、コリー・フェルドマンのような有名人と、ジャクソンの姪や甥(→)、彼自身の3人の子供たちも(→)、みな同じ主張をしているのだ。






この10年で、ジャクソンを取り巻く数々の申し立てが取り消されている理由はただ一つ。ビル・コスビーやR・ケリーと違い、ジャクソンに関する申し立ては、よく見れば見るほど、彼が無実だという証拠が出てくるからだ。2005年の起訴は本当にばかげたものだが、ローリング・ストーン誌のマット・タイッビはそれをこう述べている。(→)


表面上は児童性的虐待者に正義の裁きを受けさせるという話だが、マイケル・ジャクソン裁判は、昔からアメリカにいた、ある種の人達が列を成して再登場してきたみたいなものだ。ペテン師、人から吸い取ることしか考えない、才能のない陰謀家たち…彼らは仕事にあぶれた状態から抜け出せずにいるか、情報時代にキャリアを積み上げられずでたらめを信じるか、どんな方法をつかっても金を手に入れようとする人たちだ。この行列の先頭にいたのが地方検事のトム・スネドンで、このいかにもアメリカらしいリアリティーショーで彼が演じたのは、ニクソンが「サイレント・マジョリティ」と呼んだ人々の中核をなす、偏狭な中年層の代表者としての役割だ。自分の平凡な才能や暮らしにイライラし、パリで休暇を取るような人間には食って掛からずにはいられないような。そして裁判の1か月目には、もっとも「こじらせてしまった」人々も続々とアメリカの法廷に証人として立つことになった。前科のある嘘つきや、金をもらってゴシップを売る人間、もっとタチの悪い人間まで・・・・。


そのあとのひと月半にわたっては、この事件のあらゆる証拠が、ひとつ残らず内部崩壊を起こしていき、世間の注目は、スネドンがいかにして次々と現れる証人を、手錠をかけて退廷させることなく証人席に立たせることか、ということに移った。


あの時と今と、いったい何が変わったというのだろう?


ロブソンは事が起こってから数十年たった後、マイケル・ジャクソンと彼の子供たちに火をかけた。彼はジャクソンの追悼式に参加したいとお願いし(→)、トリビュートにも参加して、「僕の携帯にはまだ彼の電話番号が残ったままなんだ」と、2009年のロブソンは語った。「それを消すことなんかどうしてもできないんだ」と。(→)


それから突然、20年を経て、彼は自分の過去を変化させ、15億ドルを要求する訴訟を起こしたのだ。


風変わりで裕福な黒人男性であるマイケル・ジャクソンは、絶えず訴訟のターゲットになった。1980年代から90年代にかけて、何十人もの女性が、彼の子供を産んだと虚偽の訴えを起こした。彼が自分の曲を盗んだという虚偽の裁判もいくつか起こされた。最近で言えば、2010年にはビリー・ジーンと名乗る女性が、エステートに対して、6億ドルの養育費を払えという訴えを起こした。


私は彼について本当にたくさんのことを調べ、彼のそばにいた人々の話を聞き、多くの個人情報にもアクセスを許されてきた。そういう経験から、彼を犯罪と結びつける証拠など何もないと言える。ロブソンやセイフチャックの言動がコロコロと変わっていくのとは対照的に、彼をよく知る人たちが彼について話すときの姿勢には、驚くほどの一貫性がある。彼の友人、家族、仕事仲間、同時代のアーティストたち、レコーディングエンジニア、弁護士、ビジネスパートナー、ボディガード、元配偶者、彼の子供たち、あらゆる機会で彼を見ていた人たちは、みな口をそろえて言うのだ。マイケルは優しく、才能にあふれ、繊細で、時には世間知らずで、子供っぽくて、人がどう感じているか気にしないところがあったよね、と。だが、彼が子供に悪さをするなどと信じる人間は誰一人いない。


詳しくは、私の新しい本『Stranger Things and the 80s:The Complete Retro Guide』をチェックし、FacebookやTwitterをフォローしてください。ー ジョー・ボーゲル


(引用終了)出典:https://www.forbes.com/


(☆)コリー・フェルドマンがCNNに語っている動画





コリー・フェルドマン:『グーニーズ』や、『グレムリン』 で注目され、1986年の『スタンド・バイ・ミー』では戦争で精神を病んだ父親を溺愛するテディに扮し、その後も子役として活動したが、ヘロイン中毒に苦しみ、徐々に映画に出演する機会が少なくなる。2011年8月、自らの性的虐待を告白し、ハリウッドにおける子役たちの小児性愛被害についても暴露。現在はそういった不当行為を撲滅しようと動いている。


フェルドマンは、「とにかく被害者の発言は世の中に聞いてもらうべき」という立場から、「そういう行為をしたと告発された人が誰だろうと、その人を弁護することはできない」と発言しています。彼が特に力を入れてきたのは、被害にあってから一定の期間が過ぎると訴えとして認められないという「出訴期限(statute of limitation)の廃止」。「自分も被害にあったときには子供で、警察に加害者の捜査をしてもらうなんてとてもできなかった」ことから。


そして、ロブソンたちが2013年、2014年に起こした訴えが棄却されたのも「出訴期限」が主な理由でした。それで、フェルドマンは20数年前のことを訴えている彼らを否定することが出来ないのでしょう。


彼の「もうマイケルを庇いきれない」という言葉が記事になっていますが、実際の発言は、


「自分がここにいるのは、マイケルを弁護するためでもないし、彼を非難するためでもない、ただ、弱い者の声は世の中にきちんと、それが何年たった後だろうと、聞いてもらうべきだという立場なんだ」と言っています。そして、「自分が被害にあっているときに、マイケルは頼れるお兄さんのような存在に見え、実際もそうだった。彼から不当な扱いを受けた経験は全くない」「彼との会話をおさめたテープがあるけど、それを聞いてもらえば僕たちの関係がいかにイノセントなものかわかってもらえると思う」と、最初のツイートで言ったことを再確認するようにも話しています。



《参考記事》


《続記事》





by yomodalite | 2019-03-11 02:15 | マイケルジャクソン資料 | Comments(23)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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