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ウィラとエレノアの会話がイマイチ理解できないという感想を小耳に挟んだことがきっかけで、どんどん解説が長くなってしまったティーザー記事も今回で20本目。


◎初回記事「ヒストリー・ティーザーについての記事を紹介します」


世界で一番の有名人であり、かなりの読書家でもあるマイケルの『ヒストリー』を、読みやすい分量でまとまるような内容にしてしまったら、マイケルのHIStory(歴史観)や、HIStory(彼の物語)ではなく、マイケルを利用したストーリー(物語)になってしまう。そんなものはもうたくさん!と思っていただける方に共感していただけるようなものを目指し、ふたりが探してくれた内容から、さらによく見ることを心がけ、安易な物語や、主観を排除してきたつもりなんですが、そのことで、ますます理解しにくいのでは、というジレンマに苛まれ・・


ただ、自分なりに精一杯努力した、という気持ちも芽生えてきたので、そろそろ区切りをつけたいと思います。


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最後は、あの巨大な像を中心にして、なんとかまとめてみました


⭐️ ⭐️ ⭐️


HIStoryは、メディアによって繰り返し語られる嘘が、大衆の心に根を下ろして出来上がった偏見に満ちた物語(his story)を、彼自身の側から語った(his story)であり、彼の歴史観(history)だと言える。


『意志の勝利』の監督リーフェンシュタールは、ナチの世界観を反映しただけでなく、ナチスドイツを創造し、維持していくための神話を創り出そうとしましたが、マイケルがティーザーでやったことも、それと同じ。


ヒトラーは、「我々は、ひとつの国民にならなければならない。そして君たち若者が、その国民なのだ。階級による差別はない。君たちの中にそんなものがあってはならないのだ」と言った。それは純粋なドイツ国民でさえあれば、優性が与えられるというもので、疲弊した国民、特に若者たちに熱狂的な受け入れられた。マイケルの映像は、ヒトラーが期待感を煽り、欲求をかき立てるという点では似ているものの、彼はマッチョ的な要素なしに、その熱狂を作り上げた。


そして、そこには、ヒトラーの『意志の勝利』が引用されただけでなく、チャップリンの『独裁者』の最後のスピーチの映像化でもあった。マイケルは、チャップリンが演説した世界観を、その魅力的な「スマイル」とともに表現したのだ。


私は、長年それだけで十分納得したような気分でいた。でも、チャップリンの映画は、独裁者を床屋と同じ普通の人間として描いていて、スピーチのあとチャップリンが演じた男が、その後床屋に戻った姿も容易に想像できる。ただ、実際その後のチャップリンはそうではなく、『独裁者』はチャップリンへの世論を変え、愛すべきLittle Trampだった男は、アメリカを追われなければならなかった。


ヒストリーティーザーは、『独裁者』のあとのチャップリンの歴史をも内包し、インターナショナリズムや、反ナショナリズムが「非アメリカ人」として責められる大きな原因になることを覚悟し、また、演出にマイケルの意図が反映されていることが間違いないこの映像には、彼を崇める大勢の群衆が映され、巨大なマイケル像は、実際に世界のあちこちに建てられ、テムズ川をも渡って行った。マイケルの周囲には、「KING OF POP」のプラカードが常にあり、誰もが彼をエンターテイメント界の王様だと認識していただけでなく、彼自身もそのイメージを積極的に拡散した。


このフィルムは、王座に君臨するがゆえの攻撃の炎に、自ら大きな燃料を投入したと言う点でも稀有なものだ。実際、このあと彼が受けたメディアによる制裁もかつてないほどのものだったけど、巨大な像を建立し、自分を崇める大勢の人々をも映し出したのだから、自己神格化という批判は、マイケルにとって想像通りの反応だったはず。


実際、これが公開になった直後のインタヴューで、マイケルは十代のアイドルのような無邪気さで、「それを待ってたんだ」と答えている。議論が起こることを待っていたと。でも、このティーザーを細かく見て、真面目に論じるなどということが、マスメディアに無理なことだってわかっていたと思う。これはアルバムの宣伝のために造られた映像なので、そういった反応に広告効果があることも事実で、ビジネス感覚にも長け、また無類のイタズラ好きの彼は、真面目くさった批判も面白く感じていたかもしれない。でも、それだけの理由では、やはりこれほどリスクが大きい作品を創ることはできない。


作者が意図しなくても、時代を超えて議論され続ける作品が出来上がることはある。でも、マイケル自身にその確信がなければ、商業的なポピュラーミュージックの最前線でトップの商業成績を保ちつつ、この緻密な構造を作品化するために、莫大な予算と時間を使うというのは絶対に不可能なことだ。


このティーザーには、『意志の勝利』や『独裁者』以外にも3つの映画が引用されていて、それらは、すべて世界大戦の恐怖や、最終戦争といった人類全滅の可能性を秘めている。


『意志の勝利』と『独裁者』は、世界制覇を狙うイデオロギーがテーマで、前者はそれを推進し、後者はそれに対抗している。『レッド・オクトーバーを追え』は、冷戦時代が舞台で、アメリカとソ連の軍事的緊張状態の中で、他者への理解を描き、『ターミネーター2』は、機械と人間が、地球だけでなく、宇宙の覇権まで争って戦争をする恐怖の未来を避けるために、現在を変えようとする。そして、『地獄の黙示録』は、アジアが大国の駆け引きが飛び交うチェス盤となった原因を、古代から受け継がれた人々の精神の中に見ようとした。


そして、マイケルの世界観は、帝国支配の歴史と、大戦後数十年にわたってソ連の占領下に置かれたハンガリーを舞台に、平和と戦争を並列することで語られる。ここでは「情景と音」はかみ合うことなく、音は常に情景を攪乱する。「善」と「悪」に対する従来の考え方に大きく挑戦し、人々の立場を逆転させ、他者への感情移入を促すように。


なぜなら、マイケルの革命は、敵を攻撃することではなく、自分の心の内の思考や感性に革命を起こすことだから。


私たちがこの映像を見て、不安を感じるのは、私たちが『意志の勝利』のように、独裁者の王を歓迎した事実と、『地獄の黙示録』のような《王殺し》を支持したという両方が表現されているからだ。


マイケルが旅立った後、彼の地に落ちていたイメージは反転し、大勢の人がマスメディアの嘘に怒りをあげたが、今、毎日のように誰かが批判されているのは、マスメディアのせいではなく匿名のネットの声。


歴史から学ばない人々は過ちをくり返す。マイケルは、運命は私たち自身が作るものだと考え、この軍隊をどう読み取るべきかについて、あえて、わかりにくくしている。彼が率いている兵士たちは、一見、帝国主義国家の兵士たちと同じような規律をもち、命令に従っているように見える。でも、彼らは、敵を倒すことなく、腕には包帯を巻き、木で出来た銃をもち、全体主義ではなく、力強い団結をあらわしている。そして、マイケルは彼らを率い、英雄広場へと向かっていく。


そこにつながる道には、大天使を戴いた円柱がいくつも並び、マイケルは大天使ミカエルのようにも見える。しかし、突然、雰囲気が変わり、車が燃え、『地獄の黙示録』のように、ヘリコプターが上空を旋回し、爆音が響き、マイケルの軍隊を歓迎していた群衆は、恐怖に怯えパニックに陥る。混乱した群衆の様子は、軍を美化する映像を疑わせ、同じ軍隊が自分たちに銃を向けるようになること、強力な軍の力が守ってくれると同時に、脅威にもなることも感じさせる。


私たちの「善」や「悪」という単純な考え方が、ものごとをさらに混乱させるのだ、と教えるように。


登場したヘリコプターは攻撃開始ではなく、祝福の合図だったことは、このあとすぐに明らかになる。ライトアップされた記念碑の中で、赤い垂れ幕の前に浮かび上がるのは、政治家や将軍たちの像で、その前には、起爆を指揮する威厳のある男と、スイッチを入れる男。彼らが「善」なのか「悪」なのかはわからず、像が爆破される不安を感じさせながら、男がレバーを押すと、縛り縄が飛び散り、像を覆っていた幕は地面に落ち、巨大な彫像が露わになる。


それは、デンジャラスツアーのオープニングで「JAM」を歌ったときと同じ衣装を着たマイケルの像で、ツアーが行われなかった米国では、驚異的な視聴率を記録した1993年のスーパーボウルのハーフタイムショーに登場したときとも同じ。


これが「マイケル・ジャクソンの像」だということは誰の目にも一目瞭然で、批評家たちは、こぞって「空虚な栄光に彩られた自己神格化」だと批判し、マイケルと親しくしていたユダヤ教のラビは、人間の男性が巨大な像となって崇拝の対象になるという場面を見て、椅子から転げ落ちそうになったという。生来の深い精神性を持ち、『スリラー』のあとでさえ、熱心なエホバの証人だったはずの人間が、どうして自分を神格化したり出来るのか?と。


でも、この彫像が、マイケルの芸術や遺産を表現するなら、なぜ、弾ベルトを身に巻きつけ、POLICEバッジをつけた姿だったのか? 


映像の冒頭でも、多くの人が聞き取れないエスペラント語ではあるものの、「世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに、像を建てる」と言っていたはずなのに。マイケルの代表曲で、ムーンウォークのパフォーマンスで有名なビリージーンの衣装のように、帽子や、白く煌めくルーズソックスといった《シンボル》ではなく、なぜ、戦争や警察といった、マイケルのイメージとは真逆といえる《シンボル》で創られているのか?


私が思いつくのは、何度も断っていたハーフタイムショーのオファーを受けたのは、スーパーボウルが世界中で中継され、各地に駐留している米軍も見ていることを知ったからだった、という情報。マイケルは「さすがに僕もそこまではツアーでも行けないから」と考えを変え、出演を決めたという。米国では、ベトナム戦争から戦争の意義に疑問を感じる人が激増し、帰還兵は命がけの経験をして、国に戻っても社会から差別を受け、そのトラウマの解消には光が見えず、戦場以外で生きる術のない彼らのほとんどが外国での生活を余儀なくされ、彼らにとってのアメリカは米軍の中にしかない。そんな兵士たちの孤独と傷は、1982年に公開された『ランボー』によって映像化されたが、誰も演じたがらないことで、キャスティングさえも難航したという。


そして当時、社会主義国家が倒れていく革命の中、警察官たちが権力者たちの命令によって、市民を攻撃し、衝突する場面も幾度も映されていた。革命に燃える市民にとって、警察官は安全を守ってくれる存在ではなく敵になっていた。


つまり、マイケルにとって、ハーフタイムショーは戦場で傷ついた兵士たちへの慰問でもあり、この衣装を着て歌ったJam(団結)は、帰還兵に冷たいアメリカ社会と、兵士たちを繋ぎ、新たな社会を求める市民と敵味方に分かれた警察官をも団結の輪の中に入れようとする、マイケルの想いが込められたものだったのではないか。


引用された映画が最終戦争や黙示録に関わるものだったように、マイケルのティーザーでは、聖書の中で禁止されている「偶像崇拝」を揶揄したという側面もあるが、宗教が弾圧された社会主義国家では、1989年にベルリンの壁が壊されたあと、独裁者や指導者たちの彫像が倒される映像が世界中に溢れていた。


そういった価値観が大きく転換した国々に、マイケルは「新たなヒーロー像」として、巨大な像を建てた。この像には、数多くの《星》の意味が重ねられ、人々の希望や、スター(英雄)、民族や、防衛、そして呪術でもある《星》をそのあらゆる意味で統合しようとしている。


黒人でありながら、白い肌になり、男性として、女性的な美を取り入れ、王として、子供の心を持ち、平和を祈りながら、兵士たちを癒し、権力者と市民を分断せず、人々の安全を見守る・・それは「マイケル・ジャクソンの像」というよりは、マイケルが生涯に渡って体現しようとしたイメージ(像)だったのではないだろうか。


HIStory(曲)では、蹴飛ばされても果敢に挑み続け、自らを鼓舞する男が登場し、日々の歴史は、自らの手で作っていくのだと人々を励まし、ひとりひとりが歴史の担い手だということを意識させた。


マイケルが好きだったガンジーは、「人は、自分が信じたものに近くなる」と言っていた。


HIStoryはマイケルの物語であると同時に、大文字のHISが神を指す、HIStory(神の物語)でもあった。私はこの世界のすべてを創造したという「神」の存在について強い関心をもったことはなかったけれど、マイケルの信仰を考えているうちに、これまでとはまったく違う信仰の意味が感じられるようになった。


それは、自分が想像する以上の神を人はもつことが出来ない、という恐ろしさと同時に感じたこと。


マイケルを「自己神格化」だと批判し、彼のあらゆる行動を批判した人々にとって、神を信じるということは、神に近づくことではなく、神に運命を委ねることが神の思し召しであり、誰かを批判するのも、そういった秩序を守るため。


『地獄の黙示録』の引用は、KING OF POPである自分への《王殺し》の予言ともいえる。疲弊した90年代の米国社会は、再生のための《王殺し》を、強く豊かだった80年代を象徴したマイケルに求めていた。


マイケルはそういった人々の暗い欲望を感じながら、さらに自分の殻を脱ぎ捨てるという転生を重ね、最終的に勝利を収めるという英雄への道を歩む決意を示した。何度も傷つけられながら、マイケルが人々を信じ続けたのは、


人は、自分が信じたものに近くなる。という信念からだったのではないか。


マイケルは神を信じることで、神の愛に近づき、愛は誰かを独占することではなく、与えることだと理解した。


女子サッカー界の英雄、澤穂希は、「苦しくなったら、私の背中を見て」と言った。


時としてルールが通用しない愛について理解する手がかりは少ないけれど、人は手本になる「像(イメージ)」がなければ、苦しみや絶望に沈んだとき、その暗闇から行動を起こすことで、世界に憎しみが拡がる。


リアルタイムでこの映像を見たとき、素晴らしいとは思ったものの、何もしなくても売れるほど有名なアーティストが湯水のように広告費を使うことが無駄も思え、大人げないとも感じていた。これほど恵まれて成功したマイケルが、未だに一番を目指し続けることに共感もできず、嫉妬する気持ちさえあった。それまでの私は、一番を目指す競争の中に、美しさを感じたことがなく、なにか傲慢なものを感じていたからだと思う。


マイケルが与えられた才能を大事にするだけでなく、かつてないほどの責任を感じて「KING」の役目を果たそうとしなければ・・これほど才能に恵まれた人が、ここまで、すさまじい努力をしてくれなければ、わたしには何年経ってもわからなかったと思う。そして、マイケルもそれをわかっていたから、ここまで全力を尽くそうとしたのだろう。


たった十数年で変わる時代に身をまかせるのではなく、時代を超えるために身を投げ出した多くの英雄たちの姿を忘れず、いつまでも心の中で大きく立ち続けるために。あの像は巨大でなくてはならなかった。


スタジオでいつも驚くほどの爆音を好んだマイケルが、彼らに贈った壮大なレクイエムはもっともっと大きなものだったのだ。








by yomodalite | 2016-04-12 11:38 | ☆MJアカデミア | Comments(3)

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HIStoryティーザーについて、長々と書いてきましたが、今回と次回でティーザー解読の長い旅を一旦終了。


今回は、マイケルが細部にまで注意を払って、さまざまな普遍的なシンボルを使っている点について分解してみます。


これらは隠された意味などというのではなくw、あらゆるものを混合させ、統合しようとしていたのだと思います。



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ローマ帝国や、オーストリア=ハンガリー帝国、ナチス・ドイツ、ロシア、アメリカなどで、軍隊のシンボルとして使われている鷲と剣(鷲と武具)の像。




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太陽は、太古からあるシンボル。




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神の軍隊を表す「鷲と武具」のシンボルから、兵士たちがあらわれる。



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工場、労働者、道具は、共産主義や全体主義のプロパガンダとしてよく用いられたシンボル。



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(実際のポスター。労働者の地位と向上を目指し、
労働の価値観を重要視していた)




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この場所にいた男はエスペラント語で話し、それは、チャップリンの『独裁者』の引用でもあるのですが、チャップリンがユダヤ人のゲットーにエスペラント語を忍ばせたのは、ナチス対ユダヤ人という対立において、ユダヤ人の側からのみで描きたくなかったからでしょう。マイケルのこの「星」も、エスペラントのマークとしてではなく、ロシア、アメリカその他様々なシンボルに使われている「星」だと思います。




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文字は全て架空のものですが、ロシア語のようなデザイン。最初にナチスを思わせた軍隊に、ソ連のイメージを重ねている。




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像が造られている場所では、《眼》の部分がクローズアップされる。眼のシンボルは、古代エジプトからあるもので、『HIStory』のブックレットには、MJがカフラー(Khaf-Ra)王に扮しているような写真もありました(→リンク)。この王の姿は、ハヤブサの姿あるいは頭部を持つ天空神ホルスが元になっていて、この神の目が世界中の眼のシンボルの元型になったとされる。ホルスの左目は月の象徴、右目は太陽の象徴とされ、この場面では像の右目(太陽)がクローズアップされている)




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ヒトラーの映像でも、兵士たちに惹かれる子どもは重要だった




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建築中の像の《星》。左手に見える鉄骨は、その星よりもずっと小さな《十字架》に見える。





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兵士を率いるマイケルの腕の《星》と、ヘブライ語やルーン文字のような古代を思わせる文字





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最初にナチスを思わせた兵士たちは、実はソ連軍のユニフォームを着ている。





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MJのコンサートでもお約束の《熱狂で倒れる少女》





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ナチスのパレードを思わせる光景の中にマイケルの《眼》のシンボル。マイケルの眼は《左目》なので月のシンボルといえるのかも・・・




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実際のマイケルの《眼》は隠され、サングラスを外す瞬間に期待が高まる




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再びコンサート会場のように、人々の熱狂は高まる。





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サングラスを外したマイケルが最高の「スマイル」を人々におくる




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最初にナチスを思わせたパレードは、花吹雪や紙テープによってアメリカ的な様相をも見せる。観衆と兵士たちは、同じぐらい大勢。




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この場面も『意志の勝利』と酷似していますが、マイケルの映像では、凱旋門の前の広大な道の両側にハンガリーの英雄広場にある大天使ガブリエルを頂く円柱がいくつも並んでいる。ここから、マイケルを「大天使ミカエル」と捉えることができるが、一方で、ガブリエルは何体もコピーされ、大天使の意味は失われている。


マイケルがHIStoryの冒頭に、ムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』を使っていることも考えると、この凱旋門から、ハンガリーが侵攻したウクライナの「キエフの大門」のことも思い出される・・・マイケルが率いる兵士たちの哀しみは、レッド・オクトーバー賛歌によって歌われていますが(→リンク)「キエフの大門」は、ムソルグスキーが亡き友人を追悼するためのレクイエム。建築家だった友人は、モンゴル帝国によって壊されたキエフの門の再建コンペに応募していたが、再建は行われないまま、友人も亡くなってしまった。





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兵士たちは、撃つことのできない、木で出来た《銃》をもっている




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『地獄の黙示録』と酷似したシーン。これも《太陽》のシンボルですが、この映像の中の太陽はすべて「夕陽」になっている。





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ヘリコプターの登場でこれまでとは雰囲気が一変し、暴動や攻撃への恐怖からパニックが起こる。





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ハンガリーの「英雄広場」にある千年記念碑。ライトアップされているのは、正面右側にある政治家や将軍たちの像




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像の除幕式への期待と、攻撃への恐怖に混乱する群衆(視聴者も同様)




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天使ガブリエル像越し(手前の影)にサーチライトを浴びる像




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英雄たちの像が納められたハンガリーの千年記念碑は、実際は2つしかないのですが、ここでは、巨大な像の周囲にいくつも建てられている。彼が考える英雄はHIStoryという曲で歌われたように大勢いるからでしょう。



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像にかけられた幕を縛っていたロープが爆破によって解かれる・・



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彫像が建っている下の部分は、アメリカ国防省、通称ペンタゴンと言われる「五角形」から、各床に環状に広がる構造を模しているが、彫像の台座は、ダビデの星と同じ《六芒星》になっていて、それぞれの星の先が、「千年記念碑(英雄たちの像)」に繋がっている。星のシンボルは幾重にも意味が重ねられている)





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(ペンタゴン)






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実際の千年記念碑の中央にあるガブリエル像が取り払われ、戦争と平和の像の対比をピックアップしている




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現実の英雄広場と比較すると、マイケルの像が建つ広場では、歴代の王たちとガブリエルが一貫して消去され、マイケルの像は、ガブリエル像をさらに巨大化させ、その存在と交換されているようにも見える。




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(実際の千年記念碑)





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エスペラント語で、「さまざまな国が、世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに、この像を建てよう!」といって建てられた巨大な像は、デンジャラスツアーの、オープニングと同じ衣装を着たマイケルの像で、「Jam(団結)」を歌ったときのもの。




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そして、腕にも、そのときと同じバッジ・・・




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このバッジを衣装から拡大すると・・・




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「六芒星」と「円」と「五芒星」をミックスした上に、上部を「鷲」、下部に「POLICEを重ねてデザインされていることがわかる




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世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに建てられた像は、なぜ、「POLICE」なのか?





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攻撃するかのように見えたヘリコプターは、この像に「降参」したかのように、股の下をくぐり、祝祭を盛り上げているかのように旋回し・・・




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人々は歓声をあげ、誰もが「KING OP POP」を祝っているかのよう・・・




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でも、この結末はチャップリンが『独裁者』で演説した世界観をあらわしたものと言えるのでしょうか?私には、ただの床屋が「独裁者」と間違われて、演説した世界とはあきらかに異なる《要素》が混入されているように見えます。




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by yomodalite | 2016-03-30 08:00 | ☆MJアカデミア | Comments(0)
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HIStoryティーザーに引用された5つの映画は、すべて世界大戦と世界帝国が創られる恐怖が絡んでいて、人類全滅の可能性がある深刻な恐怖をもたらすものを扱っている。(→「新たなヒーロー像」)

ということから、ここまで「黙示録」に注目して、4本の映画について書いてきたのですが、今回は肝心の「HIStoryティーザー」が、黙示録をどう扱ったか、について。


黙示録の天使は、

地上に住む人々、あらゆる国民、種族、言葉の違う民、民族に告げ知らせるために、永遠の福音を携えて来て、大声で言った。

これは、ティーザーの映像が始まる前、エスペラント語で男が叫んだ、

「さまざまな国が、世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに、この像を建てよ!」

という部分に似てますね。でも、このあと黙示録の天使たちが言った、

神を畏れ、その栄光をたたえなさい。神の裁きの時が来たからである。天と地、海と水の源を創造した方を礼拝しなさい。(黙示録14章)

と違って、ティーザーは、「像を建てよ!」です。

ここは、エスペラント語ですから、ほとんどの人が聞き取れず「大笑い」できた人は極わずかだと思いますが、以前も書いたように(→参考記事)黙示録の天使たちは、偶像を拝むとか、偶像を崇拝するものを地獄に落とす気がハンパないんですよ(笑)

これから、アホほどデカイ像を建て、しかも大勢で崇拝して見てますから、黙示録の天使たちは全員ブチギレ確実で、地獄行きのジャッジするに違いないんですがw、

ティーザーでは、このあと、軍隊のシンボルであり、ヨハネをあらわすとも言われる《鷲》の彫像が映り、


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マイケル率いる兵士たちが夕陽をバックに現れます。



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黙示録(別名:The Book of Revelation)や、聖書(通称:The Book)への間違った解釈に基づいた「HIStory(歴史)」を「Past(過去)」のものとし、「Present(現在)」と、「Future(未来)」を「Book I(新たな本の第1巻)」とするという、マイケルの『HIStory : Past, Present and Future, Book I』が叩きつけた「挑戦状」が、ググッと感じられたと思いますが、マイケルの軍隊はさらに力強く進んでいき、


0:48あたりから、映画「レッドオクトーバーを追え」のサントラから、Hymn to Red October(レッドオクトーバー賛歌)の物悲しいメロディーが流れ、街道は「KING OF POP」のプラカードと、人々の悲鳴にも似た歓声に包まれます。


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黙示録では、「小羊(イエス)」を前にした天使たちは、

あなたは屠られて、あらゆる種族と言葉の違う民、あらゆる民族と国民の中から、御自分の血で、神のために人々を贖われ、彼らをわたしたちの神に仕える王、・・・屠られた小羊は、力、富、知恵、威力、誉れ、栄光、そして賛美を受けるにふさわしい方です。

と言うのですが、これは、「KING OF POP」のプラカードをもち、沿道でマイケルの軍隊に声援を送っている場面に対応しているんじゃないでしょうか。


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また、ここで、マイケルの腕章にある《777》が、黙示録で悪魔の数字と呼ばれる《666》のパロディだということはいわずもがなでしょう。聖書には「7」という数字が頻繁に登場しますが、黙示録は特にそれが顕著で、小羊(イエス)を、3つの《7》で表現している箇所もあります。

わたしはまた、御座と四つの生き物との間、長老たちの間に、ほふられたとみえる小羊が立っているのを見た。それに七つの角と七つの目とがあった。これらの目は、全世界につかわされた、神の七つの霊である。


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音楽は、兵士たちの切ない心情を奏でていますが、マイケルは投げキッスと極上のスマイルを返します。


寒く、つらく、虚しい
光は私を置き去りにした
君が死んでしまうなんて、どうして私にわかるだろう?
今また旅立つ、懐かしき我らの国
これが現実で、夢ではないなんて
想像することもできない
母国、わが故郷
さらば、我らの祖国よ

恐れを知らず海を行け
北の海の誇りを胸に
革命の希望を胸に
君たちは人民の信念をみなぎらせ
十月に、十月に
我らの革命の勝利を君に告げよう
十月に、十月に
君たちは我らの遺産となるだろう

(Hymn to Red Octoberの歌詞和訳)

◎十月革命(Wikipedia)




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大勢の人々がいる街道は、英雄広場にある、現代美術館と近代美術館の間の路で、人々の歓声はますます高まり、



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次に立ち止まった街道で、マイケルが率いる軍隊は、実際の場所にはない《凱旋門》をくぐり抜け、その両側には、ハンガリーの英雄広場にあった、頂上に天使ガブリエルがいる像がいくつも並んでいます。ここでのガブリエルは、最終戦争の始まりを告げるという意味は感じさせるものの、伝統的な聖書の考え方では、大天使ガブリエルがいくつも、というのはありえません。それでは「大天使」になりませんからね。

大天使という存在は、新約聖書からは薄れているので、ヨハネの黙示録にもガブリエルの名前は登場しないのですが、ガブリエルを思わせる天使像を並べたことで、この街道にいる戦士たちと、それを率いるマイケルには「ミカエル」の意味を帯びてきます。神と自分のあいだの存在を認めず、神のメッセンジャーとしての天使には重きをおかずに、街道で見ている人々と同じように扱っていますが、「ミカエル」としては見て欲しいのでしょう。(参考記事→)




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そして、最終戦争に勝利するミカエルが率いる兵士たちは、腕に腕章ではなく「白い包帯」し、撃つことのできない木製の銃で、華麗なライフル・ドリルを披露します。(参考記事→)




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すると、ここで『地獄の黙示録』と同じ夕陽をバックにヘリコプターが現れます。映画では、「額に神の刻印を押されていない人には害を加えてもよい」という伝統的な黙示録の解釈にそって、異教徒を攻撃しまくるのですが、(参考記事→)

マイケルの場合は、黙示録の天使たちを怒らせていますからね(笑)。

ここでは、天使が放った「イナゴ」(ヘリコプター)によって、車に火が放たれ、街灯を破壊したのでは?という不安と、

第七の天使が鉢の中身を空中に注ぐと、神殿の玉座から「事は成就した」という大声が聞こえ、稲妻、さまざまな音、雷が起こった・・・

という、2つの意味を感じさせつつ、完成した彫像の除幕式は、すっかり日が落ちた英雄広場で始まります。




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ロケ場所である、ハンガリーの千年記念碑は、左側に歴代の国王の像、右側に政治家や将軍たちの像が飾られているんですが(参考記事→)、映像では、右側の像たちが点灯され、そのあと英雄広場全体に照明が点いて、ガブリエル像の背後から、布で覆われた巨大な像が見えてきます。



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(ガブリエル像の背後から像を見ている)



除幕式を指揮している男は、王室関係の行事を思わせるサッシュをしていて、背後の彫像ははっきりとはわかりませんが、おそらく右側の政治家や将軍たちの像でしょう。



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ターゲットに照準を合わせ、発射レバーを引いた男は、ファッションを見ると、冒頭で彫像作りを指揮していた男のようです。



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この巨大な彫像が布で覆われていることを、黙示録的に解釈すると、小羊が最後の封印を解く役割を担っていることも思い出されます。

神とおぼしきひとの右手にある七つの封印のある巻物は、「小羊」が開くのがふさわしい

マイケルの「Book I」が、この巻物の意味をもっていると思われるのですが、この巨大な彫像も、最後に封印を説かれるべきものなのでしょう。

マイケルの「ティーザー」は、チャップリンが『独裁者』で演説した世界観を「スマイル」とともに提示して見せた世界だと思います。しかし、ここにはチャップリンが映画では表現していないことも盛り込まれています。


そのもっとも大きなものがこの《巨大な彫像》の建立と、


それを攻撃しようとする・・・


というわけで、この続きはまた次回。





(ここまでを確認したい人のために動画も貼っておきますね)




最後にもうひとつ・・


マイケルがこの時期、慌てて結婚しw、滅多にプライヴェートを見せなかったマイケルが、これでもか、と「結婚」をアピールしたことはご存知だと思いますが、



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(映像ではブーツに婚礼を挙げた場所が刻印されているだけですが・・参考記事→)

ハレルヤ、全能者にして、わたしたちの神である主が王となられた。わたしたちは喜び楽しみ、神をあがめまつろう。小羊の婚姻の時がきて、花嫁はその用意をしたからである。
最後の七つの災害が満ちている七つの鉢を持っていた七人の御使のひとりがきて、わたしに言った、「さあ、きなさい。小羊の妻なる花嫁を見せよう」。


最終戦争に勝つためには、花嫁の存在や、お披露目も重要だったんですよね(笑)






by yomodalite | 2016-03-18 12:09 | ☆MJアカデミア | Comments(0)
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HIStoryと黙示録:マイケルと神話 ① の続き

引き続き「The Triptych」について。

①で、聖書や、聖杯伝説といった伝統に従えば、「The Triptych」は、

騎士に任命され、竜を退治して王になり、竜を退治した聖剣によって、王国を治める。

というマイケルの内面的な意志を表わした絵だと書きました。

でも、西欧では、聖書を筆頭に《竜》は邪悪のシンボルですが、私たち東洋人にとっては、そうではないですし、世界の神話に興味があったマイケルにとって、《竜》を必ずしも邪悪というイメージで捉えていたとは思えません。

ただ、マイケルの神話やシンボルの使い方を見ていると、アブラハムの宗教とその源流にあるギリシャや、エジプト神話を基本としていることは一貫しているので、自分の詩を織り込み、決意が込められているように見える肖像画において、ウェールズ地方の伝説である《赤い竜》とか、他のアジアの神話や宗教に最も大きな意味をもたせていないことも確かだと思います。

《竜》のファッションは、中国の王によく見られますよね。彼らは自分を《竜》だと誇っているわけです。


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マイケルは、2000年以降、アンドレ・キムがデザインするファッションを好んで着ていて、それらは、一見チャイナ風でドラゴンぽいんですが、よく見ると、マイケルの絵の聖剣にも描かれ、HIStoryツアーの「オープニング映像」に登場したヘルメスの杖にもある《二匹の蛇》にも見えないでしょうか?



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(こちらのデザインでは、蛇の口には「玉」があるようにもみえるので、「双竜」に見えるということも重要なのかもしれません。『金枝篇』や『祭祀からロマンスへ』が、世界の神話はみな似通っていることを示したように(→リンク)、マイケルが世界中のツアーで感じ、また信条としたことも、世界の人々はみな同じで、自分と他者は同じもの。ということですから・・・)




一方、ここまで、騎士や、兵士たちが身につけていた《鷲》については、マイケルも何度かファッションに取り入れています。これは、わかりやすい例なんですが、中央に鷲の中央に「M」がついていることから、自分を《鷲》だと捉えていることがわかると思います。


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(1990年頃の衣装)





「The Triptych」の中央の絵だけを見ると、マイケルの背後の《竜》は、彼自身を象徴しているようにも見えますが、




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同時期に、同じ画家がマイケルの依頼で描いたこちらの絵のタイトルが「CAMEROT」(アーサー王の城の名前)だということを考えても、




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最初は城が描かれていたが、マイケルの希望で取り除かれた)




「The Triptych」に、《竜退治》の意味がないと考えるのは不自然で、




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剣でマイケルの肩に触れている女性は、紫のドレスの袖口が見えるだけですが、王冠を与えている女性のドレスの袖口には、クロスのような紋章があります。これは鮮明には見えないので、はっきりとは言えませんが、私にはクロス紋章を思わせつつも、少し変えてあるように見えます。



同様に、獅子の紋章の上部も、ユリの紋章(フルール・ド・リス)を思わせつつも、少し変えてあるというか、紋章の元になったアイリスにより近い形になっているように見えます。



マイケルは、他にも《獅子》《騎士》《王》《王冠》《星》・・・といった伝統的なシンボルを多用しているのですが、それらは、少しづつその意味を解釈し直すための表現だったのではないでしょうか。

欧米の《竜》の伝統的な意味は、「ヨハネの黙示録」にあるように、ローマ軍とか、アジアの敵とか、エデンの園でそそのかした蛇とか、サタンや悪魔といった意味なのですが、




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マイケルはヘビ好きをアピールし、ペットのサルと人間のように付き合うということでも有名でしたが、ヘビは、伝統的な聖書の解釈においてサタンの化身であったり、サルから人間に進化したという進化論を教えるかどうかについて、米国のキリスト教コミュニティでは未だに議論となっています。マイケルは誰よりも「God Bless You」を口にし、いわゆる反抗的な態度を見せませんでしたが、歴史的に、多くの芸術家や哲学者たちは、教会が人々に示すような良識的な人生や、権威に従って定める敵ではなく、《竜》の意味を考えようとするものです。


『Off The Wall』『Thriller』『Bad』『Dangerous』・・・壁を乗り越え、自由を求め、危険を覚悟しながら、歩んできたマイケルの『HIStory』に現れた《竜》は、私には、ニーチェが『ツァラストラはかく語りき』で語った「精神の3つの変化」の話に出てくる 《汝なすべしの竜》に近いものではないか、と思います。

ツァラトゥストラというのは、ゾロアスター教という、キリスト教よりも古い善悪二元論的な宗教の開祖で、ニーチェは、ツァラトゥストラは本当はこう言ったのだ。というフィクションによって、イエスの教えから変質した「キリスト教」の善悪二元論を批判しているのですが、

「精神の3つの変化」は、精神が、ラクダ→ライオン→子供と進化していくことを述べたもので、王になりながら、子どもの精神を自分に取り入れることを重要だと考えたマイケルを理解するのにいい話だと思うので、要約して説明すると、


ラクダのような精神とは、もっとも重いものを背負うことで自分の強さを喜ぶ。もっとも重いものとは、自分の高慢さに痛い思いをさせるために、自分を低くし、自分の知恵をあざ笑うために、自分の愚かさを目立たせ、自分が成功したときに、それを捨て、真理のために、魂が飢えていることに苦しみ、自分を軽蔑する人たちを愛し、恐れさせようとする幽霊に手をさしだす。


ラクダの精神は、こういった重いものを全部背負う。


しかし、荷物を積まれて砂漠へ急ぐラクダは、その孤独な砂漠の中で変化し、その精神はライオンとなる。


ライオンは「自由」を獲物のように求め、精神の砂漠のなかで自分が主人になろうとする。そして、これまで自分の主人(Lord or God or...)だった者を《龍》と見なし、それと戦おうとする。それは「お前はこうすべきだ」と言う存在で、ライオンの精神は「自分はこうしたいのだ」と言う。


《龍》は、鱗を金色に光らせ、どの鱗にも「こうすべきだ!」という文字が書かれている。それは何千年も続いてきた価値によって光輝き、龍は、「ものごとのすべての価値は、吾輩のからだで輝いている。すべての価値はすでに造られていて、お前が自分で新たに求めることなど、あってはならない」のだと言う。


以前は「こうすべきだ!」ということを、もっとも神聖なこととして愛していた。しかし、このもっとも神聖なことさえも狂気の横暴だと見なす必要がある。精神が、自分の愛を、自分から強奪して自由になるために。その強奪のためにライオンの精神が必要なのだ。


しかし、ライオンは、新しい創造のための自由を手に入れることはできても、新しい価値を創造することは、まだ出来ない。ライオンでさえできなかったことが、なぜ、子どもにできるのか? 強奪する力のあるライオンが子どもになる必要があるのか?


なぜなら、子どもには、無邪気で、忘れるという良い点がある。新しい遊びを始め、車輪のように勝手に転がって動き、世界を神のように肯定する。創造という遊びのためには、神のように世界を肯定することが必要なのだ。自分の精神を、自らの意志とするために、世界を捨てた者が、自分の世界を獲得できるのだ。



マイケルが退治しようとしたのは《汝なすべしの竜》と言われる、権威や、今ある良識を盾に、「お前はこうすべきだ」なのだと人を縛る、自分の外だけでなく、内にもいる《竜》のことだったのではないでしょうか。


HIStoryティーザーに引用された『意志の勝利』で、王となったヒトラーや、彼がこよなく愛したワーグナーも、ドイツ人民こそが、ニーチェの言う「超人」だと明言していましたが(当初ワーグナーを尊敬していたニーチェは、後にワーグナーの純血主義や、反ユダヤ主義を批判している)、では、ティーザーのあの巨大な彫像は、ニーチェのいう《超人》としての「自己像」だったのでしょうか?


☆分解『HIStoryティーザー』 に続く



by yomodalite | 2016-03-07 12:26 | ☆MJアカデミア | Comments(0)
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ここまで、ティーザーに引用された映画に潜む《黙示録》や《神話》を探ってきましたが、今回は、マイケルが遺したものから・・・


⭐️ ⭐️ ⭐️


「聖杯伝説」や「アーサー王と円卓の騎士」と呼ばれる神話の中には、登場する騎士たちがもつ様々な《聖剣》が登場します。アーサー王の剣《エクスカリバー》はもっとも有名なものですが、その代表的な伝説には、


湖の乙女から魔法の剣を受け取る

石に刺さった剣を抜いて王になる


という2つがあります。


ジャクソンズ時代のVictoryツアー(1984年)のオープニングでは、騎士に扮したランディが、舞台に置かれた石から剣を抜くことで、勝利(Victory)を宣言していましたよね。





(聖剣のシーンは1:20〜)



ジャクソンズは、ロックの殿堂入りもした素晴らしいグループなんですけど、マイケルの作品を見続けていると、そのクオリティの差に・・なんだかほっこりしてしまいますw このときの演出は、『スターウォーズ』の影響が色濃いものでしたが、でも、ジャクソンズに限らず、欧米人はホント《聖剣》が大好きで、同時代にチャートを席巻し、マイケルとも縁が深いTOTOのアルバムも、聖剣のオンパレードです。



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(1978~1988年までのTOTOのアルバムジャケット)



では、HIStory期のマイケルの「聖剣」や「王冠」の意味は何だったのでしょうか?


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これは、以前も紹介したマイケルの専属画家デイヴィッド・ノーダールによって、HIStoryの約1年前に完成した絵「The Triptych」。



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右側は、騎士として任命を受けている様子が描かれています。これは、叙任の儀式は、主君の前に跪く騎士の肩を、主君が長剣の平で叩くという伝統に沿っているもので、




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中世をテーマにしたロマンス絵画で有名な英国の画家、Edmund Leightonが、1901年に描いた「The Accolade(騎士の爵位授与)」(この絵の騎士は《鷲》と《月》のシンボルですね)という絵にも同じような場面が描かれていますが、




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騎士の爵位授与は、現代の英国でも基本的に同じスタイルで行われていて、これは、英国の俳優で、スタートレックやX-Menでもおなじみのパトリック・スチュワートが2010年に「騎士(Sir)」の称号を受けたときのもの。彼のように、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで永年活躍した人にはこの称号がよく与えられているんですが、ちなみに叙勲していない「ジョブズ」のものは、これの合成写真ですからね(苦笑)。




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念のため、弁解しておきますが、私はフリーメーソンの肩をもっているわけではありませんからねw。


ある団体はずっと「悪の組織」で、ある団体はずっと「善の組織」なんてことは、歴史においては一度もなく、どんな崇高な志をもって生まれた組織も必ず腐敗していく。それだけは、長い歴史の中で唯一確かな真実といっていいことで、そこを無視した単純な陰謀論は、メディアの嘘と同じように大きな問題だと思っているだけです


ということをご了承いただいたうえで、マイケルの絵に戻りますが、左側は、王としての戴冠ですよね。



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左右ともに《獅子》が背景になっています。キリスト教では、ユダ族のライオンといえば、イエスを指しているのですが、世界中のあらゆる国で、王者や、勇者を象徴するシンボルになっています。




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そして、中央には、聖剣をもつマイケルが描かれ、Dancing the Dream』の詩「ARE YOU Listening?」の一部が書き入れてあります(→[和訳]ARE YOU Listening?)


また背景には《竜》が描かれていますが、黙示録で、大天使ミカエルが戦うのも、円卓の騎士達が戦うのも《竜》です(まあ、要するにアジアをイメージしているんですよね)。剣には二匹の蛇がデザインされているようで、エクスカリバーと同類のデザインのように見えます。以前も書きましたが、この金色のマントが「スペードの形」になっていることも、意味があると思います。(→http://nikkidoku.exblog.jp/16382196/)


これらの絵から、「HIStory」製作時、マイケルは騎士に任命されて、竜退治に行き、成功して、王になり、竜を退治した聖剣によって、王国を治める。ことを、自らに課していたように思えるのですが、しかし、当然のことながら、マイケルの騎士の任命は、実際に起こったことではなく、彼の内面をあらわすものですよね。


この絵に書かれた詩は、


僕は粒子 僕は波

光の速度で回転して、変動し、先導する

僕は王子になり、悪党になり、あらゆることを行動し

宇宙では、天の川のその中で、熱狂そのものにもなる・・・


というもの。


あらゆるものになる。というメッセージは、映画『ムーンウォーカー』で、子供たちの優しいお兄さんでありながら、妖しげな酒場に行き、犯罪に巻き込まれると、スーパーカーで逃げるのではなく、スーパーカー自体に変身(!)し、少女が捉えられると、助けるためにロボットへと変化し(!)、そこから宇宙船になって彼方に去ったと思いきや、セクシーなロックスターとして舞い戻る(!)とか、マイケルの世界ではよくあることですよね(笑)


また、彼の詩をいくつも訳していると気づくことですが、多くの場合で、主語や代名詞が変化していくという特徴があります。(これは、ウィラとエレノアの会話でも指摘されています→)


この詩も、このあと「思索者や、探求者であり、露や、陽の光や、嵐であり、現象となり、砂漠であり、海であり、空でもあり、それらは原始の自己であり・・・」


それは、あなたも、僕もそうなのだ、と。


「あらゆるものになる」というのは、マイケルの信条というだけでなく、私たちへのメッセージでもあるわけです。これは、ティーザーが「自己神格化」だと誤解されたことにも通じることだと思いますがそれは最終的な「ティーザー解読」に再度書くこととして、


次回は、この絵の背景に描かれている、マイケルの《竜》とは?・・・について。



by yomodalite | 2016-02-24 12:42 | ☆MJアカデミア | Comments(8)
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HIStoryツアー・オープニング映像を分解してみました。

いくつかわからない点もありますが、「正解」や、「これじゃない?」など、色々とご意見いただけると助かります!






動画は、右下「歯車」ボタンの「設定」で、速度や、画質が変えられます。ぜひ、画質は最高の「720」で、わかりにくい箇所は速度を遅くしてご覧くださいませ。



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1)巨大な仏像



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2)キング牧師



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3)大航海時代? メイフラワー号?




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4)指十字? 菩薩像の指?

下品下生の指の形?(コメント欄参照)
弥勒像の指にしては、
指と指の間が輪になってない気も・・


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(弥勒像 / 反転)

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(弥勒像)





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5)スフィンクス



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6)クライスラービル(摩天楼の象徴)




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7)左側は、自由の女神のトーチ


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8)ヒストリーティーザーで使われた
ハンガリーの英雄広場の構造に似ている
左が「千年記念碑」で、右は「美術館」のような・・
実際の「英雄広場」では「現代美術館」の方?

参照記事
http://nikkidoku.exblog.jp/24787053/


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(↑↓実際の千年記念碑と現代美術館)
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ひと回りして、再び「英雄広場」風の場所



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美術館の中へ



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9)ヘルメス
蛇が巻き付いている杖は色々あるけど、
上部に羽がついている杖は、ケーリュケイオンと呼ばれるもので、
ギリシア神話における神々の伝令であるヘルメスの持物。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ケーリュケイオン
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘビ
https://ja.wikipedia.org/wiki/アスクレピオスの杖

ネバーランドのメインハウスの前にも
ヘルメスの彫像がありましたね。


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映像の方がトボけた顔してるのは、
ヘルメスが文化的な神というだけでなく、
トリックスターとしての一面を持っているから・・かなww
そして、ヘルメスの「眼」の中から、美術館へ


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モナリザ、聖母子、モンドリアン・・



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10)システィナ礼拝堂
礼拝堂内をゆっくりと旋回し、
右奥の窓から脱出


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11)煉獄のような場所?



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We Are The Worldの音楽
さまざまな民族の子供たちの中には少年MJの姿も



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12)歯車のような映像の後に「砂時計」



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14)??アインシュタイン??
巨大なメディアセンター
最初に回転した映像
(でも、メガネかけてるようにも・・)

下記は候補者たち

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東京裁判時の東条英機


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HIStoryの曲に名前が登場する
『ジャングルブック』で有名な
作家キプリング




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14)ガンジー




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15)モハメド・アリの試合?



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16)古いSF映画・・『メトロポリス』?



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17)アラファト
パレスチナ解放機構(PLO)を率いた指導者


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18)左右と上下が逆になった時計




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19)マザーテレサ



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20)ケネディ大統領夫妻




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21)???宇宙服を着て座っているように
見えるんだけど、後ろの「三角」が・・???



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22)マルコムX



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23)インディアンの男(Two Moons?)

参考記事
http://nikkidoku.exblog.jp/18369966/


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24)ネルソン・マンデラ?



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25)レーガン大統領


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26)キスシーン


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追記)エリザベス・テーラーが主演の映画『陽のあたる場所』ではないか、というタレコミ❤️がありました!

観てはいないのですが、関連写真をしつこく見たところでは、男(モンゴメリー・クリフト)が帽子をかぶっておらず、エリザベスとの顔の一致も確定までは・・という感じです。報道写真という可能性もあるのかな・・


追記)『我等の生涯の最良の年』(The Best Years of Our Lives)という映画ではないか、というタレコミ❤️をいただきました。


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1946年に公開された米映画で、第二次世界大戦後に市民生活に復帰した復員兵が直面する様々な社会問題を描いた作品。トーキーになってからの興行成績で『風と共に去りぬ』以来の第2位を記録したほどよく観られている作品で、アメリカ国立フィルムにも登録されています。

元海兵のホーマーは戦争で負った火傷が原因で、鉄製の義手をしている。元陸軍軍曹のアルは「豪華なアパート住まい」で快適な生活を送り、「ジャップ」という差別用語を口にする父親から日本刀をプレゼントされたロブは「日本人は家族の絆を大切にすると聞いた」と言い、放射能が広島の人々に与えた影響や、レーダーやミサイルに原子力が結びついたら悲劇になるから人類は共存すべきだと物理の先生が言っていた、と。

他にも「日本やナチスは共産主義を絶滅出来たのに我々は利用されてしまい、無駄な犠牲を払ってしまった」など、戦争が生み出すさまざまな傷を多面的に描いた名画で、キスシーンも有名らしく、内容的にもマイケルが注目しそうな映画なのですが、今のところ、この画像と同じ写真は見つけられませんでした。(https://ja.wikipedia.org/wiki/我等の生涯の最良の年)




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27)??? 



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27)???
P.T.バーナムや、史上最大のショウに関係ある?


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28)???



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29)??アポロ打ち上げを見上げる人々??



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14)と同じ映像が再び



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30)???



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31)???
HIStory曲の登場者から考えると・・
エリザベス女王?
ローザ・パークス?


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32)天安門事件
中華人民共和国で学生や市民が起こしたデモを
鎮圧するために出動した戦車の前に立つ男は
マイケルのパフォーマンスにも
取り入れられました。


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(実際の写真)





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33)金網の向こうにいる男
このあともう一回映るんですが誰なんでしょう?
どこかの収容所でしょうか?

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33)隣にいる人も含めて誰かな???



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34)戦争映像が続く



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35)戦争場面から脱出し、「マイコー!」という声
子供たちの中には、MJショートフィルムも


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36)イルカと共に山越える
(なんとなくシナイ山)


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37)コンサート会場が見えてきた



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38)ジェットコースターのレールに変化が・・
ステージが見えてから、
レールと平行にフィルムが伸びてきている。
ショーを映画と同じものと捉えている?



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コンサート会場に到着


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MJ-2040と書かれた
ロケットからMJ登場ーーー!!!


by yomodalite | 2016-02-17 06:00 | マイケルジャクソン資料 | Comments(7)
HIStoryと黙示録:『地獄の黙示録』⑤_f0134963_12192845.jpeg

④の続き・・・


前回、ルーカス監督が、ジョーゼフ・キャンベルの神話学から『スター・ウォーズ』を生み出したことを書きましたが、コッポラの映画には、神話学において、キャンベルの先達であるジェームズ・フレイザーの『金枝篇』と、ウェストンの『祭祀からロマンスへ』が効果的に使われています。


エンディングを間近にして、この2冊が登場した意味を解説するために、騎士物語について、もう少し説明しますね。



◎アーサー王物語と、聖杯伝説


アーサー王は、ブリテン王である父が、魔法使いマーリンの助けで貴婦人と同衾して誕生したと言われ、若くしてブリテン王となったアーサーは宝剣エクスカリバーの力で諸国を統一すると、貴族の娘グィネビアと結婚し、これを甥のモドレッドにゆだねてローマ遠征の途につくが、留守中、モドレッドが反逆し、王位と妃を奪われてしまう。アーサーは遠征を中断して帰国し、モドレッドを討つが、自らも致命傷を受け、不思議な島アバロンに去った。


アーサー王の城(キャメロット)には、大勢の円卓騎士たちがいて、彼らによる建国物語や、武功と愛の物語、また、キリストが最後の晩餐に用い、十字架上のキリストが流した血を受けたとされる聖杯(Holy Grail)の行方を探求するのが騎士の使命であるという「聖杯探し」の要素も織り込まれ、これらすべて総称して「アーサー王伝説」と呼ばれている。


アーサー王物語はさまざまに発展し、円卓騎士たちの物語である、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の悲恋物語や、『ランスロット』などの騎士ロマンスだけでなく、キリスト教神秘思想を導入したクレチアン=ド=トロワの『ペルスバルまたは聖杯物語』や、ドイツの詩人ウォルフラム・フォン・エッシェンバハの『パルツィヴァール』などのように、騎士たちが、血を流す槍と、聖杯を発見すること。このふたつによってその国が栄えるという聖杯信仰をも生み出しました。



◎病める王と荒地(Wast Land)


騎士ペルスバル(パルツィヴァール)は、漁夫王(漁師の親方ではなく、王様の名前w)の城で、血の滴る槍と、光る聖杯について見聞きしたものの、心に抱いた質問を口に出すことはなかった。これが失敗の原因だったと後で知ったペルスバルは、聖杯探索の旅に出る。《漁夫王》(Fisher King)は、癒えない負傷を得たことから、不具の王、病める王とも呼ばれ、王が病むことで、王国も病み、肥沃な国土は《荒地》(Wast Land)へと変わってしまう。勇者である騎士たちは、王の病を癒すために《聖杯》を探しに行き、それを持ち帰ることで、王と王国を癒そうとします。


騎士物語にあるふたつの重要な要素は《戦い》と《探究》なのですが、騎士は、聖杯を探すだけでなく、《ある問いを正しく問う》ことも重要なんですね。


しかし、キリスト教国の現実においては、美しく彩られた騎士物語は、各地で残虐な殺し合いをする兵士や、海外の品々を奪い取って持ち帰る商人たちに、肉体も精神も知識も優れたもっとも素晴らしい民族という意識を与えることになり、自分たちが、その精神によって世界を支配する、ことに疑いをもつことなく、異文化の人々への野蛮な行為を助長する手助けにもなっていました。


そういったヨーロッパの裏面に触れ、通俗小説として描いた最初期のものが、『地獄の黙示録』の原作である『闇の奥』(Heart Of Darkness, 1902出版)であり、20世紀最大の詩人と言われるT.S.エリオットの長編詩『荒地』(Wast Land, 1922年出版)は、第一次大戦後、ヨーロッパそのものを《荒地》と表現し、その少しあとに書かれ、映画の中でカーツが朗読していた『空ろな人間』という詩は、『闇の奥』の登場人物、Mr. クルツが、死んだ。から始まるものでした。




◎『金枝篇』と『祭祀からロマンスへ』


そして、コンラッドの『闇の奥』と、T.S.エリオットの『荒地』に大きな影響を与えた研究書が、カーツの部屋にあった2冊の本、ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』(初版1890年)と、ウェストンの『祭祀からロマンスへ』(1920年出版)です。



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『金枝篇』について、ターナーの描いた美しい絵だとか、金枝とはヤドリギのことで・・ネミの森がどうしたこうした・・なんていう説明をすればするほど、『地獄の黙示録』との関係がわからなくなるので、結論部分のみ、超あっさり風味で説明すると、


イエスが十字架に架けられた後、復活したという奇跡の物語は、世界各国の未開部族における生贄の儀式(祭祀)や神話と同じであり、人々は、常に、神(王)を殺すことで、その地を再生してきた。


ということ。これは、もっとも優れた民族で、未開部族を自分たちが啓蒙することで目覚めさせようという意識でいた、当時のキリスト教文化圏の人々にはショッキングな結論だったのですが、フレイザーの研究に多大な影響を受け、その祭祀についての見解は、聖杯ロマンスも同じであると結論づけたのが、ウェストンの『祭祀からロマンスへ』で、ウェストンの結論をこれまた超訳すると、


王が病むことで、王国も病み、荒地(Wast Land)へと変わってしまう。それを癒すために、「聖杯」を探して、王と王国を建て直そうとするヨーロッパの基本となった騎士たちの物語は、病んだ王を殺すことで、国が病むことを防ぐ。新しく王となる者は、その聖なる力を受け継ぐために、王が自然死を遂げる前に殺さなくてはならない。そして、王を殺した者が、次の王となる。という、未開の村のシステムの中で、王を殺す勇気をもった若者と、それを望んだ人々の気持ちを癒すための儀式が基になっていた。


ということです。


こういったことは欧米の本を読む習慣のある知識レベルの人々にとっては、知っていて当然のことなんですが、これらは、カーツが単純に騎士道精神を信じていたわけでなく、彼がどれぐらい自己探求をしていたか、を示すための「小道具」であり、また、エンディングのウィラードの行動を予告するものにもなっています。



◎カーツとウィラードの狂気と嘘と欺瞞


カーツは、他者のために自分を捧げるという英雄に憧れていた。彼が38歳で空挺部隊を希望した理由には、キルゴアのシーンで見られたように、奇襲作戦しかない現代の騎兵隊に、自分なら戦闘の合理性や美しさをも指導できるという思いからだったのでしょう。しかし、彼の作戦は、上層部に独断的行為とのみ受けとめられ、戦争の中での「殺人罪」という理不尽な罪を負わされる。それは、現実社会が認める以上の、つまり、神話的な英雄レベルの苦悩で、地獄を知らぬ者に、何が必要かを、言葉で説いて分からせることは不可能だ」という彼の言葉には、それがよく表れています。ただ・・・


カーツは、ウィラードに「君のような人間が来ると思っていた」といったとき、


1)司令部の偽善的倫理を超えて正しいことをした自分を理解してくれる人間が現れて、自分の真実を息子に伝えてほしい。


2)村で、今や「病める王」となった自分を殺し、その若者に新たな王になって欲しい。


という、2つの希望をもっていた。


一方、ウィラードは、司令部の人間に、


この戦争ではいろいろな混乱が生じている。権力と理想、古い道徳観と現実の作戦行動、彼は現地人の間に入り、自ら神となる大きな誘惑に負けた。人間の心には戦いがある。合理と不合理、善と悪、善が勝つとは限らぬ。誰にも理性の限界がある。君にも、私にも。カーツは限界に達し、完全にイカレてしまった。彼の行動は良識による抑制を失い、人間の行ないとしていささかの容赦の余地もない。カーツの情報を集めながら、その行方を追い、発見次第、いかなる手段を使おうとも、「抹殺するのだ。私情を捨てて」


と言われ、戦場の英雄を「殺人罪」で処刑しようとする司令部に疑問をもったものの、命令を拒否することなく、カーツを追って旅にでる。しかし、カーツの経歴を辿っているうちに、彼が自分の損得からではなく、軍に復帰していることや、司令部が不健全だといったカーツの作戦が、的を得たものであったことがわかり、腐っているのは、司令部やさらに上の人々だと感じ、カーツへの共感が増す。


しかし、様々な困難を乗り越えて、カーツの王国に到着すると、


「君は考えるか? “真の自由”とは何か 他人の意見にとらわれぬ自由、自分からも解きはなれた自由とは何かを?」


と質問されても、ウィラードは命令だとしか答えられず、また、これまでカーツのことを考えてきたにも関わらず、なにも質問することができない。


カーツは、自分がたどり着いた地点を理解してくれる人間に、あとを継いで欲しいと思っている。でも、カーツが自分を殺す者を待っていたのは、本当に自分の王国の行く末を心配しているからだと言えるでしょうか? 


「息子よ、頼りが途絶えて、母さんも心配しているだろう。面倒なことになった。私は殺人罪に問われている。4名の二重スパイを処刑したからだ。我々は数ヶ月かけて証拠を固め、その証拠をもとに軍人として行動した。告発は不当だ。この戦いのさなかに、どう考えても正気の沙汰とは思えない。戦争には憐れみの必要な時がある。また冷酷で非常な行動が必要な時もある。だが多くの場合に重要なのは、なすべきことを冷静に見きわめて、沈着にためらわず、すみやかに、行動することだ。お前の判断で母さんに伝えてくれ。私は告発の件など気にしていない。私は彼らの偽善的倫理を超えたところにいる。ーー 私が信頼する息子へ。愛する父より」


カーツが息子に書いた手紙で、息子に「なすべきこと」だと言っているのは、軍人としての正しい行動を指していて、彼が軍服や、名誉勲章を大事にとってあったのも、自分のこれまでの戦いをまちがっていたとは思っていないことを示している。おそらく、非常に知的で、人格にも申し分のない軍人だったカーツに欠けていたのは《政治力》で、それは、戦争の意味や勝敗を常にわかりにくくする・・・


ナポレオンのしたことは、当時のフランスの栄光のためだった。しかし、ナポレオンが、ヨーロッパ全体にもたらした荒廃はひどいものであり、それは、ヒトラーにも同じことがいえる。カーツの判断が、軍人としての範疇にとどまるなら、それは、時と場所を越えれば、必ず矛盾をはらんだものになり、彼自身、ベトナムや、カンボジアの人々の方に理想の軍人を見るようになっていく。


そして、教義とか、政治信条だけでなく、選んだ職業倫理や、幼い頃から「こうしなくては・・」と思っていることが絡みあい、「絶対こうしなくてはならない」という結論を見出してしまうんですね。人というのは・・・


カーツは、自分を理解してくれる者を求めているが、その苦悩に魅せられ、自分に従おうとする者ばかりが増えていく。しかし、カーツは彼らを指導することに、もう未来を感じることができない。なぜなら、彼にはもう戦う目的がなくなっているから。彼が軍の理想を書きつらねた文章にあった「爆弾を投下してすべてを殲滅せよ」の文字には、その気持ちが表れている。カーツはこのジレンマを解消するために、《王殺し》を行う若者を待っていた。そして、自分を追ってきたウィラードに最後の期待をかけるものの、彼の答えは、カーツを満足させるものではなく、“ただの使い走りの小僧” だと失望する。


でも、ウィラードも実際のカーツを見て失望していた。彼は、なにかはわからないものの、カーツに期待していた。しかし、カーツがウィラードに言った言葉・・


「私を殺す権利はあるが、私を裁く権利はない。言葉では言えない。地獄を知らぬ者に、何が必要かを、言葉で説いて分からせることは不可能だ。・・・恐怖とそれに怯える心、両者を友とせねば一転して恐るべき敵となる。真に恐るべき敵だ・・・持つべき兵は、道義に聡く、だが同時に何の感情も感情も興奮もなく、原始的な殺人本能で人を殺せる男たちだ。理性的な判断を持たずに、理性的な判断が敗北を招く」


それは、司令部が自分に言ったことと同じ。ただ言い方を変えただけだった。


ウィラードはカーツの王国にたどり着き、その混乱した世界に言葉を失う。これまでの戦場と同じように死体があふれていただけでなく、もっと理解のできない不気味な世界は、ウィラードをこれまで以上の不安に陥れた。それで彼は、当初は疑問に思った司令部の命令を遂行することで、この旅を終わらせようとする。彼は、自分自身を探究して結論を出したのではなく、誰もが、そしてカーツ自身も望んでいるのだから・・と納得する。


つまり、ウィラードは、疑問を感じた、司令部にも、カーツにも《ある問いを正しく問う》ことをせずに、王殺しを行ってしまったのだ。カーツ殺しは、ウィラードの原始的本能を目覚めさせ、殺人は古代の儀式のように行われる。でも、彼は、その儀式に込められた《破壊と再生》を信じていないし、それは、神話に似せただけの行動で、そこには「光」がない。



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カーツの最後の言葉は、「horror horror(地獄だ、地獄の恐怖だ)」


殺されることを待っていたカーツには、死への恐怖はなかったはず。いざ、死が目の前に迫ってみると急に怖くなった、というのとも違うでしょう。「horror horror」は、カーツ自身が「恐ろしい」と感じたのではなく、人が生きることや、行動原理は、恐怖に基づいていて、人生はホラーに等しい、という意味ではないでしょうか。


そして、結局ウィラードが、カーツ殺しを決めたのも「恐怖」からだった。ふたりは、自ら戦場に魅せられて行ったはずなのに・・



◎「解読『地獄の黙示録』」との解釈の違い


4年ほど前に、立花氏の本を読んだとき、わたしはまだ、聖書も、『闇の奥』も『金枝篇』も『祭祀からロマンスへ』も、エリオットのことも、『地獄の黙示録』との関連がわかるほど理解していなかったのですが、数年かけて、これらの本を読み、ようやく少しはわかるようになったと思い、それで、この⑧を書く前に、あらためて、立花氏の本を読んでみたところ、氏が言っていることは、たしかに「知ったかぶり」ではないことがわかり(何様ww)、何度も「誤訳」を強調する割には、全然正解訳を書かないとか、その他いろいろ卑怯wだと感じる点は以前と変わらずあったものの、意外にも自分が理解したことと一致している点も多くて、驚いたり、がっかりしたりしたんですがw、エンディング部分の解釈で、どうしても納得できないという箇所が・・(嬉w)


・・・チャールズ・マンソンの大量殺人とカーツ王国のどちらも、weird という言葉で、シェフは表現するが、カーツが原始的本能を使って、シェフの首を斬り、その生首をウィラードのひざの上に投げ出す場面の、あのカーツの顔と、決意の場のウィラードの顔がいかに質的にちがうか、説明の必要はあるまい、ウィラードは、最後まで人間としての正気を保ってカーツを殺したのである。(p114)
カーツ殺しを果たして、寺院の前に出てきたウィラードは、民衆から、新しい王として迎えられる。カーツの子供たちは、いまやウィラードの子供たちになったのだ。・・彼は何を迷ったのか。彼もまた、自分が神になれる可能性を前にして、その誘惑に動かされたのだ。しかし、騎士に与えられた最後の試練もまたウィラードは切り抜ける。彼は無言で武器を投げ出し、即位したばかりの王位から退く。・・つまりコッポラは『荒地』を下敷きとしながら、これもまた根本的なところで換骨奪胎してしまったわけだ。彼にとっては「荒地」はカーツの世界なのである。(115 -116)


ウィラードが人間として正気? 騎士として正しい行動をとった?


人間の顔はいかなるものより多くのことを表現するという。あのウィラードの顔にこめられたものが、コッポラの観客への最大のメッセージなのである。そして、それが「荒地」への雨をもたらしたというのが、彼の寓話である。(p118)


私も、この映画は『闇の奥』よりも、構造的にエリオットの『荒地』に似ている部分が多いように感じますし、黒澤明をこよなく尊敬するコッポラが、雨のシーンに思い入れがあるのも間違いないと思います。そして、殺しに向かうウィラードが決意を固めた戦士の顔であったことも間違いないでしょう。でも、殺しを終えて、船に戻ってきたウィラードの顔に、光があったでしょうか? 上記に書いたように、私は、ウィラードは、「ある問いをきちんと問わなかった」ことで、騎士として失敗していると思います。エンディングで、オープニングと同じドアーズの「THE END」が流れ、ウィラードは翌朝、オープニングとまったく同じように目覚め、これからも覚めない悪夢を繰り返す姿が見えないでしょうか。そこには、終わりのない地獄しかない。


彼は命令を果たし終わったことで、また《空ろな人間》になってしまった。そして、雄々しく刀を振るった彼に、司令部からの通信が響く「こちらオールマイティ、哨戒艇ストリート・ギャング、応答せよ」



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カーツを神となる誘惑に負けた狂人だという司令部は、自らを「全能(オールマイティ)」だと言ってはばからず、地獄の底まで旅をしたウィラードは「チンピラ(ストリート・ギャング)のまま。もう一度繰り返される、カーツの最後の言葉「horror horror」は、ここでは、ウィラードの言葉のように聞こえる・・「彼の物語は、俺の物語、彼の物語が懺悔録なら、俺のも同じだ」。冒頭の、事を成し遂げたあとの独白でも、ウィラードはそう言っていた。



立花氏は、この雨の意味をさらにこう解釈している。


ラストシーンで、カーツを殺したウィラードは、群衆の中にわけいり、原住民の中にいたランスの手をつかんで、引き出し、いっしょにパトロールボートに乗る。そのとき雨が降ってくる。ランスは雨に顔をぬらして喜ぶ。・・このシーンは病める漁夫王が癒されて、「荒地に雨が降り、世界が救済される」という神話のシンボリックな表現である。ここで、「L.B.ジョンソン」の名前が意味を持ってくる。L.B.ジョンソンこそ病める王だったのである。L.B.ジョンソンが戦争の狂気から抜け出したときに、世界は救済され、雨が降ったのである。

病める漁夫王が癒され、荒地に雨が降り、世界が救済される。というのが、神話のシンボリックな表現なのはわかるつもりですが、このシーンがそうだと言うなら、何が救済されたと、立花氏は言っているのか?

このあと、1965年にベトナム戦争が本格化し・・・1968年にジョンソン大統領が北爆を停止し、北ベトナムに和平交渉を開始することを提案するとともに、次期大統領に出馬しないことを言明した。実際にはそのあともベトナム戦争は続き、次期大統領のニクソンもベトナム和平を公約したにも関わらず、すぐには終結させず、その後4年にわたって、北爆再開、ラオス、カンボジア進行など悪あがきを続け、死傷者が30万人を超え、国内の反戦運動が百万人単位の人を集めるようになり、ソンミ虐殺事件の報道、ペンタゴン秘密文書のスッパ抜きなどで、戦争支持者は激減し、財務破綻の末、ついに73年、和平協定に調印した。


という上記の文章は「L.B.ジョンソンが戦争の狂気から抜け出したときに、雨が降ったのである」のすぐあとの文章なんですけど、、で、何が救済されたんですか??? カーツの王国が「荒地」だったら、カーツが病める王で、漁夫王でしょう? 



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(雨はランスの血で汚れた顔をぬぐっただけ・・・)



この雨は、コッポラが映画の結末に悩み抜き、最後まで、島の爆破計画も捨てきれない中、なんとかエンディングを撮り終えた自分に降らせた雨ではないでしょうか。そこには、牛殺しの儀式の血や(これは村人の実際の儀式)、現実の戦争の傷を、洗い流したい、コッポラの気持ちが込められていたのかも・・・



◎コッポラの主題は・・・


脚本家のジョン・ミリアスが、これを書いたとき、コッポラは自分が監督をやるとは思っていなかったのに、監督と、出資者になり、本当に最後の最後まで、エンディングを決められなかっただけでなく、さまざまな部分に、大勢の人の意見が取り入れられているようなのですが、エンディングに、大きな影響を与えた『金枝篇』と、『祭祀からロマンスへ』は、カーツを演じたマーロン・ブランドと同じように、あとから現場に来た、デニス・ホッパーのアイデアで、急遽盛り込まれたものなんですね。

私の解釈は、最初からこの2冊の本ありきなので、エンディングからオープニングを遡って解釈するなら、整合性がとれていると思いますが、実際の現場では、最後までどうなるかわからないことだらけで、計画的ではなかった部分がたくさんあったようです。コッポラのコメントは全体的に、これは奇跡的に完成した映画であって、名作となった箇所のほとんどが、自分のディレクションではない、と言っているようにも感じられるのですが、その中でも、監督自身の気持ちが伝わる部分をDVDの監督コメンタリーから抜粋すると、


撮影中、何度も『闇の奥』を読み返し、この映画が戦争映画ではないことに気づいた。主題は道徳観だ、と。我々は嘘をつき、それが潤滑油となり、さらにひどいことが起こる。真実を言えば、いくらかの行動が不可能になる。すべてが機械化され、テクノロジーは広がり、嘘は極端に異様で、破壊的なものを生み、そして同時に美が備わる。・・・戦って守るというのは、『ゴッドファーザー』と同じ主題だ。マイケル(コルレオーネ家の三男)がやったことは、彼の家族を保つためだが、そのために家族は抹消される。

殺人と破壊と森林除去のために、金と努力と近代的な資源をたくさん使い、同時に安易に道徳観念を論じられるのか。少し考えるだけでも頭痛がする。これが『地獄の黙示録』の主題で、これを反戦映画だと考えたことはない。



◎原作『闇の奥』との違い


『地獄の黙示録』の意味がよくわからない、という理由で、原作『闇の奥』を読んでみたという人は多いと思いますが、それで、『地獄の黙示録』がわかったという人は少ないと思います。『闇の奥』は、植民地コンゴが舞台。そこは戦場ではなく、象牙や黒人が堂々と売られている世界で、クルツ(映画ではカーツですが)も軍人ではなく商人で、また、クルツは、カーツのように殺されたわけではありません。文学作品を原作とした映画の場合、その魅力のほんの断片の映像化であったり、原作よりも単純化されたものになっていることがほとんどなのですが、この映画に関しては、『闇の奥」は原作というには、話が違いすぎ、映画はかなりの「翻案」がされています。


特に、映画のカーツを、原作のクルツから探ろうとするのはお勧めできませんし、原作の語り手であるマーロウと、映画のウィラードの人物造形もかなり異なっています。曖昧なところは、原作も曖昧で、映画では、俳優、スタッフ、大勢のすばらしい映画製作者たちが、それぞれ肉付けしたことで、『闇の奥』にはまったくない別のテーマが、『地獄の黙示録』にはあると思います。



◎まとめ・・・


歴史は勝者が作る、と言いますが、歴史の最初から一貫して勝利している者などひとりもいませんし、王者は常に移り変わっています。だから、歴史は「王たちの物語」とは言えるのかもしれません。一握りの王たちが勝ったり、負けたりしていることが記述されている。では、王ではない、私たちは、その歴史にただ翻弄されてきただけなんでしょうか? 


この映画のフォトジャーナリストのように、状況を解説し、判断し、先導する人間がいて、私たちは、ヒトラーを熱狂的に支持し、ドイツが負けると、彼を葬ったように、日本でもなんども同じことが起きています。私たちは、王に力が無くなったと感じると、それを殺す側に参加する。


コッポラがベトナム戦争を描いた映画で、ウィラードを主役にしながら、彼だけでなく、どんな英雄も登場させなかったことで、この映画は、戦争の原因や責任を問う映画ではなく、「わたしたち」の映画になったのだと思います。カーツも、ウィラードも、嘘と欺瞞を憎んでいた。それなのに、


我々はみんな嘘をつき、それが潤滑油となり、さらにひどいことが起こる・・・


さて・・


マイケルの最初のショートフィルムと言える『ビリー・ジーン』も、最後の『ユー・ロック・マイ・ワールド』にも、マーロン・ブランドが強く影響していました。


「ホラー、ホラー」で終わった《王殺し》の映画は、《スリラー》で《王》になり、《スリテンド》でアルバム創りを終えたマイケルと、どう繋がっているのか、いないのか?


次回から、ようやく「ティーザー」の解読をします!



by yomodalite | 2016-02-09 14:12 | ☆MJアカデミア | Comments(6)

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③の続き・・・

聖書と黙示録、政治と歴史との関連に引き続き、今回は、マイケルの『HIStory』にもっとも影響がありそうな《神話や騎士道物語》との関連について。



◎Godがいる国の神話


まず、《神話》という言葉のイメージは、私たちと、Godがいる国では大きな違いがあります。


私たちが、神話の世界を想像するとき、そこには、原始のままの美しい森や、透き通るような川が流れていて、巫女のお告げを人々が聞き、作物の豊穣を神に祈っているような世界を思い浮かべ、自然を見ると、それをそのまま「神の恵み」だと感じるでしょう。


でも、Godがいる国の自然への感覚はそうではなく、ルーカスやコッポラなど多くの映画人に多大な影響を与えた神話学で有名なジョーゼフ・キャンベルは、「聖書の伝統は、社会的な方向をもった神話体系で、自然は悪しきものとして呪われている」と語っています。


「自然を悪と見なしたとき、人は自然と調和を保つことができず、自然を支配する、あるいは支配しようと試みる。おかげで緊張と不安が生まれる・・・聖書の中では、永遠は退き、自然は堕落しきっている。聖書の思考に従えば、私たちは異境で流刑生活を送っている・・・ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典の伝統はすべて、いわゆる自然宗教を非難しながら、自己を語っている。・・「創世記」にも書いてあります。われわれ人間が世界の支配者にならなければならない」と。



◎神話の主題と、英雄物語の基本


黙示録の《神の国》の創造が、こういった考えから生まれたものだということがよくわかると思うのですが、《神話》の主題もこの堕落した自然に《光》を取り戻す、ということになるわけです。


これが「聖杯伝説」や「アーサー王と円卓の騎士」と呼ばれる《神話》の基本で、こういった神話から、戦いに勝った国の王が《英雄》であるだけでなく、カトリックでは《聖人》にもなっています。ただ、誰も聖書が読めない時代は、聖書の内容とは関係のない物語で、人々を惹きつけていても大丈夫だったのですが、プロテスタントになると、事実と明らかに違うことは、聖書から除外するようになり、天使も聖人も新約聖書からはいなくなっていく一方で、騎士物語はますます盛んになり、中世の騎士に由来した「ナイト(騎士)」という称号が、現在のイギリスの叙勲制度にあるように、素晴らしい騎士というものが、最高の人物・人格である、というヨーロッパの伝統も出来たのですが、


キャンベルは、英雄伝説の基本構造は大きくは3つに分類され、


①英雄が、日常世界から危険を冒して、超自然的な領域に出掛け(セパレーション:分離・旅立ち)、②そこで超人的な力に遭遇し、未知の経験や、これまでの自分の殻を脱ぎ捨てるなどの転生を経て、最終的に決定的な勝利を収める(イニシエーション:通過儀礼)。③そして、英雄は、彼に従う者たちにも恩恵を授ける力をえて、この不思議な冒険から帰還する(リターン:帰還)。


これをもう少し細かく分析すると、


・Calling(天命)

・Commitment(旅の始まり)

・Threshold(境界線)

・Guardians(メンター)

・Demon(悪魔)

・Transformation(変容)

・Complete the task(課題完了)

・Return home(故郷へ帰る)


となり、西欧の騎士物語も、東洋のブッダの物語も、このパターンであるとキャンベルは言っています。


大学でキャンベルの授業に影響を受けたジョージ・ルーカスが、この基本構造を『スター・ウォーズ』三部作に適用して大成功を収めた話はよく知られていますが、その『スター・ウォーズ』第1作が公開になった1977年の2年後に公開された『地獄の黙示録』は、元々『闇の奥』を原作にしてベトナム戦争を描くという、ルーカスの企画が、コッポラに譲られて発展したもので、現代の英雄としての「騎士物語」を目指した『スターウォーズ』と『地獄の黙示録』は、裏表の関係にある映画ともいえるんですね。



◎登場人物の名前(ファーストネーム)


欧米では、子供を聖書から命名することが多いですよね。カトリックには、聖人と呼ばれる人が大勢いますが、例えば、最近「聖人」になったマザー・テレサは、元々は、アグネス・ゴンジャ・ボヤジュという名前で、アグネスは、聖アグネスという聖人から名づけられていて、修道女になったときに、リジューのテレサと呼ばれる聖人の名を、修道名にしたのだそうです。


でも、修道女や、アッシジのフランチェスコのように、実際に宗教的な奉仕活動をおこなった「聖人」だけでなく、伝説上で活躍した聖人も大勢いて、男子に人気の名前は、「騎士道物語」の登場人物の名前も多いんですね。


映画の中でその名前が呼ばれることはありませんが、『地獄の黙示録』の登場人物には、ミドルネームもきちんとつけられていて、その名前を見ていると、コッポラが黙示録だけでなく、神話や騎士道物語を意識していたことが見えてきます。


ウォルター・E・カーツ大佐 Walter E. Kurtz

ウォルターの名は、古ドイツ語で「支配する」ことを意味するwaltanと「軍隊、部隊」を意味するheriの合成により生まれたものであるとされる。ちなみに、原作の『闇の奥』で、クルツ(Kurtz)と呼ばれる人物は、そのドイツ系の苗字しか明示されていらず、母親が半分イギリス人で、父親は半分フランス人、イギリスで教育を受け、ヨーロッパ全体がクルツという人物を作り上げるのに貢献したような・・とされる人物。


ビル・キルゴア中佐 William "Bill" Kilgore

ウィリアム(ビルはウィリアムの愛称)の名は、ゲルマン的要素を持つ古フランス語の名に由来し、Williamは、念願や意志を意味する"Will"(「Triumph of the Will」の "ウィル" ですね!)と、ヘルメットや防護を意味する"helm"があわさった名前とされる。


ベンジャミン・L・ウィラード大尉 Benjamin L. Willard

ベンジャミンの名は、ヘブライ語で[son of the right hand=最も頼りになる助力者の息子]という意味。ベニヤミンを由来とする。米・英に多い。そして、 彼の役職は「U.S. Army Special Operations Officer」!(→マイケルもSpecial Officer だったよね!)


ちなみに、司令部の場面に登場して、カーツの情報を説明するハリソン・フォードはルーカス大佐」なんですが、これまでに、何度も指摘している《逆》パターンが、わかりやすい例としては、


ジョージ・フィリップス(“チーフ”)George Phillips

ジョージの名は、ドラゴン退治の伝説で有名なキリスト教の聖人ゲオルギウスに由来。槍で致命傷を与えたのち、アスカロンでトドメをさした。感謝した町の人々はキリスト教に改教したという神話があるのですが、“チーフ”は「槍」に射抜かれて亡くなります。



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ランス・B・ジョンソン・Lance B. Johnson

ランス(英: lance)は、中世から近代まで主にヨーロッパの騎兵に用いられた「槍」の一種。また、ランスロット(Lancelot)は、アーサー王物語等に登場する伝説の人物で、槍、剣術、乗馬のどれも彼の右に出るものはいない、最強の円卓の騎士と言われているのですが、元サーファーのランスは、もっとも軍人らしくない人物。



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(槍が刺さっているように自分で細工している)




◎ランス・B・ジョンソンとは・・


この映画のランスは、L.B.ジョンソンであり、円卓の騎士ランスロットでもあり、そして、さらに、サーファーのカリスマとしての彼は、このベトナム戦争をテーマにした映画の中で、聖書や、円卓の騎士という古い神話ではなく、当時は「ニューエイジ」と呼ばれていた新しい精神主義の波である、スピリチュアリズムに惹かれる若者という役どころも担っています。


この時代、サーフィンと哲学や精神世界を結びつける文化が流行っていて、60年代にハーバード大学の教授だったティモシー・リアリーは、LSDなどの幻覚剤による人格変容の研究を行うだけでなく、東洋の導師とも関係を深め、ニューエイジ文化の一翼を担っていたのですが、彼は、サーフィンの素晴らしさについて、「一回のライドで何回も生と死といった究極の人生を体験できる」とか、サーファーとは人類全般の進む方向を探るため、皆よりも列の先頭へ出され、道なき道をあゆまされているのだ」というような言葉で、若者のサーフィン文化を盛り上げていたんですね。


ニューエイジ文化は、科学の発展にともに信じることが難しくなり、また魅力的には見えなくなった大人たちの宗教よりも未来を感じさせ、残酷な歴史に由来しない輝かしいものとして、東洋など、異国の思想も大いに取り入れられたのですが、徐々に、プロテスタントが捨てたカトリック的な要素を、別の包み紙にくるんで再提出したような内容が多くなり、天国や地獄も、最後の審判も、昇天や、復活といったことも、新たな名前に言い換えて、隠喩としてではなく、現実に起こることとして信じようとする(そのため物理学用語なども使う)。


それで、結局、自分では何も考えず、教義を信じていれば、正義と救済が手に入るという「宗教」と同じものになり、他者の受け入れも、その教義を信じる仲間に限られる、というところまでまったく同じ歩みを辿ることになる。


「ソウル・・・」とか、「・・・ソウル」とか、仲間や恋人を求める人には、近づきやすく、宗教のもつ怖さとは無縁のように感じられ、なぜか、古代の神話が大好きで、ファンタスティックなもののように語る人が多いのですが、生きるということは、他の生き物から命を奪うことだという、ことを実感できない現代の若者が、古代の人々が神に求めてきたものを、どうやって誤解せずに理解できるんでしょう。


この映画の中でも、ランスは自分が撒き散らしたスモークによって、敵に発見され、そのときの攻撃で “クール” が死んでしまっても、自分の犬のことの方を気にしていたり、常に自己中なんですが、神話上では、聖ゲオルギウスとしてドラゴン退治の仲間だった “チーフ”の水葬のときだけ、パブテスマのヨハネになったかのように、なぜか、洗礼の真似事だけは上手い(笑)。



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(とても美しい「前世ごっこ」のシーン)




⑥の「ふたりのL.B.ジョンソン」で、ジョンソン大統領もランスも、共に、ジョンソン(ヨハネの息子)という名前が重要だと言ったのは、《ヨハネの啓示をそのまま継承していく者》だという意味だったのですが、


ランスが、ただアシッドにふけっているだけの自己中のニューエイジではなく、

「ヨハネの息子」だ、という証拠写真はこちら(笑)



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出ました!「神の国」Gods Country


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未来を輝かせるのは「神の国」ではなく、

君の心の中にある「愛」で、

それはどんな教義を信じることでもなく、

日々懸命に生きることで少しづつ大きくしていくものなのにぃ・・

(→ HEAL THE world)





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(クールや、チーフが亡くなるシーンより少し前の場面)



船のオイルタンクらしき場所には、CANNED HEATと書かれていて、これは、「Sterno」というブランドの物が有名な「携帯燃料」のことを指したり、そこから「アルコール中毒」という意味にもなっていたり、爆発しそうな位の熱い気持ち、といった意味もあるようですが、船の燃料が入っている場所に書かれているのは、、、なんか「変w」ですね。


上の写真では見えづらいですが、船体には、EREBUS(エレボス)という文字も見えます。エレボスはギリシャ神話に登場する神の名で、原初の幽冥を神格化したもので、「地下世界」を意味しています。


さて、ルーカスが、キャンベルの本から、『スターウォーズ』を創ったように、コッポラにも、この映画を創るうえで、啓示をうけた本がありました。そして、カーツとはいったい何者だったのか、ウィラードはなぜ、カーツを殺したのか? 


次回は、『地獄の黙示録』の最終回!



by yomodalite | 2016-02-02 21:47 | ☆MJアカデミア | Comments(0)
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②の続き・・・

たった、数分足らずのショートフィルムを解読するのに、なんでこんなに一杯読まないといけないの?とお思いの方も大勢いらっしゃると思うんですけど、ただ、こういったことは、マイケルが意識していたに違いないことではあるものの、わたしたちにとっては前提となる知識も意識もないことなので、説明しようと思うと、どんなに短くしようとしても、これぐらいになってしまって・・・(大泣)。


それでも、同じ資料を、ただただ「頭がいいフリ」とか「わかったフリ」をするためだけに使用してきた数多のものよりは、よっぽどわかりやすくマシなものになっているという自負もあるのですが、そんな私の伸びた鼻をへし折ってくれる人もマジで感謝しますので遠慮なく!


では、今回は、歴史・政治との関連と、

あらゆる場面で成立しない「父と息子の関係」や「お笑い」もちょっぴり・・・



◎リンカーンの言う “心の天使”


ウィラードが、カーツ殺しを請け負ったときに司令部から言われた言葉、


この戦争ではいろいろな混乱が生じている。権力と理想、古い道徳観と現実の作戦行動、現地人の間に入り、自ら神となるのは、大きな誘惑に違いない。人間の心には戦いがある。合理と不合理、善と悪、善が勝つとは限らぬ。時には、悪が勝って、リンカーンの言う “心の天使” を打ち負かす。誰にも理性の限界がある。君にも、私にも。カーツは限界に達し、完全にイカレてしまった。彼の行動は良識による抑制を失い、人間の行ないとしていささかの容赦の余地もない。その彼が軍の指揮を取っている」


この、リンカーンの言う “心の天使”というのは、彼の最初の就任演説の最後の方で述べられた、


I am loathe to close. We are not enemies, but friends. We must not be enemies. Though passion may have strained, it must not break our bonds of affection. The mystic chords of memory, stretching from every battlefield and patriot grave to every living heart and hearthstone all over this broad land, will yet swell the chorus of the Union when again touched, as surely they will be, by the better angels of our nature.


私は演説を終えるのが残念です。われわれは敵同士ではなく、味方なのです。われわれは敵同士になるべきではありません。感情が高ぶっても、われわれの親愛のきずなを切るべきではないのです。思い出の神秘的な弦が、全ての戦場や愛国者の墓から、この広大な国の全ての生けるものの心と家庭へとのびていて、再び奏でられるとき、統一の音を高らかにならすことだろう。その音は確かに、われわれの本来の姿であるよい天使によって鳴り響くことだろう。


のことで、黒人奴隷の解放をめぐって争われた南北戦争後、南部が連邦から脱退できないことを述べたあと、彼らへのアピールとして語られた言葉のようです。


で、このあと、司令部を出たウィラードは、戦場でテンガロン・ハットをかぶり、未だに南北戦争を戦っているかのような、カリカチュアされた南部・テキサス人、将軍キルゴアに出会います(キルゴアはテキサスにある地名)。



◎ここは笑っていい


深刻な戦争を描いている映画でありながら、また、色々と《逆》になっている部分や、パロディでもあると言ってしまいましたが、そう言ってしまうと誤解されそうな部分も・・・


キルゴア登場シーンは、「笑いどころ」が多くあるものの、実は「真実」という場面もあります。


まず、島に到着したとき、「カメラを見ないで先へ進め。テレビだ!カメラを見ずに戦っているフリをしろ!」というカメラクルーが登場しますが、ベトナム戦争は初めてテレビカメラが入った戦争で、人々に「反戦」意識が高まったのもそれが原因だったと言われています。ですから、これは実際の話。


でも、典型的なテキサス人のキルゴアがサーフィンをやってるわけがないw。


これは《逆》になっているという例なんですが、キルゴアが遺体にトランプを配っているのは、死者数を数えたり、恐怖を与えるために、実際に使われた方法で、これは真実です。また、戦闘中に、牧師が祈っていたり、その祈りの言葉も真実で、爆撃したあとに、「我々は暖かい庇護の手を差し伸べる」というアナウンスなども、本当にバカバカしいのですが、こういったことは、すべての戦争で行われていることで、この映画で何度も繰り返し表現されている、攻撃しておいて、助けようとする。という偽善行為で・・・一番笑えないところです。


そして、爆撃を終えて、「DEATH FROM ABOVE」と書かれたヘリコプターから、キルゴアが降りると、テンガロンハットの正面についている「騎兵隊」のマークが、それまでの倍ほどデッカくなっているw(これに似たギャグ、マイケルもやってたよね)。



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(befor)


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(after)



また、本来、いかにも軍人らしいキルゴアのような人物は、戦場がどういうところかわかっていないサーファーのランスを、軍人として鍛えることが役目であり、その厳しさが、若者が成長するための《通過儀礼》になるというのが、『愛と青春の旅立ち』などでも、おなじみの構図なんですが、キルゴアは、戦場では、まったく役に立たないサーフィンのカリスマを尊敬するような態度で接し、戦場における《父と息子》の関係は築かれることなく、ランスの成長も阻害されています。



物資運搬船の乗員を虐殺する


船の中では、もっとも冷静沈着にみえた “チーフ” は、航海中に船を発見し、物資を運搬している船は調べなくてはならない、というもっともな理由から検問するのですが、武器を隠しているかもしれないという疑惑は、軍人として未熟な若者 “クリーン” を興奮させ、銃の乱射を招いてしまう。


このシーンは、ベトナム反戦運動のシンボルにもなった「ソンミ村虐殺事件」から発想したと、コッポラは述べていますが、私たちの国で問題になっている南京虐殺にも似ている点があるように思えますし、この映画よりもずっと後に起きた、イラクに大量破壊兵器があると信じたことから始まったイラク戦争のことも思い出されますね。


そして、ここでも、同じ黒人である “チーフ” と “クリーン” に築かれるはずの《父と息子》の関係が壊れていて、父である “チーフ” は、軍人としての経験と判断から行動を起こしたことで、息子 “クリーン”の致命的な行動を招いてしまう。



◎ふたりのL.B.ジョンソン


この映画にはふたりのL.B.ジョンソンが登場します。そのひとりが、サーファーのランス・B・ジョンソンで、もうひとりが、ベトナム戦争時のアメリカ大統領リンドン・ジョンソン(Lyndon Baines Johnson


この、ふたりのL.B.ジョンソンについては、地獄の黙示録のレヴューとして評価の高い、立花隆氏の『解読 地獄の黙示録』でも指摘されていて、


「L.B.ジョンソンと聞けば、誰でもすぐに、あの大統領を連想する。(…)カーツ大佐のドキュメントの中に、二人が肩を並べて撮った写真が出てくるし、ベトナム戦争の将来展望に関する参謀本部宛の特別報告書がジョンソン大統領にも提出されていたこと、また、カーツがウィラードに読んで聞かせるタイム誌の記事にも(特別編集版)、ジョンソン大統領の名前が出てきて、ベトナム戦争がジョンソン大統領の戦争であったことを、いやでも思い出すように仕向けられている。」


と、ここまでは完全に納得。ただ、このあとの記述、


ランスとジョンソン大統領を重ねることで、ラストシーンの意味的含みが現実のベトナム戦争と重なってくる。カーツを殺したウィラードが群衆の中にわけいり、ランスの手をつかんで、一緒にボートに乗る。そのとき雨が降ってくる。ランスは雨に顔を濡らして喜ぶ。このシーンは、病める漁夫王が癒されて、「荒地に雨が降り、世界が救済される」というシンボリックな表現である。ここで、「L.B.ジョンソン」の名前が意味を持ってくる。L.B.ジョンソンこそが病める王だったのである。


については「???」で、これについては、最後の「神話」との関連で説明する予定ですが、私は、コッポラは、ランスとジョンソン大統領を、ある意味において《類似形》として描いているのではないかと思います。


リンドン・ジョンソンの経歴は、


保守的な南部テキサス州(キルゴアと同じ)から、戦争で戦うことを公約して、南部では支持者の少ない民主党の上院議員になり、その後、実際に戦争に行って、名誉勲章を受章するほど活躍する。ケネディ政権では副大統領になり、ケネディが暗殺されたことで、大統領の座につき、次の選挙でも大勝するものの、ベトナム戦争への判断ミスによって、政治生命を断たれ、また、ケネディ暗殺の首謀者だという根深い疑惑ももたれた。


というようなものなのですが、これらは、一貫したイデオロギーがなく、その場その場で上手く世の中を渡ってきたようにも見え、戦地と政界というふたつの厳しい戦場で成功をおさめ、生き残った人物であるともいえます。


そして、またランスも、サーフィンのカリスマとしては、誰もが一目置くような人物だったものの、軍人としてはまったくの素人。にも関わらず、結局、戦場の波をも乗り切って、最期まで生き残る。


カーツは、自分のことだけではなく、他人のために生きること決断し、そのためには、現在の価値観を破壊することも厭わない「英雄」の道を目指した人間ですが、リンドン・ジョンソンや、ランスは、既存の価値観の中で自分の目標を見つけ、そこのみに邁進する。だから、世界を変えることはできないし、その意思は元々ない。


また、ふたりのL.B.ジョンソンが、共に、ジョンソン(ヨハネの息子)という名前だという点も重要なのではないかと思いますが、それについても後述。



◎カーツとリンドン・ジョンソン


カーツに関する最初のレポートで、マーロン・ブランドが、ドイツ軍の青年将校を演じている『若き獅子たち』の写真が使われていたり、サーフィンをしているランスが「サヨナラ!」というのも、ブランドが演じた映画のタイトルだという「遊び」のあと、


「輝かしすぎる、いや、完璧だ。軍の最高幹部となるべき男だった。大将にでも、参謀長にでも・・・しかし、ベトナムがつまづきとなる。ジョンソン大統領宛の報告書は握りつぶされた。問題があったのだ。続く数ヶ月空挺部隊を訓練課程を3回も志願して、やっと受理された。空挺部隊?38歳にもなって? そして、特殊部隊に加わって、ベトナムに戻る」


というカーツの経歴は、ジョンソンが、自身の上院選挙の運動時に、もし戦争が始まったら、戦地に赴き敵と戦うという公約を掲げ、実際に、第二次世界大戦に海軍少佐として従軍し、輝かしい叙勲を受けたという経歴にそっくりで、しかも、副大統領時代、ケネディ大統領に送った、「アメリカが迅速に行動すれば、南ベトナムは救われる」という予想が大きく外れ、悪化する一方の戦争の責任から政治生命を断たれた。という経歴と対比するものですが、


カーツは名誉勲章を受章して除隊した後、出世には、何の見返りも期待できないうえに、厳しい訓練を必要とするグリーンベレーに自ら希望して入り、実際の軍事行動として、適切な作戦を実行したにも関わらず、軍部に逆らったとして処罰されようとしている。つまり、カーツは、ジョンソン大統領と、ある地点から《逆》コースを行く人物として、造形されているんですね。



◎カーツとダグラス・マッカーサー


上記で、L.B.ジョンソンと対比したカーツですが、軍人として一旦退いたあと、再び、軍に復帰して、カンボジアに行ったという、カーツの人物造型に、アメリカ史上、一人の手にこれほど巨大で絶対的な権力が握られた例は無かった。と評されるほど、日本を占領したダグラス・マッカーサーを感じた人も多いでしょう。


ウィラードが、カーツの資料を読みながら、「陸軍士官学校を首席で卒業、朝鮮戦線、空挺部隊、叙勲の回数多々、見事な経歴だ。」という字幕の背景にある資料映像には、ハーバード大学で歴史を専攻し、その修士論文は、「Phillipines Insurrection: American Foreign Policy in Southeast Asia, 1898-1905(フィリピンの反乱:東南アジアのアメリカの外交政策1898-1905)」とあるのですが、



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マッカーサーが、ウェストポイントアメリカ陸軍士官学校を首席で卒業し、フィリピンに陸軍少尉として派遣されたのは、1903年。このときが、マッカーサーとフィリピンとの長い関係の始まりなのですが、彼がフィリピンにこだわった理由には、マッカーサーの父親が、フィリピン総督だったという歴史があり、カーツが学んだ「フィリピンの歴史」も、マッカーサーの父親の外交政策といえるのかもしれません。また別の資料で、カーツの母親らしき女性が大きく写っているのも、マッカーサーのマザコンエピソードを思わせますし、独断で行った作戦に、上層部はカンカンになるものの、マスコミ人気によって、昇進したことなども・・・



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トルーマンや、アイゼンハワーの忠告を聞くことなく、終戦後、天皇に代わって日本の「王」となり、その後、仁川上陸作戦で、ソウルの奪回にも成功して、名声を高めると、米国の執行部は、ますます、マッカーサーに手を焼くようになり、最終的に解任されるという道のりと、この映画でのカーツの経歴には、重なる部分が少なくありません。


また、⑤でも取り上げた、元シェフのジェイが、ウィラードと一緒に船を降りて、マンゴーを探しに行ったとき、虎に襲われた、というシーンですが、


マッカーサーの有名なセリフ「I shall return(必ずや私は戻るだろう)」は、1942年に、ルーズベルトの命令で、フィリピンからオーストラリアへ脱出するよう命じられたときに発せられたものなんですが、その後の1944年から終戦までフィリピン・レイテ島で行われた、日本軍とアメリカ軍の戦闘で《マレーの虎》と呼ばれて恐れられた日本軍の大将、山下奉文とは敵対する関係で、


戦後、他のA級戦犯には同情的だったにも関わらず、フィリピン国民に「戦争犯罪人は必ず罰する」と約束したこともあり、フィリピン戦での戦争犯罪訴追には、非常に熱心に取り組み、山下は、フィリピンでの降伏調印式が終わるとすぐに逮捕され、部下がおこなった行為はすべて指揮官の責任だという理由で死刑判決が下されました。これには、山下に全責任を負わせ、アメリカ軍のおこなったマニラ破壊を日本軍に転嫁するためとの見方もあるのですが、マッカーサーは山下の絞首刑に際して、より屈辱を味わわせる様に「軍服、勲章など軍務に関するものを全て剥ぎ取れ」と命令し、山下は囚人服のまま《マンゴーの木で》絞首刑を執行された。ということがありました。


マンゴーを探しに行って、虎に殺されそうになった。というのは、《マレーの虎》を《マンゴーの木》で殺した。ことを《逆》にしたエピソードなのかもしれません。



◎カーツとジョンソンとマッカーサーの共通点


カーツの部屋で、ウィラードが発見したこちら・・


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これは、銀星章(シルバー・スター)と呼ばれる勲章なのですが、この章は、アメリカ合衆国の軍の勲章・記章の序列で、戦闘時における功績に限定すれば、シルバースターは名誉勲章、十字章に次ぐ第3位の勲章です。


しかし、名誉勲章の授与基準は「敵対する武装勢力との直接戦闘における任務の要求を越えた著しい勇敢さと生命の危険に際しての剛胆さ」とされるため、生存者の受章は非常に困難で、また、十字章は、「敵対する武装勢力への作戦行動における非凡な英雄的行為」なので、前線で戦った者への受章機会は少ない。


一方、シルバースターの叙勲は「敵対する武装勢力との交戦における勇敢さ」に対して贈られるため、上位の勲章よりも、前線将兵の受章機会は多く、実際に勇敢な行動に対して与えられる章であるとも言えます。


銀星章の受章経験者の中でも、7回受章というぶっちぎりの記録をもつのはマッカーサーで、あとから疑惑をもたれるものの、ジョンソンも歴代大統領の中で唯一この章を受章した人物。


カーツの人物像が、ジョンソンとマッカーサーを経由して出来ていることが、ここからもわかると思いますが、さらにわかりたい人は、カーツが、戦後の日本と大いに関係があり、この映画も・・ということも夜露死苦!



◎兵士のロボット化と、殺人ロボットの実用化


ウィラードが、司令部からカーツ殺しを命令される場面に戻りますが、こんなシーンがありました。



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抹殺するのだ。私情を捨てて」(字幕訳)
Terminate With Extreme Prejudice



このTerminateっていうのは「ターミネーター」と同じ言葉ですが、Extreme Prejudice というのは、通常使われない言葉だったそうで、当時かなりの流行語になったそうです。


直訳すると、「極端な偏見によって始末しろ!」といった感じでしょうか。マイケルファンとしては、彼の「Prejudice Is Ignorance(偏見は無知なり)」の方を深く噛み締めてしまうのですが、兵士たちは、実際に戦場に行くと、人を殺すことを嫌がり、なかなか立派な兵士にはならなかった。それで、兵士たちの発砲率を上げるために、色々と研究がなされ、ベトナム戦争では、それまでわずか15~20%にすぎなかった銃の発砲率が、90%に跳ね上がったということがあったようです。


◎参考図書「戦争における「人殺し」の心理学」


私情を捨てて目的をやり遂げる兵士は、これまでに紹介した、ヨハネの黙示録や、バガヴァッド・ギーターでも、理想の兵士だと考えられてきているわけですが、そこから、ロボット戦士が地球を救う『ターミネーター』へと繋がった可能性は大いにありそうですね。そして、最近では、「殺人ロボットの実用化」が実際に近づいてきたというニュースもありました。


次回は、神話や騎士道物語との関連について。





by yomodalite | 2016-01-28 18:44 | ☆MJアカデミア | Comments(0)

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①の続き・・・


欧米で、ほとんどの人が知っている典型的な神話といえば、《アーサー王と円卓の騎士》と、《聖杯探し》。これらは、どれが原型なのかわからないほど膨大な量の物語があり、また、お互いが混じり合うことで、《英雄》と《探求》の物語を形成していて、それは、イエスの英雄化にも、影響を与えてきました。


ハリウッドでは、ヒーローを描く物語が無数にありますが、それらは、与えられた試練を乗り越えて、どう成長していくかという《通過儀礼》がテーマになっています。そして、その通過儀礼のもっとも大きな要素は、私たちの国では、ほとんど見られない《父殺し》。


宗教学者の島田裕巳氏は、「アメリカ映画は、父を殺すためにある」と言う。父殺しという《通過儀礼》を果たすことによって、英雄(ヒーロー)へと生まれかわるのだと。また、映画評論家の町山智浩氏は、ヒーロー物語と父殺しの関係について、「ユダヤ・キリスト教では、聖書は神を「父」、キリストをその「息子」として描いていて、その父子関係が世界理解の基本になっている。イギリスに反抗して独立したアメリカという国は、常に自分を父と戦った息子としてイメージせざるを得ない」のだと指摘しています。


そして、父殺しは、『スターウォーズ』を思い出してもらうとわかりやすいのですが、歴史や、未来や、神話を舞台にした映画では《王殺し》の物語へと変化します。


元サーファーのランスは、「ディズニーランドよりも素敵なところが他に?」と書かれた手紙を読んで、「あるさ、ここにある」と答えますが、『地獄の黙示録』のジャングル・クルーズは、真実を求める「探索」の物語であり、カーツという《王》を殺しに行く物語でありながら、若者を成長させる通過儀礼にはならず、ここには、誰ひとり《ヒーロー》がおらず、誰もがみんな間違っていて、旅の果てには、《答え(聖杯)》も《宝(聖杯)》も見つからない。


『地獄の黙示録』は、戦いや、王殺しを行うだけでなく、実際の歴史や、これまでの黙示録に基づく物語、神話、王殺しの物語、アーサー王や、聖杯探しといった騎士道物語や、宝探しのすべてを 解体” した物語で、とてもシリアスではあるものの、ある意味、それらのパロディになっているんですね。


この構造は、マイケルのショートフィルムに、とても大きな影響を与えているので、そういった例を出来るだけ多く紹介していきたいと思いますが、

まずは、聖書や、黙示録との関連から・・



◎ヘリコプターと「イナゴの群れ」


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この映画は、ヘリコプター集団の映像がよくあるのですが、これは、黙示録の「イナゴの群れ」ですね。


煙の中からは、イナゴの群れが地上へ出て来た。(...)「額に神の刻印を押されていない人には害を加えてもよい」と命じられ・・・そのイナゴの姿は、出陣の用意を整えた馬に似ていた。そのイナゴの姿は、出陣の用意を整えた馬に似ていた。頭には金の冠に似たものを着け、顔は人間の顔のようでもあった。(...)胸には鉄の胸当てのようなものを着け、その翼(つばさ)の音は多くの馬に引かれて戦場に急ぐ戦車の響きのようであった(黙示録・第九章より)



◎炎と、紫と黄色の煙


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私は幻の中で、馬と騎兵たちを見た。彼らは、・・・口からは炎、紫、および硫黄の色の・・・口から吐く火と煙と硫黄、この三つの災難で人間の三分の一が殺された。(黙示録・第九章より)


戦場を描いているので、爆発シーンや、煙が多いのは、普通なんですが、それ以外のシーンでも、紫と硫黄の色(黄色)の煙が何度も象徴的に登場したと思います。



◎ヘリコプターと『ワルキューレの騎行』


キルゴアが、「俺たちは空の第一騎兵隊」だといった翌朝、ラッパが吹かれ、ヘリコプターは離陸し、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』を大音量で鳴らしながら、ミサイルが打たれる場面は、


第五の天使がラッパを吹いた。・・・この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられた。深い淵の穴を開くと、大きな炉から出る煙のようなものが地上に広がり、太陽も空もその穴からの煙のために暗くなった。(ヨハネの黙示録より)


という場面ですね。黙示録の7人の天使たちは、何かを成す前に、ラッパを吹くことになっていて、交響曲のファンファーレも、このラッパから影響を受けているんですが、


「ワルキューレの騎行」は、アーサー王の物語を原型としている、ワーグナーのオペラ『ニーベルングの指輪』4部作の二作目で、騎行とは馬に乗って行くことです。ワルキューレは、北欧神話(ルーン文字で書かれている)に登場する半神のことで、「戦死者を選ぶ者」とされていて、一般的に、鎧と羽根のついた兜で身を固め、槍(もしくは剣)や盾を持ち、翼の生えた馬(ペガサスなど)に乗る美しい乙女の姿で表されています。



HIStoryと黙示録:『地獄の黙示録』②_f0134963_23265004.jpg


『ニーベルングの指輪』では、神々の長ヴォータン(=オーディン。北欧神話の主神で、戦争と死の神)と知の神エルダの間に生まれた9人の娘達として登場し、天馬にまたがり槍と楯を持ち天空を駆け巡るワルキューレたちが、戦死した兵士の魂を岩山へ連れ帰る場面の前奏曲として『ワルキューレの騎行』が流れます。

『地獄の黙示録』では、この戦闘シーンから、しばらくして、武器をもって踊る、カウガールファッションの『PLAYBOY』のバニーガールたちが、ヘリコプターで、空から登場するのですが、彼女たちは、《ワルキューレ》としては、早々に兵士たちの前から立ち去っていき、黙示録の《バビロンの大淫婦》のように、裁かれて、焼かれることもなく、2000年版では、淫婦とは正反対の少女のようにも描かれています。



◎ウィラードに送られてくるレポート

船上にいるウィラードに次々に送られてくるレポートは、黙示録で、小羊(イエス)が開くのがふさわしいとされる巻物を指していますが、ウィラードはイエス的な人物としては描かれていない。



第五の天使は《アバドン》を呼び出し・・・


ヨハネの黙示録では、第五の天使がラッパを吹くと、地獄の蓋が開き、《アバドン》と《イナゴ》を呼び出す。ことになります。アバドンというのは、奈落の王のことで、ルシファーや、サタンと同一視され、「破壊の場」「滅ぼす者」「奈落の底」の意味をもっているのですが、ここでは「カーツ」を指しているようです。


また、このあと、第六の天使がラッパを吹くと、ユーフラテス川のほとりにつながれている《四人の天使》は、人間の1/3を殺すために解き放される。のですが、カーツは、ベトナム人の《4人のスパイ》を殺害するという最小の攻撃で、最大の効果をあげる作戦を選択します。


そして、第七の天使がラッパを吹くと、この世は、我らの主と、そのメシアのものとなり、主は限りなく統治される。というのですが、映画では、このあと不気味な「カーツの王国」へとたどり着く・・・



◎「船を離れるな」


マンゴーを取るために、船を降りて、ジャングルに向かったことで、トラに襲われそうになった場面で、元シェフは、船から離れたことを何度も後悔し、ウィラードも、教訓のように「船を離れるな」(Never get out of the boat. というシーンがあります。


これは、おそらくマタイ伝14章22-33で、イエスに「来なさい」と言われて、ペトロが、船から降りて、水の上を歩き、イエスの元に進むのですが(Peter got down out of the boat, walked on the water and came toward Jesus. )、途中で強風に会って、沈みかけ、助けを求めると、イエスが「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われる。という場面を《逆》にしているのだと思います。



◎ラザロからの襲撃


ふざけた味方のボートから襲撃を受け、ボヤが起き、船長がリーダーらしき男を見て「お前か?ラザロ」と名前を呼ぶシーンがあります。ラザロといえば、コールドプレイのクリス・マーティンが、MJのTHIS IS ITでのカムバックを「ラザロ以来の復活劇」だと称したように、イエスによって、死から蘇った人物として有名なのですが、この場面でのラザロが、それとは正反対の下品な行為をしているのは、軍事行動と医療行為の両方を行っている「聖ラザロ騎士団」を揶揄する意図からだと思います。


マルタ騎士団、テンプル騎士団、ガーター騎士団、ラザロ騎士団といった騎士団の本来の使命は、巡礼者がキリスト教の聖地を旅するのを守ることだったのですが、現代では、キリスト教の慣習に基づき、慈善活動に取り組み、貧しい人々や病気に苦しむ人々を助けることに置かれていて、故レーガン元大統領や、ヒラリー・クリントンといった素晴らしいメンバーがいることで知られる現代のラザロ騎士団は・・・要するに偽善を行う「悪の秘密結社」なんですね(笑)


これは、聖書からの由来でありながら、歴史であり、騎士物語であり、現代の政治の話でもあるわけですが、こんな風に、この4つは実際に混ざり合っています。



黙示録と聖書に関連する場面は、まだまだありそうなんですが、

次は、歴史・政治との《関連》について・・・







by yomodalite | 2016-01-25 09:35 | ☆MJアカデミア | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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