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ななまるさん、foochanさん、
Kei☆さん、ビッキー♪ちゃんがつくってくれて
今年メディアでも多く使用された
私たちの祭壇
ちょっぴり中を紹介すると、



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moulinさんのメッセージには、
成長した子供たちの写真が満載で

i love you with all of my heart and soul till the sun goes black and even after that

もパリスが父に送った言葉から


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akimさんからは2枚

メッセージを日本語にすると、、

あの日からずっとあなたを忘れたことはない
風の中であなたを感じ、月で踊るあなたも見える
空を見上げれば、あなたの歌も聴こえるから
でも、それでも
何年経ってもあなたの素敵な笑顔が恋しくて仕方がない
Can you hear me?
I love you forever, Michael


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わたしたちは、自分の魂を捨て去った人が
あなたについて何を言おうと気にしない
わたしたちは、あなたが汚れてなんかいないことを
知ってるから
We miss you, Michael
We still really love you


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私のカードも何枚かあるんだけど、
メッセージには、
I Love You としか書けなかった。



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マイケルの文字が見えなくなるぐらいの
夜のハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム


2019年のフォレストローンは、
去年の10倍の人出で、
バラもすごく多かったそうです(ビッキー♪談)





by yomodalite | 2019-06-27 13:47 | MJ系ひとりごと | Comments(0)

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これは1993年、ツアーでモスクワに滞在していたときに書かれた曲ですが、この年にあったことについて知らないファンはいないでしょう。没後十年という節目を狙ったかのように、それはまたもや繰り返され(On and on and on it came)・・・


でも、この曲で描かれたのは、マイケル自身の哀しみだけでなく、多くの「見捨てられた人」たちのこと。


そして、それを思ったとき、彼自身の心の中の止まない雨は、これほど美しい曲へと形を変え、怒りを洗い流すものになったのではないでしょうか。


この曲の和訳で、一番長く時間をかけたのは、アウトロの “Lord・・・”(*)


・Lord have mercy

 主よ、我をあわれみたまえ

・Lord, I'm the same(Oh, not the same)

 主よ、私は(今も)同じです

・Lord, I must say

 主よ、私は言わなければなりません。


マイケルの発音はネイティブでもわからないことが多く、ネット上でも上記のような異なる歌詞があります。私が調べた印象では、英語圏では上記の2つが多く、日本では、Lord, I must say が支持されている?


そこで、マイケルと同年代で、永年のファンというだけでなく、彼の作品についての本の著者で、学術的なサイト「Dancing with the elephant」のオーナーである、ウィラにも聞いてみたところ、今ひどい罪によって疑われているけど、自分は何も変わっていない、という意味で、 “Lord, I'm the same” だと思って聴いていた。でも、質問をきっかけに再度聴いてみたら、最後に "m"の音がないので、Lord, I must say が正しいと思う、と。


想像ですが、これは日本のファンの方が歌詞をよく読むからなのかもしれませんね。曲の最後のロシア語まで、訳して読んでいるのは海外ファンの方が多く、英米のファンは当時の激しい疑惑報道により晒されていた・・。


何度も主語が移り変わり、第3バースで、これまでとは違ったことを言い出す・・というのは、マイケルの歌詞ではよくあることなので、この “Lord, I must say” のことも大分考えたんですが、


ここは、マイケルの個人体験に合わせた深読みよりは、最後のロシア語の尋問に対して、そして、日本の隠れキリシタンの「踏み絵」にも似た・・ひとりの人間と、国、そして神(信仰)の間にある普遍的な悩み、にとどめようかと。


色々と想像させながら、最後まで謎を解かない、というのは、この不世出の天才の特徴で、それは地上から居なくなって何年経っても、彼が圧倒的に存在し続けている理由のひとつだと思います。


そして、マイケルに降り注いだ雨は、私たちの心の雨となり、決して降り止むことなく強い哀しみをもたらすけれど、その美しさが永遠であることも・・。






Stranger in Moscow

by Michael Jackson


[Verse 1]

I was wandering in the rain

Mask of life, feeling insane

Swift and sudden fall from grace

Sunny days seem far away

Kremlin’s shadow belittling me

Stalin’s tomb won’t let me be

On and on and on it came

Wish the rain would just let me be


仮面の人生に、狂気を感じながら

僕は雨の中を彷徨っていた

神の恵みから一転、奈落の底に突き落とされ

輝かしい日々は遠く彼方へ

クレムリンの影は僕を蔑み

スターリンの墓は僕を縛る

延々と降りそそぐ雨が

僕を自由にしてくれたら・・


[Chorus]

How does it feel

(How does it feel)

How does it feel

How does it feel

When you’re alone

And you’re cold inside


どんな

どんな気持ちになる?

どんなふうに

どんなふうに感じるかな

君がもしひとりぼっちで

身も心も冷え切ってしまったら


[Verse 2]

Here abandoned in my fame

Armageddon of the brain

KGB was dogging me

Take my name and just let me be

Then a begger boy called my name

Happy days will drown the pain

On and on and on it came

And again, and again, and again

Take my name and just let me be


僕の名声はここでは打ち捨てられた

頭の中ではハルマゲドンが始まり

KGBにも付きまとわれてる

名前なんかいらないから、僕を放っておいて

それでも、物乞いの少年が僕の名を呼ぶ

幸せな日々が続くなら、痛みも和らぐのに

雨はいつまでも止むことなく

何度も何度も降りかかる

名前なんかいらないから、僕を放っておいて


[Chorus]

How does it feel

(How does it feel)

How does it feel

How does it feel

How does it feel

How does it feel

(How does it feel now)

How does it feel

How does it feel

When you’re alone

And you’re cold inside

How does it feel

(How does it feel)

How does it feel

How does it feel

How does it feel

How does it feel

(How does it feel now)

How does it feel

How does it feel

When you’re alone

And you’re cold inside


どんな

どんな気持ちになる?

どんなふうに

どんなふうに感じるかな

君がもしひとりぼっちで

身も心も冷え切ってしまったら


[Outro]


Like a stranger in Moscow

Lord, I must say(*)

Like a stranger in Moscow

Lord, I must say

We’re talking danger

We’re talking danger, baby

Like a stranger in Moscow

We’re talking danger

We’re talking danger, baby

Like a stranger in Moscow

I’m living lonely

I’m living lonely, baby

A stranger in Moscow


まるで、モスクワにいる異邦人のように

(主よ、私は言わなくてはならない)

まるで、モスクワにいる異邦人だね

(主よ、言わなかったら私は・・)

ぼくらは危ないことを話している

危険なことを話してるんだ、ベイビー

まるで、モスクワにいる異邦人みたい

まるで、モスクワにいる異邦人みたい

ぼくらは危ないことを話している

危険なことを話してるんだ、ベイビー

僕は孤独に生きている

孤独なんだよ、ベイビー

まるで、モスクワにいる異邦人のように


[spoken outro in Russian]

KGB Interrigator - Russian to English Translation :

"Why have you come from the West? Confess! To steal the great achievments of the people the accomplishments of the workers....


(KGBの尋問:ロシア語からの英語翻訳)

「なぜ西側からやってきたんだ?

正直に言え!

人民の偉大な業績と

労働者の成果を盗みに来たんだろう?」


(訳:yomodalite)


by yomodalite | 2019-06-25 14:50 | ☆マイケルの言葉 | Comments(0)
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今年フォレストローンに行った
ビキちゃんとふうちゃんのレポートを
ちょっぴりシェアします。






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わたしたちのメッセージ
ちなみに私が今年送ったのは・・


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これは「ARE YOU Listening?」から
インスパイアされたやつ。
このAngel は日本語の「神」です。






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どこから見ても、
本当に隅々まで
マイケルがぎっしり詰まった
グレートな痛車で駆けつけた人・・



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毎年たくさんのバラを飾っている人は
新聞へのメッセージも
欠かさず続けられているとか。



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過去見た中で最も美形なインパソさんの動画
14:00くらいにビキちゃんも登場!







本日見たニュースによれば、
ジョーパパもこちらに埋葬されたとか。
いつの日かここを訪れるときは
そちらにも感謝しなくちゃ。




それにしても、
最初ドレイクとマイケル?
って思ったけど
‘Don’t Matter To Me’
何度聴いてもいいよねー!

• iTunes: apple.co/2lIFYvn

• Apple Music: apple.co/SCORPION

• Spotify: spoti.fi/Scorpion





by yomodalite | 2018-07-04 02:00 | マイケルジャクソン資料 | Comments(2)
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《本田圭佑とジョーパパのツイートを追加しました》
今日フォレストローンに行く友人にメッセージやお花代を託したのは、十日ほど前のことだったかな・・

私はいつか、そこが今よりずっと静かになったとき、こっそりお花をもって行ってみたい気はするけど、やっぱり誕生日の方をずっと祝っていたい。

そんなこんなで、マイケルよりもちょっぴり早く誕生日を迎えていたプリンスのお祝いもあって、昨日は久しぶりに「プリパ」へ。



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15時過ぎに会場である北新地のバーに到着し、途中用事で一旦抜けつつ、19時頃にまた戻って、1時間ほど踊りまくって、20時過ぎに店を出る。

帰り道の自転車は10分足らずで家に着いてしまったのが惜しいぐらい、夜風が気持ちよかった。

夕食を終えて、入浴も済ませたのに、セネガル戦までまだ大分時間があって、でも、色々溜まってることを片付けるには、ドキドキし過ぎていて、今日もまた、出さなくてはならないメールを増やしてしまう。

そうして、ようやく始まったセネガル戦は初戦と同様、すごく面白かった。

こんなにも楽しませてもらえるなんて、選手とハリルを解任してくれた人々、みんなに感謝したい!

マイケルが好きなだけじゃなく、マイケルを越えられるような気がするw・・と言っていたケイスケ・ホンダも、また少しマイケルに近づいた気がする。

どこがって言われると困るんだけどさ・・

音楽は、レコード会社ではなく、絶対にアーティストのものだし、

ワールドカップは絶対に、監督よりも、選手たちのもの。

今回の日本代表は、ハリルジャパンでも、西野ジャパンでもなく、自分の意思で戦う選手たちが初めて見られたW杯みたい。

マイケル・ジャクソンの前に「キング・オブ・ポップ」という称号が付くように、今後の彼は「プロフェッショナル・ホンダ」と呼ばれるように・・なるのかな?





《追記》

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そして、ジョーパパのツイート・・

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これまで日が沈むところを何度も見た。

これから先はそう多くはないだろう。

時が来れば日は昇り、

そして、

好むと好まざるとに関わらず、

日は沈むのだ。



by yomodalite | 2018-06-25 16:02 | マイケルジャクソン資料 | Comments(4)
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みなさま、連休中はいかがお過ごしでしたか?
私は、フォレストローンに行ったMJフレンドとカフェで女子会をしました。

* * *

命日やお墓が苦手な私は、今までフォレストローンにそんなに興味がなかったのですが、☆日に向けて、旅立つことになった友人が、私たちのメッセージも持っていってもらえることになって・・・

ちょっぴりお花が少なくなっているような気もする8年目のその場所を、少しでも華やかにするお手伝いには協力したかったので、マイケルをお花や星でよりキラキラさせたような写真に、メッセージを入れたものや、マイケルに捧げた詩を色紙に書いたものなどを託しました。


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2017年のフォレストローンでは、
「PYT」がよくかかっていたそうです。


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この壁画は、Graff Labっていうところで、
地元の人が自由に落書きしてるスペースなんだけど、
去年のTHIS IS ITに続き、
今年もマイケルが登場。
「眼」だけでわかる有名人なんて他にいないよね?


* * *


こちらは私たちのメッセージ!


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We know you always with us. のメッセージは、
kumaさんから。


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Your songs always encourage us,
in Past, Present and Future.
のメッセージは、moulinさんから。


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childspiritsさんからの色紙に書かれているのは、
MJも好きなワーズワースの「The Rainbow」という詩。

The Rainbow

My heart leaps up when I behold
A rainbow in the sky:
So was it when my life began;
So is it now I am a man;
So be it when I shall grow old,
Or let me die!
The Child is father of the Man;
And I could wish my days to be
Bound each to each by natural piety.


空に虹を見つけたとき
私の心は躍る
幼いときもそうだったし
大人になった今も同じだ
年老いたときもそうでありたい
でなければ生きる意味がない
子供は大人の父だ
私の一日一日が
自然への敬いとともにありますように

(この詩は「My Heart Leaps Up」という題でも知られています)


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各国のファンによる祭壇の写真もたくさん見せてもらったあとは、カシオトラックについて、確信をもっている人の自信はいったいどこから生じたものなのかという疑問について、多角的に検証したりw、2009年以降のエステートの仕事への評価などなど、主にネット上に多くみられる意見とは異なる見解で大いに共感し、

また、ブラダンの視聴回数では絶対に負けない自信がある私でさえ、降参しそうになるほどの「ブラダン好き」の彼女は、やっぱりナイン・インチ・ネイルズ好きだったことが判明したりする、1日でした。

by yomodalite | 2017-07-18 07:00 | MJ系ひとりごと | Comments(0)
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6月2日にした私たちの会話を、長々とお聞かせしちゃいましたが、今回で最後です。

写真は引き続き「Searching For Neverland」から。

A:akimさん Y:yomodalite

A:マイケルの場合は、『Off The Wall』で、自分が思ってるほど評価されなかったってことも大きかったんじゃないかな?グラミー賞ではほとんど無視されて、ローリングストーン誌でも黒人は表紙にしませんとか・・そういうことではなく、確固たる実績というか、売上チャートには、一人一人が実際に買ってくれたっていう、一番「嘘」がないっていうね。


Y:お金出して買ったっていうのはね・・。最近では、「ファンです。Youtubeで毎日見てます!」なんて言っちゃうような「ファン」もいるけど、実際に「買った」っていうこと以上の「本当」ってないもんね。それはぜったいに嘘じゃないから。


A:もし、『Off The Wall』で、マイケルが思っていたとおりの反応だったら、「Thriller」は違ったものになってたかもしれないよね。


Y:そうだね、人間にとって怒りのエネルギーが、やっぱり一番強いと思うし、マイケルも、本当に成功の階段を登ったときのエネルギーはやっぱり「怒り」だったと思うんだよね。フレッド・アステアが、マイケルを見て、「君は怒れるダンサーだ」って言ってたけど、本物の一流の人が持っているスゴい力っていうのは、大体「怒り」に属していて、それを、すべて「表現」に変えられる情熱をもっている人が天才なのかもしれないんだけど、マイケルがもっていた怒りのひとつである「黒人」っていう部分は、彼の場合、幸か不幸か、そうではなくなってしまって・・・


A:「肌の色」だけじゃなく、マイケルの場合、自分と同じような「黒人」がまったくいなかったってこともあるよね。世界には色々な「黒人」がいるのに、アメリカの「黒人」には、他の国以上に、ステロタイプが求められてるし、マイケルが、自分が黒人だということに誇りをもっているのは確実だけど、みんなの描く「黒人」アーティスト像とは一味もふた味も違っていたからね。超越してたよね、本当にいろいろなことを。


Y:それでも、肌が黒いときは、その壁をぶち破ってやるという気持ち(Off The Wall)があったと思うんだけど、破った壁の向こうに新たに現れた「壁」は、マイケルには見えていても、世間の人には、わかりにくかったんじゃないかな。



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Y:でも、あらためて『Off The Wall』というタイトルは、新生マイケルのソロアルバム第一弾にふさわしかったと思うなぁ。テーマがあって音楽があるんじゃないんだって、マイケルはどこかのインタヴューで言ってたんだけど、今は、よく「マイケルのメッセージ」って言うでしょう。でも、曲やインタヴューや、色んな和訳をしてきて、つくづく思うけど、マイケルって本当はそんなメッセージがあるわけじゃないんだよね。メッセージがあるかないかで言ったら、プリンスの方がマイケルよりも断然あるよね?


A:プリンスの方が全然ある!マイケルはメッセージみたいなの、むしろ全然ない。私もそう思う!ありそうな歌詞はあるんだけどね・・


Y:ありそうなのは、マイケルが書いた詩じゃなかったり、むしろ、マイケルは、そういう言葉を慎重に避けてるって感じがすごくするんだよね。


A:皆無とは思わないんだけど、例えば、「We Are The World」とか、「Heal The World」だよね。


Y:そうそう、ああいう曲は、まさに「メッセージ」なんだよね。マイケルもそのふたつの曲を作れて良かったって言ってるから、彼にとっての「メッセージ」は、そこに尽きると思うんだけど、さらに、そういったメッセージを繰り返したり、平和活動みたいなのが、自分のアイデンティティになってしまうと、音楽の神も、愛もそこから逃げ出してしまう、みたいな感覚を持っていたんじゃないかな。あの「Love」という詩のように。




Y:「We Are The World」は80年代を代表する曲だけど、人々がそういったことを信じられなくなって、傷ついた90年代に生まれたのが、「Heal The World」だったんだよね。でも、結果的にこのふたつは、今もっとも裏切られたメッセージだと言えるんじゃない?

このあと、先進国は多様性が重要なテーマになっていったけど、アメリカにしろ、EUにしろ、その多様性社会のルールは、グローバリスト陣営にいるほんの数人が決めることになって、そのルールに従わない国は民主国家ではないから、そんな国のリーダーは独裁者だと認定され、独裁者を倒すための軍事的行動は、どんなに犠牲が出ても正しいこととされる。

世界がひとつになる、というよりは、富を独占し、ほんの数人で法律を決めていくような「ひとつの世界」への道がずっと進行していて、そこに不満をもった人たちが、民主的な選挙によって「No!」を言おうとしても、今度は「ポピュリズム」だなんて批判されちゃう(苦笑)。



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Y:マイケルが、こうしよう、ああしよう、とか、自分はこうだ、とかほとんど言うことなく、色々誤解されたことへの弁解や、あらゆるところで、言葉が少なかったのは、そういった言葉の欺瞞に敏感で、言葉に縛られるのが嫌だったからじゃないかな。


A:特に歌詞に関してはどう捉えられてもいいみたいなね。


Y:うん、言葉は、人の心を縛るし、宗教でもあって、願いと方法論は掛け違うことが多いよね。日本人とちがって、欧米人の世界観は、善と悪が常に戦っている世界の中で、自分は「善い行い」をしたいと思ってる人がすごく多くて、そこが「アイデンティティ」に強く結び付く。

日本で一番多くに支持されてきたのは、「人に迷惑をかけない」とか、「人に優しくしたい」ってことだと思うんだけど、「善い行い」っていうのは、人に迷惑をかけても存在する。だから、アメリカのヒーロー映画は、人の車を破壊するなんてなんとも思わないどころか、犠牲者が出たって全然平気(苦笑)。

欧米的な「知性」の多くは、実はなにが「善」かということが重要だから、マイノリティが「善」ってことになると、マジョリティは「悪」になって、どんなに攻撃しても大丈夫になっちゃう。だから、ちょっぴり流行った「反知性主義」も、知性の行き過ぎに対する「理性」でもあって、マイケルの「子供に学べ」や、「いたずら好き」も、知性へのアンチテーゼのように思えるときもあるんだけど、自分が「善」だと思っている人は、自分と異なる人を「悪」だと思って攻撃しちゃう。



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Y:昔は、自分が「善」だと信じている人は、「教会」に従ってた人たちなんだけど、現代では、これが「知性」です、と言われていることを信じている人たちなんだよね。それで、今やっかいなことになっているのは、「自由や多様性を重んじる」って言葉さえ唱えていれば、そうしてるつもりになっちゃってたけど、実際はそうじゃなかったってことなんじゃないかな?

彼らは、意見が異なる人に暴力を振るっても「善い行い」だと思ってるし、「悪」と激しく戦うのは普通のことだから、Heal The Worldの方が「デンジャラス」なんだよね。


マイケルには、常に困っている人に優しくしたいっていう気持ちの純粋さをすごく感じるんだけど、今のセレブたちは、言葉やタトゥーにしても、やたらとメッセージをもちたがるんだけど、それは目標も着地点もわかりやすくて、結局、彼ら自身のアイデンティティの一部でしかないように見えちゃう。

彼らは、メディアが推奨する「正しさ」や、認められた「知性」に準じることに熱心で、地球を守るには、二酸化炭素が「絶対悪」だって思い込んでたり、実際に困っている部分の極一部にしか目が行かないみたい。国内に住んでいる恵まれない子供ではなく、わざわざ海外から連れてきた子供を養育して、肌の色の違う家族をもつことも、「アンデンティティ」のためっていうか。



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番組のイベントに登場したスザンヌ・パッセ(左)とナビ


Y:マイケルのテーマを、あえて求めるとしたら、彼の場合、常に自分を超えることに、最後までこだわっていたってことで、マイケルが越えようとした「壁」は、ギリギリのところまで実際に行ってみて、そこで初めて、目の前に立ち上がってくる、そういった「未知なるもの」への興味っていうか・・・


そういう姿勢だったから、マイケルの言葉に裏切られることがあっても、マイケル自身から「信頼」や「愛」が消えなかったんじゃないかな、とも思うんだけど・・。


A:さすが深いわ(笑) あたしはHeal the world, save the children、まぁこの二つが大きな柱だと思ってたのだけど、彼から感じるメッセージがあるとすれば、日本人としては皮膚感覚で感じることが難しいけど、とにかくloveにつきるなぁとは思う。

今年も25日が来て、マイケルのメッセージを大切にとか、マイケルの意思を継ぐとか、そういう声を聞くことが多くなって、また私が耐えられない季節になった、とか思っちゃうんだけどさ(笑)

Y:メッセージって、そんなつもりはなくても、ときどき「愛」とか「詩」とか「音楽」を殺しちゃうことがあるからね(笑)


(おしゃべり終了)


6月に、長々とした私たちのおしゃべりにおつきあいいただき、ありがとうございました!



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マイケルに扮する前のナビ


by yomodalite | 2017-06-27 10:21 | MJ考察系 | Comments(3)
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グランフロント大阪・北館で開催されているイベント「世界を変えたレコード展」に行きました。

金沢工業大学が所蔵する膨大な音楽資料を編集・構成した展覧会なんですが、デザイン性が高く、情報量も豊富な展示コーナーがたくさんあって、じっくり見たくなるものばかり。


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入り口はこんな感じ



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色とりどりのレコードジャケットに目を奪われるだけでなく、短いながらもワカッテル感満載のコメントと共に、世界を変えた音楽の歴史が紹介されている年表を見ていくと・・



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マイケルに関しては、「アポロシアターのアマチュアナイトで優勝」(1968.8.13)など、レコード発売前の情報まで記載されていて、ウッドストックと同じ年(1969)にリリースされた『帰ってほしいの』は、1970年は、Billboard Hot 100とR&Bチャートの両方で1位になり、その年は、日本でも少年が歌う「黒ねこのタンゴ」がヒットし、藤圭子の「夢は夜ひらく」が流行っていて、

翌年は、ジム・モリソンが亡くなり、T・レックスの「ゲット・イット・オン」や、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」、ジョン・レノンの「イマジン」がリリースされ、世界初のロックチャリティコンサート「バングラデシュ難民救済コンサート」があった、スゴい年だったんだなぁとか、


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『オフ・ザ・ウォール』と、ピンク・フロイドの『ザ・ウォール』は同じく1979年で、1983年は、『スリラー』が37週ナンバー1というだけでなく、モータウンの記念番組でムーンウォーク披露なんていう記載も。

1988年の『バッド』リリースのコメントには、「同アルバムは史上初めて全米チャート5曲連続1位を送り出す快挙を成し遂げ、タイトルトラックでは映画監督マーティン・スコセッシを起用し、ストーリー性をもったショートフィルムが話題となる」とか、

「ショートフィルム」という言葉を使うあたりも、この年表の制作者、絶対にMJファンに違いない。それで、ドキドキしながら1991年を見てみると・・・


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オアシス、ブラー、ウィーザーって・・・たしかに、オアシスのデヴューアルバムは、全世界で1000万枚以上らしいので、『Dangerous』より売れてるかもしれないけど、ブラーや、ウィーザーは大好きだけど、売上ベースで勝負になってないじゃん。でもって、信じられないことに『HIStory』の記載もなし。全米1位になってないマドンナの「レイ・オブ・ライト」はあるのに・・。

で、しばらく『Dangerous』や、『HIStory』が見当たらないことに、プンプンしていたんだけど、2000年以降は、「30周年記念コンサート」や、「Live In Bucharest : The Dangerous Tour」リリースが大きく表示されていて、ブカレストライブが実際のライブよりもずっと後に発売されたことを思い出したり(2005年)・・


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2009年は、「THIS IS ITツアー」チケット発売4時間で完売、そして、6月25日の記載は、マイケル・ジャクソンという名前の前に「King of Pop」と書かれていて、各国メディアでトップ扱いとなり、Googleでのアクセス数が跳ね上がって “Michael Jckson” という単語がスパム扱いされるという大混乱を引き起こしたことや、10月28日、ドキュメンタリー映画「THIS IS IT」公開。という文字も。



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1800年代から始まる年表の中で、レコード発売前の記載があったり、死去の記述にさえ「記録」が乗っかっているのは、マイケルだけで、年表制作者さんが、マイケルの記載に関しては、他の伝説的なアーティストとは違うレベルのことを取り上げてくれてたんだ(7× Platinumとか、MJにとってはどうってことないからね)、とわかって、ちょっと涙ぐむ。


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展示物に手を触れるのは禁止ですが、
伝説のアルバムに触れられたり、ヘッドフォンで聴けるコーナー、


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プリンスの顔の近くで写真が撮れる
顔出しパネルもありますw


監修者の立川直樹氏のギャラリーツアーがあったり、「全部見るには、何度か来ないとなぁ」と感じる人も多そう。写真撮影自由、入場無料のイベントなので、お近くの人はぜひ!


☆日は気にしない私ですが、『パープル・レイン DELUXE-EXPANDED EDITION』の封を開けるのは、明日まで我慢するつもりです。

by yomodalite | 2017-06-25 11:58 | 現代文化・音楽・訳詞 | Comments(0)
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お待たせしていた招待メールですが、明日(25日)に、メール送信します。

yomodaliteから、「・・・・の閲覧者に招待されました」というメールが届きますので、開封して、「招待に応じる」をクリックして、次の画面の「紹介メールを承認」をクリックすると、次ページに限定ブログのURLがありますので、ブックマークしてください。

このページが表示されるのは「一回きり」なので、ご注意くださいね。



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招待メールが届かない方で、コメントをくださったことがある、作業のお手伝いをしてくださる、どちらかの条件をクリアしている方は、承認基準が高かったんだ、などとは決して思わず、受信設定や、迷惑メールなどもチェックしてみてください。

また、招待した方が、承認したかどうかはこちらにもわかるので、一週間以上経っても「承認」されていない方には、再度ご連絡するようにします。



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PCページの右欄には、「このブログの読み方」があるので、そちらをご覧いただきたいのですが、モバイルでご覧になる方のために、少し説明させていただくと、新ブログのトップページは、4冊の本の目次ページで固定になっています(モバイルでは4冊+ごあいさつ)。通常のブログでは、更新された記事がトップになりますが、このブログでは、本のように上から順に読めるようにアップしていきますので、新しい記事は、目次ページのリンクから続きをお読みくださいませ。

25日にアップされているのは、「ごあいさつ」と『Private〜』の「はじめに」です。この本が終了してから、現在、何人かの方にお手伝いしていただいている次の本をアップします。






ちなみに、、、

この2冊を紹介しようと思ったのは、これが特別素晴らしい内容だから、とか、ここに書かれていることが真実だと思っているわけではなく、時折、マイケルの声が聞こえるような気がした。というだけで、ほのぼのするようなところもあれば、胸が締め付けられることもあると思いますが、私は、マルティネリのアップルジュースが再び来てるところですw



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みんなも半分ぐらい飲んだところで、炭酸で薄めるよね?  




by yomodalite | 2016-06-24 07:00 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Comments(0)
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このインタビューをずっと自分でも訳したいと思っていたのですが、疑問に思う点や、迷う部分が多くて、ずっと「塩漬け」になっていました。

すでに何度か読んでいる方が多いと思いますが、これまで翻訳されているものを簡単な見分け方で分類すると、

MJの最初の答が

A:「モータウンが『ウィズ』という映画を~」
B:「8歳の頃、サミー・デイヴィス・ジュニアがクインシー・ジョーンズを~」

という2種類のパターンがあります。

「A」は、07年12月号の「エボニー」に掲載されたそのもので、「B」は、09年にエボニーのサイトで公開されたインタビュー音声を元にしていて、雑誌にはなかった内容も含まれています(2009年に出版された特集号「Ebony Special Tribute : Michael Jackson In His Own Words」に掲載されているのも「A」の内容)。

ちなみに、

http://moonwalker.jp に掲載されている「Ebony magazine 2007」は「B」です。

自分でこのインタビューを訳してみようと思ったとき「B」の英文テキストから訳したかったのですが、いくら探しても見当たらなくて、それでわかったのですが、こちらは「雑誌インタビュー」と書いてありますが、雑誌掲載には含まれていない音声インタビュー部分を追加して、読みやすく編集してくださっているようです(この認識がまちがっている場合はどうかお早目にご指摘くださいませ)。

私も最初はそのやりかたでひとつにまとめようと思っていたんですが、実際にやってみると、色々と違和感があったんですね。

というのは、芸能雑誌のインタビューは、録音したものはあくまでも素材として考え、そのあとライターとか編集者が、雑誌の都合にあわせて創り上げられることが多く、中には、インタビューをせずに「でっちあげている」ことすらあったり。

マイケルはそういったことを嫌い、めったにインタビューを受けませんでしたが、エボニーに関しては、お互いに信頼関係があり、またこのときはMJの特集号なので、前々から準備されていて、あわてて来月号に載せなくてはという事情もないので、おそらく、発売前にMJがゲラチェックをしたと思うんですね。

だとすれば、肉声は、確かに「マイケルの言葉」として間違いないですが、彼は、雑誌に掲載されるインタビューとして話しているわけなので、それは言わば「下書き」であって、掲載された方が、彼が承認した「完成品」ではないでしょうか。

作家と言われるような人には、しゃべり言葉をそのまま文章にしても、文章として通用する人がいますが、そんな作家でさえ、話したそのままを書き起こした場合、読む文章としてはよくわからない点が多くなってしまいがちです。ですから、作家同士の対談なども、雑誌に掲載する場合は、録音から書き起こしたものに、数多くの赤字を入れて仕上げることになります。

このときのインタビュー音声を聞くと、彼が事前に用意された質問以上のことを話そうとしているというか、これまでのインタビューとは異なり、笑い声も多く、親しい仲間と喋っているような感じなので、インタビュアーもこの時間は楽しくても、テープ起こしをしているときは、どうやって紙面の決められたスペースに納められるのか、MJが予想外にしゃべったことで、少し頭を抱えたのではないかと(音声は一部が公開されているだけなので、はっきりとしたことはわかりませんが)。

まったくの想像ですが、おそらく、MJチェックの段階で、テープ起こしそのままではなく、最初から字数制限を考慮し、雑誌サイドで編集したものを見せたのではないかと私は想像します。なので、雑誌から省かれた部分は、MJの意思ではないと思いますが、

それでも、掲載されたインタビューのゲラチェックはしていたんじゃないかと思うので、そうなると、雑誌掲載分の文章に、音声内容を付け足してひとつにまとめるというのは、なにか、別々のものを接合するような気がしてしまうんですね。

少し堅苦しい考え方かもしれませんが、両方の「マイケルの言葉」を加工してしまうことになりそうで、私には出来ませんでした。

それ以外にも、音声と雑誌で少し意味が違っているのではないかと思われる部分に何度もつまづき、テキストの方でも訳に迷う部分があって、それは、私にとっていつものことではあるものの、このインタビューでは、特にその迷いに決着がつけられなくて時間がかかってしまいました。

最初は、話し言葉ではわかりにくい部分に、音声というヒントがあるので、聞き取りができれば、判断しやすいかと思ったんですが、なかなかそうはいかはいかないんですよね。優秀な英語耳をもった人は、たいていの場合日本語に問題がありますし、、英語から日本語は、厳密に置き換えることが出来ないので、どなたが訳したとしても、どこかで「ゆるーーく」考えて、「自分の中のマイケル」にしゃべらせて日本語訳とするわけです。

ただ、2007年の頃のマイケルと思うと、どんなに長年、マイケルのことをよく知っていたとしても、彼の成長とファンの成長とでは、とてつもなく違いがあるはずです。「自分の中のマイケル」はほとんど変わらなくても、実際のマイケルは、誰も越えられないような山をいくつもいくつも越えてきているわけですから。

そう思うと、よけいに彼の言葉を、自分の言葉にすることのしんどさが増してきて(逆に言えば、そう思わない人のことを、私は信用することができないのですが)、

それは英語力の問題だけではないので、私の場合は、苦手な英語の勉強をサボって、日本語の本を読むことの方に必死になっているんですが、それも、知識として読むのではなく「マイケルのように読む」っていうことがむつかしいわけです(ぐっすん)

散々既出のインタビュー訳に、ずいぶん長々と「まえがき」を書いていますが、もう少しだけわけのわからないことを言うと、

彼が、私たちが想像できるようなレベルの天才だったなら、もう『スリラー』にばかり注目するのはやめて欲しいと言ったと思うんですよね。彼自身もトロフィーなんて見たくない。すでに登った山にはもう興味がないとも答えているわけですし、、それなのに、なぜ、彼は『スリラー』以降の大傑作アルバムについてほとんど語ることなく、数少ないインタヴューの機会に、自ら『スリラー』が成し遂げたことについてだけ、何度も語っているのでしょう?

彼の『スリラー』への執着は、マイケルの顔の変化と同じぐらい、私にとって大きな疑問だったのですが、彼が遺してくれた「鍵」は、いつもひとつを開けると、そこに必ず他の扉を開ける糸口が隠されているように感じます。

おそらく、マイケルは、自分が亡くなったあと、100年とか200年、あるいはそれ以上後のことまで想像していたから「スリラー」の栄光についてだけ、これほど何度も語り、そして、それぐらいの歴史観をもっていたからこそ、当時あれほどの批判や嘲笑にあっても、彼は耐えることができたのだと。

そして、彼の現在と数百年後にまで続く栄光は、彼が刻んだその後の歴史のピースが(ネガティブだと言われているようなものでさえ)ひとつでもなかったら、完成しなかったかもしれないと思えてなりません。

共にマイケルに信頼され、何度も仕事をしていても、ケニー・オルテガは彼の死の意味を考え、カレン・フェイは彼の死の原因は何かと考えた。

そして、そのふたりだけでなく、ひとりの死の意味が、これほどまでに鮮やかに異なって見えるということ、それも世界的な現象として、そうなったという経験は、私にとって、これが最初であり、また最期ではないかと思いますが、同時代を生きるみんなにとっても、きっとそうに違いないと思います。

私は、そのことで考えさせられたことが本当に多くて、何年も前に「オトシマエ」をつけるつもりだったのに、未だにウロウロしていて、時々うんざりしていることもありますが、それでも、彼の欠片のようなものは、なぜかいつもキラキラと輝いてみえて、それで、つい何度も拾ってしまうんですよね。

そんなわけで(???)、

ほとんど新鮮味はないかもしれませんが、次回、2007年の「エボニー」インタビューを、雑誌掲載版と音声版の2種類にわけてアップすることにします。


by yomodalite | 2015-06-23 08:51 | ☆マイケルの言葉 | Comments(0)
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2009年6月28日のデイリータイムズの記事から、1976年に、17歳のマイケルと乗馬を楽しんだ家族によるエピソードを紹介します。

あくまでも、MJの読書についてのメモなんですが、1976年は、ジャクソン5がモータウンを離れ、ジャクソンズとして羽ばたくことになった年でもあり、テータム&ステファニー&テレサ期ともいえる時期ですねw(写真は大体同時期からセレクト)。

source : http://www.delcotimes.com/


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乗馬のときも、この帽子だったのかしら?



Radnor family had inside look at Michael Jackson

1976年の夏、スージ・ナッシュは、バレーフォージ国立公園の丘を、未来のキング・オブ・ポップの腰に手を回して馬に乗っていた。

17歳のマイケル・ジャクソンは、まだジャクソン5の一員で、その日、彼らは、ナッシュが子供時代を過ごした、ペンシルベニア州ラドナーのウェイン地区にある家に訪れていた。それは、その後10年以上にわたって続いたマイケルとの交流の始まりだった、とナッシュは語る。彼女はこの並外れたエンターティナ-がフィラデルフィアでコンサートをやるときは、いつもその前後に彼のところへ行くようになった。



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このベルトに挟んだキーも、ファッションかしら?



「それは、たしかにワクワクするようなひとときでした。彼はこの上なく素敵な男性でした。少しシャイで、どこか物静かで。彼といると、私はついお姉さんぶってしまいました」そう語るナッシュも、マイケルに会った当時は、ティーンエイジャーだった。

ジャクソン兄弟がナッシュ宅を訪れたのは1976年の7月15日、フィラデルフィアのシグマ・サウンド・スタジオでレコーディング中のことだった。プロデューサーのデクスター・ワンセルは、彼らにちょっとした休息を与えたいと思い、友人のトニ・ナッシュにお膳立てを頼んだ。

(トニは、スージとマイケルとラリーの母で、かつてWGBS-TV57の番組「プロファイルズ」で進行役をつとめ、現在は彫刻家でもあり、アンドリュー・ターナーのドキュメンタリーの監督、制作にも関わっている)



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罪深い視線!



「デクスターとは友人で、あくまでも個人的な付き合いの中での頼みだった。だから、誰もマスコミに知らせたりなんかしなかった」とトニは言う。彼女は、家族が所有する3頭と友人から借りた数頭の馬を、スナイダー夫妻の家のあるアイビー・ホローへと運び、そこで、ジャクソン兄弟は野球をやったり、馬に乗って、バレーフォージ国立公園を馬で巡ったのだ。

スージは、兄弟たちが “カウボーイ” を気取ってはしゃいでいる間も、マイケルはリムジンのそばでたたずんでいた。と語る。

私は、「あなたは馬に乗らないの?」って聞いたの。そしたら、彼は『だって、全部、君が準備をした馬だから』って。

マイケルは、自分も馬を持っているけど、家にはもう2年も帰っていないし、上手く乗れるか自信がないと言ったので、スージは、ミッドナイトという名の自分の馬にマイケルを乗らせることにした。



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わ、私も写真撮るの、好きなんですけどぉ。。



「私が馬をひいて彼と一緒に歩き出すと、彼は『君の靴が泥だらけになっちゃうよ。僕が馬を引いて歩くよ』って言うの。

それで、自分の馬を持っているなんてすごくラッキーだから、友達にはいつもミッドナイトに乗ってもらって、自分は引っ張る役にまわるのだと説明し、「誰にでもそうするの。あなただけが特別じゃないわ」と言うと、マイケルは『本当?』って言って、そのあとは、彼はすごくリラックスして、落ち着いているようだった。今まで誰も、彼に対して「特別じゃない」なんて言ったことがなかったのね。スージは笑いながら語った。

馬小屋のそばで45分ほど、彼の乗った馬の手綱をひいたあと、スージはこのポップスターと一緒の馬に飛び乗り、腕を彼の腰に回して手綱をとった。マイケルは、一緒に3時間、馬に乗っている間、非常にリラックスしていた。最後には一緒に笑ったりして、「歌も口ずさんでくれたのよ」と、スージはふり返る。



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食事中なのに、4つもボタン外すなんて。。



「ひとりの時間をあげたかったの」

数年後のフィラデルフィアでコンサートを行ったときの訪問で、スージはタイトルもろくに見ず、両親の書棚から1冊の本をつかみだした。マイケルに何かプレゼントをしたいと思い、彼が古い本が好きだと言っていたことを思い出したのだ。

運命のなせる技か、その本は、1902年出版のジェームズ・アレンの『As a Man Thinketh』(邦訳『「原因」と「結果」の法則』)だった。

「彼は私を見て、飛び上がりそうだったわ。『どうしてこれをくれようと思ったの?どうしてこの本選んだの?』と言って」

マイケルは、「世界中で一番好きな本なんだ」と彼女に言った。そのタイトルは、聖書の箴言、23章7節に基づいている。

"As a man thinketh in his heart so is he,"
思考が人間を創る。人は心の中で考えているような人になる。



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ジャクソン兄弟がナッシュ家を訪れた日は、奇しくもマイケル・ナッシュの13回目の誕生日だった、とトニは語る。乗馬から帰ってくると、彼らは、ウエストアベニューのナッシュ家に、大きなケーキと共に再び訪れた。

「ハッピー・バースディ」を歌ってくれたのよ、とトニは言う。彼女は、自分の息子のためにジャクソン兄弟が歌ってくれたテープを持っているそうだ。スージは、マイケル・ジャクソンと会うときに、一緒に写真を撮ってと頼んだことは一度も無いという。

「私たちは、写真やサインをねだったりしなかった。だからつき合ってもらえたのだと思うわ」

スージと彼女の一家は、ジャクソン兄弟が訪問の際は、彼らのボディーガードに入念にチェックされた。本を見ようと、マイケルがスージとリビングルームから、彼女のベッドルームに行くと、ボディーガードが素早くあらわれて、マイケルに「大丈夫か」と尋ねた。と彼女は言う。

スージは初めてマイケルに会ったとき、周りの人間が、どれだけ彼をコントロールしているかを見てショックを受けた。その時彼は18歳の誕生日を6週間後に控えていたというのに。

「みんなは、マイケルがディナーに出かけるのはよくないと思っていたわ。人目につくところに出て欲しくなかったのよ。ボールを踏んで転ぶといけないからって、テニスもさせなかったし、風邪をひくといけないからって、泳ぎにも行かせなかった。あの時は、絶対馬に乗りたいって、彼、頑張ったんじゃないかしら」



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チェスター郡のバレーフォージ音楽祭でのパフォーマンスのあと、マイケルを訪ねたときのことを彼女は思い出した。マイケルは、サインをもらおうとペンを取りにいった小さな男の子を待っていたのだが、そのとき、彼の「仕切り人たち」に体ごと運ばれてしまった。彼らは次のスケジュールへと彼を追い立てようとしていたのだ。

「彼らは文字通りマイケルの胴と足をつかんで持ち上げたの。マイケルは私の襟をつかんで、『僕を連れて行かせないで!』と言って、すごく動揺していた。『あの子をがっかりさせたくないんだ』って」

最後に会った時、マイケルはついに自分の人生を自分でコントロールするようになったみたいだった、とスージは言う。「彼は本当に穏やかで親切で優しい話し方だった。でも、自分の周りで起こっていることについては完全に把握していた。それでもやっぱりシャイだったけど」

あるとき、彼女は一家と仲の良かった女の子を、マイケルに会わせてやろうとニューヨークでの記者会見に連れて行った。緊張しているその子に、スージは、マイケルはあなたよりもっと「ドキドキしているのよ」と念を押した。

「会見中は、マイケルは本当にじっとしていました。彼が動くとその瞬間、フラッシュが一斉にたかれて目がくらんでしまうから。それで、彼はただただじっとしていたんです」



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この帽子のことも、一生忘れられないわw



記者会見のあと、マイケルは快くその女の子に会ってくれた。「彼はその子にとても優しかった。座って挨拶してくれたの。その子は、それはそれは大喜びだった」とスージは話す。

マイケルの名声の大きさにスージがショックを受けたのは、兄弟愛の街(フィラデルフィア)にマイケルがコンサートで来た時のことだった。彼の動物好きを知っていたので、フィラデルフィア動物園を案内するわ、と提案した。するとマイケルは、「前の日に動物園に行くことを考えたんだけど、動物園を閉園にして貸し切り状態にするための手配が間に合わなかった」と言ったのだ。

「私は思ったわ。目の前にいるこの人は、やろうと思えば、街の施設を閉めることができるんだ、ってね」

彼女の目には、整形手術や白斑と呼ばれる皮膚の病気ゆえに体に変化が起こる一方で、マイケルは自分の人生の舵をとっているようにも見えた。

「彼の外見はどんどん様変わりしていったかも知れないけど、彼は会う度に、落ち着きを増しているような気がしたし、自分をとりまく状況をコントロールする度合いも増えていったと思うわ」

マイケルが、ロスから北西125マイルに、遊園地や動物園も兼ね備えた2600エーカーの広さのネバーランドに引っ込むようになると、彼女と連絡を取り合うことはなくなり、マイケルはそこに、何百人もの子供たちを招いた。

「彼があれほど子供と関わったのは、子供仲間と遊ぶ機会を持たなかったからだと思うわ。5歳から働いていたのだもの。公園に遊びに行くことなんかなかったでしょう」



公園では遊ばなかったけどね...



マイケルは、13歳の少年に対する性的児童虐待疑惑で2度も訴えられた。1993年の民事訴訟では、彼は容疑を否認し、法廷外で和解に至った。2005年には、ガンから生還した少年に飲酒を勧め、性的虐待に及んだという容疑に対し、陪審で無罪判決を得ている。テレビドキュメンタリーで、マイケルは子供たちに自分のベッドを使わせたことは認めたが、それはあくまで「やさしさ」のあらわれで「性的」なものとは一切関わりが無いと主張した。

「閉まったドアの向こうで何が起こっているか、誰にわかるの? 私は、彼が私の弟と一緒にいるところを見たけど、弟に変な興味を持っていると感じたことなんか一度もないわ。今に至るまで、一度もね」

2度の離婚をして、3人の子供を持つマイケルは、2002年、ベルリンで、ファンの群衆にむけて、まだ赤ん坊の息子をホテルのバルコニーから外へ抱いてつり下げ、非難を浴びた。彼はまた、ペットのチンパンジーと一緒にいたり、医療用のマスクをかけたり、高い声でしゃべったりと、その風変わりな行動で、非難された。

「彼はいつも半分ささやくような声で話したけど、それは声帯を守るためよ。世間では気取ってやってるんだ、と思ってたみたいだけど」トニは言う。彼女は、マイケルがレコード契約しているとき、「ささやき声で話せ」と言われていたことにも触れた。

13ものグラミーを獲り、7億5千万枚以上のレコードを売り上げたマイケル・ジャクソンは、大変な浪費家としても知られていた。ネバーランドに対する245億ドルの債務が不履行になると、その不動産は昨年、抵当物請け戻し権喪失手続きのオークションにかけられる寸前だったが、ある投資会社が彼のローンを買い取った。マイケルはロサンゼルスのホーンビーヒルズにある借家に住み、十数年ぶりのコンサートの準備をしているとき、心臓発作のため、50歳で亡くなった。

「本当に残念だったと思うわ。彼はカムバックしようと頑張っていたのよ。いろいろな事情を抱えながらも、彼はカムバックしようとしていた。でも、それに伴う本当に多くの問題があったのよ」

創造的な面でいえば、マイケル・ジャクソンは「ミュージックビデオを再発明した」功績がある、とトニは言う。音楽や映像を通して、世界的な問題への人々の認識を高める努力をした人としても名を遺すだろう。加えて1992年のヒール・ザ・ワールド基金の設立や、エリザベス・テイラー・エイズ基金へのサポートを含め、慈善活動に力を注いだこともよく知られている。

「彼の人生がもっと幸せであったなら、と思います。彼にはもっと幸せな人生を送らせてあげたかった。心の内に喜びがなければ、どんなに成功しても意味が無いでしょう?」とトニは言った。

木曜の午後、スージは、弟のマイケルから、偉大なシンガーでありダンサーであるマイケルの死を知らされたとき、地元の農園で作業をしていた。一緒に馬の背に揺られた、あの有名な友がいなくなったことが信じられず、悲しかった。

「私から見ると、ある意味、彼は死に追いやられたのだと思います」と彼女は言う。「彼のように、金魚鉢みたいな(他人に見られる)生活は、想像を絶するものでしょうから」

(引用終了。翻訳はkumaさんにご協力いただきました)


ジェームズ・アレンの『原因と結果の法則』は、ナポレオン・ヒルや、カーネギーにも影響を与えた自己啓発書の原点とも言われる古典なので、意外なところはありませんが、マイケルが、ティーンエイジャーの頃に読んでいたと聞くと、妙に「納得」という感じの本ですね。


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どうしてわかったの



以上、ティーンエイジャーの頃のマイケルの読書に関するメモでしたw

◎[Amazon]ジェームズ・アレンのページ
◎[ジェームズ・アレンの名言]


本を見て飛び上がった瞬間!w


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このセーター柄はルネサンス絵画では、、ない?



by yomodalite | 2014-10-13 22:27 | ☆マイケルの愛読書 | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite