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毎年、ほぼ自分のために買っているバレンタインチョコだけど、
今年は、私よりもずっーと先輩の殿方お二人に差し上げるチョコを選ぼうと、
いつもとは物色の仕方もちょっぴり違って・・・



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たくさん試食して色々考えた結果、
今年のバレンタイン会場には出店してないけど、
去年一番のお気に入りだった京都牟尼庵のことが思い出されて、

それで、オンラインショップでまだ買ったことのなかった、
フロマージュ・ムニアンと、カカオキュートと、
カカオ亭重 1段を注文。



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小麦粉無使用で、クリームチーズとホワイトチョコのバランスがなんとも言えない、チョコともケーキとも違う、ねっとりとした食感が素敵!


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チョコレートとマシュマロを溶かし合わせた、
生チョコよりちょっぴり軽い食感がたまらない!
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今回注文したのは、一段カカオだけど、
近々、全種類制覇すると思うw
もう全部リピート買いしたくなるほど美味しくて迷ったけど、
贈り物は、お二人の個性に合わせて、
カトル・セゾンと四季酒房のトリュフにしました!


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自分用に買ったチョコについては、
また次回!




HOTな食べ物教えて!



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by yomodalite | 2018-02-14 00:00 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)
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古典って実際に読んでみると、紹介されていた「あらすじ」や、映画や演劇になっているものとは、まったく印象が違っている、なんてことがよくありますよね。

『ノートル=ダム・ド・パリ』もリメイク作がとても多い古典ではあるものの、原作はとても読みにくいことでも知られていて、実は私も最後まで読んだことがない作品だったのですが、

鹿島茂氏の解説で「100分 de 名著」に登場!

下記は、期待どおりだった第1回のメモです。
(第二回は、本日午後10時25分~10時50分/Eテレ)
ノートル=ダム・ド・パリは、誰も作者がいない集団建築によって作られた大聖堂。
物語は15世紀のパリを舞台に、宿命によって翻弄される人間たちの愛や嫉妬をめくる悲劇である。

鹿島茂)フランス革命で廃墟になった大聖堂を、ユゴーは、人類の進化の過程であると考えた。ここから本当の進化が始まる。神よりも個人が大切だという近代が始まると。

伊集院光)神が作ったものと、個人が作ったもの、というのは、この作品を読み解く上で重要なポイントですね。

鹿島茂)そこには大きなる断絶があるわけです。ユゴーは断絶を結びつけることを考えた。
この作品にはリメイク作が多く存在するが、作品ごとにまるで内容が違う。リメイク性の多さが特徴ともいえるが、それはユゴーの特殊性でもある。ユゴーは、「無数の人の声が聞こえる霊媒みたいな人」であり、「民族の古層と結びついている」。この作品は、それゆえ神話的小説になり得た。

[ユゴーについて]

ユゴーは、異なる考え方をもつ両親に育てられた。共和党支持者で、性欲旺盛で愛人の元に去ることになる父親、王統派で厳格で禁欲を押し付ける母、反発し合う両極端な両親の元、ユゴーは光と闇、美と醜など、相反する要素が共存するのが、人間であると考えるようになる。

当時のフランスの歴史は、混乱を極め、ナポレオンが失脚し、王政が復興、その後再び人民が立ち上がり、七月革命が勃発。ユゴーは七月革命が起こる直前に、ノートル=ダム・ド・パリの執筆を開始する。

正反対な両親と、政治の大転換が作品に大きな影響を与える。この作品は、矛盾を抱えたユゴーの魂の叫びでもあった。


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[作品の序文]

ーー この物語の作者がノートルダム大聖堂を訪れたとき、作者は、塔の暗い片隅の壁に、次のような言葉が刻みつけられているのを見つけたのである。


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私はいぶかった、解き当ててみようと努めた、この古い聖堂の額(ひたい)に、罪悪か不幸かを表すこのような烙印を残さずにはこの世を去っていけなかったほどの苦しみを味わったのは、いったいどんな人間だったのだろうか、と。ーー

鹿島茂)共和派と王党派。ユゴーはどちらを支持するでもなく、矛盾を抱えたままでいいと居直った。そうでないとやっていけられないと思うほど、それは強烈な矛盾だった。

作者のいない大聖堂の中に刻まれた「宿命」という言葉は、個人の自己表現である。しかし、宿命という言葉には、個人の欲望を抑制して集団が優先される社会や、個人の欲望を引っ込めざるを得ないことを強いられることも… 集団と個人のあつれきの中でドラマが生まれる、それこそが宿命。

外側の世界と価値が逆転する、奇跡御殿。偉かった人が、ダメな人間になり、ダメな人間が急に偉くなったり…

伊集院光)ユーゴーは価値観は混在する。絶対的なものは信じていない…

鹿島茂)ユーゴーは、健常な世界があれば、逆転世界があるのが正常な人間の世界であると考えた。

伊集院光)それがリメイク作品への対応の高さにも繋がっていて、子供向けのいい話として抽出することもできる…

(番組からのメモ終了)



最近のアーティストや、識者の発言を見ていると、誰もが自分が信じている一方の立場で語っていて、それを支持しないのは、彼らが理解していないからで、理解さえすれば、その正しさはおのずと明らかなので、いち早く変革することが、正しいだなんて考える人ばかり・・・

偉大なものとは、芸術でも、思想でも、無数の人の声を聞き、古層とも、未来とも繋がっているものなのに。

そして、私の人生の中で出会えた、そんなアーティストは、マイケル・ジャクソンしかいない!

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by yomodalite | 2018-02-12 14:08 | 文学 | Trackback | Comments(0)

映画『デトロイト』

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[追記修正あり]1967年に起きた、アメリカ史上最大とも言われる暴動<デトロイト暴動>。そこで起きた“戦慄の一夜”を、女性初のアカデミー監督賞を受賞したキャスリン・ビグローが描いた秀作。

今、この時期に50年も前に起きた暴動事件を取り上げる監督の意図は明らかでしょう。つまり、これと同じことが、未だに起きている、ということ。

そして、実話を元にしていることで、ストーリー展開が想像できたにも関わらず、142分という長さを一瞬も気を抜けないほど緊密な映像でまとめ上げたビグロー監督の手腕もスゴい。

でも・・・

冒頭で、この暴動が、黒人たちの権力や社会に対する不満が爆発したことで勃発したことが、イラストで説明されるが、黒人たちは同じ街に住む、白人、アジア人、そして同胞であるはずの黒人の店さえも無分別に襲い、あちこちで放火がおき、多くの略奪が横行し、街全体が破壊されていった。

ウィル・ポールターが見事に演じた、人種差別主義者の白人警察官のクラウスは、無法地帯に陥った街で、商品を略奪した黒人を発見し、追跡の中で射殺してしまう。略奪者を見逃せば、さらに破壊が繰り返される、という理由で。

銃をもたない人間を背後から撃ったクラウスを、上司は厳しく叱責するが、彼の自分は正しいことをしているという意識は変わることなく、黒人への制裁意識は、その後におきた狙撃事件によって、一層エスカレートしていく。

観客は、クラウスがモーテルの客の中から狙撃犯を探すための行動に、怒りを抑えられないし、狙撃とは無関係の人間を殺してしまうクラウスの中にある「黒人差別」や、「白人至上主義」を憎まずにはいられず、司法による「正義」が行われることを心の底から望むが、現実は、それとはまったく逆方向へと進んで行き、裁判では、白人警官の罪は裁かれず、黒人への人種差別の溝の深さだけが浮き彫りになる。

なぜ、同じ悲劇が繰り返されるのか?
なぜ、人種差別はなくならないのか?

アメリカが、何度も何度も繰り返し問うてきたこの問いに、ビグロー監督はこれまでと同じ答えを、これまで以上に素晴らしい映像で表現した、とは思う。

しかし、白人警官の罪が裁かれなかったのは、本当に「黒人差別」だけなのだろうか?

裁判で証言した黒人たちの “前科” は、彼らが常に警察官に疑われているという「不公平」を表しているようにしか見えないが、

暴動により、日々真面目に築き上げてきた店や、住む家が破壊され、商品や蓄えてきたお金を奪われた人々の怒りや哀しみは?

そして、現状への不満を、自分が住むコミュニティにむけ、大勢の無実の人々を恐怖に陥れ、自分本位の行動から、破壊と略奪を繰り返した黒人の罪は?

ビグロー監督は、クラウスに童顔の役者をキャスティングすることで、差別主義者が無知であることを強調し、

モーテルの一夜では、暴動行為とは無関係の善良な黒人と、彼らに行為的な白人女性を何時間も拷問したうえに、殺人まで引き起こしたことで、無実の黒人と、無知の白人至上主義者という構図を際立たせたが、この映画には、街を無法地帯に追い込んだ黒人たちの姿はまったく描かれていない。

それで、彼女は真実を描き、「声なき声」を聞いたといえるのだろうか?

ウィル・スミスが、「これから何度でも繰り返し観たい最高の映画」と評した『ジュピターズ・ムーン』とは違って、この映画では、善と悪が明確に表現されている。



アメリカン・アーティストには、「人種差別」という型通りの見方や、正義を乗り越える努力こそが必要なのでは?と、私には思えてならないけど、この道を進み続けることが、アメリカに科せられた「宿命」なのかも。

☆どの俳優の演技も忘れられないほど印象深いのは確か!
予告編を見るなら、海外版予告(日本語字幕)が一番かな。

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by yomodalite | 2018-02-09 00:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

寒いっーーー!!!

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寒いときに「寒い」だなんて言ってもどうにもならないけど、毎日毎日、ホント寒いよねーーー。

全国各地で過去最高レベルの寒波に襲われているみたいだけど、今住んでいる大阪では雪も寒さも例年並み。


でも、どこかよりは暖かいからいいだなんて思えないし、雪も風もたいしたことなくたって、もう十分寒いし、これ以上の寒さに耐えるなんて絶対に無理っ!


そんなことを思いつつ、外を歩いていた私は、なんとなく自分ではわりと出来てると思ってる「あること」についても思いを巡らせていて、


誰かにほめられたわけでもないのに、勝手に心の中で謙遜して、まだまだ私なんて…なーんて思ってみたり、機会があったら、誰かにその極意を親切に教えてあげよう、とまで想像していたんだけど・・


その2時間あまりあと、その「あること」が、全然評価されてないどころか、むしろ不満に思われてたことが判明して・・



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怒られたわけでもなく、プライドを傷つけないような優しい配慮も添えられていたので、特に落ち込んだりはしなかったけど、さっきまで、にやにやしていた自分を思い出すと、もう身体の芯まで冷え切って、


大声で「寒いーーーーっ!」って叫びたくなった。


これほど、一切加工する必要のない「正直」な感覚も久しぶりかもしれない。



自分では、人より正直だと思っていても、正直に話そうとすると、時間がかかって苦労することが多いような気がする。そーゆーのは、全然正直とは言えないのかな。でも、


「自分の内心にある正直の一番似つかわしい部分を取り出したり、社会的に最も似つかわしい姿にフォルムチェンジさせたりする」


・・・ような加工って大事だし、時間もかかるよね。


世界の中心にいるかのように、天を仰ぎながら、心の底から「寒いっーーー!」と叫ぶ私は、イメージの中では、真っ白な雪景色の中にいて、ちょっと前に寒い気分になったときの感覚とはそぐわないような気もしてきたけと、


「あること」に自信を持っていたのも、イメージの中にいた自分で、それが雪景色に埋もれていっただけだし、正直な感情も多面的だから。



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「正直の社会化をハイレベルにやってのけ、それを精密機械部品のように加工し、しかも社会関係のなかで適切なかたちに積み上げられるような勝組に・・」ていうか、

もっと美女に生まれてたらなぁ。


あーーー、明日も明後日も寒いみたい。


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by yomodalite | 2018-02-07 00:00 | 日常と写真 | Trackback | Comments(5)
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宙に浮く少年の存在が世界を変えるというような予告編には、興味をそそられなかったのだけど、ハンガリーの映画で、この少年がシリア難民ということを知り見に行ってみたら・・・大正解でした。

『ジュピターズ・ムーン』というタイトルからは、SF的なものを想像しがちですが、この映画はSFエンターテイメントではなく、まさに今の世界を描いた映画で、その言葉の意味については冒頭でこんな説明があります。

木星には67の衛星があると言われ、ガリレオ・ガリレイによって発見されたヨーロッパの語源と同じ綴りで表される衛星「EUROPA(エウロパ)」は、地表が厚い氷に覆われ、固い表層の下には塩水が流れ、生命体が存在する可能性も示唆されており、人類や生命体の「新たな命の揺りかご」となり得るという声もある。

ハンガリーの俊英、コーネル・ムンドルッツォ監督は、難民が押し寄せるヨーロッパを、この「エウロパ」として表現し、世界の物語として観てもらうことに意義があるとして「ジュピターズ・ムーン」と名付けているんですね。

ハンガリーについては、「ヒストリーティーザー」が舞台にしていたことから興味をもつようになったのですが(ブログ内検索で「ハンガリー」を入力。もしくは、タグの「ヒストリー・ティーザー」見てみてね)

正義と苦悩、そして神や天使といった概念、カトリックからプロテスタント、帝国文化から社会主義へと、ヨーロッパの中でも繁栄と没落を経験し、繰り返し体制が変換したハンガリーを舞台にすることで、監督は正しい側にいたいと望む人々のどちら側にも立つことなく、世界の今を描いていて、この宙を舞う少年が、天使ではなく、世界を変える力もない・・・という物語にしたところが素晴らしい。

カンヌ映画祭で、ウィル・スミスが、「これから何度でも繰り返し観たい最高の映画」と絶賛したのも、正義に毒されたハリウッドの今後にほんの小さな希望の光を見た気分。

前作『ホワイトゴッド・少女と犬の狂詩曲』も見てみなきゃ。

スカパー!

冬の5大テーマ祭り「映画」をもっと見る

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by yomodalite | 2018-02-01 11:19 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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アイスダンスって、女性スケーターの方に注目しがちなんだけど、このペアに関しては男性にしか目が行かないなぁって思ってたら、こんな曲で滑ってくれてました・・・






白のフリルがすごく似合うし、ゴーストもお願い出来ないかなぁ・・





[Wikipedia]Adam LUKACS(ハンガリーのアイスダンス選手)

↑ルカッチが名字だと思うんだけど・・・


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写真はすべてこちらからお借りしました
→ https://twitter.com/tooko3


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by yomodalite | 2018-01-29 16:50 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(2)
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(2の続き・・・)
有名な観光スポットからでも、京都の移動はむずかしいのだけど、びきちゃんのおかげで、スムーズに大阪に到着。

開場ギリギリで間に合うかどうかに焦ったり、大画面で会える、という興奮もあって、夜になってからの方が暑くて、脱いだ防寒具でパンパンになったバッグを抱えて、外で整理番号順に並んでいても全然寒くなかった。

開場の下見など用意周到に準備し、プレミアムではなく、自由席1番の整理番号を取っていた、ななまるさんのおかげで一番前に着席。音響についてはわからないけど、首が疲れるなんてこともなく、最前列で大正解!

同じように至福のときを過ごしたたくさんのファンの笑顔にも元気をもらいました。


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(シェリーさん、カコさん、モモさん、掲載承認してくれてありがとーー!)


一番最初に『ムーンウォーカー』を見たとき、すばらしくカッコイイ点は随所にあるものの、あまりにもありえないストーリー展開に、あっけにとられる方が上回り、あまり好きだとは思えなかったのだけど、

昨年の3Dスリラーや、ゴーストでも大いに味わった大画面でじっくり見ることの喜びは、『ムーンウォーカー』では、長尺の分、至福の時間が長くて、以前はこれさえなかったら、と思う場面も、今では「待ってました!」と思うぐらい、まるごと楽しかった。


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終了後のカフェで、

マイケルを言葉で表すのは、つくづく難しくて、とにかく「完璧」だという言葉しか出てこないのだけど、マイケルのセリフは、「ケイティ」というような短いものでさえ、彼が歌っているときほど完璧ではなくて、いつも少しだけ「音痴」だよね?

って、言ったら、あんまり共感されなかったんだけど、

最後のアルバムからのシングルで、これまでの集大成ともいえる「You Rock My World」の冒頭部分のセリフも「ヘタクソ」だったし、


彼の動きは「マイケル・ジャクソン」にジャストフィットしていて完璧なんだけど、彼のしゃべりは、その動きほど「マイケル・ジャクソン」じゃない、というか、

よくモノマネされる、高くてか細いマイケルのしゃべり方だけど、実際の彼の歌はすごく力強いし、特に後年は、高くてきれいな声よりも、低くざらついた声を多用していて、しゃべっているときと歌っているときの差が、これほど激しい人もいなかったような・・・。

あのデンジャラスツアー冒頭の雄々しさと、「か細い声」という混乱は、マイケルを論じるときや、それぞれのファンの中にある「マイケル像」にも影響しているけど、マイケル自身の「マイケル像」も、どちらかを目指したものではなく、

この『ムーンウォーカー』のように、子供たちの優しいお兄さんでありながら、妖しげな酒場に行き、犯罪に巻き込まれると、子供を助けるために、ロボットに変身!そして、宇宙に旅立ってしまったと悲しんでいると、また戻ってきて、今度はセクシーなロックスター!

と云うふうに、あまりにも荒唐無稽だけど、実際に地上での活動を終えて旅立ったマイケルを思い返すと、決して荒唐無稽ではなく、リアルな物語だったようにも思えてくる。

あのしゃべり方は、「完璧」に動けるようになった肉体とは違う、わずかな綻びなのかもしれないけど、完全に狂いのない完璧さには魅力がない、ということさえ、わかった上のことかもしれなくて・・・

とにかく、『ムーンウォーカー』は、見れば見るほど、完璧さが顕になる映画なのだ。


関連記事・・・


3月の大阪では、デンジャラスツアーOSLO公演のスクリーン上映会も!

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さらに、大阪近郊の人に朗報‼️
塚口サンサン劇場で、2月24日から「ムーンウォーカー」を一週間限定で特別上映!

それと、、
例の別ブログは今週末から再開。現在奮闘中です。

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by yomodalite | 2018-01-18 23:05 | 日常と写真 | Trackback | Comments(2)
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(1)の続き・・・
チョコもケーキも京町家の雰囲気にもすっかり満足し、「お昼に行ったおかげで待ち時間もなかったし、お腹もいっぱいになったよね!なーんて言いいながら、近所の洋食屋でしっかりカキフライもいただいてw

ようやく「雪」を目指すことに!

でも、この日は連日の寒さから一転して暖かく、「残り雪」になかなか出会えなくて、とりあえず、この時期は観光客がほとんどいないという、ビキちゃんオススメのお寺に行ってみる。


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山門も立派で、境内も広々として、知恩院とならぶ格式を誇る浄土宗の七大本山で、京都四箇本山(他に知恩院、知恩寺、清浄華院)の1つでもあるんだけど・・・本当に人が少ない。



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有名な桜や紫陽花や紅葉の時期じゃないときに訪れてもオツな感じの素敵なお寺なのに・・・と思って歩いていると、ちょっぴり「残り雪」が・・


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ここから、すぐ裏にある真如堂にも行ってみた。






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写真で見た記憶がないんだけど、キングは京都に来たことがあったのかな?



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なんてことを思いつつ、小さな雪を見つけては興奮して、ふたりで写真を撮りまくっていたら、あっという間に日が落ちてきて、急いで大阪に戻らなきゃならないことに気がついた。

ムーンウォーカーのことを忘れてたわけじゃないけど、京都ってとにかく去りがたい場所だから・・・

(3)に続く・・・

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by yomodalite | 2018-01-17 17:22 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)
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ムーンウォーカー劇場公開30周年を記念して、東阪のZepで行われた爆音上映会の前日、

一緒に行くビキちゃんから、「お昼時間あったら、京都に行かへん?京都は冬がおすすめなんよ」というLINEが。

ここ数日の寒波は、大阪でさえツラかったのに、もっと寒い京都に行くなんて絶対ありえないとは思ったものの、

「冬の京都」という言葉のシャレ乙感に、ちと心が動き、

しかも、その思いつきが昨晩降った雪のせいで、

「雪を見るために京都に行く」という彼女の魂胆が小癪なうえに(笑)、

生チョコのお店情報まで添えてあって・・・

・・・落ちたw

翌日は覚悟を決め、レッグウォーマーを重ね履きせよ、という教えに従い、あちこちウォーマーで装備し、丸太町駅から、ひたすら歩いて最初の目的地「京都生ショコラ」へ。


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席に着くと、猫もやってきて、



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4種類の生チョコがセットになったのと、



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リンゴとブルーベリーとチーズのソースがかかったケーキを注文。両方とも旨し

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by yomodalite | 2018-01-16 21:33 | 日常と写真 | Trackback | Comments(5)
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年末年始に読んだ本には当たりが多かったのですが、中でも夢中になって読んだ本が、米国で2014年に出版されたアレサ・フランクリンの伝記。

1970年代なかば、著者のデイヴィッド・リッツには、絶対に一緒に仕事をしようと心に決めた人物が3人いた。レイ・チャールズ、アレサ・フランクリン、マーヴィン・ゲイ。その後出版された彼らの伝記は、いずれも高い評価を得たのですが、アレサの伝記だけは今回で2冊目。

その理由をまとめると・・・

最初に会ったレイ・チャールズで、ゴーストライティングの美と興奮を味わい、マーヴィン・ゲイとは、共同作業のなかばで、彼が亡くなったため、未完の自叙伝を、自分の言葉に書き換えて出版されることになったものの、最初から最後まで、彼の視点で書きたかったという思いは強く、その後ゴーストライターとして20年間、スモーキー・ロビンソンや、B・B・キング等の本を手がけた。

アレサには、その度に本を送っていたが、彼女は自伝を出すことにひどく慎重で、1999年になって、ようやく出版することができた『フロム・ジーズ・ルーツ』は、思い描いた内容とは異なる、アレサが望んだ通りの本になってしまった。数年後、アレサから『フロム・ジーズ・ルーツ』の続編を出したいという申し入れがあったときも、やはり彼女を説得することはできず、これまでに調べたことや、アレサの物語は、彼女以外の視点で描かれるべきだという意見に賛同してくれたしてくれた人々(20年ほどアレサのバックボーカルをつとめた従姉妹や、姉のアーマの娘、義理の姉)に支援を受け、本書は完成した。

「これぞ、アレサ物語というようなものがあるとは、決して思わない。いくつもあると強く思う。僕のアレサ物語は客観的なものではない。長年仕事を共にしただけに、僕は彼女の人となりを、彼女のことをよく知っている。ひとりのシスター、ひとりの信仰者としての彼女に愛と共感を寄せ、彼女の芸術性に多大な畏敬の念を抱いている。けれど、その一方で、僕はこのプロジェクトに対し、彼女が『フロム・ジーズ・ルーツ』に挑んだのと同じように、かなり偏った姿勢で臨んでいる・・・

あの日、デトロイトのアテネウム・ホテルの僕に電話をくれて、ありがとう。一緒に仕事をした数年間、延々と終わらない僕の質問を受けてくれて、僕の熱意に応えてくれて、ありがとう。僕の魂に糧を与えてくれて、僕の熱意に応えてくれて、ありがとう。お手製のヴァニラウエハー・バナナプディングを、特製アレサ流ラザニアをありがとう。

レイ・チャールズに紹介してもらったあの運命の晩から、36年が過ぎた。今こうして、根本的に異なるふたつの視点、アレサのものと僕のものに基づき、彼女の人生を記録することができた、その恩恵に僕は深く感謝している」

と、まえがきからは、前作とは異なった内容になった理由や、自己を語ることに異常とも言えるほどの慎重さを見せるアレサへの気遣いも伝わるのですが、

『フロム・ジーズ・ルーツ』は未邦訳で、両書を比較することはできず、そもそもアレサのことを、めちゃくちゃ歌が上手い歌手として以外、何も知らなかった私には、この本に書かれているすべてが新鮮でした。

例えば・・・

アレサの父親レヴァレント・C・L・フランクリンは、初めてレコードに録音された説教師で、100万ドルの声と言われるほどの人気と尊敬を集め、彼の教会にはB・Bキングら有名スターたちもよく訪れていた。

かのジェシー・ジャクソンは、C・L の葬儀の際、「彼はメッセージに優れた詩や驚愕の比喩を注ぎいれただけでなく、重要な社会的意味も告げた。神の子として、われわれは他のどの人間より上でも下でもない、平等に愛されているのだと。“声高に叫べ、われは黒いわれは誇り高い”のメッセージをジェイムズ・ブラウンの遥か前に説いた。キング牧師と共に、公民権運動のはるか先にいて、己を強く主張する知識人であり、40年代と50年代に南部を出て、北部の産業都市に仕事を求めた数百万もの移住者にとっての、力と希望の灯火だった」と。

アレサは幼少時から、父親の教会に集まる多くの天才シンガーたちの歌声を身近に聴き、また、人種差別が激しい時代にありながら、彼女の兄弟姉妹たちは、全員が大学進学をあたりまえと考えるほど、裕福で進歩的だっただけでなく、父親のカリスマに惹かれる信者からも特別な扱いを受け、音楽業界でソウルの女王として君臨する前から「お姫さま」だったこと、

歴史を作ったスターたちが、彼女にだけは叶わなかったというエピソードは数多く、サラ・ヴォーンや、オーティス・レディング、ナット・キング・コールといったレジェンド級のシンガーが、アレサがカバーしたことで、自身の代表曲とも言える曲を歌えなくなっていた(本書のタイトルにもなっている「リスペクト」も、元々はオーティスの代表曲)。

しかも、彼女はそれほど偉大なシンガーだっただけでなく、素晴らしい作曲家でもあった。


あの「Think(1968)」も彼女の作曲。





また、彼女はアルバム全体の音をリードするプロデューサーとしての能力にも長けていた。60年代はプロデューサーが牛耳っていて、アーティストは交換可能なパーツという時代。マーヴィン・ゲイがその体制に抗って「ホワッツ・ゴーイング・オン」を自らプロデュースした1971年よりも前に、クレジットには記載されなかったものの、アレサが自分のアルバムをプロデュースしていたことには、多くの証言があった。

アレサがどれほどの天才かという話は、彼女が生まれて間もなくの頃から、今に至るまで尽きることがなく、幼少時から注目を浴び、姉や妹もデヴューし、ファミリー全体が才能に恵まれていて・・という話に、ジャクソンファミリーとの類似を感じていると、こんな証言も・・・

アーマ(アレサの姉):「ある意味、私たちはジャクソンズと似ているかもしれません。ジャーメインも、ジャッキーも、マーロンも歌えた。兄弟みんなが莫大な才能の持ち主。でもそこに登場したのが、マイケル、一世代にひとりの逸材。彼はすべてを別次元に持っていった・・・天才の次元に。それが私たちのアレサへの見方。彼女の能力はこの世のものではありませんでした」


姉アーマのヒット曲で、
ジャニス・ジョプリンなどカバーも多い名曲
Piece Of My Heart





妹キャロリンはシンガーとしてだけでなく、
作曲家として、アレサに「Ain't No 」や、
『Angel」などのヒット曲をもたらした。






一見、あまり共通点を感じられないふたりの天才には、もうひとつ共通点があって、それは、メディアにねじ曲げられたことで、悪評も多かったマイケルよりも、多くの賞賛を浴びてきているように見える、アレサの異常とも言えるシャイネスぶり。メディアに対しては寡黙だったものの、親しい友人とはおしゃべりも好きだったように思えるマイケルですが、アレサは親しい人間であっても、本当に言葉少ない人らしく・・・

とにかく、本書を読むと、アレサがマイケルと比較されるぐらいの、まさに神から贈られたという意味での「天才」ということがよくわかり、アレサ・フランクリンという個人だけでなく、ゴスペルを軸に黒人音楽の歴史を辿る上でも傑作といえそうな良書なのですが、

私がもっとも感動したのは、マーヴィン・ゲイの言葉。

(アレサが「ホーリー・ホーリー」を録音したことを知って・・・)「愕然とした。自分が歌うに値するするものを僕が書いたとアレサが思ってくれた。それを知って愕然としただけじゃなく、彼女の解釈に愕然としたんだ。『ホワッツ・ゴーイング・オン』が出てから、まだそれほど経っていなかった。あれは激しい論争の末に出たものだったからね、これじゃあ商売にならないとモータウンが考えたために起きた例の諸々なんだけど・・僕はこれを出さないなら二度と録らないと。僕は戦いに勝ち、世間は僕の姿勢が正しかったことを立証してくれた。つまりレコードは売れていた。それでも僕はまだ不安の中にいた。あれがいいのはわかっていたんだ。でもアレサが “ホーリーホーリー” を歌ってくれたのを知って、それでようやく本当にいいものなんだと実感できたんだ。彼女と僕の音楽的背景は似ている。ふたりとも父親の説教や歌を見て育った、だからこの手の曲について、アレサの耳が肥えているのはよくわかっていた。僕にとって、ゴスペルは究極の真実であり、究極の試金石なんだ。・・・そう、神とのつながりがゴスペルを朽ちることのない清廉潔白なものにする。アレサは朽ちることがない。彼女の神聖な魂は朽ちることがない。あの曲を歌ったとき、僕は自分の声を重ねて、セルフハーモニーを作り上げた。自分で自分に影をつけ、弦と菅の音響効果もたっぷり加えた。でもアレサの場合は、自分の声とあの美しいフルボディの聖歌隊だけ。それであれを高く築きあげた。決して揺らぐことのない強固なものにした」

「真のソウル愛好家に僕の最高傑作はと尋ねれば、答えはたいてい『ホワッツ・ゴーイング・オン』だ。真のゴスペル愛好家に最高傑作は、と尋ねれば、答えは『至上の愛』だ。じゃあ、真のアレサファンに彼女の最高傑作を挙げてくれと言ったら、答えは同じ『至上の愛』さ。“リスペクト” や、“ナチュラル・ウーマン” 、“チェイン・オブ・フールズ” を僕ほど愛している人はいない、『スパークル』には嫉妬のあまり、顔が真っ青になったくらい。カーティス・メイフィールドがアレサのアルバムを丸一枚、書いて制作もして!ああそんな機会がもらえるなら、僕はもう死んでもいい。

神がかった創作で絶頂期だったマーヴィンに「彼女の作品のために死んでもいい」と、言わせるなんて!!

アレサは、結婚前の10代で、すでに2人の子供を産んでいて、牧師の父も10代の少女を身ごもらせていたことから、アレサの子は父との間に出来た子供ではないか、といった噂も絶えなかったようですが、

白人の教会道徳とは異なる黒人社会も、そしてソウルを神の魂を受け継ぐ音楽と感じる人々にとって、彼女の聖性はずっと揺らぐことなく・・・

実はこの本、まだ読了してなくて、半分を過ぎたあたりなんですが、アレサの女王ぶりは、ページをめくるたびに尽きなくて、まさに「リスペクト」としか言いようのない内容ばかりです。
2015年、
アレサ73歳のときの “ナチュラル・ウーマン”





どの曲も同じ歌い方はしないというアレサが、
ホイットニー・ヒューストンのトリビュートで歌ったあの曲


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by yomodalite | 2018-01-15 02:06 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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