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1日江戸人/杉浦日向子

久しぶりに杉浦日奈子を読む。氏が亡くなってから4年経ちましたが、氏が発見しブームを担った「江戸」の人気はすっかり定着したものになりました。

どうして杉浦日向子は、こんなに江戸がわかるのか?という疑問は今も不思議でならないのですが、逝きし世の面影(by 渡辺京二)を現代に甦らせた手腕は本当に見事だったなぁと改めて思います。

NHKの大河ドラマでおなじみの戦国武将という名のヤクザストーリーや、彼らの妻たちによるホームドラマなどより、「現代」がどこから来たかということが、実感できる歴史本。一日江戸人になってみたほうが、未来が見えてくる気がします。

江戸は264年間。明治以降の時代が、後世になんと呼ばれるのかわかりませんが、明治44年間、大正14年間、昭和64年間、平成は21年経ったので、ここまでで143年で、江戸時代の2/1を超えたんだなぁと、政権交代の日にしみじみ想う。


☆最高裁裁判官国民審査の不信任率は、例年通り6〜7.7%でした。ネットでも「×をつけよう」という動きは今まで以上にありましたし、おかしな判決が目についた近年でしたが、まったく変化がないのは疑問ですね。

桜井龍子(行政官) 4656462(6.96)
竹内行夫(行政官) 4495571(6.72)× ←元外務省、イラク戦争支持
涌井紀夫(裁判官) 5176090(7.73)
田原睦夫(弁護士) 4364116(6.52)
金築誠志(裁判官) 4311693(6.44)
那須弘平(弁護士) 4988562(7.45)× ←佐藤優上告棄却
竹崎博允(裁判官) 4184902(6.25)× ←裁判官制度実現。
近藤崇晴(裁判官) 4103537(6.13)× ←植草一秀上告棄却
宮川光治(弁護士) 4014158(6.00)

http://miso.txt-nifty.com/shinsa/
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【BOOKデータベース】現代の江戸人・杉浦日向子による、実用的かつ、まことに奥の深い江戸案内書。江戸美人の基準、三大モテ男の職業、衣食住など、江戸の人々の暮らしや趣味趣向がこれ一冊でわかる。さらには「殿さま暮らし」は楽かの考察(「将軍の一日」)、大奥の仕組み(「ザ・大奥」)、春画の味わい方(「春画考」)まで。著者の自筆イラストもふんだんに盛り込まれ、居ながらにして気分はもう江戸人だ。 新潮社 (2005/03)





by yomodalite | 2009-08-31 22:33 | 歴史・文化:美術 | Comments(0)

浮世絵に見る江戸の暮らし (ふくろうの本)

橋本 澄子(編集),高橋 雅夫(編集)/河出書房新社




B5の天地を短くしたぐらいのサイズで、厚さ12ミリ程。カラー図版は巻頭の8ページだけですが、全ページにモノクロとはいえ大きな図版がたっぷりで見どころも読みどころも満載。1600円は超お買い得と言えそうです。

1988年初版にして、未だに大手書店サイトで販売されているのも驚き。


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内容は、下記の11項目。それぞれ10〜23点ほどの浮世絵とともに解説されています。

・江戸風俗と浮世絵(高橋雅夫)
・芝居と相撲(諏訪春雄)
・祭と市(山口桂三郎)
・お参りと物見遊山(佐藤要人)
・遊里(林 美一)
・士農工商(林 美一)
・食べもの(平野雅章)
・美人(佐藤要人)
・服飾(橋本澄子)
・髪形(橋本澄子)
・化粧(高橋雅夫)


最初の章「江戸風俗と浮世絵」には、浮世絵は現在美術史という側面からの研究派は進んでいるものの、本来の風俗画としての研究はあまり進んでいない。という実情から、絵画作品としてのフィクションや約束事をふまえ、その資料価値を取捨選択し、整理することの難しさを説いている。


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その例として挙げられているのが、「二十歳以上、三十歳以下の既婚夫人は必ず眉を剃っているにもかかわらず、浮世絵には眉を描いている」という。これに対して、はっきりとお歯黒をつけ、乳飲み子を抱えた母親の眉の剃りあとを「黄つぶし」にして、魅力を表現した歌麿の『名所風景美人十二相』を稀有な例として紹介している。

江戸の末期、天保十一年、大阪から江戸に出てきた喜多川守貞は深川に移住し、上方と江戸の風俗のあまりのちがいに興味を持ち、克明に記録した『守貞漫稿』とよばれている全33巻の大書の中で、当時の浮世絵に対して後世の誤解を招くのではないかとしきりに心配しているらしい。

藤原千恵子氏には『図説浮世絵に見る江戸の歳時記』や『浮世絵に見る江戸の一日』など同類の本も多いようです。


紀伊國屋書店BookWeb
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4309221491.html
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【BOOKデータベース】浮世絵を読みとく。江戸の風俗と生活。河出書房新社 (1988/07)



by yomodalite | 2009-05-26 13:49 | 歴史・文化:美術 | Comments(0)

江戸女の色と恋―若衆好み (学研グラフィックブックス)

田中 優子,白倉 敬彦/学習研究社




昨年のボストン美術館 浮世絵名品展」以来、浮世絵から探る江戸の実態から、興味が薄れることがないのですけど、中でも着物好きとしては、江戸のファッションの性倒錯ぶりには目を見張るものがありました。

春信の浮世絵に描かれた美少年は何者?、芸者がファッションも立ち居振る舞いも強い影響を受けた影間とは? などなど。。。

本書は、何故江戸ではこれほど「若衆」が人気があったのか?という疑問に答えてくれそうな期待で読みました。

図版たっぷりで1800円という安価なお値段。内容は想像以上に過激な春画ばかりなのですが、著者は田中優子氏と白倉敬彦氏という江戸風俗最強のコンビなので、厚さ10ミリ程度でも読みどころも見どころも満載。

「若衆」に関しては、あくまで江戸の女の感覚が中心なので、「粋」と共通感覚である男性中心美学の話がないのは、残念ですが、「若衆」を好んだ半分は、女であったという点は盲点でした。15、6歳の男子が振袖を着ているなど、今の感覚からすると驚きではあるのだけど、ファッションに男女の区別がなくなったのは、現在も同じこと。平和を貪った江戸の世は、思いのほか現代日本と似ているという感は益々深まった。
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【MARCデータベース】美少年はなぜ江戸の女性たちを熱狂させたのか。女装した少年を抱く男装した女性、積極的な求愛。しかし江戸の女性たちが本当に若衆に求めたものは何だったのか? 江戸の女性の性愛を若衆を軸として読み解く。 学習研究社 (2003/03)



by yomodalite | 2009-05-02 00:13 | 歴史・文化:美術 | Comments(0)

カムイ伝講義/田中優子

カムイ伝講義 (ちくま文庫)

田中 優子/筑摩書房

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本書は、法政大学での講義と、小学館の『決定版 カムイ伝全集』の出版特別企画、ウェブ版「白土三平とカムイ伝の世界」に連載された「カムイ伝から見える日本」をもとに書き下ろされたもの。

昨年出版された田中優子氏の著作なので、早く読みたかったものの『カムイ伝』が未読のため躊躇していたのですが、読了後の結論から言えば『カムイ伝』が未読でも結構楽しめます。

田中氏は「江戸ゼミ」の講義に『カムイ伝』を使用したのは、江戸のビジュアル資料として、都市で消費されるメディアのみが注目されているが、都市住人以外の人々の生活を描いた資料としてはもの足らない。『カムイ伝』には、江戸の百姓、非差別民、漁師、武士など、村の人々の生活や生き方など、さまざまなテーマが描かれているからだと、説明している。

壮大なテーマをもち、未だ完結していない『カムイ伝』のサブテキストとしては、もちろんですが、江戸の身分制度と、現在の格差社会との違いは何かなど、江戸時代の日本に興味がある人には、惹かれるテーマが満載です。

★★★★☆

☆参考サイト↓
白土三平とカムイ伝の世界
松岡正剛「千夜千冊」カムイ伝/白土三平

【内容】
第1章 『カムイ伝』の空間と時間
舞台となっている日置藩に岸和田を想定し、リアルな空間としての城下町の成り立ち。

第2章 夙谷の住人たち
江戸時代の穢多非人の生活と実像。

第3章 綿花を育てる人々
江戸時代に初めて体験される「綿花栽培」を通してみる百姓の生活。高価な肥料を必要とする綿花栽培の導入と崩壊。

第4章 肥やす、そして循環する
排泄物を肥料とする、江戸時代の循環型社会。さまざまな肥料。肥料の情報化と商品化。都市生活と貨幣経済は、無駄で無意味なゴミを出す。

第5章 蚕やしない
蚕から布まで。絹の国産化。絹織物の高度な発達。養蚕と絹の拡大は、原日本人と大陸人の混血の拡大。生糸の隆盛に反して苦しい生活を強いられたことによりおこる生糸一揆は、厳しい専売制にも原因があった。

第6章 一揆の歴史と伝統
一揆とは「揆(みち)を一つにする」という漢語。百姓一揆のルール、一揆の原因、百姓一揆は近代労働争議の先頭を走っていた。

第7章 海に生きる人々
『カムイ伝』の漁のシーンの迫力。納屋集落。技能をもった漁師が全国を移動しながらその技法を伝え、流通が進み市場が拡大した。

第8章 山に生きる人々
エネルギー源であった山の管理体制(環境対策)。新田開発は環境破壊。発展と破壊が共存する世界。日本の森林はなぜ残ったのか。マタギ(狩猟専業者)の生活。サンカ(山部漂泊者)の生活。平和な鉱山町。

第9章 『カムイ伝』の子どもたち
子どもとは何か?。たくさんの親。生きる力とは何か。

第10章 『カムイ伝』の女たち
社会的性差の克服。娘組、嫁組、婆仲間。恋愛と結婚。女性の存在感。

第11章 『カムイ伝』が描く命
「命」とは何か。殺すことにも生かすことにも使える技術。島原・天草の乱。二つの外科手術。生態系。

第12章 武士とは何か
江戸時代の武士は矛盾そのもの。武士の生活の実態。武士は必要だったか?

おわりに いまもカムイはどこかに潜んでいる
現代日本人そのものが、この歴史のなかでいかなる存在なのか、考え込むようになるテーマにあふれている『カムイ伝』。総中流が達成された70、80年代よりも、現代は『カムイ伝』が身近に感じられる世界だ。
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【BOOKデータベース】コミック界の巨星・白土三平のライフワークが江戸学の新視点を得て、新たな輝きを放つ!「いまの日本はカムイの時代とちっとも変わっていない」競争原理主義が生み出した新たな格差・差別構造を前に立ちすくむ日本人へ—。江戸時代研究の第一人者が放つ、カムイ伝新解釈。 小学館 (2008/10)



by yomodalite | 2009-04-15 15:30 | 歴史・文化:美術 | Comments(0)

花宵道中/宮木あや子

花宵道中 (新潮文庫)

宮木 あや子/新潮社



R‐18文学賞は、応募者も女性限定、選考委員の作家や下読みにあたる編集者も女性のみという、性について描かれた小説全般を対象にする新潮社が主催する公募新人文学賞。気になる歴代審査員は光野桃、山本文緒、角田光代、唯川恵という賞の趣旨との相性が期待できる人選。本著は、山本文緒、角田光代両氏が審査員時代の2006年、第五回の大賞と読者賞の両方で受賞した作品です。

著者の宮木あや子氏は歴代受賞者のなかでも、特に評判が高いようなので、興味津々で読んでみたところ、まったく予想以上の作品で驚きました。

まずは、性交や性技に関する記述が満載なので、電車の中では読まない方がよろしいかと思われますが、それは隣の方に覗き見られたら恥ずかしいという文面だからではなくて、あくまで諸姉諸嬢のみなさまのお召物を心配してのご注意です。では、そのような描写以外に価値がないかと申せば、それがなくとも「極上品」であるところが、なんとも驚きなわけです。

「花宵道中」「薄羽蜉蝣」「青花牡丹」「十六夜時雨」「雪紐観音」という5つの短編集ですが、いずれも山田屋という小見世の遊女たちの物語で、5編を通して読み進むことによって、遊郭の人間模様がより立体的に、切なさも極まっていきます。

著者は1976年生まれの33歳なのですが、改行によるページ稼ぎなどが一切なく、本の厚み以上の濃い内容なので、時代小説好きの壮年男性も充分楽しめると思います。

同じく吉原を描いた直木賞受賞の松井今朝子氏の『吉原手引草』と読み比べたくなりました。

また、こちらは、電子書籍のサイト「デジコミ新潮」
http://www.ebookjapan.jp/shop/title.asp?titleid=12778

で、立ち読みやデータ購入も出来て、単行本よりお安いようですが、
単行本装幀の方が遥かに素敵ですし、再読に叶う作品なので、単行本購入の方が絶対オススメ。

★★★★★(満点。稀少なタイプの娯楽作品なので)
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【出版社 / 著者からの内容紹介】江戸末期の新吉原で、叶わぬ恋に咲いては散りゆく遊女たち。恋する男の目前で客に抱かれる朝霧、初見世に恐怖と嫌悪を抱く茜、自分を捨てた父に客と女郎として対峙した霧里、一生恋はしないと誓いながらもその衝動に抗いきれなかった八津……芳醇な色香を放ち、甘美な切なさに心が濡れる官能純愛絵巻。

【BOOKデータベース】吉原の遊女・朝霧は、特別に美しくはないけれど、持ち前の愛嬌と身体の“ある特徴”のおかげでそこそこの人気者。決して幸せではないがさしたる不幸もなく、あと数年で年季を終えて吉原を出て行くはずだった。その男に出会うまでは…生まれて初めて男を愛した朝霧の悲恋を描く受賞作ほか、遊女たちの叶わぬ恋を綴った官能純愛絵巻。第5回R‐18文学賞大賞&読者賞ダブル受賞の大型新人が放つ、驚愕のデビュー作。 新潮社 (2007/2/21)




by yomodalite | 2009-03-06 11:55 | 文学 | Comments(0)

辰巳八景 (新潮文庫)

山本 一力/新潮社




山本一力さんを読むのは今回がお初。大分前なんですが、書店の時代小説フェアと称する売り場で見た、一力さんの顔写真(文庫の著者近影と同じもの)がすごく印象に残っていました。というのも、私、お顔を拝見すると同時に「星座」を考え、大雑把にどんな人かという分類分けをするのが癖になっているのですが、一力さん、星座はわからないものの、お顔は「番頭さん」以外の分類を許さないまでの「番頭」顔ではないですか!

時代小説はあまり読んでいないのですけど、吉川英治、岡本綺堂、山本周五郎、柴田錬三郎、池波正太郎、藤沢周平、、、みなさん、商売向いてなさそうな方ばかりなのに、山本一力さんだけは前世でも「商人」という感じがするのは、私だけでしょうか?

結構大店の、お金のことはすべて任されています、という感じの上にも下にも信頼の厚い番頭さんのように「そろばん」の似合う、このお方は一体どんな小説を書かれているのか、興味を持ちつつも、ここは慎重に(?)、ざっくりと近所と言えなくもない「辰巳」を舞台にした短編集から、読んでみることに。

「永代橋帰帆」ではろうそく屋、「永代寺晩鐘」はせんべい屋と米屋、「仲町の夜雨」では不妊に悩む鳶のおかみが主人公ながら、当時の店賃や両替事情を詳しく語り、「木場の落雁」では米相場や商家と役人とのつきあいを、「佃町の晴嵐」では飛騨春慶塗の老舗横田屋、薬種問屋、船大工、材木商が登場し、弔慰金や架橋代、両替商の年利や運用益など、「洲崎の秋月」は三味線屋、「やぐら下の夕照」では飛脚の隆盛と不景気による危機への対処、「石場の暮雪」では、金・銀貨から通過への移行(天保通宝)、絵草紙作家と版元など、江戸を彩る商いの利益のツボを明らかにしていて、著者の「商売好き」な特徴が良く出ています。

それぞれの主人公である、せんべい屋の娘おじゅん、鳶頭の妻おこん、大店に行儀見習に上がった大工の娘さくら、仲町の医者、辰巳芸者、女履物職人などの心情を、ここまで金銭を絡めて著わした小説はめずらしいように思います。

人情ドラマを期待する向きには、多少物足りないかもしれませんが、人情以外の部分の筆の乗りに著者の長所が良く出ているなかなか面白い短編揃いです。

★★★☆

ただ一点疑問を呈せば、「洲崎の秋月」で、木場の材木商のお座敷に呼んだ辰巳芸者が全員黒羽二重の羽織を着ているというのは、どうなのかな〜。長唄の師匠に対する礼儀かとも思うけど、筆頭芸者以下すべてが「羽織」というのは、辰巳芸者=羽織芸者という著者の通念からきているのではないでしょうか。浜町や柳橋芸者が、辰巳芸者を「たかが羽織芸者」と見下しているあたりも、かなり疑問です。深川町人である著者ゆえの誤解ではないかな〜(?)

それと、本著は唐仁原教久氏のイラストによる文庫の装幀の方が格段にイイですね。
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【BOOKデータベース】八幡様に朝日がのぼり、大川端に夕陽が沈む。元禄、天明、文化、天保、時代は移るもそれは変わらず、お天道様が見守る下で、様々な人生が織り成されていく。ろうそく問屋のあるじ、茂助の悔い。煎餅屋の娘、おじゅんのかなわぬ恋。辰巳芸者、厳助の意地…。江戸は深川、辰巳に花咲く、八つの人情物語—一力節全開の名短編集。 (単行本当時)

手をつないだわけでもない。好き合っていたのかもわからない。それでも祝言を挙げると知ったあの時、涙がどうしても止まらなかった…。遠い日の思い人と再会する女性の迷いと喜びを描く「やぐら下の夕照」。売れない戯作者がボロ雪駄の縁で一世一代の恋をする「石場の暮雪」。江戸深川の素朴な泣き笑いを、温かで懐かしい筆が八つの物語に写し取る。著者の独壇場、人情の時代短編集。 新潮社 (2007/9/28、単行本初版2005/4/21)



by yomodalite | 2009-03-04 13:19 | 文学 | Comments(0)
f0134963_13512869.jpg国立公文書館勤務で近世の著作多数の氏家氏の著作は今回が初めて。謎だらけの「大奥」の実態を数少ない文献から真実の一端を探った本著はドラマなどの印象とは一味異なる「大奥」の世界を垣間見せてくれる。著者の語り口も学者的なものでなく軽い話口調で読みやすい。(ただしオヤジ臭は強いかも?)
★★★☆

参考サイト→「放蕩娘の縞々ストッキング!」
by yomodalite | 2009-01-19 13:52 | 歴史・文化:美術 | Comments(0)

きもの草子/田中優子

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江戸文学者の田中優子氏によるきもの本には、日本でもアジアでも布が宝石のように大切にされ、親から子に伝わるものだったこと、そして今でもアジアにはそのような習慣をもち続けている人々がいて、布との暮らし、布の生命を味わうという想いがつまっている。

江戸の「布」が、実はアジアからのもので、江戸好みの布が現在もアジアで発見できること、父親の袴から作った帯や、若い時のきものを、自分とおなじように老いさせていく方法など。

着物を着始めたときに「買わない」ことを決めた著者の工夫も、学者らしい布の歴史や時代を辿る文章も興味深く、コラムは、着物の手入れ方法などの日常的知識もためになる。著者のコーディネートも、他ではあまり見られないセンスで刺激を受けた。

読みどころも、見どころも、盛りだくさんな一冊。

【目 次】
一月 「謡初」(うたいぞめ)ー宝尽くしの父の帯
二月 「雨水」(うすい)ーアジアの風
三月 「貝寄風」(かいよせ)ーひとめぼれ
四月 「花曇り」(はなぐもり)ー桜の生命をまとう
五月 「立夏の空」ー江戸からインドへ
六月 「紫陽花」(あじさい)ーきりりと締まる母の帯
七月 「白南風」(しらはえ)ー沖縄の布の手触り
八月 「盆の月」ーそれを破って秋の雷
九月 「白露」(はくろ)ーアジアの星
十月 「秋の蝶」ー老いるということ
十一月 「小春」ー木綿のぬくもり、縞の粋
十二月 「一陽来復」(いちようらいふく)ー福は丸く

【コラム】
・着こなしについて/衿のこと
・着物をなでる・たたむ
・着こなしについて
・色のコーディネート
・自慢?の小物
・雨の日
・夏の着物
・下着
・着物の手入れ
・着物の手入れ/衿
・髪・化粧・飾り
・人にしてもらう、してあげる

◎[参考サイト]遊女 あそめ
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[MARCデータベース]江戸文学者らしく、キリリとした好みで選んだ小粋な着物や帯の柄。聞くも楽しい蘊蓄や思わぬ発見が飛び出す着物読本。2004年1月から12月まで『なごみ』に連載したものをまとめる。淡交社 (2005/04)



by yomodalite | 2008-11-28 09:31 | きもの | Comments(0)

残されたる江戸 (中公文庫)

柴田 流星/中央公論社




次回、田中優子氏の著作で一応「辰巳芸者」の件は終了の予定ですが、この本も江戸の芸者のことが気になって読んでみた本です。

1990年の中公文庫ですが、初版は明治44年、失われてしまった江戸を愛惜を込めて描いた柴田流星は作家で翻訳家でもあったらしいのですが、これが90年に文庫で復刊されたのは、たぶん挿絵を書いた竹下夢二によるところが大きいでしょう。

夢二は当時、江戸川に住んでいたらしく、この本の出版後、銚子にお島を訪ね「宵待草」が生まれたらしい。この挿絵は、明治42年に出版物が次々とヒットして、夢二全盛の兆しが見えていた時代なんですが、残念ながら、この本の「江戸川朝歌」という変名での仕事は、夢二の大正ロマンのスタイルとは異なっていて、気軽にペン?1本で書かれたもの。

とりあえず、芸者に関しての箇所のみ少し書き出してみます。

為永春水の作に次の如く書いてある。
「・・・・・上田太織の鼠の棒縞、黒の小柳に紫の山繭縞の縮緬を鯨帯とし、下着は、お納戸の中形縮緬、お高祖頭巾を手に持ちて乱れし鬢の島田髷・・・・・」

また、ソレシャ社会の驕奢を穿って、同じ人がこうも書いている。

「・・・・・極上誂織の白七子をお納戸の紋付に染め、江戸褄模様に翻れ梅、紅白の上絵彩色銀糸にて松葉を散らしに縫わせ・・・・英泉の筆意を頼み、下着は縮緬鼠のさや形、帯は花色勝山に色糸を以て阿蘭陀模様を堅縞の如く縫わせたらば類なくてよかろうか。黒の呉絽服に雨竜の飛び飛杉を菅ぬいにさせたらば如何だろう。


為永春水(1790〜1844年)は江戸後期の戯作者で、1842年に風紀を乱したとして「手鎖の刑」に処されているので、この描写は江戸の最後期の辰巳芸者の驕奢ぶりを表現していると思われます。

尚、本著は下記のサイトで読めます。↓

残されたる江戸/柴田流星
http://www.aozora.gr.jp/cards/000342/files/2391_18586.html
______________

【BOOKデータベース】夏祭り、風鈴と釣忍、薮入と閻魔、渡し舟、五月場所、苗売り、菊と紅葉、丑べに、筍めし、八百善料理、歳の市、浅草趣味、常磐津、清元、歌沢、江戸ッ児の教育などなど—。江戸の名所名物、年中行事、物売り、気質など、失われゆく江戸を明治人が愛惜をこめて綴る。明治という、江戸の面影が未だ色濃く残されている時代に纒められた資料生ゆたかな、明治版“江戸案内”。竹久夢二挿画十五葉入り。中央公論社 (1990/06)




by yomodalite | 2008-11-13 22:09 | 歴史・文化:美術 | Comments(0)
浮世絵のきもの[1]「ボストン美術館 浮世絵名品展」
浮世絵のきもの[2]「ボストン美術館 浮世絵名品展」

上記の続きなんですが、、、辰巳芸者の件です。

いろいろ嗅ぎ回っているのですけど。。。
辰巳芸者への疑問は、目一杯膨れ上がっていて、何から手をつけようか混乱しています。
鼠色系の着物に、羽織、素足が3拍子揃った「辰巳芸者」が浮世絵に見つからないということは、単純に考えて、それぞれが時代が異なる辰巳芸者の特徴だったのではないか?と考えられないでしょうか? 

深川は明治維新後も「江戸」の雰囲気を残し、花街としては吉原に次ぐ歴史が長い土地ですから、もしかしたら、「江戸の粋」というコピーだって、明治以降の深川が作った可能性もないとは言えません。

辰巳芸者の特徴を考える上で、対比される吉原芸者はどうだったか?というと、

吉原芸者は、吉原の大衆化が進む中で芸能の流行に与ることのできなくなった遊女のヘルプとして郭と契約を結んだ者で、遊女の職分を侵さないように服装には、細かい規則が設けられていた。(そうした芸者の監督所が創設されたのは1779年)

・白襟無地の紋付の小袖に、縫いのない織物の帯を「後結び」。
・裾まわしを「紺」にして、襦袢を着ない。
・縮緬の白の蹴だしを巻いて素足。
・頭は島田で、平打の笄(こうがい)1本、櫛1枚、簪1本。


同時期の吉原遊女は、花鳥山水の図案の打掛けに総縫いの上着と無垢の下着、頭の上は小間物屋と言われるぐらい派手だった。ともありますが、とにかく吉原芸者も「素足」です

例えばこの絵。


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鳥居清長/当世遊里美人合(1783年)




この絵は、芸者の服装の規則が出来て4年目後の絵ですが、左から2番目の女は、帯を前結びにしているので遊女と思われますが、頭に扇子を翳しているので、飾りがはっきり見えないのですけど、全員あまり髪飾りに変化はありません。

一番左と、右から3番目は着物も襦袢というか蹴りだしが明らかに地味ですが、右から3番目の女は、遊女と同じく襟がピンク。一番右は、襟は白で、帯も着物も地味ですが、蹴りだしだけではないようにも見えまた足は全員「素足」です。


更にこの絵。

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鳥居清長/雪月花美通の色取「雪」(1784年)



ボストン美術館カタログの解説によれば、モデルの社会的階層ははっきりせず、普通の中流家庭のようにも思われるが、煙草を吸う情景は「浮き世」と関連づけられることが多く、また黒い衣装の女と、それ以外の二人の衣装に階層の違いが感じられるが、使用人の態度には見えないので、芸者と世話役にも見える。という二つの解釈がされています。

このような振袖を着ているのは、まだ一人前の芸者ではない禿かと思っていたけど、この芸者は赤ん坊の母親であるように見えるし、この2年後の清長の「日本橋の往来」の裕福な商家の娘の振袖姿とどこが違うのかよくわからない。

江戸時代は、身分制度を守るためにやたらと服装の差別化にうるさいのですが、守られていない故に何度も厳しく規範を作ったとも考えられます。

で、辰巳芸者なんですが、「江戸の粋=辰巳芸者」という疑問にこだわっていますので、まず全盛期と考えられる時期を特定してみましょう。

ウィキペディアの辰巳芸者には、

深川は明暦(1655年から1657年)ごろ、主に材木の流通を扱う商業港として栄え大きな花街を有していた。商人同士の会合や接待の場に欠かせないのは芸者(男女を問わず)の存在であったために自然発生的にほかの土地から出奔した芸者が深川に居を構えた。その始祖は日本橋の人気芸者の「菊弥」という女性で日本橋で揉め事が会って深川に居を移したという。


とあります。吉原が浅草裏に移転する1656年頃とほぼ同じくして深川が花街として栄え始めたということですね。

↓こちらで、下記のような羽織芸者の諸説が紹介されています。
「御服屋」歴史編7 女物の羽織

・もともと芸者というのは男の仕事で、男芸者すなわち幇間(たいこもち)がひいきの旦那衆から羽織を頂くという習慣が残って女性ではあるが羽織を着る習慣があったといいう説

・江戸時代の官許の郭は吉原だけですが吉原の芸者が羽織を着ることが禁じられていたので 向こうを張って羽織を着たという説

・14,15才ごろの若い芸者をお客が男装させて船遊びに連れ出したことから始まるという説。現在でも深川髷という独特の男髷で芸者衆が祭りに参加する事がある。

・女性が派手な格好をして町を歩けば風紀を乱すというお上に対抗したという説


尚、女性の羽織については1748年と1841年に着用禁止のお触れが出されていて、女性は羽織を着る事ができなくなったようです。
ちなみにこの時代の幇間というのは、現在イメージする騒々しい世辞を言う印象とは異なり、宴席を影で支えるために自らの存在を消し、茶事の心得や床の間の花を生けるなど茶人そのものと言えるものだったそうです。

で、菊弥に関しては、こちら↓
「みんな知恵蔵」 朝日日本歴史人物事典の解説

江戸中期の踊り子(芸者)。江戸の人。享保末年,江戸日本橋芳町の踊り子であったが,追われて深川仲町に移り,小唄や三味線の師匠をする傍ら茶屋を開き,すっかり衰微していた岡場所(非公認の遊里)深川を踊り子の本場とし,吉原や品川に並ぶ繁華な遊里とする因を作った。江戸浄瑠璃の一派豊後節の流行に乗って,太夫が着用した黒羽織を愛用し,これが深川の踊り子の風儀となったため,深川の羽織芸者の最初の人として知られる。 (宇田敏彦)

太夫とは、浄瑠璃の語り手のことらしく、この菊弥が、深川芸者の芸は売っても身は売らずという建前を支えていた人物らしいですね。享保は1716年から1735年。「柳橋花街の発展が天保の改革(天保1830年から1843年)で門前仲町の芸者達が弾圧を逃れて、こちら側に次第に移る者があり。。。」とあるので、江戸深川芸者は1735年〜1843年に全盛期があったと思われます。

ただ、岩下尚史氏の『芸者論』によれば、深川が吉原を圧倒する勢いを見せたのは、文化年間(1804〜1818)とあるので、更に絞って1804〜1843年とします。『芸者論』には、更に驚くべきことが書かれていて、

本来は男にしか許されぬ羽織を着て、生意気にも足袋を履き、権兵衛名と称する男名前を名乗り、何かと言うと男嫌いのふりをして。。。

生意気にも足袋を履き...??なんと、辰巳芸者は足袋を履いていた!?

でも、辰巳芸者が浄瑠璃の豊後節を踊る「芸人」であったなら、そのほうが理屈にあっています。当時は白足袋といえば芸人ですし、また辰巳芸者が何かと張り合いたがるのは、白襟紋付の吉原芸者ではなく、江戸の芝居町で男たちに愛された陰間だったらしく、陰間茶屋が芳町、芝、湯島だったことなども下町芸者の発祥と関係が深そうです。当時の陰間は女装ではなく、美青年の色気で売っていたらしく、その美青年ぶりを真似た者が、羽織芸者と言われた頃の辰巳芸者だったのではないでしょうか。

その後の天保の改革で、特に歌舞伎役者は苛烈な差別を受け、衣服は身分を表すもので、めいめいの好みを表現することは階級制度の根幹を揺るがすという考えから、服装に対して厳しく取り締まろうとします。前述したように1748年と1841年に女性の羽織禁止令は、辰巳芸者の全盛時と重なり、辰巳芸者が「羽織」を流行らせていたからこその禁止令といえそうです。

また下記に、男羽織の説明があります。概ね黒の長羽織が流行っていたようです。
「御服屋」歴史編5 江戸時代の男性の服装

最初に「羽織」と呼ばれた全盛期(深川芸者の歴史は長いので第一次ブームと呼んだ方がいいのかもしれませんが)の辰巳芸者は、当時の歌舞伎役者などの「芸人」(男Z)を真似た衣装で、彼らの同じように「足袋」を履き、多分黒の長羽織で、その当時の着物は鼠色系ではなく、華やかな役者風だったのかもしれません。いずれにしろ、辰巳芸者が、吉原ともっとも異なっていたのは、男っぽさで、ファッションも「男装」が基本にあったのではないかと思います。(続く)

芸者論—神々に扮することを忘れた日本人』岩下尚史





by yomodalite | 2008-11-08 13:11 | きもの | Comments(4)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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