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山本七平著『無所属の時間』/秘密の原則より
要約のため大幅に省略して引用しています。


「国家秘密と裁判」の関係が問題になり、朝日新聞の論説は「″国家秘密″ も大切であるが ″公正な審理″ ″被告人の防御権″ もまた司法にとって極めて重要な問題である。その調整をどうするか。真剣に検討されねばならない問題であると考える」という結論になっている。

私がいつも疑間に感ずるのは、こういった種類の論説である。「真剣に検討されねばならない問題であると考える」なら、まず最初に、そう主張する人が、真剣に、検討の素材となる具体的一案(俗にいうタタキ台か?)を提出すべきではないのか。

確かに、真先に提出された試案には愚案が多い。しかし、その愚案があってはじめて検討がはじまるのだから、それをしないなら「よきよう取りはからえ」というお殿様の一言であっても「論説」ではない。「論」とは「殿のおことば」ではないはずである。

「外交はガラス張りでなければならない」という極論と「外交交渉に秘密がつきまとうのは当然で、自分の手の内を予め全部相手に知られてしまえば、交渉などできない(従って国家秘密は大切だ)」という反論があり、

この二つが何ら生産的な討論を行うこともなしに騒いだだけで消えた。

社説は「国家の秘密」の存在を認めており「全てガラス張り」でなければならぬと主張している訳ではない。

これは一つの進歩だが、過去においてはしばしば「一切秘密があってはならない」という極論が主張され、これが奇妙な逆作用となり「秘密がある事をも秘密にする」という弊害を生んだ。

実を言うとこれが「秘密」というもののもつ最大の弊害なのである。

従って「それから脱却できる第一歩」の提示という点では、この論説も評価されてよい。

では、そのように「国家秘密も大切であるが……」とこれを認めれば、それで十分なのか。そうは言えない。

国家は、認められた秘密の範囲を無限に広げて行き、広げることによって「秘密があることも秘密にしてしまう」であろう。

これでは「ガラス張り」を主張して「秘密を秘密にする」逆作用を誘発し、それによって、一見、秘密がないように粧うという最悪の状態と同じ結果を招来してしまう。

従って、いずれをとっても、問題の解決にはならない。

それが外交問題に関連しようと、公正な審理に関係しようと、またそのいずれにも関連しない場合であろうと、秘密というものは、常にかくかくしかじかの取り扱いをすべきだという原則が確立されねばなるまい。

では秘密はいかに扱うべきか。

原則の第一は「公然の原則」である。

秘密は公然と秘密にし、秘密であることを秘密にしてはならない、
という原則である。

この原則は、少なくとも西欧圏では、個人・組織を問わず確立しているように思われるが、日本では非常にあやふやである事は否定できない。例えば我々は簡単に「知りません」とか「存じません」(アイ・ドント・ノゥ)とが言う。

この場合、そう言った相手が本当に「知らない」のか、知っているが「言明しない」と言っているのか、我々の社会では明らかでない。というのは「ノゥ・コメント」(言明しない)という言葉がないからである。

「ノゥ・コメント」は「知っていようが、知っていまいが、それについての言明を拒否する」ことであり、従って「知っている」とも「知っていない」とも言っていないわけである。

いずれにせよ、その件はその人の秘密だが、彼は、それが秘密であることは、公然と言明しており、そして、人には「秘密であることを言明する権利」があること、そしてこれを侵害する権利はだれにもないことを、社会が当然のこととして認めているわけである。

これが日本にはない。

従って戦犯裁判の時など、つい「日本的」な意味で「知りません」といい、後で知っている筈だという証拠を突きつけられて偽証罪になった例がある。これを偽証とするなら、政府の国会答弁などは偽証の連続となるかもしれない。従ってまず秘密は公然と秘密であると言明する慣行の確立が第一であろう

第二の原則は「期間と範囲の明示」という原則である。

いわば、秘密であることを秘密にしておいて、闇から闇へ永久に葬ってしまってはならない、ということであって、秘密は、それを秘密にする必要がなくなったら、一切を、資料として明示する義務を負うということである。

範囲とは、その秘密がどの部分に属するかの明示である。

沖縄返還協定に秘密の取り決めがあったのなら、それが軍事的か経済的か、または単なる手続上の問題か、あるいはまた自分の方の問題でなく…たとえば…相手方の…問題への配慮か、といった範囲は、いわば、消去法の形で明示すべきである。

これはある点を「ノゥ・コメント」ということによって、おのずと明らかになる。そして、明示した秘密の範囲以外には、一切、秘密があってはならない。

細かい点を省略すれば大体、以上が原則であろう。





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by yomodalite | 2014-04-17 08:38 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

「虚報」とは何か

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山本七平著『私の中の日本軍(上)』より
要約のため大幅に省略して引用しています。

「虚報」とは、発表された部分と事実とにどれだけの誤差があったかという問題でなく、入手した情報のうち、どれを発表し、どれを隠し、その隠した部分をどう処置したか、発表部分をどれだけ粉飾したか、という問題である。

虚報と報告の正確度は別だという事は、極端な例をひけば誰にでも理解できる事である。例えば前線から「敵に与えたる損害左の如し」というような報告が来る。そして戦後、この報告を調べてみたら一分一厘の誤差もなかったとする。

しかし、もし報告がこれだけなら、誤差がゼロでもこれは虚報なのである。

なぜなら「我が方の損害」がきれいに脱落しているからである。

従って発表された部分をどれほど丹念に事実と照合しても、虚報の証拠の何一つ出て来ないのが当然なのである。

問題の焦点をこちらへすり替えれば「見たまま、聞いたまま」であることは確実に証明できるから、絶対に「虚報の責任」は免れうる。

入手した情報の一部を故意に欠落させ隠蔽するだけでなく、その部分を、情報の受け手に無意識のうちに創作させるのである。

その時代には、その時代の常識と社会的通念とがある。当時の日本人には連合艦隊というイメージがあり、また近海まで敵艦をおびきよせて一挙にこれを全滅させた「日本海海戦」という記憶があった。

そしてこの常識や通念が、潜在的願望や希望的観測といっしょになると、情報のうち隠された部分を、無意識のうちに創作しておぎなってしまうのである。

「虚報」とは

「入手した情報の一部、特に最も重要かつ不可欠の部分を故意に欠落させて発表し、その部分を、情報の受け手が無意識のうちに創作して捕うよう誘導する報告もしくは報道をいう」と定義してよいと思う。


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by yomodalite | 2014-04-05 10:01 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)
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山本七平著『ある異常体験者の偏見』アントニーの詐術より、
要約のため大幅に省略して引用しています。



「扇動」とは何であろうか。

扇動は何も軍隊だけでなく、日本だけでなく、また現代だけのことでもない。

「扇動」は外部から見ていると、何かの拍子に、何かが口火となって、全く偶発的にワッと人が動き出すように見えるが、内実はそうではない。

「扇動」には扇動の原則があり、扇動の方法論があって、この通りにしさえすれば誰でも命令なくして人を動かし、時には死地に飛び込ます事ができるのである。

原則は非常に簡単で、まず一種の集団ヒステリーを起させ、そのヒステリーで人びとを盲目にさせ、同時にそのヒステリーから生ずるエネルギーがある対象に向うように誘導するのである。

これがいわば基本的な原則である。
ということはまず集団ヒステリーを起さす必要がある。

この方法論はシェークスピアの『ジュリアス・シーザー』に出てくる、
扇動された者の次の言葉である。


(市民の一人)「名前は?正直にいえ!」
(シナ)「名前か、シナだ、本名だ。」
(市民の一人)「プチ殺せ、八つ裂きにしろ、こいつはあの一味、徒党の一人だぞ。」
(シナ)「私は詩人のシナだ、別人だ。」
(市民の一人)「ヘボ詩人か、やっちまえ、へボ詩人を八つ裂きにしろ。」
(シナ)「ちがう、私はあの徒党のシナじゃない。」
(市民の一人)「どうたっていい、名前がシナだ……」
(市民の一人)「 やっちまえ、やっちまえ……」


こんな事は芝居の世界でしか起らないと人は思うかも知れない――しかし「お前は日本の軍人だな、ヤマモト!憲兵のヤマモトだな、やっちまえ、絞首台にぶら下げろ!」「違います、私は砲兵のヤマモトです、憲兵ではありません」「憲兵も砲兵もあるもんか、お前はあのヤマモトだ、やっちまえ…」

といったようなことが、現実に私の目の前で起ったのである。

扇動というと人は「ヤッチマエー」「ヤッツケロー」「タタキノメセエー」という言葉、即ち今の台詞のような言葉をすぐ連想し、それが扇動であるかのような錯覚を抱くが、実はこれは「扇動された者の叫び」であって「扇動する側の論理」(?)ではない。

すなわち、結果であって原因ではないのである。ここまでくればもう扇動者の任務は終ったわけで、そこでアントニーのように「……動き出したな、……あとはお前の気まかせだ」といって姿をかくす。

扇動された者はあくまでも自分の意思で動いているつもりだから、

「扇動されたな」という危惧を群衆が少しでも抱けば、その熱気は一気にさめてしまうので、扇動者は姿を見せていてはならないからである。

もっとも、指揮者の場合は、大体この「叱咤・扇動型」が「教祖型」の仮面をかぶるという形で姿をかくす。従って、扇動された者をいくら見ても、扇動者は見つからないし「扇動する側の論理」もわからないし、扇動の実体もつかめないのである。

扇動された者は騒々しいが、
扇動の実体とはこれとは全く逆で実に静かなる論理なのである。

これは『シーザー』の有名なアントニーの演説を子細に読まれれば誰にでもわかる。そこには絶叫や慷慨はない。

彼は静かに遠慮深く登壇し、まずシーザーの死体を見せる。
そして最後をシーザーの「遺言書」で結ぶ。

いわば「事実」で始めて「事実」で結ぶ。

この二つの「事実」の間を、一見まことに「静かで遠慮深い問いかけ」を交えつつ、あくまでも自分は「事実」の披露に限定するという態度をとりつづけ、いわゆる意見や主張をのべることは一切しない。


(引用終了)



下記は、山本夏彦氏の名言より

汚職は国を滅ぼさがないが、正義は国を滅ぼす

嫉妬は常に正義に変装してあらわれるから、正義と聞いたら用心したほうがいい




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by yomodalite | 2014-03-14 09:33 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)
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山本七平著『私の中の日本軍(下)』最後の言葉より

(省略して引用しています)


「南京大言殺」がまぼろしだという事は、侵略が正義だという事でもなければ、中国にそしてフィリピンに残虐事件が皆無だったという事ではない。

それは確かに厳然としてあった。

それを正当化することはまず、本当にあった事件を隠してしまうだけであり、犠牲者がいるとなると、今度はこういう犠牲者に便乗して、本当の虐殺事件の張本人が、ヌケヌケと自分も戦争犠牲者だなどと言い出すことになってしまうからである。

虚報に虚報を上塗りし「百人斬り競争」を「殺人ゲーム」でなぞっていると、そういう全く不毛の結果しか出てこないのである。

南京大虐殺の「まぼろし」を追及された鈴木明氏のところへ「反省がない」といった手紙が来たそうだが、この世の中で最も奇妙な精神の持主は、そういった人びとであろう。

反省とは自分の基準で自分の過去を裁くことのはず。

あくまでもその人の問題であって、他人は関係はない。まして国際情勢も中国自体も関係はないはずである。両国の間が友好であろうと非友好であろうと、そんなことによってその人の反省が左右されるはずはあるまい。

いま「反省がない」といって決め付けているその人が、真っ先にまたその「時代の旗」を振るであろうことは、浅海特派員のその後の経歴がすでに証明していると言ってよい。


「週刊新潮」には次のように記されている。

便乗主義者にとって最もやっかいな相手は、自分自身の言動なのであった。

最後にもう一度、浅海氏が発言を求めてこられたので加える。

「戦争中の私の記者活動は、軍国主義の強い制圧下にあったので、当時の多くの記者がそうであったのと同じように、軍国主義を推し進めるような文体にならざるを得なかった。そのことを私は戦後深く反省して、新しい道を歩んでおるのです」


これが「反省」なのか、これが「反省」という日本語の意味なのか。「懺悔」という言葉もさかんにロにされた。

しかしこの言葉が、『罪と罰』にあるように「四つ辻に立って、大声で、私は人を殺しましたという」といったことを意味するなら、この「百人斬り競争」という事件だけをとってみても、一体全体どこに懺悔があるのか。

私は虚報を発して人を処刑場へ送りました、といった人間が、関係者の中に一人でもいるのか。もしいれば、それは懺悔をしたといえるであろう。

だが、そういうことは、はじめから関係者のだれの念頭にもない。

それどころか、虚報をあくまでも事実だと強弁し、不当に処刑場に送った者の死体を自ら土足にかけ、その犠牲者を殺人鬼に仕立てあげているだけではないか。

それは懺悔とは逆の行為であろう。

また本多勝一記者の「殺人ゲーム」を読んで、多くの人は「こういう事実を全然知らなかった」と言った。そういっているその時に、まだその人自身が、

実は自分が何の「事実」も知っていないことになぜ気付かないのか。

「百人斬り競争」を事実だと信じた人間と、「殺人ゲーム」を事実だと信じた人間と、この両者のどこに差があるのか。

自分が無実で、虚報で処刑されることは、その本人たちがだれよりもよく知っている。そしてそれゆえに、余計にどうにもできなくなる。何を言っても、何をしても無駄だという気になってしまう。

法の保護も、身を守る武器も、そして最後には自分の精神さえ。
しかし、そのとき、はじめて人は気づくのである。

すべて奪われても、なお、自分か最後の一線で渾身の力をふるってふみとどまれば、万人に平等に与えられている唯一の、そして本当の武器がなお残っていること。

それは言葉である。
自分で捨てない限り、これだけはだれも奪うことはできない。





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by yomodalite | 2014-03-11 08:38 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(3)
松岡正剛氏は、わたしの十代の頃からのアイドルのひとりで、今も、追っかけたくなる気持ちを考えると、もしかしたら、一番長い期間、萌えている方なんですが、、

でも、ここ数年、松岡氏のお仕事は、リンクしている「松岡正剛の千夜千冊」というブログをたまに見るぐらいで、著書は、去年の春頃に読んだ『日本という方法—おもかげ・うつろいの文化』に、久しぶりに感動して以来。

松岡氏は、わたしに、初めて古本屋に行く楽しみを教えてくれた人で、これまで、まったく知らなかった類の本や、氏の編集による、伝説的な雑誌『遊』や、杉浦康平氏が造本した本を、1冊づつ買い揃えて行ったり「本屋」に行くことを、すごく楽しませてくれた方だったんですが、近頃はネットショップばかり利用していて、「松丸本舗」は、そんなに遠くないにもかかわらず、なんだかキレイ過ぎるせいもあって、一度行ったきりで、忘れていたんですけど、

今後、わたしは、この本に紹介されている本を中心に、読書していくことにします!!!

今までに、何度も、古典を読まなきゃとか、思っているんですけど、やっぱり、松岡氏のブックガイドが、わたしにとって、一番の道しるべだと思う。

橋本治氏、内田樹氏、小室直樹氏、副島隆彦氏は、それぞれ、むずかしいことを、わかりやすく、わたしに、説明してくださった方々なんですが、松岡氏は、個別の作家、著作だけでなく、膨大な本の海を前に、地図のように、道筋を示してくださる先生で、

それゆえ、これまで紹介されて、読んだ本の中には、全然理解できなかった本も、かなり多いんですが(苦笑)、ただ、よくわからなかった本に対して、あとから、松岡氏も、難しかったんだなぁってことがわかると、「やっぱり、そうだよねっ!」て感じで、すごく安心できるんですよね(笑)

本書には、佐藤優氏との、すごく面白い対談も納められているんですが、そこでも、佐藤氏の『日米開戦の真実−大川周明著「米英東亜侵略史」を読み解く』という本を、とんでもないと思った(←よくわかんなかった言ってる例)とか、

山本七平氏の『現人神の創作者たち』に対しても、こんな風に解説してくれるのは、松岡氏以外にはいないと思う。

(「千夜千冊」より引用)……こうして、山本七平は「歴史の誤ちを糺す歴史観」と「ありうべき天皇像を求める歴史観」とが重なって尊皇思想が準備され、そこから現人神の原像が出てきたというふうに、本書を結論づけたようだった。
 

「ようだった」と書いたのは、本書は後半になって組み立てが崩れ、江戸の歴史家たちによる赤穂浪士論をめぐったままに閉じられてしまうからである。


徳川時代の後半、朱子学や儒学の思想は伊藤仁斎と荻生徂徠の登場をもって大きく一新されていく。陽明学の登場もある。また、他方では荷田春滿や賀茂眞淵や本居宣長の登場によって「国学」が深化する。

本書はこのような動向にはまったくふれず、あえて江戸前期の「尊皇思想の遺伝子」を探索してみたものになっている。
 

このあとをどのように議論していくかといえば、いまのべた徂徠学や陽明学や国学を、以上の「正統性を探ってきた試み」の系譜のなかで捉えなおし、さらに幕末の会沢正志斎らの「国体」の提案とも結びつけて見直さなければならないところであろう。
 

山本七平はそこまでの面倒を見なかったのだが、それがいまもって丸山真男と山本七平を両目で議論できるホリゾントを失わさせることになったのである。
 

が、ぼくとしては冒頭で書いたように、そこをつなぐ研究が出てこないかぎり、われわれはいまもって何か全身で「日本の問題」を語り尽くした気になれないままになってしまうのではないか、と思うのだ。(引用終了)


松岡氏の魅力は、ある種の権威にも関わらず、著書にも、著者にも、ずっと謙虚さを失われないところだと思います。そういったところが、

『日本という方法—おもかげ・うつろいの文化』の、魅力に繋がっているんですよね!

で、ここから、本書の内容なんですが、

松丸本舗の内臓とされる「本殿」は7つあって

「遠くからとどく声」
「猫と量子が見ている」
「脳と心の編集学校」
「神の戦争・仏法の鬼」
「日本イデオロギーの森」
「茶碗とピアノと山水屏風」
「男と女の資本主義」

タイトルから、内容が想像しにくい「遠くからとどく声」には、少年少女文学と少女マンガと、SF、漢詩、幻想文学、短歌・俳句など。。

松丸本舗の洋服とされる「本集」は、2つで

◎再編する市場と政治
◎たくらみの方法

「たくらみの方法」は、社会の出来事を考えるための方法に迫る本が納められています。

その他、「造本」「本家」「懐本」「本相」の棚があり

「本相」には、セイゴウ式勝手相場」と名付けて、独断と偏見で、ある本を絶賛したり、がっかりしたり……名作に心震わせるのも読書の楽しみではあるけど、タイトルや文章に騙されて失望するのも読書の恋愛術なのだ。なんて、またまた、憎いことを。。。

対談は、上記の佐藤優氏以外に、東浩紀氏との対談「僕たちは今、“ライプニッツ的世界”を生きている」も。デジタル時代の本格的到来が「本との生活をどう変えるのか?というテーマ。

棚写真と平行した解説では収まらなかった分は、より深くセイゴオ・ワールドを味わうための「お薦め本」として、驚異の松岡式チェーン・リーディングを紹介。

とにかく、見応えも、読みごたえも、スゴ過ぎる、最強ブックガイド!!!
特に、松丸本舗が、お近くにない人は、買うしかないです。

◎松岡正剛の書棚|特設ページ|中央公論社

◎本たちの息吹き(文中リンクも必読)

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[BOOKデータベース]あの「千夜千冊」が本屋になった。書店初のセレクトショップ、松丸本舗を解説。中央公論新社 (2010/07)





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by yomodalite | 2010-11-09 08:46 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)

裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか (Non select)

山本 七平/祥伝社




天皇に関する著書の多い著者ですが、その中でも本著は決定版という印象。含まれていないのは、皇室の財産に関する話題のみ。


■第一章/天皇の自己規定〜あくまでも憲法絶対の立憲君主

■第二章/天皇の教師たち(1)〜杉浦重剛(倫理〜英で化学を学んだ経歴)、服部広太郎(博物)※天皇は強い親英米仏感をもち、独伊を信頼していなかった。  

■第三章/「三種の神器」ー道徳を絶対視しつつ、科学を重んじる杉浦の教育方針

■第四章/天皇の教師たち(2)ー歴史担当・白鳥博士の「神代史」観とその影響(神話や皇国史観をどう考えられたか〜日本に「歴史学」は存在しなかった〜博士は「神代史」をどう解釈したか〜「神代史」研究に国学者が果たした役割〜明治における「神代史」研究の状況〜博士は、信念のままに御進講出来たか〜天皇はその講義にどう反応されたか〜敗戦国に待ちうける皇室の運命

■第五章/「捕虜の長」としての天皇〜敗戦、そのときの未の処し方と退位問題

■第六章/三代目ー「守成の明君」の養成〜マッカーサー会談に見せた「勇気」はどこから来たか(重剛、天皇にロシア革命の真因を説く〜三代目・家光にみる「守成の勇気」〜かたくななまでに憲法を遵守する姿勢のルーツ〜天皇を「ロボット」と看做した人々〜帝国陸軍ー天皇に対し最も「不忠」な集団

■第七章/「錦旗革命・昭和維新」の欺瞞〜なぜ、日本がファシズムに憧れるようになったのか(ファシズムの台頭と、青年将校たちの憧れ〜「今の陛下は凡庸で困る」〜戦争制御における内閣の権限と、近衛の言い訳〜革命の狂気と総括〜相沢中佐の異常心理と「昭和維新」〜永田軍務局長惨殺が、「大御心」か〜憲法と歴史的実体との大きな乖離〜「青年将校」という新タイプの登場

■第八章/天皇への呪詛〜2・26事件の首謀者・磯辺浅一が、後世に残した重い遺産(決起将校の読み違いを招来した一事件〜事件勃発、天皇の決然たる対応〜真綿にて、朕が首を締むるに等しき〜天皇と磯辺との「心理戦争」〜「自殺するならば、勝手に為すべく」〜天皇を叱咤、怨嗟する磯辺の叫び〜真崎大将、陸軍首脳の腰抜けぶり〜2・26事件、最大の失敗〜磯辺が残した「重い遺産」

■第九章/盲信の悲劇〜北一輝は、なぜ処刑されねばならなかったか(北一輝の処刑は明らかに不当〜北一輝には「天皇尊崇の念」など全くなかった〜北が唱えた天皇の位置づけとは〜天皇自らが「天皇期間説」の信奉者〜機関説排撃がもたらした思わぬ影響〜「盲信の構造」なぜ、北が神格されたのか〜社会民主主義に共感を抱いたのは、“時代”だった〜「御公家かついで壇ノ浦」〜天皇機関説のどこが問題視されたのか

■第十章/「憲政の神様」の不敬罪〜東条英機は、なぜ尾崎行雄を起訴したのか(尾崎演説の何が東条首相を怒らせたのか〜「天皇と同意見だと不敬罪」の不思議〜近衛・東条の翼賛体制への痛烈な批判〜不刑罪ー刑にあらざる罪〜(中略)〜天皇ではなく、国民全体が“三代目”

■第十一章/三代目・天皇と、三代目・国民〜尾崎行雄が記した国民意識の移り変わりと天皇の立場(対中国土下座状態の一代目〜二代目ー卑屈から一転して増長慢〜浮誇驕慢で大国難を招く三代目〜システムと実体との乖離がもたらした悲劇
第十二章/立憲君主の“命令”〜国難近し、天皇に与えられた意思表示の手段とは(白川大将に示した、天皇の精一杯の“褒賞”〜木戸と近衛に対する天皇の差別〜5・15事件後の首相選定で示された強い「御希望」〜無視された天皇の「提案」と「御希望」〜陸相人事に見せた、天皇の警告的御希望〜高松宮・海軍中佐の「内奏」を無視〜「聖断」を未遂に終わらせた“もう一つの事件”〜(後略)

■第十三章/「人間」・「象徴」としての天皇〜古来日本史において果たしてきた天皇家の位置と役割(「文化的問題」としての天皇〜「記紀」入門のための、絶好のテキスト←※津田博士の公判記録は、『古事記』『日本書紀』について知りたい人の入門書として絶好のテキストである〜(中略)〜そもそも日本は平和国家であった〜(中略)〜天皇が中国型皇帝とならなかった5つの理由〜(後略)

■第十四章/天皇の功罪〜そして「戦争責任」をどう考えるか(歴史的功罪を論ずることのむずかしさ〜(中略)〜天皇の口を封じた近衛と軍部の策謀〜(中略)〜津田博士が指摘する「自然のなりゆき」〜「戦争責任」=「敗戦責任」としての考察〜(後略)

■終章/「平成」の遺訓(帝国憲法の改正に反対した美濃部博士)
_________

[MARCデータベースより]昭和天皇は、天皇であることをどう考え、どう「自己規定」していたのか。そのことが、昭和史における天皇の行動にどう影響したのか。立憲君主の苦悩をとおして昭和史の謎に挑む。平成元年に出版。1995年に文庫化(「昭和天皇の研究−その実像を探る」)、2004年に「裕仁天皇の昭和史ー平成への遺訓 そのとき、なぜそう動いたのか」と改題してソフトカバーの単行本として再出版。

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by yomodalite | 2007-03-24 20:30 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

ある異常体験者の偏見 (文春文庫)

山本 七平/文藝春秋



名著。戦争の資料にあたるときに、必ず読んでおくべき本。

■ある異常体験者の偏見
文芸春秋での新井宝雄氏の文章から、その発想と思考図式と、一方的断定ともいえる「軍人的断言法」の紹介

■軍隊語で語る平和論
将校が「皇軍」を連発し、兵隊が「ハッ」などと返事をする映画や小説をこっけいと感じる。軍隊内では皇軍とはいわなかった〜軍隊語は戦争語であった〜

■中国兵は強かった
「強大な武器をもった日本」などなかった。ユーザーは皆知っている。ユーザー以外に良心的技術者も知っていた。百人切りはありえない。

■アントニーの詐術
「アントニーの原則」の「三つの詐術」/(1)編集の詐術(2)問いかけの詐術(3)一体感の詐術

■悪魔の論理
商業左翼、商業軍国主義者〜「毛沢東の言葉を権威として引用して、他を律しながら」「毛沢東主義をもって自らを律しない」タイプの人は非常にこまる。

■聖トマスの不信
イエス復活を事実とするムードが盛り上がったとき、弟子のトマスは「イエスの手に釘後を見、自分の指をその穴に差し入れ、自分の手をそのわきに差し入れてみなければ、絶対に信じない」聖書は、このトマスの態度を少しも非難しなかっった。

■アパリの地獄船
「職業意識とは、非常識の別名である」〜「飢えの力」

■鉄梯子と自動小銃
「日本語では戦争はできない」

■マッカーサーの戦争観
「マックの戦争観」と「平和憲法」は絶対に相容れない。朝日ジャーナルは、「全国津々浦々に“東條”が存在した」というが、実際は「無数のマックさん」が健在で、この矛盾にふれると激怒する。

■洗脳された日本原住民
帝国軍人には「可能・不可能」を考える能力がなかった。占領下の言論統制やプレスコードの実態は不思議なほど一般に知られていない。マスコミ関係はこの問題をとりあげると必ず例外的な犠牲者を表面にたて、陰にかくれて、自分達は被害者であったという顔をする。

■横井さんと戦後神話
グアム島での新たな日本兵が現れたというニュースに「兵隊はみな天皇の声を知っているから、天皇の声を録音して放送したら出てくるであろう」という意味の横田さんの談話は、嘘である。兵隊は天皇の声など知らない。「戦後神話」は、戦後創作されたこ神話にすぎないことを最も知っているはずの人がなぜか「事実」と証言する〜「戦前の人間の生き方そのもの」

■一億人の偏見
 食料・石油を封鎖されれば、アパリの地獄船を再現、「是非」以前に「可能・不可能」を考えなければならない、こんなことを一生懸命言わなければならなかったことが、まことに不思議。戦争中に同じようなことを言っていたのに、終戦になると、ケロッと、「そんなことははじめからわかっていた」
その一つの原因は、ヴェトナム戦争における報道の歪みであろう。

●付1/森氏の批判に答える/新井宝雄(毎日新聞編集委員)
●付2/決定的な要素は人間である/新井宝雄
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【内容「BOOK」データベースより】「強大な武器を持っていた日本がなぜ中国に敗れたのか。それは偶然に負けたのではなく、負けるべくして負けたのである…」この発言にショックを覚えた著者が展開する一大論争。みずからの異常体験をもとに論理術のかぎりを尽して、日本人を条理に合う人間と合わない人間に峻別すべきことを緻密に証明してみせてくれる。文芸春秋読者賞受賞。

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by yomodalite | 2007-03-20 22:22 | 戦争・軍隊 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite