アンリ・ルルー henri leroux
相変わらず、バレンタインデーのときに買いまくった高級チョコを食いまくっていて、、、ロッテとか、森永とか、ましてやブルボンなんて、もう体が受けつけないみたい(嘘)
英国王室御用達 PRESTAT UK『桜庭和樹読書日記』で話題だった『トワイライト』。シリーズ第1作(邦題「トワイライトー初恋」2008年)を観てみた。
以前ちょっぴり観たときは、吸血鬼の高校生「エドワード」のメイクのあまりの青白さになんだか白けてしまって、最初の方でパスしてしまっていたのだけど、桜庭氏がハマったという事実と、吸血鬼ストーリーが「トワイライト」というタイトルなのは、やっぱり、どこか優れているような気がしてきたので、再挑戦してみたのだ。
「吸血鬼」をテーマにした作品は、欧米ではものすごく多い。日本と違って、同じテーマを、何度も繰り返して作品が創られていく「主題の国」である欧米では、夥しい数の「吸血鬼」「狼男」「ゾンビ」の作品群があって「血と肉」の文化なんだなぁと思う。
「PRESTAT」のお味は、英国レベルwwシネマ歌舞伎の
『天守物語』をきっかけに、泉鏡花の作品にハマっていたので、わかってしまったのだけどw、鏡花の世界から「水のエレメント」を省いた、血と薔薇の世界が「吸血鬼」で、両方とも選ばれた美しい種族による永遠の物語なんだけど、日本の「妖怪」はどうしても「血」ではなく「水」に絡む....
「水に流す」ということが出来るのは、日本人の長所であり短所だと、ユダヤ思想やキリスト教や、その他諸々欧米文化のことを考えているとよく思うけど、、やっぱり「水」に恵まれた日本に生まれて良かったって思ってしまうんだよね。。

『天守物語』は、鏡花の作品の中では、あまり「水」が関係していないだけでなく、どこか乾いた可笑しさがあるのだけど、あそこに登場する「獅子頭」は、その造形といい、なんだか鏡花ワールドの中で、浮いているというか、どうして「獅子頭」なのか、ずっとわからなかった。
『天守物語』には、龍があしらわれた兜も登場する。
獅子も、龍も、中国由来のものだけど、獅子舞と、龍舞は、それぞれどう違うのか。ドラゴンは元々架空の動物だし、形状からもなんとなくわかるけど、どうして動物の中で「獅子」だけが踊るんでしょう?
なぜ「獅子」は踊るのかとか、なぜ『天守物語』に獅子頭が登場したのか?が気になるかと言えば、「スムース・クリミナル」THIS IS ITヴァージョンのときの、MJの顔や、あのときの不適な笑みが「獅子」だって、前々から思っているからなんだけど....ww
エンデの『はてしない物語』と、MJの繋がりはよくはわかんないんだけど、、
『はてしない物語』と『天守物語』は、ちょっぴり似てるなぁって思ってて.....
エンデが『ネバーエンディング・ストーリー』の映画化のときに「幼ごころの君」役は日本の白装束を着た少女であるべきとか、ファルコンは、可愛らしいドラゴンではなく、中国の伝説の龍のような神秘的な存在にすべきと考えていた。っていうのは、なんとなくわかる。
◎ネバーエンディング・ストーリー(ウィキペディア)でも、映画の「ファルコン」が、ドラゴンじゃなくて、ライオンが混ざった感じになっているのも、なんか『天守物語』の獅子頭だなぁって思うんだよね。。。(ぶつぶつ...)
それと、
映画版の『天守物語』もやっぱり面白かった。舞台版で省略されていた、生首シーンとか、私の心の中の「天守」が具体的に構築されることに不安があったのだけど、始まってすぐに、
南美江さんが登場したら、もう、それだけで満足感でいっぱいになった...
南美江さん、家の天守wにも欲しいなぁ...
図書之助の宍戸開は、海老蔵より「当たり」かも。亀姫の宮沢りえも適役だし、、、ていうか、もう映画的にどうこうとか、そんなことどーでもいいぐらい『天守物語』が好きみたいw

言うまでもないけど、、玉三郎の天守夫人がサイコーだし、鏡花のセリフは、小百合さんがどんなに素敵でも、玉三郎以外では、
映画『Mishima』で、三島由紀夫の祖母役をやっていた加藤治子さん(1922年生まれ)ぐらいの年代じゃないと、あの喋り方と上品な夫人がマッチしないし。。。
それに、世界中で「ナチュラルに妖怪」なのは.... MJ以外では、玉三郎ぐらいだよねw『トワイライト』シリーズの続きも見て、
シネマ歌舞伎の『海神物語』も観に行こうっと。。
三越限定・ショコラコレクション・フランス
☆聴くだけで、ポケットにお金がいっぱい!♪I'm big time, yeah, yeah... 後で考えれば良くね?いつか頑張れば良くね?w...♫