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ウィラとエレノアの会話がイマイチ理解できないという感想を小耳に挟んだことがきっかけで、どんどん解説が長くなってしまったティーザー記事も今回で20本目。


◎初回記事「ヒストリー・ティーザーについての記事を紹介します」


世界で一番の有名人であり、かなりの読書家でもあるマイケルの『ヒストリー』を、読みやすい分量でまとまるような内容にしてしまったら、マイケルのHIStory(歴史観)や、HIStory(彼の物語)ではなく、マイケルを利用したストーリー(物語)になってしまう。そんなものはもうたくさん!と思っていただける方に共感していただけるようなものを目指し、ふたりが探してくれた内容から、さらによく見ることを心がけ、安易な物語や、主観を排除してきたつもりなんですが、そのことで、ますます理解しにくいのでは、というジレンマに苛まれ・・


ただ、自分なりに精一杯努力した、という気持ちも芽生えてきたので、そろそろ区切りをつけたいと思います。


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最後は、あの巨大な像を中心にして、なんとかまとめてみました


⭐️ ⭐️ ⭐️


HIStoryは、メディアによって繰り返し語られる嘘が、大衆の心に根を下ろして出来上がった偏見に満ちた物語(his story)を、彼自身の側から語った(his story)であり、彼の歴史観(history)だと言える。


『意志の勝利』の監督リーフェンシュタールは、ナチの世界観を反映しただけでなく、ナチスドイツを創造し、維持していくための神話を創り出そうとしましたが、マイケルがティーザーでやったことも、それと同じ。


ヒトラーは、「我々は、ひとつの国民にならなければならない。そして君たち若者が、その国民なのだ。階級による差別はない。君たちの中にそんなものがあってはならないのだ」と言った。それは純粋なドイツ国民でさえあれば、優性が与えられるというもので、疲弊した国民、特に若者たちに熱狂的な受け入れられた。マイケルの映像は、ヒトラーが期待感を煽り、欲求をかき立てるという点では似ているものの、彼はマッチョ的な要素なしに、その熱狂を作り上げた。


そして、そこには、ヒトラーの『意志の勝利』が引用されただけでなく、チャップリンの『独裁者』の最後のスピーチの映像化でもあった。マイケルは、チャップリンが演説した世界観を、その魅力的な「スマイル」とともに表現したのだ。


私は、長年それだけで十分納得したような気分でいた。でも、チャップリンの映画は、独裁者を床屋と同じ普通の人間として描いていて、スピーチのあとチャップリンが演じた男が、その後床屋に戻った姿も容易に想像できる。ただ、実際その後のチャップリンはそうではなく、『独裁者』はチャップリンへの世論を変え、愛すべきLittle Trampだった男は、アメリカを追われなければならなかった。


ヒストリーティーザーは、『独裁者』のあとのチャップリンの歴史をも内包し、インターナショナリズムや、反ナショナリズムが「非アメリカ人」として責められる大きな原因になることを覚悟し、また、演出にマイケルの意図が反映されていることが間違いないこの映像には、彼を崇める大勢の群衆が映され、巨大なマイケル像は、実際に世界のあちこちに建てられ、テムズ川をも渡って行った。マイケルの周囲には、「KING OF POP」のプラカードが常にあり、誰もが彼をエンターテイメント界の王様だと認識していただけでなく、彼自身もそのイメージを積極的に拡散した。


このフィルムは、王座に君臨するがゆえの攻撃の炎に、自ら大きな燃料を投入したと言う点でも稀有なものだ。実際、このあと彼が受けたメディアによる制裁もかつてないほどのものだったけど、巨大な像を建立し、自分を崇める大勢の人々をも映し出したのだから、自己神格化という批判は、マイケルにとって想像通りの反応だったはず。


実際、これが公開になった直後のインタヴューで、マイケルは十代のアイドルのような無邪気さで、「それを待ってたんだ」と答えている。議論が起こることを待っていたと。でも、このティーザーを細かく見て、真面目に論じるなどということが、マスメディアに無理なことだってわかっていたと思う。これはアルバムの宣伝のために造られた映像なので、そういった反応に広告効果があることも事実で、ビジネス感覚にも長け、また無類のイタズラ好きの彼は、真面目くさった批判も面白く感じていたかもしれない。でも、それだけの理由では、やはりこれほどリスクが大きい作品を創ることはできない。


作者が意図しなくても、時代を超えて議論され続ける作品が出来上がることはある。でも、マイケル自身にその確信がなければ、商業的なポピュラーミュージックの最前線でトップの商業成績を保ちつつ、この緻密な構造を作品化するために、莫大な予算と時間を使うというのは絶対に不可能なことだ。


このティーザーには、『意志の勝利』や『独裁者』以外にも3つの映画が引用されていて、それらは、すべて世界大戦の恐怖や、最終戦争といった人類全滅の可能性を秘めている。


『意志の勝利』と『独裁者』は、世界制覇を狙うイデオロギーがテーマで、前者はそれを推進し、後者はそれに対抗している。『レッド・オクトーバーを追え』は、冷戦時代が舞台で、アメリカとソ連の軍事的緊張状態の中で、他者への理解を描き、『ターミネーター2』は、機械と人間が、地球だけでなく、宇宙の覇権まで争って戦争をする恐怖の未来を避けるために、現在を変えようとする。そして、『地獄の黙示録』は、アジアが大国の駆け引きが飛び交うチェス盤となった原因を、古代から受け継がれた人々の精神の中に見ようとした。


そして、マイケルの世界観は、帝国支配の歴史と、大戦後数十年にわたってソ連の占領下に置かれたハンガリーを舞台に、平和と戦争を並列することで語られる。ここでは「情景と音」はかみ合うことなく、音は常に情景を攪乱する。「善」と「悪」に対する従来の考え方に大きく挑戦し、人々の立場を逆転させ、他者への感情移入を促すように。


なぜなら、マイケルの革命は、敵を攻撃することではなく、自分の心の内の思考や感性に革命を起こすことだから。


私たちがこの映像を見て、不安を感じるのは、私たちが『意志の勝利』のように、独裁者の王を歓迎した事実と、『地獄の黙示録』のような《王殺し》を支持したという両方が表現されているからだ。


マイケルが旅立った後、彼の地に落ちていたイメージは反転し、大勢の人がマスメディアの嘘に怒りをあげたが、今、毎日のように誰かが批判されているのは、マスメディアのせいではなく匿名のネットの声。


歴史から学ばない人々は過ちをくり返す。マイケルは、運命は私たち自身が作るものだと考え、この軍隊をどう読み取るべきかについて、あえて、わかりにくくしている。彼が率いている兵士たちは、一見、帝国主義国家の兵士たちと同じような規律をもち、命令に従っているように見える。でも、彼らは、敵を倒すことなく、腕には包帯を巻き、木で出来た銃をもち、全体主義ではなく、力強い団結をあらわしている。そして、マイケルは彼らを率い、英雄広場へと向かっていく。


そこにつながる道には、大天使を戴いた円柱がいくつも並び、マイケルは大天使ミカエルのようにも見える。しかし、突然、雰囲気が変わり、車が燃え、『地獄の黙示録』のように、ヘリコプターが上空を旋回し、爆音が響き、マイケルの軍隊を歓迎していた群衆は、恐怖に怯えパニックに陥る。混乱した群衆の様子は、軍を美化する映像を疑わせ、同じ軍隊が自分たちに銃を向けるようになること、強力な軍の力が守ってくれると同時に、脅威にもなることも感じさせる。


私たちの「善」や「悪」という単純な考え方が、ものごとをさらに混乱させるのだ、と教えるように。


登場したヘリコプターは攻撃開始ではなく、祝福の合図だったことは、このあとすぐに明らかになる。ライトアップされた記念碑の中で、赤い垂れ幕の前に浮かび上がるのは、政治家や将軍たちの像で、その前には、起爆を指揮する威厳のある男と、スイッチを入れる男。彼らが「善」なのか「悪」なのかはわからず、像が爆破される不安を感じさせながら、男がレバーを押すと、縛り縄が飛び散り、像を覆っていた幕は地面に落ち、巨大な彫像が露わになる。


それは、デンジャラスツアーのオープニングで「JAM」を歌ったときと同じ衣装を着たマイケルの像で、ツアーが行われなかった米国では、驚異的な視聴率を記録した1993年のスーパーボウルのハーフタイムショーに登場したときとも同じ。


これが「マイケル・ジャクソンの像」だということは誰の目にも一目瞭然で、批評家たちは、こぞって「空虚な栄光に彩られた自己神格化」だと批判し、マイケルと親しくしていたユダヤ教のラビは、人間の男性が巨大な像となって崇拝の対象になるという場面を見て、椅子から転げ落ちそうになったという。生来の深い精神性を持ち、『スリラー』のあとでさえ、熱心なエホバの証人だったはずの人間が、どうして自分を神格化したり出来るのか?と。


でも、この彫像が、マイケルの芸術や遺産を表現するなら、なぜ、弾ベルトを身に巻きつけ、POLICEバッジをつけた姿だったのか? 


映像の冒頭でも、多くの人が聞き取れないエスペラント語ではあるものの、「世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに、像を建てる」と言っていたはずなのに。マイケルの代表曲で、ムーンウォークのパフォーマンスで有名なビリージーンの衣装のように、帽子や、白く煌めくルーズソックスといった《シンボル》ではなく、なぜ、戦争や警察といった、マイケルのイメージとは真逆といえる《シンボル》で創られているのか?


私が思いつくのは、何度も断っていたハーフタイムショーのオファーを受けたのは、スーパーボウルが世界中で中継され、各地に駐留している米軍も見ていることを知ったからだった、という情報。マイケルは「さすがに僕もそこまではツアーでも行けないから」と考えを変え、出演を決めたという。米国では、ベトナム戦争から戦争の意義に疑問を感じる人が激増し、帰還兵は命がけの経験をして、国に戻っても社会から差別を受け、そのトラウマの解消には光が見えず、戦場以外で生きる術のない彼らのほとんどが外国での生活を余儀なくされ、彼らにとってのアメリカは米軍の中にしかない。そんな兵士たちの孤独と傷は、1982年に公開された『ランボー』によって映像化されたが、誰も演じたがらないことで、キャスティングさえも難航したという。


そして当時、社会主義国家が倒れていく革命の中、警察官たちが権力者たちの命令によって、市民を攻撃し、衝突する場面も幾度も映されていた。革命に燃える市民にとって、警察官は安全を守ってくれる存在ではなく敵になっていた。


つまり、マイケルにとって、ハーフタイムショーは戦場で傷ついた兵士たちへの慰問でもあり、この衣装を着て歌ったJam(団結)は、帰還兵に冷たいアメリカ社会と、兵士たちを繋ぎ、新たな社会を求める市民と敵味方に分かれた警察官をも団結の輪の中に入れようとする、マイケルの想いが込められたものだったのではないか。


引用された映画が最終戦争や黙示録に関わるものだったように、マイケルのティーザーでは、聖書の中で禁止されている「偶像崇拝」を揶揄したという側面もあるが、宗教が弾圧された社会主義国家では、1989年にベルリンの壁が壊されたあと、独裁者や指導者たちの彫像が倒される映像が世界中に溢れていた。


そういった価値観が大きく転換した国々に、マイケルは「新たなヒーロー像」として、巨大な像を建てた。この像には、数多くの《星》の意味が重ねられ、人々の希望や、スター(英雄)、民族や、防衛、そして呪術でもある《星》をそのあらゆる意味で統合しようとしている。


黒人でありながら、白い肌になり、男性として、女性的な美を取り入れ、王として、子供の心を持ち、平和を祈りながら、兵士たちを癒し、権力者と市民を分断せず、人々の安全を見守る・・それは「マイケル・ジャクソンの像」というよりは、マイケルが生涯に渡って体現しようとしたイメージ(像)だったのではないだろうか。


HIStory(曲)では、蹴飛ばされても果敢に挑み続け、自らを鼓舞する男が登場し、日々の歴史は、自らの手で作っていくのだと人々を励まし、ひとりひとりが歴史の担い手だということを意識させた。


マイケルが好きだったガンジーは、「人は、自分が信じたものに近くなる」と言っていた。


HIStoryはマイケルの物語であると同時に、大文字のHISが神を指す、HIStory(神の物語)でもあった。私はこの世界のすべてを創造したという「神」の存在について強い関心をもったことはなかったけれど、マイケルの信仰を考えているうちに、これまでとはまったく違う信仰の意味が感じられるようになった。


それは、自分が想像する以上の神を人はもつことが出来ない、という恐ろしさと同時に感じたこと。


マイケルを「自己神格化」だと批判し、彼のあらゆる行動を批判した人々にとって、神を信じるということは、神に近づくことではなく、神に運命を委ねることが神の思し召しであり、誰かを批判するのも、そういった秩序を守るため。


『地獄の黙示録』の引用は、KING OF POPである自分への《王殺し》の予言ともいえる。疲弊した90年代の米国社会は、再生のための《王殺し》を、強く豊かだった80年代を象徴したマイケルに求めていた。


マイケルはそういった人々の暗い欲望を感じながら、さらに自分の殻を脱ぎ捨てるという転生を重ね、最終的に勝利を収めるという英雄への道を歩む決意を示した。何度も傷つけられながら、マイケルが人々を信じ続けたのは、


人は、自分が信じたものに近くなる。という信念からだったのではないか。


マイケルは神を信じることで、神の愛に近づき、愛は誰かを独占することではなく、与えることだと理解した。


女子サッカー界の英雄、澤穂希は、「苦しくなったら、私の背中を見て」と言った。


時としてルールが通用しない愛について理解する手がかりは少ないけれど、人は手本になる「像(イメージ)」がなければ、苦しみや絶望に沈んだとき、その暗闇から行動を起こすことで、世界に憎しみが拡がる。


リアルタイムでこの映像を見たとき、素晴らしいとは思ったものの、何もしなくても売れるほど有名なアーティストが湯水のように広告費を使うことが無駄も思え、大人げないとも感じていた。これほど恵まれて成功したマイケルが、未だに一番を目指し続けることに共感もできず、嫉妬する気持ちさえあった。それまでの私は、一番を目指す競争の中に、美しさを感じたことがなく、なにか傲慢なものを感じていたからだと思う。


マイケルが与えられた才能を大事にするだけでなく、かつてないほどの責任を感じて「KING」の役目を果たそうとしなければ・・これほど才能に恵まれた人が、ここまで、すさまじい努力をしてくれなければ、わたしには何年経ってもわからなかったと思う。そして、マイケルもそれをわかっていたから、ここまで全力を尽くそうとしたのだろう。


たった十数年で変わる時代に身をまかせるのではなく、時代を超えるために身を投げ出した多くの英雄たちの姿を忘れず、いつまでも心の中で大きく立ち続けるために。あの像は巨大でなくてはならなかった。


スタジオでいつも驚くほどの爆音を好んだマイケルが、彼らに贈った壮大なレクイエムはもっともっと大きなものだったのだ。








by yomodalite | 2016-04-12 11:38 | ☆MJアカデミア | Comments(3)

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HIStoryティーザーについて、長々と書いてきましたが、今回と次回でティーザー解読の長い旅を一旦終了。


今回は、マイケルが細部にまで注意を払って、さまざまな普遍的なシンボルを使っている点について分解してみます。


これらは隠された意味などというのではなくw、あらゆるものを混合させ、統合しようとしていたのだと思います。



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ローマ帝国や、オーストリア=ハンガリー帝国、ナチス・ドイツ、ロシア、アメリカなどで、軍隊のシンボルとして使われている鷲と剣(鷲と武具)の像。




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太陽は、太古からあるシンボル。




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神の軍隊を表す「鷲と武具」のシンボルから、兵士たちがあらわれる。



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工場、労働者、道具は、共産主義や全体主義のプロパガンダとしてよく用いられたシンボル。



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(実際のポスター。労働者の地位と向上を目指し、
労働の価値観を重要視していた)




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この場所にいた男はエスペラント語で話し、それは、チャップリンの『独裁者』の引用でもあるのですが、チャップリンがユダヤ人のゲットーにエスペラント語を忍ばせたのは、ナチス対ユダヤ人という対立において、ユダヤ人の側からのみで描きたくなかったからでしょう。マイケルのこの「星」も、エスペラントのマークとしてではなく、ロシア、アメリカその他様々なシンボルに使われている「星」だと思います。




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文字は全て架空のものですが、ロシア語のようなデザイン。最初にナチスを思わせた軍隊に、ソ連のイメージを重ねている。




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像が造られている場所では、《眼》の部分がクローズアップされる。眼のシンボルは、古代エジプトからあるもので、『HIStory』のブックレットには、MJがカフラー(Khaf-Ra)王に扮しているような写真もありました(→リンク)。この王の姿は、ハヤブサの姿あるいは頭部を持つ天空神ホルスが元になっていて、この神の目が世界中の眼のシンボルの元型になったとされる。ホルスの左目は月の象徴、右目は太陽の象徴とされ、この場面では像の右目(太陽)がクローズアップされている)




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ヒトラーの映像でも、兵士たちに惹かれる子どもは重要だった




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建築中の像の《星》。左手に見える鉄骨は、その星よりもずっと小さな《十字架》に見える。





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兵士を率いるマイケルの腕の《星》と、ヘブライ語やルーン文字のような古代を思わせる文字





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最初にナチスを思わせた兵士たちは、実はソ連軍のユニフォームを着ている。





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MJのコンサートでもお約束の《熱狂で倒れる少女》





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ナチスのパレードを思わせる光景の中にマイケルの《眼》のシンボル。マイケルの眼は《左目》なので月のシンボルといえるのかも・・・




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実際のマイケルの《眼》は隠され、サングラスを外す瞬間に期待が高まる




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再びコンサート会場のように、人々の熱狂は高まる。





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サングラスを外したマイケルが最高の「スマイル」を人々におくる




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最初にナチスを思わせたパレードは、花吹雪や紙テープによってアメリカ的な様相をも見せる。観衆と兵士たちは、同じぐらい大勢。




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この場面も『意志の勝利』と酷似していますが、マイケルの映像では、凱旋門の前の広大な道の両側にハンガリーの英雄広場にある大天使ガブリエルを頂く円柱がいくつも並んでいる。ここから、マイケルを「大天使ミカエル」と捉えることができるが、一方で、ガブリエルは何体もコピーされ、大天使の意味は失われている。


マイケルがHIStoryの冒頭に、ムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』を使っていることも考えると、この凱旋門から、ハンガリーが侵攻したウクライナの「キエフの大門」のことも思い出される・・・マイケルが率いる兵士たちの哀しみは、レッド・オクトーバー賛歌によって歌われていますが(→リンク)「キエフの大門」は、ムソルグスキーが亡き友人を追悼するためのレクイエム。建築家だった友人は、モンゴル帝国によって壊されたキエフの門の再建コンペに応募していたが、再建は行われないまま、友人も亡くなってしまった。





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兵士たちは、撃つことのできない、木で出来た《銃》をもっている




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『地獄の黙示録』と酷似したシーン。これも《太陽》のシンボルですが、この映像の中の太陽はすべて「夕陽」になっている。





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ヘリコプターの登場でこれまでとは雰囲気が一変し、暴動や攻撃への恐怖からパニックが起こる。





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ハンガリーの「英雄広場」にある千年記念碑。ライトアップされているのは、正面右側にある政治家や将軍たちの像




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像の除幕式への期待と、攻撃への恐怖に混乱する群衆(視聴者も同様)




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天使ガブリエル像越し(手前の影)にサーチライトを浴びる像




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英雄たちの像が納められたハンガリーの千年記念碑は、実際は2つしかないのですが、ここでは、巨大な像の周囲にいくつも建てられている。彼が考える英雄はHIStoryという曲で歌われたように大勢いるからでしょう。



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像にかけられた幕を縛っていたロープが爆破によって解かれる・・



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彫像が建っている下の部分は、アメリカ国防省、通称ペンタゴンと言われる「五角形」から、各床に環状に広がる構造を模しているが、彫像の台座は、ダビデの星と同じ《六芒星》になっていて、それぞれの星の先が、「千年記念碑(英雄たちの像)」に繋がっている。星のシンボルは幾重にも意味が重ねられている)





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(ペンタゴン)






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実際の千年記念碑の中央にあるガブリエル像が取り払われ、戦争と平和の像の対比をピックアップしている




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現実の英雄広場と比較すると、マイケルの像が建つ広場では、歴代の王たちとガブリエルが一貫して消去され、マイケルの像は、ガブリエル像をさらに巨大化させ、その存在と交換されているようにも見える。




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(実際の千年記念碑)





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エスペラント語で、「さまざまな国が、世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに、この像を建てよう!」といって建てられた巨大な像は、デンジャラスツアーの、オープニングと同じ衣装を着たマイケルの像で、「Jam(団結)」を歌ったときのもの。




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そして、腕にも、そのときと同じバッジ・・・




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このバッジを衣装から拡大すると・・・




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「六芒星」と「円」と「五芒星」をミックスした上に、上部を「鷲」、下部に「POLICEを重ねてデザインされていることがわかる




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世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに建てられた像は、なぜ、「POLICE」なのか?





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攻撃するかのように見えたヘリコプターは、この像に「降参」したかのように、股の下をくぐり、祝祭を盛り上げているかのように旋回し・・・




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人々は歓声をあげ、誰もが「KING OP POP」を祝っているかのよう・・・




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でも、この結末はチャップリンが『独裁者』で演説した世界観をあらわしたものと言えるのでしょうか?私には、ただの床屋が「独裁者」と間違われて、演説した世界とはあきらかに異なる《要素》が混入されているように見えます。




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by yomodalite | 2016-03-30 08:00 | ☆MJアカデミア | Comments(0)
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HIStoryティーザーに引用された5つの映画は、すべて世界大戦と世界帝国が創られる恐怖が絡んでいて、人類全滅の可能性がある深刻な恐怖をもたらすものを扱っている。(→「新たなヒーロー像」)

ということから、ここまで「黙示録」に注目して、4本の映画について書いてきたのですが、今回は肝心の「HIStoryティーザー」が、黙示録をどう扱ったか、について。


黙示録の天使は、

地上に住む人々、あらゆる国民、種族、言葉の違う民、民族に告げ知らせるために、永遠の福音を携えて来て、大声で言った。

これは、ティーザーの映像が始まる前、エスペラント語で男が叫んだ、

「さまざまな国が、世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに、この像を建てよ!」

という部分に似てますね。でも、このあと黙示録の天使たちが言った、

神を畏れ、その栄光をたたえなさい。神の裁きの時が来たからである。天と地、海と水の源を創造した方を礼拝しなさい。(黙示録14章)

と違って、ティーザーは、「像を建てよ!」です。

ここは、エスペラント語ですから、ほとんどの人が聞き取れず「大笑い」できた人は極わずかだと思いますが、以前も書いたように(→参考記事)黙示録の天使たちは、偶像を拝むとか、偶像を崇拝するものを地獄に落とす気がハンパないんですよ(笑)

これから、アホほどデカイ像を建て、しかも大勢で崇拝して見てますから、黙示録の天使たちは全員ブチギレ確実で、地獄行きのジャッジするに違いないんですがw、

ティーザーでは、このあと、軍隊のシンボルであり、ヨハネをあらわすとも言われる《鷲》の彫像が映り、


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マイケル率いる兵士たちが夕陽をバックに現れます。



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黙示録(別名:The Book of Revelation)や、聖書(通称:The Book)への間違った解釈に基づいた「HIStory(歴史)」を「Past(過去)」のものとし、「Present(現在)」と、「Future(未来)」を「Book I(新たな本の第1巻)」とするという、マイケルの『HIStory : Past, Present and Future, Book I』が叩きつけた「挑戦状」が、ググッと感じられたと思いますが、マイケルの軍隊はさらに力強く進んでいき、


0:48あたりから、映画「レッドオクトーバーを追え」のサントラから、Hymn to Red October(レッドオクトーバー賛歌)の物悲しいメロディーが流れ、街道は「KING OF POP」のプラカードと、人々の悲鳴にも似た歓声に包まれます。


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黙示録では、「小羊(イエス)」を前にした天使たちは、

あなたは屠られて、あらゆる種族と言葉の違う民、あらゆる民族と国民の中から、御自分の血で、神のために人々を贖われ、彼らをわたしたちの神に仕える王、・・・屠られた小羊は、力、富、知恵、威力、誉れ、栄光、そして賛美を受けるにふさわしい方です。

と言うのですが、これは、「KING OF POP」のプラカードをもち、沿道でマイケルの軍隊に声援を送っている場面に対応しているんじゃないでしょうか。


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また、ここで、マイケルの腕章にある《777》が、黙示録で悪魔の数字と呼ばれる《666》のパロディだということはいわずもがなでしょう。聖書には「7」という数字が頻繁に登場しますが、黙示録は特にそれが顕著で、小羊(イエス)を、3つの《7》で表現している箇所もあります。

わたしはまた、御座と四つの生き物との間、長老たちの間に、ほふられたとみえる小羊が立っているのを見た。それに七つの角と七つの目とがあった。これらの目は、全世界につかわされた、神の七つの霊である。


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音楽は、兵士たちの切ない心情を奏でていますが、マイケルは投げキッスと極上のスマイルを返します。


寒く、つらく、虚しい
光は私を置き去りにした
君が死んでしまうなんて、どうして私にわかるだろう?
今また旅立つ、懐かしき我らの国
これが現実で、夢ではないなんて
想像することもできない
母国、わが故郷
さらば、我らの祖国よ

恐れを知らず海を行け
北の海の誇りを胸に
革命の希望を胸に
君たちは人民の信念をみなぎらせ
十月に、十月に
我らの革命の勝利を君に告げよう
十月に、十月に
君たちは我らの遺産となるだろう

(Hymn to Red Octoberの歌詞和訳)

◎十月革命(Wikipedia)




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大勢の人々がいる街道は、英雄広場にある、現代美術館と近代美術館の間の路で、人々の歓声はますます高まり、



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次に立ち止まった街道で、マイケルが率いる軍隊は、実際の場所にはない《凱旋門》をくぐり抜け、その両側には、ハンガリーの英雄広場にあった、頂上に天使ガブリエルがいる像がいくつも並んでいます。ここでのガブリエルは、最終戦争の始まりを告げるという意味は感じさせるものの、伝統的な聖書の考え方では、大天使ガブリエルがいくつも、というのはありえません。それでは「大天使」になりませんからね。

大天使という存在は、新約聖書からは薄れているので、ヨハネの黙示録にもガブリエルの名前は登場しないのですが、ガブリエルを思わせる天使像を並べたことで、この街道にいる戦士たちと、それを率いるマイケルには「ミカエル」の意味を帯びてきます。神と自分のあいだの存在を認めず、神のメッセンジャーとしての天使には重きをおかずに、街道で見ている人々と同じように扱っていますが、「ミカエル」としては見て欲しいのでしょう。(参考記事→)




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そして、最終戦争に勝利するミカエルが率いる兵士たちは、腕に腕章ではなく「白い包帯」し、撃つことのできない木製の銃で、華麗なライフル・ドリルを披露します。(参考記事→)




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すると、ここで『地獄の黙示録』と同じ夕陽をバックにヘリコプターが現れます。映画では、「額に神の刻印を押されていない人には害を加えてもよい」という伝統的な黙示録の解釈にそって、異教徒を攻撃しまくるのですが、(参考記事→)

マイケルの場合は、黙示録の天使たちを怒らせていますからね(笑)。

ここでは、天使が放った「イナゴ」(ヘリコプター)によって、車に火が放たれ、街灯を破壊したのでは?という不安と、

第七の天使が鉢の中身を空中に注ぐと、神殿の玉座から「事は成就した」という大声が聞こえ、稲妻、さまざまな音、雷が起こった・・・

という、2つの意味を感じさせつつ、完成した彫像の除幕式は、すっかり日が落ちた英雄広場で始まります。




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ロケ場所である、ハンガリーの千年記念碑は、左側に歴代の国王の像、右側に政治家や将軍たちの像が飾られているんですが(参考記事→)、映像では、右側の像たちが点灯され、そのあと英雄広場全体に照明が点いて、ガブリエル像の背後から、布で覆われた巨大な像が見えてきます。



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(ガブリエル像の背後から像を見ている)



除幕式を指揮している男は、王室関係の行事を思わせるサッシュをしていて、背後の彫像ははっきりとはわかりませんが、おそらく右側の政治家や将軍たちの像でしょう。



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ターゲットに照準を合わせ、発射レバーを引いた男は、ファッションを見ると、冒頭で彫像作りを指揮していた男のようです。



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この巨大な彫像が布で覆われていることを、黙示録的に解釈すると、小羊が最後の封印を解く役割を担っていることも思い出されます。

神とおぼしきひとの右手にある七つの封印のある巻物は、「小羊」が開くのがふさわしい

マイケルの「Book I」が、この巻物の意味をもっていると思われるのですが、この巨大な彫像も、最後に封印を説かれるべきものなのでしょう。

マイケルの「ティーザー」は、チャップリンが『独裁者』で演説した世界観を「スマイル」とともに提示して見せた世界だと思います。しかし、ここにはチャップリンが映画では表現していないことも盛り込まれています。


そのもっとも大きなものがこの《巨大な彫像》の建立と、


それを攻撃しようとする・・・


というわけで、この続きはまた次回。





(ここまでを確認したい人のために動画も貼っておきますね)




最後にもうひとつ・・


マイケルがこの時期、慌てて結婚しw、滅多にプライヴェートを見せなかったマイケルが、これでもか、と「結婚」をアピールしたことはご存知だと思いますが、



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(映像ではブーツに婚礼を挙げた場所が刻印されているだけですが・・参考記事→)

ハレルヤ、全能者にして、わたしたちの神である主が王となられた。わたしたちは喜び楽しみ、神をあがめまつろう。小羊の婚姻の時がきて、花嫁はその用意をしたからである。
最後の七つの災害が満ちている七つの鉢を持っていた七人の御使のひとりがきて、わたしに言った、「さあ、きなさい。小羊の妻なる花嫁を見せよう」。


最終戦争に勝つためには、花嫁の存在や、お披露目も重要だったんですよね(笑)






by yomodalite | 2016-03-18 12:09 | ☆MJアカデミア | Comments(0)
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HIStoryと黙示録:マイケルと神話 ① の続き

引き続き「The Triptych」について。

①で、聖書や、聖杯伝説といった伝統に従えば、「The Triptych」は、

騎士に任命され、竜を退治して王になり、竜を退治した聖剣によって、王国を治める。

というマイケルの内面的な意志を表わした絵だと書きました。

でも、西欧では、聖書を筆頭に《竜》は邪悪のシンボルですが、私たち東洋人にとっては、そうではないですし、世界の神話に興味があったマイケルにとって、《竜》を必ずしも邪悪というイメージで捉えていたとは思えません。

ただ、マイケルの神話やシンボルの使い方を見ていると、アブラハムの宗教とその源流にあるギリシャや、エジプト神話を基本としていることは一貫しているので、自分の詩を織り込み、決意が込められているように見える肖像画において、ウェールズ地方の伝説である《赤い竜》とか、他のアジアの神話や宗教に最も大きな意味をもたせていないことも確かだと思います。

《竜》のファッションは、中国の王によく見られますよね。彼らは自分を《竜》だと誇っているわけです。


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マイケルは、2000年以降、アンドレ・キムがデザインするファッションを好んで着ていて、それらは、一見チャイナ風でドラゴンぽいんですが、よく見ると、マイケルの絵の聖剣にも描かれ、HIStoryツアーの「オープニング映像」に登場したヘルメスの杖にもある《二匹の蛇》にも見えないでしょうか?



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(こちらのデザインでは、蛇の口には「玉」があるようにもみえるので、「双竜」に見えるということも重要なのかもしれません。『金枝篇』や『祭祀からロマンスへ』が、世界の神話はみな似通っていることを示したように(→リンク)、マイケルが世界中のツアーで感じ、また信条としたことも、世界の人々はみな同じで、自分と他者は同じもの。ということですから・・・)




一方、ここまで、騎士や、兵士たちが身につけていた《鷲》については、マイケルも何度かファッションに取り入れています。これは、わかりやすい例なんですが、中央に鷲の中央に「M」がついていることから、自分を《鷲》だと捉えていることがわかると思います。


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(1990年頃の衣装)





「The Triptych」の中央の絵だけを見ると、マイケルの背後の《竜》は、彼自身を象徴しているようにも見えますが、




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同時期に、同じ画家がマイケルの依頼で描いたこちらの絵のタイトルが「CAMEROT」(アーサー王の城の名前)だということを考えても、




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最初は城が描かれていたが、マイケルの希望で取り除かれた)




「The Triptych」に、《竜退治》の意味がないと考えるのは不自然で、




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剣でマイケルの肩に触れている女性は、紫のドレスの袖口が見えるだけですが、王冠を与えている女性のドレスの袖口には、クロスのような紋章があります。これは鮮明には見えないので、はっきりとは言えませんが、私にはクロス紋章を思わせつつも、少し変えてあるように見えます。



同様に、獅子の紋章の上部も、ユリの紋章(フルール・ド・リス)を思わせつつも、少し変えてあるというか、紋章の元になったアイリスにより近い形になっているように見えます。



マイケルは、他にも《獅子》《騎士》《王》《王冠》《星》・・・といった伝統的なシンボルを多用しているのですが、それらは、少しづつその意味を解釈し直すための表現だったのではないでしょうか。

欧米の《竜》の伝統的な意味は、「ヨハネの黙示録」にあるように、ローマ軍とか、アジアの敵とか、エデンの園でそそのかした蛇とか、サタンや悪魔といった意味なのですが、




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マイケルはヘビ好きをアピールし、ペットのサルと人間のように付き合うということでも有名でしたが、ヘビは、伝統的な聖書の解釈においてサタンの化身であったり、サルから人間に進化したという進化論を教えるかどうかについて、米国のキリスト教コミュニティでは未だに議論となっています。マイケルは誰よりも「God Bless You」を口にし、いわゆる反抗的な態度を見せませんでしたが、歴史的に、多くの芸術家や哲学者たちは、教会が人々に示すような良識的な人生や、権威に従って定める敵ではなく、《竜》の意味を考えようとするものです。


『Off The Wall』『Thriller』『Bad』『Dangerous』・・・壁を乗り越え、自由を求め、危険を覚悟しながら、歩んできたマイケルの『HIStory』に現れた《竜》は、私には、ニーチェが『ツァラストラはかく語りき』で語った「精神の3つの変化」の話に出てくる 《汝なすべしの竜》に近いものではないか、と思います。

ツァラトゥストラというのは、ゾロアスター教という、キリスト教よりも古い善悪二元論的な宗教の開祖で、ニーチェは、ツァラトゥストラは本当はこう言ったのだ。というフィクションによって、イエスの教えから変質した「キリスト教」の善悪二元論を批判しているのですが、

「精神の3つの変化」は、精神が、ラクダ→ライオン→子供と進化していくことを述べたもので、王になりながら、子どもの精神を自分に取り入れることを重要だと考えたマイケルを理解するのにいい話だと思うので、要約して説明すると、


ラクダのような精神とは、もっとも重いものを背負うことで自分の強さを喜ぶ。もっとも重いものとは、自分の高慢さに痛い思いをさせるために、自分を低くし、自分の知恵をあざ笑うために、自分の愚かさを目立たせ、自分が成功したときに、それを捨て、真理のために、魂が飢えていることに苦しみ、自分を軽蔑する人たちを愛し、恐れさせようとする幽霊に手をさしだす。


ラクダの精神は、こういった重いものを全部背負う。


しかし、荷物を積まれて砂漠へ急ぐラクダは、その孤独な砂漠の中で変化し、その精神はライオンとなる。


ライオンは「自由」を獲物のように求め、精神の砂漠のなかで自分が主人になろうとする。そして、これまで自分の主人(Lord or God or...)だった者を《龍》と見なし、それと戦おうとする。それは「お前はこうすべきだ」と言う存在で、ライオンの精神は「自分はこうしたいのだ」と言う。


《龍》は、鱗を金色に光らせ、どの鱗にも「こうすべきだ!」という文字が書かれている。それは何千年も続いてきた価値によって光輝き、龍は、「ものごとのすべての価値は、吾輩のからだで輝いている。すべての価値はすでに造られていて、お前が自分で新たに求めることなど、あってはならない」のだと言う。


以前は「こうすべきだ!」ということを、もっとも神聖なこととして愛していた。しかし、このもっとも神聖なことさえも狂気の横暴だと見なす必要がある。精神が、自分の愛を、自分から強奪して自由になるために。その強奪のためにライオンの精神が必要なのだ。


しかし、ライオンは、新しい創造のための自由を手に入れることはできても、新しい価値を創造することは、まだ出来ない。ライオンでさえできなかったことが、なぜ、子どもにできるのか? 強奪する力のあるライオンが子どもになる必要があるのか?


なぜなら、子どもには、無邪気で、忘れるという良い点がある。新しい遊びを始め、車輪のように勝手に転がって動き、世界を神のように肯定する。創造という遊びのためには、神のように世界を肯定することが必要なのだ。自分の精神を、自らの意志とするために、世界を捨てた者が、自分の世界を獲得できるのだ。



マイケルが退治しようとしたのは《汝なすべしの竜》と言われる、権威や、今ある良識を盾に、「お前はこうすべきだ」なのだと人を縛る、自分の外だけでなく、内にもいる《竜》のことだったのではないでしょうか。


HIStoryティーザーに引用された『意志の勝利』で、王となったヒトラーや、彼がこよなく愛したワーグナーも、ドイツ人民こそが、ニーチェの言う「超人」だと明言していましたが(当初ワーグナーを尊敬していたニーチェは、後にワーグナーの純血主義や、反ユダヤ主義を批判している)、では、ティーザーのあの巨大な彫像は、ニーチェのいう《超人》としての「自己像」だったのでしょうか?


☆分解『HIStoryティーザー』 に続く



by yomodalite | 2016-03-07 12:26 | ☆MJアカデミア | Comments(0)
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HIStoryと黙示録:『ターミネーター2』の続き


さて、いよいよ、HIStoryティーザーに引用された最後の映画である『地獄の黙示録』について考えたいと思います。


1979年の作品ですが、今見てもまったく古さを感じない名画で、AFIが選んだ『アメリカ映画ベスト100』で、実際の戦争を描いてベスト30に選ばれた映画は、すべて他国の話か、アメリカが勝利した戦争の映画なのですが、


『地獄の黙示録』は、唯一アメリカが勝てなかった戦争をテーマにしてランクインしています。


また、ヨーロッパが起こした戦争に参加したといえた第二次大戦までの戦争とは違い、資本主義陣営の盟主となったアメリカと、共産主義陣営の盟主であるソ連、この二大国の代理戦争ともいえるベトナム戦争を舞台にしながら、これまでのヨーロッパの戦争の歴史そのものを問い、戦禍の中での「愛と友情」を描いたり、戦争の悲惨さや無意味さから「反戦」をテーマにした多くの戦争映画とも異なり、


『地獄の黙示録(原題:Apocalypse Now)』は、ヨハネの黙示録(The Apocalypse of John)の「最終戦争」や「千年王国」、「善と悪との戦い」といったプロットを採用して、未来を描いた『レッド・オクトーバーを追え』や、『ターミネーター2』のような映画とも違っていて、「今の黙示録(Apocalypse Now)」を描いているんですね。


マイケルは、『HIStory : Past, Present and Future, Book I』において、ヨハネの黙示録(別名:The Book of Revelation)や、聖書(通称:The Book)への間違った解釈に基づいた「HIStory(歴史)」を「Past(過去)」のものとし、「Present(現在)」と、「Future(未来)」を「Book I(新たな本の第1巻)」とするために、この映画を最後に引用したと思われるので、まずは、『地獄の黙示録』の解説から始めてみたいと思います。



◎ヨハネの黙示録と『地獄の黙示録』の違い


ヨハネの黙示録の最初の方には、わたしはアルファであり、オメガである」とあり、また、終わりの方で、わたしはアルファであり、オメガである。最初の者であり、最後のものである。初めであり、終わりである」とあります。これは、ギリシャ文字の最初のΑ(アルファ)と、最後の文字Ω(オメガ)が、最初と最後、すなわち、「全て」と「永遠」という意味を持つと考えられ、伝統的な聖書の解釈では、この人物をイエスだとしてきたのですが、


『地獄の黙示録』は、ドアーズの「The End」で始まり、また、「The End」で終わる映画なんですね。


◎なにもかもが「矛盾」したストーリー


ウィラとエレノアの会話では、ヒストリー・ティーザーは「情景と音」が逆になっている、と表現されていましたが、地獄の黙示録では、常に「理性と感情」や、「感情と行動」が逆になっていて、・・・


オープニング、ジャングルが燃える風景をバックに「The End」が流れる。


これで終わりだ 美しい友よ これで終わりだ ただ一人の友よ 築きあげた理想はもろくも崩れ 立っていたものはすべて倒れた 安らぎは失われ 驚きは去って もう二度と君の瞳を見ることはないだろう 心に描けるだろうか 限りなく自由なものを あえぎながら見知らぬ人の助けを求め 絶望の大地をさまよう・・・果てしない苦悩の荒野に進むべき道を失い すべての子供たちは狂気に走る すべての子供たちは狂気に走る・・・  夏の雨を待ちわびて(字幕訳)






ジャングルに主人公の男(ウィラード)の顔がオーバーラップする。ウィラードは、厳しい戦場を離れ、愛しい故郷へ戻ったとたん、戦場が恋しくなり、妻と離婚し、軍に戻っていた。戦地とは離れた安全な部屋の中で、司令を待っているうちに、恐怖を感じ、鏡に映る自分を殴って、手に怪我を負う。翌朝、泥酔して目覚めたウィラードは、司令を届けにきた二人の男に抱えられて身支度され、司令部へと送られる。


ウィラードに与えられた任務は、人間として優れ、優しく、ユーモアを解し、非のうちどころのないエリート軍人だったカーツの殺害。


司令部の人間はいう。「彼は、特殊部隊に入って、考え方や作戦手段が変わった。カンボジアに入り、彼を神と崇め、絶対服従を誓う人々を意のままに動かしている。カーツ大佐には、殺人罪で、逮捕命令が出ている。彼は数名のベトナム人スパイを二重スパイだと決めつけ、独断で処刑した。


この戦争ではいろいろな混乱が生じている。権力と理想、古い道徳観と現実の作戦行動、現地人の間に入り、自ら神となるのは、大きな誘惑に違いない。人間の心には戦いがある。合理と不合理、善と悪、善が勝つとは限らぬ。時には、悪が勝って、リンカーンの言う “心の天使” を打ち負かす。誰にも理性の限界がある。君にも、私にも。カーツは限界に達し、完全にイカレてしまった。彼の行動は良識による抑制を失い、人間の行ないとしていささかの容赦の余地もない。その彼が軍の指揮を取っている」


ウィラードの心は揺れる。戦場の英雄に与えられた罪は「殺人罪」。レース場でスピード違反を取りしまるか? 彼は大きな疑問を抱きながらも、その任務を引き受け、船に乗り込む。


「行き先が地獄だってことを、おれは知らなかった。彼の物語は、俺の物語、彼の物語が懺悔録なら、俺のも同じだ」(事を成し遂げた後のウィラードの回想)


最初に降りた島では、米軍による空爆が行われた直後で、夥しい死体が転がっている。生き残った人はトラックに誘導され、「我々は暖かい庇護の手を差し伸べる」とアナウンスが響いている。将軍(キルゴア)は、大怪我をしているベトナム人に、自分の水筒から水をやろうとするが、ウィラードが乗りこんだ船に、有名サーファーがいることを知ると、貴重な水をあげずに捨て、その場から去っていく。死体の処理に追われる兵士、ヘリコプターで救助される牛・・・


牧師が祈る声が響く「栄光は天なる父のものなり、我々を救いたもう主に祈りを捧げよう。天にまします、我らの父よ、御名を崇めさせたまえ、御国を来たれせたまえ、御心の天になるごとく・・」


翌朝、ラッパが吹かれ、ヘリコプターは離陸する。現代の騎兵隊たちは、サーフィンの高波を目指し、ベトコンの拠点へと向かう。キルゴアは島の人々に脅威を与えようと、ヘリコプターから、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』を大音量で鳴らし、ミサイルが打たれる。


学校が爆撃を受け、子供たちが犠牲になり、アメリカ軍兵士も大勢犠牲になる。攻撃は、さらなる攻撃を生みだし、その惨劇の中、キルゴアは、サーフィンのために、波の高さを確認し、ナパーム弾を搭載した爆撃機に、ヤシ畑への破壊司令を出す。燃え上がるヤシ林。「朝のナパームは格別だ」そう言い放つ彼は、「この戦争もいつかは終わる」と仲間を励ます。


キルゴアが許されて、なぜカーツが・・ ウィラードの自問自答は続くが、船は進んでいく。船の乗組員たちは、誰も目的地を知らず、目指してもいないが、誰もが船を降りられない。カーツ殺しを請け負ったウィラードは、カーツを知れば知るほど、尊敬すべき男に思えてくる。カーツは将官になれたのに、その道を捨て、前線を志願していた。カーツは何を目指しているのか?


船が進んで行くたびに、戦場は混乱を極め、乗組員の命はひとり、またひとりと奪われていく。そして、ウィラードは、ついに、これまでに目にした戦場以上に混乱した、カーツが支配する島(王国)へとたどり着く。


ここに住む米国人カメラマンは、ウィラードたちを出迎えて言う。俺たちは皆、彼(カーツ大佐)の子供だ、と。ウィラードが彼と話したいというと、「話を聞くんだ、心を拡げて、彼は軍人であり、同時に詩人だ」と言う。数え切れないほどの処刑された死体と生首があふれているその島の人々は、ウィラードをカーツの元へと運んでいった。


捕らえられたウィラードに、カーツは尋ねる。「君は考えるか? “真の自由”とは何か 他人の意見にとらわれぬ自由、自分からも解きはなれた自由、彼らは理由を言ったか?ウィラード なぜ私を殺して、私の指揮を断ち切るかを」


ウィラード「私の任務は軍の機密です」

カーツ「今更、機密ではなかろう 彼らはなんと?」

ウィラード「彼らはこう言いました。あなたは完全におかしくなり、作戦手段が不健全だと」

カーツ「私の作戦が不健全だと?」

ウィラード「私の目には作戦手段など・・どこにも・・」

カーツ「君のような人間が来ると思っていた。君は何を期待してた?

ウィラード「・・・」

カーツ「君は殺し屋か」

ウィラード「私は軍人です」

カーツ「どっちでもない 使い走りの小僧だ 店の主人に言われて、勘定を取りに来た」


この後、牢に入れられたウィラードに、カメラマンが言う。「なぜだ?、なぜ君のようないい奴が天才を殺す・・・知ってるか? あの人は君のことを好いてる。君を気に入って、処置を考えてる。知りたいだろ? 俺は知りたいね、どうする気か・・君は知らないだろうから、教えてやる。彼の頭は正常だ。彼の魂がイカれてる。わかるか? 彼はじき死ぬ。このすべてを憎んでる。時々・・彼は詩を朗読する。生き延びた君を彼は評価し、処置を考えてる。俺は君を助けない、君が彼を助ける 彼が死んだらどうなる? 彼が死ねばすべてが死ぬ 人々は彼について何と言う? 優しい男だった、賢い男だった、理想を持っていた。たわ言だ!俺が真実を証言するのか? ご免こうむる!それは、君の役目だ」


夜になり、ウィラードが意識を取り戻すと、目の前には、顔をカモフラージュにメイクしたカーツが立っていて、船に残してきた仲間の「首」を置いていく。激しい恐怖に意識を失ったウィラードは牢から出され、身を清められ、食事を与えられて、再び、カーツがいる場所へと連れて行かれる。そこでカーツは詩を読んでいた。


空ろな人間たち 

互いにもたれ合ってるわら人形

頭の中にはわらが詰まってる・・(字幕訳)


カメラマンはウィラードに言う。「何を言ってるかわかるか ごく基本的な弁証法だよ・・弁証法理論には、 “愛” か “憎しみ” しかない。


(ウィラードの独白)「彼に会えば、すぐに任務を果たせると思っていた。」


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(カーツの軍服の「鷲のマーク」がクローズアップされる)


彼は俺の心を見通していた。将軍たちが俺の見たものを見たら、彼を殺すだろうか。もちろん殺すだろう。彼の家族が今の彼を見たら、どうするだろう。彼は家族を捨て、自分をも捨てた。彼ほど苦悩に引き裂かれた男を俺は知らない。



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(カーツのデスクには、聖書とゲーテの本、フレイザーの『金枝篇』、ウェストンの『祭祀からロマンスへ』が置かれていた)



「私は地獄を見た。君が見た地獄を。だが私を殺人者と呼ぶ権利はない。私を殺す権利はあるが、私を裁く権利はない。言葉では言えない。地獄を知らぬ者に、何が必要かを、言葉で説いて分からせることは不可能だ。恐怖だ。地獄の恐怖には顔がある。それを友とせねばならぬ。恐怖とそれに怯える心、両者を友とせねば一転して恐るべき敵となる。真に恐るべき敵だ・・・持つべき兵は、道義に聡く、だが同時に何の感情も感情も興奮もなく、原始的な殺人本能で人を殺せる男たちだ。理性的な判断を持たずに、理性的な判断が敗北を招く・・・


私は気がかりだ。息子が私の行動を理解できるかどうか。もし私が殺される運命にあるのなら、誰かをやって息子にすべてを伝えてほしいのだ。私が行い、君が見たすべてを。何よりも嫌悪すべきは「偽り」が放つ悪臭だ。君が私を理解するなら、君がやってくれ。


(画面が変わって)村人が、神への生贄として、牛を殺そうとしている


牛を生贄に捧げる祭りの夜、ウィラードは、カーツ殺しに向かう。再びドアーズの「THE END」が流れ始め、ウィラードは村人が牛を殺すのと同じタイミングで、カーツに鎌を振り下ろす。


倒れたカーツの最後の言葉は、「地獄だ、地獄の恐怖だ(Horror Horror)」。


カーツが最後まで書いていた分厚い原稿・・(原作の『闇の奥』では、国際蛮習防止協会から、野蛮な行動を防止するための報告書を求められていた)しかし、理想を書き連ねてあるはずの、その原稿の中には、大きく赤い文字で、「爆弾を投下してすべてを殲滅せよ」の文字が。


(ウィラードの独白)これで俺は少佐に昇進。だが軍隊などどうでもいい。皆が殺る時を待っていた。特に彼が・・俺が苦痛を取り除くのを彼は待っていた。軍人として死ぬことを願っていた。みじめな脱走将校としてではなく・・ジャングルも彼の死を求めてた。彼の城であったジャングルも。


カーツが殺されたことが村人にも知れ渡り、全員がウィラードに向かって、頭を下げる。王を殺した者は、新たな王だと見なされる。しかし、ウィラードは村人の間を割って進んで行き、ランスと共に船に乗り込む。ウィラードは村を爆破することなく、島を立ち去った。(続く)

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[補足情報]ご覧になったことがない方に参考までに付け加えると、この映画には、現在「劇場公開版」(1979年版)と「特別完全版」(2000年版)と呼ばれている2種類のヴァージョンがあるのですが、元々コッポラ自身が制作費をまかなっていることもあって、1979年版から「ディレクターズ・カット」であり、特別完全版(原題:Redux)は、迷いに迷って振るい落とした場面を「復活」させたもので、いわゆる「最終版」とは違うんですね。


そんなわけで、「劇場公開版」では、まるごと削られたエピソードなども「特別完全版」にはあるのですが、最初に「劇場公開版」で、作品全体を味わい、次に「特別完全版」を観ることを、私はオススメします。これは、マイケルの再発アルバムと同様で、追加された曲はどれも魅力的だけど、最初のカットの重要性は変わらないといった感じでしょうか。


また、特別完全版は、HIStoryティーザーよりも後に公開されたものなので、この考察では、オリジナル版のエピソードを基本にしています。




by yomodalite | 2016-01-20 12:11 | ☆MJアカデミア | Comments(0)
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『HIStoryと黙示録:レッドオクトーバー』の続き


黙示録や、キリスト教や、ヨーロッパの歴史について、いろいろと面倒くさい説明をしていますが、自分の「信仰」や「主義」や「感覚」を説明するために、文字数を使っているわけではなくて・・・あふれるほどの知識や知性がありながら、それだけで、結論を出すことを良しとせず、あらゆる人々の考えに、すべて耳を傾けているマイケル・ジャクソンを言葉にするのは、本当に困難で、ウィラやエレノアと同じく、彼がやっていることは複雑で、ものすごい量の情報を詰め込んであるこのショートフィルムを語るのは難しいと思うのですが、他にいい方法も思いつかないので・・・続けます(泣)


* * *


『ターミネーター2』は、ソヴィエト連邦が崩壊した1991年の映画。引用された映画の中では、この作品をご覧になった方が一番多いと思いますし、会話でも紹介されているので、映画のあらすじを紹介することは省きますが、この映画の副題は「Judgement Day(審判の日)」ということもあり、HIStoryに引用された映画の中では、もっとも聖書の物語や、伝統的な「ヨハネの黙示録」の解釈に忠実で、また、ウィラとエレノアの会話で「新たなヒーロー像」だと評された中でも、『ターミネーター2』は、ミカエルを描くことがストーリーの主軸になっています。



◎『ターミネーター2』とヨハネの黙示録
「廃墟と化した2029年ロスアンジェルス、30億の人命が核戦争で失われた1997年8月29日、生存者はこの日の事を “審判の日” と呼んだ。彼らの悪夢はさらに続いた。機械との戦争である。ーー 敵の頭脳、コンピューターの“スカイネット”は、二体の殺人機(ターミネーター)を派遣。
殺害の目標は、人類の“抵抗軍のリーダー” 私の息子ジョンである。最初のターミネーターは、ジョンが生まれる前、1984年の私の命を狙い失敗した。第2のターミネーターの目標は少年に成長したジョン。抵抗軍はそれに対し、またも1人の戦士を送り出した。こうしてジョンをめぐる死闘が始まった。」(日本語字幕より)


ロスアンジェルスは、スペイン語で「天使の街」の意味をもち、このナレーションをしている、ジョンの母親の名前は、サラ。サラは、唯一神であるヤハウェ(=エホバ)が、人類救済のために最初に選んだ預言者で、イエスの先祖であるアブラハムの妻の名前で、高貴な母を示す名前としてよく使用されています。


そして、その息子のジョンというのは、「ヨハネ」の英語読みです。


聖書には、洗礼者(パブテスマの)ヨハネと、使徒ヨハネという二人の有名人がいるのですが、洗礼者ヨハネは、イエスの少し前に誕生し、イエスに洗礼を授けた預言者で、キリスト教では、伝統的にイエスの先駆者として位置づけられ、絵画や物語おいて、しばしば、イエスと同じような存在として描かれ、ちなみに、


「30億の人命が核戦争で失われた」という8月29日は、私たちにとっては、マイケル・ジャクソン聖誕の日ですが、洗礼者ヨハネが斬首された日として知られている日なんですね。


で、もうひとりの使徒ヨハネが、ヨハネの福音書とヨハネの黙示録を書いた、ヨハネだと伝統的に考えられてきたのですが、最近の解釈では、それぞれ別人が書いたという解釈が優勢になっているようです。


また、『ターミネーター2』には、関係ないのですが、①から続く「鷲のシンボル」について、付け加えておくと、ヨハネはしばしば「鷲」のシンボルであらわされています。


これは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという、4人の福音書の著者が、それぞれの福音書で、マタイは獅子(王)、マルコは犠牲者(獣・牛)、ルカは罪なき人(天使)、ヨハネは神の子(鷲)として、イエスを描いている、と言われていることから来ていて、そこから、鷲と剣(武具)が「神の軍隊」としてのマークになっているんですね。



◎『ターミネーター2』と大天使ミカエル


オープニング、タイトルロールで映しだされる、廃墟と化したロスアンジェルスは、ブランコや乗り物といった子供の遊園地が燃え上がるような風景がメインに映し出され、その火の中から、不動明王のようなターミネーターの顔の骨格が浮かび上がるのですが、未来の救世主を守る最強の戦士ターミネーターが、「ミカエル」役を担っていることは明らかです。



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上で、洗礼者のヨハネも、イエスと同じような描かれ方をしていると書きましたが、黙示録を基にした物語の中では、ミカエルとイエスのイメージも混在していて、


人類のために、地球に「人間の姿」で送りこまれたというのは、イエスと同じ「受肉」を思わせますし、また、ターミネーターが裸で登場して、店の客から、ブーツや、革ジャン、オートバイや、ライフルを奪うというのは、『レッドオクトーバーを追え』で、KGBが読み上げた部分(字幕では省略されているので、新共同訳を記しますが)、


見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩くのを見られて、恥をかかないように、目を覚まし・・・


という部分ですね(笑)。


彼の「アイル・ビー・バック」と言う言葉は、「復活」をイメージさせるものですし、また、人間以上の力をもった最強の敵と戦って、勝利したあと、未来のために、溶鉱炉に消えていく姿は、イエスが十字架にかけられたことで、人類の罪を償ったということによく似ています。


ラストで、ターミネーターとジョンは抱き合い、「人間が泣く気持ちが分かった、俺は泣く事はできないけど」と言うシーンは、ターミネーターのような、ロボットの話ではありがちな展開ですが、人間が「人間のようなもの」を創るという物語は、ユダヤ教の「ゴーレム」から存在していて、天地創造において、神がアダムを創ったことを再現したいという、人間の欲望から来ているのだと思います。


聖書の世界では、神が、塵から人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれたことで、生きものになった。という創造神話があるのですが、このとき、人間を「神のロボット」として造らなかったのは、神が人に「自由意志」を与えたからだ。と考えます。それで、人が創るロボットに「自由意志」を与えたり、「自由意志」を徐々にもつだろう。という話が多いんですね。そして、人々が、最強の戦士を「天使」に求めた最大の理由は、


人間が、人間の死に堪えられないからではないでしょうか。人々が「復活」を求めてきた気持ちもまさにそうだと思います。


現実の戦争は、それぞれの人々にとってかけがえのない命を、無残で軽々しく奪っていきますが、どんなに、かけがえのない命であっても、人には必要な戦いや、死もあるのではないか、という思いから逃れることも、国の運命から逃れることも容易ではありません。


ギリシア彫刻のような肉体美を誇るボディ・ビルダーの最高峰「ミスター・オリンピア」(『意志の勝利』の監督リーフェンシュタールのもうひとつの傑作は、ベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』)で無敗の記録をもつほど成功し、世界中でボディビル人気に火をつけた。そんな経歴をもつシュワルツェネッガーが、機械で出来ていて、何度でも再生できる最強戦士だというところが、この映画の最大の魅力だと思いますが、


そのターミネーターを演じたアーノルド・シュワルツェネッガーの父親は、オーストリア=ハンガリー帝国に生まれたナチス党員で、父の除隊後に生まれたシュワルツェネッガー、オーストリアの徴兵で、史上最年少記録の18歳で戦車兵として任務に就き、その後、本格的なボディビルをするために、21歳で、アメリカに移住したそうです。シュワルツェネッガー自身も新天地アメリカで「復活」のチャンスを与えられ、その後、政治家に転身するなど、多くのチャンスを与えられていたんですね。


ウィラとエレノアの会話では、


『ターミネーター2』とマイケル・ジャクソンと彼の物語には、他にもすごく興味深い関連がある。(…)「かつて彼は未来を破壊するようにプログラムされていた。しかし今、彼の使命は未来を守ること。彼の忠誠はひとりの子供に…」そしてターミネーターを演じるアーノルドは言う。「おれを信じろ(Trust me)」(…)ターミネーターは脅威のように見えて実は「未来と子供を守っている」それは、マイケル・ジャクソンがこの映画を引用した大きな意味よね。


とありましたが、確かに、子供を守るというミッションにおいては、ターミネーターと、マイケルには共通点がありますし、マイケルも「I’ll be Back!」や「Trust me」と言いたかったでしょう。でも、ターミネーターや、ジョンの母親であるサラが、誰かの命を奪ってもいいと信じ、非情な行動を起こすのは、人類の未来がかかっている、という「終末」への危機感からです。


私は、ロボットや、科学技術が好きで、意外ではあっても、マイケルとの関連性がわかりやすいこの映画の引用が、一番わかりにくくなっているのは、そこに原因があると思います。


なぜなら、マイケルは、「僕たちが犯した傷を直すために、変わろう」


と言っていたのであって、どこかに存在する、地球を滅ぼすかもしれない「敵」の脅威について、語ったことはないはずです。


彼が、変えよう、変わろうそして、始めよう、と言っていたのは、常に「自分自身」、「あなた自身」のことで、自分の主義や、有利な条件や、権利や、名誉を求めて、政府や法律といった社会を変えることだったでしょうか?


歴史について、深く学んでいたマイケルは、社会改革における「危機感」や、終末思想の「恐怖」が、さらなる悲劇を生むことについても、本当によく考えていたと思います。上記で、


洗礼者のヨハネや、ミカエルが、イエスと同じように描かれてきた、と書きましたが、マイケルはどう思っていたのでしょうか?


これについては、「HIStoryと黙示録」の一番最後に書く予定ですが、次の『地獄の黙示録』では、「王」についての話が中心になる予定なので、もう少しだけ、ヨハネについて続けると、、


聖書には、黙示録のような夢で見た話(預言)や、手紙なども収められているのですが、よく知られているのは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4種類の福音書ですよね。福音書というのは、すべてイエスとは面識のない後世の信者が書いたものなんですが、イエスの誕生から、イエスの発言や布教活動、最後の晩餐、裁判、そして、十字架刑のあと復活したことで、イエスが神の子であり、真の救世主だったことが証明された。このことを「福音(良い知らせ)」だとするための書です。


この中で、マタイ、マルコ、ルカの3つの福音書は「共観福音書」と呼ばれ、共通する記述や同じような表現があって、互いに内容の真実性について補完し合っていると言われているのですが、


「初めに言葉(Logos)があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった」


から始まることで有名なヨハネの福音書は、それらとはかなり異なっていて、福音書を書いた人たちは全員イエスに会ったことがない人たちなのですが、中でも、ヨハネのものは一番後に書かれたにも関わらず、イエスの言葉が最も多く書かれていてw、イエスをより「神の子」として強調してあるんですね。


また、福音書を書いたヨハネは、「悔い改めよ、神の国が近づいた」という、イエスの先駆者だと言われる洗礼者ヨハネの「終末思想」に深く影響を受けていると言われ、そもそも、記述者が、自分をヨハネだと名乗ったのも、洗礼者ヨハネの言葉として聞いてほしいという思いからだった、という解釈や、また、ヨハネの福音書には「イエスの愛しておられた弟子」という表現があって、それがヨハネであるとする説などもあり、


黙示録に限らず、「救世主イエス・キリスト」を創り上げるうえで、ヨハネ(洗礼者ヨハネ+福音書を書いたヨハネ)という人物の影響力は大きいものがあるようです。


しかし、イエスが、自分に洗礼を授けたヨハネを尊敬していたことは確かであっても、イエスが、ヨハネの信者に留まっていたなら、キリスト教にはならなかったわけですし、キリスト教ヨハネ派の誰かによって書かれた「ヨハネの福音書」が、一番愛した弟子をヨハネだとしただけとも言えるでしょう。


当時流行していた「千年王国(神の国)」や、「終末思想」について、最近の研究によって、福音書の中で最古のものとされる、マルコの福音書では、終末に熱狂する人々に対して、冷静さを保つことを呼びかける、こんな言葉もあります。


ペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレが、ひそかに尋ねた。「おっしゃってください。そのこと(終末のこと)はいつ起こるのですか。また、そのこと(神の国のこと)がすべて実現するときには、どんな徴(しるし)があるのですか?」イエスは話し始められた。「人に惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、「わたしがそれだ」と言って、多くの人を惑わすだろう。戦争の騒ぎや戦争の噂を聞いても、慌ててはいけない。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に地震があり、飢饉が起こる、これらは産みの苦しみの始まりである。あなたがたは自分のことに気をつけていなさい」(マルコの福音書13章より。マタイ24章、ルカ21章にも同様の記述があります)

自分が住んでいる地域の牧師の話や、テレビ伝道師の説教を信じることが、神を信じることだと思う人がいる一方で、


キリスト教には、福音書の記述者だけを比較しても、それぞれの解釈の違いがあり、異文化や異なる言語の大きな違いを乗り越えて、この書物から何かを得ようとしてきた長い歴史から、様々なことを感じ、現代の常識から考えれば、荒唐無稽な記述があっても、依然として、地球も、人類や他の動植物も、被造物には違いないという思いから、神への畏敬の念を失わず、学び続けるマイケルのような人まで千差万別なんですよね。


ヨハネについて長くなりましたが、

次は最も難解な『地獄の黙示録』へと続きます。



by yomodalite | 2016-01-13 16:33 | ☆MJアカデミア | Comments(4)
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HIStoryと黙示録:『意志の勝利』の続き


プロテスタント革命が、論理の解明を求める人を増やす一方で、「ロマン主義」と呼ばれる庶民文化が発展したと、①で書きましたが、人々が、キリスト教に抱いたイメージは、音楽・文学・演劇の中に多くの物語を生みだし、イエスは「革命によって人々を救済する若者」というヒーローの原型となり、ミカエルは勇者のイメージとして、その他、大勢の聖書の登場人物たちが、物語によって語られ、「美」や「正義」や「愛」を一体化した物語への欲望は高まっていきました。


そして、ヨーロッパの帝国が崩壊したあと、「ロマン主義」は、20世紀のアメリカ、ハリウッドへとその中心地を移し、美術と音楽と物語を一体化した「映画」は巨大産業へと発展しました。


アメリカはピューリタン(清教徒)が創った国だとよく言われますが、大雑把に分類すると3つの宗教勢力がありました。


・清教徒に代表されるクリスチャン(プロテスタント)

・フリーメーソン

・ユダヤ教


アメリカ建国時のヨーロッパは、神の国を求める潔癖なプロテスタントにとっては、堕落した国(=自由の国)になっていて、そこに不満をもったクリスチャン。


また、世界第一の都市がニューヨークに移転する前は、パリがその地位にいて、フランスが革命によって手に入れた「自由、平等、博愛」というのは、「(教会からの)自由」という意味が大きく、そこに、「寛容」と「人道」も基本理念に加えたメイソンリー。彼らは、自由の女神像を送るなど、アメリカに希望を見出していましたが、ナチスが、フランスを占領したことでさらに移住が加速し、自由主義者である芸術家たちも、アメリカを目指した。


そして、ヨーロッパで迫害されていたユダヤ人。ナチスによる迫害から、彼らも新天地を求め、ますますアメリカへの移住が進んだ。


アメリカの都市文化を作ったのは、宗教的には、後者2つの勢力で、フリーメーソンは、フランスにあった「自由の女神像」をニューヨークにも建て、政界に力を持ち、ユダヤ人たちはハリウッドで映画産業を興し、巨大財閥を形成し、グレートファミリーと呼ばれる一族もユダヤ系だと言われています。


宣教師の教えを信じることで「神の王国」を目指し、清貧を重んじてきたクリスチャンたちが、この2つの勢力が拡大することを、どれだけ嫌ったかは容易に想像がつくと思いますが、これが「ユダヤ陰謀論」の原動力となり、当初ナチスに好感をもった理由にもなった。


第二次大戦では連合国だった米国とソ連は、互いに戦勝国となると、資本主義と共産主義に分かれて争うことになりました。米国が、戦後のドイツやフランスのように、社会民主主義政党が強い影響力を持つ形で経済体制を構築できず、現在に至るまで「反共主義」が、ヨーロッパとは比較にならないぐらい強いのは、


アメリカが、政治から宗教を切り離すことができず、共産主義が、宗教否定につながるという面が大きいんですね。


そんなことを踏まえつつ、ハリウッドが生んだ3本の映画と黙示録との関わりの最初は、『レッド・オクトーバーを追え!』について。


この映画が公開になったのは、ソ連が崩壊する1年前の1990年。民主主義と自由経済の最終的な勝利によって、社会の平和と自由と安定無期限に維持され、歴史は終わったという、米国の政治思想家フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』は、その1年前に論文として発表され(’92年に出版)、民主政治が政治体制の最終形態で、今後は安定した政治体制が構築され、政治体制を破壊するような戦争やクーデターのような歴史的大事件はもはや生じなくなる。と予測し、この時代を「歴史の終わり」と呼びました。


強権的な支配で覇権を極めた国家はすべて崩壊し、歴史を脱却した民主国家は、崩壊せず永久に存続するという、フランシス・フクヤマの主張はさておき、米国人にとっては、「悪の帝国」だったソビエト連邦が崩壊し、自由主義の盟主である我がアメリカ合衆国が勝利したという意識は、この映画のストーリーを米国にとって、楽観的なものにしただけでなく、1991年からの湾岸戦争や、その後のイラク戦争への楽観につながりました。


冷戦後のCIAの「第1の敵」が、ソ連から、日本の経済界へと移り、第二次大戦後の占領下以上に、米国の支配を受けることになった今の日本で、この映画を見ると、二大大国が拮抗していた「冷戦時代」の良さばかりが思い出され、独裁政権や、社会主義国家以上に、アメリカの民主主義について、いくつもの疑問を感じずにはいられなくなるのですが・・・


◎『レッド・オクトーバーを追え!』とヨハネの黙示録


ストーリーは、1984年11月、ゴルバチョフ政権の前夜、ソ連の最新鋭の原子力潜水艦レッド・オクトーバーが深海に姿を消したことから始まります。艦長と乗組員の一部は、戦艦を手土産にアメリカへの亡命を希望していて、その真意を読み取る英知をもつ者がいると信じて、アメリカに向かうものの、第三次世界大戦の引き金になり得る状況に両国では緊張関係が高まり、原子力潜水艦を攻撃すべきだという意見でまとまりそうになる。しかし、たった1人のアメリカCIAのアナリストが、艦長の真意に気づいたことで、亡命は成功します。


映画の冒頭では、自国の艦長の調査に来たKGB(ソ連国家保安委員会)のエージェントが、艦長の部屋で、ある本を発見し、読み上げる。


その時来たりならば、心してみよ。我は盗賊としてあえて行くなり。ともに集わんとする者たちが、あまねく目指したる場所はアルマゲドン。7番目の天使が鉢を空けると、天国から声が響いた。「業はなされた」日本語字幕より)


これは、全部で22章あるヨハネの黙示録の16章の文章です。


聖書は翻訳によって解釈の幅が大きく、印象が変わることが多いので、この箇所を新共同訳で見てみると、


見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩くのを見られて、恥をかかないように、目を覚まし、衣を身につけている者は、幸いである。汚れた霊どもは、ヘブライ語で「ハルマゲドン」と呼ばれる所に、王たちを集めた。第七の者が、その鉢を空中に傾けた。すると、大きな声が聖所の中から、御座から出て、「事はすでに成った」と言った。


さまざまな解釈の中で、共通しているのは、最終決戦を戦う者たちが、盗賊のようであることと、アルマゲドン(=ハルマゲドン)という場所に集められたこと。字幕訳では、自分の意志で集まっているようですが、新共同訳では、汚れた霊たちが、王たちを集めたことになっています。映画では、船長が「善」なのか、「悪」なのかわからない人物で、不穏な計画を疑わせるために、『ヨハネの黙示録』が使われているようです。


KGBエージェントは艦長に

「責任を負うあなたが、世界終焉の本を?」日本語字幕より)

と尋ねます。ロシアのキリスト教であるロシア正教の中には、ヨハネの黙示録に相当する「イオアンの黙示録」があるんですが、ソ連時代は、共産革命によって、世俗主義、無神論、唯物論を奉じているので、キリスト教自体が禁止されている状態でした(これは中国でも同じで、社会主義国家は、どこも宗教を弾圧しています)


これに対し艦長は、

「我は《死》となり、世界を破滅に導く」アメリカ人が引用した古代ヒンズー教の教えだ。(彼は)原爆を発明。後日、共産主義だと疑われた。日本語字幕より)

と答えます。このアメリカ人というのは、原爆の父と言われるオッペンハイマーのことで、彼は原爆の破壊力を目の当たりにして、それを兵器として使ってしまったことを、ヒンズー教の経典である『バガヴァッド・ギーター』の一節を引用して、


闘いに消極的な王子アルジュナを説得するために、ヴィシュヌ神の化身クリシュナが、任務を完遂するために恐ろしい姿に変身し、「我は死神なり、世界の破壊者なり」と言ったことに例え、自分がクリシュナになったことを悔やんでいった言葉です。






米国の異常なまでの「反共」意識はさておき、なぜ「共産主義者」だと非難されたのか?


オッペンハイマーは、ドイツから移民したユダヤ系アメリカ人で、ヒンズー教徒だったわけではないのですが、最高峰の知性をもっていると思われている物理学者にも、実は無神論者より、神の存在について深く考えている人が多く、さまざまな宗教書を読んでいる人も多い。オッペンハイマーもそういった人で、国や民族に縛られることのない「神」を考え、世界を破壊してしまう武器を根絶するためにも、世界中の人々との連帯を重要視し、労働者の国際組織を目指した共産主義を信じる人々とも接点をもっていたようです。


艦長の意図は、はっきりとはわかりませんが、


第二次大戦で味方だったアメリカ人が、大戦後は敵となったことが示唆されているだけでなく、ヒンズー教のエピソードは、細かい点は違っていても「ヨハネの黙示録」と同じ構造になっています。つまり、


「(神の)勝利のために、悪になる」


ということです。


このシーンは、観客に、船長が狂っているのか、善なのか悪なのか、を考えさせようとするオープニングでもあり、このあと、艦長の答えに納得できなかったKGBを、艦長は殺害するのですが、この行動も、亡命を希望する他の乗務員たちの夢をかなえるリーダーとして、


「勝利のために、悪になる」という例ですね。


キリスト教聖書全体も、ヨハネの黙示録でも、それほど単純な善悪二元論ではないのですが、戦いに勝利し、理想の国家を創るというマインドにあふれた米国では、ヨーロッパや日本と違って、現在でも「ヒーロー物語」が数多く創られています。


ウィラとエレノアの会話では、『レッド・オクトーバーを追え!』の新たなヒーロー像として、ショーン・コネリーが演じる、命令に背き、新しい技術をアメリカと共有しようとする艦長のことが言及されていましたが、アメリカ側の、もうひとりの主役であるCIAエージェントは、軍隊をイメージさせないスマートさで、アレック・ボールドウィンが演じています。


このキャスティングには、007シリーズで英国秘密情報部(MI6)のジェームズ・ボンド役で有名なショーン・コネリーを、冷戦下のオールドタイプのスパイへと押しやり、冷戦に勝利したCIAエージェントを、スマートなヒーローにしようとしている意図も感じられるのですが、


ショーン・コネリーは、この映画の数年前、フランス、イタリア、西ドイツ合作映画『薔薇の名前』で、粗末な衣服を身につけた清貧派の修道士として登場し、中世ヨーロッパ教会の文書庫の秘密を暴く役柄を演じていたり、年を重ねてからのコネリーには、賢者や預言者の風格がありましたが、この映画のように、乗組員を引き連れて、アメリカに亡命するというのは、「モーセ」を彷彿させますね。


この物語は、ロシアの原子力戦艦の艦長と、アメリカCIAエージェントが、お互いに、高い知性と教養を備えたエリート軍人ゆえに、最終的に理解しあえた。という結末なんですが、


ウィラが言うように、知性によって、まったく違った境遇の人の身になって考え、想像力を働かせて世界を見ることで、最終的に他者への共感がおこる」ことはあまり多くはありません。

 

艦長が引用したのは、まさにその最も大きな例で、


高い知性をもったオッペンハイマーや、アインシュタインといったユダヤ系の人々は、ナチスドイツが先に原爆を開発してしまうことに恐怖を感じ、アメリカ国民として、自国の勝利を「最善」と信じ、また、その成果によって、アメリカは第二次世界大戦に勝利しました。


このとき、アメリカとソ連は同じ「連合国」ですが、勝利した連合国はその後、資本主義と共産主義に分裂し、米ソの「冷戦時代」となります。


原爆が実際に使われたことを後悔したオッペンハイマーは、国から監視される身分となり、その後の水爆の開発は、エドワード・テラーが中心になりました。エドワード・テラーは、ドイツによって、より複雑な立場に立たされましたが、彼は、マイケルが「ヒストリー・ティーザー」の舞台に選んだハンガリーの首都ブダペストで生まれたユダヤ人でした。



「水爆の父」と呼ばれたエドワード・テラーの生涯

①で端折ったことや、

マイケルがハンガリーを選んだ理由もちょっぴりわかる

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ソ連とアメリカの冷戦構造が敗れたのは、拡大する一方の軍事開発(+宇宙開発)費が、社会主義国では賄えないきれなくなったことが大きな原因でした。だとすれば、アメリカが冷戦に勝利して、唯一の「世界覇権国」になれたのは、ユダヤ人の貢献が大きかったと言っても過言ではないはずです。


原爆を投下した飛行機には、キリスト教宣教師が同乗し、異教徒は殺していいのだと、宣教師にお墨付きをもらって、原爆を落としました。


しかし、アメリカの勝利を望んで、原爆投下を支持し、実行もしたクリスチャンたちの中には、戦後、自らの罪悪感から逃れるために、その罪をユダヤ人になすりつけ、原爆投下は間違っていないけど、開発したユダヤ人たちは「悪魔」だという考えを支持するようになりました。彼らの多くは、共産主義にも反対の立場をとりましたが、冷戦を勝利に導いた資本家たちに対しても、やはり「悪魔」だと罵りました。


私たち日本人の多くは、悲惨な事件を何度も起こしながら、アメリカ社会が「銃規制」をしないことを不思議に思っていますが、そこには、独立精神を重んじ、自分の身は自分で守り、狩りによって、食料である肉を調達することで、国に頼らない。数々の間違いを犯してきた「国家」に縛られない自由を求める人々の権利が守られている、という側面もあります。


こういった人々のことを、「反知性主義」と呼ぶのですが、そこには、知的権威や、エリート側への正当な批判も存在しています。


実際のところ、現在の日本で「反知性主義」だと相手を批判している人は、自分の「知性」と「正しさ」に自信をもって表明しているだけで、相手を説得することはまるで考えていない人がほとんどです。彼らは、相手の馬鹿さ加減を発見して罵ることで、それに共感する人を集め、選挙に勝てると思っていますが、正しさを主張するだけでは勝てないだけでなく、どんな政権であっても、間違いを起こしてきたことは、歴史が表明していることではないでしょうか。


「善」と「悪」が入れ替わるだけではなく、「知性」と「反知性」も常に入れ変わる・・・


ウィラとエレノアの会話にもあった、「誰かを信用するとか、誰が世界を脅かしているとか、私たちにわかるのか?」というのは、本当に重たい問題です。


さて、


①で、ルネサンスがギリシャ文化を復活させ、宗教革命が、神と人との間の教会の権威を失くしたことで、カトリックが、人々にイメージさせていたガブリエルのような「天使」から、古代の神話にあるように「鳥」が神のメッセンジャーとして復活し、ヒトラーのナチスのマークや、様々な紋章に鷲(鳥)が再び登場することになった。と書きましたが、


Part 2で対比した『意志の勝利』と『HIStoryティーザー』に登場した鷲の像は、


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『レッド・オクトーバーを追え』では、CIA長官の部屋に登場します。



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(実際のCIA長官の部屋にも、これとほぼ同じ像があった)


Part 2の会話では、『HIStoryティーザー』の鷲は、ロケ地であるハンガリーの「トゥルルの像」だと言われていますが、この鷲の足元に剣がある像は、0:41~で、もう一度登場します。



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このときも、特にハンガリーの「トゥルル像」の特徴を捉えているというよりは、ローマ帝国や、オーストリア=ハンガリー帝国、ナチス・ドイツも、ロシア、アメリカ、その他アラブ諸国でも国章や国旗になっている「鷲と剣(武具)」の像として撮られていますね。



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参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/鷲_(紋章)


『HIStoryティーザー』で、ガブリエル像が登場しないのは、この鷲の方が、世界の人々の根元に共通して関わっている。と、マイケルが考えていたからでしょう。民族や宗教や国家が違っていても、人には、共通している点がたくさんある。ということを、マイケルは世界ツアーで経験していました。


マイケルはミケランジェロを大変尊敬していましたが、ギリシャ文化のように、肉体を通して表現することが、人種差別に繋がることを、彼は、ヒトラーの経験から学んだのかもしれません。


ミカエルの話は、次の『ターミネーター2』で



by yomodalite | 2016-01-08 21:00 | ☆MJアカデミア | Comments(8)
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新年早々ですが、去年に引き続いて、「HIStory」について考えたいと思います。


ウィラとエレノアの会話をPart 3まで紹介してきましたが、引用された映画で納得できたのは『独裁者』だけで、『意志の勝利』『レッド・オクトーバーを追え』『ターミネーター2』『地獄の黙示録』といった映画とマイケルの『HIStory』との繋がりや、「ハンガリー」という場所の意味について、すんなりわかった。という人は少ないのではないでしょうか。


その理由のひとつには、私たち日本人が世界の歴史に疎く、宗教と政治が絡まっていることについては、特に理解しにくいということがあるように思います。


会話には直接登場しませんでしたが、この4本の映画は、すべて「ヨハネの黙示録」で繋がっています。これは、会話に登場した「マイケル(=ミカエル)が軍を率いているシーンの重要性」にも関係があります。ミカエルは「黙示録」で活躍する天使ですからね。


このフィルムにこれほど多くの引用を詰め込んで、「歴史」を表現した理由、そして、マイケルの「大天使ミカエル」の解釈や、彼が「KING(王)」にこだわった理由について、それぞれの映画に潜むヨハネの黙示録の「糸」をほぐしていくことで、あと一歩「HIStory」が示した歴史に触れたいと思います。


マイケルのティーザーで、MJが率いた軍隊は人々にナチスを思い出させ、HIStoryツアーオープニングのジェットコースター映像で、一際ゆっくりと映し出されたのは、ミケランジェロによるシスティナ礼拝堂の天井画でした。


ここでは、『意志の勝利』の背景から、ヒトラーとシスティナ礼拝堂、そして、ティーザーのロケ地であるハンガリーとマイケルを繋ぐ「糸」についても言及したいと思います。


◎「ヨハネの黙示録」の基本情報


黙示というのは、「隠されていた物事が、神によって明らかにされる」という意味で、預言者が幻の中で神の啓示を見聞きしたという体裁で書かれていて、主に「終末」のことが語られています。旧約聖書には複数ありますが、新約聖書では「ヨハネの黙示録」だけです。


「ヨハネは神の啓示を受け、アジアの7つの教会に決起をうながす手紙を送る。彼は、天でキリストが、7つの巻物を受け取るのを見た。封印が解かれるたびに、様々な事態が起こり、第7の封印を解くと、7人の天使が現れ、その天使たちがラッパを吹くと、また様々なことが起こり、第7のラッパが吹かれると、子を産もうとする女、その女を食おうとする竜、その竜と戦うミカエル、獣、7つの災いをもたらす天使などが現れた。竜と、獣と、偽善者たちの口から出た3つの穢れた霊は全世界の王を、“ハルマゲドン(アルマゲドン)”の地に集合させ、大淫婦は獣に食われ、獣と、地上の王、偽預言者は火の池に投げ込まれ、竜は底なしの深淵に投げ込まれるが、キリストを信じる者は復活し、キリストによる千年間の統治が始まる。それから千年後にサタンが解き放たれ、ゴグとマゴクを招集するが、天からの火で焼き尽くされ、獣や偽預言者と同じく燃える池へと投げ込まれる。死人たちは、神の前で裁かれ、“生命の書” に名が書かれていない者も火の池に投げ込まれる。新たな地エルサレムが、天から与えられ、神と玉座に座る小羊によって永遠に統治される。ヨハネが見た幻はそのようなもので、天使から、これらが実現するのは間近であると告げられる」


上記は、よく見かける説明をまとめてみたものなんですが、ここには、当時流行していた「千年王国」の思想が強く打ち出されています。その思想では、「世界の終末」は2度訪れることになっていて、最初の終末時に世界が滅び、救世主が統治する千年王国が樹立される。そこから千年の後、サタンは復活するが、最後の決戦によって完全に滅び、最終的な終末が訪れる。この「最終決戦」で、勝利したのが、大天使ミカエルで、このあと、最後の審判が行われ、新天地が出現して、永遠の世界が続くことになる」というのがその思想です。


でも、実際の聖書の記述を読むと、こんな風に読める人は少ないと思えるほど難解で(上記の説明でさえよくわからないと思いますがw)、天使たちがラッパを吹くと、海の三分の一が血になって、生物の三分の一が死に、四人の天使は、人間の三分の一を殺した。という記述もあり、天使たちは残忍で、善や正義を表しているようには思えません。また、生き残った人間たちに対しても、「相変わらず悪霊や、金や、偶像を拝んだ」とか、とにかく偶像を崇拝するものを地獄に落とす気がハンパないので、天使の絵が好きな人は相当ヤバいですし、上記でキリストとされている部分は、プロテスタントとカトリックの神学者が共同で翻訳した、日本でもっとも普及している新約聖書・新共同訳では「小羊」なんですが、その描写は、「屠られているような小羊で、7つの角と7つの目を持っていた」とか、まるで、マッドサイエンティストが造った「モンスター」が、「ゾンビ」になって現れたとしか思えないような姿なんですね(笑)。


ヨハネが、7つのアジアの教会に「決起せよ」といった内容の手紙を送っていることから考えても、「竜」は「敵国」ぐらいの意味で、崩壊したと書かれている「バビロン」は、ローマ帝国のことではないかとか、近代聖書学では、さまざまな解釈があり、聖書の正典への受け入れをめぐっても多くの論議があったようですが、世界の終末に起こる戦いにおいて、キリスト教を信じるものが最終的に勝利し、キリストを信じるものは、天国に行くことができ、彼らに「理想の国家」の建設という目的を与えました。


二千年以上前に書かれていることなので、「まだなの?」と思う人も、「すでに起こったこと」だと考える人もいますが、


終末の日が近づき、神が直接地上を支配する千年王国(至福千年期)の到来が間近になった。しかし、そのためには「悔い改め」が必要であり、サタンとの最終戦争のあとには、最後の審判が待っている。といったことを、これから間もなく起こることだと喧伝し、「救済」のために、信仰を先鋭化させる宗教集団が現れたり、世界を巻き込む壮大な戦いを描いた物語の原型として、多くの絵画やストーリーに影響を与えただけでなく、現実の戦争に多大な影響を及ぼしました。


海に囲まれたおかげで、侵略の恐怖に直面することなく、信仰を内面の問題と捉える傾向がある日本人と違い、キリスト教は、隣国との戦いに明け暮れた時代に必要とされた「帝国主義の道具」という側面が強く、宗教的リーダーである「教皇」が、軍隊のリーダーでもある。というのは、最初のキリスト教徒皇帝として有名な、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世から始まっていて、コンスタンティヌス1世が、神の予兆によって、それまで迫害されていたキリスト教に改宗し、彼が率いるローマ帝国が世界覇権国になったことで、キリスト教は世界を席巻しました。


会話に登場したハンガリーの千年記念碑にみられたように、君主であるイシュトヴァーン1世が、神のメッセンジャーである天使(ガブリエル)によって、「王」として認められ、キリスト教の布教に努めるというのは、当時のキリスト教(カトリック)の国々の建国神話の「典型的なパターン」で、そこから千年経ったことを記念するというのは、ヨハネの黙示録にもある「千年王国」と同じ思想によるものです。


しかし、これは、結局のところ、神ではなく、ローマ教会が任命しているわけです。キリスト教をつくったパウロは、ユダヤ教の律法によって差別され、救われない人々を救済しようとしたイエスに学び、ユダヤ教会が権威と法律によって、人々を縛っていることを批判して、キリスト教を作ったはずなんですが、その旗印を挙げ、神の勝利によってできたはずのローマ帝国は、その繁栄と同時に、当初批判したユダヤ教以上に人々を権威で縛り、腐敗していました。


◎宗教革命(カトリックとプロテスタントの分離)


教会は人々に神の教えを説くために、芸術家を使っていましたが、ミケランジェロ(1475 - 1564)らによる「ルネサンス」は、それ以前の文明であるギリシャから哲学や神話といった古典を学び直し、神が人を創ったという「受肉」を、解剖などの科学的な探求によって理解し、イエスや、モーセを「生きた人間」として描き出し、教会が批判してきたユダヤ人たちを、イエスと同じくアブラハムを祖先とする人々として、システィナ礼拝堂(ローマ教会)の天井画に描きました。


聖書が読めない時代、人々は「美術」に神を感じていました。


その後、聖書が、ドイツ語や、その他のヨーロッパ語に翻訳することができるようになり、大勢の人が聖書を読めるようになると、教会が言っていることと、聖書の矛盾がはっきりと露呈することになり、マルティン・ルターによる宗教改革(1517~ 後にプロテスタントと呼ばれる)に繋がりました。


プロテスタントが重要視したのは、「言葉」でした。


しかし、戒律宗教であるユダヤ教とちがい、イエスという人の姿をもった救世主を信仰に取り入れ、神を、心や内面の感覚と繋がっていると考えるキリスト教では、聖書が読めるようになったことで、むしろ、神に対して、言葉にできない感覚に対しての欲求が強くなり、


人々は「音楽」に神を感じるようになりました。


キリスト教聖書の矛盾は、論理の解明を求める人を増やす一方で、庶民文化の発展にも繋がり、それは「ロマン主義」と呼ばれ大きく発展していきました。隣国との戦争により、ヨーロッパ諸国の発展と衰退が繰り返された時代は、さまざまな文化が華開いた時代でもあり、1517年から始まった宗教改革の168年後に、音楽の父と言われるバッハ(1685 - 1750)が生まれ、その後、モーツァルト(1756 - 1791)とベートーヴェン(1770 - 1827)、また、文豪ゲーテ(1749 - 1832)も、同時期に登場し、彼らはすべて、ドイツ、オーストリアに生まれているのですが、この時代、それらの国は「神聖ローマ帝国」と呼ばれていました。


◎「神聖ローマ帝国」


ここで、ヒトラーがなぜ「第三帝国」を標榜したかを説明するために、「神聖ローマ帝国」について説明します。この国は、ローマ帝国といっても、現在のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部を中心とした国で、その中でもいくつかの時代に分かれていて、


・「ローマ帝国」期(800 - 911 カール大帝の皇帝戴冠から東フランクにおけるカロリング朝断絶まで)

・「帝国」期(962 -1254 オットー大帝の戴冠からシュタウフェン朝の断絶まで)

・「神聖ローマ帝国」期(1254 -1512)

・「ドイツ国民の神聖ローマ帝国期(1512 - 1806)


最後に「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」という国があるので、ややこしいのですが、オットー大帝が戴冠した962年から、すべてドイツ(ゲルマン)系が支配していた国なんですね。


「神聖(Sacrum)」の形容詞は、1157年にフリードリヒ1世がドイツの諸侯に発布した召喚状に初めて現れ、彼らは古代ローマ帝国やカール大帝のフランク王国(5世紀から9世紀にかけて西ヨーロッパを支配したゲルマン系の王国)の継承国を自称した。フランク王国は西ローマ帝国の継承国を自認しており、「神聖ローマ帝国」の名は、西ローマ帝国からフランク王国へと受け継がれた帝権を継承した帝国であるということを標榜していた。帝位にふさわしいと評価された者がローマ教皇によりローマで戴冠し、ローマ皇帝に即位した。しかし、「神聖」の定義や根拠が曖昧で、現在のドイツからイタリアまでを領土とし、「ローマ帝国」と言っても、ローマは含まれていなかった。また、古代ローマ帝国の正統な継承国としては、15世紀中期まで東ローマ帝国が存続していた。当然のことながら、東ローマ帝国側は神聖ローマ帝国が「ローマ帝国」であることを認めず、その君主がローマ皇帝であることも承認しなかった。一方、神聖ローマ帝国側でも、東ローマ皇帝のことをローマ帝国であると認めず、「コンスタンティノープルの皇帝」「ギリシア人の王」などと呼ぶようになっていた。(Wikipedia「神聖ローマ帝国」より要約)


ルターが、神と人間のあいだに教会はいらない。と説いたことで、キリスト教は「内面的」な信仰を重視することになり、プロテスタント教会には、絵や像がなくなり、教会の外で、文化が華開くきっかけになったのですが、その一方で、神の声を人が直接聞くことで「王」になれる「王権神授」にも繋がり、ヨーロッパ諸国は、カトリックとプロテスタントに分裂し、血で血を洗う激しい宗教戦争時代へと突入していきます。


ハプスブルク家が帝位をほぼ独占するようになったドイツ国民の神聖ローマ帝国時代、帝国はヨーロッパ諸国の連合体となり、16世紀から始まった宗教改革によって帝国はカトリックとプロテスタントに分裂し、諸国の独立性が更に強化されることになる。ハプスブルク家は帝国内に官僚として君臨し、神聖ローマ皇帝(レオポルト1世)の意見よりオーストリア王朝の利益を優先するようになるが、帝国の集団防衛という神聖ローマ帝国独特の制度が確立した。しかし、その後スペイン継承戦争をきっかけに、諸侯のバランスは崩壊し、帝国は機能不全に陥り、分裂する。


・ドイツ国民の神聖ローマ帝国(1512 - 1806)

・オーストリア帝国(1804 - 1867)

・オーストリア=ハンガリー帝国(1867 - 1918)

・ドイツ帝国(1871 - 1918)


そして、ドイツ国民の神聖ローマ帝国が崩壊したあとの、オーストリア=ハンガリー帝国に生まれた、ワーグナー(1813 - 1883)は、作曲と歌劇の台本の両方を創作し、音楽界だけでなく19世紀後半のヨーロッパの中心的文化人となります。


モーツァルトとベートーベンの時代は「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」、ワーグナーが生まれたときは「オーストリア=ハンガリー帝国」だったハプスブルグ家の帝国は、そのあと、さらに戦争によって翻弄され、19世紀初頭、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの侵攻を受け、帝国内の全諸侯が帝国からの脱退を宣言すると、オーストリア皇帝で、神聖ローマ皇帝だったフランツ2世は退位し、ワーグナーが亡くなった数年後に生まれたヒトラーが29歳の頃、ヨーロッパの中心に君臨したドイツ系名門貴族ハプスブルク家の帝国は終焉を迎える。


ワーグナーと同じく、オーストリア=ハンガリー帝国に、税関管理の子供として生まれ、画家や建築家を夢見たヒトラーは、第一次大戦(1914 - 1918)でのドイツ帝国の敗戦を目の当たりにし、失われたゲルマン民族の栄光を取り戻すために、武力による政府転覆計画を起こし、投獄されます。


そして、自分の誇りを、民族の誇りに求め、民族の誇りを、過去の歴史に求め、自分の行いによって、世界の運命も変わると信じたヒトラーは、獄中で『わが闘争』を執筆する。


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◎『意志の勝利』とヨハネの黙示録


上記の神聖ローマ帝国の存亡が、下記の『意志の勝利』の冒頭の年号より前のドイツの歴史なんですが、

1934年9月5日

第一次世界大戦の勃発から20年(1914年)

ドイツの苦難の始まりから16年(1918年)

ドイツの再生の始まりから19年(1915年)

アドルフ・ヒトラーは再びニュルンベルグに降り立ち軍事パレードを行った。

(Part 1「意志の勝利」③)


繁栄を誇った帝国が、第一次大戦の敗戦によって借金に苦しみ、誰もが絶望の淵にいるとき、ヒトラーは「再生」を掲げて人々を鼓舞しました。彼にもっとも惹きつけられたのは、若者だったそうです。


1933年にナチスが政権を握り、自らを「第三帝国」と呼んだのは、上記の「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」と、1871年からの「ドイツ帝国」に次ぐ第三のドイツ人帝国という意味で、「意志の勝利」というのは、「(神の)意志」であり、「神の意志による王国の最終的な勝利」を宣言しているんですね。


「君たちこそ我らの肉の肉、我らの血の血なのだ。君たちの頭の中には、我々が従っているものと同じ精神が燃えさかっている」


肉の肉とか、私たちには、ピンと来ないどころか、キモって感じすらするわけですが、これは、「神は、イエス・キリストを受肉して・・」という聖書の言葉から来ています。「神の子を、人間として地上に降誕させた」という意味なんですが、これにならって、ヒトラーが、我らの精神が、君たち少年の「血と肉」になっている。というのは、彼がこのとき神の代理人である「王」になったからです。


『意志の勝利』で、ヒトラーは、ひとつの民族、ひとりの総統、ひとつの帝国を掲げ、「千年王国」が樹立した。と宣言します。


人が常に「終末」に惹きつけられてきたのは、人の生命に限りがあるからだと言われています。自分の命運と、世界の命運が同じに見え、世界の神は、我らの神に結びつく。どの民族も、すべて神が創造したものに違いないのに・・


しかし、古代ローマ帝国の復活を目指したのは、ヒトラーだけではなく、第一次大戦の戦勝国でありながら、領土拡大に至らなかったイタリアでも、ムッソリーニがファシスト党による一党独裁を強いていて、イギリス・ファシスト連盟のオズワルド・モーズリーも大英帝国の復活を目指し、フランスでは、火の十字団(クロア・ド・フー)が支持を集めました。世界中でファシズムが燃え上がり、民族の誇りを口にしましたが、彼らの背後には、勢いを増すユダヤ系財閥と利権を争い、共産主義が邪魔だった大資本家の支援がありました。


これらの民族主義は、いわゆる「ナショナリズム」とは少し異なっています。


ヨーロッパ全土にひろがる宗教改革を起こし、交響楽を生み、発展させ、文豪も生み出した「神聖ローマ帝国」がゲルマン系の人々によるものならば、ヒトラーはゲルマン民族の優秀性や、大ドイツ主義を標榜すればいいはずなのですが、彼は『我が闘争』から、「アーリア民族の人種的優越」を主張し始める。どうして、ゲルマン民族が、インドやイランにルーツをもつアーリア人種になるのか、その理屈を説明することは私にはできませんが、当時のヒトラーはアーリア人種=白人と信じていたようです。


キリスト教の元であるユダヤ教には、ユダヤ民族が神に選ばれたという選民思想があり、ヨーロッパの王たちがユダヤの宗教に惹かれ、キリスト教を国教としたのも、唯一の神から選ばれ、最終的に勝利する民という立場を自分たちのものにし、聖地エルサレムの周辺である、中東やアジアにまで勢力を伸ばしたい、そのために、ヨーロッパの白人同盟を基本にしたんですね。


これは、同じく古代ローマ帝国の復活を目指したムッソリーニや、フランスが十字軍を持ち出したことと同様で、


キリスト教が、神から選ばれたという立場と、その証である聖書をユダヤ人から奪って(これが本当の原罪w)、ヨーロッパ人全体に拡大解釈し、世界覇権をめざすという歴史の繰り返しです。


ただ、残念ながら、これは一神教に限ったことではなく、平和な時代に仏教徒のようなふりをしていた私たちの国が、道義的に天下を一つの家のようにするという「八紘一宇」の精神を古代中国から盗んで、民族主義の隠れ蓑にしたのも、ここから大いに参考にしたことですし、日本、ドイツ、イタリアの3国はそれぞれの民族主義を拡大解釈し、地域覇者となるべく、三国同盟を結ぶ。


しかし、「宗教革命」がおこったドイツの精神主義によって、ヨーロッパが統一されそうになると、「産業革命」によって、ローマ帝国以上に植民地をもった、かつての大英帝国イギリスは、ナチスによってヨーロッパからはじき出されたユダヤ系や、共産主義国家と手を組み、アメリカ、ソビエト連邦、中華民国と同盟を結んで勝利することになる。


戦後、ヒトラーの狂気やファシズム政権の恐ろしさが知られるようになると、ヒトラーにすべて責任を押し付け、彼がやったことはすべて否定されるようになりましたが、マイケルは、若者がヒトラーに惹きつけられた理由について、よく研究したようです。


さて、「オーストリア=ハンガリー帝国」と、マイケルを繋ぎ、「HIStoryに込められた歴史」を補足するために、再びヒトラー以前のドイツの話に戻りますが、


ルターは、聖職者に導かれるのではなく、個人の信仰によってのみ救われるとし、神と個人の一対一の関係を重視しました。その革命によって、神と人々の間にいた天使たちは、徐々に整理され、非科学的な処女マリアへの受胎告知や、王の任命の伝達を担っていた大天使ガブリエルも、「王権神授」によって、その存在意義が薄くなり、新約聖書の「ヨハネの黙示録」には、キャスティングされなくなりました。


ルネサンスがギリシャ文化を復活させ、宗教革命が、神と人との間の教会の権威を失くしたことで、カトリックが、人々にイメージさせていたガブリエルのような「天使」から、古代の神話にあるように「鳥」が神のメッセンジャーとして復活し、ヒトラーのナチスのマークや、様々な紋章に鷲(鳥)が再び登場することになりました。


最終的に勝利を勝ち取ってくれるミカエルだけが重要になったわけです。


元々の聖書が書かれていたヘブライ語から、ヨーロッパ語への翻訳は困難で、誤訳も多く、難解な聖書の内容を読んでも、まず、どう解釈するかが重要になり、神と聖書を信仰のよりどころにしたことで、プロテスタントは現在に至るまで、聖書の解釈をめぐって、数え切れないほどの宗派を生みだしただけでなく、神とは何か?という問いは、無神論や、フリーメーソンや、世俗主義、共産主義といったキリスト教の枠をもこえて革命を起こしました。


音楽の世界では、モーツァルトがフリーメーソンに大きな影響を受け、ベートーヴェンがシラーの詩に音楽をつけた「第9」も、自由主義(フリーメーソン)に影響をうけたものですが、これらは、神を説くものが利用する「権威」から、人間中心主義を標榜しているんですね。


ベートーヴェンの「第九」にも登場する智天使ケルビムは、旧約聖書では、


それぞれ四つの顔を持ち、四つの翼をおび… その顔は人間の顔のようであり、右に獅子の顔、左に牛の顔、後ろに鷲の顔… かたわらには車輪があって、それは車輪の中にもうひとつの車輪があるかのようで… ケルビムの全身、すなわち背中、両手、翼と車輪には、一面に目がつけられていた… 


とか、またもや、マッドサイエンティストが造った「モンスター」としか言いようのない記述だったのですが、ルネサンス期には、天使から階級をなくし、「翼をもった裸の幼児」として描かれるようになりました(puttoと言う)。これは、マイケルが信じていたことと同じで、イエスが、「子供を見習い、子供のようにならなくてはならない」と言ったことから、賢い天使とは、子供のようなものだという理解が、ルネサンスの芸術家たちに広まったからで、第九の合唱曲として有名な「歓喜の歌」の精神は、マイケルの詩集に納められた「ecstasy」に近いものなんですね。


◎「歓喜の歌」歌詞

◎ Dancing The Dream「ecstasy」


宗教改革から200年前後に、バッハや、モーツァルトやベートーヴェンが生まれたように、ドイツと同じプロテスタンティズムの精神を強く受け継いだアメリカ合衆国は建国から182年後に、マイケル・ジャクソンを生み出します。『HIStory』でエジソンの録音技術と、それを発展させたベリー・ゴーディをマイケルが取り上げたのは、活版印刷による聖書の普及が、ルターらによる宗教改革につながり、翻訳によって世界中に拡がったことを意識したものでしょう。


マイケルが米国から離れて、大規模な世界ツアーを行ったデンジャラス・ツアーで使用された、カール・オルフの「カルミナ・ブラーナ」(初演1937)も、運命とか、女神といった言葉から誤解している人が多いのですが、「永遠の救いよりも官能だ」というのは、カトリックの教義に反しているだけでなく、生命の書に名前が書いていない者は、天国に行けないとか、プロテスタントの「予定説」にある、神の救済にあずかる者と、滅びに至る者が予め決められているとする教義に反旗を翻した歌なんですね。


マイケルの「Brace Yourself(覚悟せよ)」とは、自分の運命を神に委ねるな、運命は自分自身が切り拓くもの、それを覚悟せよ。ということです。






マイケルの「KING(王)」や、「天使」については後述ということで、

次は『レッド・オクトーバーを追え』と、黙示録の関係に移ります。



by yomodalite | 2016-01-06 06:00 | ☆MJアカデミア | Comments(0)

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(④の続き)


ウィラ:そのあと、そういった行進する兵士たちをマイケル・ジャクソンが先導していくシーンの次に、これまでとはちょっと違う部分があるわよね。


なんていったらいいか、歌でいうとブリッジ(メロディとサビをつなぐ部分)かな。突然、雰囲気が変わって、なにか混沌として、おどろおどろしい感じになる。突如として夜になって、車は燃えているし、ヘリコプターが上空を旋回して、爆音が響き出し、人々は叫んだり、走ったり、恐怖に身を縮めたり・・・つまり、それは混沌と混乱の場面で、ここまでの場面にあった絶対的な規律や正確さとはまったく違う。


エレノア:そう。ここで、『地獄の黙示録』のヘリコプターによる攻撃シーンが引用されている。あの、ヘリコプターが現れて、黒い背景に赤い太陽、という、あのシーンとそっくりよね。


ウィラ:私もそう思うわ。あなたが言うまで、そのつながりには気づかなかったけど、指摘してくれたように、本当にかなり直接的な映像の引用に見えるわよね。『地獄の黙示録』と「ヒストリー」のヘリコプターシーンをここに並べてみるけれど、おどろくほど似ているわ。



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エレノア:『地獄の黙示録』は戦争の恐怖と狂気、特にベトナム戦争でのそれを描いた作品よね。その戦争でアメリカは「無垢を喪失」し、国民は六時のニュースで自分たちも大虐殺を侵しうるのだと知り、何千何万の若者が愛国者としての義務を果たすため戦争という巨大なマシンに巻き込まれ、命をとられなかったとしても、そのマシンに噛み砕かれはき出され、身も心もモラルも破壊されてしまった。


「ヒストリー」のヘリコプターシーンで、パニックになって走る人たちは、『地獄の黙示録』で、すべてを吹き飛ばしてしまうミサイル攻撃の直前、ヘリコプターによる攻撃から身を守ろうと走る、恐怖にとらわれたベトナム人の生徒や漁師たちと同じなのよね。罪のない、戦争の犠牲者。ここでも、「善」と「悪」が入れ替わる。


そして、「ヒストリー」がリーフェンシュタールやナチスを引用していることと同じように、『地獄の黙示録』のヘリコプターが、人々を殺すためにやって来るとき、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」を大音量で流すスピーカーを装備しているというのは意味深いわね。私たちは、どんな側であっても、繰り返し戦争を引き起こす、狂った国家主義的な政治の犠牲者であり続けるということ。


ウィラ:そのつながりは本当に一考の価値があるわ、エレノア。このフィルムをどう解釈するかということと、すごく重要な関係があるから。多くのアメリカ人にとって、ベトナム戦争は、明確な使命もなく、過剰な軍事行動をとるようになったことを象徴する、恥ずべき出来事よね。若いアメリカ兵たちは、多くが10代後半から20代前半で、だれが民間人で、だれが戦闘員なのかわからない異国の地に送られ、きちんとした指揮系統もないままに、混乱と敵意のうずまく状況の中に放り出された。それは、ベトナム人にとっても、そこに送られた若いアメリカ人にとっても悲惨な戦争だった。


仮に『地獄の黙示録』への言及に気が付かなかったとしても(実際私は気が付かなかったんだけど)「ヒストリー・ティーザー」のこのシーンが、軍におびえパニックに陥った市民を表していることは確かで、それは、最初の部分で、マイケル・ジャクソンが率いる軍を崇拝し、歓迎していた群衆に対する、とても矛盾したメッセージよね。ここでもまた、MJは意味を複雑化するために、矛盾した映像を並列させている。


この短い合間のシーンがこれほどに恐怖や混乱をかき立てるようなものであるというのは、これが「ヒストリー・ティーザー」の最も重要なシーンの一つで、とても重要な役割を負っているということではないかしら。直前にあったリーフェンシュタール風の映像、つまり軍を美化するような映像を強く疑い、複雑化させ、同じこの軍隊が自分たちに銃を向けるようになるかも知れないと、想像させる力があるんじゃない。実際この短いシーンは、強力な軍の恐ろしい力は、守ってくれる力であると同時に脅威にもなるということを示している。


エレノア:このシーンが重要であるという点は私も賛成。そしてたぶん、このシーンは、どうしてMJがソビエトの制服にこだわったかということの説明にもなっている。以前ソビエト連邦から受けたことを考えれば、ハンガリーの人たちが「銃におびえ」て用心深くなり、この間まで自分たちを抑圧していた国の制服を着た軍隊が、少しでも武力行使の兆しを見せようものなら、パニックになるというのもわかるわよね。彼らは本当に変わったのか? 彼らは本当に「善」なのか? 信用できるのか?


ウィラ:それは大事な点ね。そして、ブダペストは強力な軍隊が、どれほど人々を脅かすかを表現するのにはこの上ない場所よね。1991年の夏だったと思うんだけど、私はブダペストに友人を訪ねたの。そして二人で実際に英雄広場に立って、友人はハンガリーの歴史を説明してくれた。私はショックを受けたわ。ハンガリーが何百年ものあいだ、いろいろな勢力に占領され続け、その最後がソ連だったことに。


そして、その1991年以降大きな変化があったのは確かで、私がそこにいたときは、第二次世界大戦の痕跡はまだ目に見える形で残っていた。建物の壁に穴が空いているとかね。私がその夏に訪問したヨーロッパの他の国では、そんなことはなかったけど、ハンガリーでは、第二次世界大戦を思い出させるものが目立っていて、『意志の勝利』を引用のためには、「ヒストリー」の撮影場所としてふさわしかったのよね。


重要なのは、建物に空いた穴は、連合国側からの攻撃によるもので、要するに、ソ連の攻撃なのね。ハンガリーは(アメリカ人が第二次大戦で「悪」だとみなした)枢軸国側であり、ソ連は(アメリカが「善」とみなした)連合国側だった。だから、「ヒストリー・ティーザー」のように、第二次世界大戦時のソ連軍がハンガリーに侵攻していくようなシーンを見るとき、アメリカ人である私たちは、ソ連の側に立っているのよ。私たちは同盟国だったから。


でも、あのヘリコプターのシーンに特に言えることだけど、見ている私たちは、ソビエト(連合国)軍の脅威にさらされている、ハンガリー(枢軸国)の人々に共感しているでしょう。「善」なのか「悪」なのか、わからなくなっているってことよね!あなたも言っていたように、第二次世界大戦後ソ連は、反対勢力や反乱を残虐な方法で抑圧し、何十年もの間ハンガリーを占領していた。私たちの「善」や「悪」という単純な考え方は、ものごとをさらに混乱させているのよ。


それは、マイケル・ジャクソンというアメリカ人が、このショートフィルムをハンガリーという場所で、第二次世界大戦のイメージを使って撮ったことの大きな理由であり、興味深い点でもあるわね。あの戦争では、ハンガリーの人たちはアメリカ人の敵で、ソ連は味方だったけど、このショートフィルムではそんな感じがしない。つまり彼は、私たちの認識や感じ方をまるっきりひっくり返している訳ね。


エレノア:うーん・・・ウィラ、そこが微妙なところなんだけど、私はMJのことをアメリカ人としてというよりも、世界市民というふうに見ていて、「ヒストリー・ティーザー」の舞台も、第二次世界大戦ではなく1994年だと思うのね。でも、1994年、その少し前に消滅していたソビエト連邦は、ハンガリー人からも、アメリカ人からも敵と見られていた。だから、MJがブダペストで、そういった兵士たちを導いているとしたら、すごく奇妙で、わかりにくいことになるのよね。あなたは本当にあれが第二次世界大戦を舞台にしていると思う?


ウィラ:いい質問ね、エレノア。手短に言えばノーだけど、リーフェンシュタール的な映像やその他の歴史的事実を思い起こさせる要素を考えれば、そう単純には答えられないわね。


私は、「ヒストリー・ティーザー」の舞台は現代だけれど、過去を強く思い起こさせる現代だと思っていて、そこには、終始、第二次世界大戦やソビエト支配の影響があって、現在と過去が二重写しになっている感じよね。『意志の勝利』や『独裁者』に出てくる長い隊列や、背景にある権力者のための記念碑という過去が、現代の服装をした群衆たちと共に存在している。だから、第二次世界大戦でソ連や、間接的にアメリカとも戦ったハンガリーと、戦後数十年にわたってソビエトの占領下に置かれたハンガリーがあり、それらが、このショートフィルムが作られた1994年のハンガリーに、亡霊のように存在している、と、思うんだけど、どう思う?


エレノア:私は、未だにソビエト支配のトラウマに苦しみ、映画であっても、ソ連の制服を着るのはいやだと思うような人々の国だから、撮影に使われたのだと思うのね。だから、ヘリコプターが画面に現れると、それはすぐに占領の記憶と結びついて、恐怖感をもたらす。1994年は、ハンガリーの人々は枢軸国の市民ではなく、彼らは、まだ自由になったばかりで、ロシア人のことを信用するどころか、信用するふりをする必要もなかった。そして、ここに出てくる観衆たちは、アメリカ人である必要もないと思う。


ウィラ:そうね。私が、一人のアメリカ人がこれを作ったのが興味深いと言ったのは、そういうこともあるのよね。つまり、アメリカ人にありがちな見方をしていない、ということ。むしろ正反対。だって、ソビエトの軍隊を率いるアメリカ人なんて見たことがある? そんなの一度だって見たことがない。絶対にありえないわよね。これも、あなたが言っていた、相反するイメージの並列よね。彼らは「悪」で、私たちは「善」。そういった従来の見方からすれば、どうしてMJは、ソ連の兵隊といるのか?ということになる。感情的、心理的にも、これをアメリカの観客が、どうとらえるかというのは、すごく興味深いんだけど、でも、それはアメリカ人だけの問題ではないと思うのね。


それに、彼がここでやっていることは本当に複雑で、理解するのが難しいということは白状しておかなくてはね。私は未だに悪戦苦闘している感じ。


エレノア:無理もないわ。マイケル・ジャクソンは「ヒストリー」で、この上なく、(またこの言葉使ってしまうけど)複雑な任務を引きうけていて、ものすごい量の情報を一本のショートフィルムのなかに詰め込んであるんだから。でも、私たちはこの作品をよりよく理解するために長い道のりを歩いてきたって感じるわ。


ウィラ:私もよ。


エレノア:それと、あなたが第二次世界大戦について言ったことに戻るんだけど、私も「ヒストリー・ティーザー」でのヘリコプターシーンは、ベトナム戦争を連想させるためだけではなく、もっと何年も前に起こった戦い、ハンガリーがアメリカの敵だったときの戦いの記憶にも重ねて創られていると思う。MJが言っているのは、誰が権力の座につこうと、分断して統治するという原則に基づいた権力構造は、決して正義をもたらさず、不正義が継続するのを許すだけであるということ。そして、戦争は決して平和をもたらさず、さらなる戦争をもたらすだけだということ。プレイヤーが変わっても、パターンは同じ。誰が「善」で、誰が「悪」なのか、解釈は絶え間なく変わり、戦争における倫理は疑問だらけ。


それは、前回のチャップリンの議論で、第二次世界大戦時に反ファシストの立場だった人(つまり「善」)が、それからたった数年後の冷戦時代には、共産主義者(「悪」)と呼ばれることになった、というのにも当てはまる。


だから、この絶え間ない状況の変化というテーマから考えても、ブダペストは「ヒストリー・ティーザー」の舞台にぴったりだった。


ウィラ:私も、そう思うわ。


エレノア:そして、ハンガリーは1994年の時点では平和だったけど、世界はそうではなかった。実際、さほど離れていないボスニアでは、非常に残忍な戦争が進行中だった。


ウィラ:そうだったわね。それについては考えてなかったわ。


エレノア:それは、本当に複雑で、何が本当なのか、私にはまったく理解できない戦争だった。


でも、「ヒストリー・ティーザー」では、ヘリコプターの登場は、軍事攻撃開始のではなく、祝福の合図だということがすぐに明らかになる。新しいヒーローを讃える彫像の除幕式を祝うためだったのよね。そして、そのヒーローの任務は、私たちを、終わりの見えないこのサイクルから救い出すこと。


ただね、ウィラ、これ以上の隠された意図については、私にはわからない。映像だけでなく、サウンドトラックにも大きなヒントを見つけられたけど、それでも、なにか大きなものを見落としているような気がする。


ウィラ:私もそう思う。像の序幕に流れる音楽がどこから来たものなのか、探ってみたんだけど、まだ突き止められない。でも、あなたと同じように、そこがすごく重要な気はするのね。『レッド・オクトーバーを追え』のサウンドトラックに入っている曲かも知れないと思って全部聴いてみたけど(→YouTube)、ぴったり合う旋律は見つけられなかった。マイケルが好きで、デンジャラス・ツアーでも使った「カルミナ・ブラーナ」の一節かとも思って、YouTubeで聴いてみたけど(オープニングの「O Fortune」はMJファンにはおなじみね)、そうではなかった。アルバム「ヒストリー」ではなく、プロモーション・フィルムの歌に関するクレジットを探し出して、色々調べて、あの曲の編曲者かも知れない人にメールもした。それでもまだ突き止められていないの。


そんなわけで、この音楽が重要だとは思うんだけど、私もよくわからないのよね。『レッド・オクトーバーを追え』からのような気もするけど、ベイジル・ポールドゥリスの他の曲かも知れない。彼の作品っぽいものね。でもはっきりわからない。


エレノア:それについては、今わかる範囲で考えるしかないわね。


最後のシーンは、未来SF的な雰囲気を持っていて、建築面でも、歴史的な部分でも、映画的な表現においても、過去に支配されている前半部分とはまったく異なっているわよね。それと、「ヒストリー・ティーザー」では、CGIを使って、英雄広場をまったく違った姿にしている。夜のシーンになる前、千年記念碑の一部である高い円柱が広場の真ん中から取り去られ、違う形になっていることに私たちは気づく。



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ウィラ:それは重要なディテールよね。あの千年記念碑の高い円柱の頂上には大天使がいるのだけれど、私たちが「ヒストリー」で見る、デジタル処理された英雄広場では、長い中央通りの両側に大天使たちがいるのよね。このシーンで見られるとおり。



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stephensonが数週間前のコメントで指摘してくれたとおり、マイケルと大天使ミカエルとの象徴的なつながりを考えると、このシーンはとても重要ね。Stephensonは「大天使ミカエルの、聖書や伝説における、神の天使軍のリーダーとしての役割」について述べてくれて、これが「ヒストリー」の「マイケル(=ミカエル)」が軍を率いているシーンを解釈するもうひとつの方法なのでは、と言ってくれた(*1)そう考えると、大天使を戴いた円柱がいくつも並んでいる画面は、重要なシーンに思えるわね。


エレノア:そうね。MJの像が、大天使の羽の向こうに見える場面があって(映像の2:29)、この大天使が、ガブリエルだということは確かなんだけど(*2)、ただ、大天使ガブリエルは、ハンガリーの伝説では、最初のハンガリー王である聖イシュトヴァーン(イシュトヴァーン1世)に、王冠を授けたということが重要で(*3)、だから、ガブリエルが千年記念碑の頂上に位置しているというのは、ハンガリー人の歴史を考えると、深い意味を持っているのね。



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ガブリエルと円柱の下の部分が象徴しているものが、英雄広場の中央から消えているというのは、帝国主義的なメッセージを排除を意味していて、それは、「ヒストリー」の反帝国主義のメッセージと合致するのよね。


でも、あなたが指摘したように、大天使ガブリエルを頂く円柱は、映像から取り除かれたわけではなく、CGによってコピーされて、中央通りに並ぶ形になっている。それは、ガブリエルは、ハンガリーの伝説だけでなく、神の言葉を伝える天使として、広く世界に知られていて、物語の始まりと終わりに欠かせない存在だからなのよね。



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ウィラ:その解釈はすごいわね、エレノア。なにかとても大きなことが明らかになろうとしている、文字通りの意味でも、象徴的にも。


エレノア:千年記念碑のある英雄広場の中央に、巨大な像が、包まれ縛られた状態で立っている。群衆のムードは祝祭から期待へと変わっていく。撮影用の強力な照明が点いて、その像と一人の男を照らす。男は兵服に身を包み、像の外側に取り付けられた爆発装置をセットしている。人々の期待は不安に変わっていく。どうなるのだろう?彼は像を爆破しようとしているのだろうか?


男が、像から降りて退避すると、威厳のある老人(帝国の過去を象徴する)が、軍の司令官(軍の権威を象徴する)に合図を送り、彼は、メガネを照準器風レンズ(軍のテクノロジーを象徴している)で覆い、像に照準を合わせると、起爆装置担当の男(帝国や軍の命令を遂行する人間を象徴している)に最終命令を出し、その男がレバーを押して、爆発(軍の攻撃を象徴する)を起こす。


像は無事で、人々はみな安堵する。劇的に飛び散ったのは縛り縄で、像を覆っていた幕はゆっくりと波打ちながら地面に落ち、これ以上なく高くそびえる、マイケル・ジャクソンの彫像が露わになる。この像は、その人格と芸術を通して、つぎつぎと戦争を引き起こすような思考を生み出してきた古い神話を打ち砕く、ひとりの男に捧げられた記念碑で、彼の芸術、彼の遺産を表現している。


彼の芸術は、私たちを、敵対ではなく、協働に向かわせるという新しい力を放出し、武力ではなく、芸術の力で新しい世代を導く。この像は新しい千年紀の記念碑で、人々がお互いを恐れつつ暮らす必要などない国際社会を作るように促すのよ。


ウィラ:このシーンの解釈として、素晴らしいものね。あなたと同じく私も、新しく中央に立った像が、政治家や軍人や指導者ではなく芸術家を称えるものであり、新しいイデオロギー、新しい世界秩序の創生を意味しているという点は特に重要だと思う。あなたが言うように、「武力ではなく、芸術の力で」ね。


エレノア:そして、この最後の場面では、帝国に関わるすべてのシンボルを、芸術に取り入れ、それを芸術的目的に使う、という状態を提示している。テクノロジーを、人々を鎖につないでおく手段から、人々を解放する手段へと、戦争ではなく、平和のための装置へと変化させている。


テクノロジーは、芸術作品の製作に貢献し、世界のあらゆる場所に届けることもできる。だから「ヒストリー・ティーザー」でテクノロジーが、マイケル・ジャクソンの芸術的遺産を表す像を出現させるのに使われたというのは、理にかなっていると思う。そして、それで思い出すのは、チャーリー・チャップリンが、『独裁者』の最後のスピーチで、テクノロジーに注目し、人々を分断するものではなく、統一するものとして注目していたということ。


「飛行機やラジオは、私たちを近づける。こういった発明の本質は、人々の良心に呼びかけることだ。私たちみんなが普遍的な人類愛でひとつになろうと呼びかけるのだ」
「あなた方人々は、力を持っている、その力は機械を創造し、幸福も創造する。あなた方人々は、この人生を素晴らしい冒険にし、自由で美しくする力もある」
民主主義の名のもとに、この力を使い、団結しよう。新しい世界のために、働く機会が平等に与えられる世界のために戦おう。〜チャップリンのスピーチ


ウィラ:チャップリンのスピーチに再び触れてくれて、ありがとう。このスピーチは、多くの点で「ヒストリー」の青写真よね。そしてあなたの言うとおり、チャップリンは、テクノロジーの持つ、悪ではなく善の力についてかなり話しているわね。テクノロジーは戦争だけではなく平和にも、人を分断するのではなくひとつにするのにも、使えるのだと。


エレノア:最新鋭のテクノロジーを使った爆破装置がセットされ、スイッチが押されると、像が縛りから解き放たれたのと同じように、テクノロジーは、世界を癒やすために、芸術の大きな力を放出する。


彫像が公開されると、ヘリコプターは、トンボのようにブンブンそのまわりを飛び交い、群衆は歓喜の叫びを爆発させ、花火が打ち上がる。


「ヒストリー・ティーザー」の最終場面のカメラは、像の顔の部分をとらえ、その考え込んでいるような表情を映している。それは、マイケル・ジャクソンの顔にもよく見られた表情ね。彼は、私たちが運命を変えられると知っている。でも、手遅れになる前にそれが出来るだろうかと懸念もしているのよ。


ウィラ:それは、彼が繰り返し、様々な方法で問うてきた、極めて大きな疑問よね。彼が『This Is It』の「Earth Song」の部分で言っている言葉や、映画の終わり近くで彼が、他のミュージシャンやダンサーたちに「自分のすべてを捧げよう」と奨励していたことも、思い出すわね。


みんなに愛の大切さを思い出させて、世界に愛を取り戻すんだ。愛が重要だってこと、互いに愛しあうこと。僕らはひとつ、それを伝えよう。そして地球を大切にすること。4年間で、僕たちが犯した傷を直すんだ。(→全文)


彼がそう言ってから、4年以上が経ってしまったわね…・


ウィラ:エレノア、参加してくれてありがとう!「ヒストリー・ティーザー」についての3回の記事で、私たち本当にたくさんのことを話し合ったわね。この複雑で、理解の難しいショート・フィルムについて、あなたが共有してくれたすべての情報や考察に、心から感謝しています。あなたのおかげで、この作品の見方や理解のし方について、目から鱗が落ちた思いがするわ。あなたは私たちに、すごくたくさんのことを考えさせてくれた。


エレノア:ありがとう、ウィラ。「ヒストリー」の謎を一緒に掘り下げていく機会をあたえてくれて。あなたも、読者の皆さんも、楽しい感謝祭を過ごしてくださるように。私は、マイケルと彼の音楽に、特別な感謝を捧げるわ。


ウィラ:ありがとう。あなたも、楽しい感謝祭を。(会話終了)


註)________


(*1)Stephensonの記事は読んでいませんが、このあと、私なりの解説で、それについても言及したいと思います。→「HIStoryと黙示録」


(*2)ガブリエルはキリスト教の伝統の中で「神のメッセンジャー」という役割を担っていて、『ルカによる福音書』では祭司ザカリアのもとにあらわれて洗礼者ヨハネの誕生を告げ、マリアにはイエス・キリストの誕生を告げた。旧約聖書の『ダニエル書』では、預言者ダニエルの幻の中に現れ、『ヨハネの黙示録』では、名前は出ないものの、ヨハネに神のことばを告げたのは、伝統的にガブリエルであると考えられています。


また、ユダヤの伝承『タルムード』では、太祖ヨセフに道を示して、モーセの遺体を運び、イスラム教では、ガブリエル(ジブリール)は預言者ムハンマドに神の言葉である『クルアーン』を伝えるなど、一神教のすべての宗教で、神の言葉を伝える天使として、知られています。


(*3)聖イシュトヴァーンの王冠の正面には、「Christ Pantokrator(全能のキリスト、イエス・キリストの別名)」が刻まれ、イエスの左右には、大天使ミカエルとガブリエルが描かれている。


https://ja.wikipedia.org/wiki/聖イシュトヴァーンの王冠


ふたりの会話はこれで終了ですが、HIStoryを終えることはまだ出来そうにありません。会話への補足記事も書く予定ですが、その前に「HIStory」という曲についての記事を紹介します。








by yomodalite | 2015-12-28 06:00 | ☆MJアカデミア | Comments(0)

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(③の続き)

ウィラ:あなたが言うように、彼は自分の芸術を通して、繰り返し私たちに「自分の歴史を作るんだ」と呼びかけていた。そして、自分たちの歴史を知ることの重要性も考えていたのね。この春の記事で、ライシャとジョイエと私が話したように、アルバム『ヒストリー』にも「ヒストリー」という曲にも、歴史に言及した部分がたくさんあるのよね(*1)。そして、「ヒストリー」のプロモーションフィルムにも、歴史に触れた重要な部分があって、特に撮影された場所についてはね。それについては、あなたもかなり調べてると思うんだけど、わかったことを話してもらえるかしら。


エレノア:そうね、このショート・フィルムで証明されたのは、MJがたいていの人よりもはるかに歴史をよく理解していたということ(ずっと言ってることだけど、私にとっては「HIStory」について調べること自体が、歴史の勉強になった)。そして、彼は、歴史から学ばない人々は、過ちをくり返すという考えを強く支持していた。


「ヒストリー・ティーザー」の舞台を、長いソビエト支配が終わった1994年のハンガリー・ブダベストにしたことや、ソ連をイメージさせるような映像を使ったことで、その当時のマイケル・ジャクソンの歴史や、アメリカにおけるアフリカ系アメリカ人の歴史、世界中の抑圧された人々の歴史を、ソ蓮の支配下で、「拷問にかけられ、糾弾され、強制収容所に入れられ、多くの人が死んだ集団農場で強制労働を担わされた」ハンガリーの人々の歴史に結びつけている。


そのつながりが明確なのは、「ヒストリー・ティーザー」で行進している兵士たちが、ソ連の制服を着て、ブダペストの英雄広場(*2)に向かっているということ。その中心には、896年のハンガリー建国を記念して、1896年(ハンガリーがオーストリア・ハンガリー帝国に属していた時代)に建てられた、千年記念碑があるのよね(*3)


意義深いことに、千年記念碑は英雄広場の中心を占めているけど、建築として広場の角に位置しているのは、国立西洋美術館と現代美術館で(*4)、広場には、芸術と英雄という二つのテーマが融合していて、英雄的な芸術というか、英雄としての芸術家は、帝国の遺産として存在しているのよね。


ウィラ:そういうの、いいわよね。「英雄としての芸術家」というのは、新しいタイプのヒーローと言えるわね。そしてこの考え方を視覚的に表現したのが、「ヒストリー」においてそびえ立つマイケル・ジャクソンの彫像ね。


英雄広場は戦場の英雄や、政治の英雄を讃える像がたくさん建てられている場所だけど、「ヒストリー・ティーザー」で私たちは、もうひとつ、他のものをすべてを見下ろす像を目にする。でも、その像は新しいタイプのヒーローの像で、彼は、地図上の境界線を変えようとする軍のリーダーや政治のリーダーではない。私たちの考え方を変え、違う文化や、違う民族の、世界中の人々と共感し合おうと私たちを鼓舞する、パワフルな芸術家。だからこの像は、あなたの言う「ヒーローとしての芸術家」を真に表現したものなのよね。


エレノア:「レッド・オクトーバーの賛歌」をソ蓮の制服を着た兵士たちの映像に重ねて見てみると、その「レッド」と関わりのある2つの「十月革命」が思い浮かぶ。1917年、皇帝が支配するロシア帝国を倒し、ソビエト連邦を権力が移った10月のボリシェヴィキ革命と、第二次世界大戦以後、ハンガリーを支配していたソビエトを打倒しようとして失敗に終わった、1956年のハンガリー革命。この革命は、数十年後に起こるソビエト連邦崩壊の原因にもなった。マイケルは、歴史をふり返ると、ひとつの革命は、多くが次の革命に、そして、そのまた次の革命にもつながっていくと考えていた。それは消えることのないパターンなのよね。


ウィラ:それは興味深い解釈だわ、エレノア。ロシアの十月革命については、「レッド・オクトーバー賛歌」でもふれられている。


Sail on fearlessly

Pride of the northern seas

Hope of the Revolution

You are the burst of faith of the people

In October, in October

We report our victories to you, our Revolution

In October, in October

And to the heritage left by you for us


恐れを知らず海を行け

北の海の誇りを胸に

革命の希望を胸に

君たちは人民の信念をみなぎらせ

十月に、十月に

我らの革命の勝利を君に告げよう

十月に、十月に

君たちは我らの遺産となるだろう


エレノア:新たな軍隊(私たちや、彼のファン?)は、マイケルが、殴ったりしないのに、腕にしていた、あの「バンデージ」(アームカバー?)のように、撃つことの出来ない木製の銃を持ち、旗やプラカードに彩られた英雄広場を行進していく。「握りこぶし」で鼓舞するのではなく、「開いた手」で投げキッスをするマイケルは、新しい時代のヒーローを表していて、彼は、征服~革命~征服という連鎖を終わらせ、すべての人の幸福のために、一緒に働くことができる、そんな人類の新しいイメージを提示することを目標にしている(*5)。ロシア語がわかればいいんだけど、残念ながら私には、旗や制服の腕章になんて書いてあるかわからないのよね。


ウィラ:実は、Google翻訳や、Babefishを使って旗のメッセージを翻訳しようと思ったんだけど、うまくいかなかった。(ロシア語として)認識可能な文字でないのかも。それで、私の大学のヨーロッパ言語の専門家である Bjørnに、旗と兵士の腕章のことを訊いてみたら、彼の答えが素晴らしかった。


兵士の腕章にあるのはキリル文字(ロシアの文字)ではなく、むしろ、ルーン文字に似ている。おそらく、ナチのSSのロゴに発想を得たのだと思う。調べてみたところ、腕章にある文字をルーン文字のアルファベットの中に見つけることはできなかった。このフィルムのために新たに作られたものではないだろうか。三人の兵士のアームバンドもこのパターンのバリエーションだと思う。
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その他の不明の文字は、判読できるともできないとも言いがたい。そういうわけで、兵士たちは、ロシア人かも知れないけど、ドイツ人でも、アメリカ人でもあり得る。はっきりとした印がついていないということだね(*6)


だから、私たちは、兵士をロシア人と決めつけるのではなくて、もっと広範囲にとらえた方がいいのかもね。腕章が「新たに作られた」ということは、そういうことではないかしら。 Arcadio Coslov が先週のコメントに書いていたわね。


軍事パレードはロシア、フランス、ドイツ、中国、そしてアメリカでも開催される。それは、多くの国でミリタリーカルチャーの一部だ。でも、たとえば、パレードに紙吹雪がひらひら降り注いでいるのは、きわめてアメリカ合衆国っぽい。


Arcadioや Bjørnによれば、これらの兵士たちの国籍については、いろいろと混ざっている印だと考えられるのね。マイケル・ジャクソンは、ロシア風の制服とナチ風の腕章、そしてアメリカ風の軍事パレードを合体させて、私たちがこの軍をどう「読み取る」べきか、あえて、わかりにくくしているのよ。考えれば考えるほど、そう思えてくるのよね。腕章に、特定の国を表すような言葉やシンボルをつけるのではなく、「新たに作られた」言葉をつける事によって、兵士たちの国籍は、意識的に曖昧なままにされている、と。


エレノア:これは興味深い事実が満載の記事で読んだんだけど、実は、ハンガリー人は、ソ連の軍隊の制服を誰も着たがらなくて、それで、イギリス人を雇うことになったんですって。


ウィラ:それは、面白いわね!兵士役の人々に、ソ連のユニフォームを着てもらうために、様々な障害があったってこと? 記事の英語訳では、

マイケルは、このショート・フィルムを特別なものにするために、彼の命運を賭け、5百万ドルの私財を投資した。数百人の若いハンガリー人が、ビデオの出演者として働くことを希望したが、彼らは全員平和のメンバーを演じたがった。
第二次世界大戦の始めにヒトラーの軍隊が集結して、凱旋の行進をするシーンを再現するために、ハンガリー人のエキストラたちは、赤軍の兵士のユニフォームを着ることを拒否した。そのため、本当の兵士を雇うために、イギリスの新兵募集のサービスを利用しなくてはならなかった。100人の英国海兵隊と何人かの落下傘兵が集まり、これらの兵士は、1日あたり135ドルをもらい、四つ星ホテルに泊まって、無料の旅行も楽しんだ。兵士を雇うだけで、約150,000ドル以上もかかっていた。

マイケル・ジャクソンは、そういったトラブルや出費を考慮しても、ソ連のユニフォームを着てもらうことが重要だと考えていたにちがいないわね。ということは、私たちにも、彼らをソ連の兵士とみてほしいということでしょう。これは興味深い点ね、エレノア。(「5」に続く)


註)_____________


(*1)「HIStory」の歌に込められた歴史については、この会話が終わったあとの記事で紹介します。

(*2)英雄広場/ハンガリーの首都ブダペストにある広場

(*3)千年記念碑/英雄広場の中央にある記念碑。イシュトヴァーンへの王冠と大主教十字を持つ聖ガブリエルを戴く円柱の台座には、7部族の長の騎馬像がある。また、その左右の英雄像の中には、建立当初は、ハプスブルク朝の人々の像もあったが、第二次世界大戦後、ハプスブルク朝の像は建て替えられ、現在は、左側に、イシュトヴァーン1世からラヨシュ1世までのハンガリーの国王の像があり、右側には、政治家や将軍たちの像がある。


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(王冠と大主教十字を持つ聖ガブリエル)


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(*4)「千年記念碑」の左右には、ブダペスト西洋美術館と、ブダペスト現代美術館が建っている。


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英雄広場/千年記念碑・聖ガブリエル像(中央右)

国立西洋美術館(左上)、現代美術館(右角)


(*5)原文は、Leading a new kind of army (us, his fans?), whose rifles (arms) are “bandaged” in white (like his arm is bandaged?), marching into Budapest’s Heroes’ Square which is festooned with banners, opening his “not-iron” fist to throw kisses,・・・


bandaged in whiteは、通常は包帯を巻いていることを表すのですが、この文章は、腕(の複数形)と武器が同じarmsという言葉であることから、マイケルが殴り合いをしないのに着けていた「bandage(日本ではアームカバーとも呼ばれていますが)」と、発砲することが出来ない、銃身が木で出来た銃(in whiteには「白木で」という意味がある)を「同じ意味」にとらえ、また、戦いを鼓舞する「こぶし(fist)」や、「鉄拳ではなく(not-iron)」、「(手を開いた)投げキッス」という対比を文章にしているのだと思います。


さらに、会話では触れていませんが、ライフルドリルをしている兵士達の左腕に施された白いアームバンドは、よく見ると包帯をぐるぐる巻いたもののように見えます(そのせいで、通常は腕章部分に縫い付けられるバッジが腕から浮いている)。



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兵士の腕も武力を行使するためにあるのではない、あるいは兵士の腕も傷ついているということが連想されるのですが、いずれにしても、銃やマイケルの腕が戦いのためのものではない、ということとつながっているのではないでしょうか。つまり、2:00~2:10のこの場面には、すべてのarm(s)が包帯で巻かれているという、重層的な意味が込められているようです。


映像の2分過ぎに、ライフル・ドリルと呼ばれる動作がでてくるのですが、兵士が回しているライフルは木製で、金属で出来た銃身部分がなく、武器にはならないものです。



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マイケルの「bandage」



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格闘家の「bandage」



(*6)文字に関しては、以前「マイケルとチャップリンのエスペラント(2)」でも言及しましたが、その後さらに調べた結果も、これと同じ結果でした。






by yomodalite | 2015-12-26 06:00 | ☆MJアカデミア | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。


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