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腐っても「文学」!?―作家が知事になり、タレントが作家になる時代のブンガク論。 (別冊宝島Real (017))

大月 隆寛/宝島社



批判されている著者、文学界の内実には一部賛同しますが、大月氏が嘆く作家の人格やその社会的凋落というのはどうなんでしょう。

歴史的には、「文学」や「文学者」に権威と金が両方あった時代は割合短いのでは?

文学者に権威があった時代は中国、欧米ロシア文学など外来語の習得が背景にあったからで、日本カルチャー隆盛の時代の文学が「J-POPブンガク」であるのは、当然であると思いますし、むしろ「文学」に権威はいらないと思います。

[目次]
文学と政治ならぬ「ブンガクと政治」の季節がやって来た!?〜大月隆寛
現代小説に描かれた「東京はこんなにヤバい街だ!?」〜栗原裕一郎
マスメディアが“(田中)康夫ちゃん”を甘やかす理由〜小田嶋隆
若手人気作家が「タカ派」政治家の旗手に登りつめるまで〜大月隆寛
九〇年代小説に描かれてきた、「他人」という“新鮮な風”に当たりたがった日本人たち〜三田格
小説に描かれた“架空の独立国”から日本人の“変革願望”を探ってみたら……〜水越真紀「OS」(田口ランディ『コンセント』)の意味するもの〜栗原裕一郎
ランディ・ミステリー・“告白”不全〜円堂都司昭
私小説の末裔?近ごろ話題の“告白本”が、いまひとつ物足りない理由〜小谷野敦
タレントが「ブンガク」に目覚める時?〜吉田豪
いまどきの文学作品の背景には、どんな音楽が流れているのか?〜大谷能生
ロックにまつわる「言説」と「ブンガク」〜栗原裕一郎
TVドラマの脚本家たちはブンガクシャの夢を見るか?〜三田格
『ブギーポップは笑わない』にみる、子供にとっての“リアルな物語”〜栗原裕一郎
「ブックオフ時代」のブンガク〜永江朗
ルポライター幻想を支えてきたブンガク的“ワタシ”の顚末〜大月隆寛
タレント・作家・大学生〜そのまんま東 談
ただの“親バカ”小説家では(もはや)ない!〜水越真紀
“大塚英志”という病〜大月隆寛
東浩紀、あるいは〈批評としての現代思想〉の終焉〜夏至明
「いまどきの作家志願者」にとっての“ブンガク”〜柿内孝太郎
ヤング文芸誌、ガチンコ対決!?〜湯山玲子 対談
今(だからこそ)読み返してみたいオヤジ作家“三羽烏”の語り口〜大庭萱朗
「好きだから“ブンガク”をやる」とか、そんな呑気なことじゃないんですよ!〜中原昌也 談
“文芸誌”の目次から、いまどきのブンガク商法を邪推する!〜大月隆寛 対談
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[MARCデータベース]「文学」が無用の長物と成り果てた一方で、「文学的なるモノ」の商品価値はいまだ右肩上がり。こんな奇妙な「ブンガク」化の現実から見えてくる膨大な問いを考える試み。権威なき時代のブンガク的イメージってナンだ? 宝島社 (2001/07)


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by yomodalite | 2007-03-21 17:21 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)

ある異常体験者の偏見 (文春文庫)

山本 七平/文藝春秋



名著。戦争の資料にあたるときに、必ず読んでおくべき本。

■ある異常体験者の偏見
文芸春秋での新井宝雄氏の文章から、その発想と思考図式と、一方的断定ともいえる「軍人的断言法」の紹介

■軍隊語で語る平和論
将校が「皇軍」を連発し、兵隊が「ハッ」などと返事をする映画や小説をこっけいと感じる。軍隊内では皇軍とはいわなかった〜軍隊語は戦争語であった〜

■中国兵は強かった
「強大な武器をもった日本」などなかった。ユーザーは皆知っている。ユーザー以外に良心的技術者も知っていた。百人切りはありえない。

■アントニーの詐術
「アントニーの原則」の「三つの詐術」/(1)編集の詐術(2)問いかけの詐術(3)一体感の詐術

■悪魔の論理
商業左翼、商業軍国主義者〜「毛沢東の言葉を権威として引用して、他を律しながら」「毛沢東主義をもって自らを律しない」タイプの人は非常にこまる。

■聖トマスの不信
イエス復活を事実とするムードが盛り上がったとき、弟子のトマスは「イエスの手に釘後を見、自分の指をその穴に差し入れ、自分の手をそのわきに差し入れてみなければ、絶対に信じない」聖書は、このトマスの態度を少しも非難しなかっった。

■アパリの地獄船
「職業意識とは、非常識の別名である」〜「飢えの力」

■鉄梯子と自動小銃
「日本語では戦争はできない」

■マッカーサーの戦争観
「マックの戦争観」と「平和憲法」は絶対に相容れない。朝日ジャーナルは、「全国津々浦々に“東條”が存在した」というが、実際は「無数のマックさん」が健在で、この矛盾にふれると激怒する。

■洗脳された日本原住民
帝国軍人には「可能・不可能」を考える能力がなかった。占領下の言論統制やプレスコードの実態は不思議なほど一般に知られていない。マスコミ関係はこの問題をとりあげると必ず例外的な犠牲者を表面にたて、陰にかくれて、自分達は被害者であったという顔をする。

■横井さんと戦後神話
グアム島での新たな日本兵が現れたというニュースに「兵隊はみな天皇の声を知っているから、天皇の声を録音して放送したら出てくるであろう」という意味の横田さんの談話は、嘘である。兵隊は天皇の声など知らない。「戦後神話」は、戦後創作されたこ神話にすぎないことを最も知っているはずの人がなぜか「事実」と証言する〜「戦前の人間の生き方そのもの」

■一億人の偏見
 食料・石油を封鎖されれば、アパリの地獄船を再現、「是非」以前に「可能・不可能」を考えなければならない、こんなことを一生懸命言わなければならなかったことが、まことに不思議。戦争中に同じようなことを言っていたのに、終戦になると、ケロッと、「そんなことははじめからわかっていた」
その一つの原因は、ヴェトナム戦争における報道の歪みであろう。

●付1/森氏の批判に答える/新井宝雄(毎日新聞編集委員)
●付2/決定的な要素は人間である/新井宝雄
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【内容「BOOK」データベースより】「強大な武器を持っていた日本がなぜ中国に敗れたのか。それは偶然に負けたのではなく、負けるべくして負けたのである…」この発言にショックを覚えた著者が展開する一大論争。みずからの異常体験をもとに論理術のかぎりを尽して、日本人を条理に合う人間と合わない人間に峻別すべきことを緻密に証明してみせてくれる。文芸春秋読者賞受賞。

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by yomodalite | 2007-03-20 22:22 | 戦争・軍隊 | Trackback | Comments(0)

「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)

森 達也/KADOKAWA / 角川書店



同ドキュメンタリー観賞後、読了。本も映画と同様傑作。

【BOOKデータベース】オウムの中から見ると、外の世界はどう映るのだろう?一九九五年。熱狂的なオウム報道に感じる欠落感の由来を求めて、森達也はオウム真理教のドキュメンタリーを撮り始める。オウムと世間という二つの乖離した社会の狭間であがく広報担当の荒木浩。彼をピンホールとして照射した世界は、かつて見たことのない、生々しい敵意と偏見を剥き出しにしていた—!メディアが流す現実感のない二次情報、正義感の麻痺、蔓延する世論を鋭く批判した問題作!ベルリン映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭をはじめ、香港、カナダと各国映画祭で絶賛された「A」のすべてを描く。



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by yomodalite | 2007-03-20 12:05 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

最後のひと

山本 夏彦/文藝春秋



当時の名著、九鬼周造の「『いき』の構造」を論じるところから始まる

「いきを哲学の言葉でいうとこんなに生硬かつ難解になる、ご苦労ではあるがヤボではあるまいかというに尽きる」。

本書の「最後のひと」とは、粋を知る最後のひとという意味。
山本翁は、幸田文、森茉莉などを挙げられていますが、わたしにとっては、山本氏こそが「最後のひと」です。

【目 次】
●靴下だけははいてあとまる裸
●露伴一族はえらい人ばかり
●流行はすべて梨園から出た
●親不孝を売物にする時代
●あたりを払う威厳があった
●何やらただならない人ごえ
●なあんだもとは高利貸
●悪魔! と何度も罵っている
●苦界じゃえ 許しゃんせ
●運転手曰くOLに処女なし
●色白く丈高き女子なりき
●そだてられた大恩がある
●美食家というよりうるさ型
●作者茉莉と作者鴎外は別人
●デコルテほど浅間しきはなし
●話は「『いき』の構造」で終る

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【BOOKデータベース】かつて人びとの暮しのなかにあった教養、所作、美意識などは、いまや跡かたもなく亡びた。独得の美意識「いき(粋)」を育んだ花柳界の百年の変遷を手掛りに、失われた文化とその終焉を描く。 解説/松山巌

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by yomodalite | 2007-03-20 11:11 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)

愚かな韓国人に鉄槌を

イ・ジョンシク/ぶんか社



在日をテーマにした本を集中的に読もうと思い立ち、最初に読んだ本。単純な反韓本のようなタイトルですが、在日韓国人の著者による真摯な内容に、在日日本人も大いに考えさせられる。

著者の略歴からは波乱に満ちた印象をうけますが、この年代の在日の人にとってはめずらしくはない経歴ではないかと思う。それだけに在日の複雑さ、困難さが伝わる。

新井将敬自殺の真相への仮説に心が打たれた。本物の日本人たらんとして、割腹自殺を遂げた新井氏に対して、日本人を世襲できた事をありがたく思う。
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【MARCデータベースより】元在日工作部員であった著者が、憤怒の感情で韓国の「悪」を白日のもとにさらす! 韓国人の病理や韓国史の弱点を露にし、日韓問題や北朝鮮拉致問題についても論じていく。呑気な日本人にも鉄槌を下す一冊。

■著者略歴/李 鍾植
仮名。国籍:朝鮮民主主義人民共和国→大韓民国→現在は帰化して日本国籍。都内某私立大学在学中の1980年代初頭に、韓国国家安全企画部から接触を受け、「大韓民国及び同盟国に不利益な団体と人物の監視」を依頼される。これをきっかけに大学内の左翼グループや右翼学生の内偵に従事。工作部員としての活動を始める。ある日、北朝鮮工作員からも接触を受け協力を依頼されたが、事実を韓国当局に報告したところダブル(二重スパイ)になることを強要されたため、身の危険を感じて関係を解消する。

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by yomodalite | 2007-03-19 18:21 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

ブレンダと呼ばれた少年

ジョン・コラピント,John Colapinto,村井 智之/扶桑社



インターセックス(半陰陽児)に対して、1950年代以降、医学では「できるだけ早い時点でノーマルな男性もしくは女性に見えるように外科手術をほどこして、本人にはできるだけ事実を教えないのがその子のためである」とされてきた。

性差は育ちにあると考えるジェンダーフリー論者の圧力によって、絶版となっていましたが2005年にようやく扶桑社により復刊されています。

「日本インターセックス・イニシアティブ」
http://intersexinitiative.org/japan/review-colapinto.html
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【BOOKデータベースより】生後8か月の男の子がモルモットにされた。不幸な事故で性器を失った男の子が性転換手術を受けさせられた。「性は環境によってつくられる」という理論の裏付けに利用された“少女”が直面した心の葛藤とは。
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by yomodalite | 2007-03-19 13:55 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

ドキュメンタリーは嘘をつく

森 達也/草思社



本書には、TVドキュメンタリー企画として「陽の目を見なかった企画」が挙げられています。

“グレート東郷” “見世物小屋の蛇娘”“野村沙知代”や“佐川一政”...

また、男性誌に必ずといっていいほど掲載 されている“美容整形の包茎手術”の広告から 「包茎共同幻想論」の企画など、すべて見てみたい企画ばかり。

ドキュメンタリーを愛しているという著者ですが、ドキュメンタリーを製作できない状態で、著述や、コメンテーター、トークゲストなどの業態でしか見ることが出来ないのは本当に残念なことです。

◎プロローグ
『ボウリング・フォー・コロンバイン』は凡庸な作品ではないが、ムーアの旧作『ロジャー&ミー』の方が面白かった。ドキュメンタリーへの幻想や思い込みを解体することは、『ボウリング〜』がなぜ、ぼくの定義ではダメな作品であるかを論述する過程と並行する。ドキュメンタリーの魅力そのものを否定する文脈に直結する可能性もある。

◎第1章/ドキュメンタリーに惹かれる
九龍砦の中の青空/「小人の存在が放送禁止なんです」/「ミゼットプロレス」の伝説

◎第2章/「客観的な真実」
「ありのままの日常」/亀井文夫と『戦う兵隊』/牛山純一と「ノンフィクション劇場」/封殺された『南ベトナム海兵大隊戦記』/変質していくNHK

◎第3章/オウム真理教を撮る
「オウムネタなら何でも持ってきてよ」/撮影の中断命令、契約解除/キャメラを向ける主体/撮影されることへの意識

◎第4章/撮る側のたくらみ
オウム信者「不当逮捕」の映像/ドキュメンタリーは一人称だ/作り手であることの覚悟/倫理と道義を踏み越えて
「嘘が多くなるほど艶を増す」

◎第5章/フィクションとノンフィクションの境界で
溶解する虚実の被膜/キャメラの前で演じられるもの/キャスティングされた疑似家族

◎第6章/わかりやすいマスメディア
国民のニーズに応える/モザイクの向こう側/慢性化した不安の行き着く果て/マスメディアの空隙/「目を逸らさない」ということ/「わかりやすさ」が奪いつづけるもの/空疎共同幻想

◎第7章/全ての映像はドキュメンタリーだ
ドキュメンタリーからの逸脱/「撮る」という作為の意味/悪辣で自分本位で、自由な/『奇跡の詩人』の致命傷

◎第8章/陽の目を見なかった企画
グレート東郷の秘密/野村沙知代を被写体に/佐川一政との二年間

◎第9章/報道とドキュメンタリー
深夜のシェフィールド駅/ニュースとドキュメンタリー/「報道ドキュメンタリー」という矛盾

◎第10章/ドキュメンタリーの加害性
デジタルの恩恵/放映を阻むもの/くりかえされる自問と煩悶/鬼畜の所業

◎第11章/セルフドキュメントという通過点
身も蓋もないエゴイズム/セルフドキュメントへの懸念/「自分探し」の隘路/商品から遠ざかる映画

◎第12章/世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい
次に撮りたいもの/「屠場」に働く人々/『A2』から『A3』へ/二〇〇一年九月十一日/「他人を想像する力」/たかが映画

◎第13章/ドキュメンタリーは嘘をつく
アクション・ドキュメンタリー/嘘をつく装置/嘔吐する男/BOX東中野の映像脱退/ドキュメンタリーとドラマの狭間

◎第14章/ドキュメンタリー映画評
安易な結論が世界を壊す/徹底して無邪気な善意/犯罪加害者のモンスター化/果てしない憎しみの連鎖/糊の剥げた新聞記事/『スーパーサイズ・ミー』

◎エピローグ
ムーアの主張には、全面的に賛同することができる。強引で作為的でアンフェアな属性は、ドキュメンタリーの領域としてはむしろ健全な位置にある。でも、ムーアはドキュメンタリーを愛していない。ぼくは偏愛している。使命感や社会主義ではなく、「これが自分の業なのだ」と書けば、いちばん近いが、どうしても言語化できない。
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【出版社/著者からの内容紹介】 オウムを内部から撮った作品『A』で知られる著者が、自らの制作体験を踏まえて展開するドキュメンタリー論。表現行為としての危うさと魅力と業の深さを考察する。

【BOOKデータベース】ドキュメンタリーとは事実の客観的記録である—ほんとうにそうなのだろうか?すべての映像は、じつは撮る側の主観や作為から逃れることができない。ドキュメンタリーを事実の記録とみなす素朴で無自覚な幻想からは、豊かな表現行為は生まれようがない。だが、撮ることに自覚的で確信犯的な作品の中には、観る側の魂を鷲づかみにしてきたものが多々ある。本書は、ドキュメンタリーというものが拓いてきた深甚な沃野に向き合い、その悪辣で自己本意で、自由で豊潤な表現世界の核心へと迫るものである。たんなる映画作品論ではない。この現実世界の見方そのものを揺さぶる鮮烈な論考である。


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by yomodalite | 2007-03-19 13:20 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

陰日向に咲く (幻冬舎文庫)

劇団ひとり/幻冬舎



短編集で、新人作家がデヴューするのはめずらしく、有名作家であってもヒットすることはほとんどありません。

本著は、短編小説の魅力を広く知らしめた佳作であると思います。充分なレベルにある小説ですが、作家ネームにしなかったところは、出版社の営業意向だけでなく、「劇団ひとり」なんでしょうか。
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【MARCデータベース】お笑い芸人・劇団ひとり、衝撃の小説デビュー! 「道草」「拝啓、僕のアイドル様」「ピンボケな私」ほか全5篇を収録。落ちこぼれたちの哀しいまでの純真を、愛と笑いで包み込んだ珠玉の連作小説集。

【著者略歴】劇団ひとり/1977年千葉県生まれ。父の仕事の関係で幼少期をアラスカで過ごす。1992年デビュー。コンビ「スープレックス」を結成するが2000年解散。ピン芸人として再出発後、総勢十名のキャラクターを演じる一人芝居で注目される。映画「嫌われ松子の一生」やTVドラマ「電車男」等で俳優としても活躍。『陰日向に咲く』が初の著作であり、処女小説となる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 幻冬舎 (2006/01)


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by yomodalite | 2007-03-19 11:36 | 文学 | Trackback | Comments(0)

嗤う伊右衛門/京極夏彦

嗤う伊右衛門 (角川文庫)

京極 夏彦/角川書店



タイトルの印象とは異なり、大人が泣ける悲恋物語。お岩の美しさを描き、伊右衛門のみならず登場人物の魅力は格段に増している。

物語のリズム感も素晴らしい、めったにない傑作!

★★★★★(満点)
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【Amazon.co.jp】ミステリー作家京極夏彦が、斬新な解釈を施して現代に蘇らせた「四谷怪談」。4世鶴屋南北の最高傑作とされる『東海道四谷怪談』とは趣の異なる、凛とした岩の姿が強く心に残る作品である。直助やお袖、宅悦や喜兵衛、お梅といった南北版の登場人物に、自身の著作『巷説百物語』の主人公又市をからませながら、伊右衛門とお岩が繰り広げる凄惨な怪談話を、悲恋の物語へと昇華させている。第25回泉鏡花文学賞受賞作品。

小股潜りの又市は、足力按摩の宅悦に、民谷又左衛門の娘、岩の仲人口を頼まれる。娘を手ごめにされた薬種問屋の依頼を受け、御先手組与力の伊東喜兵衛に直談判した際、窮地に立たされた又市らを救ったのが又左衛門だった。不慮の事故で隠居を余儀なくされた又左衛門は、家名断絶の危機にあるというのだ。しかし、疱瘡(ほうそう)を患う岩の顔は崩れ、髪も抜け落ち、腰も曲がるほど醜くなっていた。

岩を裏切る極悪人である南北版の伊右衛門を、著者は大胆にも、運命に翻弄される不器用で実直な侍として描く。また、幽霊や怪異を持ち出すことなく、人間の心のおぞましさを際立たせることよって、最大の恐怖を生み出しているのも大きく異なる点だ。首を吊った妹の仇を討つ直助の慟哭、喜兵衛に犯されたお梅の悲劇、悪逆非道な喜兵衛の卑劣さ、「伊右衛門様は何故幸せにならぬ」と叫びながら鬼女と化す岩の狂気。彼らの情念のおどろおどろしさを重層的に、丹念に描写することによって、著者は奥行きの深い、きわめて現代的な怪談を作りあげている。(中島正敏)


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by yomodalite | 2007-03-17 20:36 | 文学 | Trackback | Comments(0)

日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」 (宝島SUGOI文庫)

有馬 哲夫/宝島社



著者は早稲田大学教授。米国で正力ファイルを発掘し、公式には発表されていない日本テレビ設立の経緯を公表した。
当時の「赤化」への恐怖、吉田茂が正力を「潰し」に行く経緯など。。。

プロ野球、巨人、長嶋、プロレス、電通も視聴率もすべて。。。
民主主義とは、情報戦なのだと改めて認識しました。

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「日本テレビ放送網」----なぜ日本テレビの社名は「放送網」となっているのか?

「網」の字にはどんな意味があるのか?

その理由は設立時の秘密にある。実は日本へのテレビの導入は米国による情報戦の一環だった。

テレビ放送網は、そのまま「反共の防波堤」であり、さらに軍事通信網にもなるはずだったのである。「テレビの父」である正力松太郎のテレビ構想は、アメリカ側にたくみに利用されたものに過ぎない。

CIAは正力に「ポダム」という暗号名まで付けていたのである。

著者がアメリカ公文書館で発見した474ページに及ぶ「CIA正力ファイル」----。そこには、CIAが極秘に正力を支援する作戦の全貌が記録されていた!日米で蠢くCIA、政治家、ジャパン・ロビー、官僚、そして諜報関係者・・。

日本へのテレビ導入はアメリカの外交、軍事、政治、情報における世界戦略のパーツの一つだった。

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by yomodalite | 2007-03-17 20:28 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite