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カテゴリ:always happy( 4 )

タジの証言を紹介する前に..._f0134963_113571.jpg

タジ証言の前に、ちょっぴり...ではなく、かなり長い「まえがき」です。

実は、このあと紹介する「タジ証言」は、ある方が自分のブログで紹介する予定で、途中まで翻訳をすすめていたものなんです。ところが、同じ引用元サイトの証言スクリプトを使用していた、とある日本の人気ブログがその使用に対し、批判を受けたため、その方は、これを紹介することが出来ないと判断され、途中まで翻訳されたものも含めて、私が預かりました。

聞くところによれば、その海外サイトは、AEG裁判の傍聴スクリプトにおいて、他をリードする存在ではあるものの、自らが信じる「正義」に反する行動をした他者に対し、過激な行動をされているとのことです。私はその件についてはまったく知りませんが、

裁判を熱心に紹介している有志の方々は、どの方も裁判が始まる前から、個人的に「審判」を終えられている方々ばかりで、それは他人の罪に対し、あまりにも軽々しく思えたので、私は引用する気にはなれませんでした。

わたしは裁判制度自体にさまざまな欠陥を感じているので、それでも足りないと思いますが、最低でも、他人の罪を追求するなら、裁判所に出かけて、正式な証言録を入手すべきだと思ったからです。

ですが、それをしたところで、

日本に住む私たちには、米国の裁判についてわからないことが多過ぎます。伝えている側もそうですが、読者はさらに誤解してしまうでしょう。

現代アメリカは、超格差社会により、お金持ちと、そうでない人の間の「分断」は、経済だけでなく、心情的にとても激しいものになっており、米国に長く住んでいても、セレブが専属の弁護士を雇っている事情や、専属弁護士が顧客に裁判を起こさせる方法や、手段について理解できる人はいません。メディアは自分たちもセレブでありながら、攻撃の矛先を常に「芸能人(とその家族)」に向けさせようとしていて、彼らを貶めることで、視聴者の関心を惹き付けています。

陰謀論好きの人は、メディア洗脳の恐ろしさを説きますが、彼らが「巨悪」と呼ぶものがシンボリックなものに限られているのに比べ、具体的に名前を登場させるのが、常に「芸能人(とその家族)」であることに、私たちは最も注意すべきです。

それは「炎上マーケット」と呼ばれるもので、

まずは人々を、批判派、擁護派など意見が異なる2派に、感情的に誘い込みます。

人は誰しも、好きとか、嫌いとか、直感的に自分に好ましい「真実」を求めています。そして、人はどんなに客観的に見ようとしても、自分が信じたいと思う「真実」に相応しい証拠ばかりを集めてしまうものです。私もそうですし、そこから逃れられる人はいません。誰もが、他人のことは客観的に見られても、自分を同じようには見られないのです。

どんなに頭がいい人でも、そうでない人も、必ず間違うのが人間です。そして、誰もが、この人ならと思うような人の「間違い」が、一番怖いのです。

偉人たちの多くは、そのことに気づき、様々な名言を遺してくれています。

MJの「他人を変えるのではなく、自分を変えろ」もそうです。

簡単に参加できるような「正義」は、正義ではありません。それは、ただ「勝者」や「強者」について行きたいだけなのです。

扇動者は、常に「弱者」を守ろうとして「正義の旗」を降ります。「正義の旗」は美しく輝いているように見えるので、大勢が惹き付けられます。惹き付けられた人々が、扇動者に望むのは「勝利」であり、扇動者もまた「みんなの夢」を背負って、意見が異なるものを「敵」と見なしていきます。

ですが、

どんなに善意から起こした行為や、嘘のない行動であっても、人は100%正しい行動などできないので、そこで、また新たに傷つく人々がいて、哀しみの連鎖は止まることなく続いていきます。

MJの死後にファンになった人を「にわか」と呼んで蔑んだファンもいましたが、『THIS IS IT』によって、メディアに歪められたマイケルだけでなく、これまでのファンが愛してきた彼のイメージとは、別の姿を発見したことで、新たなファンを獲得しました。

しかし、新たなファンを「にわか」と蔑み、自分だけが彼の真実を知っていたようにふるまった人も、MJの素晴らしさを新たに知り、追求しているうちに、彼の周囲をどす黒く染めてしまった人も、自分が信じる「真実」や「正義」と、彼の正しさを混同しているように見受けられます。

人は、素晴らしい人を好きになると、その素晴らしさに、自分との共通点を感じるものですが、他人の行動が愚かに見えたとき、それが自分にもあるとは考えないのです。

マイケルは、

You and I were never separate
It’s just an illusion
Wrought by the magical lens of
Perception 

ー heaven is HERE

あなたも、私も「同じもの」で、
違うように見えるのは「幻想」でしかないと言っています。


タジの証言を紹介する前に..._f0134963_11391460.jpg


私たちは、自分が誰よりも一番愛され、自分が誰よりも一番愛している。ということを望む世界に住んでいます。そしてMJも世界中で、自分が一番愛されたいとも思い、自分も世界を愛するひとになりたいと強く思いました。

自分の周囲の人々だけでなく、世界中で愛されたいと思ったから、自分と異なる他人を理解しようと勉強し、他人との共通点を探し、彼らの心の奥に触れ、実際に世界中から愛されるようになりました。

ところが、自分が信じている「愛」や「正義」から、一歩も踏み出さずに、彼を愛している人々は、MJが愛してきた大勢の他人のことが目に入らず、自分の周囲の意見しか耳に入らないので、彼の名誉を守ろうとする行為も、独善的なものになってしまいます。

私たちは、自分の「愛」だけは、真実だと思いがちなので、自分のためではなく、彼のためだと思えば思うほど、自分を正当化してしまって、意見がちがう人の行為が、どんどん「悪」に見えてきます。

自分の周囲には優しい言葉をかけていても、敵だと思う相手のことを、驚くほど汚い言葉で批難していたり、また、相手を批判するときは論理的に見えても、主張している真実となると、なんだか「滑稽」だったりして、野次馬的に見ていれば、これほど面白い見物はないのかもしれません。

残念ながら、私は数年間、MJについて書いてしまっているので、それらの愚かさを野次馬的に楽しむことが出来ませんが(人ごとではないと思うので)、そうでない人は、それらを笑って楽しんでいる方が、世界平和のためには「マシ」なのかもしれません。

もう少し、マシな方法は、彼らのどこかと自分が似ていることに気づいて、
ついでに、自分も笑ってみる。

すると、

I said you were wrong. You insisted you were right.
We held each other’s hand, and right and wrong disappeared.


あなたは、まちがっていると、わたしは言った
わたしは、正しいと、あなたは言った
わたしたちは、お互いの手を握り、「正」も「誤」もなくなった


I began crying. You began crying, too.
We embraced, and between us grew a flower of peace.


わたしは、泣き出した
あなたも、泣き出した
わたしたちは、抱き合って、わたしたちの間に平和の花が芽生えた

ー I YOU we

ってことになるんじゃないかと、いや、きっとなるはずだってことで、「前置き」が長くなってしまいましたが「タジの証言」に続きます。

◎[参考記事]マイケルの愛読書『預言者』から“罪と罰”

by yomodalite | 2013-11-04 18:19 | always happy | Comments(4)
「罪と罰」“Crime and Punishument”_f0134963_717683.jpg

マイケルの愛読書『預言者』から
「罪と罰」“Crime and Punishument” の部分を少しだけ。

(「よく生きる智慧ー完全新訳版『預言者』」から省略して引用しています)


あなたが方が誤りを犯した犯人のことを、
自分たちの仲間でなく、あなた方の知らぬ人、
あなた方の世界に侵入してきたもののように話すのを、
私はたびたび聞いてきた。

しかし、言っておくが、どんな聖人でも正しい人間でも、
あなた方1人ひとりのなかにある気高いこころよりも
高く上ることはできないのだ。

おなじようにまた、いかなる悪人も弱い人も、
やはりあなた方のなかにあるもっとも堕落したこころよりも
おちることはできない。

正しい人々は邪悪な人々のおこないに関して潔白ではない。
そして潔白なものは重罪犯人のおこないと関係がないわけではない。
そう、罪人は怪我をした被害者であることさえ多い。

さらに、罪がなく非難されない人々の分も
重荷を背負わされる場合はもっと多い。
正しいものと不正直なもの、
善人と悪人をはっきりと区別することはできない。

あなた方の誰かが正義の名のもとに罰をあたえ、
邪悪な木に斧をふるうなら、その根を見せるがよい。
そうすれば善と悪の根、実のなる木とならない木の根が
大地の静かなこころのなかで、みなからみあっていることに気づくだろう。

「罪と罰」“Crime and Punishument”_f0134963_7184937.jpg
ジブラン自身によるスケッチ
“Sketch for Jesus the Son of Man”



すでに犯した罪よりも深く反省しているものを
どう罰するのか?
深い反省こそがあなた方のもつ法律の求めるものではないのか?
だが、罪を犯していないものに深い反省をさせることも、
罪を犯したものの心から反省を取り除くことも、
あなたにはできない。

深い反省は夜、招かれもせずにやってきて、
罪を犯した人々はそのために眠れずに
自分自身を見つめるかもしれない。

そして正義を理解するというあなたは、
白日のもとですべてのおこないを見定めなければ
どうしてこのようなことを理解できるだろう?

そうしてはじめてあなたは気づくだろう。
立っているものも倒れているものも、
どちらもおなじ人間であり、小さきものの夜と
神となる昼とのはざまの黄昏にたたずんでいることを。


(引用終了)

マーレーの子供たちが、不幸にならないようにするには、、
どうすればいいんだろう?



この裁判の争点では、マーレーが無罪になれば、MJが薬物を乱用していたということになってしまう。マーレーは自分の仕事を失わないために(彼だって自分の子どもを養わなくてはいけないでしょう?)、MJの自殺行為を主張するしかなかった。

MJの家族のことも、ずっとハラハラして見てきたけど、遺族感情は複雑で、ファンが出来るのは、家族が癒されるときまで一緒に見守ることで、家族の加害者への感情に同調しすぎると、結局、家族も後になって苦しむんだって、昔ある人から教えられた。(このケースは故意ですらないし....)

報道は、本村洋さんがあれから辿った年月なんて、追わないからね。。。

家族のひと以外は、自分を癒すことを第一に考えないと、悲しみの連鎖を担うことになってしまう。。






by yomodalite | 2011-11-09 09:36 | always happy | Comments(4)
to be always happy “わたしが疑問に思うこと” _f0134963_10435570.jpg

[NOTICE]わたしは基本的に、報道の中のMJには興味がないですし、始まる前から何度も言っていますが、この裁判がMJの正義に関係があるとは思えません。ただブログに書いてしまったことで間違っていた点があったら訂正しなくてはという「責任」でざっくり情報を追っていて、この件に関しては、ライブを傍聴したり、英文サイトを読んだりということはあまりしてません。翻訳して情報を伝えてくださっている、いくつかのサイトから、重要だと思うポイントだけ確認しています。

☆続きを読む!!!
by yomodalite | 2011-10-16 11:20 | always happy | Comments(12)

正義に関するつぶやき

正義に関するつぶやき_f0134963_0204321.jpg


裁判所や法律事務所など、司法関係の場所に飾られている、正義の女神(Lady Justice)

天秤は正邪を測る「正義」を、剣は「力」を象徴し「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力」に過ぎず、法はそれを執行する力と両輪の関係にあることを表しているらしい。

像には、目隠しをしているのと、してないのがあって、目隠しをした像が製作されるようになったのは法の平等の理念が生じた16世紀頃以降で、19世紀頃からは目隠しをした像が主流になっていて、

目隠しの意味は、女神の前に立つ者の姿を見ないことで、法は貧富や権力の有無に関わらず万人に等しく適用されるという「法の下の平等」の理念を表すとされてはいるけど、

そもそも「目隠し」は、剣と天秤が表す正義には矛盾していて、当初の意味は逆で、15世紀末に見られる木版画では、嘲笑目的の戯画としての意味だったとか、

また、日本の法学者である、長尾龍一氏は、正義の実力的側面に着目し「正義の女神は娼婦であり、戦いの結果が明らかになった段階で勝者の胸に抱かれる」と言う。


正義に関するつぶやき_f0134963_022456.jpg

女神なのか、娼婦なのか、なんで女なの?とか、そもそも、キリスト教社会が、罪の有無や量刑を人間が計るということにどう折り合いをつけたのかも疑問ですけど、

女神ひとりが目隠しをしたり、陪審員が黙秘を強く求められても、もっと大勢のひとが裁判を見ている現状においては、何の意味もないことかも。。

''Tom Mesereau -- the lawyer who successfully defended Michael Jackson in the singer's 2005 molestation trial -- claims Dr. Conrad Murray "violated every ethical obligation he had as a doctor" when he gave MJ Propofol ... and deserves to go to prison. Mesereau wants to make it clear, "I am on the side of the prosecution."

トム・メゼロウ弁護士は、MJにプロポフォールを与えた、コンラッド・マーレーを「彼は医者としてのすべての倫理上の義務を怠った」と主張し、刑務所へ行って当然であると述べた。メゼロウ弁護士はすべてが明らかになることを望んでいる。「私は検察サイドを支持しています。」(Souce : http://www.michaeljackson.com/us/node/1182543)

誰にも説明できる自信がないけど、2005年の裁判のときから、わたしはこの人のことそんなに好きじゃない。

(メゼロウ氏がMJ無罪獲得のために尽力したことも、また、その後も彼の素晴らしさについて多くを語っていることもよく知っていますが、それは、メゼロウ氏がそのとき批判した側近たちも全員思っていることで、マーレー医師だってそうでしょ)

上記の記事で、そんな風に思うひといないよね。

わたしも、どうしてなのか、自分でも不思議だったけど、1989年の映画『白く渇いた季節』で、弁護士役のブランドの演技を見ていたら、ちょっぴりわかってきた。

南アフリカのアパルトヘイト政策下で、黒人夫婦の息子が無実の罪で警察に逮捕され、激しい拷問により虐殺される。罪に問われることがなかった警察幹部らの不正義に怒り、依頼されたのがブランド演じる人権派弁護士なのだけど、、

もう登場した瞬間で、弱者の弁護をしてきた歴史すべてが顔に表れていて、それは、メゼロウ弁護士が醸し出す雰囲気とは真逆なんだなぁ。。(しかも、この映画、反アパルトヘイト映画として評価が高い映画でもあり、ブランド自身もアカデミー演技賞ノミネートもされてるけど、ブランドは自伝で、この監督は全然わかってないって言ってるのね)

わたしは、今行われている裁判が、MJのJustisに関係があるとは思わないけど、マーレー医師が不当に責められることがなくなればいいと思う。

でも、そうはならないだろうなぁ。。

2005年の裁判で無実になったMJの疑惑が晴れなかったことと同様に。

メゼロウ弁護士が言うように、マーレーであれ、他の誰であれ、医者としての倫理上の責任や、社会的規範を第一に考えるなら、MJの依頼を断るべきだったと思うけど、もし、世界中の医師が、すべて倫理上の義務を第一に考えて、MJの依頼を断ってくれていたら、それは、マイケルにとって「幸せ」なことだっただろうか?

優秀で、責任感が強く、患者のことを一番に考えてくれる医者なら、マイケルが亡くなることはなかったと思うひとは、本当に厳しい不眠状態がどれほど「死」に近いことなのかわからないのだと思う。そして、それが長期間に及んだ場合、治療方法がまったくなくなってしまうことも・・。

それがわからない人には、マイケルが必要とした薬の量は理解できないし、マーレーの弁護士が、MJの自殺という戦法をとることも許せないでしょう。

医者であるマーレーには、大勢の人が苦しみ、重要な社会問題でもある合法の処方箋薬の中毒問題を語ることはできないし、報道期間はそんな有意義な誘導は....しない。

MJが、マーレーを選んだことと『ブレイブ』でジョニー・デップが演じたラファエロがおかれた状況には似ている点があると思うけど、ブランドが演じた、本当に弱い者に寄り添う弁護士の姿は、メゼロウには全然似てないと思う。

Nietzsche_Words Nietzsche
善とはなにか…人間において権力の感情と権力を欲する意志を高揚するすべてのもの。
悪とはなにか…弱さから生ずるすべてのものである。


「マーレーを許そう」のバナーを創ろうかなぁと思ったけど「許す」をグローバル語にするのは、意外とむつかしいということに気づいたり、やっぱり“You Rock My Would”の方に集中しようと思う。

2000年以降、MJの報道は本当に不当なものだったけど、その間でも、アワードなどの音楽関係者が多い場所や、ファッション関係者のパーティーなどでは、MJへの尊敬も賞賛もまったく失われることはなかったよね。(「Happy Birthday Michael!!! 2011」参照)

全員が同じように感じることを求めるなんて、健全なことではないし、追悼の仕方にまで団結する必要なんて、どこにあるのかな?

「わたしは真実がキライ。真実が大嫌いなの。いつの日か、すべての真実がくだらない嘘で隠れてしまえばいいわ」とレディ・ガガは言い、

♪Show me your Teeth....♫(「Teeth」)を歌う。

Show me your Truthではなくて....

◎Lady Gaga - Teeth(Lyric on Screen)

わたしは、真実がキライじゃないけど、誰かが言ってる「真実」なんて、わたしにとって「真実」じゃない。

『聖書を語る』で、うさぎさんがユダの裏切り行為には何か事情があったはずとか、同様のテーマの太宰治の『駆込み訴え』を紹介してたり、ペテロのことは好きじゃないけど、彼がイエスを裏切るシーンに最高に心を打たれるって言ってた部分はすごく共感したなぁ

MJの旅立つ前の状況が自分が思ってたとおりだったってことが「あのテープ」から、はっきりわかったので、ここから“says with a goofy grin”じゃなくて、“to be always happy!”に分類します。(Justiceについては今後書くことがあるのかどうかわからないけど・・)

by yomodalite | 2011-10-09 01:01 | always happy | Comments(10)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite