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カテゴリ:現代文化・音楽・訳詞( 143 )

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映画『ボヘミアン・ラプソディ』にも登場した、フレディ・マーキュリーの最後の恋人であるジム・ハットンが書いた手記。

出会いからその死まで、フレディのプライヴェートを最も知る人物による濃密な7年間の記録の中には、ふたりの生々しいセックスライフについても語られているのだけど、ジムのどこか野暮ったい容貌や、彼と一緒にいるときのフレディがとても穏やかに見えるせいか、それは暴露的というよりは、ただ、ありのままを描いたからだと感じられた。

フレディが日本好きだったことは有名だけど、「JUN」の服が好きで、バスタブの外で体を洗うといった日本式にこだわったり、火鉢探しに夢中になる様子など、詳しいエピソードが興味深かった、

また、マイケルと仕事したときの話では、一緒にラップナンバーをやったり、短い付き合いながら、フレディはマイケルが好きだったけど、ユーモアが通じない気がしたり、マイケルの方もフレディのコカイン好きに眉をひそめ、でも一番忘れられない経験だったのは、マイケルが家に招いたとき、ペットのラマに会わせようとして、それで、フレディの白のスラックスが糞まみれになった、というエピソードはこの本が出典?だったのかな。

中盤以降は、エイズを発症したフレディと、自らも感染していながら、彼を看病するジムの生活が描かれていて、フレディに徐々に死が迫っていく描写はどうしようもなく切ない。

そして、ついにそのときがやって来ると、共にフレディの恋人として、それまでは良好な関係に見えたジムとメアリーは「決別」する。

ジムは、メアリーの判断を、酷い仕打ちだと描写しているけど、おそらく、彼女はフレディの栄光や遺産を守るために、優先して考えなければならないことがたくさんあったのではないかと思う。

解説はクイーンの大ファンでエイズ予防財団の森田眞子氏。ショービジネス界によくありがちなスターの元恋人による暴露本かと思ったけど、読んでみたら完全にラブストーリーだった、という氏の感想に完全に同意したくなる内容でした。




by yomodalite | 2019-04-06 23:53 | 現代文化・音楽・訳詞 | Comments(0)

プリンス録音術

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エンジニア、バンド・メンバーが語るレコーディング・スタジオのプリンス。
その固すぎるタイトルから、プリンスのスタジオワークに興味があるミュージシャンやエンジニアの人のための本を想像してしまいますが、読み始めてみると、誰よりも仕事中毒でスタジオにこもりっきりだったプリンスの人間性について、彼らの言葉以上に伝えられるものはなく、

代表作ともいえる『パープル・レイン』から、永年レコーディングを担当したスーザン・ロジャーズが各アルバムについて多くを語っているだけでなく(リリース一週間前に突然取りやめになった幻の『ブラック・アルバム』の真実についても!)、長期短期にかかわらず、プリンスを支えた裏方や、スタジオワーカーたちとのエピソードが数多く掲載されています。

マイケルとは違い、生前からメディアのプリンスへの評価は一貫して高かったという印象でしたが、この本に掲載されている有名雑誌のレヴューは、そのすべてが驚くほど高い評価ばかりなので、ファンにとって気持がイイだけでなく、プリンスの栄光と才能を知りたい人には最適で、

また、ミュージシャンとしてだけでなく、少年時代を描いた章のボリュームもたっぷりあるので、彼の生い立ちや、デビューまでの物語を知りたい人にもオススメ!

唯一、残念だったのは書かれている内容が1994年までだったこと。

私がファンになったのは『ゴールド・エクスペリエンス』(1995)で、その後の『イマンシペイション』も、『レインボウ・チルドレン』も、『ミュージコロジー』や、『アート・オフィシャル・エイジ』も、『ヒットアンドラン1、2』といった大好きなアルバムのことが含まれてなくて・・・第二弾はよ!

(引用開始)

パロン(サンセット・サウンドのスタッフ・エンジニア)はマイケル・マクドナルドやアース・ウィンド &ファイアを始め、数多くのスターと仕事をしてきた 。彼は、プリンスとレコーディングするという一生に一度の経験を振り返ると、80年代を通じてプリンスがよく比較されていたあるアーティストの名前を挙げながら、こう語っている。「これまで仕事をしてきた中で、プリンスとマイケル・ジャクソンのような人はいなかった。もちろんプリンスは、僕が仕事をしてきた中でも特に腕の良いミュージシャンだった。マイケル ・ジャクソンとはよく仕事をしたけれど、そのヴォーカルと耳の良さ、自分が求める音楽をわかっているという点で、プリンスはマイケル・ジャクソンと同じ部類に入るだろう。マイケル・ジャクソンは自分で楽器を弾かなかったから、自分の希望を他の人たちに伝えなければならなかったけれど、プリンスはそれをする必要がなかった。マイケルは、自分の求めるものをはっきりと伝え、ギタリストにはギター・リフを歌って聴かせていたよ。お互い違った才能を持っているけれど、ふたりは同じ部類に入ると思う 」 。

(引用終了)

ただし、、MJファンで、プリンスビギナーの方にちょっぴり注意すべき点を挙げると、プリンスは、マイケルのような「完全主義者」とは違って、溢れ出す音をとにかくアウトプットしたい欲求が強く、そこにレコード会社との軋轢なども加わって、信じられないほど膨大なアルバムのほとんどがリマスターされていない上に、2016年に発売されたベスト盤もキャリアすべてを振り返っての選曲とはいえないもどかしさがあって(プリンス自身がリマスターした2017年発売の『パープル・レイン Deluxe Edition』はイイ!)・・

そんなわけで、サンプリングされた音でさえクリアで、最新のデジタルリマスターだの、ハイレゾだのといった音に慣れたMJファンの耳には、せっかくCDで買ったのにプリンスの音がショボく聴こえることも・・(正規がこれほど多いにも関わらず何故かブート推しするファン多いのも謎)

またビジュアル面でも、マイケルとは違った意味で大きく変化していますし、本当に長い間、天才アーティストであり続けたプリンスの全体像を把握するのは容易ではありません。

で、そんなアナタに朗報ww



これまでMixcloud で公開されていた名古屋のプリパ音源が、CDで買えるように!

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曲名も書いてあって頭出しも可能!晩年までとにかく一杯あるプリンスのアルバムからMixする手間とお金を考えれば、とんでもなくお得な商品!

私の印象では、2017の方が踊れる感じで、2018はカフェのBGMにもぴったりで、油断しているとお部屋がシャレ乙になってしまうので要注意ですw

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by yomodalite | 2019-01-15 18:18 | 現代文化・音楽・訳詞 | Comments(0)

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2018年最後の投稿は、今年一番アンダーラインを引いた本を紹介することにします。



ヒップホップにイマイチ乗れずにいる洋楽ファンにとって、1968年生まれの長谷川町蔵氏と、1970年生まれの大和田俊之氏の対談形式によるこの本以上に納得できる読み物はないんじゃないでしょうか。


おふたりの話は、専門用語が散りばめられただけで、アーティストへの過剰な思い入れも、リスペクトの理由も、さっぱり伝わってこないヒップホップマンセーな書き手とは違って、


日本の多くのリスナーにとって、本来はカンタンに共感出来そうにない世界について、フィジカルレベルで、ストンと納得させてくれます。


こんな風に理解できていたら、ムダな苦労をしなかったのに、とか、やっぱそうだよね、と安心したり、全然知らなかったこともたくさんあるのですが、下記はほんのさわりだけ。


(省略して引用しています)


◎第 1部ヒップホップの誕生より


I N T R O D U C T I O N

ヒップホップの壁を超えて


大和田:・・・というわけで 、かつての僕のような初心者 、つまり 「興味はあるのに聴き方が分からない 、どこから手を出せばいいのか分からない 」読者に向けて 、町蔵さんにレクチャ ーしていただこうと思います。


長谷川:まあ 、メディア側にも問題はあるんですけど 。本来はヒップホップを世間に紹介しなくてはいけないヒップホップ系ライタ ーがコアなヒップホップ ・ファンにしかわからない用語で書くし


良識ある洋楽ファンがヒップホップの壁を越えられないのはよく分かるんですよ 。まず歌詞が暴力 、金 、犯罪を礼賛して女性蔑視的だし 、音楽的にもロックのように洗練していかない ・・・ヒップホップをロックと同じように音楽だと思うから面白さがわからないのであって ・・・


大和田:音楽じゃないとするとなんでしょう


長谷川:ずばり 、一定のルールのもとで参加者たちが優劣を競い合うゲームであり、コンペティションです。・・・たとえば第一線から退いたアーティストの扱われ方・・・ロックだとファンが徐々に減っていくけど 、ヒップホップは、ファンがクモの子を散らすようにいなくなっちゃう 。それは 「こいつはもうゲームに勝てなくなった 」と見限られたってことなんですよ


筋金入りの帰国子女で 、大学入学までずっとロサンゼルスにいた学生が、「今の日本のヒップホップはぜんぜん面白くない ! 」と。「どうして? 」って訊くと 、「ビ ーフがないからっすよ!ヒップホップはカンプティッションなんっすよ! 」と叫ぶんです 。


僕がヒップホップに興味があると伝えると毎日のようにメールをくれるんですが、それが 「先生ヤバイっす、誰が誰をディスりました 」とか 「誰と誰がビ ーフを始めました 」「誰が誰のレーベルに入りました 」とか人間関係の話ばっかり 。・・・ この曲がカッコいい !ていう音楽の話はひとつもない (笑)


僕も最初から競技と思って聴いていたわけじゃないんですよ 。もともとニューウェーヴの延長で「新しいロック 」としてヒップホップを聴き始めたので 、途中まではヒップホップに進化や洗練を求めていたんです。でも途中でこれは違うなと


それで競技であることを意識しながら、時代順にもう一回聴いてみたら、自分の直感が正しいような・・・なので 、歴史をたどりながら 〝ゲームとしてのヒップホップ 〟を喋っていきましょう。


◎テクノ、ハウスとの関係


大和田:ヒップホップとハウスは両方ともディスコをそのルーツのひとつとしながら、片方は女性蔑視的な性格を帯びつつ 、もう片方はゲイ ・カルチャーを継承するわけですよね 。同じ黒人音楽でもこうした対称性がはっきりと出てくるのは・・・


ハウスやテクノにはどこかスピリチュアルな雰囲気が漂うというか 、ある種の超越性が感じられますよね 。それに対してヒップホップはどこまでもリアリティに根ざしている 。


長谷川:ハウスもテクノもループ主体の音楽なのに、ヒップホップほど商業的に大きくならなかったのは、ディスコから受け継いだ匿名性や 音楽の中にある超越性のせいなのかもしれません 。インタビューや写真撮影を拒否している人や 、一人で様々な名義を使い分けているア ーティストも多いんです。そこいらへんが 「俺が俺が」って主張しまくる俗っぽいヒップホップと対照的なんですよ


◎ジャマイカからブロンクスへ


大和田:ヒップホップに関する文献を読むと 、必ずジャマイカから始まりますよね 。ほとんどレゲエの歴史と同じになってしまうという ・・・


長谷川:ブロンクスはジャマイカ移民が多くて 、ネーション・オブ・イスラムの指導者ルイス・ファラカーンや国務長官だったコリン・パウエルもブロンクスのジャマイカ系黒人なんですよ・・・


大和田:ブロンクスにはもともとユダヤ系やアイリッシュ系の人がたくさん住んでいたんですが、6 0年代にブロンクス横断高速道路が建設されると、白人がみな郊外に逃げちゃった。だから、アフリカ系とヒスパニック系移民が流れ込んでくるのは比較的最近なんです・・・


長谷川:最初は、当時のディスコDJと同じように 、2つのターンテーブルとミキサーを使ってレコードを切れ目なくかけているだけだったのに、ある日仲間たちのダンスが盛り上がるのが 、曲のコ ーラス部分ではないってことに気づく。たとえばジェームズ ・ブラウンの F u n k y D r u m m e r 〉は 6分以上続く曲だけど 、一番盛り上がるのは 5分を過ぎてから出てくる・・・いわゆる 「ドラムブレイク 」と呼ばれる部分 ・・・


(引用終了)


これが〝ブレイクビ ーツ 〟の発明に繋がり・・価値観の転倒や、パラダイムシフトをもたらし


ちなみに、マイケルは、ヒップホップの楽曲の中でも数多くサンプリングされたアーティストの1人なんですが、中でも一番多く使われたのは何だと思いますか?


その答えと、結局ラップは何を語っているのかについて興味がある方はぜひ!

そして、今年お世話になったみなさまへ。

このブログは来年もまだ続きますw


by yomodalite | 2018-12-29 23:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Comments(2)
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2010年に公開されたセリーヌ・ディオンのドキュメンタリー・フィルム『セリーヌ:スルー・ザ・アイズ・オブ・ザ・ワールド』の絶叫上映を観に、Zepp難波へ。

大阪は朝から大雨で、時間帯によっては靴の中に水が溜まるぐらいの勢いで、山間部では土砂被害警告も出てたけど、上映が始まる時間が近づくにつれて雨足も落ち着き、梅田から乗り換えなしの会場には難なく到着。

実は、セリーヌのことは全然ファンじゃなくて、CDを買ったこともないし、知ってる曲といえば、例のあの曲と、あとは、R・ケリーとデュエットした「I'm Your Angel」と、






あともう一曲、なんか有名な曲があったような気がするけど、曲名とか知らないし・・とか、もうホントそんなレベルだったんだけど、ライブ映像に加えて、プライヴェートも垣間みえるドキュメンタリーを大きなスクリーンで観られて1ドリンク付き3000円なんて、とってもお得な気がして、速攻でポチったんだけど、

実際、正解だったことは始まったとたんにわかりました。

私のイメージの中のセリーヌは、白いロングドレスを着て、ラスベガスのステージでバラードを歌う人だったんだけど、ワールドツアーで、スタジアムの観客の前に立つ彼女は、完全にロックスターの雰囲気で、アラブ世界からアジア各国、人種や民族や宗教や音楽性の違いや性的嗜好もまったく関係なく、すべてを一瞬で乗り越えてしまうぐらいの度量の大きさが、彼女がステージに登場したとたんに伝わって・・・

衝撃でした。

完璧なスタイルにピッタリとしたミニのワンピース、そこから伸びる長い足には常に10センチの細いヒール!

セリーヌが、マドンナと同じぐらい肉体を鍛えているなんて、想像もしてなかったので、むちゃくちゃ高いピンヒールでカッコよく歩くだけでなく、走り回る姿には驚いてしまいました。

ざっくりとした印象では、楽曲は、オリジナルよりもカバー曲が多くて、3時間ほどの上映(同名のDVDは120分だけど)では、2/3がロックで、1/3がバラード。

マネージャーである夫と、ひとり息子を連れて、世界中をライブで飛び回り、ファンサービスにも熱心で、つかの間の休息も夫や息子と過ごして、彼女にはスキャンダルが入り込む隙間など1ミリもないんだけど、こんな生活でこれほどパワフルな活動を続けるモチベーションになるんだろうかと、またもや、マドンナのことを思い出して疑問に思ってしまった。

でも、おそらく、セリーヌの方が音楽の力で生かされていることを自分自身で感じているからなんでしょう。

とにかく、セリーヌが音楽の力を全身で体現できる人だってことがよくわかるドキュメンタリーでした。

(でも、にわかファンに173分は長過ぎたかなぁ・・それと、彼女がMJモノマネをやる場面がなかったのは残念だった。エルヴィスはやってたのに・・)


クイーンの「We will Rock You」と
「The Show Must Go On」は
彼女にとって重要な曲みたい





このフィルムの映像じゃないし
低画質だけど
「足」でセレクト!





予告編(1)




予告編(2)





by yomodalite | 2018-06-21 15:30 | 現代文化・音楽・訳詞 | Comments(0)

和訳 Iggy Pop "China Girl"

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イギー・ポップの「China Girl」の和訳です。

『ギミー・デンジャー』を見てから、再びイギーが大好きになったものの、訳詞のことはまったく考えてなかったんですが、下記のコメント欄にいただいた、ephemeralさんからの訳詞をきっかけに、自分でも訳してみました。


「China Girl」は、ナイル・ロジャースがプロデュースしたデヴィッド・ボウイ版の方が有名で完成度も高いのですが、元々は、ボウイとイギー・ポップが共同制作した曲で、1977年のイギーのアルバム『イディオット』の収録曲でした。


その後、薬物依存症で破産の危機にあったイギーを救うため、1983年のボウイのアルバム『レッツ・ダンス』でセルフ・カバーされ大ヒット。印税の半分がイギーに与えられたという、ふたりの友情話も有名ですね。


あらためて歌詞を見てみると、西欧の白人男が犯してきた罪の重さから、東亜の女性に惹かれているようだったり、


また、歌詞に出てくる「マ-ロンブランドのような悲劇的な気分」というのは、おそらく、ブランドの映画『サヨナラ』のことなんですが、ブランドが演じているのは、朝鮮戦争で活躍した少佐で、転勤で日本に来て知り合った日本女性との悲恋話なんですけど、、まぁ、白人男にとっては、日本女性も「チャイナ・ガール」なんですよね。


また、MTVの賞も受賞したボウイのMVでは、現在、スポーツ選手が相手チームの選手にこれをやるとかなり重い処分を受ける、アジア人に対して目を横に引っ張る仕草なんかもあったりして・・・


ボウイの「チャイナ・ガール」は、同じ国に住むことなどない、遠い異国の女だったことも感じられますが、イギーのヴァージョンは・・・






China Girl

※グレー部分はボウイの歌詞とは少し異なる箇所


I could escape this feeling, with my China Girl

I'm just a reck without my little China Girl

I d'hear her heart beating, loud as thunder

I saw the stars crashing


チャイナガール、おまえさえいてくれれば、俺はこの気持ちから逃げられる

おまえがいないと俺は抜け殻みたい

彼女の心臓の音が雷みたいに響いて

星が爆発するのが見えたんだ


I'm a mess without my, China Girl

Wake up mornings there's no China Girl

I 'd hear hearts beating, loud as thunder

I see stars crashing down


おまえがいないと俺はどうしようもなくなる

朝、目が覚めて、ここにチャイナガールがいないなんて

彼女の心臓の音を聴くと、雷みたいに響いて

空から星が燃えながら墜ちてくるのが見えたんだ


I feel tragic like I'm Marlon Brando

When I look at my China Girl

I could pretend that nothing really meant too much

When I look at my China Girl


チャイナガール、おまえを見ると

俺はマ-ロン・ブランドみたいな悲劇的な気分になって

チャイナガール、おまえを見ると

どんなこともたいした意味はないんじゃないかって思える


I stumble into town just like a sacred cow

Visions of swastikas in my head

Plans for everyone

It's in the whites of my eyes


俺はよろめきながら、聖なる牛のように街に出る

頭の中はハーケンクロイツで一杯で

みんなのための計画を実行する

俺が考えていたことはそんなこと


My little China Girl

You shouldn't mess with me

I'll ruin everything you are

I'll give you television

I'll give you eyes of blue

I'll give you men who want to rule the world


の小さなチャイナガール

君はおれに関わらないほうがいい

おまえのすべてがだめになってしまう

はおまえの世界にテレビを持ち込み

青い目の人間の見方を持ち込む

世界を支配することを望む男なんだ


And when I get excited

My little China Girl says

Oh baby just you shut your mouth(?)

She says ... sh-sh-shhh


そんな風に興奮していると

のチャイナガールは、ねぇもう口を閉じてって

彼女は言うんだ「シーッ」ってね


Oh oh oh ohoo little china girl

Oh oh oh ohoo little china girl


ああ、かわいいチャイナガール・・・


(訳:yomodalite)



by yomodalite | 2018-03-13 23:04 | 現代文化・音楽・訳詞 | Comments(13)
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→「ククーシュカ」についての前記事

前記事に引き続き、メドベージェワのエキシビジョンナンバー、映画『ロシアン・スナイパー』で使用された、Polina Gagarina(ポリーナ・ガガーリナ)の「Кукушка(ククーシュカ)」の和訳です。

メドベージェワはこの曲ですべるとき、口ずさんでいることがあるのですが、『ロシアン・スナイパー』の原題は「Битва за Севастополь(セバストーポリの戦い)」で、第二次大戦中のクリミア半島とセヴァストポリ要塞をめぐるドイツ軍とソ連軍の戦闘のさなか、女性スナイパーとして活躍した、リュドミラ・パブリチェンコを中心に描いた映画です。

「ククーシュカ」は、この映画以前に、ロシアのロックシンガー、ビクトル・ツォイが歌ったことで知られていた曲のようですが、





ポリーナが歌ったことで、女性スナイパーの心情に沿ったものになったようです。





詞はロシア語なので、下記はsky lineという方の英訳から和訳しています。
http://lyricstranslate.com/en/kukushka-кукушка-cuckoo.html



Кукушка(ククーシュカ)
カッコー

How many songs are unwritten yet?
Tell me, cuckoo, sing it to me
Where should I live, in the city or outside
Lie like a stone or shine like a star
Like a star

まだ書かれていない曲がたくさんあるわよね?
教えてカッコー、わたしに歌って
わたしはどこで生きればいいの
街の中、それともどこか別の場所
石のように横たわるか
それとも輝く星になるか
星のように、ね

My sun, come on, look at me
My palm turned into a fist
And if there's gunpowder,
give me fire
That's how it is

太陽よ わたしを見て
わたしの手のひらは拳に変わった
そこに火薬があるなら、私に火を
そう、それだけ

Who's going to follow my lonely track
The strong and brave laid down their lives
On the battlefield, in fight
Few of them remained in our memory
Sober-minded, with the steady hand, in arms
In arms

孤独な道を行くわたしの後を継ぐものは?
たくましく勇敢なものたちが命を捧げた戦場
その闘いの中で
わずかな者たちがわたしたちの記憶に残った
彼らは取り乱すことなく
落ち着いて銃を扱う
そう、銃をね

My sun, come on, look at me
My palm turned into a fist
And if there's gunpowder,
give me fire
That's how it is

太陽よ わたしを見て
わたしの手のひらは拳に変わった
そこに火薬があるなら、私に火を
そう、それだけ

Where are you now, my liberal freedom
Who are you meeting sweet sunrise with
Give me an answer

わたしの自由はどこにいってしまったの
誰が美しい日の出に出会えるというの
わたしに教えて

It's good to live with you and hard without you
The head and patient shoulders
To put under whip lashes, whip lashes

あなたと生きることが喜びで
あなたなしでは生きられない
頭もそして萎えた肩も
振り下ろされた鞭の下で耐えている
振り下ろされた鞭に

You my sun, come on, look at me
My palm turned into a fist
And if there's gunpowder,
give me fire
It's like this

太陽よ わたしを見て
わたしの手のひらは拳に変わった
そして、そこに火薬があるなら
私に火を
そう、火のように

Where are you now, my liberal freedom
Who are you meeting sweet sunrise with
Give me an answer

わたしの自由はどこにいってしまったのか
誰が美しい日の出に出会えるというのか
わたしに教えて

It's good to live with you and hard without you
The head and patient shoulders
To put under whip lashes, whip lashes

あなたと生きることが喜びで
あなたなしでは生きられない
頭もそして萎えた肩も
振り下ろされた鞭の下で耐えている
振り下ろされた鞭に

You my sun, come on, look at me
My palm turned into a fist
And if there's gunpowder,
give me fire
It's like this

太陽よ わたしを見て
わたしの手のひらは拳に変わった
もし、そこに火薬があるなら
私に火を
そう、火のように

訳:yomodlite

※気になる点や、ロシア語がわかってないなど、ご指摘は遠慮なくお願いします。
また、こちらのページにある別の英訳については現在検討中。

https://m.poemhunter.com/poem-amp/the-cuckoo-translation-of-a-russian-song/



Europeans 2018 Exhibition



2018 Orympic




Kukushka(ロシア語オリジナル)
Песен ещë ненаписанных, сколько?
Скажи, кукушка, пропой.
В городе мне жить или на выселках,
Камнем лежать или гореть звëздой?
Звëздой.
Солнце моë - взгляни на меня,
Моя ладонь превратилась в кулак,
И если есть порох - дай огня.
Вот так...
Кто пойдëт по следу одинокому?
Сильные да смелые
Головы сложили в поле в бою.
Мало кто остался в светлой памяти,
В трезвом уме да с твердой рукой в строю,
В строю.
Солнце моë - взгляни на меня,
Моя ладонь превратилась в кулак,
И если есть порох - дай огня.
Вот так...
Где же ты теперь, воля вольная?
С кем же ты сейчас
Ласковый рассвет встречаешь? Ответь.
Хорошо с тобой, да плохо без тебя,
Голову да плечи терпеливые под плеть,
Под плеть.
Солнце моë - взгляни на меня,
Моя ладонь превратилась в кулак,
И если есть порох - дай огня.
Вот так...

戦場をテーマにした「ククーシュカ」という有名な曲は他にも・・
◎[参考記事]カッコウは鳴き声で人の余命を告げる?




by yomodalite | 2018-03-07 21:30 | 現代文化・音楽・訳詞 | Comments(14)
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年末年始に読んだ本には当たりが多かったのですが、中でも夢中になって読んだ本が、米国で2014年に出版されたアレサ・フランクリンの伝記。

1970年代なかば、著者のデイヴィッド・リッツには、絶対に一緒に仕事をしようと心に決めた人物が3人いた。レイ・チャールズ、アレサ・フランクリン、マーヴィン・ゲイ。その後出版された彼らの伝記は、いずれも高い評価を得たのですが、アレサの伝記だけは今回で2冊目。

その理由をまとめると・・・

最初に会ったレイ・チャールズで、ゴーストライティングの美と興奮を味わい、マーヴィン・ゲイとは、共同作業のなかばで、彼が亡くなったため、未完の自叙伝を、自分の言葉に書き換えて出版されることになったものの、最初から最後まで、彼の視点で書きたかったという思いは強く、その後ゴーストライターとして20年間、スモーキー・ロビンソンや、B・B・キング等の本を手がけた。

アレサには、その度に本を送っていたが、彼女は自伝を出すことにひどく慎重で、1999年になって、ようやく出版することができた『フロム・ジーズ・ルーツ』は、思い描いた内容とは異なる、アレサが望んだ通りの本になってしまった。数年後、アレサから『フロム・ジーズ・ルーツ』の続編を出したいという申し入れがあったときも、やはり彼女を説得することはできず、これまでに調べたことや、アレサの物語は、彼女以外の視点で描かれるべきだという意見に賛同してくれたしてくれた人々(20年ほどアレサのバックボーカルをつとめた従姉妹や、姉のアーマの娘、義理の姉)に支援を受け、本書は完成した。

「これぞ、アレサ物語というようなものがあるとは、決して思わない。いくつもあると強く思う。僕のアレサ物語は客観的なものではない。長年仕事を共にしただけに、僕は彼女の人となりを、彼女のことをよく知っている。ひとりのシスター、ひとりの信仰者としての彼女に愛と共感を寄せ、彼女の芸術性に多大な畏敬の念を抱いている。けれど、その一方で、僕はこのプロジェクトに対し、彼女が『フロム・ジーズ・ルーツ』に挑んだのと同じように、かなり偏った姿勢で臨んでいる・・・

あの日、デトロイトのアテネウム・ホテルの僕に電話をくれて、ありがとう。一緒に仕事をした数年間、延々と終わらない僕の質問を受けてくれて、僕の熱意に応えてくれて、ありがとう。僕の魂に糧を与えてくれて、僕の熱意に応えてくれて、ありがとう。お手製のヴァニラウエハー・バナナプディングを、特製アレサ流ラザニアをありがとう。

レイ・チャールズに紹介してもらったあの運命の晩から、36年が過ぎた。今こうして、根本的に異なるふたつの視点、アレサのものと僕のものに基づき、彼女の人生を記録することができた、その恩恵に僕は深く感謝している」

と、まえがきからは、前作とは異なった内容になった理由や、自己を語ることに異常とも言えるほどの慎重さを見せるアレサへの気遣いも伝わるのですが、

『フロム・ジーズ・ルーツ』は未邦訳で、両書を比較することはできず、そもそもアレサのことを、めちゃくちゃ歌が上手い歌手として以外、何も知らなかった私には、この本に書かれているすべてが新鮮でした。

例えば・・・

アレサの父親レヴァレント・C・L・フランクリンは、初めてレコードに録音された説教師で、100万ドルの声と言われるほどの人気と尊敬を集め、彼の教会にはB・Bキングら有名スターたちもよく訪れていた。

かのジェシー・ジャクソンは、C・L の葬儀の際、「彼はメッセージに優れた詩や驚愕の比喩を注ぎいれただけでなく、重要な社会的意味も告げた。神の子として、われわれは他のどの人間より上でも下でもない、平等に愛されているのだと。“声高に叫べ、われは黒いわれは誇り高い”のメッセージをジェイムズ・ブラウンの遥か前に説いた。キング牧師と共に、公民権運動のはるか先にいて、己を強く主張する知識人であり、40年代と50年代に南部を出て、北部の産業都市に仕事を求めた数百万もの移住者にとっての、力と希望の灯火だった」と。

アレサは幼少時から、父親の教会に集まる多くの天才シンガーたちの歌声を身近に聴き、また、人種差別が激しい時代にありながら、彼女の兄弟姉妹たちは、全員が大学進学をあたりまえと考えるほど、裕福で進歩的だっただけでなく、父親のカリスマに惹かれる信者からも特別な扱いを受け、音楽業界でソウルの女王として君臨する前から「お姫さま」だったこと、

歴史を作ったスターたちが、彼女にだけは叶わなかったというエピソードは数多く、サラ・ヴォーンや、オーティス・レディング、ナット・キング・コールといったレジェンド級のシンガーが、アレサがカバーしたことで、自身の代表曲とも言える曲を歌えなくなっていた(本書のタイトルにもなっている「リスペクト」も、元々はオーティスの代表曲)。

しかも、彼女はそれほど偉大なシンガーだっただけでなく、素晴らしい作曲家でもあった。


あの「Think(1968)」も彼女の作曲。





また、彼女はアルバム全体の音をリードするプロデューサーとしての能力にも長けていた。60年代はプロデューサーが牛耳っていて、アーティストは交換可能なパーツという時代。マーヴィン・ゲイがその体制に抗って「ホワッツ・ゴーイング・オン」を自らプロデュースした1971年よりも前に、クレジットには記載されなかったものの、アレサが自分のアルバムをプロデュースしていたことには、多くの証言があった。

アレサがどれほどの天才かという話は、彼女が生まれて間もなくの頃から、今に至るまで尽きることがなく、幼少時から注目を浴び、姉や妹もデヴューし、ファミリー全体が才能に恵まれていて・・という話に、ジャクソンファミリーとの類似を感じていると、こんな証言も・・・

アーマ(アレサの姉):「ある意味、私たちはジャクソンズと似ているかもしれません。ジャーメインも、ジャッキーも、マーロンも歌えた。兄弟みんなが莫大な才能の持ち主。でもそこに登場したのが、マイケル、一世代にひとりの逸材。彼はすべてを別次元に持っていった・・・天才の次元に。それが私たちのアレサへの見方。彼女の能力はこの世のものではありませんでした」


姉アーマのヒット曲で、
ジャニス・ジョプリンなどカバーも多い名曲
Piece Of My Heart





妹キャロリンはシンガーとしてだけでなく、
作曲家として、アレサに「Ain't No 」や、
『Angel」などのヒット曲をもたらした。






一見、あまり共通点を感じられないふたりの天才には、もうひとつ共通点があって、それは、メディアにねじ曲げられたことで、悪評も多かったマイケルよりも、多くの賞賛を浴びてきているように見える、アレサの異常とも言えるシャイネスぶり。メディアに対しては寡黙だったものの、親しい友人とはおしゃべりも好きだったように思えるマイケルですが、アレサは親しい人間であっても、本当に言葉少ない人らしく・・・

とにかく、本書を読むと、アレサがマイケルと比較されるぐらいの、まさに神から贈られたという意味での「天才」ということがよくわかり、アレサ・フランクリンという個人だけでなく、ゴスペルを軸に黒人音楽の歴史を辿る上でも傑作といえそうな良書なのですが、

私がもっとも感動したのは、マーヴィン・ゲイの言葉。

(アレサが「ホーリー・ホーリー」を録音したことを知って・・・)「愕然とした。自分が歌うに値するするものを僕が書いたとアレサが思ってくれた。それを知って愕然としただけじゃなく、彼女の解釈に愕然としたんだ。『ホワッツ・ゴーイング・オン』が出てから、まだそれほど経っていなかった。あれは激しい論争の末に出たものだったからね、これじゃあ商売にならないとモータウンが考えたために起きた例の諸々なんだけど・・僕はこれを出さないなら二度と録らないと。僕は戦いに勝ち、世間は僕の姿勢が正しかったことを立証してくれた。つまりレコードは売れていた。それでも僕はまだ不安の中にいた。あれがいいのはわかっていたんだ。でもアレサが “ホーリーホーリー” を歌ってくれたのを知って、それでようやく本当にいいものなんだと実感できたんだ。彼女と僕の音楽的背景は似ている。ふたりとも父親の説教や歌を見て育った、だからこの手の曲について、アレサの耳が肥えているのはよくわかっていた。僕にとって、ゴスペルは究極の真実であり、究極の試金石なんだ。・・・そう、神とのつながりがゴスペルを朽ちることのない清廉潔白なものにする。アレサは朽ちることがない。彼女の神聖な魂は朽ちることがない。あの曲を歌ったとき、僕は自分の声を重ねて、セルフハーモニーを作り上げた。自分で自分に影をつけ、弦と菅の音響効果もたっぷり加えた。でもアレサの場合は、自分の声とあの美しいフルボディの聖歌隊だけ。それであれを高く築きあげた。決して揺らぐことのない強固なものにした」

「真のソウル愛好家に僕の最高傑作はと尋ねれば、答えはたいてい『ホワッツ・ゴーイング・オン』だ。真のゴスペル愛好家に最高傑作は、と尋ねれば、答えは『至上の愛』だ。じゃあ、真のアレサファンに彼女の最高傑作を挙げてくれと言ったら、答えは同じ『至上の愛』さ。“リスペクト” や、“ナチュラル・ウーマン” 、“チェイン・オブ・フールズ” を僕ほど愛している人はいない、『スパークル』には嫉妬のあまり、顔が真っ青になったくらい。カーティス・メイフィールドがアレサのアルバムを丸一枚、書いて制作もして!ああそんな機会がもらえるなら、僕はもう死んでもいい。

神がかった創作で絶頂期だったマーヴィンに「彼女の作品のために死んでもいい」と、言わせるなんて!!

アレサは、結婚前の10代で、すでに2人の子供を産んでいて、牧師の父も10代の少女を身ごもらせていたことから、アレサの子は父との間に出来た子供ではないか、といった噂も絶えなかったようですが、

白人の教会道徳とは異なる黒人社会も、そしてソウルを神の魂を受け継ぐ音楽と感じる人々にとって、彼女の聖性はずっと揺らぐことなく・・・

実はこの本、まだ読了してなくて、半分を過ぎたあたりなんですが、アレサの女王ぶりは、ページをめくるたびに尽きなくて、まさに「リスペクト」としか言いようのない内容ばかりです。
2015年、
アレサ73歳のときの “ナチュラル・ウーマン”





どの曲も同じ歌い方はしないというアレサが、
ホイットニー・ヒューストンのトリビュートで歌ったあの曲


by yomodalite | 2018-01-15 02:06 | 現代文化・音楽・訳詞 | Comments(0)
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先週の金曜、ダーリンが「明日の4時、なんか予定ある?」と聞くので、「その時間は、ジムに予約入れてる」って答えたら、「◯◯子(私の名前)が行けるって」と電話に向こうの相手に言ってて・・・

そんなこんなで、取引相手に買わされたチケットに困っていたダーリンの友人(おっさん)と、急遽OSK日本歌劇団(→ Wikipedia)の『ドラキュラ』を見に行くことに。

大阪には、宝塚以外にOSKという女性だけの歌劇団があるものの、現在は存続の危機にあるというようなことを、ローカルニュースでちらっと見たことがあったんだけど、宝塚ファンの友人に熱心に誘われて見に行ったときも、途中で寝てしまったような私が、なんでまた・・

しかも、会場に行ってみると、私たちの席は前から4番目のど真ん中という素晴らしい席。ただこんな目立つ席で寝ちゃったらどうしようという不安は、舞台が始まると徐々に消えていき、ダンスだけでなく、みなさん想像以上に歌が上手なことに感動し(特に「恋羽みう」さん)、中でも、主役のドラキュラを演じた「悠浦あやと」さんの魅力には驚いた。


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あえて宝塚歌劇団を避けて、運営の不安定なOSKに入る逸材なんているわけがない。と思っていたんだけど(反省)、悠浦さんは、幼少期にOSK公演を見て以来憧れつづけ、ついに夢を叶えられたとのこと。


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そんな純粋で真っ直ぐな思いを抱く人だから、本当に瞳の中にいくつもの星がきらめいているような「スター」になれるんだなぁと、妙に納得したり、

◎八尾市ホームページ「記念対談~OSK日本歌劇団 悠浦あやとさん」

今年経験した京都の禅寺修行に、現役のタカラジェンヌも来ていて、彼女から聞いた凄まじいまでの寮生活にちょっぴり疑問を持ってしまっていたんだけど、寮生活のないOSKだからこそ、ゆうらさんの純粋さが失われなかったのかな、なんてことも思ったり・・。








by yomodalite | 2017-11-28 07:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Comments(0)
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ジョージファンの方からのリクエストで「Heal The Pain」の訳詞をします。

大ヒットアルバム『Faith』から3年後の1990年にリリースされた『Listen Without Prejudice Vol. 1』は、前作の雰囲気とは異なる曲ばかりが収録されたことで、MJも悪魔と呼んだCBSレコードの社長トミー・モトーラに酷評されることになるのですが、そこから4枚目のシングルになったのが「Heal The Pain」。

歌詞の中でジョージは、

「僕なら、君の痛みを癒すことができる」

と言い、まだ付き合っていない彼女を口説こうとする一方で、

「君を幸せにする力があるのは、君以外の誰でもない」

というメッセージもあり、

このちょっぴりポール・マッカートニー風の曲(2006年に、ポールとのデュエットバージョンもリリースされています)は、この1年後にリリースされた、MJの「Heal the World」にも通じているような気がします。




Heal The Pain

Let me tell you a secret
Put it in your heart and keep it
Something that I want you to know

君に秘密を打ち明けるから
心に留めておいてほしい
君に知ってもらいたいんだ

Do something for me
Listen to my simple story
And maybe we'll have something to show

そして僕のためにやってみてほしい
単純な話なんだ
聴いてくれればお互い打ち解けられるかも知れない

You tell me you're cold on the inside
How can the outside world
Be a place that your heart can embrace
Be good to yourself
'Cause nobody else
Has the power to make you happy

心の中が寒いって君は言う
どうしたら外の世界が安心できる場所になるだろう
それにはまず自分に優しくならなきゃ
君を幸せにする力があるのは
君以外の誰でもないんだから

How can I help you?
Please let me try to
I can heal the pain

僕になにかできることがある?
君の痛みを癒すことができるかどうか
どうか試してみて

That you're feeling inside
Whenever you want me
You know that I will be
Waiting for the day
That you say you'll be mine

僕がいつでも君の望むままだと
君は感じているだろう
僕が「私はあなたのもの」と君が言ってくれる日を
待ち続けていることも
君はわかっているだろう

He must have really hurt you
To make you say the things that you do
He must have really hurt you
To make those pretty eyes look so blue
He must have known
That he could

彼は、本当は君を傷つけている
君の言葉は彼に言わされているんだ
彼は、ほんとうは君を傷つけている
そのきれいな瞳が、悲しみの色に染まるのが
わかっているのに
彼はそうできるんだ

That you'd never leave him
Now you can't see my love is good
And that I'm not him

それなのに、君は彼から離れられない
君には僕の愛の良さがわからない
そして僕が彼とは違うってことも

How can I help you?
Please let me try to
I can heal the pain
Don't you let me inside?

僕になにかできることがある?
君の痛みを癒すことができるかどうか
どうか試してみて
僕を受け入れてくれない?

Whenever you want me
You know that I will be
Waiting for the day
That you say you'll be mine

僕はいつでも君の望むまま
「私はあなたのもの」と君が言ってくれる日を
待ち続けているのはわかってるだろう

Won't you let me in
Let this love begin
Won't you show me your heart now

僕を受け入れてくれたら
この愛は始まる
今、君の心が見たいんだ

I'll be good to you
I can make this thing true
Show me that heart right now

僕は君に優しくする
本当にそれを証明できる
だから、今、君の心を見せて

Who needs a lover
That can't be a friend
Something tells me I'm the one you've been looking for

人には恋人が必要で
良い友人になれないやつが良い恋人になれるわけない
僕が、君が探していた人なんだって言いたい

Oh, if you ever should see him again
Won't you tell him you've found someone who gives you more

ああ、もし、もう一度彼に会うのなら
もっと多くの愛を与えてくれる人が見つかったと
言ってくれないか

Someone who will protect you
Love and respect you
All those things
That he never could bring to you

私を守り、愛し、尊敬してくれる
そんなすべてを叶えてくれる
あなたには決してできないことよ、と

Like I do
Or rather I would
Won't you show me your heart
Like you should

僕は今もしてるし、
これからもっとそうするつもりだけど
君も心を開いてほしい
君はそうするべきだよ

How can I help you?
Please let me try to
I can heal the pain

僕になにかできることない?
君の痛みを癒すことができるかどうか
どうか試してみて

That you're feeling inside?
Whenever you want me
You know that I will be
Waiting for the day
That you say you'll be mine
Won't you let me in
Let this love begin
Won't you show me your heart now
I'll be good to you
I can make this thing true
And get to your heart somehow

君もほんとはわかってるんだよね?
僕はいつでも君の望むままだと
「私はあなたのもの」と君が言ってくれる日を
待ち続けていることを
僕を受け入れてくれたら
この愛は始まる
今、君の心が見たいんだ
僕は君に優しくする
僕ならそれを証明できる
だから、今、君の心を見せて

(訳:yomodalite)



by yomodalite | 2017-11-25 23:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Comments(2)
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すっかり遅くなってしまいましたが・・・
私と、childspiritsさんは、ここまでの興奮と感動で疲れきった身体になんとか喝を入れて、スリラーの3Dが上映された日の深夜に行われたジョージ・マイケルのドキュメンタリー映画のチケットもゲット!



2016年は、1月にデヴィッド・ボウイ(69歳)、4月にプリンス(57歳)、10月にピート・バーンズ(57歳)が亡くなり、12月には、ジョージ・マイケル(53歳)までもが旅立ってしまうという大変な年で、

ガンを公表していたボウイを除けば、みんな突然で、予想もしていなかったという点では、私はプリンスの死にもっともショックを受けた。使用していた処方薬を考えれば、彼自身にその覚悟がまったくなかったとはいえないものの、やっぱり、プリンスにはまだやり残したことがあって、旅立ちの準備をする時間などなかったように思えたから。

でも、毎年のクリスマスシーズンを最も盛り上げてくれた曲を作ったジョージ・マイケルが、クリスマス当日に亡くなったことを聞いたときは、ショックと同時に、彼の死は、彼自身の人生計画の一部だったのでは、と思えてきて・・・

そして、そんな想像をしてしまったことから、私の中で、マイケル・ジャクソンと、ジョージ・マイケルが少しづつ重なってみえることが多くなってきた。

医療ミスであり、直前のコンサートのストレスも大きな要因だと思われたマイケルの場合は、その死の責任をめぐって、医者とプロモーターが裁判にかけられたけど、ジョージの場合は、第一発見者である同居人への疑惑は持ち上がったものの、長期間の検視を経ても、結局明確な死因すらわからなくて、このドキュメンタリーを通して、その答えを見つけたいという気持ちも強かった。

そして、映画が始まるとすぐに、ジョージの最後を見届けたいという思いで、スクリーンを見つめていた大勢の観客の前に、ケイト・モスが登場し、このドキュメンタリーが完成して間もなく、ジョージが亡くなったことが告げられる。

映画では、ジョージのアーティストとしての歩みが、数々のヒット曲に彩られて紹介され、エルトン・ジョン、スティービー・ワンダー、ナイル・ロジャースといった時代をつくった大勢の天才たちが、ジョージがどれほど凄い天才だったかを語るシーンがたくさんあって、

ケイト・モスだけでなく、『Freedom! ’90』(1990)のPVに出演した、リンダ・エヴァンジェリスタや、クリスティー・ターリントン、ナオミ・キャンベル、クラウディア・シファーといった90年代のスーパーモデルたちも華を添えていた。


こちらに「FREEDOM ’90」の動画もあり


マイケルが、ナオミ・キャンベルと共演した『In the Closet』は、この2年後にリリースされたもので、『Freedom! ’90』を監督したデヴィッド・フィンチャーは、1989年にマドンナの「Express Yourself」で初めてミュージックビデオを手がけ、1990年に『Freedom! ’90』、1992年にマイケルの「Who Is It」を手がけた。

でも、90年代のスーパーモデルたちが醸し出していたゴージャスなセレブライフに最もフィットした音楽を作ったのはジョージで、90年代のジョージ・マイケルは、Wham!時代の元気なアイドルから、華やかなモデルたちの中心にいるのが相応しい雰囲気をまとうようになり、

音楽を創るのと同時に、大勢のひとが憧れるようなリッチな生活や、そこに相応しいファッションも、ジョージは身につけ、そういったものを自分のものにしていくことで成長していった「ジョージ・マイケル」は、マイケルや、マドンナが時代時代で変化していったのとは、どこか違っていた。

イェオルイオス・キリアコス・パナイオトゥという本名をもつ人間のことは、このドキュメンタリーでもほとんど描かれていないのだけど、それは子供時代からその名前だった「マイケル」や、「マドンナ」とは違い、元々「ジョージ・マイケル」が、ひとりの人物の “空洞” から生まれた「架空の存在」だったからではないか、と思う。

ボウイも、プリンスも、マイケルも、天才アーティスト達は、独自の人物像を創造するものだけど、イェオルイオス・キリアコス・パナイオトゥが創造した「ジョージ・マイケル」は、独自の、というよりは、大勢の人がイメージする理想的な人物を「実体化」したような、存在だったように思う。

そして、そんなところに、私はマイケル・ジャクソンとの類似をみてしまうのだけど、それを説明するのはすごくむつかしい。なぜなら、マイケルは独自のダンスムーブを生み出し、手袋や、靴下といったアイテムだけでなく、シルエットだけで、本人だとわかるような、「独自」のスタイルをもっていると思われているし、世界中の若い男女が憧れた人物であると同時に、長くメディアでの描かれ方が酷かったせいもあって、マイケルの顔に人工的な気味の悪さを感じている人や、奇妙な趣味をもった変人というイメージをもっている人も多い。

でも、プリンスや、ピート・バーンズが独自のスタイルを追求しようとしたのとは違って、私には、マイケルはすでにあったイメージを完成させ、完璧にすることで自分のものにしたのであって、「ジョージ・マイケル」の作られ方にも、それに近いところがあったと思うのだ。

映画の中で、もっとも印象に残ったのは、ジョージが言ったこんな感じの言葉。

「今はみんな、細かく分かれ過ぎている」

音楽がもつ人を繋ぐ力や、言葉を越えた共感は、小さな世界で王様になりたがるアイデンティティのモンスターたちや、差別や、寛容、多様性といった言葉を唱えているだけの信仰者によって、すっかり衰え、出自や人種といった分類から、ファンにも同じようなメッセージや、単純な政治観を植え付け、あるグループの代表者になることで、敵対するグループを見つけては戦おうとするアーティストが多い中、

ジョージ・マイケルも、マイケル・ジャクソンも、現代のそういった風潮に不満を感じ、大勢の人々が共感することや、音楽が持つ「言葉を超えた世界」を追求しようとしていた。

また、日本では「ソニー・ウォーズ」と呼ばれるマイケルのSONYへの抗議行動は、ジョージの1987年の超ヒットアルバム「Faith」のあと、1990年に発表した『LISTEN WITHOUT PREJUDICE VOL. 1』が、所属レコード会社の社長トミー・モトーラに酷評され、裁判を起こしたことに大きな影響を受けたものだとも思うけど、

ジョージの行動は、自身の音楽的進化の途上で起こした、天才アーティストにありがちな行動だったのに比べ、マイケルは、すでに自分が完璧だと思えるアルバムの枚数を作り終え、他のアーティストとは比較できないほどの好条件での契約や、ビートルズを含む版権を会社と共有するなど、リスクを計算した上での「抗議」だった。

レコード会社との揉め事が、自分のキャリアを破壊するとは思わないほど、ジョージは、音楽業界のトップに立った後も、自分の音楽的才能を疑ったことがなかったけど、「KINGOF POP」を自分の呼び名にしたマイケルは、「永遠の命」のためには、脂の乗り切った年を一年でも無駄にしたくなく、そのための経済的基盤も重要視していた。晩年といわれる時期に、マイケルの経済状況が混乱していたと言われるのは、彼が後世に残る「完璧なアルバム」をすでに作り終えたあとだったからだ。

そして、やがてジョージにも自分の物語を、自分自身で締めくくりたいという時期が訪れる。彼は2005年に「素顔の告白(GEORGE MICHAEL: A DIFFERENT STORY)」というドキュメンタリーも創っていて、そこでも、大勢の天才アーティストたちから「真の天才」として賞賛され、何曲も名曲を創った作曲家で、比類なき歌唱力と存在感で、何万人もの観衆を酔わせられるパフォーマーだったことが証明されていて、本当に素晴らしいのだけど、

どちらのドキュメンタリーにも、『THIS IS IT』のような驚きや衝撃はない。

エイズで亡くなってしまった最初の恋人、アンセルモのことを語っているジョージ・マイケルを見ていると、マイケルがテイタム・オニールとの別れを歌に込めたと言われたことや、最初の恋人としてブルック・シールズの名前を上げていたことを思い出したりして、彼らが自らに望んだ「物語」のためには、「素顔」など存在しないことを想ったり・・・

生前、熱烈なファンだったとは言えない私には、ジョージ・マイケルのことを、ジョージと呼ぶのは抵抗があるのだけど、この、よくあるファーストネームを2つ重ねた名前を芸名にしたアーティストのファンたちは、彼のことをどう呼んでいたんだろう?

聴いた瞬間から名曲としての存在感を放つような楽曲を何曲も創り、比類なき歌唱力と、女性にも男性にも受けるルックスで、幅広い層にアピールできるキャラクターでありながら、それが逆につかみどころがないというか、誰にでも好かれる反面、ジョージ・マイケル一筋の熱狂的なファンという人は少ないようにも思える。

マイケル・ジャクソンも、ジョージ・マイケルも、比類なき天才で、ものすごい完璧主義者だったけど、とてつもなく多くの人に愛され、注目されるキャラクターを目指した、という点で、マイケルはより不思議な力と、他の誰にもできない計算があったのだ。

『FREEDOM』は、ジョージ・マイケルの魅力がいっぱい詰まっていて、彼が自分の物語に「FREEDOM」とつけたことも重要で、音楽好きなら必見の映画だと思う。

でも、なんのメッセージも込められていない『THIS IS IT』というタイトルの映画に、いったいどれほど大勢の人が影響を受けたかを思うと「FREEDOM」という言葉さえも色褪せて、現代に生きる私たちが、本当は何に飢えていて、どんなメッセージに縛られているのか、と考えざるを得なくなり、

『THIS IS IT』は、ドキュメンタリー映画として優れていただけではなかったのだ、とあらためて感じた、そんな夜でした。


こちらはオリジナル、Wham!の『FREEDOM』




FREEDOM ’90のアウトテイク


by yomodalite | 2017-11-06 13:02 | 現代文化・音楽・訳詞 | Comments(8)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite