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カテゴリ:天皇・皇室( 26 )





82歳になられた陛下のお言葉。

戦前と戦後で、天皇陛下のお立場は180度と言っていいほど変わっているのに、英訳はずっと Emperor のまま。(国政に関する権能さえ有さないのに、どうして Emperor なのかな?)それでは、今までどれだけ陛下が重い責任と役割を担わされてきたかがわからず、この「おことば」を、海外の人が理解することもできないんじゃないかと思う。陛下と違って、責任を負いたくない人たちが、この訳語をこのままにしているように思えてならないのだけど・・・

下記は、英語のお勉強のためのメモです。



Message from His Majesty The Emperor (August 8, 2016)

象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日)


A major milestone year marking the 70th anniversary of the end of World War II has passed, and in two years we will be welcoming the 30th year of Heisei.

戦後70年という大きな節目を過ぎ,2年後には,平成30年を迎えます。

As I am now more than 80 years old and there are times when I feel various constraints such as in my physical fitness, in the last few years I have started to reflect on my years as the Emperor, and contemplate on my role and my duties as the Emperor in the days to come.

私も80を越え,体力の面などから様々な制約を覚えることもあり,ここ数年,天皇としての自らの歩みを振り返るとともに,この先の自分の在り方や務めにつき,思いを致すようになりました。

As we are in the midst of a rapidly aging society, I would like to talk to you today about what would be a desirable role of the Emperor in a time when the Emperor, too, becomes advanced in age. While, being in the position of the Emperor, I must refrain from making any specific comments on the existing Imperial system, I would like to tell you what I, as an individual, have been thinking about.

本日は,社会の高齢化が進む中,天皇もまた高齢となった場合,どのような在り方が望ましいか,天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います。

Ever since my accession to the throne, I have carried out the acts of the Emperor in matters of state, and at the same time I have spent my days searching for and contemplating on what is the desirable role of the Emperor, who is designated to be the symbol of the State by the Constitution of Japan. As one who has inherited a long tradition, I have always felt a deep sense of responsibility to protect this tradition. At the same time, in a nation and in a world which are constantly changing, I have continued to think to this day about how the Japanese Imperial Family can put its traditions to good use in the present age and be an active and inherent part of society, responding to the expectations of the people.

即位以来,私は国事行為を行うと共に,日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を,日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し,更に日々新たになる日本と世界の中にあって,日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています。

It was some years ago, after my two surgeries that I began to feel a decline in my fitness level because of my advancing age, and I started to think about the pending future, how I should conduct myself should it become difficult for me to carry out my heavy duties in the way I have been doing, and what would be best for the country, for the people, and also for the Imperial Family members who will follow after me. I am already 80 years old, and fortunately I am now in good health. However, when I consider that my fitness level is gradually declining, I am worried that it may become difficult for me to carry out my duties as the symbol of the State with my whole being as I have done until now.

そのような中,何年か前のことになりますが,2度の外科手術を受け,加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から,これから先,従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合,どのように身を処していくことが,国にとり,国民にとり,また,私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき,考えるようになりました。既に80を越え,幸いに健康であるとは申せ,次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じています。

I ascended to the throne approximately 28 years ago, and during these years, I have spent my days together with the people of Japan, sharing much of the joys as well as the sorrows that have happened in our country. I have considered that the first and foremost duty of the Emperor is to pray for peace and happiness of all the people. At the same time, I also believe that in some cases it is essential to stand by the people, listen to their voices, and be close to them in their thoughts. In order to carry out the duties of the Emperor as the symbol of the State and as a symbol of the unity of the people, the Emperor needs to seek from the people their understanding on the role of the symbol of the State.

私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この間かん私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。

I think that likewise, there is need for the Emperor to have a deep awareness of his own role as the Emperor, deep understanding of the people, and willingness to nurture within himself the awareness of being with the people. In this regard, I have felt that my travels to various places throughout Japan, in particular, to remote places and islands, are important acts of the Emperor as the symbol of the State and I have carried them out in that spirit. In my travels throughout the country, which I have made together with the Empress, including the time when I was Crown Prince, I was made aware that wherever I went there were thousands of citizens who love their local community and with quiet dedication continue to support their community. With this awareness I was able to carry out the most important duties of the Emperor, to always think of the people and pray for the people, with deep respect and love for the people. That, I feel, has been a great blessing.

こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に行おこなって来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井しせいの人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。

In coping with the aging of the Emperor, I think it is not possible to continue reducing perpetually the Emperor’s acts in matters of state and his duties as the symbol of the State. A Regency may be established to act in the place of the Emperor when the Emperor cannot fulfill his duties for reasons such as he is not yet of age or he is seriously ill. Even in such cases, however, it does not change the fact that the Emperor continues to be the Emperor till the end of his life, even though he is unable to fully carry out his duties as the Emperor.

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。また,天皇が未成年であったり,重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

When the Emperor has ill health and his condition becomes serious, I am concerned that, as we have seen in the past, society comes to a standstill and people’s lives are impacted in various ways. The practice in the Imperial Family has been that the death of the Emperor called for events of heavy mourning, continuing every day for two months, followed by funeral events which continue for one year. These various events occur simultaneously with events related to the new era, placing a very heavy strain on those involved in the events, in particular, the family left behind. It occurs to me from time to time to wonder whether it is possible to prevent such a situation.

天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これまでにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして,天皇の終焉に当たっては,重い殯もがりの行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き,その後喪儀そうぎに関連する行事が,1年間続きます。その様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に進行することから,行事に関わる人々,とりわけ残される家族は,非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが,胸に去来することもあります。

As I said in the beginning, under the Constitution, the Emperor does not have powers related to government. Even under such circumstances, it is my hope that by thoroughly reflecting on our country’s long history of emperors, the Imperial Family can continue to be with the people at all times and can work together with the people to build the future of our country, and that the duties of the Emperor as the symbol of the State can continue steadily without a break. With this earnest wish, I have decided to make my thoughts known.

始めにも述べましたように,憲法の下もと,天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。

I sincerely hope for your understanding.

国民の理解を得られることを,切に願っています。


* * *


◎参考記事「天皇陛下が生前退位の意向」を英文で読んでみよう!


「throne」は王座、では「Chrysanthemum」は菊。菊の王座「Chrysanthemum throne」で日本の天皇の位を表す。米国の文化人類学者・ルース・ベネディクトの日本文化に関する名著「菊と刀」の原題も「The Chrysanthemum and the Sword」。皇位はストレートに「Imperial throne」と表現でき、宮内庁は「the Imperial Household Agency」・・・





by yomodalite | 2016-08-09 08:58 | 天皇・皇室 | Comments(0)

ゴーマニズム宣言SPECIAL 新天皇論

小林 よしのり/小学館




本書で、著者が主張する、直系優先〜女系公認に賛成し、小林氏のことも、もちろん、今上天皇のことも尊敬しておりますが、一点だけ、疑問というか不満をメモしておきます。

第7章「小沢一郎の天皇私物化を許さん!」の章で、天皇と中国副首相との会見を、羽毛田長官が「1ヵ月ルール」を理由に断った件を、小沢氏の天皇私物化と表現している点は、よしりんの「カン違い」ではないでしょうか?

この「1ヵ月ルール」は、米国には、平等に適用されてないですよね。

あのときの、鳩山首相と、小沢一郎は、これまでの米国一辺倒の外交からの脱却を試みたもので、日本と中国の未来を考えるうえで、重要な外交であったはず。これを、小沢の権力という「私益」のために「政治利用」とは....

【佐藤優の眼光紙背】羽毛田信吾宮内庁長官は尊皇のまこと心をもっているのだろうか?

羽毛田長官が、両陛下の信頼が厚いかどうかは、わたしには知る由もありませんが、(東北出身で、角栄直系とも言える、小沢氏に対し、現在の皇室が親近感を抱いていないことや、小沢氏側も同様であることは想像がつきますが...)

天皇が、米国要人には、頻繁に会われていることが「政治」とは関係がないとはいえないはずですし、昭和天皇が角栄を嫌っていて、共産主義を敬遠していたことは、今後の中国関係や、今上天皇にも、今後の皇室にも、受継がれていくべき「伝統」でしょうか。

本当に、よしりんは、中国要人との会見をここまで強く拒否する姿勢に、何の疑問も感じてないのでしょうか?

わたしには、そのことが、今後の皇室と、日本の未来にとって、良きこととは思えませんし、雅子妃、愛子さまへのバッシングとの関係も疑います。

陛下が、アメリカの人ばっかりに会っておられると、その度に「属国」なんだと意識させられ、やっぱり、中国とは独自に外交出来ないうえに、外務省だけでなく、天皇側近まで、ポチ。。って思う、よしりんファンも多いと思いますし、

小沢個人の私物化という意見は、かつて、親米保守を「ポチ保守」と喝破した、よしりんとは思えません。

昭和天皇〜今上天皇が築いて来られた「皇室」は、尊敬していますが、そもそも、皇室に、ここまで男子が生まれないという「謎」がある限り、宮内庁や、側近という存在を信用することは、わたしには出来ません。羽毛田長官は、厚生省の事務次官から、宮内庁入りした人....女系容認だけで、そこまでタッグを組む必要性があるんでしょうか。。

わたしは、直系優先も、女系にも賛成ですが、悠仁さまがお生まれになったときの今上天皇のお顔は、これまで見たことがないほどの「笑顔」でした。

結婚後の女子の皇族の身分に関しては、早急な改正が望ましいと思いますが、愛子様、悠仁様、そのどちらであっても、これまでの雅子妃へのバッシングの元凶がなんであったのかを探ることが、皇室繁栄のためには一番重要ではないでしょうか。そうでなければ、悠仁様のところに、嫁ぐ女はいませんし、大体、未来の「天皇」を誰が教育するんですか?

皇后陛下へのバッシングが何故起こったかについて、全然理解しないまま、雅子妃へのバッシングにノセられている「愚かな人々」も多いようですが、愚かな人々を煽動しているのは、誰なのかということに、よしりんが興味をもってくれればなぁと、ファンとして思いますし、

男系固執、万世男系がカルト化しているのは、誰でもわかることですが、よしりんも、ブレーンの高森明勅氏(1冊も読んだことがないのですが、、)から、妙な影響を受けておられないでしょうか。。。心配です。

本書は、全体を通して、女系の正当性と、男系のトンデモについての内容が、これでもかというぐらい、懇切丁寧に力強く描かれているので、冒頭での、この小沢一郎への個人攻撃と、中国要人との会見、今後の「天皇訪韓」阻止への違和感は、後半では忘れそうになるものの、やはり、この「違和感」は、見過ごせないものだと思いました。

☆関連する書籍(女系論には関係ありませんが)
◎『天皇財閥』/吉田祐二
_____________

[内容説明]ゴーマニズム宣言SPECIAL新天皇論
いま皇室は千五百年来の危機に直面している。
天皇とは何か。それは私たちがいま考えなくてはならない。
だが、私たちは天皇の何を知っているのだろうか。
メディアが伝えない天皇のご真意。
教科書が教えない偉大なる女帝の歴史。
お世継ぎを巡る二千年の懊悩。
われわれは何も知らない。

全日本人必読!
皇室についてのあらゆる疑問に答え、すべての論争に終止符を打つ、
衝撃の書、ついに登場。小学館 (2010/12/15)

[BOOKデータベース]
メディアが伝えない天皇のご真意。教科書が教えない偉大なる女帝の歴史。お世継ぎを巡る二千年の懊悩。―われわれは何も知らない。

by yomodalite | 2011-05-08 15:53 | 天皇・皇室 | Comments(0)

天皇財閥 皇室による経済支配の構造

吉田祐二/学研プラス



天皇に関する本は「天皇責任」問題に顕著ですが、各国の王と比較することも、世界の真実に目を向けることもなく、幼児的心性ばかりで、天皇へ恨みつらみを訴えるものか、もしくは、無条件に皇室崇拝しているような両極端が多く、

特に「天皇の財産」に関しては、宝探し物語のようだったり、よくある陰謀論の類が目立つ印象がありますが、本書は、それらとは一線を画す良書。

著者は、副島隆彦氏のSNSIの研究員の方で、目次を見れば、内容の確かさが一目瞭然な体裁は、副島本と同様ですが、師である副島氏と違って「暴き系」の趣きではなく、一般的な日本人が、天皇・皇室に抱いているような好感と同様の、穏やかな天皇観の持主。

前書『日銀―円の王権』で、日本銀行の「金融権力」を論じた著者らしく、日本銀行の大株主が天皇家だったとする、正統な「経済」を通してみる「天皇家」という視点が新鮮です。

本書で、著者が展開するのは、美濃部達吉氏による「天皇機関説」に習い、天皇は財閥本社である宮内省を支配する財閥家族、皇族の家長であり、会社法人であるという「天皇法人説」。

その内容が一目で魅力的とわかる詳細な目次は、下記に書き出してみました。

また、まったく期待していなかったことですが、アマゾンから届いた本書を見て、通常のこの手の本には見られない美しい装幀にも驚きました。扇情的でなく、力強く、格調高い知的なデザインは、写真より数段素敵で、教養高い本書に相応しく、こちらも、大満足でした。

☆著者の関連本
◎日本のタブー 悪魔の用語辞典《2》(「リベラル」の項)
◎悪魔の用語辞典(「正しい/間違い」「良いこと/悪いこと」)
◎最高支配層だけが知っている日本の真実(「日本銀行はロスチャイルドがつくった」)
◎エコロジーという洗脳(「環境問題と経済思想ー排出権取引の矛盾」)

[目 次]

はじめに

第一章「財閥の総師としての天皇」
・日本の命運をも左右した超巨大財閥が存在していた
・「財閥」を定義する3つの条件
・天皇は会社法人である
・「主権者」とはいかなるものか?
・イギリスの君主の在り方
・天皇という存在が帯びる二重性
・一般の財閥と類似する天皇財閥の構造
・天皇財閥の持株会社「宮内省」
・GNPの五分の一を占めた天皇家の資産
・明治に始まった天皇家の資産
・明治に始まった天皇家の財産蓄積
・「皇室財産」の形成と元老たちの思惑
・膨張し続ける皇室財産
・謎につつまれた皇室財産の全貌
・天皇は日本一の大地主にして金融王
・天皇を“傀儡”とみなしていた元老たち
・天皇の権力の強さと民の力
・大正で大きく変わった日本の権力構造
・ひと言で内閣を崩壊させた昭和天皇の権威
・権力のバランスを変えた二つの事件
・政治権力に転化した天皇家の財産

第二章「天皇財閥の経営戦略」
・天皇が大株主「日本郵船」の誕生
・海外航路を切り開いた日本郵船
・“世界の日本郵船”へ
・あいついで設立された「私鉄会社」
・植民地経営の会社「南満州鉄道株式会社」
・後藤新平の満鉄による「国づくり」
・満鉄の驚くべき多角経営
・国家企業のモデル「東インド会社」
・新興国アメリカを「覇権国家」にした鉄道ネットワーク
・天皇財閥の植民地経営 ー 朝鮮の場合
・天皇財閥の植民地経営 ー 台湾の場合
・産業国家を機能させる「銀行ー企業」のセット
・金融的な支配を目指した「横浜正金銀行」
・「日本興業銀行」の設立と空前の経営膨張
・激変に見舞われた日本経済
・「日本型」の植民地経営

第三章「天皇財閥の経営拡大」
・恐るべき「国家総動員法」の成立
・「軍財抱き合い」だった戦時の日本
・池田成彬の入閣を機に戦時体制へ
・戦時下における天皇財閥の方針
・天皇財閥の傘下に連なった諸財閥
・国家総動員体制が財閥へもたらした利益
・「国策企業」誕生のパターン
・企業に対する銀行の優位性
・日本が目論んだ中国の金融支配
・太平洋戦争はアメリカの「計画」だった
・戦後の高度成長を可能にした「総動員体制」
・シュンペーターの資本主義発展論
・天皇による帝国経営の完成

第四章「天皇財閥の経営破綻」
・天皇財閥の「経営判断ミス」
・日本との戦争を望んだルーズベルト
・昭和天皇はどんなタイプの「トップ」か?
・古典的にして近代的な君主
・戦前の日本を動かしていた宮中の「秘密政治」
・天皇財閥の四大取締役
・英米の反発で問われた牧野の「経営責任」
・刷新した天皇財閥の経営陣
・終戦までの日本を動かした「西園寺チルドレン」
・木戸幸一のコーポレート・ガバナンス
・東条英機を総理に指名した木戸の真意
・天皇の「戦争責任」をめぐる議論
・グランド・デザインを描いた「世界経営者」たち
・戦責を「負わない」天皇財閥の経営者・天皇
・政治的な力を発揮した「象徴天皇」
・敗戦国日本に対するアメリカの選択

第五章「現代も生き続ける天皇財閥」
・オーナーがいなくなった戦後の日本企業
・日本の企業には「代表者」がいない
・実体のない「法人」が支配するビジネスの世界
・天皇財閥の構造的な変化
・望まれた「天皇グループ」による経済発展
・日銀とその「支店」の戦後
・普通銀行となった三行の特殊銀行
・戦後の植民地経営会社の変遷
・天皇財閥系企業の人的資産の行き方
・もうひとつの天皇財閥系企業
・天皇グループ最大の企業「日赤」
・現代日本の支配階級
・エリート官僚が政治権力者に
・顔のない不気味な企業体「日本株式会社」
・アメリカに仕える天皇グループの経営者たち
・属国・日本の指導者を管理する要員
・天皇財閥最後の総師、昭和天皇

おわりに
_____________

「BOOKデータベース]
明治維新以降、天皇家は三井や三菱をはるかにしのぐ大財閥として、日本経済を“支配”してきた。しかも、戦後、すべての財閥が解体されるなか、天皇家だけは財閥解体されず、形を変えて、今も日本経済を支配しているという。日銀の大株主・皇室による経済支配の痕を綿密に追い、現代日本の経済構造の真相に迫る。学研パブリッシング (2011/02)

[著者略歴 「BOOK著者紹介情報」より]
吉田 祐二/1974年生まれ。千葉大学大学院修士課程中退。出版社勤務などを経て2001年から4年間ヨーロッパ(オランダ)に企業駐在員として赴任。現在も輸出機器メーカーに勤務しながら、政治・経済に関する研究、論文の執筆を行っている。貨幣経済理論および政治思想、近代企業経営史などを研究のテーマとする。SNSI(副島国家戦略研究所)研究員


by yomodalite | 2011-03-09 09:21 | 天皇・皇室 | Comments(0)
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今日言うべきことかと思いますが、もう2月!!

着物は着ているのですが、昨年と代り映えしてないうえに、相変わらず季節感もなし。小物ひとつに至るまで、新たに購入した品もないのは、たまたま、気に入ったものがなかったせい。。。多分。。。

でも、そんな、地味な着物生活にも、
素晴らしく感動を与えてくれたのが本書です!
まったくコーディネートの参考にできる気がしませんが

ただ、ただ、うっとり。。。

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内容紹介には、上手に和服を着こなすための知恵を、木村孝氏と渡辺みどり氏が書いているとありますが、ただもう、うっとりするばかりで、そちらはさっぱり読んでいません。とても解説できる美しさとは、思えないので。。。

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【内容紹介】ご成婚発表の直後の振り袖姿から、7月のカナダ訪問での着こなしまで、皇后美智子さまのエレガントな着物姿を朝日新聞の秘蔵写真で見せる。107点の写真で浮かび上がるのは、娘から妻、そして母へと歩んだ美智子さまの年月。雅子さま、紀子さま、黒田清子さんへ引き継がれた帯やお着物などのエピソードや上手に和服を着こなすための知恵を木村孝氏と渡辺みどり氏が解説。読んでも見ても楽しい一冊。




by yomodalite | 2010-02-06 17:44 | 天皇・皇室 | Comments(0)

天皇の金塊とヒロシマ原爆

高橋 五郎/学習研究社



こちらは、昨年一部で評判になった『天皇の金塊』から5ヶ月後に出版されたものですが、内容は、06年に出版された『スパイ“ベラスコ”が見た広島原爆の正体』を改題したもの。迷った末に、順番どおりに、こちらを先に読みました。

天皇に関する著作の中でも“天皇の金塊”を扱った本には、未だに“玉”に当たったことがないので、多少の期待はしていたものの、やはり読了後の感想は、芳しくありませんでした。

著者の主張にというよりは、手法と言うか、手触りと言うか。。。こういう証拠が出し難い“論説”には、説得力を感じさせる“筆力”や“知力”が必要だと思うのですが、『天皇のロザリオ』の鬼塚英昭氏や、『神々の軍隊』の濱田政彦氏、『裏切られた三人の天皇』の鹿島昇氏、『米内光政と山本五十六は愚将だった』の三村文男氏など、これまでの定説を覆すような力のある著者には、及ばないような。。。

NHK特集「私は日本のスパイだった──秘密諜報員ベラスコ」(「NHK特集名作100選」の一つに選ばれ、1982年度芸術祭でテレビ・ドキュメンタリー部門大賞受賞)も見ていませんし、ベラスコに関してほとんど知識がなく、読み始めたせいもあるとは思うのですけど。。。

大雑把に内容をまとめれば、3/2が日本に落とされた原爆がなぜ「ナチス製」だったのか。で、3/1が、天皇の金塊に関してなんですが、“天皇の金塊”に興味がある向きには、この部分はかなり物足りないかも。

高橋氏の“判定”のために、『天皇の金塊』も、いずれ読んでみます。

☆参考サイト→「ベラスコの告白」
______________

【BOOKデータベース】第2次世界大戦末期、なぜ日本にだけ、原爆が投下されたのか?しかも、なぜそれが「ナチス製」だったのか?じつは、そうでなければならない「理由」があったという。わが国に今も秘匿されている「金の百合」と称する“巨大資金”。大日本帝国が、“天皇の名”のもとにアジア各地から強奪した戦利品の集大成だ。この「金の百合」を軸に見えてくる、日本敗戦を演出した“ペテン師”たちの暗躍。これまで決して語られることのなかった、彼らの正体と戦前のタブー、そして現代に続く欺瞞を白日のもとにさらす。学習研究社 (2008/10)



by yomodalite | 2009-11-03 22:58 | 天皇・皇室 | Comments(0)

おことば 戦後皇室語録

島田 雅彦/新潮社



本著は、実際の皇族の発言を時代順に、島田氏の解説とともに編集されたもので、無限カノン3部作の2年後に、出版されています。

「おことば」は、新聞など、公的発言のみで、私的な発言は含まれていないので、折々に聞いたものや、歴史として知っているものばかりですが、こうしてまとめて読むことで、昭和、平成、未来へと、皇室が時代とともに歩んできた歴史が感じ取れます。

影響の大きい皇室の「おことば」は、慎重に考え抜かれているものだけに、血が通いにくいもののような印象もあったのですが、ここに集められた「おことば」をあらためて読むと、むしろ、考えに考え抜かれた結晶という印象。

島田氏は、その「おことば」ひとつひとつに解説を加えているが、天皇や皇室にごく普通に尊敬の気持ちをもつ一般の国民への文章としてバランスがとれている。

天皇の著作を多数出版されている原武史氏は、

「おことば」だけでは、昭和天皇ばかりか、昭和天皇よりも「お祭」に熱心な現天皇の姿をもとらえることはできないのである。

と、本書を評していますが、公表を禁じられた文章こそが「真実」とみる姿勢もいかがなものか。なにを伏せ、なにを公表するか、その決定があって、はじめて天皇の「おことば」であり、奇跡的なまでに永く続いた天皇の知恵の結晶だと思う。

本書は2005年の発行なので、悠仁さま誕生前なのですが、現在、雅子妃への批判は益々勢いが増している様子。男子を産めなかった雅子妃の苦しみの大きさを国民が理解できなかったという「結果」は、非の打ち所のなかった美智子妃の苦労や、前途洋々のキャリアウーマンだった雅子妃の受難を経て、もう輝かしい妃の誕生を期待することはできないでしょう。

紀宮は結婚によって平民になったが、女子の皇族の身分の不確かさを一向に考える気のない保守派は、果たして本当に「保守」なのだろうか。現在の自称保守派が、極短い日本の歴史感の中でのみ皇室をとらえ、利用している態度を見るにつけ、皇室の未来は明るいとは言えないと思う。「万世一系」が非科学的としても、皇室の廃れることのなかった長い歴史を、尊重しない態度の人には辟易とする。

日本の真の伝統は、形骸化した祭事ではなく、松岡正剛氏いわく、「一途で多様な国」。古代から一貫して「主題の国」ではなく「方法の国」であったこと。皇室の永い歴史には、現在の危機に対応する知恵があるはず。だとおもうのですけどね。。。

本書のきっかけとなった『無限カノン』三部作、すぐに読んでみたくなりましたが、『豊饒の海』4部作が、まだ『奔馬』の途中なので、だいぶ後になりそうだなぁ。。。

※章タイトルは本書どおり。見出しタイトルは異なります。

第1章 占領というどん底から
最初の「おことば」は、あの玉音放送から。占領時代〜マッカーサーが日本から去るまで。

第2章 「開かれた皇室」は大衆とともに
明仁皇太子の初めての外遊、皇族とは何かに悩む宮家、テニスコートの恋、「皇室アルバム」。。。

第3章 「象徴」天皇の黄金時代
東京オリンピック、万博、欧州訪問、2・26事件。。。

第4章 世界市民への道
明仁皇太子の沖縄訪問、昭和天皇の米訪問、戦後の帝王教育、皇族と帰国子女との共通点。。。

第5章 そして、昭和は終わった
皇太子夫妻の銀婚式、日韓併合、徳仁親王の理想のタイプ、正田家の哀しみ、紀子さま。。。

第6章 無関心にさらされて
中国訪問、皇室に嫁いだ雅子妃、皇太子の英国留学、皇室とキリスト教、失語症、皇族のマスコミ批判。。。

第7章 予測されざる危機
不惑を越えた皇太子、21世紀の皇室、「ゆかり発言」の衝撃、未来の皇室の憂鬱、「人格否定発言」の真意、女帝論議、適応障害、娘から見た皇后。。。
___________

【MARCデータベース】皇室はずっと、僕たちの隣にあった。玉音放送から人格否定発言まで、戦後60年の「おことば」から日本を照らすアンソロジー。皇室の方々の心の奥まで踏み込み、その目に日本や世界はどう映ったのかを探っていく。 新潮社 (2005/6/29)

波 2005年7月号より

「おことば」と「お祭」――島田雅彦と三島由紀夫
原 武史

 島田雅彦は、「無限カノン」と名付けられた『彗星の住人』『美しい魂』『エトロフの恋』の三部作において、皇室に対する並々ならぬ関心を示した。その点で「無限カノン」は、おそらく島田自身が意識していたように、三島由紀夫の最晩年の作となった『豊饒の海』四部作に酷似している。
 しかし、最晩年の三島が、『英霊の聲』にせよ「文化防衛論」にせよ、宮中で行われる「お祭」に注目していたのに対して、島田は天皇をはじめとする皇室メンバーが発する「おことば」を重視する。すなわち、三島が戦前、戦後を一貫する「お祭」に天皇制の最後の望みを託していたとすれば、島田は一九四五(昭和二十)年八月十五日の玉音放送から始まる数々の「おことば」のうちに、それがほとんど聞き取れなかった戦前とは異なる天皇制のかたちを見ようとする。このたび刊行された『おことば 戦後皇室語録』には、このような島田の問題関心が、鮮やかに反映されているといえよう。
 では、両者の違いはどうして生じたのか。三島は自決の一カ月前に、磯田光一に向かって「本当は宮中で天皇を殺したい」と本音を漏らしたほど、昭和天皇を呪詛していたが、天皇本人に会ったことはなかった。だが、何人といえども訪れることができないはずの宮中の賢所(かしこどころ)には、立ち入りを許されている。六六年一月三十一日付のドナルド・キーン宛手紙で、三島は「長篇(『豊饒の海』――引用者注)の取材で、この間宮中の賢所へ行つて内掌典に会ひ、平安朝の昔にかへつた気がしました」と書き、感激を率直に吐露している。
 一方、島田は宮中の賢所に立ち入ったことはない反面、皇室の一員であった高円宮憲仁とは、三軒茶屋の居酒屋でプライベートに会えるほど親交を結んでいたことが、『おことば』で明かされている。同書全体に滲み出る皇室に対する島田の親近感のようなものは、おそらくこのことと無関係ではないだろう。島田の「おことば」に対する関心も、実は個人的な体験に裏打ちされたものであるような気がしてならない。
 けれども、ここに収録された「おことば」だけで、戦後の皇室の歩みを語ることができると考えるのは、あまりに一面的である。本書では例えば、『入江相政日記』(朝日新聞社)に収められた昭和天皇や香淳皇后らによる多くの興味深い言葉が、ほとんど収録されていないからである。
 いや、そもそも「おことば」がすべて資料に残されていると考える方が間違っている。三島が注目した「お祭」における天皇の「御告文」のように、いまだに公表を禁じられた文章があることを忘れてはならない。皇居の外では即位以来、「日本国憲法を遵守し」「〔私自身〕韓国とのゆかりを感じ」「〔日の丸・君が代は〕やはり、強制になるということではないことが望ましい」などと発言してきた現天皇は、皇居の内では黄櫨染御袍(こうろぜんごほう)を着て神々の前でうやうやしく「御告文」を読み上げる「お祭」を、大小合わせて毎年三十回前後も行ってきた。
 私たちはその声を、決して聞くことはない。「おことば」だけでは、昭和天皇ばかりか、昭和天皇よりも「お祭」に熱心な現天皇の姿をもとらえることはできないのである。
 かつて三島には、日本政治思想史を専攻する橋川文三というよき理解者がいた。三島の言う「文化概念としての天皇」というのは、軍隊や近代国家の制度と直結した瞬間に「政治概念としての天皇」にすり変わってしまうものである――橋川は「文化防衛論」をこう批判した。しかし橋川の批判は、果たして正鵠を得たものであったか。宮中の賢所を訪れた三島は、そこで「お祭」が戦後も変わらぬまま続いていることに気づいたはずである。その体験を共有しなかった橋川は、究極のところで三島を見誤っていたのではないか。
 きわめて僭越ながら、私は島田にとって、三島にとっての橋川文三のような存在でありたいと念じている。ただし橋川がそうであったように、読者は往々にして著者の期待を裏切る。橋川が宮中の賢所を訪れることがなかったように、私も高円宮のような皇族と言葉を交わしたことはない。それを百も承知の上であえて言えば、天皇や皇族の「おことば」に「君徳の偉大さ」を学んだという島田は、宮中で続けられてきた「お祭」に「祭司かつ詩人である天皇のお姿は活きてゐる」とした三島を、もっと強く意識するべきではなかったか。 (はら・たけし 歴史学者)

by yomodalite | 2009-04-12 20:29 | 天皇・皇室 | Comments(0)
f0134963_1441371.jpg(2013.1.27追記)下記の本書の感想について振り返ってみて、自分のアホさ加減ばかりが目につくようになりました。また、コメント欄でも真摯なご意見をいただき、大変反省しております。

☆続きを読む!!!
by yomodalite | 2009-01-20 14:05 | 天皇・皇室 | Comments(3)

昭和天皇 (岩波新書)

原 武史/岩波書店

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『滝山コミューン1974』の原武史氏に、昭和天皇についての著書があることに気づいて読んでみました。

本著の前の『大正天皇』 (朝日選書) という著作も評判になっていたようですが、天皇に関して2冊も上梓されていたんですね。しかもそのままズバリのタイトル・・・

序章は「1986年の新嘗祭」。昭和天皇が出席した主な宮中祭祀が挙げられていて、現在でも一年に30回前後の宮中祭祀に天皇は出席されているが、著者は昭和天皇が最晩年まで新嘗祭にこだわり続けたところに、昭和天皇という人物を読み解くひとつの重要な鍵があると著わしている。

著者は、皇太子時代は熱心でなかった祭祀を優先するようになったのは、貞明皇后の影響と、若い頃からの生物学研究が祭祀に対する考え方を改めさせ、戦争によりその傾向を強め、戦況が悪化した45年になっても祭祀を続けたが、天皇が固執したのは「三種の神器」を死守することであって、国民の命を救うことは二の次であった。としている。

若い頃から熱心であった生物学研究を軍部から批判されていたことや、貞明皇后に関しては『英国機密ファイルの昭和天皇』より仔細な記述があり興味深かいものの、全体的に、新書のボリュームで昭和天皇を描くには無理があるのと、

天皇の熱心な祈りに対して、国民の命を救うのは二の次というような批判が幾度かされているが、「1人の命は、地球より重い」といった総理に近いというか、私には天皇の言葉である「そういう文学的な言葉のアヤについては云々」の方により誠実さを感じました。

三島由紀夫の宮中三殿見学や、いろいろ盛りだくさんな内容なんですが、ときどきとってつけたような批判が小柄で(この著者に言っても無理だけどw)、大上段に構えたタイトルにはふさわしくない。

帯コピーにある「お壕の内側」へ、著者らしい“オタク的感性”で迫ってくれた方が
書籍として価値があったと思う。
__________

【BOOKデータベース】 新嘗祭、神武天皇祭など頻繁に行われる宮中祭祀に熱心に出席「神」への祈りを重ねた昭和天皇。従来ほとんど直視されなかった聖域での儀礼とその意味に、各種史料によって光を当て、皇族間の確執をも視野に入れつつ、その生涯を描き直す。激動の戦前・戦中から戦後の最晩年まで、天皇は一体なぜ、また何を拝み続けたのか—。 岩波書店 (2008/01)

【著者略歴「BOOK著者紹介情報】
原 武史/1962年、東京に生まれる。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社、東京社会部記者として昭和天皇の最晩年を取材。東京大学大学院博士課程中退。東京大学社会科学研究所助手、山梨学院大学助教授を経て、明治学院大学教授。専攻は日本政治思想史。著書に『「民都」大阪対「帝都」東京』(講談社選書メチエ、サントリー学芸賞受賞)、『大正天皇』(朝日選書、毎日出版文化賞受賞)などがある


by yomodalite | 2008-12-13 23:30 | 天皇・皇室 | Comments(0)

原爆の秘密 (国内編)昭和天皇は知っていた

鬼塚 英昭/成甲書房



自分のブログのアクセス解析が出来るようになって、もっとも意外だったのは検索キーワードの1位が「鬼塚英昭」だったこと。鬼塚氏の著作は『天皇のロザリオ』と、『日本のいちばん醜い日』の2冊をこれまでに読んでいるだけなのだけど、タブーに挑んだというか、衝撃的ともいえる内容なので、検索する人が多いのかもしれない。

本著は、国外編と国内編の2冊分冊で、どちらから読むべきか迷ったのだけど、読了後は、国外編を先に読めば良かったと思った。未だに国外編を読んでいないので全体として評価出来ないのだけど、この国内編だけの感想は、正直あまり芳しいものではない。

鬼塚氏の著作を読んだことがある人なら想像がつくことだけど、あまりにも天皇への呪詛に満ち満ちていて資料への解釈に疑問を感じることが多い。
鬼塚氏の著作の魅力は、凡百な陰謀論本とは違い、内外の膨大な資料を駆使し、巻末にも、きちんと資料が明記されている点なのだけど、本著では、原爆被害者の声が著者に書くことの原動力を与えたという「造り」が、冷静さを欠く原因になっている。

被害者の痛みを通して「世界の真実」を直視することはできないし、被害者でなくても、どうして「国民」という総体が、国の「象徴」の責任を問うことができるのだろう。皇国日本の「玉」であった天皇なら、尚更ではないか。私は「玉」に責任を投げる「国民」に国際政治の過酷なゲームを勝ち残っていけるとは思わない。むしろ、そうしなかったからこそ、大戦後の高度成長も、バブル崩壊後も生き抜いてこれたのではないか。

旺盛な読書をこなし、資料の隙間には大胆な推理力をも駆使できる鬼塚氏のような著述家が、もう少し偏向を押さえて書いてくれればなぁといつも思ってしまう。真実を探求する姿勢に目を見張る点が多いだけに残念でならない。

核兵器カルテルが日本を核爆弾の見本市にしたのは間違いないと思うが、私には、鬼塚氏が世界帝国運営をわかっているにも関わらず、小国の国王の責任論で相変わらず終始している姿勢がわからない。そういった傾きは、当初からのものではあるけれど、平成の世に現れた鬼才である鬼塚氏が、「天皇責任論者」(天皇の真実探求者とは厳然と異なる)をこれからも続けて行くとしたら残念だなぁと思う。

しかし、延々と続くように思えた天皇への呪詛は、途中から「神々への疑問」へと向かい、最終章『天皇と神と原爆と』で、著者は“微笑み”を心の内に持ち得たと言い、「これ以上の幸せがあろうか」で物語を終わりとしている。これが鬼塚氏の神への問いの終わりなのかどうかは、次作を読んで判断するしかない。
★★★

「窓辺でお茶を」
http://plaza.rakuten.co.jp/sawakai/diary/200809160001/
「移ろうままに」
http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2008-09-15
___________

【内容紹介】日本人はまだ原爆の真実を知らない
原爆はどうして広島と長崎に落とされたのか?多くの本は、軍国主義国家たる日本を敗北させるために、また、ソヴィエトが日本進攻をする前に落とした、とか書いている。なかでも、アメリカ軍が日本本土に上陸して決戦となれば多数の死者を出すことが考えられるので、しかたなく原爆を投下した、という説が有力である。しかし私は広島と長崎に原爆が落とされた最大の原因は、核兵器カルテルが狂気ともいえる金儲けに走ったからであるとする説を推す。本書はこの私の推論が正しいことを立証するものである。ただ、その過程では、日本人として知るに堪えない数々の事実が浮上してくる。読者よ、どうか最後まで、この国の隠された歴史を暴く旅におつき合いいただきたい。それこそが、より確かな明日を築くための寄辺となるであろうから。 成甲書房(2008/7/19)

【目 次】
第1章 原爆投下計画と第二総軍の設立
第2章 「原爆殺し」の主犯を追跡する
第3章 長崎への原爆投下は真珠湾奇襲の復讐である
第4章 悲しき記録、広島・長崎の惨禍を見よ
第5章 見棄てられた被爆者たち
第6章 天皇と神と原爆と

【コメント】 
日本人は被爆モルモットなのか? ハナから決定していた標的は日本。原爆産業でボロ儲けの構図を明らかにする。アインシュタイン書簡の通説は嘘っぱち、ヒトラーのユダヤ人追放で原爆完成説など笑止、ポツダム宣言を遅らせてまで日本に降伏を躊躇させ、ウラン原爆・プルトニウム原爆両弾の実験場にした生き血で稼ぐ奴等の悪相を見よ!



by yomodalite | 2008-10-14 11:44 | 天皇・皇室 | Comments(0)

象徴天皇制と皇位継承 (ちくま新書)

笠原 英彦/筑摩書房




私が皇室にもっている最大の疑問は、「なぜ皇室に男子が生まれないのか」ということ。

出生前に性別がわかり、男女産み分けすら可能な時代に、今上天皇と同世代の宮家から急に男子が生まれなくなったのは、どうみても不自然ですが、戦後の皇族にも、ゆるやかな皇統断絶に心理的に激しい反発は見られなかったように思う。象徴天皇を受け入れた昭和天皇も、これを了承していたのだろうか?

戦後改正された皇室典範は宮家を激減させたが、存続した宮家その後の男子出産は、天皇直系で、初めての平民からのお妃を得た今上天皇家にのみ2人の男子出産(現皇太子、秋篠宮)があるのみで、2006年に秋篠宮家に悠仁親王が生まれるまで、12人中、男子はたったの3人。その3人は、すべて天皇家直系に限られ、秋篠宮以降に生まれた皇族9人はすべて女子であり、約40年9ヶ月男子が生まれていない。

GHQによる皇族の激減をはかった皇室典範改正より、占領終了後も、皇統断絶政策に協力した国内勢力の正体が何だったのか。とりあえず宮内庁病院と、愛育病院(他に皇族が出産された病院があるのか不明)には、なにか仕掛けがあるとしか思えない。
 
本著の、マッカーサーにより「皇統断絶という時限爆弾」がしかけられた、という主張は今更ですが、その後その体制を維持してきた国内勢力には一切触れられていない。
また、皇統を維持のためには、女系天皇を認め、典範改正の方途を探らねばならないというの著者の考えは、現在の今上天皇家を支持して来た、戦後の日本国民にとって、穏当のものだと思いますが、女系の説明なども、特に目新しいものがあるわけでなく、今後の議論のチェイサーになりそうな点はあまりない。

悠仁親王誕生により、いったん終息した議論をどう再開させるか、決着までは、何年もかかり、雅子妃も、愛子内親王も悩み多き日々でしょう。昨年は絢子女王のスキャンダル記事が週刊誌で話題となりましたが、現在まで、女子皇族の意義を無いに等しい状態においてきた国民の怠慢を、もっとも注目を浴びる皇太子家のたった1人の子供として、愛子内親王にも背負わせるのはあまりにも酷であると思う。

○常陸宮家(今上天皇の弟)には、子女がまったくいない。
○三笠宮(大正天皇の第4皇男子)は現在93歳。
○寛仁親王(62歳・麻生太郎と義兄弟。三笠宮の息子)には2女がいる。
○桂宮家(60歳)は、40歳の時桂宮の称号を受け、独立の生計を立てるようになった矢先、病(硬膜下出血といわれるが未公表)に倒れた。独身で宮家を創設したため、家族はない。戦後新宮家の設立はいずれも次男以下の婚姻による独立を契機にして行われたが、宜仁親王は独身のまま宮家を創設すると言う珍しいケース。
○高円宮家(三笠宮崇仁親王の三男。今上天皇の従弟)は2002年に慶応義塾大学病院にて死去。3女がいる。
○皇太子家、2001年に愛子内親王誕生。
○秋篠宮家、1991年眞子内親王、1994年佳子内親王、2006年悠仁親王が誕生。

皇太子(宮内庁病院で出生)
秋篠宮(宮内庁病院で出生)
愛子内親王(宮内庁病院で出生)
眞子内親王(宮内庁病院)
佳子内親王(宮内庁病院で出生)
悠仁親王(愛育病院にて出生。帝王切開)
彬子女王(1981年愛育病院?)※三笠宮寛仁親王家
瑶子女王(1983年愛育病院?)※ 三笠宮寛仁親王家
承子女王(1986年愛育病院にて出生) ※高円宮家
典子女王(1988年愛育病院?)※高円宮家
絢子女王(1990年愛育病院?)※高円宮家
※愛育会総合母子保健センター愛育病院は祖母の崇仁親王妃百合子が総裁を務める

◎毎日1冊!日刊新書レビュー

天皇制に仕掛けられた爆弾〜『象徴天皇制と皇位継承』

このままでは皇位継承者がいなくなってしまうかもしれない──そうした危機意識のもと、2005年1月から有識者会議で検討されてきた皇室典範改正案は、2006年2月、秋篠宮家の紀子妃に男の子、悠仁親王が誕生したことで見送りとなった。

目の前の局面が回避されたおかげで皇室存続をめぐる騒動は緊張感を失いすっかり下火になったけれど、根本的に解決されたわけではないのは子供でもわかるリクツで、遠からず(といってもたぶんけっこう遠いが)再燃するのはあきらかである。

皇統が断絶の危機に瀕しているのは、戦後改正された皇室典範のせいだ。

新典範は旧典範をおおよそ引き継いでおり、有識者会議で議論の焦点だった「男系男子の世襲」や「女帝の否定」なども明治の典範を踏襲したものなのだが、問題は、典範改正にあたり、天皇直系の秩父宮、高松宮、三笠宮以外の11の宮家が皇籍から離脱させられると同時に、側室制度(お妾さんですな)も廃止されたことにある。

万世一系がフィクションでありイデオロギーであることに今日異を唱える人はあまりいないけれど(なかにはY染色体まで持ち出しトンデモも何のそので強弁する八木秀次のような人もいるが)、天皇家の系図が現在まで千数百年以上たどれることは事実だ。

しかしそれは危ない橋を何度もわたることでかろうじて維持されてきたものであって、そういう綱渡りのためのバッファとして、側室や宮家という制度は機能してきたのである。大宅壮一は「万世一系」は「血のリレー」だとミもフタもなく喝破している(『実録・天皇記』だいわ文庫)。

したがって、宮家を減らし側室を廃止すれば、皇統がいずれ淘汰されてしまうかもしれないことは考えてみれば自明であった。

しかし、日本側の要人はこのリスクにどうやら気づいていなかったらしい。宮内庁内部ですら、皇位継承問題が取り沙汰されはじめたのはようやく1990年代に入ってからだという。

本書の最大の眼目は、皇統断絶の危機はGHQによって意図的に仕込まれたものだった、という主張にある。

〈マッカーサーが仕掛けた爆弾〉と著者は表現しているが、日本を占領統治するのに都合がよいからマッカーサーは天皇制を存続させたというのはいまや定説だけれど、用が済んだらお払い箱にすることまでマ元帥は計算ずくだったというのである。

当時の政府はGHQの意向を踏まえた皇室法体系の不備を余りに軽視していた。すなわち「マッカーサーの仕掛けた時限爆弾」に気づいた政府首脳は存在しなかったのである。日本の政府上層部は昭和天皇の存在を確保したことで安心してしまったのではないだろうか

◎女性天皇と女系天皇の違い、わかります?

「皇統断絶=GHQの陰謀」説はほかにも唱えている人を見かけたことがあるが、文字どおり陰謀論の類だろうとばかり思っていた。

著者の笠原英彦は日本政治史および日本行政史を専門とする慶大の教授であり、天皇制議論にかんしては左派も右派も幼稚すぎると切り捨て「イデオロギー・フリー」を標榜、万世一系も神話にすぎないと冷静な判断を下している。そういう人が断言するからには確固たる論拠がある、といいたいところだが、うーん、やっぱり弱いんじゃないかなあ。

笠原はフェラーズ准将が米内光政に漏らしたという「十五年二十年さき日本に天皇制があろうがあるまいが、また天皇個人がどうなっておられようが関心は持たない」という発言に着目し、日本における共産主義革命を企図するソ連を牽制する目的もふくめ象徴天皇制は創出されたのだといい、〈重要なことは米ソ両国ともに、将来天皇制が消滅することを容認していたことである〉とする。

この「容認」と皇室財産没収などの状況証拠から「仕掛け」という結論は導かれているのだが、受け身の「容認」と積極的な「仕掛け」ではずいぶん話が違うわけで、ちょっと飛躍している。

GHQ側、日本側いずれも思慮が足りず、戦後60年を経てその破綻があらわになっているだけじゃないかという気がするのだが、いずれにせよ、このままでは皇統の断絶が必至であることは間違いない。面倒くさい議論を抜きにして結論にだけ着目すると、皇統を維持するために取りうる選択肢、典範改正案は四つほどしかない。

(1) 女性および女系天皇を認める
(2) 戦後離脱させた旧宮家を皇籍に戻す
(3) 養子を認める(ただし皇族の血を引く民間人にかぎる)
(4) 側室制度を復活する

皇室典範をめぐる議論は、煎じ詰めれば「女系を認めるか否か」という争いに集約される。

女性天皇と女系天皇の区別がいまひとつわからんという人がけっこう多いのでかんたんに説明しておこう。

女性天皇は、女性の皇族が即位した天皇を指す(そのまんまだが)。

一方、女系天皇は、皇族のお母さんから生まれた子が即位した天皇を指す。たとえば、愛子内親王が結婚して生まれた子供が即位すると女系天皇ということになる(男子でも)。

過去には8人10代の女性天皇がいた。しかしこれらの女性天皇は次の皇位継承者が幼かったりしたさいの“中継ぎ”として即位しており、女系の天皇はかつて存在したことがないとされている。

(2)〜(4)は男系世襲こそが伝統であるとハードコアに主張する保守派が訴える改正案で、彼らは、女系を認めることすなわち皇室解体にほかならないと主張したり(西尾幹二ほか)、馬の骨(パンピー)が皇族入りするため天皇制が破綻すると予言したりしている(宮台真司とか)。堀江貴文がブイブイいわせていたとき、「愛子さまがホリエモンと結婚したらどうしますか!」と右翼が絶叫していたが、つまりそういうことである。

有識者会議で出された結論は(1)だった。共産党や社会民主党さえ女系容認の構えをとっているが、これはようするに「どうでもいい」といっているのと大した違いはない(本当は天皇制自体に反対なのだが、象徴天皇制がいかんとも動かしがたいという現状認識に甘んじるしかない以上、男でも女でも別にどっちでもいいんじゃない? ということだ)。

著者も『女帝誕生』(新潮社、2003年)という本を上梓していることからもわかるとおり女系を認める立場だが、象徴天皇制の意義を積極的に評価し維持していくためには女系天皇は不可避であるとしており、共産・社民的なし崩し容認とはちょっと趣が違っている。

GHQにあてがわれたものだったにせよ、現行の象徴天皇制は伝統を正統に継承・発展したものだというのが著者の強調するところである。有識者会議には、皇室問題の専門家がいなかったことに対する疑問や、女系容認の結論ありきではないかといった批判が出ていたが、著者は、「日本国民の総意」の代表たりうる妥当な人選であり議論だったと評価している。

継承すべきは伝統の本質なのである。本質さえ見失わなければ、伝統は革新しうる。皇室の神秘性にのみ目を奪われることなく、「日本国民の総意」に基づく象徴としての天皇のあり方を模索すべきである

◎改革者、今上天皇

著者は、今上天皇こそが「改革者」だという。不執政が天皇の本来あるべき姿であり、今上天皇は象徴天皇制の理想を体現している存在なのだと(昭和天皇はことあるごとに政治に介入しようとした、つまり象徴天皇制の意味を理解していなかったと低い評価を下されている)。

今上天皇の「改革」により実現された現在の象徴天皇制と、男系世襲という古い「伝統」に固執する天皇制を較べれば、どちらが「国民の総意」を反映したものであるかはあきらかであり、女性・女系天皇の問題を矮小化することなく「マッカーサーの仕掛けた時限爆弾」を解除し、典範改正の方途を探らねばならないというのが著者の考えだ。

議論にやや繰り返しが多く、若干とりとめのない印象はあるものの、先行議論の紹介や参考文献が充実しており女系天皇議論の尖端をサーヴェイするには有用な一冊である。「マッカーサーの爆弾」うんぬんはともかくとして(といってもこれがこの本のウリなのだけれど)。

この手の問題は評者の見解を問われることが多いので最後にかんたんに。

象徴天皇制があくまで「国民の総意に基づく」ものであるとするなら、いずれ潰えて、日本は共和制に移行せざるをえなくなるんじゃないかというのが私の予測である(それがいつかはわからないがいつか)。

ただし、天皇という象徴が日本という国を精神的に支えてきた面はたしかにあると思われるし、興味深い伝統(あるいは制度)でもあるので、いま現在の「国民の総意」が支持しているという統計をいちおう信用するという前提で皇室は維持されるべきという意見に同意するのにやぶさかではなく、維持に努めるのであれば、女系天皇を認めるのが現状の社会情勢にはいちばん合致していると思う。

(文/栗原裕一郎、企画・編集/須藤輝&連結社)

【目次】
第1章 象徴天皇制の誕生
第2章 皇統断絶という時限爆弾
第3章 皇室典範と皇位継承
第4章 象徴天皇制の定着
第5章 小泉内閣の皇室典範改正案
終章 伝統と法理
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【内容情報】皇位継承のあり方を論じるとき、欠かせない視点がふたつある。ひとつは、現在の天皇制が「象徴天皇制」であること。もうひとつは、現行の皇室典範は、何ら安定的な皇位継承を保証するものではないこと。古代より近現代におよぶ天皇制のあり方を歴史的に問い直し、戦後GHQによって皇室制度に仕掛けられた「時限爆弾」の存在を指摘する。今上天皇の体現する象徴天皇制の理念を踏まえ、皇統断絶の危機を回避する道を探る。象徴天皇制の今後を考える上で必読の書。 筑摩書房 (2008/05)


by yomodalite | 2008-09-07 07:08 | 天皇・皇室 | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite