麻原彰晃の誕生/高山文彦

麻原彰晃の誕生 (文春新書)

高山文彦/文藝春秋




西山祥雲(不動産や顧問業をメインとしている。西山総合株式会社、経営育成ゼミナール、自念信行会などの代表)が経営する会社の幹部候補生の募集チラシにより、麻原は現れた。この面接のエピソードは、これまで聞いたことのないものでした。

また、麻原が、大分の山口系B組のB組長の跡目を継いだAと面識があったこと。「彰晃」という名前が、西山によるものだったことなど、知られざるエピソードが満載。


下記は、http://plaza.rakuten.co.jp/bhavesh/diary/200703120001/ から

・・・特に、その彰晃という名前の由来となる、「自念信行会」の西山毅夫(現・祥雲)という人物をこの本で初めて知った。1982年当時、世田谷祖師谷の事務所に現れた麻原は、この名前をもらったとされる。まだ麻原という名前はない。つまり松本彰晃と名乗り始めた、ということか。

あるいは、一度、上京したが、挫折して九州に帰った1976年当時、大分のY組系B組のAという人物のもとにいたのではないか、という「異聞」を伝えている。この辺を限りなくレポートしている資料は少ない。この辺から、村井殺害に及ぶなんらかのシンジケートがあるやなきやは、余人の推し量れる範囲の外だ。また、麻原という名前は、83年夏に、ヨガ教室の前身となる学習塾を開いたおり、生徒募集のチラシに始めて用いたとされる。麻原彰晃の誕生である。

この本の終わり方もなかなかユニークだ。「ヒヒイロガネ」で終わっている。ヒヒイロガネについては、詳細を避けるが、つまり、岩手県釜石周辺の自然界に存在する鉄分の多い丸石から生成された金属、ということになろうか。この研究を、酒井勝軍の文献から知った麻原は、現地に赴き、古老の研究家から大量に貰い受けたとされる。1985年6月のこととされる。

酒井勝軍のプロフィールを知れば、日ユ同祖論や「陰謀論」と容易に連想されていくのであり、 島田裕巳 のように、のちに井上や早川などの「弟子から教えられ、それを鵜呑みにしてしまった」とするのはどうかと思う。このヒヒイロガネでふたたび注目される東北の隠された神秘性だが、このような文脈ででてくることに、私は寂しさを覚える。(引用終了)

●第1章/狂気の誕生
戦後十年たった1955年、熊本で生まれた少年が、盲学校での生活を経て成人するまで(恨みの記憶、寄宿舎時代、居直りと涙)
●第2章/東京へ
兄の静止を振り切り、単身上京して鍼灸院を開設したが、それは荊野の道への第一歩だった(状況、結婚、逮捕、取締室で)
●第3章/オウム前夜
若者を集めた学習塾は、いつしか宗教団体に変化する。そして「彰晃」という名と出会う(宗教への執心、矛盾という橇、ヒヒイロカネ)
●第4章/グルに化けた日
空中浮揚、最終解脱、信者拡大……教団が肥大化するなか、麻原は空路インドへ向かった(空中浮揚、求心力、最終解脱、法王との会見)
●第5章/「ポア」はこうして始まった
ついに“事件”が起きた。信者が一人、また1人と殺される。「地下鉄サリン」への前史
(変貌、殺人、現世の魔境)
●終章/ほんとうの聖地
麻原彰晃とオウム真理教の信者たちが固執した、あるアイテム。それは東北地方にあった(詭弁のアイテム、山頂へ)

◎麻原彰晃の誕生 (文春新書)
_________

【本の内容】 数々の犯罪を生んだオウム真理教。その教祖・麻原彰晃に宿った「狂気」の本質とは何か?熊本時代の言動、上京後の逮捕、宗教団体への執着…徹底取材でさびしい怪物の核心に迫る。文藝春秋 (2006/2/20)

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by yomodalite | 2007-07-16 12:19 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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