人気ブログランキング | 話題のタグを見る
NEW POST

1993年の疑惑の真実と、和解の意味(3)

1993年の疑惑の真実と、和解の意味(3)_f0134963_01304343.jpg



(→2の続き)無実だったのなら、なぜマイケルは民事事件の和解のために数百万ドルを支払うことになったのか?(正確には、マイケルの保険会社が、彼に代わって支払うことに同意した)


これについては、すでに多くの理由が提示されている。


メディアが事件について絶え間なく、しかも露骨に性的に取り上げたこと。こういったメディアの狂乱は何年も続く可能性があり、マイケルの弁護士だけでなく、保険会社が強く示談を勧めたこと。悪夢のような状況の中、マイケルがそこから早く抜け出し自分の生活を取り戻したかったことなど。


しかし、それらの状況は事件の最初からわかっていたことで、マイケルは相手の要求を断固拒絶することも、事件が公になる前に少年の父親と和解し、悪夢を避けることもできたはず。しかし彼はそうしなかった。


なぜマイケルは心変わりしたのだろう?


タイミングから考えれば、マイケルの変化は、1993年12月20日に警察が少年の証言との照合のために彼の身体を撮影した捜査が関係しているだろう。それは、この事件を決定づけた2番目の出来事だった。


それまで何か月もの間、周りから何度言われても断固として示談を拒否していたマイケルは、あの全身捜査を終えた数日後、突然気持ちを変えた。


以下のタラボレッリ本からの抜粋は、警察の報告書とそこにいた人間たちへの聞き取りをもとに、何が起こったかを描写している。


全員がネバーランドに集結し、ジョニー・コクランとハワード・ワイツマンが1時間をかけて、マイケルに寝室から出て、写真撮影のために応接間へ行くように説得すると、ついにマイケルは、茶色のローブを着て応接間に入った。


彼の弁護士とスネドンは退出し、撮影には同席しないことになっていたが、マイケルの子供のころからのボディガードであるビル・ブレイはそこに残ることが許され、捜査官2人と、カメラマン2人、そして医師2人が同席した。


地方検事庁のカメラマン、ゲイリー・シュピーゲルが、マイケルがまだソファに座っているときから撮影を始めると、マイケルは、パパラッチに会ったときのように手で顔を隠した。苦渋に満ちた表情のマイケルは、まるで仕立て屋でズボンの裾上げをするときのように、部屋の真ん中にある台の上に立つように言われたが、まだバスローブを着たままで、「どうかこんなことをさせないでくれ」「こんなの酷すぎる。どうかやめさせて」と訴えたものの、捜査官に「やっていただくしかありません」と返された。


マイケルは静かに泣きながら下着を下ろし、全裸で立った。はぎとられたのは衣服だけでない。彼が常に身にまとってきた、そう、あの魔法のような無敵のオーラだった。そして、すべての視線が、彼の割礼されていないように見えるペニスに注がれた。


医師が「割礼はされていますか?」と尋ねると、全員が一歩踏み出し、より近づいて見ようとした。「そうですね・・」「いえ、してないようですね」「そのようですね」「してません」マイケルは泣きながら、「もう勘弁して」と言い、ふらつき、今にも倒れそうになった。


そのあと何枚かマイケルのペニスの写真を撮ったと、ゲイリー・シュピーゲルは語る。「最初は右側、それから左側。私が左側を撮っていると、地方検察庁の医師がマイケルに「ペニスを持ち上げて」と言った。彼は嫌がり、ずいぶん揉めたが、結局言われた通りにした後、怒りの表情で台から飛び降りた。彼は『もう十分だろう』と言い、ローブを着ると、部屋から走って出ていった」


捜査官たちは互いに顔を見合わせ、そのうちの1人がマイケルの弁護士が控えている部屋に向かった。...マイケルをもう一度カメラの前に立たせるために...


マイケルは怒りに震えながら、カメラマンの1人を指さし、「終わったら、君の写真をもらう」と。そして、もう1人のカメラマンにも何度も指をさして「君のもね」と言った。


マイケルは再び全裸で立たされ、さらに撮影が続けられ、ビデオまで撮られた。「お願いだからもうやめてくれ」マイケルは懇願するように言い、医師の一人がポケットから定規を出したところで、マイケル側の医者が「そこまでだ」と言った。「マイク、もう服を着ていいよ。何もかもバカげていて、まったく信用ならない」


その日に行われたことを読んだとき、私はその恐ろしさにゾッとして、何時間も吐き気や震えがおさまらなかった。警察はもっとやりようがあったはずだし、マイケルの弁護士だってもっと彼を守れたはずなのに。それは、まるでレイプシーンを読まされてるようだったが、実際マイケルはレイプを経験したのだと思う。


アーティストの作品を、人生に重ね合わせて読むというのは間違っているかもしれないが、『They Don’t Care About Us』の、「僕は警察の暴力の犠牲者だ…あなたは僕のプライドをレイプした」という歌詞を聴いて、あの日に彼がされたことを思い起こさないでいるのは難しい。


この全裸にされた捜査後、マイケルは示談の決断をした。


和解書が作られ、署名をし、捜査のため撮影された写真は封印され、保険会社は示談金支払いの予定を立て、マイケル・ジャクソンに対する世論は劇的に変化した。そしてこの捜査から数週間で、すべての和解が成立し、マイケル・ジャクソンは、小児性愛者の汚名を一生背負うことになった。


無実なら、示談に応じることは、罪を認めることになると多くの人が思うことをわかっていながら、なぜ、マイケルは心変わりしたのか?


エルトン・ジョンでさえ、マイケルの決断を批判した。彼は、訴えを起こされたマイケルがロンドンで薬物依存のリハビリを行っていたときも、静かにマイケルを見守ってくれていたが、(『MJ Tapes』の中で、マイケルはエルトン・ジョンを「自分をかくまってくれた」「この世で最も優しい人間の1人だ」と語っている)、エルトンは、1994年のバーバラ・ウォルターズのインタビューでマイケルの話をしたとき、直接的ではないが、マイケルの判断を批判した。


バーバラ:彼はどんなでしたか?

エルトン:とても弱っていた。…またもやひどい状況に追い込まれて。とても心配だった。

バーバラ:和解でよかったんでしょうか?

エルトン:僕ならしない。自分の名誉のためならとことんやっただろう。マイケルの事件で言われているようなことは、僕は何も知らない。事実関係についてね。ただ僕が思うのは、やっていないことに対しては、「断固として戦う」だろうということ。


エルトン・ジョンはマイケルが置かれている状況に心底同情しつつも、マイケルの判断には反対すると明言している。「やっていないことに対しては」絶対示談になどしないと。そんなことをしたら、「やましいところがあるから、和解したんだ」という漠然とした印象を多くの人に与えてしまうからだ。


タラボレッリは、翌年の夏の電話インタビューで、有罪だと思われたことについて、マイケルに尋ねた。


ファンはともかく、世間の多くは君を有罪だと思ってしまうことを心配しなかったのかという質問に、マイケルはきっぱりと答えた。「僕は才能に恵まれ、必死で頑張ってもきた。僕の人生のことは僕自身で決める」と。


しかし、それは質問に対する答えにはなっていない。自分が決定したとは言っているが、その決定が有罪だと思われることについては触れていない。


実際、このマイケルの決断によって、タラボレッリ自身の事件に対する捉え方も大きく揺れた。彼が書くマイケルの評伝は、この事件以降、次第に批判的な論調になっていく。タラボレッリは、2005年の裁判で無罪の評決が読み上げられたとき、裁判所の外で経験したショックな事柄について書いている。


見知らぬ女性が私の方に歩み寄ってきて、私の腕をつかむと、周りの喧騒を避けるように引っ張っていった。彼女は、「なんてこと!」と当惑した眼差しで言った。「もし彼が無実だとしたら…」彼女はそのとき思ったことを、たまたま近くにいた私に吐き出したようだった。「こんなに長く裁判をやって、それでホントに彼が無実なんだとしたら…」彼女の呆然とした表情を目の当たりにして、私自身もそう思った。「なんてことだ。もし彼が無実だとしたら、どうしたらいい?」


この場面を読んでわかるように、マイケルの評伝を書いているような人でさえ、彼の有罪を予想していたのだ。さて、ここで元々の疑問に戻ろう。マイケルは戦う意思を固めていたはずなのに、なぜ判断を変えたのか?それもあれほど突然に。


タイミングから考えれば、全裸での捜査、そこで写真とビデオを撮られたことが大きかったのではないか。


最初から、少年の父親が多額の金を手に入れ、マイケルの名誉を汚すことを目的にしていたのは明らかだった。歯科医院で少年に麻酔をかけて証言を引き出した8日前、つまり少年が父親にマイケルは何も悪いことをしていないと言っていた時期に録音された電話での会話で、父親はこう言っている。


「俺が見つけたこの弁護士だけどね。いや、何人かに面接して、一番あくどい奴を選んだんだ。あいつは、できるだけ早くこの件を世間に知らせたがってる。できるだけ派手にね。で、できるだけたくさんの人間を苦しめてやろうとしてる。あいつは汚い手を使う、ずるい奴だが、頭は飛び切りいい。おまけに目立ちたくてしかたないんだ」


もし裁判になっていたら、全裸捜査で撮られた写真やビデオが、父親や彼の弁護士に裁判準備のための証拠になりうるものとして提示されていただろう。そして、その写真やビデオには、父親が求めた2000万ドルをはるかに超える価値があっただろう。しかし示談にすれば、それらが父親の手に渡らなくて済む。


だが、その写真は本当に彼の評価を壊滅的に落とすほどの威力があっただろうか?小児性愛者という恐ろしいレッテルに匹敵するほどのダメージだっただろうか?


その答えを出すのは難しい。なぜなら、それはマイケルにとって、法的問題でも、お金の問題でも、イメージの問題でもなく、感情の問題だったからだ。


法律やお金やイメージのことを議論する方法はわかるが、感情の問題をどのように議論すればいいだろう?そもそもどうすれば、他者の感情を知ることなどできるのか?


その人の立場に立ってみる。それ以外に、他者の感情を理解するすべはない。マイケルは創作の過程で、グルーピーや、ギャングのような人々や観客が、何を思い、どう行動するのか理解できないとき、自分を彼らの立場において、彼らの目で様々な状況を経験しようとした。和解の判断をしたときの彼の思考や感情を理解しようとするなら、私たちも同じ手法をとることができるはずだ。


あなたがマイケル・ジャクソンになったとして、部屋の真ん中で台の上に真っ裸で立たされ、2人のカメラマンが周りをぐるぐると動きながら、最も人に見せたくないあなたの体の部分の写真を撮っている。あなたが男性なら、カメラマンに「片手でペニスを持ち上げて」と言われ、屈辱の上塗りをさせられている場面を想像して欲しい。


そして、あなたが女性なら、カメラマンから「写真がよく撮れるように、ヴァギナを手でちょっと広げてみて」と言われている場面を想像してみて欲しい。いったいどんな気持ちがするだろう?そしてそれらの写真が、あなたが軽蔑している、あなたから多額の金を奪い、その名誉を地に落としてやると公言する男の手に渡る。その男は写真を見て、それに触れ、もしかしたら弁護士と一緒に笑っているかもしれない。さらに写真を複製し、それらをタブロイドかポルノ雑誌、ことによると複数の場所に売るかもしれない。そしてそれは何年にも渡るだろう。


それがどういうことかよく思い浮かべてみて欲しい。


人々がビデオテープを見て、あなたが警察にされたことを目にし、あなたが話したりすすり泣いたりしているのを聞くことを。ビデオの複製が売られ、世界中の人が、ビデオストアの奥の小部屋に行ってビデオを借り、台の上に立たされたあなたを見て、「もうやめて」と懇願するあなたの声を聞く。それがどんなことか、想像してみて欲しい。


あなたがマイケル・ジャクソンだったらどうしたか?


もし、マイケルが民事を先にやることを了承していたら、少年の父親と弁護士が(何百万ドルもの価値がある)写真やビデオにアクセスして、マイケルを喉元まで締め付けることができただろう。父親はマイケルを思いのままに侮辱し、恐喝し、思い通りにあやつって、彼の精神を打ち砕くことができただろう。


しかしマイケルが示談に応じれば、写真は封印され父親の手には渡らない。そして、示談になれば金銭的な協定を作成できるから、示談金を少年のための信託にして、父親が手を出せないようにすることもできる、ということもマイケルにはわかっていた。


つまりマイケルは非常に皮肉な状況に置かれていた。


もし父親と争い続ければ、金と権力と支配という相手が欲しがっているものすべてを与えてしまう。しかし、示談にすれば父親の得るものはほとんどなくなる。


それなら、マイケルの判断は決まっている。彼は、世間の評判、キャリア、彼の決断に反対する友人や同僚との関係、それらすべてを捨てても、あの父親には屈しないという賭けに出たのだ。そして少年が成人になって、その示談金を手にし、いつか父親を負かすことができるだろうと考えた。(これは現実になった。この父親は後に息子への虐待を理由に、息子との接見禁止命令を受けた。これにより、息子は生活費として父親に一定額を渡すことは続けたが、父親に会うことは拒否できるようになった。もし示談金が父親の管理下になっていたら、父と息子の関係は違ったものになっていただろう)


しかし、捜査で撮られた写真の存在はマイケルの心に重くのしかかった。スーパーマンがクリプトナイトへの恐れを決して表に出さなかったように、マイケルもこの写真のことを公にすることはなかったが。


もし、あの写真が世に出ることをマイケルがどれだけ恐れていたかを父親が知っていたら、刑事裁判で協力することを条件に、彼が写真を手に入れることもありえた。それでマイケルは、父親に自分が勝ったと思わせ、写真のことは一切口にしなかったのだ。


実際、民事で和解が成立すると、マイケル側の弁護士たちは裁判所に対して、密かに写真を渡すように請願したのだが、請願は却下された。11年後、2005年の裁判の後、マイケルは心身ともに疲労困憊し、足元もおぼつかない状態だったが、そんな状態の中でも、彼の心にはあの写真のことがあり、弁護士たちに再び写真を入手するよう請願させたが、またもや却下された。


マイケルの有罪を主張し続けてきたダイアン・ダイモンドの2005年の著書『Be Careful Who You Love: Inside the Michael Jackson Case』によれば、「(この記事を書いている時点では)それらの写真は裁判所の命令で鍵をかけられたままだ」という。


(転載終了)

Neverland Statement 1993

(→日本語訳)





☆『M Poetica』の第二章は、この後、ショーン・レノンや、マコーレ・カルキンの証言や、警察に協力することになった少年について取り上げた「子供たち」、マイケルはなぜこれほど子供付きだったか?について考える「アーティスト」、そしてこの事件をどのように取り上げたかを具体的に検証する「メディア」へと続きます。ご興味がある方は是非こちらをご覧ください。




Commented by tukimin at 2021-06-28 22:30 x
胸が張り裂けるような気持ちで読みました。
ネバーランドでのマイケルの発信、日本でも放送してましたね。あれを見て、この人は言われているようなことは絶対にしていないと確信したのを覚えています。
示談金の話を聞いた時もアメリカって、そういう国なんだな、大変なんだな、と思ったくらいで疑いが湧くなんてことなかった。
写真とビデオの存在と感情の問題、突き刺さりました。感情の問題に想像力が及ばなかった自分が情けなくなります。結果から批判することは簡単だけど、立場違えば物事は全て異なってきますよね。
写真やビデオが誰の手にも渡らず、このまま処分されることを切に願います。既に処分されていますように。
Commented by ヤンチャ at 2021-06-29 09:46 x
本当に、写真やビデオが誰の手にも渡らず、処分されることを私も切に願います。そして、こちらのブログ主様が、あの時点に遡って判断するための事実情報を手繰り寄せて見せてくださったことで、私にも、なぜマイケルが示談をしたのか、やっと、分かった気がします。それしか無かったことが、分かった気がします。いままで、写真やビデオが晒されずに済んだことに、マイケルの強さを、感じます。
Commented by yomodalite at 2021-06-30 09:51
tukiminさん、
たしかに、胸が張り裂けるような描写でしたが、あの決断を今は称賛したいという気持ちが勝りました。

LNの際もその少年は何も喋りませんでしたが、『Square One』で大学生時もMJファンだったことが知れてホッとしました。

マイケルの子供たちや何度も無実の証言をさせられる元少年たちも酷く苦しんだと思いますが、あの少年は「和解」で救われたんだと。

当時はマイケルの無実を信じるだけだったステートメントですが、今読むと神のような人になりたいという高い目標は、和解で批判されるような自己犠牲をも折り込んだ決意だったんですね。
Commented by yomodalite at 2021-06-30 10:01
ヤンチャさん、tukiminさん、
処分の件は本当にそうなって欲しいですね。
アメリカって人権にうるさい割には、どうして公共放送でそんな話題が出来るのか、不思議なところがありますから。

それにしても、本当になにもかもが観察されているという厳しい環境で、マイケルは強いメンタルを形成したんですね。

絶対に弱さを見せなかったわけではなく、なにもかもさらけ出しても、絶対に折れないのは、彼の身体のしなやかさにも表れていますものね。
Commented by ひまわり at 2021-07-04 20:44 x
初めまして。1987年頃にMJの大ファン中学生だったアラフィフです。なぜか今年の6月になってからMJのことが気になり、今月は命日の月だから、余暇は全部MJの本や動画を見ようと決め込みいろいろと1987年後の活動をたどっているなかで、こちらのブログにたどり着きました!MJについて、くまなく情報が網羅されていて素晴らしくて泣けました!いろいろな訴訟とか、薬物のこととか、知らなかったので、今更ながら過酷な人生を送っていたんだと呆然としています。というか、MJのあの死に方だと、きっと死んだことに納得できていなくて今でもいろいろな働きかけをしていそうな気がしています。今後も沢山、記事を読ませていただきますね。6月だけでは収らず、今後もずっとMJブームが続きそうです!
Commented by yomodalite at 2021-07-05 00:45
ひまわりさん、はじめまして。
コメントありがとうございます!
バッド期のマイケルって全国の普通の中学生が熱狂出来ちゃうぐらい、日本に溶け込んでましたよね。

それにしても、しばらく離れていたのに、今年急に気になり始めたきっかけは何だったのでしょう?

私はデンジャからのファンなので、ひまわりさんが、マイケルから離れた時期にも興味があったりして🤗
Commented by ひまわり at 2021-07-05 20:42 x
お返事ありがとうございます!バッド期のあとは、高校受験とか米国留学とか大学受験とか、大学卒業後は仕事とか、もういろいろと忙しくなって、エンタメ関連に時間を使う余裕が全くなかったんですよ。ですが現在、体を壊して休養している時期で、youtubeを見ていたらたまたま、ユーコスミダジャクソンさんの動画が目に入って。そこからいろいろと辿っていったら、マイケルってこんなに素敵な曲を沢山作っていたんだーと今更!バッド以降の曲を聴いたり。そしてフランクカシオ氏の本を読んで「そんな大変なことが!!!」となり。。。ネバーランドにさよならをの動画を見たりして「なんと!!!」と驚いたり。今、マイケルが亡くなった年齢に近くなっていて、体の老化とかもあるので、余計に感情移入できるというか。あの年齢で、投薬しながら頑張ってたんだ、と思うと「きつかっただろうに。。。」と。本当にいたたまれなくなります。今後もマイケル関連の記事をいろいろと拝見させていただきますね。素敵なブログサイトを本当にありがとうございます!
Commented by yomodalite at 2021-07-06 22:12
返信ありがとうございます。ずっとすごく忙しくされてたんですね。

お身体のことは心配ですが、休養中にマイケルと再会できたなんて、それはきっとご褒美だと思います!

私も「そんな大変なことが!!!」とか、「なんと!!!」と驚いたり、「きつかっただろうに。。。」と、いたたまれなくなったりしますが、

エネルギーに満ち溢れていた時代だけでなく、50歳のマイケルが見せてくれたもののおかげで、今があるように思えて、すべてが愛おしくもあり、学べるところに溢れていて、何度でも味わずにはいられない、魔力に日々惹きつけられています。

こちらこそ、今後ともよろしくお願いします❣️
Commented by takurin69 at 2021-07-28 01:17 x
初めまして。私もひまわりさんと同じく先月から急にマイケル熱が再発している、ヒストリー期に中学生で大ファンだったアラフォーです。
色々な情報を探しているうちに、こちらのブログにたどり着きました。
まだ、情報の選択等で間違った捉え方をしている部分もあるかも知れませんが、マイケルのことが本当に好きでたまりません。
私もひまわりさんと同じく、高校受験等リアルの方に比重が傾いたため、遠いアイドルを夢見るほどの余裕がない日々を過ごしておりました。
なぜ急にマイケル熱が再発したのかは、コロナで家にこもるようになり、在宅ワークも増え多忙な日々から離れ時間が出来たのと、長い間密かに抱えていた摂食障害を克服出来た影響もあると思います。
このような、とても素敵な記事をありがとうございます。
これからも楽しみにしております。
Commented by yomodalite at 2021-07-28 15:18
takurin69さん、はじめまして❣️
呼び方はたくりんさんで、いいですか?

摂食障害の克服おめでとうございます!
長い間苦しんでいたことから解放されて本当に良かったですね。

私もそれまでずっと苦しんでいたことから、ようやく解放されたのは、マイケルについて考えるようなってからなので、どこかマイケルに助けられたような気がしています。

中学生でヒストリー期のマイケルにハマるの、ちょっとめずらしいですよね。でもヒス期ってアグレッシブと円熟味が信じられないレベルでかみ合っていて、エロくてエモくてホント最高!

そしてその史上最高レベルの次を目指そうとする姿勢は最後まで続いたわけですが、でもあの当時のマイケルについて行くのは、たしかに大変でした。

でも、今になってわかることや、当時はわからなかったことや、見られなかった公演も、今は本当にたくさんあるので、当時よりも、これからファンになる人の方が多くなっちゃうのかも。

マイケルにすこしでも恩返ししなくちゃ、と思っているので、少しでもお役にたてて良かった。ご報告ありがとうございました!
Commented by takurin69 at 2021-07-31 23:26 x
お返事と、お優しいメッセージを本当にありがとうございます。
はい、たくりんと申します。
yomodaliteさんも、苦しい時期を過ごされたことがあったのですね。
私もマイケルの、孤独や苦しみのなかでも慈悲深く、愛を持ち続ける強い心にとても励まされます。

ヒステリー期のマイケル、本当にエロくてエモい!まさにそのお言葉ぴったりですね!
その頃、You are not aloneや、In the closet、Remember the time等のMTVに映るマイケルを観ながら鼻血が出そうになってたと思います(笑)
リサ・マリーと燃えるような恋愛期でしたよね。
フェロモンが溢れ出てたような気がします(*^^*)

その後は、本当にわからなくなってしまい、追いかけられなかったのですが、その頃のマイケルと同じ位の年齢になった今、マイケルの色々な本を読み、恋愛の幸せのさらなる先の、親になるという幸せを求めて進んでいただけだったことが分かり、本当にマイケルって純粋で真っ直ぐな人だなぁとほっこりしています(*^^*)

そしてそれからの、パパとしてのマイケルがあまりに素晴らしく、生前に気付けなかった事が大変心苦しいです。

yomodaliteさんの仰る通り、例えば、エイドリアン・グラント著、吉岡正晴さん訳の「マイケル・ジャクソン全記録」という本を読みながら、YouTube等でテレビ出演や、公演、アワード、インタビュー等様々な画像を1つずつ確認することが出来て、もうマイケルが胸いっぱいになっております(´- `*)

yomodaliteさんの記事も本当にありがたいです。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
Commented by yomodalite at 2021-08-06 19:18
たくりんさん、またまたありがとうございます!(返信遅過ぎ💦)
あと少しで更新情報をお知らせできると思いますので、
こちらこそ、よろしくお願いしまーす(はぁと)
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by yomodalite | 2021-06-28 07:00 | ☆マイケルの疑惑について | Comments(12)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。


by yomodalite