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マイケル・ジャクソンの伝記作家が直面するヒストリーと、自らを映すミラー

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『ネバーランドにさよならを』に関する和訳記事第6弾
10年という節目に、ファンにとってあまりに気が重い話題を続けてしまうのは不本意ですが、乗りかかった船の心境で続けることにします。

今回は、ニューヨークタイムズの記事。

これまで紹介したメディアは、ブライトバート以外は、すべてイギリスのメディアで、特にタブロイドメディアでは、記事にさえなれば、真実かどうかなどどうでもいいという姿勢もあって、両サイドの意見も見られるのですが、高級紙と言われるものは、記事を載せた時点で、これから事実を調査するのではなく、もうすでに「方針」が決まっている、つまりそーゆーことが「オピニオンリーダー」たる所以なんでしょう。

我々がそう思ったんだから、それが正しい。それに相応しい正しい証拠を集めることなら、税金を使ってまで徹底的に調査を行おうとしますが、それで証拠が出なくても、絶対にあきらめたり、謝罪するなんてことはありません。だって正義は必ず自分たちにあるんですから。

そんなわけで、彼らは、このシリーズの最初に紹介したヴォーゲルの記事にあるような、自称被害者の証言を精査することもなく、FBIの300ページに及ぶ調査ファイルや、告発者以外の大勢の少年たちの証言を無視しても、今このふたりの証言者を徹底的に守ることが、彼らが待ち望んでいる、新たな証言者に繋がると考えているんでしょう。

最近のリベラルは、大義のためには、暴力をも辞さないのがトレンドになりつつあり、彼らは自分たちの意見を「ルール」化することにも長けています。下記の記事では9人にインタヴューしているのですが、メアリー・フィッシャーや、ヴォーゲル、そして去年イギリスにいったとき、ケンブリッジの書店にも置いてあったロングセラーのマイケル本の著者マーゴ・ジェファーソンなどと並べて、ダイアン・ダイモンド(「ハード・コピー」)を持ち上げるだなんて!!!・・・(溜息)

下記は、鉄道駅の矛盾が発覚した4月以降に掲載されたものです。


マイケル・ジャクソンの伝記作家が直面するヒストリーと、自らを映すミラー
By Reggie Ugwu
April 21, 2019

2年前、ジョー・ヴォーゲルがマイケル・ジャクソンの死の10周年を記念して今年の夏に出版される、マイケル・ジャクソンに関する本の新版を書くことに同意したとき、彼はそれを大変だがやりがいのある仕事だと思った。現代ポップスにおける最強のレガシーに新たな取り組み、ジャクソンとクインシーとのコラボレーションに対して今までにない疑問を呈し、ジャクソンの多くの作品が今も音楽界に影響を与え続けていることを祝福するための、いい機会だと思ったのだ。

◎書き直しの始まり

ところが、ジャクソンを2人の男とその家族が、彼らが子供の頃から続いていたと言う性的虐待について非難する、HBOの驚くべきドキュメンタリー『ネバーランドにさよならを』が公開されてからの1ヵ月間、文化や情報の状況は彼の足元で音を立てて揺らぎ始め、ヴォーゲルは、自分が何千時間も費やした研究や、語られない偏見と思い込みについて再調査する羽目になり、伝記作家が陥る悪夢の中にいる。

ヴォーゲルは最近の電話で、「物事が複雑になっている」と述べた。「個人レベルでどのように処理するかだけでなく、専門的に処理する方法についても検討している」と。

子どもや愛する人たちを破滅に追い込んだ『ネバーランドにさよならを』のジャクソンと、そのDNAが何世代にもわたって芸術や文化の中に吹き込まれている「スリラー」の歌手を音楽ファンが和解させようとしているなか、私たちの集合的記憶の中にジャクソンのことを書き記した伝記作家やジャーナリストは、あるものは誇りをもち、またあるものは苦悩し、あるものはその間を漂いながら、そっと後ずさりをしている。

この記事のためにインタビューされた9人は、ジャクソンへの個人的な親近感と、彼らが導く事実を追うことへのプロの関心とのバランスを取っている。一部の人にとっては、『ネバーランドにさよならを』は彼ら自身の調査研究の裏付けであり、他の人にとってそれは辛辣な非難だ。

ほとんどの人が、ジェイムズ・セイフチャックとウェイド・ロブソンの生々しい、感情的に苦しい証言に心を動かされ、3人の作家がその歌手についての本を改訂し、今年新版が発売される予定だが、この新たな綱引きと、映画監督ダン・リード氏の手法をめぐる波紋が広がる中で、インタビューを受けた中の2人は、このドキュメンタリーを見ることを拒否し、それを破壊行為と決めつけ、ただ一人だけが、『ネバーランドにさよならを』によって、ジャクソンへの評決を「無邪気な→無罪」から「有罪」に変えたと言った。

3月の初放映の時点で、ヴォーゲルはすでに『Man in the Music : The Creative Life and Work of Michael Jackson(邦題:マイケル・ジャクソン・コンプリートワークス』の第二版のゲラを受け取っていたが、序文を書き直した。彼によれば「ドキュメンタリーのせいで、つじつまの合わないものになったから」だ。ジャクソンに対する法廷の決定はもう下っている、とまでは書けなかった、と。

「あの裁判になった事件と同じ感じがした」と彼は言った。「そうね。でも、今回の弁護側は?」

◎決定的証拠か 「大きな歪み」 か?

ジャクソンのジャーナリストたちの間で起きている『ネバーランドにさよならを』をめぐる亀裂は、彼の人生の物語をどう解釈するのが最善かという25年に及ぶ論争の最新の現れだ。

一方には、ジャクソン容疑者を慎重に見ている人々がいる。1993件の児童への性的虐待疑惑に対して2500万ドルの和解金を支払った有力な有名人に対して、それは金で解決しようとする意志であり、詐欺的でグロテスクな行動に影響を与えようとする行為だと。もう一方は、彼を生涯の犠牲者と見る人たち。タブロイドの日和見主義や、堕落した警官、陰謀を企てる詐欺師たちを引きつけ、逮捕され不当に中傷された黒人芸能人だと。

ヴァニティ・フェア誌の特別記者モーリーン・オースのような、最初のグループの人にとっては、『ネバーランドにさよならを』は、ニアミスや誤報に満ちた探偵小説のラストシーンのような決定的証拠となる。オースは、1994年にジャクソン容疑者を訴えて和解した13歳のジョルディ・チャンドラーの告発について詳細に書き、彼の話がロブソンとセイフチャックの話に非常に似ていることに驚いたと述べた。

“「それを見て最初に思ったのは、『ああ、私はこれを全部聞いたことがある』ということでした。」と彼女はドキュメンタリーについて「私はその犠牲者たちにとても申し訳なくて悲しかった」と語った。

タブロイドテレビ番組「ハードコピー」の記者としてチャンドラーの告発を初めて暴露したダイアン・ダイモンドは、ジャクソンのファンはそれ以来、彼女に死の脅迫状を送っていると述べた。彼女は2005年のジャクソンの伝記のオーディオブック版のために3つの新しい章を準備中で、『ネバーランドにさよならを』を見て泣いた、と。

「私には娘がいて、それで、マイケル・ジャクソンを追いかけて多くの時間を費やしたことを後悔しています。」と、当時まだ若い母親だったダイモンド氏は言う。「しかし、これらの報道がセンセーショナリズムのためだけになされたものではないことを、今、人々が理解してくれることを願っています。」

しかし、一部のジャーナリストは、このドキュメンタリーを、ジャクソンを失脚させようとする評判の悪い一連の企ての最新のものだと見ている。彼が亡くなり、法にのっとって彼の名誉を傷つけることができなくなった今、時流にうまく乗って彼を引きずり降ろそうとする企みだと。

この第二の陣営で、メアリー・フィッシャーほど影響力のある人物はいないだろう。彼女がチャンドラーの申し立てに対して、GQ誌のカバーストーリーとして発表、後に電子書籍としても出版した「マイケル・ジャクソンは嵌められたのか? 語られざる物語」は、ジャクソンが永遠に続く詐欺の犠牲者だと信じるファンによって、今でも頻繁に引用されている。

インタビューの中でフィッシャーは「ネバーランドにさよならを」を「大きく歪められたもの」と呼び、ロブソンとセイフチャックを「信用できない告発者」と語った。特に彼女は、告発者二人が以前エステートに対して訴訟を起こしているとか、ロブソンが本の出版を企てていた、というような、潜在的な利益相反についてリードが取り上げていないのは、ジャーナリズムの標準的な慣行に留意していない、と批判した。

「それは非常に操作的で、私はそれに憤慨します」とフィッシャーは言う。

リードの映画が放映される前、訴訟と出版の企てを強調した記事を書いたヴォーゲルもまたリードが都合のいい事例のみ並べ立てたことを非難した。

「私は、特定の人々と証拠を含め、他の人々を排除することによって、同様に説得力のある映画をジャクソンの防衛のために作ることができると思います」

同氏は、ロブソンとセイフチャックが映画の中で提示したタイムラインに矛盾があると指摘しており、ネット上の懐疑論者の間でも議論が高まっている。「私たちが正当な手続きを信じるならば、まだ多くの疑問があり、それを実行するための信頼すべき方法があるはずだ」とヴォ―ゲルは述べている。

リードが、ジャクソンを弁護することができる情報源の取材はしないと決めた理由を説明したインタビュー(映画にはジャクソン自身の公式声明が含まれているのだからそれで十分だと述べている)は、一部の専門家を非常に困惑させ、それらが映画に含まれなかったことを非難した。

「ああいうことは、私がジャーナリズムの世界にいたときには絶対やらなかった」と話すのは、元AP通信の記者だったリンダ・ドイチェ。ジャクソンが児童虐待で告発され無罪判決を受けた2005年の刑事裁判など、いくつかの注目すべき事件を担当している。彼女は、裁判のあと、個人的に電話をかけてきて、彼女の報道に感謝したジャクソンのことを、「スーパースターであることの犠牲者」と呼び、『ネバーランドにさよならを』は決して放送されるべきではなかった、と述べた。

「彼らはマイケルを不当に非難していますが、私は聞く耳をもたない」とドイチェ氏は言う。

マクマスター大学のジェンダー及びフェミニスト研究の大学院プログラムのディレクターで、ジャクソンと彼の同名のアルバムに関する本「Dangerous,」の著者であるスーザン・ファストも、リードのドキュメンタリーを見ることを拒否した。

「4時間もの根拠のない証言を見ることに興味がありません」とファスト氏。ジャクソンのこととなると、メディアは常に「破滅の可能性を狙っている」と主張した。

◎従来通りの二極化

ジャクソン研究のベテランにとってより実りのある質問は、アーティストが被害者だったのか、捕食者だったのかということではなく、なぜ彼が両方であった可能性を認めることが、一部の人にとってこれほど難しいのかということだ。

「マイケル・ジャクソンについて」の著者で、ニューヨーク・タイムズ紙の元批評家で、書評でピュリッツァー賞を受賞したマーゴ・ジェファーソン氏は、「これらのことをもっと深く議論して、従来ある二極化した意見に収まったり自己防衛や独善に走らないことの方が、より興味深いことなのに」と述べた。

彼女は「ネバーランドにさよならを」に触発されて、前述の本の序文を書き直し、「私たちは、相反する意見や、感情、情報を同時に心の中に持てるようになるまで、賢くなることができるのだろうか」と問う。

『The Genius of Michael Jackson』の著者、スティーブ・クノッパー氏は、この映画を見て、自分の盲点をいくつか後悔したと語る。2013年にロブソンとセイフチャックが共同でジャクソンの遺産管理財団を訴えた直後に出版された彼の本は、彼らの主張に懐疑的な態度を示し、1993年と2005年からの申し立てに対してジャクソンを擁護した。

しかし、『ネバーランドにさよならを』は、「非常に破壊的だった」とクノッパー氏は言う。
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彼は今、ジャクソンが有罪だと信じている。というか、ほとんど信じかけている。でも、自分の中には『もっと多くの証拠が欲しい」という部分もある、と。

(注意:この記事の以前のバージョンは、ヴァニティ・フェア誌のモーリーン・オースの地位を誤って述べている。彼女はその出版物の特別記者で、そこの元作家ではありません)

(引用終了)
次回も、ニューヨークタイムズの記事を紹介します。


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by yomodalite | 2019-06-12 14:14 | マイケルジャクソン資料 | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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