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美術界にとって「リービング・ネバーランド」の何が重要なのか?

『リービング・ネバーランド』に関する和訳記事の第三弾。私がイギリスまで見に行った『Michael On The Wall』という美術展について触れられています。

マイケルが旅立って9年経ち、国立美術館でひとりのポップアーティストをテーマにした美術展が開かれるということに感激してイギリスを旅したときは、没後10年という節目にこのようなスキャンダルに見舞われるとは思ってもみませんでしたが、この美術展はロンドンの後、欧州各国の国立美術館で開催され、『リービング・ネバーランド』放送後も、それは続けられるとアナウンスされました。

ただ、それは美術界に良識があって、くだらないフェイクニュースなどに影響を受けないから、なんてことではなく、アートシーンにもフェミニズムや、MeeToo旋風によって、一大変革の波が迫ってきているようです。

様々なマイノリティが住みやすい環境になれば、より多くの人々が幸せになれる、と私たちは考えがちですが、黒人差別の解消には、白人を攻撃することが必要で、LGBTの擁護は、異性愛者の男性を攻撃することになり、女性差別を解消するには、男性を攻撃する・・・差別の解消は、結局これまでの立場に取ってかわろうとする闘争でしかなかったような…。

ちなみに、この記事元のArtnetNewsは、オンラインオークションを主なビジネスとするArtnetが、2014年2月に立ち上げた24時間ニュースサイトなんですが、ウィキペディアによれば、初代編集長も2017年に複数の女性によるセクシャルハラスメントの容疑で起訴されたとか・・

記事の内容は、まったくマイケル擁護にはなっていませんし、特に面白い箇所もないかもしれませんが、2019年のメディアの記録として、『リービング・ネバーランド』放送後の3月6日に書かれた記事を紹介します。(NYTには、マイケルに関して真面なことが書ける記者がひとりはいたみたいですね) ←スミマセン!モリスが書いた記事を見てみたら真面どころか・・・お詫びして訂正します。

(記事はここから)

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US artist Jeff Koons with Michael Jackson and Bubbles Photo by Fabrice Coffrini/AFP/GettyImages.


2019年3月11日、ティム・スナイダー

毎週月曜の午前、アートネットニュースがお届けする「グレーマーケット」。このコラムは、前週の重要なニュースを解析し、美術界の動きについて他にはない洞察を展開していますが、今週は、ポップカルチャーの巨大スキャンダルが美術界にどのような影響を与えているかについて。

◉禁断の「ネバーランド」

先週の日、月の2日間にわたって、HBOはダン・リード監督の『リービング・ネバーランド』を2回に分けて放送した。これは、ウェイド・ロブソンとジェイムズ・セイフチャックという二人の男性が、子供時代の数年間にわたり、マイケル・ジャクソンから性的虐待を受けたと告発する様子を4時間のドキュメンタリーとして描いたもので、亡くなったキング・オブ・ポップのレガシーに対して、1993年に彼が初めて性的児童虐待の容疑で捜査されて以来最も激しい論争を、すでに引き起こしている。『リービング・ネバーランド』への反応は、美術界にも波及するだろう。それは、ジャクソン個人だけではなく、他者への虐待が疑われているアーティストについても言える。

最初に影響が出たのは美術館部門だ。火曜日にARTnewsのアレックス・グリーンバーガーは、ジャクソンの人生と音楽をテーマにした現代アートの展覧会『On the Wall』は、予定通りヨーロッパを巡回すると明言した。

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The gates to Michael Jackson’s Neverland Ranch, among the places where he is alleged to have serially sexually abused children for years, after the singer’s death in 2009. Photo by George Rose/Getty Images.


『On the Wall』は昨年ロンドンで開催され、今年の2月14日までパリ、3月末からはボンで、8月のフィンランドで最後となる。フィンランドの会場であるエスポー近代美術館はまだ声明を出していないが、グリーンバーガーは展覧会ついて次のように述べている。

ボンの会場であるドイツ連邦共和国美術展示館は、ARTnewsに寄せた声明で、今回の展示は「ジャクソンの文化的な影響を振り返るものであって、彼の人生について述べるものではない。『リービング・ネバーランド』という映画についての議論は注視しているが、そこに描かれた告発はショッキングであっても、被害者の告発の正当性については、まだ確定されておらず、マイケル・ジャクソンが亡くなっている以上、それが確定するのは非常に難しい」と述べている。

ドイツ国立美術館のこの反応には正当性がある。The Art Newspaperでギャレス・ハリスが指摘しているように、「ロンドンでの展示には、ジョーダン・ウォルフソンの『ネバーランド』も含まれている。これは1993年にネバーランドから生放送された、マイケルが児童虐待の容疑を激しく否定している映像で、これひとつとっても『On the Wall』が聖人伝の類ではないことは明らかだ。同時に、この展覧会がマイケル・ジャクソン・エステート(以下エステート)との共同企画で開催されていることも見過ごせない。エステートは、リービング・ネバーランドの件でHBOに対して一億ドルの訴訟を起こしているし、監督であるリードや、映画で中心的な役を果たしている2人に対しても徹底抗戦の姿勢を取っている。

今のところ美術界は、ジャクソンが功績を残した他の分野に比べると、彼との関わりを断つことには抵抗を示しているようだ。カナダやオーストラリア、ニュージーランド、オランダの大手ラジオ局は『リービング・ネバーランド』の一回目の上映後、プレイリストからジャクソンの曲すべてを排除する決定をしている。また、金曜日には、シンプソンズのチーフプロデューサーであるジェイムズ・L・ブルックスら番組制作側は、自分をマイケル・ジャクソンと思い込んで病院に入れられる人物の声をジャクソン自身がやっている、1991年の人気エピソードをラインアップから外すと発表した。
しかしながら、この会話は美術市場にとって、ひとつの展覧会がどうなるかということにとどまらない重要性を持つ。

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Director Dan Reed speaks onstage during the “Leaving Neverland” Premiere during the 2019 Sundance Film Festival. Photo by Jerod Harris/Getty Images.


◉両者の言い分

ここからはいくつか言い訳をしておかなければならないだろう。有名なニューヨークタイムズの批評家ウェズリー・モリスは、リービング・ネバーランドは「調査報道の産物ではなく、単なる証言」だと書いている。カメラの前でインタビューを受けているのは、ロブソンとセイフチャック、そして彼らの家族のみ。エステートの意見を代弁する者や、告発に関わる証拠を示すように要求する人間は、すべて排除されている。

映画は、ロブソンとセイフチャックがそれぞれ、マイケルの死後エステートに対して何百万ドルもの訴訟を起こし、いずれも出訴期限を過ぎていたために棄却されていることに触れず(両者は現在上訴中)、また、名の知れた振付師であり、ブリトニー・スピアーズや‘NSYNC、そして、FOXテレビのダンスコンテスト番組 So You Think You Can Dance のステージディレクターとしても知られるロブソンが、エステートの説明によると、「シルク・ド・ソレイユのマイケル・ジャクソンをテーマにした作品での仕事につけなかった」あと、民事の訴えを起こしたことも触れられていない。

しかし映画は、エステートにとって決定的な証拠になりそうなことも直接的に映し出している:それは、マイケルが初めて性的児童虐待の容疑で民事訴訟を起こされ、捜査を受けた1993年に、セイフチャックが彼を弁護する発言をしていること。そしてロブソンは1993年と2005年の両方でマイケル側に立った証言をし、2005年、最終的にジャクソンは、サンタ・バーバラ郡検察によって起訴された児童虐待の容疑の全てにおいて無罪となった。(1993年のケースでは、ジャクソンは最終的に2500万ドルの示談金を払い、同事件についての捜査は行われなかったが、その最も大きな理由は「被害者が証言を拒んだ」からだ。示談の際も、マイケルは「悪い行いは何も」していないと述べている。)

ロブソンとセイフチャックの証言を信じるかどうかは、彼らの発言の変化を、嘘つきの証拠と見るか、トラウマを受けた人間が過去にあったことを認め、それに対処するまでには長い時間を要するのだ、ということの証と見るかによる。個人的には、私はかなり後者寄りだ。そして、リービング・ネバーランドに心を動かされた人間は、美術界でも一般社会でも、私だけではないはずで、我々は『On the Wall』についてもう一度考え直し、その先のことも考えてみなくてはいけない。

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Pro-Jackson protesters at the “Leaving Neverland” screening at the 2019 Sundance Film Festival. Photo by David Becker/Getty Images.


◉道徳なき市場

『On the Wall』にある作品それぞれが、その作品の所有者に、避けようのない疑問を提示している。あなたは、その作品が彼に批判的だったり、1993年の最初の告発以前の彼を扱ったものだったりするならば、この世で最も忌まわしいとされる行為を幾度となく疑われているこのメガスターをテーマにしたものを持っていたいと思うだろうか?持っていたくないとしたら、彼の犯罪に関する議論が再燃したことで、作品の市場価値はどうなるのか?公のコレクション作品として寄贈される見込みはあるのか?

最初の疑問は、純粋に個人的なものだ。二番目のはそうではない。問題のあるテーマを扱う作品(たとえばマイケル・ジャクソンの肖像画)と、問題のある作者による作品(たとえばジャクソンの音楽)では、異なったアプローチが必要かもしれない。しかしどちらも考えるに値する問題だ。『On the Wall』の作品群がジャクソンとかかわりを持っていることで売買の面で不利益を被るなら、それは仕方ないことなのか。それを判断する上で必要な、統一された道徳上規範のようなものが美術界には欠けているように思える。

私にとって、ここで最も有用な例はマウリツィオ・カトランの『Him』という作品である。ひざまづき、祈るように手をグッと握り合わせている、子供の大きさのアドルフ・ヒトラーの像だ。『On the Wall』の作品の多くと同じく、一流のアーティストが、死後も議論を巻き起こす歴史上の人物を主題に作ったものである。実際『Him』は、ジャクソンをテーマにした作品よりも、間違いなく大きな問題になりそうな作品だ。ジャクソンが継続的に何十人もの子供たちに性的虐待を行ってきたと信じる人がいても、彼はもう亡くなっていて、真偽の証明は難しい。一方、ヒトラーが率先して何百万人もの命を奪う大虐殺を行ったことはすでに明らかになっている事実だ。

そして実際に『Him』は、オークションに参入した2016年、ニューヨークのクリスティーズにおいて、最高でも1500万ドルという予想に対して、1720万ドル(手数料含む)の値が付いた。

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Maurizio Cattelan, Him (2001). Image: Courtesy of Christie’s Images Ltd.


なぜか?理由は、私が年に数回は言っていることだが、アート市場がニッチ市場だ、ということだ。問題のある作品が高値を得るには、世間の意向など気にしない金持ちが1人いればいいのだ。(もちろん『Him』が、主題となっている人間を単純に支持していると考える人はほとんどいないだろう。そして、『The Price of Everything」(訳者註:これもHBOのオリジナルドキュメンタリー映画)を見た人ならだれでも知っているように、クリスティーズで『Him』を買ったのは、ユダヤ人で膨大なコレクションを所有しているステファン・エドリスで、彼は1941年、第三帝国の支配を逃れるため、十代で生まれ故郷のウィーンを飛び出した人物だ。彼の行為を複雑な心理による買収だと片づけるのは、あまりに単純な物言いだろう)

このような現象は、ほかの美術市場でも見受けられる。リチャード・プリンスの『Spiritual America』のオークションの結果を考えてみてほしい。挑発的なポーズを取る10歳のブルック・シールズの全裸の商業写真がそこにあることで、彼がどれほどの利益を得たか。直近で言うと、そのブルックスの写真自体が、2014年5月の、If I live, I’ll See You Tuesdayをテーマにしたクリスティーズオークションで、推定価格390万ドル(手数料含む)で落札された。

公平を期すために言っておくと、クリスティーズカタログの評論において、リチャード・プリンスは、有害な男らしさや、性的搾取を利用することで、戦略的な問題提起をしているのであって、それらを良しとして広めようとしているのではない、と書いている。MeToo運動が盛んな今、『Spiritual America』が、もし再び市場に出されれば『Him』よりも高値を付けることだろう。そう、多くの鑑賞者が美術作品を、善悪の価値よりも美的な価値から判断するのではなく、まず社会政治的なレンズを通してみるようになった時代においては、これら2つの作品はよりスキャンダルにまみれたものになる。しかし、『Spiritual America』がいま最も熱いトピックに突進していく作品であるのに対して、『Him』はすでに判断が決していて、この先も永遠に(そして正当に)慎重に取り扱うべき問題の上でタップダンスをしているような作品なのである。そこが、いま開いている傷口に指を突っ込んでいくこととの違いだ。

しかし、アート市場が、今の世の中でどんな批判を受けようと気にかけない、といった裕福な規格外のコレクターを徹底的に排除するとは考えにくい。したがって、マイケル・ジャクソンを扱った作品が『リービング・ネバーランド』によって不幸な目に合うとは、私は思っていない。そして、そのような見方はこの先も長く続いていくだろう。

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Handout image of Michael Jackson’s mug shot after he was booked on multiple counts for allegedly molesting a child in Santa Barbara, California in 2003. Photo by Frazer Harrison/Getty Images.


◉レガシーは継続する?

『リービング・ネバーランド』についての評論の最後で、ウェズリー・モリスは、ジャクソン自身が、活発にヒット曲を作っていた時も、その死後も、ポップミュージックに影響を与えているという気がかりな事実に対峙する。それは、世界中でジャクソンの名前を記録から消す必要があると合意したところで、それは不可能だ、ということだ。彼はこう書いている。

マイケル・ジャクソンの音楽は料理ではない。それはもっと基本的なものだ。塩であり、胡椒であり、オリーブオイルであり、バターであり、彼の音楽がなければ始まらないのだ。そしてそこから作られた音楽は至るところにあふれている。どこからどうやって取り締まるというのだろう?

視覚アートの影響力は、ポップミュージックに遠く及ばないとはいえ、アートシーンで中心的地位にいる才能ある人々についても同じことが言えるだろう。性的虐待の告発がついてまわるからといって、アートの歴史からチャック・クローズ(→)の名前を消し去ったとしても、必要不可欠なものが失われることはない。しかし、パブロ・ピカソとなると話は違う。彼の周囲の人間を破壊するほどの男性性はよく知られているところで、深さにおいても広さにおいても、彼の天才的な創造性に匹敵するかもしれない。そのことで、美術を鑑賞したり、美術の世界で働く人間が何千人も束になって大規模なボイコットを仕掛けたとしても、彼の作品と影響力を美術史から取り除くことなどできない。そんなことをしても茶番だ。


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Pablo Picasso, Fillette à la corbeille fleurie (1905). Courtesy Christie’s Images Ltd.


私もモリスと同じくそれは不可能だと思う。ピカソの『花かごを持つ少女』は、13歳の花売り娘のフルヌードのポートレートだが、彼女が24歳のスーパースター画家のモデルになったのは、間違いなくその貧しさゆえだろう。しかしその絵は、2018年5月のクリスティーズで1億1500万ドルの値が付き、今年の後半にはオルセー美術館での展覧会が始まると発表されている。絵が売れたのも、展覧会の発表があったのも、ハーヴェイ・ワインスタインによる職権乱用行為や、レイプの告発がMeToo運動に発展してから7か月後のことである。

高額での落札と展覧会という2つの出来事がすべてを語っている。ピカソへのポリティカルな再評価は、一大転換になるだろうが、ニッチなアート市場の頂点にある場所や、一般大衆向けの美術館の世界において、それは起こりえない。それゆえ私は、『On the Wall』の作品群や、他の問題がある作家による作品も、おそらく取引きの面においては被害を被らないだろうと思う。だが、だからと言って、より広い文化の範囲で人々が鳴らしている警鐘に聞く耳を持たないでいればいいというわけではない。兆候があるときに気を付けていなければ、継承が鳴った時には手遅れになっているかもしれないのだから。

ARTnews と The New York Timesより。
今週はここまで。「また来週。覚えていてください。評価に値するものは、いつか再評価される。


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by yomodalite | 2019-04-17 00:31 | マイケルジャクソン資料 | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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