人気ブログランキング |

なぜ、メディアは『リービング・ネバーランド』とマイケルへの告発に疑いを持たないのか?

f0134963_15203155.jpg


今回は『リービング・ネバーランド』放送後の3月6日に書かれた記事を紹介します。

MJを擁護する記事はたくさんあります。これは前回のボーゲルのものとは異なり、あまりファンがフォローしていない記事だと思いますが、多くのファンが抱いた疑問への解答が示唆されている内容だと思うので和訳しました。


依然として、私はまだこのドキュメントを観ておらず、普段は読んでいないもの、観ていないものに対して何も言いたくない私としては不本意で、ウェイドやセイフチャックについても何も言いたくないですし、宣伝にも加担したくないんですが、


・なぜ、事実を軽視し、一方の意見のみで出来ている作品が権威ある映画祭で上映されたのか?

・なぜ、TV放映後、驚くほど性急に「真実化」がなされようとしているのか?


この2点に関しては、今考えておいた方がいいように思えて。

前回の和訳記事の冒頭では、MeeTooとの関連について書きましたが、今回の和訳記事では、そういった都会で中流以上の生活を目指す上では無視できないルールがどこで創られるのか?そして、MJファンにとってまともなジャーナリズムというのは、とても悩ましい問題だということ。


これらについて、和訳記事の前に少し説明します。


十年近く主要メディアでのMJ礼賛を目にしている、THIS IS IT後にファンになった人には、理解しにくいことかもしれませんが、生前のマイケルへの酷い報道というのは、むしろ権威ある高級紙や、影響力のある真面目なテレビ番組が牽引したのです。


なぜ、あれほど真面目な天才アーティストを、権威のある高級紙が嫌ったのでしょう?


タブロイド紙が、どれだけマイケルを面白おかしく書きたてても、彼の高い芸術性や、時代を超える音楽性、またそれを永年保持するための懸命な努力・・それらを冷静に判断し、ジャーナリズムの規範をも牽引している「高級紙」が、マイケルを正当に評価していれば、そもそも2005年の裁判だって行われることもなかったはずなんですが、そういった高級紙は、常にマイケルを認めず、真実を追求することもしませんでした。


つまり、マイケルに関して「権威ある高級紙」は、常にまともなジャーナリズムではなかったわけですが、その理由はいわゆる「黒人差別」とは違うと思います。(マイケルに関するあらゆる文章の中で「黒人」や「人種差別」という言葉が使われていますが、これはあらためて考えてみる必要があります)


なぜなら、権威ある高級紙というのは、なにが人種差別にあたるかの決定機関であり、敵対者を人種差別者として糾弾したり、人種間の分別を利用して、特権階級以外の人々が「ひとつにまとまる」ことを阻止しているからです(文化盗用に目を光らせているのも同じ理由ですね)。


アイデンティティ政治ではなく、みんながひとつに

→和訳「Jam」

問題は人種ではない

→ 和訳「Black Or White」


マイケルと同じように、高級紙に貶められた芸能人といえばチャップリン。そしてマーロン・ブランドも不当な扱いを受けていました。


2人とも100年に1人、世紀を創ったと言われるほどの天才ですが、チャップリンは『独裁者』という映画をきっかけに、当時の米国から追放処分を受けますが、小児性愛者としても蔑まれ(4人目の妻との間の8人の子供と孫にも恵まれ、彼の疑惑もMJと同じようにでっちあげだったのですが)、ブランドへの高級紙のレヴューもずいぶんと酷いものでした(彼は超有名俳優になった後、主に反ハリウッドと見られる映画に出演していました)。


マイケルはチャップリンをもっとも尊敬し、ブランドとは年齢差を超えて親友になりましたが、メディアの犠牲者として米国でよく知られているハワード・ヒューズ(→)のことも自分の先生だと語っていました。(『MJTapes』)。ヒューズは映画製作者にして、億万長者の実業家、新記録を打ち勝てたパイロットでもあり、長身でイケメン・・という人々の夢のすべてを実現したような男性なのですが、


4人に共通しているのは、その素晴らしい才能だけでなく、人々からの圧倒的な人気があって、お金持ちだった。つまり、権威者の「圧力」が通じない人物だったということです。(ヒューズやブランドは多額のお金を使ってタイムズを逆に調査さえしていました。初版ではカットされていますが、ブランド自らが書いた『地獄の黙示録』のカーツのセリフにも、タイムズ批判があります。相変わらず差別がどうだとか、彼らが造ったニュースどおりに社会を描写して、賞を待ち望んでいるような、現代アーティストとはレベルが・・)


このドキュメンタリーが、性急に「真実化」されるきっかけになったのは、ドキュメンタリーが終わった直後に放送されたオプラ・ウィンフリーの番組です。


彼女の番組では、自身も幼児性的虐待被害者でもあるオプラが、様々な質問をすることで、2人を本物の被害者として「承認」しました。被害者の気持ちは、被害者にしかわからない、証拠はなくても、本物の被害者同士なら、それがわかるのだ、という理屈です。


ドキュメンタリーは、永年米国一の司会者という地位を保持し、今やMeeTooの牽引者であり、被害者でもあるオプラの番組とセットで放送された。それで、多くの真実が「無効化」されるという事態が起きたんです。(被害者に寄り添うという特権的な立場を求める人と、そこに相応しい被害者役たちの行列は日に日に長くなっていますねw)


超有名MCによる番組が放送直後、議論を遮断する目的でセッティングされたことから、過去を振り返ってみると、ロブソンとセイフチャックが心変わりしたのも、こういった「計画」の一環だったのかもしれませんね。


さて、権威のある高級紙・・・知的だと思われたいなら必ず読まねばならない、NHKの世界ニュースを始め、日本にも大きな影響力のある新聞、それは「ニューヨーク・タイムズ」のことなんですが、この新聞は、常にマイケルを貶めてきた新聞です。ですから、町山氏やクーリエジャポンなどが、失礼な文章で、真実を軽視し、私たちの話に聞く耳を持たないのは、そこに倣っているからでしょう。


それに、いくら過激なMJファンだってそんなことはしませんが、レコード店のような実店舗は、お店が破壊されたり、バスに火がかけられるとか・・リベラルエリートに逆らうと、なぜか黒装束の人が暴れるみたいな・・「圧力」のレベルが違いますからw


前書きが長くなりましたが、和訳記事内の右派・左派という表現についてもう少し。


これは日本の右翼・左翼とはまた少し異なるものですが、リベラルの意味は時代によって変化していて、記事のライターは、オールド・リベラルとして、リベラルの変節を嘆いています。彼がいう右派というのは、アメリカの帝国主義を支持する側(周辺諸国を紛争させ、分断させることで、支配国の位置を維持する)であり、左派は、個人の自由を尊重し、世界平和を目指す側。


ところが、今のリベラルは、個人の自由を尊重するという建前で、人々を分断させ、次々に作られるイデオロギーや、米国有利のビジネスルールに反する国々の政権を倒すために戦争や工作活動を行い、洗脳し、破壊する。そして破壊した国々からは、安い労働力や、新たなルールの体現者として、移民を歓迎する・・といったすべてが権力者側立っている、だから彼らは「右派」だ、ということみたいです。(→参考記事)


(引用開始)


なぜ、メディアは『リービング・ネバーランド』とマイケル・ジャクソンへの告発に疑いを持たないのか?


デヴィッド・ウォルシュ

2019年3月6日


米国のケーブルTVと衛星放送のネットワークであるHBOは、3月の3日、4日と2回に分けて『リービング・ネバーランド』を放送した。イギリスの映画監督ダン・リードによる236分のドキュメンタリーは、HBOとイギリスのチャンネル4の共同制作で、1月下旬にサンダンス映画祭で初上映されていた。


『リービング・ネバーランド』は、ウェイド・ロブソンとジェームズ・セイフチャックの証言をもとにして作られ、彼らは1980年代と90年代の数年にわたって、子供としてジャクソンから受けた性的虐待を事細かく述べているが、このドキュメンタリーで2人以外にインタビューを受けているのは、彼らの家族だけである。

史上3番目に成功した音楽アーティストでありながら、アメリカの娯楽産業の悲劇的な犠牲者でもあったジャクソンは、2009年6月、薬物過剰摂取で死亡した。ロブソンとセイフチャックは、若い頃にジャクソンとかなりの時間を過ごし、彼が生きているときは、彼を強力に弁護していた。


ダンサーで振付師でもあるロブソンは、過去に2回、宣誓のもとに、ジャクソンは何も悪いことをしていない、と証言をしている。2005年の6月、ジャクソンが性的児童虐待の容疑をかけられた裁判(最終的に彼は14の嫌疑すべてで無罪判決を得た)で、被告側の証人になったロブソンは、法廷で検察側の厳しい尋問が延々と続く中でも、ジャクソンは間違ったことなど一切していない、という主張を変えず、ジャクソンが亡くなったときも、彼について心のこもったコメントをした。


しかし、ロブソンは2013年になって突然180度態度を変え、ジャクソンから定期的に虐待を受けたとして、エステートを相手取った訴訟を起こした。法的措置に出るのが遅すぎたとして、申し立ては棄却され、その後、ジャクソンが生前所有していた2つの企業体に対する訴訟も、棄却された。セイフチャックは2014年にロブソンが起こした訴訟に合流したが、彼もまた、ジャクソンとの友情にやましいものは全くなかったと以前は強く主張していた。ロブソンとセイフチャックは、棄却を不服として上訴しているが、二人とも同じ法律事務所に代理人になってもらっている。2013年にエステートの法定代理人だった弁護士は、ロブソンの起こした訴えを「金目当て」だとし、「見え透いていて・・・道徳のかけらもなく、悲しい」と表現した。


リードの『リービング・ネバーランド』は4時間近い作品だが、ロブソンとセイフチャックの申し立てに反論する人間は1人も出てこない。「他の見方」も存在すると手短に触れている部分が2か所あるきり。1つは、ジャクソンと交流のあった他の少年たちとしてブレット・バーンズと俳優のマコーレ―・カルキンが登場していて、キャプションとして「彼らはジャクソンの不正行為を否定している」という場面で、もう1つは、2005年のジャクソンの裁判の際の弁護士、トーマス・メゼロウが、ロブソンの心境の変化を「とても、とても、疑わしい」と2013年にコメントしている場面である。


『リービング・ネバーランド』では、だらだらと閉所恐怖症になってしまいそうな場面が続く。単調になるのを防ぐためか、妙なタイミングで、インタビューに出てくる街や場所を上空から撮ったショットが数多く挿入されているが、基本的にロブソンとセイフチャックが自分たちの主張を述べる場面だけで構成されている。彼らはぞっとするような、ポルノじみたことを詳しく説明する。こういったのぞき趣味や猥褻な事柄をあからさまにすることを「衝撃的」とか「心をわしづかみにされた」と描写するとは、いよいよ来るところまで来ている感がある。ここで売りに出されているのは、「マイケル・ジャクソンのベッドで何があったか」に対する推量のみだが、見せ方次第では、啓発的で、価値あるものにもなりうるということか。


仮に、マイケル・ジャクソンが小児性愛者だったとしても、この映画にある「目撃談」が彼らの主張を裏付ける具体的な証拠をなにも提供していなければ、『リービング・ネバーランド』を製作した人間も、それを宣伝する人間たちも、道徳的に堕落していて、恥知らずだ。彼らは映画で利益を得て、それを利用してキャリアアップし、金を儲けるつもりなのだ。


監督のダン・リードは怪しい人物である。彼の監督としてのキャリアはタブロイドジャーナリズムと共に歩んできたような魅力の薄いもので『世界規模の対テロ戦争』とか、MeToo運動に関するものばかりだ。


パシフィックスタンダード誌は2016年に、「HBOのためにテロ攻撃を再現した監督」という見出しで、リードについての記事を載せた。その記事では、リードは現代のテロ事件についてのノンフィクションを次々と製作しているスペシャリスト、と興奮した筆致で伝えている。それらのドキュメンタリーもHBOで放映され、年代別に「モスクワのテロ」「ムンバイのテロ」「モールのテロ」という、それらすべての作品の冒頭に、内容に相応しく威嚇するような免責事項が述べられている。そして、「テロの3日間:シャルリー・エブド襲撃事件」や、「ロシアから現金と共に」「最前線の戦い:ISISと戦う」そして「小児性愛者を追求する人々」などの作品もHBOで放送されたのだが、彼の作品は、テーマが何であれ、政府の公式見解から外れるようなものはなく、アメリカやイギリスが、中東や中央アジアなどで行っている激しい武力介入に対する地政学的リスクや、社会的懸念についてはまったく関心をもっていない。


『リービング・ネバーランド』の何もかもが胡散臭さに満ちている。

リードとオプラ・ウィンフリーらは、映画はジャクソンを起訴することを狙ったものではなく、性的児童虐待やそれにまつわる疑問についての議論をオープンにするためのものだ、と強く主張しているが、もしそうならどうして、映画には、小児性愛症の専門家である精神科医や、あるいはそのような事例に対処するきちんとした資格を持った人間が1人も登場しないのか? 映画は下品でセンセーショナルに大衆を煽ろうとする意図で全体が構成されている。『リービング・ネバーランド』は啓蒙のためではなく、人々を麻痺させ、威嚇し、汚染するように作られているのだ。


2019年の2月7日、ジャクソンエステートの代理人ハワード・ワイツマンは、HBOの最高責任者リチャード・ぺプラーにあてた文書で、エステートは、ロブソンとセイフチャックとの訴訟に何年も費やしていて、この2人による4件の訴えはすべて棄却が確定している、と断言した。(目下、ロブソンはエステートに裁判費用として7万ドルの負債があり、セイフチャックも同様の理由で数千ドルの負債がある)それらの訴訟において、エステートは、ロブソンとセイフチャックに関する数多くの情報を掌握し、それらの情報から、彼らの発言に信用性がないことは実にはっきりとしている、と。


さらに、ワイツマンは、「ロブソンとセイフチャックは、彼らが何百万ドルもの金を要求しながら、棄却された訴訟を上訴しようとしている。この上訴が認められるとしたら、それは偶然ではない。HBOの「ドキュメンタリー」は訴訟に向けての筋書きの一部に過ぎない。2人は明らかに自分たちの上訴に影響を及ぼそうという(とても間違った意図で)この作品を利用している」


2005年の裁判について、ワイツマンはこう力説している。「マイケル・ジャクソンは、過剰な熱意はあったものの、倫理的な欠点をもあわせ持ち、最終的には恥辱にまみれることになったサンタバーバラ郡検事トム・スネドンの捜査を10年以上にわたって受けた。スネドンは、ジャクソンの“被害者”と見られる人物を探して、あらゆる場所を隅から隅まで見て回ったが、そういった“被害者”を見つけることはできなかった。実際のところ、2005年のジャクソンをめぐる刑事裁判は完全な茶番劇で、マイケル・ジャクソンは完全に無罪になったのだ」

「あの裁判について調べた人なら誰でも知っている。陪審は検察側の言い分を完全に否定した。ジャクソンの代理人であるトム・メゼロウは、裁判の開始と終了の両方で、陪審員に対し、自分のチームはジャクソンが無実だとすでに証明している、だからジャクソンを無罪にすべきだ、という異例の声明を出した。言い換えれば、彼はあの事件を「合理的な疑い」のあるケースとして引き受けたのではない。ミスター・メゼロウは、マイケル・ジャクソンを無罪にするという目的とゴールに向かって、あの裁判を引き受け、その通り実行した。2017年、あの裁判の陪審員の何人かは、ロブソンの態度が180度変わった時点で、事件について再びインタビューを受けているが、全員が今でも同じように彼を無罪にするだろうと答えているし、陪審員たちはこれまで何度もインタビューを受けているが、皆、しっかりした発言ができる聡明な人たちだ。ダン・リードが彼の「ドキュメンタリー」の中で描こうとしているような、だまされやすい愚か者、などではない。しかし、どうやらHBOはアメリカの司法の重みより、自らの偽証(2005年の裁判)を認めている2人の、何の裏付けもない言い分のほうが、頼りになると思っているらしい。」


ワイツマンはこう結んでいる。「HBO(現在はAT&Tが所有している)がネットフリックスや、アマゾンや、その他の新興コンテンツプロバイダーたちとの熾烈な競争のプレッシャーに直面しているのはわかっているが、視聴者数を取り返すために、ここまでレベルを落とすとは不名誉なことだ。HBOとこのドキュメンタリーの製作者たちの目論見は成功しないだろう。今回のことは、HBOの歴史の中で最も恥ずべき汚点になるだろう」


依然として、「セックス関連は金になる」と、HBOの上層部は考え、視聴者の数を増やし利益を得るために、自分たちの品を下げてでも、ドキュメンタリーまがいの茶番を放映したということなのだろう。


WSWSは、2003年12月から、彼が亡くなって追悼式が行われた2009年の7月まで、「マイケル・ジャクソンの悲劇」について何度も記事にしてきた。


2003年に彼が性的児童虐待の容疑で逮捕されたとき、我々は「ショービジネスという繭の中での生活」が彼に深刻なダメージ(ピーターパン・コンプレックス、未成熟、首をかしげたくなるような結婚生活、など)を与えた、と書いた。「明らかに自分が何者なのかわからなくなっているマイケルを、他の人々は裁けるのか?」と。


我々は、ジャクソンは推定無罪を得るべきだと主張し、「仮に、彼がコミュニティに属していない人間だからという理由で有罪になったとしても、思いやりのある社会ならば、罵りや敵意ではなく、彼を悲しみ、共感さえしただろう」と述べた。我々は「ジャクソンを生み出し、彼の魅力を巧みに操作し、彼のエキセントリックな面を助長してきた」既得権益層の人間は、これから先も、スケープゴートあるいは生贄として、彼を利用するだろう、とも主張した。


2003年、WSWSはさらに予言していた。「マイケル・ジャクソンの裁判の結果がどうなろうと、彼には悲しい、もしかしたら、もっと悲劇的な運命がこの先も待っているような予感がする。アメリカ社会のすべて、特に、彼を祝福し、犠牲者にもしたショービジネスの世界のすべてが、そちらの方向に向かって進んでいるように思える」と。


そして案の定、人食いザメやハイエナは、死後も彼を放っておかなかった。


現在明らかに見えるのは、アメリカのメディアの力で、ロブソンとセイフチャックの主張が世界的に認められてしまいそうなことだ。エステートからの賠償を長年にわたって求めてきた2人の証言は、真実の言葉として受け取られている。どうしてそれに疑いをはさむ人がほとんどいないのか、疑問を投げかける人間がいないのか?これは、これまでのような「人気のある世論」の反映というパターンではない。様々な「権威のない」ウェブサイトや真面目なブログでは『リービング・ネバーランド』についての洞察力ある批判を見つけるのは難しくない。


結局は検察側の大失態だった、2003年から2005年にかけてのジャクソンの裁判の間、それから、その余波といえる間も、リベラルや左派の人々は、彼に対して一般に同情的だった。2003年に我々は書いた。「サンタバーバラ郡当局がやった反ジャクソンのキャンペーンは、反動主義者による政治的社会的な含みがある。郡検察のトム・スネドンは利己的な思惑を持った保守的な共和党員だ」と。スネドンはブッシュの影響下にあり、明らかに自分を「文化と道徳の戦いにおける十字軍の一員」と見なしていた。これを書いた記者は2003年の12月にウィスコンシンのパブリックラジオの番組に呼ばれ、裁判について話し、リスナーからの電話も受けた。


しかし、情勢は変わったようだ。民主党の周辺にいた上層中産階級の人々は、株の高騰や、他にも棚ぼた式の不当な大金を得たことで、より強固な右派へと転換してしまった。MeToo運動は、そういった社会的変化の反映だ。基本とされる民主主義のルールに対する憎悪がそういった階層の人々の間で「大きな花を咲かせた」。彼らは自分たちを一般大衆とは違うと考えるようになり、強烈なエゴイズムと傲慢さで、大衆を軽蔑する態度は、裕福でありながらも、ケチなブルジョアたちの間で優勢となった。彼らは金を持っているイコール賢いことだと考え、自分たちの言葉が法律でなければならない。告発者の言葉は「信じなければならない」というのが、今や彼らの合言葉、推定無実や正当な手続きなどどうでもいい、というわけだ。


ロブソンとセイフチャックの告発は疑うことも精査されることもない。そんなことをしたらMeTooという魔女狩り全体に疑問を投げかけることになってしまうからだ。


億万長者のオプラ・ウィンフリーは、口を開くたびに陳腐なコメントをしているが、彼女は精神的にも経済的にも、MeToo運動のリーダーで、彼女の知性の「バックボーン」はニューヨークタイムズだ。


現代の道徳規範の中核を担っている、ニューヨークタイムズのモーリーン・ダウドは、2月16日に『キング・オブ・ポップとその倒錯』という題で、マイケル・ジャクソンを非難する酷いコラムを書いた。ニューヨークに住むスーパーリッチの代弁者として、過去20年間、アメリカ帝国主義による血まみれの犯罪を宣伝してきた新聞にだ。


ダウドは、「『リービング・ネバーランド』は、マイケル・ジャクソンがその人生の過程で、良き友、良き父、思いやり深いアイドルから、冷酷で人を操ることに長けたレイピストへ変貌したことを明らかにした」と書いた。実際には、証明されようのない2人の人間の主張が垂れ流されただけなのだが、ダウドはさらに続ける。「何十年もの間、ジャクソンの綿菓子のように甘い雰囲気には危険が潜んでいたのだ。しかし、ハーヴェイ・ワインスタインや、ビル・コスビー、ウッディ・アレン、ジェフリー・エプスタイン、ブライアン・シンガーのような他のモンスターたちと同様、多くの人には真実が見えなかった」と。


ダウドの反動主義は、マッカーシズムのような誹謗中傷で相手を徹底的に痛めつける、主要メディアにおける同じような流れの1つに過ぎない、これは正気を失い、どんどん右に傾いている層のなせるわざである。


ジャクソンを「モンスター」とするのは、的を得ていない非難だ。彼の抱えた困難や奇妙さは理由のないことではなかった。彼の人生とはいったい何だったか。それは16年前に我々が述べたように、「機能不全の労働者階級の家庭に育った、生れながらに才能に恵まれた少年だったジャクソンは、アメリカのエンターティメント産業の中で木っ端微塵に粉砕されていった」。いずれにしても、彼の幼児性は、現実の子供時代が不足していたことによるものなのだが。


さて、そういった社会的心理学的配慮は、今現在かつてないほどに見過ごされ、嘲笑と共に無視されている。メディアの報道には、同情のかけらも基本的人間性のかけらもなく、性的虐待者やそれに類似する「モンスター」を作り出すことは、特に民主党の活動や政策にとって不可欠なものになっているが、そんなことで、アメリカの根底にある社会的腐敗と悲惨さに対処するのは不可能だ。


マイケル・ジャクソンが亡くなって10年になろうという今、彼は再び罪に問われ、踏みつけにされている。いったいなんのために?何もかもが、お金とキャリアアップのための愚かな追求に変わってしまった。 我々はそれを非難する。


(引用終了)


引用元:https://www.wsws.org/en/articles/2019/03/06/mich-m06.html


尚、この記事のことは、日本とカナダの名門大学の教授を長年務めた物理学者でありながら、『インディアン悲史』や『ロバート・オッペンハイマー』という名著と称される著書をもち、現在は妻の介護を続けながら、鋭い論考をブログに発表し続ける92歳のブロガー、藤永茂氏に教えてもらいました。(→ 藤永茂先生のこと)


今年12年目になるという先生のブログは、私たちには難しい内容も多いですが、藤永先生の知性だけでなく、本当の弱者や、女性への優しさに興味がある方は、ぜひ『婦人画報2018年8月号』をごらんください。手段を選ばない、MeeToo戦士とは真逆の、真に尊敬すべき、勇気ある女性たちの話が紹介されています。


f0134963_15252433.jpg


また和訳は、前回と同じくchildspiritsさん(→)にご尽力いただきました。


Commented by kei-wa at 2019-03-18 00:46 x
またまたお二人びご尽力と今度は藤永先生に併せて深く深く感謝せずにいられません。

>理由は「黒人差別」ではありません。
4人に共通しているのは、その素晴らしい才能だけでなく、人々からの圧倒的な人気があって、お金持ちだった。
つまり、権威者の「圧力」が通じない人物だったということです。

エステートの2.19の記事にあった
『マイケル・ジャクソンはインディアナ州ゲーリー出身の27歳のアフリカ系アメリカ人で、音楽ビジネス界の権力構造全体の”たくさんのテーブル”をひっくり返しました。
マイケル・ジャクソンはいまだ”たくさんのテーブルをひっくり返したことを許されていない”のです。』
にすっかり惑わされていました(>_<)

藤永先生に送られたメールのところも読ませていただきそちらにも激しく感動しましたし、同時に恥ずかしくなりました(汗)
なぜ私は今までこの記事を読まなかったのか、興味あるところだけをつまみ読みしていたことを激しく悔やみました。
でも、本当に無知なうちに、…自主規制…の方の本は先に読んでなくてよかった(笑)
日々知れば知るほどに恐ろしく無知なことを知り、改めて、もっと早くにこちらのブログを知って時系列に沿って読んできたかったと思うばかりです(泣)

全部読めばいいって話なのですが数年かかりそうで(^_^;)
Commented by yomodalite at 2019-03-18 23:17
>今度は藤永先生に併せて深く深く感謝せずにいられません。

実はハウステンボスを含む今回の九州旅行は、藤永先生に会いに行く旅だったんです。

先生には、気管支炎で苦しんでおられる中、時間を割いていただいたんですが、婦人画報の写真より実物の方がもっと若々しくて、日本一、白のガウンが似合う男性でした。私たちがハウステンボスに行ってきたというと、すぐにその創立者や、設計者のことを教えてくださったり、マイケルの振付について質問されたり、短い間ですが忘れられない時を過ごしました。

>エステートの2.19の記事にあった・・・マイケル・ジャクソンはいまだ”たくさんのテーブルをひっくり返したことを許されていない”のです。』にすっかり惑わされていました(>_<)

??? 私はワイツマンが主張していることに異論はないんですが・・・。

>…自主規制…の方の本は先に読んでなくてよかった(笑)
>全部読めばいいって話なのですが数年かかりそうで(^_^;)

そういえば、ボーゲルと同じくフォーブス誌のライターで『MICHAEL JACKSON, INC』を書いた、ザック・オマリー・ グリーンバーグも、今回の件でMJ擁護記事を書いてましたが、こちらもまだでしたら、数年計画に是非!それと、ネバランチルドレン繋がりで、カシオ本も・・ww

https://nikkidoku.exblog.jp/22355336/
Commented by yomodalite at 2019-03-19 00:01
それと、藤永先生からの最新のメールには、

https://m.youtube.com/watch?v=nBQzBkI-eow&feature=youtu.be

この動画を「何度も見入っています」って。
Commented by kei-wa at 2019-03-19 23:05 x
なんと藤永先生とメールだけでなく実際にお会いしてきただなんて素晴らしいですね!90歳を過ぎてブログを執筆されることも凄いですが、持っている知識がすらすら出てきたり新しいことへの好奇心など、お聞きしているだけで若さが伝わってきました!
紹介いただいた動画、すごい!公開されたばかりなんですね!ご自分で見つけられたのでしょうか。ありがとうございます!私もヘビロテ必至です!
マイケルは練習の時もっと激しく踊るのかと思ったら、動き一つ一つをゆっくりと丁寧に確認するように動くんですね~びっくりです。
あと、最後のは頭に例のやけどをして日が浅いときなのでしょうか。
こんな時でも練習していたんですねえ。

>??? 私はワイツマンが主張していることに異論はないんですが・・・。
 私の言葉不足です。(汗)ジェイムズ・ボールドウィンが昔語ったこの言葉に「27歳のアメリカンアフリカンの青年が」とあったので、私が黒人がひっくりかえしたことを白人層が許さない「黒人差別」と狭い解釈をしてしたのでした。

『MICHAEL JACKSON, INC』とカシオ本、ディーター本は読みました!カシオ本もディーター本も読んで本当に良かったのですが『MICHAEL JACKSON, INC』は切り口、視点が他の本と全く違うので私の中のマイケルに対する見方が多角的になりました。
一冊本を読むごとにyomodaliteさんが仰っていることを理解しやすくなるので、ブログ閲覧と読書を今後も並行していこうと思っています。
あと、カシオの本にディーターが出てこない、ディーターの本にカシオが出てこないのが不自然に感じたのですが、本に登場させるためには本人に確認を取る必要があるからなんでしょうか?
この記事のコメントにこの質問を書いてしまってすみませんが(^_^;)
Commented by yomodalite at 2019-03-21 21:12
この記事のコメントにこの質問を・・(^_^;)

ぷんぷん(笑)

>ご自分で見つけられたのでしょうか。

記事を紹介いただいたお礼の返信でお送りしました。

>頭に例のやけどをして日が浅いときなのでしょうか。

うん、退院後まもない頃なんじゃないかな。

>白人層が許さない「黒人差別」と狭い解釈をしてしたのでした。

その件はまたいずれ・・

>カシオの本にディーターが出てこない、ディーターの本にカシオが出てこない

カシオがクビになったあと、短期間マネージャーだったのがディーターだから!
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by yomodalite | 2019-03-15 17:59 | マイケルジャクソン資料 | Comments(5)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite