100分 de 名著『ノートル=ダム・ド・パリ』第1回のメモ

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古典って実際に読んでみると、紹介されていた「あらすじ」や、映画や演劇になっているものとは、まったく印象が違っている、なんてことがよくありますよね。

『ノートル=ダム・ド・パリ』もリメイク作がとても多い古典ではあるものの、原作はとても読みにくいことでも知られていて、実は私も最後まで読んだことがない作品だったのですが、

鹿島茂氏の解説で「100分 de 名著」に登場!

下記は、期待どおりだった第1回のメモです。
(第二回は、本日午後10時25分~10時50分/Eテレ)
ノートル=ダム・ド・パリは、誰も作者がいない集団建築によって作られた大聖堂。
物語は15世紀のパリを舞台に、宿命によって翻弄される人間たちの愛や嫉妬をめくる悲劇である。

鹿島茂)フランス革命で廃墟になった大聖堂を、ユゴーは、人類の進化の過程であると考えた。ここから本当の進化が始まる。神よりも個人が大切だという近代が始まると。

伊集院光)神が作ったものと、個人が作ったもの、というのは、この作品を読み解く上で重要なポイントですね。

鹿島茂)そこには大きなる断絶があるわけです。ユゴーは断絶を結びつけることを考えた。
この作品にはリメイク作が多く存在するが、作品ごとにまるで内容が違う。リメイク性の多さが特徴ともいえるが、それはユゴーの特殊性でもある。ユゴーは、「無数の人の声が聞こえる霊媒みたいな人」であり、「民族の古層と結びついている」。この作品は、それゆえ神話的小説になり得た。

[ユゴーについて]

ユゴーは、異なる考え方をもつ両親に育てられた。共和党支持者で、性欲旺盛で愛人の元に去ることになる父親、王統派で厳格で禁欲を押し付ける母、反発し合う両極端な両親の元、ユゴーは光と闇、美と醜など、相反する要素が共存するのが、人間であると考えるようになる。

当時のフランスの歴史は、混乱を極め、ナポレオンが失脚し、王政が復興、その後再び人民が立ち上がり、七月革命が勃発。ユゴーは七月革命が起こる直前に、ノートル=ダム・ド・パリの執筆を開始する。

正反対な両親と、政治の大転換が作品に大きな影響を与える。この作品は、矛盾を抱えたユゴーの魂の叫びでもあった。


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[作品の序文]

ーー この物語の作者がノートルダム大聖堂を訪れたとき、作者は、塔の暗い片隅の壁に、次のような言葉が刻みつけられているのを見つけたのである。


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私はいぶかった、解き当ててみようと努めた、この古い聖堂の額(ひたい)に、罪悪か不幸かを表すこのような烙印を残さずにはこの世を去っていけなかったほどの苦しみを味わったのは、いったいどんな人間だったのだろうか、と。ーー

鹿島茂)共和派と王党派。ユゴーはどちらを支持するでもなく、矛盾を抱えたままでいいと居直った。そうでないとやっていけられないと思うほど、それは強烈な矛盾だった。

作者のいない大聖堂の中に刻まれた「宿命」という言葉は、個人の自己表現である。しかし、宿命という言葉には、個人の欲望を抑制して集団が優先される社会や、個人の欲望を引っ込めざるを得ないことを強いられることも… 集団と個人のあつれきの中でドラマが生まれる、それこそが宿命。

外側の世界と価値が逆転する、奇跡御殿。偉かった人が、ダメな人間になり、ダメな人間が急に偉くなったり…

伊集院光)ユーゴーは価値観は混在する。絶対的なものは信じていない…

鹿島茂)ユーゴーは、健常な世界があれば、逆転世界があるのが正常な人間の世界であると考えた。

伊集院光)それがリメイク作品への対応の高さにも繋がっていて、子供向けのいい話として抽出することもできる…

(番組からのメモ終了)



最近のアーティストや、識者の発言を見ていると、誰もが自分が信じている一方の立場で語っていて、それを支持しないのは、彼らが理解していないからで、理解さえすれば、その正しさはおのずと明らかなので、いち早く変革することが、正しいだなんて考える人ばかり・・・

偉大なものとは、芸術でも、思想でも、無数の人の声を聞き、古層とも、未来とも繋がっているものなのに。

そして、私の人生の中で出会えた、そんなアーティストは、マイケル・ジャクソンしかいない!

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by yomodalite | 2018-02-12 14:08 | 文学 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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