スティーブ・バロン監督が語る『ビリー・ジーン』裏話

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スティーヴ・バロンが、自身の仕事を振りかえった本「Egg n Chips & Billie Jean」を出版。そのPRもあってか、「The Telegraph」のインタヴューに応えていて、“ビリー・ジーン”の撮影についての話が興味深かったので、訳してみました。


私は、MJはアルバムリリース段階から、「スリラー」で画期的なビデオを創るために、通常はありえない7番目のシングルまでを計画し、周到な計算のうえに、順番にリリースしていった。という自説の一端が表れている話だと思いながら読んだのですが、そう思うのは私だけかな?w


source : http://www.telegraph.co.uk/



そのとき、カメラは湯気で曇った --- 私が『ビリージーン』のビデオを創ったとき


By Rupert Hawksley

12:00PM GMT 11 Dec 2014


スティーヴ・バロン(プロデューサー兼ディレクター)はこれまでに制作されたアイコンともいえるいくつかの音楽ビデオに関わりました。彼が80年代に仕事をしたアーティストたちは印象的です。アハ、デビッド・ボウイ、フリートウッド・マック、ヒューマン・リーグ、マドンナ。しかし、そのリストのトップは、マイケル・ジャクソンでしょう。ジャクソンの1982年のヒット曲「ビリー・ジーン」のビデオがどのように製作されたかという裏話について、バロンが語ります。





◎THE OFFER

1982年の段階で、私は15から20本の音楽ビデオを創っていて、その中には当時イギリスでNo1だったヒューマン・リーグの『Don’t You Want Me』のビデオもありました。その頃はまだみんながマイケルのことを話しているというわけじゃなかった。『スリラー』の発表されたのは2、3ヶ月後でしたからね。マイケルからの電話をもらった時は、確かに、魔法のようなものを感じましたが、私はヒューマン・リーグの仕事のほうに熱中していましたし、当時、妻は最初のこどもを妊娠していて、最初、私は「やってる余裕はない」と思ってました。どうしてもやらなきゃいけない仕事だとは感じなかったんです。私にやるべきだと説得してくれたのは、妻でした。


◎THE BRIEF

マイケルのマネージャーから、マイケルは、ビデオを不思議な感じにしたくて、ヒューマンリーグの『Don’t You Want Me』の映画的なところや、全体の雰囲気が気に入っていると聞きました。マイケルは、ストーリーのある音楽ビデオではなく、むしろ短編映画のようにしたいと思っていたのです。






◎THE BUDGET

5万ドル。それは、これまでに私に頼まれた仕事の2倍の予算でした。でも、『Beat It』が5週間後にリリースされたとき、その予算は30万ドルになり、そして、彼らが『Thriller』をリリースしたときは、それは200万ドルになりました。3ヵ月の間に、『Billie Jean』の予算は、些細なものになったんです。


◎THE INSPIRATION

私は、ジョーン・アーマトレイディングのビデオのためにあったアイデアを、『Billie Jean』のために使いました。ミダス的というか、マイケルが行くところの、すべてが輝いて、黄金に変わるというようなプランですね。私はファックスでそのコンセプトを書きとめて、マイケルにそのページをファックスし、内容の半分を伝えました。マイケル側は、「彼はすごく気に入っている。彼はピーター・パンのようなものを望んでいる」と。それで「よし、やってもらおう。すぐにとりかかって欲しい、君のアイデアが気に入ったよ」ってことになったんです。


◎THE FILM

私たちは16mmのフィルムを使いました。35mmを使わなかったのは、ちょうど、『Don’t You Want Me』を35mmで撮っているときで、十分な予算がなかったからです


◎MEETING MICHAEL

マイケルは、とても優しく、すごく静かで、柔和な感じでしたが、ビデオの計画については、本当に詳細に知りたがって、結局、彼は私よりもわかっていたいようでした。


◎BEFORE THE SHOOT

ビデオの絵コンテを書くとてもいい友人がいて、私はマイケルと座って、彼にその絵コンテを見せ、コーラス部分の2つの空白だった画面には、彼のマネージャーが、マイケルがいくらかダンスをしたがるかもしれないと言って、彼は、マイケルが鏡の前で練習していたことを説明しました。

マイケルと話したのは、彼の後をつける私立探偵のアイデアについてです。それは、大まかに言って、彼が私に話したことに基づいていて、この曲の基本的コンセプトですね。マイケルは以前、何か私立探偵についての記事を新聞で読んでいたんです。


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◎MICHAEL'S MOMENT OF GENIUS

私たちは、彼と一緒にシーンごとにセットを確認していって、カメラ店のシーンは、彼のエネルギーが引金になって、すべてのカメラが動きだすというシーンだったんですが、マイケルはそこでアイデアがあると言ったんです。

「通りにもう一軒、ウィンドウに、マネキンが置いてあるテーラーなんてどうかな?僕がカメラ店を通り過ぎる前か後で、マネキン達が生き返って、彼らはウィンドウから、僕の後ろに飛び出る。それから、彼らが、僕と踊ったりするなんてどう?」私はそれを完璧に気に入りました。素晴らしいアイデアで、ここまでのコンセプトに沿っているだけでなく、物語を強化する、まさに天才的なアイデアでした。

その後のミーティングで、私はプロデューサーに、「マイケルが素晴らしいアイデアを出しました。私たちが進めている現状の撮影セットを変える必要があります。私たちはマネキン何体かと、ダンサーを新しく入れて、リハーサルをする必要があり、振付師や、衣装デザイナーも雇わなくてはなりません。これは、最初のダンスのあとにあるので、撮影には、あと二時間ほど必要です」と言いました。

プロデューサーは、その制作費は5千ドル以上かかると言い、マイケルのレコード会社であるCBSは納得せず、彼らは、「我々はこれ以上は払えない。以前言ったように、あなたには5万ドル払う。それでやってもらう」



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◎A LUCKY BREAK

彼の出したアイディアをやるには予算がない、と誰かがマイケルに言わなければいけませんでした。私は半ば、彼が「その代金は僕が払います」と言ってくれると思っていましたが、彼はそうしなかった。金曜の夜、私が寝ているときに電話があって、私は一瞬「ここはどこ?」状態だったんですが、それは、マイケルからでした。彼が自分で電話するようには思えなかったので、妙な感じでしたね。

すると、彼は「ねぇ、スティーブ、明日の撮影だけど、ダンスはやらないことにしようと思う」と。それなら、「私も打ち明けるのはやめよう。彼がやめたんだ。彼が自分でやりたくないと言った以上、予算について説明する意味はないだろう」と。

どうして、彼がやめたのかについて、私の想像なんですが、彼は、そのとき『Beat It』について考えていて、『Thriller』のことも考えていたからだと思います。ただ、あの素晴らしいアイデアをやらなかったのは残念でした。すごく撮りたかったのに撮れなかったシーンですね。あれがあれば、このビデオはもっと良くなったと思っています。


◎THE DAY OF THE SHOOT

撮影セットの中で私は落ち着いていました。彼が踊り始めるまでは、いつも通りの仕事だったのです。



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◎THE DANCE

その前の日、私が聞かされたのは、敷石のすべてが明るくなるわけではなく、マイケルは歩きたいところすべてを歩けるわけではないということです。11枚は明るくできるということで、歩行のすべてのパターンを朝までに決めなければなりませんでした。私は、「すみません、マイケル、この敷石が明るくなって、それからここの2つ、その次はここです」と言わなくてはならなかった。

リハーサルも何も見ていなかったので、マイケルがどうするつもりだったのかは推測するしかありませんでしたが、彼は色々な動きを練習していたんだと思います。ただ、それらをどのようにつないでまとめられたのかは、神のみぞ知るといったところでしょうか。

マイケルは、すべてをとても慎重に観察していて、私たちは徹底的に話し合った。それから、私が「マイケル、少しリハーサルしてみよう」と言うと、彼は、「いや、撮影にとりかかろう」と言ったんです。

コーラス部分が近づくと、彼の足の動きは少し大きくなり、そして、コーラスが始まると、彼はサッとダンスを始めました。私がそれまで見たことがないようなダンスです。それはまさに本能的で、驚異的で、彼はその場のすべてを支配し、私たちが今見ているものを作り上げた。彼が放っていたエネルギーは、私に飛び火し、私が熱くなったので、カメラは文字通り湯気で曇りました。私が興奮したせいで、覗いていたレンズが熱くなったからです。湯気で曇ったレンズのせいで、彼は霧の中に消えてしまいそうでした。そんなこともあって、それはとにかくシュールな瞬間でしたね。



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◎THE EDIT

私はコヴェントガーデンのロングエーカーにある、編集スタジオでマイケルに会いました。徹夜で仕事をしていたのを覚えています。早く仕上げなければなりませんでしたからね。いつものことですが。彼はたまたまロンドンにいて、完璧なタイミングでした。彼は、私の背後にあったソファで、横になっていたことを覚えているんですが、ある場面に来たところで、「これ、すごくいいね」と言ったんです。スクリーンには、分割された3つのショットが並んでいました。本当は、その3つの中から一つ選んでもらおうと思ってたのですが、それは黙ってました。




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◎A VIRAL VIDEO

私が覚えているのは、およそ2週後のことですが、MTVが『Bille Jean』をオンエアしないということを聞きました。MTVは、それが自分たちの視聴者に合わないと言ったんですね。そのあとも、多くのストーリー(CBSが激怒してMTVに電話したとか)を聞きました。「これほど偉大なアーティストの売れるレコードとビデオをオンエアしなかったら、君たちの視聴者になんてなれっこない。君たちの視聴者は誰なんだ?」なんていうのをね。

MTVは、アメリカの中流家庭を代表しているんだ。と言っていました。白人が、とか黒人が、という言葉は使っていなかったと思います。MTVは、まだ始まったばかりで、自分たちが何者かわかっていなくて、マイケル・ジャクソンがMTVの代名詞になるなんて、もちろんわかっていなかった。彼らは、自分たちの帝国の礎になるものと、戦おうとしていたんですね。


(インタビュー終了。翻訳はkumaさんにご協力いただきました)



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Steve Barron's memoir Egg n Chips & Billie Jean: a Trip Through the Eighties is out now

By Rupert Hawksley 11 Dec 2014



これまでMJは、スリラーからのビデオはすべて35ミリで撮影したと言っていたと思いますが、監督はそうではなかったと言ってますね。

他のショートフィルムの監督にも最低でもこれぐらいの長さのインタヴューをしてもらいたいです。


こちらは、メイキング動画。











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by yomodalite | 2014-12-21 01:00 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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