ケンブリッジ白熱教室・第4回「哲学的幸福論」[1]

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この下の番組の概要説明の部分では、第2回の講義は「どうして、マイケル・ジャクソンは自分の容姿にそんなに不安を抱いたのか?」という問いから始まるかのようですが、実際の講義はそうではなく、

◎第2回「美と醜悪の現象学」

その不安は多くの現代人が抱いている悩みであり、彼のこどもへの執着も、顔の変化についても、現代の価値観を越えた「理想型」への追求だったということを示唆するものでした。

現代では、美容整形にしても、精神医学にしても、自分が望んだように「直す」ことができる。という可能性が、永遠に満足できないことにも繋がっている。それでは、哲学はその悩みを解決できるのか。というのが、今回の内容だと私は思いました。

☆下記は、第4回「哲学的幸福論」のスクリプトです。


(番組開始)

第1回の「ベッカム実存主義」では、
マーティン博士が考えた、サッカー選手ベッカムが、パリ生活の中で哲学的な考察を行う“架空のブログ”を題材に、講義を行いました。「アレックス・ファーガソンは、ベッカム実存主義者ではなく、ファーガソンは保守的な本質主義者だ」 ー ベッカムを実存主義者、ベッカムの師匠ともいえるファーガソン監督を本質主義者と見立てた思考実験を行い、自分自身を主体として、変化や多様性を認める実存主義的な生き方を学びました。

第2回の「美と醜悪の現象学」では、
「彼は確かに20世紀最高のパフォーマーのひとりだ。どうして彼は、自分の外見にそんなに不安を抱くのか」 ー 世界的なポップスター、マイケル・ジャクソンの美に対する執着と苦悩について考察。「美は世界の人々につきまとう亡霊だが、決して実現されないもののままだ」 ー 古代ギリシャのプラトンや、自分の容姿に強いコンプレックスを抱いていたサルトルの哲学を用いて、人間には理想の形というものが存在しないこと。美は人間を超越した状態だという考え方を講義しました。

第3回の「FBI対フランス哲学者」では、
「ときどき、アメリカから大きな資料の包みが送られてくるのだが、大きな文字でFBI連邦捜査局と刻印されている」 ー マーティン博士が入手したFBI捜査資料をもとに、サルトルとカミュを徹底分析。第二次大戦後、個人の存在にこだわり続けたカミュ、そして実存主義を社会や共同体にまで拡げたサルトル、ふたりの変遷と対立について語りました。

第4回は、「哲学的幸福論」
私たちはなぜ不幸だと感じるのか、幸せはどこにあるのか、実存主義だけでなく、南太平洋の楽園タヒチに理想郷を求めた画家ゴーギャンや探検家ブーガンヴィル、さらに、ジャック・デリダなど現代の哲学や最新の科学、社会学・人類学など多様な知見を駆使して、答えを探します。

(講義開始)

今朝、ここに来るとき、19世紀の偉大なフランスの詩人ボードレールが言ったことについて考えていた。彼が言ったことはこれだ。

「世界は巨大な病院で、そこにいる患者はみなベッドを変えたがっている」


これが面白いのは、それが本当だと気づいたところで、ベッドを変えたいと願うのをやめはしない。ということ。なぜなら、私たちはそれほど根本的に自分たちの人生に不満だからだ。これは、私がどうしてフランス哲学に興味をもつようになったかを説明している。また、どうして私がハワイでユートピア的な青年期を過ごすことになったかを説明している。

ここからは、本当の話だ。

オアフ島で、私は偶然、精神科医に出会った。彼女は私がどこから来たのかと尋ねたので、「イギリスです」と応えた。すると、彼女は言う。「あなたはとても幸運なひと」 私は思った。それは馬鹿げていると。ハワイは世界で最高の場所。あなたが、私を幸運だという意味がわからない。すると、彼女は言う。「なぜなら、イギリスでは、あなたが惨めでも、誰もそれを気にしないから。イギリスでは惨めであることを期待されている」 彼女は自分がうつ病の専門家であることを説明してくれた。それで、私は言った。「そんなはずがない。ハワイで鬱になる人がいるんですか?」 でも、それは、私の無知だった。この島は幸福の島、アロハの島では。そして、彼女は私に3つのことを指摘した。

1つめ、ハワイでは、世界の他のどの場所とも同じ比率の人が鬱状態である。2つめ、ハワイの問題は、幸福であることを期待されている。だから、鬱になったとき、ただ、鬱になるだけでなく、鬱になることに罪を感じるのだ。だから、二重に打撃を受けることになる。そして、彼女が指摘する3つめの点は、ハワイは正確に言うと、アメリカだから、鬱になり、罪を感じ、さらに豊かなはずのときにも、お金がないとなると、三重の打撃を受ける。彼女はこう結論づける。ハワイは本当に最低な場所。

フロイトも、ハワイは最低とは言わなかったものの、似たようなことを言っている。文明とその不満の中で、フロイトが言うには、私たちが根本的に惨めなのには、3つの理由がある。

ジークムント・フロイト(1856-1939)

オーストリアの精神分析学者・精神科医。精神分析の創始者として、無意識と、性的衝動を重視した精神分析学を確立。文学や芸術の分野にも大きな影響を与えた。主な著書:『精神分析入門』『夢判断』臨床心理学の基礎を築いた。


フロイトの3つの理由を言う前に、なぜ、私たちがこんなにも根本的に惨めなのかという理由をひとつ挙げてくれないか? 講義に行かなければならないからです。とは言わないで欲しい。

学生:おそらく、人間の性質の一部なのではないでしょうか? なにか上手くいかないことがなければならないと思うことです。

自ら望んでいる?

学生:そのとおりです。劇的なことがあった方が面白くなるからです。そうに違いない。

学生:私たちは強い願望をもっていて、更なるものを成し遂げたいと思うからです。

だとすると、決して到達することができないために、欲求不満になるということか。そうだ。。精神的なゴールがいつも動いているから、両方の意見が正しいにちがいない。おそらく、フロイトの3つの理由の底にあるものだと思う。その3つとは、これは、フロイトが文明の失敗を責める理由だ。

1つめは、宗教。なぜなら宗教は天国がどこかにあるからという可能性を設定するから。

2つめは、奇妙にも発見の後悔。あとで話をするが18世紀の大航海時代、それは地球上に天国があるという非現実的な期待を提示したから。

そして、彼の3つめの理由はとても面白い。フロイトが思いついた3つめの理由を知っている人はいるか? よし、3つめの理由。これは驚くべきことに、自己批判的だが、フロイトの精神分析学そのもの。それが責めるべきものだ。なぜなら、精神分析学は、すべてを治すことができることを示唆するからだ。もちろん、私たちは幼少期のトラウマなどを持っているが、精神分析学者が治してくれるから、心配しないということ。だから、フロイトは、実は反フロイト派だといえる。

私は4つめの理由を加えたい。それが、違法な薬物。私たちはどこかに “ハイなもの” が存在していると思うから、気持ちが沈んでいるように感じる。私の考えでは、フランス哲学はこの解毒剤だ。フランス哲学は、私たちがなぜそんなにも惨めなのかを理解させてくれる。また、私たちを惨め過ぎるところから解放する。簡単にいえば、不快だと感じることを、どうすれば快く感じることができるかを教えてくれる。惨めなことの罪の意識をそれほど抱かなくてもよくなる。フランス哲学は、日本人が悟りと呼ぶものを与えてくれる。

私が60年代を憶えてくる年齢だといっても驚かないだろう。自由恋愛、超越の内在、幻覚物質の広がり、実は、私は1760年代の話をしている。個人、そして社会の自由化が躍進した時代。幸福は到達出来るもので、実際、18世紀の後半にすでに達成されていた。フロイトが指摘するように、私たちイギリス側を代表するジェームズ・クック船長が関わった、偉大な発見の航海の中で。でも、忘れてはいけない。もうひとりの素晴らしい船長、ブーガンヴィル。

ルイ・アントワーヌ・ド・ブーガンヴィル(1729-1811)

フランス人として初めて世界一周航海を達成。フランスの航海者、探検家。ポリネシアの天国が海の彼方に実在する。という印象を与え、大きな反響をよんだ。主な著作:『世界周航記』


『世界周航記』によると、彼の世界一周の旅は、フランス帝国拡大や、発見や拡大といった政治的理論とは、あまり関係なく、むしろ、幸福の追求のためだったようである。そして、幸福は、特に太平洋の楽園、タヒチで実際に発見された。ブーガンヴィルは2つのことを強調する。

1つは、タヒチ人は快適で満足した生活を送っていて、それほど激しく働かなくてもいい。彼はこれを奇跡のように感じた。

2つめは、みんなが、ブーガンヴィルや、クルーの気を惹こうと言い寄ってくること。特に半分裸のタヒチ人女性たち。でも、男性も寄ってくる。でも、彼が驚いたのは、女性が概してフランス人船乗りたちは、世界のどこに行っても、女性を口説いていたという背景があるが、ブーガンヴィルいわく、女性たちの方から、フランス人船乗りたちを口説いてくるのは、革命のようで、これが初めてだった。それで、彼は南半球ではなにかが逆転しているにちがいないと思った。

ブーガンヴィルは、幸福自体の追求をはじめただけでなく、幸福は単に追求されるだけではなく、手に入れられるものだという考えを確かに発展させる。幸福はまさに南半球にあって実現されている。南のものを北に輸送すればいいだけの問題だ。

フロイトは自分の理論を確立する際に、18世紀の世界地図、特に北と南の分断を、人間精神の地図に、無意識的に置き換えたと考える人もいるかもしれない。つまり、すべての楽しいことは南半球にある。

これは、フロイトが喜びの原理と呼ぶものだ。一方、北半球は、彼が現実の論理と呼ぶものが投影されていて、快楽主義的で野性的な自己を抑制する。私たちはこの物語には、付随する結果があることを知っている。いくつかの名前に言及したい。

1人はほとんど知られていない人物だが、私の古い友人、テッド・ディーハースト。ちなみに、彼はときどきボード上の貴族として知られている。なぜなら、彼は子爵だったからだ。でも、彼は封建的なもの、貴族社会などを捨てて、サーフィンをしに、ハワイに移り住んだ。彼はハワイに行って暮らし、そして、最後にはそこで死んだ。彼はアメリカ人とのハーフでもあった。だから、これは、彼の個人的な独立宣言でもあった。よし、もっと有名な人で言うと、ポール・ゴーギャンだと思う。

ポール・ゴーギャン(1848-1903)

19世紀のフランス、ポスト印象派の画家。西洋文明に絶望したゴーギャンは楽園を求めて南太平洋にあるタヒチに渡り数々の傑作を生み出した。


北半球、特にフランスに失望して、19世紀の終わりに、南に行き、素晴らしいタヒチやタヒチ人の絵画を生み出した。私たちは幸福の理論がフランス革命に影響を与えたことを知っている。例を挙げてみたい。詩人カミーユ・デムーランは刑を言い渡され、断頭台に上がり、正確にいえば、タヒチを夢見ながら。

カミーユ・デムーラン(1760-1794)

革命的ジャーナリストで政治家。バスティーユ襲撃の際に群衆を扇動、1794年、革命政権の恐怖政治を終了させようとして、体制側に告発され、投獄後処刑された。


これは、彼が処刑場へと連れて行かれる直前に、牢獄で書いた最後の作品だ。

j'étois né pour faire des vers, pour défendre les malheureux , pour te rendre heureuse, pour composer, avec ta mère et mon père, et quelques personnes selon notre cœur, un Otaïti.


簡単に訳すと、

私は詩を書くために、不運に勝ち向かうために、あなたを幸せにするために、あなたの母親と、私の父親と、数人の気の合う者たちを幸せにするために、そして、ここフランスをタヒチを創り出すために生まれた


君たちは、自問するかもしれない。ゴーギャン、そして私の古い友人テッド、そして、デムーラン、彼らの中に幸福に到達した人はいるのか? たぶん。でも、それは短い間だっただろう。よし、ここまでについて、質問ある?幸福を本当に体験したある人物の特定の例を見ていく前に、ここまでのところは、ほとんど理解できたか?

あるいは、ここまでのところで、特に質問はあるかな?

学生:もし、北の道徳観念が、多文化の総合連結によると考えるなら、つまり、私たちがたくさんの異なる文化を見ることが出来る一方で、1770年代のタヒチ人は、それまで他の文化圏の人と会ったことがありませんでした。だから、幸福の概念は、多数の者の統合ではなく、小さな集団の概念に基づくものなのではないでしょうか?

面白い。確かにそれはありうる。どこかで触れるつもりだが、幸福についての1つの理論で、コミュニティ全般に渡る類似性や調和を扱うものがある。そこでの考えは、私たち自身のグローバル文化の混合に反して、比較的、分化されていないものだ。確かに、君の理論は非常にもっともな理論だと思う。サルトルの「地獄とは他人のことである」という意味で考えることは別として、デュルケムが面白いこと言っている。

エミール・デュルケム(1858-1917)

フランスの社会学者:独自の視点から社会現象を考察。社会学の確立に大きな成果をあげた。主な著作:『社会分業論』『自殺論』


デュルケムはこう言う。世界には言うまでもなく、たくさんの犯罪がある。そして犯罪は幸福、あるいは幸福の欠落に関係があるものだが、彼は言う。よし、成人たちの世界を想像してみよう。もし、原始的なという言葉を使うことができるなら、よし、君がそこで仮定しているようなコミュニティのことだ。でも、成人たちの世界について考えてみようと、デュルケムは言う。そのコミュニティでは、今、私たちにあるのとまったく同じ比率の犯罪がおこるだろうと。基準があがるために、人々はそこでも必然的に規範から逸脱しようとする。したがって、罰を受けることになるからだと。

私は調和的で原始的なコミュニティというものが、おそらく、どこかに存在すると、想像したいが、私たちは、常にその中間的な混合状態にあって、それは、非常に不満足で、私たちはそれを治さなくてはと思い続けるのかもしれない。

学生:僕は「隣の芝はいつも青い」と言おうと思っていました。そして、それは無知が幸福をもたらし、知がその反対なのかという議論を持ち出すと思います。

そうだ、「隣の芝はいつも青い」。それは、とてももっともな理論だ。ここで、1776年のブーガンヴィルと、タヒチの場合に焦点をあててみる。よし、先ほど見た絵を思い出してほしい。これには、まちがった表現があると思うが、それについて出された様々な説明から、私が驚くのは、たとえ、さっき言ったように、これが比較的安定した、比較的、分化されていない元来のコミュニティで、彼らが幸福だと仮定してみよう。彼らは「隣の芝は青い」のでは?とは思っていないと仮定する。

でも、現実はどこからか、船が現れると、すぐにみんなが、「わぁ、、他の人が何をやっているかを見に行ってみよう」となる。だから、もし、彼らが本当にコミュニティに満足しているなら、彼らに船は必要ないはずだ。これは、実際、私たちがどこかで混じり合うことを熱望していることを示していると思う。

幸福は不思議なことに、ナポレオンによっても取り上げられている。ナポレオンはフランス皇帝であり、彼がしたいようにすれば、何にでもなれた。でも、彼は最初から皇帝だったわけではない。彼ははじめルソーを手本にして作家になろうとしていた。驚くかもしれないが、彼の最初の随筆の1つは、実際に、幸福をテーマとしていた。その作品は後に、彼の秘書によって、賞を受賞した随筆と表現された。実際は、賞の受賞にはまったく及ばずに終わったのだが。君たちも、おそらく知っていると思うが、ルソーは懸賞論文に応募し、一等を受賞することで、キャリアをスタートさせた。

最初の対話編、『学問芸術論』だ。だから、ナポレオンは、この懸賞論文の広告をみたとき、こう感じた。よし、ルソーに出来るなら、私にも出来るはずだ。それで、辛口の批評を受けた。「非常に明白な夢」と書かれた。これはおそらくその時点で非常に優れたものだとは思わなかった。ということだと思う。ナポレオンは非常に不快に思った。それで、その代わりに皇帝になることに決めた。

だから、私は学生の小論文にコメントを書くとき、いつも躊躇する。もし、否定的なことを書いたら、どこかに行って、皇帝になってしまうかもしれない。でも、そのうち、「もっとも明白な夢」と書いてみよう。それが君たちにどんなことを引き起こすか見てみるために。



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by yomodalite | 2014-12-06 20:00 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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