幻の映画『MidKnight』について

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マイケルが『MidKnight』という映画を企画していたことをご存知の方も多いでしょう。下記は、その幻の映画の脚本家で、『シザーハンズ』の脚本家でもあるキャロライン・トンプソンの2009年のインタヴューです。





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マイケルは『シザーハンズ』を演じたかった

September 29, 2009 by viceuk


脚本家キャロライン・トンプソンの最初に映画化された作品は『シザーハンズ』でした。その後、彼女は『アダムス・ファミリー』や、『ナイトメア・ビフォー・クリスマス』、『エンバー 失われた光の物語』を書き、また、『スノーホワイト・白雪姫』や、『ブラック・ビューティー/黒馬物語』では監督も務めました。現在、彼女はカリフォルニアのオージェイで、たくさんの動物がいる牧場に住み、ウェブサイトsmallandcreepy.com. のために映画を製作しています。私たちは、彼女と話をしました。


あなたは創られることがなかったマイケル・ジャクソンの映画のために、脚本を書いたのですか?


ええ、ラリー・ウィルソン(アダムス・ファミリーで一緒に脚本を書いた)とね、彼の映画の脚本を書いたわ。ティム・バートンの『バットマン』のプロダクション・デザイナーだった、アントン・ファーストが監督だったの。


そう、彼(アントン)が、自殺したっていうのは、本当なの?


ええ、私が最後に彼に言った言葉は、「大人になってよ、アントン!」でした。ソニーの社長で、バットマンのプロデューサーでもあった、ジョン・ピータースは、アントンに監督を任命することを約束していて、それで、アントンは、素直にそれを受け取ったんだけど、それは、彼が他のどのスタジオでも働くことができないという意味だと理解できなかった。それで、二度とティム・バートンを働くことができなくなって、彼はすごく苦しんだ。それでも彼は、マイケル・ジャクソンのためのプロジェクトには専念していました。私たちは、それを「MidKnight」(真夜中の騎士?)と呼んでいたわ。


私たちが、騎士についての物語にすると決めた理由は、騎士は通常ヘルメットとか、マスクをつけているでしょう。映画の観衆は、俳優としてのマイケルを、真面目にとらえられないと思って、私たちは、マイケルの顔を覆ってしまおうと思ったの。私たち自身、マイケルを真っ当な俳優として受け止めるのに苦労したわけ。


私たちは、彼とネバーランドで、たっぷり一日、楽しい時を過ごした。アントンと、私たち担当の重役で、現在はソニーの幹部でもあるエイミー・パスカルや、ラリー・ウィルソンと一緒に。ネバーランドのバスルームは、包装紙とかキャンディの包み紙のような、あらゆるゴミが散乱してて、すごく小さくて、コンクリートの壁で囲まれてた。マイケルは、私たちに、「美しいと思わない? 僕がひとりになれる、お気に入りの場所なんだ」って言ったわ。ランチには、チーズがかかっているようなナチョスを、茶色のコーヒーショップ風の制服に、白いエプロンと小さな帽子をかぶった、白人の太った中西部っぽい女性たちが出してくれて、そのとき、そこに住んでいたバブルスにも会ったの。アントンが彼に手を出すと、バブルスは叫びながら、ジャングルジムのてっぺんまで駆け上がったので、マイケルは、アントンに、しゃがみ込んで頭を下げ、床を見るようにさせたの。バブルスに謝っていると見せるためにね。そのあと、私たちは動物園も見に行ったわ。


マイケルは、そこでキリンも飼っていて、マイケルが台の上に登っていくと、キリンがなでてもらおうとやって来るの。その台はキリンの頭の高さほどもあって、彼らが近くへ来ると、その眼の大きさったら、テーブルぐらいあって、驚くべきものだった。でも、一番おかしかったのは、ライオンを見に行ったときね。ライオンは寝てたんだけど、マイケルは、私たちにものすごく静かにしてって言うの。動物園で、檻の中に入ってるライオンなのよ。しかも、私たちは、その檻から2フィートか、3フィート離れていて、彼らに近づくことができないようなフェンスまであったのによ


たしかに。


で、彼は、私たちにフェンスを乗り越えさせて、私たちは全員、寝ているライオンをじっと見るために、周囲に集められたのね。そしたらマイケルが、大声で叫んで、手を叩き、ライオンが起き上がって、エイミーに向かってきたの。彼女は悲鳴をあげて、あわてて後ずさったから、フェンスの上にドタッとしりもちをついて、マイケルはのけぞって大笑い。文字通りの大爆笑よ。「彼はいつもグループで一番小さい人に向かっていくんだよ」彼は笑って、笑って、笑い転げて。それはおかしな体験だった。


ネバーランドの映画館にも行ったんだけど、そこには客席の左右どちらかの後ろの方に、病院にあるようなベッドを置いた、ガラス張りの部屋があった。マイケルが座ることが好きだった場所なのか、あるいはゲスト向けだったかどうかは、わからなかったけど。


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そんなことがあってしばらくして、私たちが脚本を書き終えたとき、マイケルから電話があった。そのときは、当時のボーイフレンドのダニー・エルフマンが、からかって電話してると思ったの。それで、「やぁ、キャロライン。マイケル・ジャクソンだけど」という声を聞いた時、「こんにちは、マイケル」って、マイケルの声真似で答えたんだけど、そのあと「しまった!」って思って、本当にマイケルからだと気がついたの。彼は私が無意識に彼を茶化したことをわかっていたみたいだけど。とにかく、その後彼が何を言ったかまったく覚えていないのよ。話している間、顔から火が出そうで、汗びっしょりになってたから。


それが、あなたがマイケルと話した最後の時?


ええ。


彼のことが好きでしたか?


ええ、彼に魅了されたわ。彼は頬に小さい絆創膏を貼ってたのだけれど、それは本当に小さくて、私はそれについて空想をめぐらせたの…どうやって自転車のタイヤをふくらませるかご存じでしょう?あの絆創膏の下に、空気を入れるところがあって、それで彼の顔をふくらませるんじゃ…なんて想像したのね。私はこどもの頃、彼のファンだったんだけど、彼が年を重ねて、風変わりな道に行ってしまったあと、少し考えてみた。この人は本当に人間なのかなって。人々に取り囲まれることなく、家から出ることができない。そういうふうに生きるってどんな感じなのか、私たちの誰にも想像することはできないでしょう。彼は私たちに、どのように変装して普通の世界に出ていくか、話してくれた。それが大きな楽しみのひとつだ、ともね。それを聞いて哀しくなった、というわけではないけれど、それに近いものはあった。


彼と映画について話しましたか?


実際のところ、その話はほとんどできなかった。彼は私たちを案内して、ネバーランドを見せてくれたんです。


彼は『シザーハンズ』のファンだったと思うんですが。


ええ、彼は『シザーハンズ』が大好きでした。私が雇われたのも、そのおかげです。マイケルはエドワード・シザーハンズ(『シザーハンズ』の主人公)を自分で演じたいと思ってたんでしょうね。


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それで、何がプロジェクトに起こったのですか?


そうですね。私たちは、脚本を仕上げて出しました。アントンは嫌がったのですが。私が「大人になってよ、アントン」と言ったのはその時です。彼に言いました、「なるようにかならないんだから、成り行きを見てるしかないのよ」と。アントンは不安でした。彼の初めての映画だったのです。映画会社に受け入れられるのには、どんな作品にすればいいのかわからなかった。あの頃は、映画会社が制作も行っていたのです。今は違いますけどね。いろいろなものが採用され、そこで手を加えられていました。でも、アントンはリハビリ施設に行く予定でした。彼はアルコール中毒だったと思います。一緒にディナーに行くでしょ。彼はメニューを見て、「ブランデーを」と頼むんです。そして、私たちの誰も気がつかなかったけど、彼はとても深刻なバリウム(精神安定剤)中毒でした。彼がバリウムに安堵を見出すようになったのは、スタンリー・キューブリックのせいです。アントンはそこから抜け出すことができなかった。


彼は、キューブリックとどの作品で一緒に仕事をしたんですか?


『フルメタルジャケット』に参加してます。ロンドンの中にベトナムを作って、彼は素晴らしい仕事をしました。


『シザーハンズ』は、あなたの最初の映画でした。それを書いたとき、ストーリーは計画通りに進みましたか?


話の大筋はわかっていたんです。自分が書きたいのは、ある社会に生きて、周囲から愛されていたのに、周囲が望むことをやらなくなったら、みんながそっぽを向いてしまった、そういう話だと、わかっていたのです。それが私の頭の中で進行していたストーリーです。私が、自分の知っている人たちをもとに、すべての登場人物を描いたのは、あの脚本だけです。ペグとビルのキャラクターは、両親を観察した結果です。エドワードは、当時買っていた、大好きな犬をもとにしています。人間みたいな声帯はないけれど、彼女は話せるような気がしたの。魔女のようなキャラクターは、『キャリー』のパイパー・ローリーをヒントにしました。


私がなんと言っても好きなのは、アラン・アーキンがやった人物ね。私の父は、ばからしいことを、さも大真面目な意味があるように言うのが大好きでした。撮影現場に行った時、アランアーキンは(演じている役について)よく理解できていないみたいだった。それで、私は父と自動車で走っていて、トランクを開けっ放しで運転している人を見た時の話をしたんです。私が「見て、あの人、トランク開けっ放しよ」と言うと、父は、「いいか、世の中には一生トランクを開けっ放しにしておく人がいるのだ」と言ったの。


ただ、ティム(バートン)はすごくストレスを感じて、疲れきっていた。私が撮影現場にいると、余計にストレスを感じてしまうみたいで。それで、その後も、私たちはあまり親しくはなりませんでした。ある時まで、仕事は一緒にしましたが、友情は生まれなかった。とにかく、私の脚本家としてのキャリアの中で、『シザーハンズ』は最初から筋ができていた唯一の作品です。私は、頭にあることを、ただ文字にしていけばよかったんです。


わかりました。あなたは、最初の小説『First Born』について、何か話すことができますか?


そうですね。私の最初の夢は小説家になることで、書く題材を探し回っていました。そして、私は常に郊外に魅了されていたんです。『シザーハンズ』は、『First Born』の穏やかなバージョンです。私の母が本当にトゥレット障害を持っていたのかどうかわかりません。でも、彼女は心に浮かんだことは何でも口にしてしまうのです。彼女は、きちんとした計画のもとに親になることを推奨していて、妊娠中絶には賛成の立場をとっていました。私の21歳の誕生日に、言いました。「1956年に中絶が合法じゃなくてほんとによかったわ。もしそうだったら、あなたはここにいないもの」って。


すばらしい!そのとおり。ですよね。


でしょう!だから、ハッピーバースデー、というわけ。それで、私は日記形式の19世紀後半の恐怖小説がずっと好きでした、それで、妊娠中絶を受けて、中絶した子が返ってきた女性の目から、日記を書いたんです。中絶した子は生きていました。何年も経って、その子は母の元へ返る道を見つけます。彼女はそれを秘密にして、その子に夢中になり、その中絶したはずの子との秘密の生活をするようになるのです。


中絶されて、彼はちゃんとした子供に育つのですか?それとも、モンスターになる?


いいえ、誰かから吸い出されることには、ダメージが伴うに決まっていて、彼はしっぽのある、小人になってしまうのです。中絶反対の物語ではなくて、本当にブラックコメディの物語のつもりで書いたんです。


『Sewage Baby』(下水の赤ん坊)という題の、安っぽいホラー映画を見たことがあります。


ああ、それは見たいですね。


それは、下水道を通り抜ける中絶された赤ん坊の話で、赤ん坊は街に出て、人々を殺し始めるんです。たしか。


スゴいわね。それは見つけなくちゃ。誰もが、人生で少なくとも一回は、中絶された子のように感じることがあると思うんです。私はこの小説を20代前半で書きました。私はまだ「怒れる10代」の気分で、アメリカの郊外と、そこで起こっていることすべてに、怒りでいっぱいでした。ですからあの作品は、白人中流家庭ばかりの郊外で育つというのはどんなことか、についての私の解釈だったのです。


それは、『シザーハンズ』であなたが示したことと類似している?


ええ、『シザーハンズ』のコンセプトは、ある完全なパラダイスが、完全に恐ろしい場所に変わるということでした。こちらの方がさらなる分析がされているかも知れませんが、あの小説と同じ発想から生まれたものです。そして、両方の作品とも、『フランケンシュタイン』から大きな着想を得ています。『First Born』の最良の部分は、『ジェーン・エア』からもらいました。中絶された子が、兄の服を着てみるシーンです。一番よく書けた部分だと思います。でも、出版までの過程で、ひどくやる気を削がれました。出版社は恐がって出版しようとせず、題名を変えました。私は出版というのは、紳士のやるビジネスで、人を利用するなら、正々堂々と利用するのだと思っていました。でも実際は、ひどいやり方でだまし討ちにしたのです。それで、私はハリウッドに行きました。少なくとも、映画界の人は、正々堂々と人を利用するだろうと思って。


そして、ハリウッドはその本の版権に注目してくれた?


ええ。LAに入って来る大抵のものと同じく、ちょっとしぼみはしました。けれど、最初の作品をそこまで持って行けたのは、かなりなもんだと思います。変わった作品ですしね。ずっと後になって、ウィリアム・フリードキン(『エクソシスト』『フレンチコネクション』の監督)が映画化を希望しました。彼はすごく気味の悪い人だったので、私、プロデューサーに言ったんです。ビリー・フリードキンと、同じ部屋で二人きりにされるようなことがあるなら、このプロジェクトにはのらないって。ところが3度目のミーティングは、ビリーの家で行われ、それは真夜中で、私たちの他には誰もいなくて、彼はすごく恐くて。それで私は「どうでもいいわ」って言って、部屋を出たの。とにかく彼は気味悪いのよ。あと、彼の家には小さな子が、9歳の男の子がいて、ある部屋で寝てるんだけど、ビリーは、その子が5歳くらいの時に、自分の映画をすべて見せたって言ってたわ。5歳で『エクソシスト』見るなんて、きっとトラウマだわ。


まったく!


彼には、差し障りがあることなんてなかったのね。ハリウッドにいる多くの人がそうであるように。


(インタヴュー終了。翻訳はkumaさんにご協力いただきました)


このインタヴューでは、この映画の企画をしていたのが、いつ頃のことなのかよくわかりませんが、『シザーハンズ』が公開されたのは1990年で、話に登場するアントン・ファーストが亡くなったのは1991年なので、おそらく、彼女とマイケルのエピソードは1990年のことだと思います。






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by yomodalite | 2014-12-01 00:00 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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