Dancing the Dream の翻訳について

f0134963_00413578.jpg

マイケルが1992年に出版した『Dancing the Dream』の詩の翻訳をはじめてから、大分経っているのですが、まだまだ残っているものが多くて、ため息が出てしまいます。

もうずっと前に、この本の和訳本を見たとき、私はそこに納められた、澄んだ空気感のある美しい写真には魅せられたものの、「素晴らしい教えが紹介されている小冊子」のような絵や、そういった冊子をくださる方が好きそうな言葉にあふれているように感じ、特に「child」という言葉の多さにはちょっぴり辟易しました。

詩を読むまでもなく、当時、マイケルは口を開けば「こども」のことばかり言っていて、20代、30代の私には、それがとてもしんどかった。私は自分のことで精一杯だったし、マイケルの幼少時は、自分よりも明らかに幸せそうで、彼の言葉は、彼の音楽に比べて、純粋なのかもしれないけど、陳腐に思えたんですね。当時は。。

それが、そうではなかったと思いはじめたのは、彼の人生の最後を見てからです。

それまで敬遠していた詩の中から、自分に理解しやすいものから、翻訳を始めてみると、今まで見えていなかったことにたくさん気づいて、マイケルが大事にしていた「こどもっぽさ」の意味に驚きました。彼の「child」に抵抗がなくなったのは、自分が大人になったことも大きいのかもしれませんが、それ以上に、自分が、どれだけ「こども」で、マイケルがいかに「大人」だったかに気づいて愕然としたんですね。

マイケルの詩に限らず、英語詩の訳は、英語力だけでなく、日本語にするのは、むずかしく、ほとんど英語力のない私が言うのはおこがましいのですが、私が訳詩をするとき、気をつけているのは、英語詩には、日本人の自然な感覚にはない概念が大きく関わっています。

簡単に言えば、それは「God」と「神」の違いです。

日本で「神」と言うと、自然から感じられる「神秘的な雰囲気」をイメージします。私たちは、何年も時を経た樹木に畏敬を抱き、湧き出る水に恵みを感じて、それらに感謝したくなり、心が浄化されるように感じます。

これは、私たちの「内なる感覚」だと思います。

私たちは、この内なる感覚で「マイケルの表現」にも感動しているわけですから、そこには共通点があることも確かだと思いますが、マイケルが感じている「God」は、内なる感覚だけでなく、私たちの「外」にも存在しています。

Godは「世界の創造者」ですからね。

西欧は、科学も、文化も、なにもかもが、この「God」の解釈や、解明から生み出されているといってもいいのですが、英米で、マイケルがより激しく非難されたことで、そういった宗教感よりも、日本の穏やかな「神」の方が、マイケルの「God」に近いと思われる方も多いでしょう。でも、私は、私たちにはない「欠落した部分」を意識していたいと思っています。わかったと思うよりも、わからない部分を意識している方が、学べると思うからです。

私は特定宗教の信者ではないので、Godを信仰することの素晴らしさを説くことが目的ではありません。

また、いかなる「スピリチュアル」も信望していませんが、どんな信仰をもっている方にも偏見はもっていないつもりです。ただ、よく不満に思うのは、そこにある善悪や、正誤の規定、世界のシステムについての説明が、すべて「Human made」にも関わらず、「God」からだと錯覚させられることです。Godの言葉が完璧にわかるのは、God以外にないはずなのに。

スピリチュアルを説明した文章から、人の愚かさを感じたり、父の愚かさを説く、母の言葉から、母の愚かさを知るとか、言葉って、本当にむずかしいですね。

えっーーと、何をグダグダと書いているかというと、今日も、「なんちゃらchild」っていうマイケルの詩を訳していて、「またか」と思ったからなんですけどねw


(上記の要約:私が「神」と「God」の違いについて、しつこく言っているのは、マイケルがあまりにも「child」について何度も言ってるからで、それは彼の「God」のせいであり、私の宗教感ではないこと。英語詩は日本語詩みたいな感じで訳すと、日本語的にはしっくりするかもしれないけど、マイケルに限らず、英語詩は、日本語詩とちがって「内なる感覚」ではないし、、マイケルの詩は(歌詞ではないもの)韻を踏むよりも、MJ思想の方が重要だと思うので、散文的にしないと。。って言い訳です。)






[PR]
トラックバックURL : https://nikkidoku.exblog.jp/tb/23309556
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by Lalalu at 2014-11-20 10:55 x
お久しぶりです。
以前は「m」と名乗っていましたが
あまりにも単純で、怪しいので(笑)
こちらのHNに変えました。

私はあなたの考察はとても素敵だと思っています。
彼の内面に、とても寄り添っていて、繊細で。

彼のことを考えていると
優しい気持ちになるのと同時に
切なさも感じられて
その気持ちに、たまに心が悲鳴をあげてしまうこともあるでしょうけれど
このブログの一読者として、
あなたの綴られていく彼のタペストリーが
どんなものになっていくのか
今後も楽しみにしています。

剪定された街の街路樹に
冬の寒さに震えながらも、耐え忍ぶ力強さを感じます。
どうぞ、ご自愛くださいませ。

Commented by yomodalite at 2014-11-20 19:34
Wowーーーー!!!Lalaluさん、ありがとうございますぅーー!

とうとう、非公開じゃなくて、怪しいHNでもなく(笑)、素敵なHNで、コメント頂けて、すっごく嬉しいです。
今年のブログ経験の中で、ベストなぐらい嬉しい出来事です。

非公開コメントなのに、何度も曝したり、おかしな煽りをしてみたり、何度も気分を害されたはずなのに。。。

これから、もっと色々な話題で、おしゃべりさせてくださいね!
Commented by momosan at 2014-11-21 12:51 x
こんにちは!

素敵な記事!ありがとうございます。
いつもいつも丁寧にこしらえた文章「作品」を読んでいる気持ちになります。

「マイケルジャクソン」という言葉も記号的ワードとしては、「神」といい勝負(勝負するとこじゃないが)笑!
などと考えながら読みました。

あ、ランチ終わってしまう。。書き殴りで失礼します(^^)トホホ。
Commented by yomodalite at 2014-11-21 20:57
momosan、慌ただしいランチタイムに、ありがとーーーー!!!

Lalaluさんのコメント見たときもそう思ったんだけど、
momosanさんにも、お気遣いいただいたみたいで、なんか「ヤバっ」と思いました。

そんなに褒めていただくと、
どう返ししていいか困っちゃうという意味です(^^)テへへ。
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by yomodalite | 2014-11-20 00:56 | ☆Dancing the Dream | Trackback | Comments(4)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite