2014年 06月 20日
Among School Children[2]自分で訳してみる! |
by yomodalite
| 2014-06-20 13:44
| 文学
|
Comments(40)
あっ、あのぉ、みっちは女性の服のことは何も知らないのですが、(汗)
> old nun in a white hood ...
これはどう見ても、この学校の校長級の修道女でないと具合が悪いと思います。
なにしろノーベル賞受賞者で、アイルランドの議員でもあらせられる、大詩人を客に迎えて、説明をするのですから。(笑)
このhoodは、Cornetteのようなものであったという解釈はどうでしょうか。
http://en.wikipedia.org/wiki/Cornette
それと、
>老いたシスターからレダの娘のような肉体を思い浮かべた...
これは絶対ないと思います。はい。(笑)
レダの娘、すなわちトロイのヘレンでありますから、世界一の美女であります。そんな老修道女ごときから連想するようなものではありましぇん。(爆)
まあ真面目な話、ここはMaud Gonneの不幸な学校生活(無理解な教師に叱られたらしい)のことを思い出して、連想したのだと思います。
> old nun in a white hood ...
これはどう見ても、この学校の校長級の修道女でないと具合が悪いと思います。
なにしろノーベル賞受賞者で、アイルランドの議員でもあらせられる、大詩人を客に迎えて、説明をするのですから。(笑)
このhoodは、Cornetteのようなものであったという解釈はどうでしょうか。
http://en.wikipedia.org/wiki/Cornette
それと、
>老いたシスターからレダの娘のような肉体を思い浮かべた...
これは絶対ないと思います。はい。(笑)
レダの娘、すなわちトロイのヘレンでありますから、世界一の美女であります。そんな老修道女ごときから連想するようなものではありましぇん。(爆)
まあ真面目な話、ここはMaud Gonneの不幸な学校生活(無理解な教師に叱られたらしい)のことを思い出して、連想したのだと思います。
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>これはどう見ても、この学校の校長級の修道女でないと具合が悪いと思います。
私もキリスト教系の学校じゃないので、わからない部分は多いんですけど、小学生を教えているシスターでいいのでは? それに僧職以外の男性とは接しないということもありますし、女性校長だとしたら、余計に議員にペコペコするイメージないんですが。。Cornetteは、校長がかぶる帽子でしょうか。。私には、校長には、白いベールもフードもイメージなくて、わざわざ白いと言っているのは、まだその世界に間もないという意味合いで、それが、後年カトリックに入信したモードへの思いに繋がっていると想像したんですが。。これに関してご存知の方がおられましたら、ぜひ教えてくださいませ。
私もキリスト教系の学校じゃないので、わからない部分は多いんですけど、小学生を教えているシスターでいいのでは? それに僧職以外の男性とは接しないということもありますし、女性校長だとしたら、余計に議員にペコペコするイメージないんですが。。Cornetteは、校長がかぶる帽子でしょうか。。私には、校長には、白いベールもフードもイメージなくて、わざわざ白いと言っているのは、まだその世界に間もないという意味合いで、それが、後年カトリックに入信したモードへの思いに繋がっていると想像したんですが。。これに関してご存知の方がおられましたら、ぜひ教えてくださいませ。
>老いたシスターからレダの娘のような肉体を思い浮かべた...
そこは、みっちさん的には絶対ないでしょうしw、イェイツの性癖でもないと思うんですけどw、
なぜ、シスターといて、モードへの思いに繋がったかということなんですが、、モードは当時すでにカトリックに入信して、イェイツと同年齢なので、それで、老シスターからの連想が成り立つという意味です。レダのような肉体は、若き日のモードのイメージですよね。小学生も、案山子のような自分も、老シスターも、グラマラスな美女だったモードと、枯れてしまったモード、それらすべてが、かつてはみんな小学生だったのに。。という詩なのでは?
モードが後年カトリックに入信したっていう、私の知識が間違ってるのかな?
そこは、みっちさん的には絶対ないでしょうしw、イェイツの性癖でもないと思うんですけどw、
なぜ、シスターといて、モードへの思いに繋がったかということなんですが、、モードは当時すでにカトリックに入信して、イェイツと同年齢なので、それで、老シスターからの連想が成り立つという意味です。レダのような肉体は、若き日のモードのイメージですよね。小学生も、案山子のような自分も、老シスターも、グラマラスな美女だったモードと、枯れてしまったモード、それらすべてが、かつてはみんな小学生だったのに。。という詩なのでは?
モードが後年カトリックに入信したっていう、私の知識が間違ってるのかな?
はい、まあ色々な考え方があるということで。(笑)
みっちの調べた資料だけ、一応ご紹介しておきます。
http://snap.waterfordcoco.ie/collections/ejournals/119482/119482.pdf
これを読むと、1926年6月にYeatsがSt. Otteran's Schoolを訪問し、大いに感銘を受けたことが書かれています。
Yeatsを迎えたのは、修道院長(Mother Superior)Mother de Sales Lowryと、聖堂参事会会員CanonのPrendergast of Ballybricken他です。
この学校は、Mother de Sales Lowryが尽力して作ったものらしく、『モンテッソーリ教育』システムの採用が売りのようです。(「モンテッソーリ教育」はウィキペディアにもあります)
Mother de Sales Lowryは、わざわざシスターをロンドンまで送って、同システムの教育プログラムを受講させています。
彼女の写真が上記PDF文書の3ページ目に載っています。なかなか綺麗な方ですなぁ。(不謹慎-笑)
この訪問がくだんの詩のベースになっているんですが、非常に近代的な学校だったんですね。みっちの想像してたのとは、大分違いました。(驚)
みっちの調べた資料だけ、一応ご紹介しておきます。
http://snap.waterfordcoco.ie/collections/ejournals/119482/119482.pdf
これを読むと、1926年6月にYeatsがSt. Otteran's Schoolを訪問し、大いに感銘を受けたことが書かれています。
Yeatsを迎えたのは、修道院長(Mother Superior)Mother de Sales Lowryと、聖堂参事会会員CanonのPrendergast of Ballybricken他です。
この学校は、Mother de Sales Lowryが尽力して作ったものらしく、『モンテッソーリ教育』システムの採用が売りのようです。(「モンテッソーリ教育」はウィキペディアにもあります)
Mother de Sales Lowryは、わざわざシスターをロンドンまで送って、同システムの教育プログラムを受講させています。
彼女の写真が上記PDF文書の3ページ目に載っています。なかなか綺麗な方ですなぁ。(不謹慎-笑)
この訪問がくだんの詩のベースになっているんですが、非常に近代的な学校だったんですね。みっちの想像してたのとは、大分違いました。(驚)
Yeatsのこの詩を、涙目で読んでいます。
感動の涙、ではなくて、「わかんない!」の涙です(汗・・も出てます)
(1)を拝読したときには、目の前に緞帳が下りたようで、呆然として泣くことすらできなかったのですが、みっちさんのコメント拝読し、yomodaliteが訳してくださって、だんだん緞帳がカーテンとなり、さらにレースのカーテンになりかけ・・・って感じです。まだ、ぼーんやりとしか、この詩の姿が見えません。
そもそも、sheがモードだってことがわからないと、始まらないんですね。以下、私の「わからない!」の羅列です。
IIIの1~2行目は、
そこにいるこの子やあの子に顔に、私は(自分にも覚えがある)悲しみや怒りの衝動を見る
ってことかなぁ、と思いました。
また、And had that colour upon cheek or hair, は、
頬の色や髪の色に、その名残(そのあたりにいる水鳥の)を残すのだ
と思ったのですが、どうでしょう?
感動の涙、ではなくて、「わかんない!」の涙です(汗・・も出てます)
(1)を拝読したときには、目の前に緞帳が下りたようで、呆然として泣くことすらできなかったのですが、みっちさんのコメント拝読し、yomodaliteが訳してくださって、だんだん緞帳がカーテンとなり、さらにレースのカーテンになりかけ・・・って感じです。まだ、ぼーんやりとしか、この詩の姿が見えません。
そもそも、sheがモードだってことがわからないと、始まらないんですね。以下、私の「わからない!」の羅列です。
IIIの1~2行目は、
そこにいるこの子やあの子に顔に、私は(自分にも覚えがある)悲しみや怒りの衝動を見る
ってことかなぁ、と思いました。
また、And had that colour upon cheek or hair, は、
頬の色や髪の色に、その名残(そのあたりにいる水鳥の)を残すのだ
と思ったのですが、どうでしょう?
IVの
enough of that,のthatを、私はplumageだと思い、「羽を持っていた。豊かに」と考えたのですが、ここではあえて、「まあいい」となっているのでしょうか。私の理解が違っているような気も・・・。
Honey of generation had betrayed,
とはどういう意味でしょう?どちらの訳でも私にはわからないんです。
ぱっと見には、「子を産むという甘美な思いは打ち破られ」というふうに読めました。この節では、母にとっては子供を世に送り出すことは大変なことだ、っていうことが述べられているのでしょう?(ちがうかな?)
VIIの、
self-born mockers of man’s enterprise;
も、みっちさんの説明をお聞きして、この訳を拝読してもわかりませんでした。誰が、何を嘲笑するのか。man's enterpriseとは何なのか。
ふぇ~ん。(ここで再び、「泣き」が入っております)
enough of that,のthatを、私はplumageだと思い、「羽を持っていた。豊かに」と考えたのですが、ここではあえて、「まあいい」となっているのでしょうか。私の理解が違っているような気も・・・。
Honey of generation had betrayed,
とはどういう意味でしょう?どちらの訳でも私にはわからないんです。
ぱっと見には、「子を産むという甘美な思いは打ち破られ」というふうに読めました。この節では、母にとっては子供を世に送り出すことは大変なことだ、っていうことが述べられているのでしょう?(ちがうかな?)
VIIの、
self-born mockers of man’s enterprise;
も、みっちさんの説明をお聞きして、この訳を拝読してもわかりませんでした。誰が、何を嘲笑するのか。man's enterpriseとは何なのか。
ふぇ~ん。(ここで再び、「泣き」が入っております)
そして、以上のようなことが全部すっきりわかったとしても、
致命的なことに、私には、最後の節と、それまでの流れの繋がりがわからないのです。どうしよう・・・。
なんだか、大泣きしながら、当たり散らしているような気もするので、いったん席を離れ、気を落ち着けて、もう一度読み直してお便りしたいと思います。
失礼いたしました!
致命的なことに、私には、最後の節と、それまでの流れの繋がりがわからないのです。どうしよう・・・。
なんだか、大泣きしながら、当たり散らしているような気もするので、いったん席を離れ、気を落ち着けて、もう一度読み直してお便りしたいと思います。
失礼いたしました!
kumaさん、待ってました!
土台工事は終えてみたけど、この上に建てるものに関して、細かい部分の設計図くださいよ。親方ぁー! みたいな気分だったので、みっちさんや、kumaさんなど、英語巧者の方々に色々言ってもらえると助かります!
>sheがモードだってことがわからないと、始まらないんですね。
詩人の感性とはほど遠いイェイツと同世代の欧米人や、さらに異なる現代日本人への解説としては、一応あった方がいいと思ったけど、仮に、イェイツが発表したときに、誰もがモードのことを思い出すということが織込み済みだったとしても、別に、この詩を理解するうえで、必要条件じゃないよね。
登場人物が、小学生、老シスター、私(イェイツ)、教会の像に祈る人々、、でもいいんじゃない。
土台工事は終えてみたけど、この上に建てるものに関して、細かい部分の設計図くださいよ。親方ぁー! みたいな気分だったので、みっちさんや、kumaさんなど、英語巧者の方々に色々言ってもらえると助かります!
>sheがモードだってことがわからないと、始まらないんですね。
詩人の感性とはほど遠いイェイツと同世代の欧米人や、さらに異なる現代日本人への解説としては、一応あった方がいいと思ったけど、仮に、イェイツが発表したときに、誰もがモードのことを思い出すということが織込み済みだったとしても、別に、この詩を理解するうえで、必要条件じゃないよね。
登場人物が、小学生、老シスター、私(イェイツ)、教会の像に祈る人々、、でもいいんじゃない。
わたし、みっちさんからの、この学校が近代的な教育に熱心な学校という情報とか、kumaさんのコメントを見て、なんか「やる気」出てきた。でもって、♪Feelin Comes... Feelin' Come... Feelin' Come To Me… のイントロ来た(笑)
https://www.youtube.com/watch?v=Ts_tRQZhjQ0
>致命的なことに、私には、最後の節と、それまでの流れ…
だよね。。最後のダンスに繋げるために「Sex」を何とかしないとね。
不格好だけど、何本か柱を立てるように修正してみるので、またよろしくお願いします!
https://www.youtube.com/watch?v=Ts_tRQZhjQ0
>致命的なことに、私には、最後の節と、それまでの流れ…
だよね。。最後のダンスに繋げるために「Sex」を何とかしないとね。
不格好だけど、何本か柱を立てるように修正してみるので、またよろしくお願いします!
わ~い、kumaさん、お久しぶりです。('◇')ゞ
またまた、みっちの偏った意見を。(yomodaliteさん、済みません)
基本的に、Yeatsは何を見てもMaud Gonneに見え、何を考えてもMaud Gonneのことになる、という人だと思います。(笑)はい、その前提で、
>私は(自分にも覚えがある)悲しみや怒りの衝動...
このthat fitは、11、12行にある、GonneからYeatsが聞いた子供時代の『つらい叱責』や『悲劇』のことだと思います。つまり、「自分の」衝動ではなく、「Gonneの」衝動です。
>頬の色や髪の色に、その名残(そのあたりにいる水鳥の)を残す...
ここも水鳥の名残ではなく、YeatsはGonneの名残を見ていると思います。もちろんGonneが白鳥の娘であり、回りにいる子どもは、普通の水鳥です。それでも、Yeatsに彼女のことを思い起こさせるには十分で、Yeatsは物狂おしくなるんですね。
>enough of that,のthatを、私はplumageだと思い、「羽を持っていた。豊かに」と考えた...
ここはplumageを受けているのなら、enough of itではないでしょうか。
ちょっと長くなったので、また残りはいずれ。
またまた、みっちの偏った意見を。(yomodaliteさん、済みません)
基本的に、Yeatsは何を見てもMaud Gonneに見え、何を考えてもMaud Gonneのことになる、という人だと思います。(笑)はい、その前提で、
>私は(自分にも覚えがある)悲しみや怒りの衝動...
このthat fitは、11、12行にある、GonneからYeatsが聞いた子供時代の『つらい叱責』や『悲劇』のことだと思います。つまり、「自分の」衝動ではなく、「Gonneの」衝動です。
>頬の色や髪の色に、その名残(そのあたりにいる水鳥の)を残す...
ここも水鳥の名残ではなく、YeatsはGonneの名残を見ていると思います。もちろんGonneが白鳥の娘であり、回りにいる子どもは、普通の水鳥です。それでも、Yeatsに彼女のことを思い起こさせるには十分で、Yeatsは物狂おしくなるんですね。
>enough of that,のthatを、私はplumageだと思い、「羽を持っていた。豊かに」と考えた...
ここはplumageを受けているのなら、enough of itではないでしょうか。
ちょっと長くなったので、また残りはいずれ。
はい、不評を物ともせず、みっちの偏見はまだまだ続く。(笑)
>Honey of generation had betrayedとはどういう意味でしょう?
たしかに難しいですねぇ。(汗)この第5スタンザは難関です。
"Honey of generation"については、Yeats自身がコメントを残しています。ポルピュリオスPorphyryの"The Cave of the Nymphs"というエッセイから採ったんだそうです。英訳はここにあります。
http://www.tertullian.org/fathers/porphyry_cave_of_nymphs_02_translation.htm
これが高松センセのいうトマス・テイラーの英訳のことです。
で、意味ですが、ずばり『性交への願望』でしょう。(汗)
それが『裏切る』とは、必ずしも望んではいないのに、赤子を授かるからだと思います。
a shape upon her lapからAs recollection or the drug desideまで、すべて赤ん坊の描写ですね。
赤ん坊が暴れるのを、生まれる前の前世の記憶によるとしているようです。占星術、神秘主義の思想です、drugはwineのことらしいですが、定かでない。神秘主義への傾倒は、Yeatsのもう一つの危ない面であります。
>Honey of generation had betrayedとはどういう意味でしょう?
たしかに難しいですねぇ。(汗)この第5スタンザは難関です。
"Honey of generation"については、Yeats自身がコメントを残しています。ポルピュリオスPorphyryの"The Cave of the Nymphs"というエッセイから採ったんだそうです。英訳はここにあります。
http://www.tertullian.org/fathers/porphyry_cave_of_nymphs_02_translation.htm
これが高松センセのいうトマス・テイラーの英訳のことです。
で、意味ですが、ずばり『性交への願望』でしょう。(汗)
それが『裏切る』とは、必ずしも望んではいないのに、赤子を授かるからだと思います。
a shape upon her lapからAs recollection or the drug desideまで、すべて赤ん坊の描写ですね。
赤ん坊が暴れるのを、生まれる前の前世の記憶によるとしているようです。占星術、神秘主義の思想です、drugはwineのことらしいですが、定かでない。神秘主義への傾倒は、Yeatsのもう一つの危ない面であります。
さらに続く。(笑)
>誰が、何を嘲笑するのか。man's enterpriseとは何なのか...
尼僧は神にすがり、母は息子に傾倒する。しかし、天なる神は期待するほど慈悲に満ちていない、息子は母の思うほどハンサムでも立派でもない。(笑)こうした偶像への期待は、何ものも生み出さない。人の所業をあざ笑うmock、という訳ですね。ここで、カソリックの偶像信仰を批判するのはともあれ、なぜ息子が?ということですが、これもGonneのことが念頭にあると見ます。(笑)
Maud Gonneの息子はSeán MacBrideってえ、ノーベル平和賞ももらった立派な人なんですが、Maudとは政治的なスタンスに温度差があったと見ます。SeánはYeatsがこの詩を書いた頃、アイルランドの政治家Éamon de Valeraの秘書だったんですが、MaudはÉamonのことを過激さが足りない(汗)と考えていたようです。
>誰が、何を嘲笑するのか。man's enterpriseとは何なのか...
尼僧は神にすがり、母は息子に傾倒する。しかし、天なる神は期待するほど慈悲に満ちていない、息子は母の思うほどハンサムでも立派でもない。(笑)こうした偶像への期待は、何ものも生み出さない。人の所業をあざ笑うmock、という訳ですね。ここで、カソリックの偶像信仰を批判するのはともあれ、なぜ息子が?ということですが、これもGonneのことが念頭にあると見ます。(笑)
Maud Gonneの息子はSeán MacBrideってえ、ノーベル平和賞ももらった立派な人なんですが、Maudとは政治的なスタンスに温度差があったと見ます。SeánはYeatsがこの詩を書いた頃、アイルランドの政治家Éamon de Valeraの秘書だったんですが、MaudはÉamonのことを過激さが足りない(汗)と考えていたようです。
みっちさん、まるでアリストテレスみたいで、スゴいっす。
そんなスピードで鞭を入れられても、駄馬なので早く走れないんですけどぉ(笑)
kumaさん、とりあえず(3)の1~2行目を修正しました。And had 〜、(4)のAnd had that colour 〜はそのままです。また、Honey of generation had betrayed ここは、みっちさんも難しいとおっしゃるぐらい難しいのですが、最初のコメで言ったように「Sex」をなんとかしないと、最後の行がイマイチなんですよね。
それで、mitch Aristotélēs は、モードの息子を使って責め上がる論理を授けてくれているのですがw、
万物はすべて泡だというプラトン、King of Kingsを育てたアリストテレス、数学と音楽に秀でたピタゴラスのことを考えているイェイツは、その3人を統合して、King of Kingsよりも、もっと素晴らしい王様を想像し、“Abortion Papers” や “Slave to the Rhythm” で、悩んでいた私たちのKING OF POPの魂に近いはずだよね?
そんなスピードで鞭を入れられても、駄馬なので早く走れないんですけどぉ(笑)
kumaさん、とりあえず(3)の1~2行目を修正しました。And had 〜、(4)のAnd had that colour 〜はそのままです。また、Honey of generation had betrayed ここは、みっちさんも難しいとおっしゃるぐらい難しいのですが、最初のコメで言ったように「Sex」をなんとかしないと、最後の行がイマイチなんですよね。
それで、mitch Aristotélēs は、モードの息子を使って責め上がる論理を授けてくれているのですがw、
万物はすべて泡だというプラトン、King of Kingsを育てたアリストテレス、数学と音楽に秀でたピタゴラスのことを考えているイェイツは、その3人を統合して、King of Kingsよりも、もっと素晴らしい王様を想像し、“Abortion Papers” や “Slave to the Rhythm” で、悩んでいた私たちのKING OF POPの魂に近いはずだよね?
それから、man's enterprise も、Honey of generation had betrayed も難問なんだけど、私が今のままで一番ヤバいかも。。と思っているのは(8)スタンザの、
Labour is blossoming or dancing where
The body is not bruised to pleasure soul.
魂が喜びを感じているとき、体が傷つくことはなく
これ、、なんとかならないかな?
Labour is blossoming or dancing where
The body is not bruised to pleasure soul.
魂が喜びを感じているとき、体が傷つくことはなく
これ、、なんとかならないかな?
みっちさん、お久しぶりです!
「わからない!」とだだをこねる熊を助けてくださって、ありがとうございます。で、みっちさんは、やっぱり、電光石火というか、快刀乱麻というか、もうびっくりするくらい、素早く明快・・・yomodaliteさんがおっしゃるように、どうついて行ったらいいのかと、またまた涙目です。
おかげさまで、enough of thatの部分や、"Honey of generation"については、「そっかー」と自分なりに納得できました。betrayedが「望まない妊娠」を表す。それは、レダを連想させるものでもありますし、スタンザの最後の言葉にもうまく繋がっていくと思いました。
でも、今回はどうも「わからない」をこじらせてしまったみたいでw
(3)スタンザについては、まだ納得していないんです。
「わからない!」とだだをこねる熊を助けてくださって、ありがとうございます。で、みっちさんは、やっぱり、電光石火というか、快刀乱麻というか、もうびっくりするくらい、素早く明快・・・yomodaliteさんがおっしゃるように、どうついて行ったらいいのかと、またまた涙目です。
おかげさまで、enough of thatの部分や、"Honey of generation"については、「そっかー」と自分なりに納得できました。betrayedが「望まない妊娠」を表す。それは、レダを連想させるものでもありますし、スタンザの最後の言葉にもうまく繋がっていくと思いました。
でも、今回はどうも「わからない」をこじらせてしまったみたいでw
(3)スタンザについては、まだ納得していないんです。
>Gonneが白鳥の娘であり、回りにいる子どもは、普通の水鳥
というのはわかるのですが、その場合、that fit of grief or rage がGonneのものだとすると、3行目のsoはどういうふうにとればいいでしょうか。「彼女もそのようであっただろうか」というとき、その理由が、彼女、つまり白鳥の子もも水鳥たちの性質を共有しているから、というのが理由なら、soがGonneの特性であってはおかしいのではないかと思いました。
私は、For以下を、she stood so at that age の理由付けとしてとらえる、という前提で話しているのですが、それでいいでしょうか?
というのはわかるのですが、その場合、that fit of grief or rage がGonneのものだとすると、3行目のsoはどういうふうにとればいいでしょうか。「彼女もそのようであっただろうか」というとき、その理由が、彼女、つまり白鳥の子もも水鳥たちの性質を共有しているから、というのが理由なら、soがGonneの特性であってはおかしいのではないかと思いました。
私は、For以下を、she stood so at that age の理由付けとしてとらえる、という前提で話しているのですが、それでいいでしょうか?
それにしても、この詩が、YeatsとGonneのことをよくわかってないと理解できないということに、なんだか釈然としない気がします・・・なんて言ってるから英詩が読めないのかなぁ(がっくり)。
で、読めない私が言うのもなんですが、
Labour is blossoming or dancing where~
の部分、
「魂の喜びのために体が傷つけられるような場所では良い仕事は生まれない」ということでしょうか?
それは、「絶望から美が生まれることもなく、真夜中の灯油にかすんだ目から、本当の知恵は生まれない」のと同じように?
こんなんですからyomodaliteさん、Yeatsの魂と、私たちのKINGの魂が近いのかも、まだよくわからないんです(ぐっすん)。
絶望から美が生まれることもなく
かすんだ目から生まれた知恵は、真夜中の灯油から生まれたのではない
で、読めない私が言うのもなんですが、
Labour is blossoming or dancing where~
の部分、
「魂の喜びのために体が傷つけられるような場所では良い仕事は生まれない」ということでしょうか?
それは、「絶望から美が生まれることもなく、真夜中の灯油にかすんだ目から、本当の知恵は生まれない」のと同じように?
こんなんですからyomodaliteさん、Yeatsの魂と、私たちのKINGの魂が近いのかも、まだよくわからないんです(ぐっすん)。
絶望から美が生まれることもなく
かすんだ目から生まれた知恵は、真夜中の灯油から生まれたのではない
おや、第3スタンザで引っかかりましたか。
ここ、そんな問題ありましたっけ。
>For以下を、she stood so at that age の理由付けとしてとらえる...
これは全くそのとおりだと思います。
別に難しくとらなくて、素直に読めばいいんじゃないですか。
Gonneは白鳥の娘だから、いずれ成長すれば、その辺のアヒルの子なんぞの及びもつかぬ、美しさに輝くのですが(凄)、流石に幼い子供の頃はそこまでの差はなく、他の子供たちとそんなに変わらない。(頬や髪の色ね)だから、目前の子供たちの姿で、詩人は十分にGonneを思い起こすことが出来たのではないでしょうか。
ここ、そんな問題ありましたっけ。
>For以下を、she stood so at that age の理由付けとしてとらえる...
これは全くそのとおりだと思います。
別に難しくとらなくて、素直に読めばいいんじゃないですか。
Gonneは白鳥の娘だから、いずれ成長すれば、その辺のアヒルの子なんぞの及びもつかぬ、美しさに輝くのですが(凄)、流石に幼い子供の頃はそこまでの差はなく、他の子供たちとそんなに変わらない。(頬や髪の色ね)だから、目前の子供たちの姿で、詩人は十分にGonneを思い起こすことが出来たのではないでしょうか。
第8スタンザは肝心かなめのところですね。(愉)
みっちはクリスチャンではないので、本当の確信はないのですが、キリスト教的には、labourは単に苦痛なだけの労働ではなく、生きていく上で必須の義務を意味していると思います。
だから、労働というか人生とは、花がパッと咲くような、あるいは踊りに陶酔するような、そんな素晴らしいものなんだよ。そこでは、魂を喜ばせるために、体を傷つけるようなことはないし、己に絶望しては、美も生まれない、深夜まで灯油を灯して霞んだ目には、智慧は授からないのさ。
てな感じと違いますかぁ。
みっちはクリスチャンではないので、本当の確信はないのですが、キリスト教的には、labourは単に苦痛なだけの労働ではなく、生きていく上で必須の義務を意味していると思います。
だから、労働というか人生とは、花がパッと咲くような、あるいは踊りに陶酔するような、そんな素晴らしいものなんだよ。そこでは、魂を喜ばせるために、体を傷つけるようなことはないし、己に絶望しては、美も生まれない、深夜まで灯油を灯して霞んだ目には、智慧は授からないのさ。
てな感じと違いますかぁ。
kumaさん、みっちさん、色々とありがとうございます
予告どおり、不格好ですが、何本か柱を立てるように修正してみました!
もっとも大きく変えてみたのは、
(7)の最後、O self-born mockers of man’s enterprise; を、最初は、
人は性の営みによって生まれるのだと(神を)侮る人よ。
に変更したのですが、この際なのでw、さらに変えて、
ああ、自ら生んだことも、性の営みをも侮る人々よ
にして、最後に移動しました。
(8)の、Labour is blossoming or dancing where
The body is not bruised to pleasure soul.
最初は「苦労が花開き、心が躍るとき、肉体は傷つくことなく魂は喜ぶ」
に変更したのですが、(7)の変更に揃えて
「悦楽の花が開き、踊るとき、肉体は傷つくことなく魂は喜び」
blossoming、dancing、pleasure、body、music
brightenin、glance … そして、dancer from the dance?
(8)は、性の肯定という意味合いが重要ではないかと。。
不評な場合は取り消しますが、新案として提案してみました。
予告どおり、不格好ですが、何本か柱を立てるように修正してみました!
もっとも大きく変えてみたのは、
(7)の最後、O self-born mockers of man’s enterprise; を、最初は、
人は性の営みによって生まれるのだと(神を)侮る人よ。
に変更したのですが、この際なのでw、さらに変えて、
ああ、自ら生んだことも、性の営みをも侮る人々よ
にして、最後に移動しました。
(8)の、Labour is blossoming or dancing where
The body is not bruised to pleasure soul.
最初は「苦労が花開き、心が躍るとき、肉体は傷つくことなく魂は喜ぶ」
に変更したのですが、(7)の変更に揃えて
「悦楽の花が開き、踊るとき、肉体は傷つくことなく魂は喜び」
blossoming、dancing、pleasure、body、music
brightenin、glance … そして、dancer from the dance?
(8)は、性の肯定という意味合いが重要ではないかと。。
不評な場合は取り消しますが、新案として提案してみました。
上記から、さらに修正してみました。この上のコメントで言い忘れましたが、labour は、仕事・労働というだけでなく「性の営み」を示唆する必要があると思ったので、とりあえず、blossoming に「悦楽の」を加えてみました。
不評かもしれませんが、自分的には(勘違いかもしれませんが)、結構イイところまで来たような気がするんですけど、、気のせいかな(笑)
それと、、この詩を、散文的に理解するには、
(1)→(3)→(2)→(4)→(7)→(5)→(6)→(8)
という順番で読んだ方がいいのかも。。
不評かもしれませんが、自分的には(勘違いかもしれませんが)、結構イイところまで来たような気がするんですけど、、気のせいかな(笑)
それと、、この詩を、散文的に理解するには、
(1)→(3)→(2)→(4)→(7)→(5)→(6)→(8)
という順番で読んだ方がいいのかも。。
またまたお邪魔します。
みっちさん、第3スタンザについて、アドバイスありがとうございました。
soについてだけは、まだ引っかかっているのですが(しつこいw)、だいぶ素直に読めるようになってきました。
そしてyomodaliteさん、ほんとに大変な訳業になっていて、お疲れ様です!
でも…でもですね、最後の2つのスタンザにおける、enterpriseやlabourに、私としては、性的な営みのニュアンスを読み取れないというのが正直なところです。
みっちさん、第3スタンザについて、アドバイスありがとうございました。
soについてだけは、まだ引っかかっているのですが(しつこいw)、だいぶ素直に読めるようになってきました。
そしてyomodaliteさん、ほんとに大変な訳業になっていて、お疲れ様です!
でも…でもですね、最後の2つのスタンザにおける、enterpriseやlabourに、私としては、性的な営みのニュアンスを読み取れないというのが正直なところです。
第7スタンザについて、私の今のところの理解は、
修道女も母たちも、母子像を崇拝する
しかし、ろうそくに照らされている母子像は母親の楽しい空想を満たしてくれるものではなく(つまり現実の母子関係は、母子像のようにはいかないから)
大理石に刻まれた静かな像である
それでも、人の心を乱すことに変わりはない。
(なぜなら)母子像は、情熱や信仰や愛情を表す存在であり
聖なる栄光の象徴でもあるが、
そのことは自然に、人間の営み(つまり現実の母子関係)をあざ笑うことになるからである。
みたいな感じなんです。うーーーん、何度読んでもこの詩、難しいですねぇ。
修道女も母たちも、母子像を崇拝する
しかし、ろうそくに照らされている母子像は母親の楽しい空想を満たしてくれるものではなく(つまり現実の母子関係は、母子像のようにはいかないから)
大理石に刻まれた静かな像である
それでも、人の心を乱すことに変わりはない。
(なぜなら)母子像は、情熱や信仰や愛情を表す存在であり
聖なる栄光の象徴でもあるが、
そのことは自然に、人間の営み(つまり現実の母子関係)をあざ笑うことになるからである。
みたいな感じなんです。うーーーん、何度読んでもこの詩、難しいですねぇ。
はい、第7スタンザ、みっちの読み方はこうです。
尼僧たちも母親たちも、イメージ(幻)を崇拝します。
その幻とは、尼僧たちはイエス像、母親たちは息子が対象です。
蝋燭に照らされる像(すなわちイエス像)は、母親の夢想を具現化する幻(息子像)とは違って、大理石やブロンズで出来ています。だから動かないし、むろん口も利かない。
しかし、そうした大理石・ブロンズ像も、息子がその行動で母親を悲嘆に陷れるのと全く同様に、尼僧たちを悲嘆に陷れるのです。(イエス像に頼っても現世の救済は得られない)
おお、存在者たち(イエスと息子を総称してこう呼ぶ)よ、それらは愛と、信仰と、情愛が認めたもの、
そして、全ての天の栄光を象徴するものよ。
それらは、自ら独力で生まれいでたと錯覚し、人が営々と築いた努力をあざ笑うものなのだ。
高松センセの注釈では、イメージの対象を、母親の場合は息子でなく、「自分の赤児」としてますね。まあ、でもみっちは、息子と限定したほうが、分かりやすい気がします。
尼僧たちも母親たちも、イメージ(幻)を崇拝します。
その幻とは、尼僧たちはイエス像、母親たちは息子が対象です。
蝋燭に照らされる像(すなわちイエス像)は、母親の夢想を具現化する幻(息子像)とは違って、大理石やブロンズで出来ています。だから動かないし、むろん口も利かない。
しかし、そうした大理石・ブロンズ像も、息子がその行動で母親を悲嘆に陷れるのと全く同様に、尼僧たちを悲嘆に陷れるのです。(イエス像に頼っても現世の救済は得られない)
おお、存在者たち(イエスと息子を総称してこう呼ぶ)よ、それらは愛と、信仰と、情愛が認めたもの、
そして、全ての天の栄光を象徴するものよ。
それらは、自ら独力で生まれいでたと錯覚し、人が営々と築いた努力をあざ笑うものなのだ。
高松センセの注釈では、イメージの対象を、母親の場合は息子でなく、「自分の赤児」としてますね。まあ、でもみっちは、息子と限定したほうが、分かりやすい気がします。
kumaさん、みっちさん、ありがとうございます。
自分の思い込みからか、理解するのに時間がかかっています。
少し質問したいのですが、
>おお、存在者たち(イエスと息子を総称してこう呼ぶ)
O Presences が、イエスと息子というのがわからなくて、、これは、その前でも言われているイエス像と母子像という意味ではなく、生きているイエスと息子ですか?
ここが私には理解できなくて「存在者たち」… O Presences は、三位一体という教義でもあり、そこからさらに信者におもねって創った偶像でもあると思いますが、、、
と、まだ、その一点でつまづいているところなのですが(7)に関して、中途半端ですが、修正してみました。
自分の思い込みからか、理解するのに時間がかかっています。
少し質問したいのですが、
>おお、存在者たち(イエスと息子を総称してこう呼ぶ)
O Presences が、イエスと息子というのがわからなくて、、これは、その前でも言われているイエス像と母子像という意味ではなく、生きているイエスと息子ですか?
ここが私には理解できなくて「存在者たち」… O Presences は、三位一体という教義でもあり、そこからさらに信者におもねって創った偶像でもあると思いますが、、、
と、まだ、その一点でつまづいているところなのですが(7)に関して、中途半端ですが、修正してみました。
おやおや、なかなか議論が、かみ合いませんねぇ。
少し凍結して、時間を置いたほうがいいかもしれません。
一応、質問されたことに、ご返事しておきます。
>その前でも言われているイエス像と母子像と...
みっちは、イエス像と息子像という解釈です。
高松センセは、イエスと自分の赤児説ですね。
キリスト教の教義に、Presenceという言葉はないと思います。
ここは、わざと宗教色のない単語を選んで、イエス像と息子像の両方を指し示す言葉に使った、と解釈します。ちなみに、高松センセは、『特定の神に呼びかけるのを避ける』と表現されてますね。
ここでいったん切ります
少し凍結して、時間を置いたほうがいいかもしれません。
一応、質問されたことに、ご返事しておきます。
>その前でも言われているイエス像と母子像と...
みっちは、イエス像と息子像という解釈です。
高松センセは、イエスと自分の赤児説ですね。
キリスト教の教義に、Presenceという言葉はないと思います。
ここは、わざと宗教色のない単語を選んで、イエス像と息子像の両方を指し示す言葉に使った、と解釈します。ちなみに、高松センセは、『特定の神に呼びかけるのを避ける』と表現されてますね。
ここでいったん切ります
続きです。
あと、『passion, piety or affection knows』は、関係代名詞thatを介して、『O Presences』にかかります。
『that all heavenly glory symbolise』はこれで独立しており、『O Presences』と並列される関係と取ります。
高松センセは、ここを、『That は53行目のPresencesにかかる関係詞の目的格。55行目のthatも同じく関係詞だが、こちらは主格』と明確ですね。
なお、詩文の表現上は特に現れてこないのですが、この『息子を溺愛する母親』というのは、キリスト教のマドンナ/イエスのいわゆる母子像の、不埒なパロディであると思います。
Yeatsってのは、とっても皮肉な奴ですね。
あと、『passion, piety or affection knows』は、関係代名詞thatを介して、『O Presences』にかかります。
『that all heavenly glory symbolise』はこれで独立しており、『O Presences』と並列される関係と取ります。
高松センセは、ここを、『That は53行目のPresencesにかかる関係詞の目的格。55行目のthatも同じく関係詞だが、こちらは主格』と明確ですね。
なお、詩文の表現上は特に現れてこないのですが、この『息子を溺愛する母親』というのは、キリスト教のマドンナ/イエスのいわゆる母子像の、不埒なパロディであると思います。
Yeatsってのは、とっても皮肉な奴ですね。
原詩では、nunsがworshipするimageと、mothersがworshipするimageと書かれているだけです。
ですから、それ以降は、われわれ読者の『想像』でしかありません。(笑)
だがまあ、nunsの方は、キリスト像か、十字架か、まあマドンナか、あるいはピエタかも知れない、そのあたりでしょう。
mothersの方が問題で、そんなに崇拝するものなんてあるのか?、ということになるのですが、自分の子供のことと取る理由は、第5スタンザです。
ここでは、あんなに慈しんで育てた息子が、見るも無残な老境になっているのをみたら、がっかりしないだろうか、と揶揄するようなニュアンスの表現になっています。
むしろ、みっちは、『母子像』というのがよく分からないです。どこから母子像なんて出てきたんでしょう?
ですから、それ以降は、われわれ読者の『想像』でしかありません。(笑)
だがまあ、nunsの方は、キリスト像か、十字架か、まあマドンナか、あるいはピエタかも知れない、そのあたりでしょう。
mothersの方が問題で、そんなに崇拝するものなんてあるのか?、ということになるのですが、自分の子供のことと取る理由は、第5スタンザです。
ここでは、あんなに慈しんで育てた息子が、見るも無残な老境になっているのをみたら、がっかりしないだろうか、と揶揄するようなニュアンスの表現になっています。
むしろ、みっちは、『母子像』というのがよく分からないです。どこから母子像なんて出てきたんでしょう?
えっー、あのぉ、純金の無垢でできた息子像です。(嘘)
はい、真面目な話、第7スタンザの2行目から4行目までの表現から、nunsの崇拝する像とは違って、mothersの崇拝する像は、生き身の血の通った人間であることが、想像できます。
それで、息子の理想像イメージ、と取ったわけです。
はい、真面目な話、第7スタンザの2行目から4行目までの表現から、nunsの崇拝する像とは違って、mothersの崇拝する像は、生き身の血の通った人間であることが、想像できます。
それで、息子の理想像イメージ、と取ったわけです。
純金じゃないんだぁ(笑)
>イエス像と息子像という解釈です。
これは、「イエスのイメージと息子のイメージ」という意味だったんですね。。ふむぅ。。ようやくスタートラインに立った感じです。そうすると、
>おお、存在者たち(イエスと息子を総称してこう呼ぶ)
これは、イエスのイメージと息子のイメージではなくて、
実在のイエスと、息子(赤子)ですか?
>イエス像と息子像という解釈です。
これは、「イエスのイメージと息子のイメージ」という意味だったんですね。。ふむぅ。。ようやくスタートラインに立った感じです。そうすると、
>おお、存在者たち(イエスと息子を総称してこう呼ぶ)
これは、イエスのイメージと息子のイメージではなくて、
実在のイエスと、息子(赤子)ですか?
>実在のイエスと、息子(赤子)...
まあ、イエスが実在したか?というのも、大問題なんですが。(笑)
それはそれとして、ここでは信仰の対象としてのイエス像(概念)でしょうねぇ。
ブロンズや大理石でできた固い像のことではないと思います。それらが象徴する信仰の対象物そのものと取ります。
まあ、イエスが実在したか?というのも、大問題なんですが。(笑)
それはそれとして、ここでは信仰の対象としてのイエス像(概念)でしょうねぇ。
ブロンズや大理石でできた固い像のことではないと思います。それらが象徴する信仰の対象物そのものと取ります。
>イエス像(概念)でしょうねぇ。
そうすると、「存在者たち」という訳は変ではないですか?
>それらが象徴する信仰の対象物そのものと取ります。
この「対象物」とは、大理石やブロンズでできた像のことでは?(笑)
そうではない「対象物そのもの」とは何でしょう?
そうすると、「存在者たち」という訳は変ではないですか?
>それらが象徴する信仰の対象物そのものと取ります。
この「対象物」とは、大理石やブロンズでできた像のことでは?(笑)
そうではない「対象物そのもの」とは何でしょう?
ブロンズや大理石でできた固い像が象徴する、信仰の対象物そのもの、それはもちろん神です。
神がmockerだなんて、すごく不敬なんですが、ここではそういう意味かと。
神は現世に救いをもたらさないと、そう言っていると解釈します。
神がmockerだなんて、すごく不敬なんですが、ここではそういう意味かと。
神は現世に救いをもたらさないと、そう言っていると解釈します。
みっちさん、ありがとうございます!
揚げ足をとっているように感じられたら、どうしよーと心配で、今コメントを書き直そうかと思ったところだったんですが、スッキリとした解答を頂いて感謝です。
>それはもちろん神です。
了解です。また、それなら「存在者たち」という人称を思わせる言葉や、複数形はわかりにくいと思います。
>神がmockerだなんて、、
に関してや、その他については、もう一度考えてみます。
揚げ足をとっているように感じられたら、どうしよーと心配で、今コメントを書き直そうかと思ったところだったんですが、スッキリとした解答を頂いて感謝です。
>それはもちろん神です。
了解です。また、それなら「存在者たち」という人称を思わせる言葉や、複数形はわかりにくいと思います。
>神がmockerだなんて、、
に関してや、その他については、もう一度考えてみます。
>また、それなら「存在者たち」という人称を思わせる言葉や、複数形はわかりにくいと思います...
Presencesと複数形になっているのは、しつこいくらい何度も書いてますが(笑)、尼僧たちにとっての『神』と母親たちにとっての『息子』の両方を指しているからです。
対象は『神』と『息子』ですから、人称を思わせるような日本語訳を当てるのは当然かと。
ちなみに、上記解釈はみっちだけの特殊なものではなくて(笑)、yomodaliteさん自身が紹介された高松先生の訳もニアリーイコールだと思います。(センセ、突然引き合いに出して申し訳ありません-笑)
Presencesと複数形になっているのは、しつこいくらい何度も書いてますが(笑)、尼僧たちにとっての『神』と母親たちにとっての『息子』の両方を指しているからです。
対象は『神』と『息子』ですから、人称を思わせるような日本語訳を当てるのは当然かと。
ちなみに、上記解釈はみっちだけの特殊なものではなくて(笑)、yomodaliteさん自身が紹介された高松先生の訳もニアリーイコールだと思います。(センセ、突然引き合いに出して申し訳ありません-笑)
おおこれは、すごい「大河」コメント欄になっていたのですね!
おふたりの議論をひたすら拝読するのみです。
ただ、母子像という言葉を持ち出してしまったのは私ではないかと、冷や汗が・・・。nunsが崇拝というところから、私は「聖母子像」を想像してしまったのです。でもそれだったら、マリアと幼子イエスはひとつの像になってるわけで、imagesとは言わないのかな。そこの誤解があったためか、わたしも、images → presences と考えてしまっていました。
失礼しました。
おふたりの議論をひたすら拝読するのみです。
ただ、母子像という言葉を持ち出してしまったのは私ではないかと、冷や汗が・・・。nunsが崇拝というところから、私は「聖母子像」を想像してしまったのです。でもそれだったら、マリアと幼子イエスはひとつの像になってるわけで、imagesとは言わないのかな。そこの誤解があったためか、わたしも、images → presences と考えてしまっていました。
失礼しました。
kumaさん、コメントありがとうございます!
>nunsが崇拝というところから、私は「聖母子像」を想像してしまったのです。
nunsとmothers が崇拝し、蝋燭に照らし出されている「images」なら「聖母子像」を想像しますよね。これは、marble or a bronze で出来ている。
蝋燭に照らされる像(イエス像)を見て、普通の母親は「息子」を思わないでしょう
>わたしも、images → presences と考えてしまっていました。
私もそう思います。私にはまだ、みっちさんが言われるイエスから息子、存在者たち=イエスと息子が理解できないので、もうしばらく考えたいと思います。
>nunsが崇拝というところから、私は「聖母子像」を想像してしまったのです。
nunsとmothers が崇拝し、蝋燭に照らし出されている「images」なら「聖母子像」を想像しますよね。これは、marble or a bronze で出来ている。
蝋燭に照らされる像(イエス像)を見て、普通の母親は「息子」を思わないでしょう
>わたしも、images → presences と考えてしまっていました。
私もそう思います。私にはまだ、みっちさんが言われるイエスから息子、存在者たち=イエスと息子が理解できないので、もうしばらく考えたいと思います。
息子像と、存在者たちに、引っかかって、なかなか理解できなかったのですが、6-18 12:52 のみっちさんの訳については、概ね理解できたので、修正しました。
最後の「それらは、自ら独力で生まれいでたと錯覚し、人が営々と築いた努力をあざ笑うものなのだ」ですが、最後の行を「それらは」で繋げてしまうと、意味が逆のように思えてしまって、、、引きつづき考えてみます。
最後の「それらは、自ら独力で生まれいでたと錯覚し、人が営々と築いた努力をあざ笑うものなのだ」ですが、最後の行を「それらは」で繋げてしまうと、意味が逆のように思えてしまって、、、引きつづき考えてみます。

