マイケルとハワード・ヒューズ[1]ジョン・キーツ著『ハワード・ヒューズ』

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マイケル・ジャクソンの死後、父であるジョー・ジャクソンは、CNN「ピアース・モーガン・トゥナイト」のインタヴューで、息子はハワード・ヒューズのように扱われてきた。と語ったそうです。






また、MJの死後、彼との対話を出版したユダヤ教のラビは、彼の死は単なる個人の悲劇でなく、アメリカの悲劇である。と言い、その対話本の中でマイケルは、

ハワード・ヒューズは自分の所有するホテルの最上階にいるって、みんなが言ってた。そのフロアにずっといて下りてこない。暗がりの中、部屋の隅っこのベッドにいて、爪や髪をこんなに長く伸ばして、点滴に繫がれてるってね。

そんな感じで、脳はおかしな考えを色々かき集めて、とんでもない話しを作り上げる。僕はそういうのが大好きだから、ハワード・ヒューズのことも大好きなんだ。彼は大きな仕掛けをしたからね。僕にとって、彼はある意味、先生なのかもしれない。こんなことを話すのは、初めてなんだけど、ハワードのことが大好きなんだ。彼は天才だよ。人を操る術っていうか、彼はみんなが興味を持ってしまう方法を知っていて、P. T. バーナムもそういったことが得意だった。

と、語っていました。

多くの日本人にとっても、ヒューズのアメリカでの絶大な存在感については想像しにくいとは思いますが、父の事業を10代で引き継いで実業家として大きく拡大させ、「地球の富の半分をもつ男」「資本主義の権化」と評されるほど、20世紀を代表する億万長者となった人物。


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長身のハンサムで、何人ものスター女優と浮き名を流しただけでなく、自分の映画の主演女優をも発掘し、ハリウッド黎明期の名作に監督・プロデューサーとしても名を残した。また、世界一の飛行機を創る会社を経営しただけでなく、自らも飛行機乗りとして世界記録をつくった。そんなヒューズのことを、MJのような「超人志向」の男が目標としたのは、不思議ではないかもしれません。


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彼がヒューズのような偉大な男になりたいと思っていたのは、少年時代より幾分落ちついた人気と評価の中にいて、新生マイケル・ジャクソンとして、自分の今後の戦略を練り上げていた、ジャクソンズを解散する前ぐらいのことなんでしょうか。

しかし、それを語った2000年前後、彼はすでに億万長者になっただけでなく、ヒューズが経験した以上の有名税を払ってきたはずです。それなのに、父が名声による悲劇的人物として名を挙げたヒューズを、当時もMJは「大好き」「先生」だと言い、ヒューズと同じような天才として、P.T.バーナムをあげていた。。。

この人物も日本では知名度が低く、調べにくい人物ではありますが、史上最大のサーカスを主催し、広告・宣伝の達人で、「バーナム効果」という心理現象にも名前を残したバーナムと、

秘密主義者で、マスコミ嫌いという印象のヒューズを、ともに「人心を操った偉大な人物」と考えている、MJ自身の「人心術」への興味から、米国で1967年に出版された本書を読んでみました。

下記は、2005年に書かれた「訳者あとがき」から、省略して引用。

1976年、非常な死亡記事によってハワード・ヒューズの名がニュースとして報じられたとき、多くのアメリカ人は、民間伝説の最後の英雄の死という受けとめ方をしたにちがいない。ヒューズを現代の悲劇の英雄に仕立て上げたものは、失われた個人主義への果てしないアメリカ人の郷愁である。

1968年のニューズウィークの表紙になったあと、それまでの14年間、人前に一度も姿を見せず、1枚の写真も撮られていなかった隠遁者が、まさに時の人のあつかいを受けた。それは、1967年末からヒューズが手がけた、有名な「ラスベガス乗っ取り」計画が明るみに出たあとのことだった。しかし、話題の人物ということであれば、半世紀前にアメリカの実業界にデヴューして以来、ヒューズはたえず、知名度ナンバーワンの生きた伝説上のアメリカ人だった。

ラスベガス乗っ取りも、『ヒューズ正伝』の贋作をめぐる一大ペテン劇も、とつぜんの死にまつわる数多くの逸話も、無数のヒューズ伝説に新たなエピソードをひとつふたつ添えたに過ぎない。本書の筆者、ジョン・キーツは1966年に付した「まえがき」のなかで本書をたんなる中間報告とよんでいるが、ヒューズの死後あわただしく刊行された数作の “ヒューズ伝” もふくめて、本書『ハワード・ヒューズ』が最もオーソドックスな風格を備えたすぐれたノンフィクションであることは、類書と読みくらべてみればおのずと明白だろう。

数々のエピソードのなかには、本書に納めきれなかったものもあるだろうし、その後も、数多くのエピソードが生産されてきた。まず、本書刊行後の最大の事件といえば、あれほど執着を示していたTWAの持株を、ヒューズが1966年に売却し、5億ドル以上の巨額の金を手中におさめたことだろう。筆者ジョン・キーツは、ヒューズが最大の夢を託していたTWAの実権を失ったことをさして “夢の終わり” といっている。そしてその予言どおり、ヒューズはTWAを去った。ヒューズが70歳の生涯を終えた後になって考えてみれば、キーツの言葉はたんなる中間報告ではなく、正しく的を射抜いた予言の言葉であったといえる。

本書はヒューズ陣営との激しいトラブルのあとに刊行された曰く付きの書である。自分自身のことに触れたあらゆる報道を極端に嫌ったヒューズは、本書の刊行以前にも何度となく出版物に関する問題をおこしていた。彼の死後はじめて、生前身近にいた人物たちによる評伝が刊行された事実だけをみても、その絶大な影響力が測り知れるだろう。絶対に出版しないという条件で、終生前払金をもらいつづけながら暮らす “幻のヒューズ伝” 作家さえいたということである。

あやるゆ妨害や起訴を覚悟の上で本書の刊行を決意したランダムハウス社の会長ベネット・サーフは、ヒューズ陣営との話し合いを拒絶し、筆者のジョン・キーツをはげましつづけた。ヒューズ陣営は事前の検閲を申し出たり、協力すればランダムハウス社を援助するといった話までもちかけたが、ベネット・サーフは「金儲けのためだけに出版事業をやっているのではない」とはねつけたという。

(引用終了)

この本のあと、様々な類書を読みましたが、「オーソドックスな風格を備えたノンフィクション」という評価に賛同します。本書で取り上げられたエピソードは「客観的事実」として認定されているもので、著者は感情を抑え、慎重に筆を進めていると思いました。

ただ、多くの評伝がそうであるように、枠を越えたような人物でも、枠におさめないと、物語としては完成しない。という「つまらなさ」も感じました。

ヒューズが出版を妨害した理由など、もちろん、私にわかるわけはないのですが、俗世間から姿を隠しつつ、巨大帝国を支配し、“ラスベガス乗っ取り” を開始した1967年の前年に出版されるというタイミングも影響したのでしょう。

残念ながら、本書からは、マイケルが言った「ヒューズがした大きな仕掛け」はあまり感じられませんでしたが、ただ、ヒューズが書かれることを強く拒否していた気持ちは、MJにはよく理解できたのではないでしょうか。

おそらく、それは、プライヴァシーの侵害という以上に、常にまだこれからだ。と思い続ける人間にとって、客観化という作業は、凡人が納得するための物語でしかなく、

世界一という高みからの風景を一度も見ることなく、俯瞰しているつもりになっている文章家の貧弱な空想力の中で主人公にさせられることが耐えられないからではないでしょうか。

並外れた読書家だったマイケルは、歴史の本をよく読むけど、自分が描かれて来た経験から、歴史の本は信用できないとも語っていました。

歴史は繰り返すという、その歴史は、

歴史を変えようとはせず、偉人を「変人」や「病気」としてしか納得することのできない、多くの凡人によって書かれているからだ。ということは、私がマイケルへの熱狂から学んだことのひとつです。

ヒューズへの興味は、1966年に出版された本書が、2005年に再販されるきっかけとなった、映画『アビエイター』へと続きます。


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Commented by TOCCA at 2014-04-08 11:09 x
yomodaliteさん、お久し振りでございます。いつも造詣の深いMJ論、毎回楽しみにしています。勿論、ヒューズ本の紹介も参考にさせて頂きます。

MJへの熱狂というのは、ファンもさる事ながらアンチな人々も巻き込むので、私も不思議な気持ちで眺めてはいました。

MJの人々への「錯覚するマジック」とでもいいましょうか…ファンも自分が「世界一」になった気分で語る人が多いし、それが一般の人からは失礼にも値して理解されなかった部分もあるかとは思いますが、アンチの人もMJを批判して語った事による一流への錯覚があったりして、よくこんな状況下でMJは毎日過ごせてきたなあとも思います。

天才であるというのは、常に厳しい現実との戦いですよね。
Commented by yomodalite at 2014-04-08 20:53
TOCCAさん、お久しぶりです。コメントありがとうございます!

>天才であるというのは、常に厳しい現実との戦いですよね。

確かに。。スコセッシも、ラビ・シュムリーも、天才であるヒューズやMJをとても高く評価しつつも、彼らのプライドや、その才能がまた、彼らを壊すことになった。と言わざるを得ないんだけど、でも、MJやヒューズのような天才には、そんな平穏無事な暮らしの方が「死んでいる」ように感じられるんだろうね。

>MJを批判して語った事による一流への錯覚があったりして、

一番上から見れているのは、実際に「高みに登った」MJなのにねぇ。。
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by yomodalite | 2014-04-08 10:24 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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