まんがで読破「純粋理性批判」

純粋理性批判 ─まんがで読破─

カント/イースト・プレス

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数日前に行った、紀伊國屋グランフロント店で買った本。

世界の名作を30分から1時間程度で読めるように凝縮して、まんがで紹介されているという「まんがで読破」シリーズは、日頃、書名だけで、ネットで注文するか、図書館に予約することが多い私でも、実際に見てみたいと思ったので、久しぶりに書店で何冊か立ち読みしました。

その中から、「純粋理性批判」を選んだのは、『ホロコースト産業』という本の中で、著者であるフィンケルシュタインが、

賞賛を浴びたある回想録で、エリ・ヴィーゼルは、ブーヘェンヴァルト収容所から解放されて間もなく、18歳になったばかりのころに

「『純粋理性批判』を読んだ。笑わないでほしい。イーディッシュ語で、である」

と述べている。当時は「イーディッシュ語の文法などまったく知らなかった」とヴィーゼルも認めているが、それ以前の問題として、『純粋理性批判』のイーディッシュ語訳は1度も出ていないのだ。

と、書いていて、出版されてもいない本を読んだ。というヴィーゼルを嘘つきだと批判しているのはわかるものの、

1928年生まれのヴィーゼルは、15、16歳で収容所に送られ、18歳の頃は終戦から1年後ぐらい、ルーマニア出身のヴィーゼルが、その頃にイディッシュ語(ユダヤ語)を知らなかったことを、なぜ「笑わないでほしい。」と述べなくてはならないのか。など、その状況がつかめない部分は多いのですが、

でも、事実について議論しよう。という姿勢を貫いているフィンケルシュタインは、そうは言っていないものの、たぶん、自分が経験した(もしくは心からそう思った)から、それが真実だ。というような論法で、ホロコーストを語るヴィーゼルに、

おまえ、1度でも「認識」について考えたことがあんのかよ。

という批判をしているんじゃないかなぁと思って、そんなことから『純粋理性批判』のことが、気になっていたんです。

◎関連記事 マイケルと神について(4)エリ・ヴィーゼル Part 1

本書のプロローグは、

私たちは世界についてどれほどのことを知りうるだろうか?

私たちが存在するこの世界のこと 
そのはじまりと終わりーー

あるいは世界の背後に存在するかもしれない何者かのこと

そして「私」自身についてーー

カントもまた古代から人々が探求し続けたこの問いに答えようとしたひとりであった

私たちは何を知りうるのか?

で始まり、火星の有人宇宙船のニュースから、科学が発達しても、まだまだ人間にできないことがあることや、環境汚染、兵器の開発、クローン技術の応用などの科学技術の発展が進めば、人間は神になりうるのだろうか?という話題で盛り上がる高校生たちの元に、遅れて現れた地学教師、大崎正美は、さらなる難問、

神の存在証明は可能か?

と問いかける。人間に神様がいるかいないか科学的に証明するなんて、、科学には限界があるってことですか?と質問する高校生たちに、大崎先生は、

それは科学の限界というより「認識の限界」と言ったほうがいいわね。つまり私たち人間は「認識」することによって世界観を得ている。だけど「認識」には限界があると考えられていて、人間の認識能力について多くの哲学者や科学者が研究してきたことで、「認識論」という哲学のひとつの分野があり、

その認識論史で偉業を成し遂げたのが、カントで、その主著が『純粋理性批判』。

科学の話がどうして哲学の話になるのか?と問う高校生に、人間の住む世界の基本的な原理・方法などについて疑問をもち、それを解き明かそうとすること… それが哲学なの。

ここから、哲学にはふたつの基本課題があって、

ひとつは、なにが存在するのか?という「存在論」で、もうひとつが、なにを知りうるのか?「認識論」である。

という、おかっぱメガネの大崎先生の課外授業は、厚さ1㎝のマンガで『純粋理性批判』が、凝縮されていて、たったの580円。哲学を実感したい人には、これぐらい凝縮されていた方が、糸口がつかめるかも。。

◎『純粋理性批判』「まんがで読破」

同シリーズ内の本も何冊か立ち読みしたんですが、数日前に買ったばかりのヒールの高い靴でグランフロント内を散策し疲れて読んだ感じでは、、ニーチェの3冊は「うーーーん??」という感じで、「ブッダのことば(スッタニパータ)」と「武士道」と「葉隠」は違和感をバリバリと感じました。

出版社のサイトによれば、読みやすさでEASY, NORMAL, HARDに分類されていて、『純粋理性批判』はHARD。確かに、どれほど読みやすかったとしても、これを自分中で理解するのは難しいんですよね。日本は伝統的に神が存在しているか?という問いをしないものですから、その問いに明確な答えを出そうとして、あらゆる学問が発展しているということも、理解しようがない。

でも、スッタニパータがNORMALなのはまだわかるとして、ニーチェ本をNORMALで、物語にしてしまうと、話が違うという印象で、、

ダンテの神曲は、デビルマンを描いた永井豪作品の方がおすすめだなぁと思いました。

このシリーズは他にも読んでみたい本がいっぱいありましたが、ひとつ不満なのは、参考図書が書かれていないところかな。

◎「まんがで読破」シリーズ一覧
◎[Amazon]まんがで読破「純粋理性批判」


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by yomodalite | 2013-06-03 13:05 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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