隠されたヨーロッパの血の歴史/副島隆彦

隠されたヨーロッパの血の歴史

副島 隆彦/ベストセラーズ



本書は、今年の夏に出版された『隠された歴史ーそもそも仏教とは何ものか?』のヨーロッパ版でもあり『日本のタブー〈悪魔の用語辞典2〉』の続編とも言える書で、サブタイトルは「ミケランジェロとメディチ家の裏側」。

下記は、本書の「あとがき」から(省略して引用)

私が芸術家ミケランジェロの名前を知ったのは中学2年生のときだった。1968年だったから、あれから45年の年月が過ぎた。田舎の公立中学校の一学年全員が、九州の地方都市の繁華街の大きな映画館まで整列してゾロゾロと歩いて行った。『華麗なる激情』(原題:The Agony and the Ecstasy)という何とも言いようのない邦題のアメリカ映画だった。

ミケランジェロと、システィナ礼拝堂の天井壁画「天地創造」の制作を命じたユリウス2世の2人の友情と葛藤を描いていた。天井画は1512年に完成している。奇しくも丁度500年前だ。ミケランジェロが7年かけて描いた。この映画を45年ぶりにDVDで観て勉強になった。分からないことがたくさん分かった。

システィナ礼拝堂の天井画を、私は35年ぶりに今年見に行った。私にとっては巡礼の旅だ。ただし私は無垢で善意の巡礼者ではない。この世の大きな悪の本体に向かって突進する巡礼だ。自分の45年の年月をかけて、ようやく人類の歴史の全体像の理解に到達したと思った。そのことで1冊の本を書けた。よし、もうこれぐらいでいい、という気にもなった。

(引用終了)

下記は、本書の「塩野七生問題」という文章から。

この本がどういう本かということがわかる文章だと思ったので
省略して紹介します。(P226~234)


この本をたった2週間で書き上げなければならなくなった2012年8月末に、担当編集者が塩野七生著『ルネサンスとは何であったのか』を私に渡した。「参考にしてください」と言いながら。この他に『ルネサンスと地中海』樺山紘一も読むべきだと考えた。樺山紘一はヨーロッパ中世史の偉い学者で、ルネサンスの専門家だ。だが、この2人でさえ、ルネサンスのことを300年間ぐらい続いた文芸・芸術・美術運動だと考えている。

フィレンツェで繰り広げられた1439年から60年間の新プラトン主義(ネオプラトニズム)の人文主義者(ウマニスタ)たちの激しい思想運動のことそのものだったのだ、という自覚が半分ない。だから、私はこの2人を批判する。

塩野七生の本を私の友人たちが、20年ぐらい前によく読んでいた。それなりに立派な読書人たちである(知識人にはなれない)。『ルネサンスとは何であったのか』を急いで読んで、私はかなり勉強になった。偉大なるフリードリッヒ2世のことが詳しく説明されていて感動した。ルネサンスはこの抜群に面白いドイツ王と「アッシジの聖フランチェスコ」の2人から始まったのだ、という塩野が書いている聖フランチェスコについては、私はこの本では触れない。

塩野七生がフリードリッヒ2世をおおいに褒めている理由が私にはわかる。本当に偉大な人物だったと思う。彼はヨーロッパ皇帝でありながら、イスラム教徒と理解しあい、共感しあい、13世紀の当時の最高度の思想と学問の水準を持っていたイスラム世界を尊敬した。今の欧米白人学者たちからでさえ、“闇に葬られている” 人物に、塩野七生が2000年ぐらいから行きついていることが重要である。

ニーチェは『アンチ・クリスト』の中で、フリードリッヒ2世を “ずばぬけて偉大な人” と書き、塩野がこれからイスラム思想・世界に、自分の残りの人生を賭けて分け入ってこうとするのを、私は大歓迎し、応援したい。

それでも「塩野七生問題」というのはある。

私たち文科系知識人、本読み(歴史の本を買って読まない理科系を含めた99%の日本国民には無関係)100万人ぐらいに対して、塩野が日本語で書いた多くのイタリア本の意味と影響についてここらで考えなければならない。

『ルネサンスとは何であったのか』から(塩野の発言を)要約すると「自分は田中美知太郎、林健太郎、会田雄二ら大御所たちには認められたが、その後の西洋史学者、イタリア美術史学者、文化史学者たちからは、嫌われていじめられた。小林秀雄ら文壇・論壇の大御所からも冷遇され、いい思いはしなかった」と石原慎太郎に向かって言ったと書いている。

なぜ、塩野は日本の知識人の世界で、本人の主観としてはいい思いをしなかったのか?

彼女の本は80年代、90年代にたくさん売れた。それでも、塩野の評価は定まらない。女だからか?それもある。ヨーロッパ美術、オペラ声楽を専攻してイタリア留学する女性たちなど、良家の子女たちが、高度成長経済の日本を背景にして多く存在した。そういう女性のひとりとして、塩野は『ローマ人の物語』を15巻も書いた。

大不況が続くこの哀れな日本で、誰があんな分厚いどころか、何十冊もある本を読んで暮らせるというのか。塩野は学者であるのか、作家、あるいは評論家であるのか、と言う問題がある。彼女と同世代の日本の西欧史学者たちから、彼女は今も嫌われているだろう。彼らは勉強秀才であるが、凡才たちで、翻訳学者たちだろう。塩野は「自分の本はすべて歴史物語(イストワール)です」と始めから学者たちと棲み分ければよかったのだ。

ところが、塩野は作り話をしていない。歴史の事実を、人物像を出来るかぎり正確に描写して、歴史事実を慎重に扱っている。だから学者たちと仕事がぶつかってしまう。

私は彼女の日本語でのイタリア歴史の語り部として、文化、教養の取扱者としての才能を認める。彼女はそれなりに詳しく調べていえ、人物描写の鋭さもある。だが、それでも私が「塩野七生問題」と言うのは、彼女がエドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』をどう取り扱ったか、という1点に関わる。

私は主に中野好夫訳のこの『ローマ帝国衰亡史』の第一巻だけを読んだ。残り9巻は手が出なかった。人生の忙しさのために、そんな悠長な読書家人生などやっていられない。

あとは金森誠也氏の書いた『30ポイントで読み解く「ローマ帝国衰亡史」』を読んで済ませた。

塩野七生はギボンの大書『ローマ帝国衰亡史』が欧米世界での定評ある古代ローマ史の通史なのだから、それを正確に翻訳すべきだったのだ。私はギボンの本に日本人としての新発見をこのように付け加えたとして書くべきだったのだ。「塩野(独自の)古代ローマ史」というのを、外国人である塩野が、独自にやっていいことだとは私は思わない。

塩野はギボンだけでなく、何百冊と本場の文献に当たった、と言うだろう。だったら、せめてイタリアの3人ぐらいの大御所たちの著作から、主に学びましたと書くべきだったのだ。日本人学者には輸入学問しかできないのだ。

私は塩野の本の良い読者ではなかったし、あの大部の本を何冊も買ったような素朴な読書人階級ではない。私は古代ローマ帝国史と、今のアメリカ帝国史の百年間を、徹底的に自覚的に、両者を類推・比較して、その衰と亡をドギツく書いてきた。それを何十冊もの金融・経済、政治の評論本にして生活の糧にしてきた日本人である。だから、私も決してローマ史の門外漢(素人)ではない。

過去の人類史の諸事実のあれこれを手際良く上手に並べて書いて、それを次々に本にしました、というほど生易しい本づくりは、男にはできないんだ。塩野さん、ここを分かってくれ。

これは、作家がひとり、自分の名誉と生活費を求めてもがき苦しんで苦労して、100冊の本を書きました、というだけのことである。

このイタリア作家も、私もやがて死んでゆく。「作家があまりに長生きすると、読者の方が先に死んでゆく」(山本夏彦)のである。

あまり自著が読まれなくなって、そして次の時代と世代がやってくる。やはり塩野七生は歴史作家なのであって、歴史学者ではない。私はこう断定することで、この問題にはこれで片をつける。

(引用終了)

◎[Amazon]隠されたヨーロッパの血の歴史

☆参考記事

三島由紀夫bot ‏@MISHIMA_ESSAY
ニイチェの強さが私には永遠の憧れであっても遂に私には耐え得ない重荷の気がします。おそらくきょうは一人一人の日本人が皆ニイチェにならねばならぬ時かもしれません。 昭和十八年 東文彦宛書簡


◎「塩野七生が叩かれる理由」
◎「人生を語ろう、愛を語ろう!」瀬戸内寂聴 vs 塩野七生「現代ビジネス」対談〔前編〕
◎「どうやって死にましょうか」瀬戸内寂聴 vs 塩野七生「現代ビジネス」対談〔後編〕

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by yomodalite | 2012-11-22 10:53 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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