大山倍達の遺言/小島一志、塚本佳子

大山倍達の遺言

小島 一志,塚本 佳子/新潮社




遺言書をめぐって問題が起きるのは、それがお金の問題のようで、それだけとも言えないというか、遺族や関係者に与える影響の大きさは、故人の大きさに比例しているというのは、世界共通なのかもしれません。

大山倍達氏は肺がんの末期に、聖路加国際病院に入院し、当時側近だった梅田嘉明氏の提案によって遺言書が作成されました。これは「危急時遺言書」という特殊なもので、梅田氏(医師)、大西靖人(極真全日本大会出場者)、米津稜威雄(弁護士)、黒澤明(友人・映画監督とは別人)の5人が証人となり、その遺言書には、後継者は松井章圭と明記されていました。

これにより、松井新館長が誕生したのですが、この遺言状が、家族を病室から排除して作成されたものだったり、松井氏が当時31歳という若さだったことから、ほとんどが松井氏よりも年上である極真幹部からの反発を呼び、泥沼の分裂劇が始まるきっかけとなる。

小島一志氏と、塚本佳子氏による前著『大山倍達正伝』は、私がこのブログに始めて書いた本で、見た目の厚みに負けないぐらい重厚で、印象深い内容だったこともあり、それ以来、私は空手の経験もないのに、なぜか「極真魂」に目覚めてしまってw、うっかり本書も気になって読んでみました。

『正伝』では、小島一志氏と塚本佳子氏は、それぞれ独自取材による二部構成でしたが、本書は、すべての章の元原稿を塚本氏が担当し、そこに資料データを含め、小島氏が加筆するというスタイルになっています。

著者としての主張は出来るかぎり入れずに、事実のみを記すということ。すべての出来事は当事者、またはその関係者の言葉によって構成している。取材を依頼するなかで「当時のことは、もう思い出したくない」という声も多かったが、一部匿名希望があるものの、ほとんどの関係者は、当時そして現在の胸中を吐露してくれた。それぞれの立場によって正義が異なる以上、同じ出来事に対してまったく正反対の言葉が発せられることも少なくなかったが、極力平等に各人の意見を記している。

と、塚本氏による「はじめに」では書かれているのですが、読了後の印象としては「極力平等」という印象はあまり感じませんでした。というのも、晩年の大山氏と親しい関係にあったという小島氏は、大山氏の死後、いち早く「松井支持」を表明、本書執筆前から、反松井派とは絶縁状態にあったため、極真の分裂は、反松井派の陰謀による。という「結論」は、冒頭からすでに感じられます。

小島氏は、大山氏が「家族は極真の運営に関わらせない」と何度も語っていたこと。また後継者について「30代で、世界チャンピオンで、百人組手の達成者であること」という条件を出していたことも、関係者なら全員が知っているはずで、それら、すべてを満たしているのは、松井氏以外には存在しておらず、生前、大山氏が松井氏を寵愛していたことも誰もが知っている。ということを「松井支持」の正統な理由として述べています。

確かに、それは、異論の余地のない「正論」のように思えるのですが、本書で、極力平等というには、少し弱いのではないかと思ったのは、裁判で「遺言状」が無効になった理由に関してでしょうか。私は極真の内部事情など、知らないので、これは想像でしかありませんが、

大山氏の死後直後から、反松井派の勢いが増していったのは「遺言書の作成メンバー」への疑惑が大きかったのではないでしょうか。そして、裁判での「遺言書の無効」というジャッジにも、それと「同じ理由」が、大きく影響したのではないかと思います。

極真幹部たちは、松井氏の後継者指名には納得できるものの、遺言書の作成メンバーを考えたとき、彼らが糸を引くような体勢には賛成できない。要するに、遺言書作成メンバーがヤバ過ぎたんじゃないかと。。

私は、昨今のヤクザ壊滅への動きにも幾分同情し、戦後の在日社会の成り立ちや、その複雑さにも興味があるので「ヤクザ=悪」という単純図式で、格闘技や興行の世界を語りたくはありませんが、本書での、遺族や、三瓶氏、緑氏が、自らの利益のためだけで、矛盾行動を繰り返し、陰謀のかぎりを尽くしたという「描かれ方」には、若干の同情をかんじつつ読みました。

「おわりに」で、小島氏はこう述べています。(大幅に省略して引用しています)

まず何よりも最初に書いておきたい。今回の作品ほど執筆に苦痛が伴ったものは、過去になかった。自筆を「生業」のひとつにして、すでに30年近くになる。だが、今回の執筆は今まで味わったことのない多大な苦しみ、言い換えるならば、それは耐えられないほどの不快感、または怒りであり、さらには諦念との闘いそのものであった。しかも、それらは皆、自己嫌悪を私自身に強いていた。(中略)

私は30年以上、さまざまな立場で極真会館に関わってきた。当然、生前の大山倍達氏とも懇意にさせていただいてきた。恐れ多くも私の買いたてのマンションに宿泊していただいたこともある。午前八時に、時間ぴったりに大山氏から私の自宅への電話は、少なくとも週に3回以上で約4年間続いた。こういった大山氏を通した関係から、極真会館の支部長たちをはじめ、多くの関係者とのつきあいもかなり広い範囲におよんだ。(中略)

彼らが突然、敵味方に別れていく姿や「同じ釜の飯を食べた」者同士が聞くに耐えない嘘まみれの罵倒や中傷しあう姿を目の当たりにして、(中略)この年になって初めて私は醜悪な「人間の宿痾」を痛感した。改めて人間の本性は「性悪」のなかにあると確信したのである。(引用終了)


この後、小島氏は、本文中で極真の分裂劇に、もっとも多大な影響を与え、数々の陰謀を指揮したという記述がなされている、三瓶啓二氏のことを、若い頃から偉大な先輩として遇してきたこと、前書『大山倍達正伝』の執筆後に「反松井派」との関係改善に努めてきたものの、最終的に「新極真」側から、協力を得られなかったことが記されています。

小島氏は、大山氏が、後継者に選んだのは松井氏という確信があるため、必然的に「新極真」は、遺言を踏みにじった勢力であり、極真の分裂を招いた行動は「極真空手は永遠なり」という大山氏の思いも、「極真」のこれまでの栄光にも泥を塗った行為で、人間の本性は「性悪」のなかにあると確信した。という気持ちも理解できなくはないですが、、

ただ、私は、この分裂騒動で繰り広げられた「男の戦い」は、至極、健全なものだと思いました。

そもそも、この騒動は、格闘技に人生を賭けた人たちによるもので、それは一般社会の基準と比較して「純粋な人々」によるものだと思います。しかし、どんなに「純粋な人々」であっても、人間というのは「大きな矛盾」を抱えているものです。本書の登場人物に対し、小島氏は、彼らの言葉の矛盾をつくのですが、

普通の人は、自分の言葉を忘れられるから、明日を生きられるのであって、自分の言葉どおりに生きることなんて、誰にもできません。常に自分が書いた言葉を、過去においても、現在においても、なんとか整合させることによって「意見」を熟成するという作業を、文筆業である、小島氏は多少はしているかもしれませんが、言葉を自己表現としなくてもいい人は、言葉と行動に矛盾があることなど、極普通でしょう。

多くの人は、その場その場の感情や、あるいは、しがらみで動いていて、それを「お金のため」だと思うことすら、自分への言い訳であったり「表向きの理屈」であったりするものです。

もし、大山氏の遺言どおりに、支部長ら幹部全員が一致団結して、松井館長を極真の新たな顔として、盛り立て、運営したとして、それで果たして「極真空手は永遠なり」を実現できたでしょうか? 31歳で新館長に就任した松井氏はいつまで館長を続け、その次は?

極真が、史上最強を目指した強者たちが集まった団体だったのなら、我こそが、と思う人がたくさんいるのが当然であって、カリスマの遺言を言葉通りに受け取って粛々と運営することが「極真魂」や「史上最強の空手」に繋がるとは限らない。

分裂などなく、表面上まとまっていたとしても、意にそぐわないことを自らに強いては、結局、魂や精神の腐敗に繋がり、組織防衛するだけの組織になってしまう。

と、私は、我が家の極真ではないけど、空手有段者のダーリンを慰めました(笑)

現在、原発や被災地の問題から、多くの人が「傍観者ではない生き方」を模索し、デモなどの社会行動に魅せられた人も増えているようなので、今後、純粋な行動から、泥沼の争いに傷つく人々も増えるでしょう。

人は、自分が何を支持するかについて、数十年経った後でも、歴史的に正しかったという判断ができることは稀で、多くの人は、自分が信じたいことを「真実」だと信じ、一旦、その考えで行動してしまうと、自分の間違いに気づくことは「自己否定」に繋がるので、それに耐えられるような、強靭な精神や、知性をもっている人も、ほとんどいません。

また、頭では解っていても「人間的なしがらみ」で、動かざるを得ないことも多い。人は「性悪」というよりは「愚か」なのだと私は思います。

そして「愚かさ」の中には、勇気も、涙も、真心も詰まっているものです。


☆格闘技に人生を賭けた者たちによる、壮絶な跡目争いは、読み出したら止まらない。
登場人物の「キャラの立ちっぷり」が最高!特に三瓶氏のワルぶりは清々しいほど!


◎[Amazon]『大山倍達の遺言』


☆読書感想・参考サイト
◎MADE IN JAPAN! in Japan

☆インタビュー
◎『大山倍達の遺言』刊行にあたって
「極真会館、大分裂騒動の真相」小島一志、塚本佳子


◎新極真会「お知らせ」
◎極真会館浜井派代表 「夢現舎小島一志へのメッセージ」
◎家高康彦「小島氏のブログに関して」
◎芦原会館・小島一志著「芦原英幸伝」について
____________

[内容説明]極真会館の大分裂騒動の真実とは? 528ページに及ぶ渾身ドキュメント! 総裁・大山倍達の死後、散り散りに割れた世界最大の実戦空手団体「極真会館」。関係者たちの膨大な証言をもとに、その分裂騒動のすべてを明らかに! 衝撃の真実が次々と浮かび上がる……。全空手関係者&格闘技ファンの度肝を抜く、超大作ノンフィクション完成。稀代の空手家の遺志はいかにして踏みにじられたのか? 新潮社 (2012/4/27)



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by yomodalite | 2012-07-24 08:07 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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