2012年 01月 30日
「3.11後の言葉」村上春樹・カタルーニャ国際賞スピーチ(2011.6.9) |
by yomodalite
| 2012-01-30 12:13
| 311関連
|
Comments(3)
はじめまして。
ひょんなことから、こちらのブログに辿り着き、コメントさせていただいています。
「江崎英子」を検索してたらこちらに偶然であいました。(なぜか笑)
そして、この記事です。
村上春樹さんは、ワタクシの最も愛する作家さんです。
このスピーチの全文を図らずながら、yomodalite様のご紹介で初めて読まさせていただき、はっきりと、なぜワタクシが村上春樹が心から愛する作家になったのか、を少しの誤差も、隙間もなくストンと納得させられた感じです。
ワタクシは福島の人間で、住んでいる市の北側には警戒区域があり、いまだに「放射能」への恐怖は生活の一部始終に貼りついています。
被災後、様々な有識者をはじめ、様々な「言葉」の支援をしてくださいました。
ありがたいことです。
でもバチあたりなのかもしれないんですが、当事者としては、何かどうしても違和感があるんです。
なんなんだろう。
この一文は、その違和感が全くない。のです。
まさしく、これ、なんです。
今日、yomodalifeさんのブログに全くの偶然のように出会え、この文章を読ませていただいたことに、感謝です。
ひょんなことから、こちらのブログに辿り着き、コメントさせていただいています。
「江崎英子」を検索してたらこちらに偶然であいました。(なぜか笑)
そして、この記事です。
村上春樹さんは、ワタクシの最も愛する作家さんです。
このスピーチの全文を図らずながら、yomodalite様のご紹介で初めて読まさせていただき、はっきりと、なぜワタクシが村上春樹が心から愛する作家になったのか、を少しの誤差も、隙間もなくストンと納得させられた感じです。
ワタクシは福島の人間で、住んでいる市の北側には警戒区域があり、いまだに「放射能」への恐怖は生活の一部始終に貼りついています。
被災後、様々な有識者をはじめ、様々な「言葉」の支援をしてくださいました。
ありがたいことです。
でもバチあたりなのかもしれないんですが、当事者としては、何かどうしても違和感があるんです。
なんなんだろう。
この一文は、その違和感が全くない。のです。
まさしく、これ、なんです。
今日、yomodalifeさんのブログに全くの偶然のように出会え、この文章を読ませていただいたことに、感謝です。
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みどりんさん、はじめまして。お会いすることができて、江崎英子さんに感謝です。
「3.11後の言葉」は、言葉のプロたちが、あの日をどう語ったのかを記録しておきたくて始めたものです。(高村薫さんの言葉ももうすぐアップします)
みどりんさんと違って、私にとって、村上春樹さんは素敵な作家とは思っていても、特に愛してはいない作家で、最後に「☆関連記事」としてリンクしたところには、この言葉への私の違和感を書かせて頂きました。
>被災後、様々な有識者をはじめ、様々な「言葉」の支援をしてくださいました。・・・・当事者としては、何かどうしても違和感があるんです。
でも、みどりんさんからコメントを頂いて、村上氏の言葉が、福島に住む方に強く響いたことがわかって、すごく勉強になりました。同じ場所に住む人々にも、様々な考えも、生き方もあり、多様な言葉が必要なんだと思います。話す言葉が違う人々にも、多くのファンをもつ村上氏には、そんなこともよくわかるのかもしれませんね。
また、ご意見くださいませ。どうもありがとうございました。
「3.11後の言葉」は、言葉のプロたちが、あの日をどう語ったのかを記録しておきたくて始めたものです。(高村薫さんの言葉ももうすぐアップします)
みどりんさんと違って、私にとって、村上春樹さんは素敵な作家とは思っていても、特に愛してはいない作家で、最後に「☆関連記事」としてリンクしたところには、この言葉への私の違和感を書かせて頂きました。
>被災後、様々な有識者をはじめ、様々な「言葉」の支援をしてくださいました。・・・・当事者としては、何かどうしても違和感があるんです。
でも、みどりんさんからコメントを頂いて、村上氏の言葉が、福島に住む方に強く響いたことがわかって、すごく勉強になりました。同じ場所に住む人々にも、様々な考えも、生き方もあり、多様な言葉が必要なんだと思います。話す言葉が違う人々にも、多くのファンをもつ村上氏には、そんなこともよくわかるのかもしれませんね。
また、ご意見くださいませ。どうもありがとうございました。
承認ありがとうございました。
今、私たちが抱えている命題は、”非現実的な夢想”を現実のこの悪夢のような状況の中、‘’非現実的な夢想"として認めること。
そして生活をもくもく始めること。その先にこの地味な闘いの中から‘’人間としての現実的な夢想”への糸口はきっとみつかるはず。と信じたい。
むしろ人間の”非現実的な夢想"というこばは、私たち、いいえワタクシにはむしろ大きく響くようなものでありました。
ところで、このブログまだちょっとしか覗いていませんが、ステキなブログですね~。
これからちょくちょく寄らせていただきます。よろしくお願いします~。
今、私たちが抱えている命題は、”非現実的な夢想”を現実のこの悪夢のような状況の中、‘’非現実的な夢想"として認めること。
そして生活をもくもく始めること。その先にこの地味な闘いの中から‘’人間としての現実的な夢想”への糸口はきっとみつかるはず。と信じたい。
むしろ人間の”非現実的な夢想"というこばは、私たち、いいえワタクシにはむしろ大きく響くようなものでありました。
ところで、このブログまだちょっとしか覗いていませんが、ステキなブログですね~。
これからちょくちょく寄らせていただきます。よろしくお願いします~。

