最後の黒幕 朝堂院大覚 昭和、平成事件簿/大下英治

「悪党顔」のひとの本が続きますが、、隣でダーリンが読んでいたんです....

古典に手を出すようになってから、同時進行の本が倍増していて、ホントに、もうこんな「下品な感じの本」を読んでる場合じゃないって思ったんですけど、、

「フィクサー」って、大好きなんですよね。(読書としてw)

ただ、「フィクサー本」って、なかなか良書は少ないと思うんです。取材も難しいし、ほとんどの場合、フィクサーは自分からは語りませんし、これまで、このブログに記録した「フィクサー本」でも、これは面白いと思ったのは『田中清玄自伝』ぐらいでしょうか。

本としての、面白さだけでなく、本人の「大物感」や「魅力」という点でも、本書には期待していませんでした。

というのも、フィクサーは自分からはなかなか語らないものですが、朝堂院氏は、現在、youtubeにも多くの動画がありますし、そこで見る氏の風貌からも、どこか“マンガチック”で、これまでの「フィクサー」と言われた人に比べると、歴史的スケール感に乏しいという印象も持っていました。

(現在の活動を見ると、今は「フィクサー」ではないのだと思います)

著者の大下英治氏は、分業体制で大量出版を維持している、熟達のノンフィクション作家の方ですが、本書と同じ竹書房のシリーズは、そっち方面の方々よりの「物語」になっているような印象も強く、

まぁ、とにかく、そんな期待薄な感じで読み始めたところ、第一章にある「血判の儀式」(売上げ目標達成の決意を示すために、社員の前で、愛蔵の日本刀により、自らの前腕を突き刺すという行為)で「ドン引き」...期待度はさらに急降下し、

本書の半分くらいを過ぎても、なかなか引き込まれることがなかったのですが、そこから、だんだん朝堂院氏の印象が変わっていったのは、彼がオウム事件の黒幕として疑われ、それをきっかけに、ここまでの順風満帆な人生から、様々な活動が困難になっていき、ついに、松浦良右(まつうらりょうすけ)という名前を改名するまで追い込まれた後も、

商売人でありながら、検察や銀行に対しても、主義主張にブレがなく、確固とした信念を貫いていて、読了後、自分でも驚いたんですが、、朝堂院氏のことがちょっぴり好きになりました。

たぶん、わたしの中で評価がグンと上がったのは、他のフィクサーの方はすべて、アメリカ占領下の日本で、良くも悪くも、米国の日本統治に関わることで「利権」や「特権」を得てきた方々ばかりですが、朝堂院氏はそうではないようです(早合点かもしれませんが。。)

本書で特に注目したのは、朝堂院氏は暴力団を一切使ってこなかったにも関わらず、1997年の山口組N0.2の若頭、宅見勝が射殺された事件(「宅見事件」)の容疑者の弁護のために、優秀な弁護士を紹介したというところ(p216「司忍と後藤忠政」)

当時、若頭補佐だった司忍が、護衛の組員に拳銃を持たせていたとして銃刀法違反容疑をかけられ、指名手配される。司は翌年出頭し、逮捕、起訴され、後藤忠政は、司の力になるために朝堂院に力を求め、朝堂院は、有力弁護士で、元最高裁判事の横井へ依頼する。

なかなか首を縦に振らない横井に、朝堂院は、こう説得した。(以下省略引用)

「先生、今回の事件は、いちヤクザの問題ではないんです。共同正犯は、いつどこで親分が子分に拳銃を所持しておれを守れ、と指示したかが明確になってはじめて成立つ。ところが、ヤクザだから、親分が指示しなくても子分が拳銃を所持していれば、行動原理として同様だという理屈で逮捕した。

この法律はアメリカが強引に日本に押し付けている。これが日本の判例となり、社会全体に拡大すれば、大変なことになります。政界と秘書の関係も同じことになります。これは罪形法廷主義の原則をやぶることになりませんか」その後、朝堂院は、何度も横井を尋ね説得を続けた。(引用終了)


という部分です。

(この後、現在の小沢一郎の逮捕まで、実際「大変なこと」になってますよね)

このとき容疑者であった司忍が組長になり、後藤氏の山口組での株は上がったのですが、元々、戦後アメリカとの関係で成長してきた「ヤクザ」の世界で、その後、後藤氏は小泉内閣でも暗躍し、最終的にジャマになった米側から、移植手術のご褒美を最後に引退した氏と違い(この部分は後藤氏の著書『憚りながら』を読んだ私の個人的感想)ポーズだけではないなぁと思った点で、

日本の右翼は、その源流から現在までに、完全に変節していますが、老師系の方から、行動派の方まで含めて、これほどの経済力を基盤にして行動できた方も、他には見当たらないように思えますし、

朝堂院氏は、天皇家や菊の紋章のブランドにも頼らず、武道を通じて、日本の歴史や精神性を受継ごうとされていたり、

その経済力の源も、急速冷凍の技術力による実体のある「商品」で、これまでの「フィクサー」と呼ばれた人と比べて、独占的な権益などではなく、お金の生み出し方に、卑怯な手口が感じられないというか、、

わたしは、この人と、MJの繋がりというのはすんなり納得できました。帽子、サングラス、オリジナルデザインによるオーダーメイドファッションなど、朝堂院氏のファッションに関しての感覚は、どこかMJに似てますしねw

そんなわけで、朝堂院氏のマイケル本も、やっぱり読まないとって思いました。

☆読みました!『マイケルからの伝言』
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◎[音声による解説]最後の黒幕・朝堂院大覚
◎MJJAPAN設立記者発表会レポート

[目 次]
序章 フィクサーの系譜
第1章 血判の儀式 ー 父の会社再建
第2章 親・後藤田‐反・中曽根
第3章 検察が狙った後藤田の首
第4章 石原慎太郎 ー 尖閣列島 ー アキノ
第5章 ニカラグア巨大運河計画
第6章 オウム事件黒幕説
第7章 山口敏夫に渡した拳銃
第8章 裏社会コネクション ー 許永中の頼みごと
第9章 TSKCCCビル争奪戦
第10章 朝鮮総連詐欺事件
第11章 マイケル・ジャクソンの亡霊
第12章 生まれた子供が57人
________________

朝堂院大覚/本名、松浦良右。大阪枚方で400年続いた名家に生まれ、父方の祖父は枚方の大地主で不動産業を営み、米相場でも成功した。父は満州へ陸軍大尉として出兵し、帰国後は朝日新聞の傍系会社の朝日ビルディングの経理担当重役に就任。母は、戦前、松下乾電池(松下電工の当時の稼ぎ頭)の代表取締役専務。乾電池事業は、母キノの父である吉田幸太郎が支えた事業だった。

同志社中学校・高等学校を経て、同志社大学を卒業。1982年3月、当時空調設備工事会社ナミレイの会長であったが、空調設備工事業界の大手高砂熱学工業の株式を買い占め、筆頭株主の力を盾に高砂熱学工業の社長等を脅して業界提携やナミレイ発行の株式引き受けを押しつけたとして、当時ナミレイ社長だった実兄の松浦幸作ほか、ナミレイの他の役員等と共に強要罪で逮捕される(執行猶予判決)。

1996年、オウム事件の黒幕に仕立て上げられたことから、松浦良右から「朝堂院大覚」に改名。「朝堂院」は政務・儀式の中心となる建物群のことで、平安時代の国家的儀式や政治を司る場。大覚は、仏語で「悟りを開くこと、大きな悟り、大悟」のことを指す。

ファッションも「和装」スタイルに変わったが、これも、長着、羽織、袴と3つに分かれている和装品を1つに縫い上げたオリジナルデザインによるもの。また草履のつま先には、護身のため、鉄でできた銀色の金具が取り付けてあり、「刀」も袋に入れて持ち歩いている(居合道の家元として警察より所持を許可されている)

1998年7月に来日したマイケル・ジャクソンに士道館空手道名誉五段を授与する。更に「マイケル・ジャクソン・ジャパン」を立ち上げマイケル・ジャクソンのレジャーランド設立構想を仕掛けるが、頓挫した模様。

2007年にTSK・CCCターミナルビルのテナントとして、所有者と立ち退きについて争う(同ビルは最終的には2008年3月に解体された)。 また、狂言師の和泉元彌が能楽協会より「退会命令」処分を決定した際、和泉元彌の後見人として能楽協会の対応に介入する 。

政界から武道界まで幅広い交友を持ち、田中角栄や後藤田正晴と懇意であった。他にも亀井静香・石原慎太郎・小池百合子とその父の小池勇二郎や、高市早苗らとも親しい[要出典]。また空手道家同士ということで、添野義二や真樹日佐夫などとも懇意であり、杉原正康が館長を務める白蓮会館が主催する全日本空手道選手権大会も支援している。

竹書房 (2011/4/7)




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by yomodalite | 2011-10-30 00:14 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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