革命か戦争か―オウムはグローバル資本主義への警鐘だった/野田成人

革命か戦争か―オウムはグローバル資本主義への警鐘だった

野田 成人/サイゾー



この本は、3月から読み始めていたのに、ようやく最近読了しました。

これまでに“信者”が書いた本を読んだのは、早川紀代秀が書いた(部分的ですが)『私にとってオウムとは何だったのか』のみ。地下鉄サリン事件(1995年)から、すでに15年が経ちましたが、国家レベルの事件の真相が現れるには、それでも、まだ早いのかもしれません(わたしがもっとも疑問なのは、村井の殺害と、他の信者より年長で医師でもあった林郁夫の死刑が回避されたこと)。

でも、元信者による告白本としては、もう、そろそろ良本が現れる頃ですし、出版元は、オウム信者の脱洗脳で、有名な苫米地英人氏と関係の深いサイゾーということもあって、期待がありました。

ただし、冒頭から第3章ぐらいまでは、以前に書いたように、優秀な理科系の頭脳の持主がオウムにハマっていった様子など、今ひとつ個人的な具体性にかけるというか、他でも読んだような内容で、あまり惹かれなかったんですが、第4章からは、幹部が一斉に逮捕された後、正悟師であった野田氏の責任が重くなり、謝罪や、賠償、住人との軋轢を通して、教団内部の様々な動きを捉えている部分や、教団が上祐派と、依然として尊師絶対で後継者家族を中心としたグループに分かれていく様子などは、本書で初めて読みました。


(下記は、注目個所を要約してメモしたもの)

・獄中の麻原は、破防法適用の前に、長男(当時4歳)と次男(当時2歳)を後継者として指名し(彼らの対して「リンポチェゲイカ」という尊称も指示があった)教団運営体制について、2人の息子、4人の娘を、5人の正悟師に加え運営にあたるという指示があった。

・麻原は、獄中から、破防法の適用を予言し、真理は弾圧されるが、1997年は間違いなく真理元年になるというメッセージを送ってきたが、破防法は回避され、1997年も何もおこらなかった。

・上祐は、1989年の衆議院選挙の落選の際、結果を陰謀とする麻原に対して、たった1人反論した。

・1988年、上祐は獄中から「パソコン事業で稼いだお金は、被害者への賠償に回したらいいのではないか」という提案をしてきたが、当時、金庫番でもあった野田氏は、まだ教団の真理と正当性を信じていたため、耳を貸さなかった。

・松本和子(妻)、次女、三女(アーチャリー)は、教祖をないがしろにするものとして、出所後の上祐の教団運営に批判的だった。(松本和子は裁判では教祖と教団を批判し麻原と離婚すると発言していた)村岡達子、杉浦茂・実兄弟、二ノ宮耕一は懐柔され、反上祐で固まり、野田氏は、上祐寄りとして危惧されるようになった。しかし、三女らの、陰から教団に指示を出すというやり方は、責任の所在がはっきりせず、その後、多くの正悟師が混乱を来たしていった。

・2003年、三女の指示により、上祐は「修行入り」し、教団運営にかかわることができなくなった。

・松本家からの指示は現場レベルで納得できない理想論に偏っており、危険分子でもあるが、実務能力と立場上、野田氏を重用せざるをえなかった。

・実務的な話に介入するのは、松本和子だったが、三女はいきなり電話をかけてきて怒鳴ることもあった。また直接、サマナに「無限地獄行きだね」と宣告することもあった。この当時、三女は、和光大学から入学拒否された際「カルト教団の娘というだけで入学拒否するのは人権侵害。教団とはもう関係ない」と主張していた。

・2004年、野田氏、薬事法違反で逮捕。このとき、野田氏は謝罪を主張したが、教団は「公判で事実関係が明らかになる推移を見て判断する」という判断だった。

・2004年後半、上祐は松本家批判を力説し支持者を集めていく。松本家は荒木(広報)を使って、反上祐宣伝を開始。二ノ宮は幾度か豹変するものの、上祐批判側につき、杉浦茂は途中から一貫して反松本家。

・四女の家出が、原理派の一角を崩すことになる。原理主義者であった、杉浦実と村岡達子は経理を任されたことと、四女による松本家の内実から、徐々に松本家から距離をおくようになる。

・2006年、原理派と上祐派の対立は激しくなり、村岡、杉浦は発言力を失い、松本家の信頼は薄いものの、正悟師としての位と自らの立候補により、野田氏が「アーレフ」の代表となり、上祐は「ひかりの輪」という宗教団体を立ち上げる。

・しかし、元々松本家の信頼が薄く、原理派とそりが合わない、野田氏は教団内で支持を集まられず、2009年3月、除名宣告を受ける。直接のきっかけは「麻原を処刑せよ」という一般大衆向けの原稿.....

(本書からのメモ終了)


野田氏の主張は、自身の除名宣告を正当化するところを差し引いて読むべきですが、どうやら、あまり人心掌握力には長けていない様子や、批判を承知で、自分の想いをぶつけている点は好感を持ちました。また、野田氏がオウムの総括を通して、資本主義への提言をしている部分は、些か固過ぎて、評価しにくいのですが、ハルマゲドン支持者らしい論理が集約されているとも言える。

ボランティア活動と、謝罪活動への取組みの具体的な活動からは、野田氏の本来、オウムに求めていたものが感じられ、また、苫米地氏との特別対談では、オウムの仏教理解を正確に知る、対談相手により、釈迦の空論や、チベットで新たに発見された、昔のサンスクリット語の経典や、オウムが中沢新一の指示でダライ・ラマにお金を払って、チベットに経典を買いに行った話など、以前に洗脳を解いた都沢和子(元オウム信者。当時は美人信者として有名だった)からの話として、紹介されている。

また、苫米地氏は、野田氏の資本主義批判への、具体的な議論相手としてもふさわしく、この対談部分がなかったら、本書の面白さは、かなり減じていたと思う。宗教的理解と、経済が両方わかる対談者は希少で、こういった話相手が、野田氏の周辺にいなかった(野田氏だけでなく、誰にとっても)こと、教祖逮捕後も、残された信者や、被害者、周辺住人、マスコミなどに対応して、自身の論理を進めて行くことは本当に困難だったと思う。

また、サリン事件で逮捕された、多くの信者たちにも、死刑でなく(日本では死刑になると発言手段は相当制限される)、終身刑であれば、事件を無駄にすることなく、生涯をかけての真摯な提言がされただろうと思う。

◎革命か戦争か―オウムはグローバル資本主義への警鐘だった

◎元オウム教団幹部 みどりの家族代表 野田成人のブログ
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[内容紹介]野田成人氏は、アーレフでは代表まで務めた人物ですが、その後、麻原原理主義派と対立し教団を追われたという特別な立場から、教団および一連の事件を総括しております。オウムの破滅的状況を内部から見てきた同氏は、その状況を綻びを見せ始めたグローバル資本主義社会となぞらえ、「その後に待つのは、革命か戦争か」と説きます。その言葉の真意を、本書でご確認いただければ幸いです。サイゾー (2010/3/11)



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Commented by pyt at 2010-07-18 22:51 x
うち、yomodaliteさん姐さんとこで、舞や三味のお稽古さしてもろてから、幾分お利口にならしてもろてますけど、よーけPCの前に座りっぱなしで、おいどがいとうなる今日びなのどす。なんて、しょうもないことばかり言うてないで、そろそろ本題にはいりまひょか!

95年の地下鉄サリン事件当日、私はテレビ画面に向かって「ここまでやるのか!!」と、叫んでいた。というのも、その年の元旦、読売新聞の朝刊一面に「山梨県上九一色村でサリン残留物発見」というスクープ記事が掲載されて、その日から事件当日まで、サリンとオウムがずっと自分の中で繋がっていたから。で、そのようなスクープが出てしまうくらいだから、警察はその前年からいろいろと掴んでいたようだけれど、宗教団体という壁があったようで。。。

オウムのことはそのあともずっと気になっていて、その年の過剰報道時代から2000年ぐらいまでは情報を仕入れていたのだけれど、その後は、これを読むまで事件のことは忘却の彼方でした。なので、ここで取り上げられたことで、また、本の中のあらすじを読み、特に2000年代以降の主な動向を知ることが出来、いろいろと思い出したりしています。(つづく)
Commented by pyt at 2010-07-18 22:54 x
(つづき)このあらすじの登場人物の名前と役割等、ほとんど全員覚えてました。村井殺害もライブで見てたし。そして、サリン散布役で唯一死刑が回避された医師の林郁夫は、検察自体が無期懲役を求刑(そして確定)という驚きの結果だったことはすごくよく覚えているのね。

林郁夫を裁いた当時、裁判員制度はなかったし、自首扱いだったなど、様々な要素があったとはいえ、検察、検事、裁判官という、いわゆる高級官吏が、医師を含めての高学歴な仲間を、他の信者と同じ土俵では裁きたくないという身内贔屓とか、(←考えすぎ?)検察との司法取引などの結果だったのではないか?と当時思ったのね。

死刑と無期懲役刑の差の大きさは痛切に感じているので、終身刑が(あれば)、事件を無駄にすることなく、生涯をかけての真摯な提言がされただろうという、yomodaliteさんの言葉には完全に同意です。

現時点での彼らのその後を知りたくなったので、こちらの「オウム」タグにあるものか、何れかを読みたいと思ています。
そーいえば、今後のMJ裁判も“医師を裁く”という裁判だ。(ぼそっ)
Commented by yomodalite at 2010-07-19 08:31
姐さん、おはようさんどす。なんや、最近、読書ばっかりしてはるんやないの?でも「オウム」タグには、お奨めしたい本あらしまへんの。ここに記録してへん本も読んでるんどすけど、いいのん、あらしまへんなぁ。「真相」は、もう出てこんのやないどすか?さっさと、「死刑」にしはったのも、そういう理由ちゃいます?

でも、このあたりから「テロ」が増えたり、いろいろ変化があったんかもしれまへんな〜。口蹄疫なんかもなぁ...
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by yomodalite | 2010-07-14 13:24 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(3)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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