マイケルの好きだった音楽(1)

2003年頃のBrett Ratnerのインタビューで、Brettのどんなアルバムが好き?の質問に、マイケルはスライ&ファミリーストーンの全てと、

スティービー・ワンダーのアルバム『Talking books』や『Inner Vision』からのシングル“Living for the City”とアルバム『Songs in the Key of Life』の後に

Bee Geesを挙げていて、彼らのことを今まで『サタデーナイト・フィーバー」の人としか知らなかったのですが、タイミング良く、ミュージックエアチャンネルの特集番組があり、見てみると、1時間ほどの番組で流れた曲の全てがイイ!

以下がそのときのオンエア曲

・Jive Talkin(1975)
・Fanny(Be Tender With My Love)(1975)
・Stayin' Alive(1978)
・How Deep Is Your Love(1977)
・Night Fever(1978)
・Too Much Heaven(1979)
・E.S.P.(1987) 全米75位, 全英1位
・You Win Again(1987) 全英51位
・Ordinary Lives(1989) 全英54位
・One (1989) 全米7位,全英71位
・Secret Love(1991) 全英5位

☆チャートは年間での順位です

70〜90年代にわたってヒット曲がたくさんある彼らなんですが、それも当然で、ビージーズは、ビートルズ、エルヴィス・プレスリー、マイケル・ジャクソン、ポール・マッカートニーと並んで歴史上最も成功した上位5ユニットのアーティストに数えられているんですよね。

それなのに、アラフォー世代のわたしは、彼らには「サタデーナイトフィーバー」の人というイメージしかなく、ファルセットしつこくない?とか、昨日まで思っていて、ちゃんと聴いたことがありませんでした。

ちなみに、マイケルがインタヴューで、Brettと一緒に歌っていた曲も知らない曲だったんですが、“How Can You Mend A Broken Heart”(1971)という曲のようです。

◎How Can You Mend A Broken Heart 1979(歌詞字幕付き)

上記11曲のPVを3回ぐらい観て、長兄で一番の長身バリー・ギブの懐かし系ハンサム顔を見ているうちに、思いついたのですが、マイケルの“Stranger in Moscow”と、3T(ティトの3人の息子によるユニット)の“Why”(「HIStory」から洩れた曲と言われている)のときの髪型は、70年代とその音楽へのオマージュだったのかも。。(ビージーズは70年代のキングと言われてます)

当時は、もうちょっとイケてるヘアスタイルに出来なかったのかなぁとか、3Tまで、そんなにメイクしなくてもと、思ってたんですけど... ヒップホップ全盛時代にそれとは異なる“ゴージャス”とハーモニーの復活を提案したかったのかなぁ...

番組では、最後にインタビューが収録されていて(彼らの老け具合と、2人だけであることから、モーリス・ギブが亡くなった2003年以降と思われる)、その最後の方で一番仲がいいミュージシャンとして、エリック・クラプトンと、マイケル・ジャクソンを挙げていて、特にマイケルとは、家族ぐるみでつき合いがあり、深いところで繋がっている関係と言っていました。

ビージーズは、2003年にモーリス・ギブ(53歳)が、腸へいそくの緊急手術が行なわれた直後に心不全で亡くなり、バリーとロビンは、医療ミスの可能性を指摘しています。これだけのスターグループのメンバーにしては、葬儀は密葬で執り行われ、有名人の出席はマイケルのみ。この後、ビージーズは活動を休止しています。

なんというか、今頃ポールは、ビートルズの版権を買わなくて、ほんと良かったと思っているんじゃないでしょうか。

1987年の“E.S.P.”から、全米、全英のチャート記録も併記したのは、この頃から、両国でのチャートの差がすごく激しいんですよね。1989年の“One”が久しぶりにアメリカでのヒット曲(全米7位)になると、マイケル虐めでもお馴染みのRolling Stone誌が"Unwelcome Back Band"と酷評したり。。。

ちなみに、マイケルのシングル曲が両国で極端に差がつき始めたのは、やはりというか、前述の“Stranger in Moscow”(1996)で、全米91位、全英4位。これ以降の作品すべてが、アメリカでは冷遇されていっている感じです。

マイケル・ジャクソンの功績として、黒人音楽と白人音楽の垣根を取り払い、音楽で世界をひとつにしたことはよく知られていますが、90年代になると、白人が黒人音楽の影響を受けることの反発が起きるようになり、文化・ファッション共に、かなり隔たりのあるスタイルへと変化していくことになりました。

その理由としては、黒人が益々独自のスタイルに自信をつけたことと逆に、下流白人の急激な増加により、文化的白人層がマーケットを吸引しなくなったからですが、今から考えると、湾岸戦争から始まる、戦争の時代の兵士供給のために、平和的で、調和のとれたハーモニーとか、全部ダメにされてしまったんだぁと、つくづく感じます。

まさか、今ごろになってバリー・ギブの笑顔に癒されるとは。。。
ブリティッシュロック好きだった当時は思いもしなかったな〜

マイケルと一緒に見捨ててきたものを慈しみたい方へ

☆声も体型も全然変わってない!!!
“You Win Again”(LiveMelbourne89) - Bee Gees

☆97年(バリー・ギブ50歳)流石に髪は薄くなってるけど....
“One”1997- Bee Gees

☆当時のオリジナル・ヴィデオ
“Too Much Heaven”- Bee Gees
“How Deep Is Your Love”

ちなみに、このインタビューの冒頭で、Brettが、最初にお気に入りのアルバムは?と聞いたときに、マイケルが答えたのは

◎Michael Jackson Unseen Interview part 1 of 2

・Tchaikovsky “The Nutcracker”

・Claude Debussy Greatest Hits 
 “Clair de lune” “Arabesque” “The Afternoon Of A Faun”

・Marvin Gay “What's Going On”

・James Brown “Live at Apollo”

・Rodgers and Hammerstein “Sound of Music”

・MortownのHolland-Dozier-Holland
モータウンの専属作曲家チームで、Eddie Holland, Jr、Brian Holland、Lamont Dozierの3人。The SupremesのStop! In The Name Of Love、Baby Love、You Can't Hurry Love、You Keep Me Hangin' Onなどヒット曲多数

どの「くるみ割り人形」や「ドビッシーグレイテストヒッツ」なのかはわからないし、
Holland-Dozier-Hollandは、アルバムじゃないんですけど。。
クラシックや「サウンド・オブ・ミュージック」など、とにかく全曲完璧で、これ以上の完成形はないという基準でアルバムを選んだという感じなんですが、そこで、チャイコフスキーと、ドビュッシーの後にすぐ、マーヴィン・ゲイとジェームス・ブラウンのアルバムタイトルが続いたんですよね。

その後、最近の傑作アルバムでは?の質問に、MJが、アルバム全体を傑作とは言い切れないと言ったため、Brettは、じゃあちょっと昔のアルバムなら?と聞き返したところ、スティービー・ワンダーと、スライ、ビージーズを挙げたということなので、MJは、スティービーの3作を傑作と感じながらも、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」と、ジェームス・ブラウンの「ライブ・アット・アポロ」は相当お気に入りというか愛しているということかな。

でもアルバムとしての完成度で選んでいるという感じもするんですが、どうなんでしょう?(まあ、あんまり大した問題でもないですが。。)

それと、この記事の写真は、マイケルが亡くなる、ほぼ1ヶ月前のものです。

こちらの素敵なサイトからお借りしました(動画もあります!)
MICHAEL JACKSON LATEST NEWS


◎マイケルの好きだった音楽(2)につづく




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by yomodalite | 2010-01-06 19:08 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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