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20世紀のクラシック音楽界をリードした作曲家で、指揮者としても有名なレナード・バーンスタインと、マイケルの共通点とは・・・

大統領選の混乱後、しばらくしてから投稿されたDancing with the Elephantの記事を翻訳して紹介します。


source : https://dancingwiththeelephant.wordpress.com/


リーシャ:こんにちは、ウィラ。この前の会話から大分経ったわよね。


ウィラ:そうね。あれからすごくいろんなことがあったものね。


リーシャ:ホントにね。アメリカでは、日々のニュースに追われないでいることがむずかしいほど政治の混乱が続いてる。でも最近すごく心に響くことがあってね。

1970年の7月5日のボストン・グローブ紙に載った、指揮者であり作曲家であるレナード・バーンスタインの言葉。彼がタングルウッド音楽祭で行った、「混乱する世界におけるアーティストの役割」っていうスピーチで言ったことみたい。


「アーティストこそが、いまのこの世界で、最終的に我々を救うのです。感じる人、考える人たちです。そういう人たちが、大きな夢を言葉にし、人々に知らせ、挑戦し、主張し、歌い、叫ぶのです。アーティストだけが、“未知”を現実にできるのです。」


ウィラ:教えてくれてありがとう!なにもかもが素敵な言葉ね。特に最初の、「アーティストこそが・・・」と言い切っているところ。


世界を取り巻く不正義や暴力とか、アメリカで増大している不寛容な空気について読んだり、気候変動がすごいスピードで進んでいくことや、最近の政治的な変化に私たちがついて行けないばかりか、もしかしたら間違った方向に後退しているんじゃないか、なんてことを考えていると、人類はこの先生き延びていけるのか、不安になるわよね。


リーシャ:たしかに危うい時代よね。


ウィラ:ほんとにそう。崖っぷちに立たされている感じ。でも望みがないわけじゃない。それはアーティストなのよ。


リーシャ:そう!アーティストは、私たちが今どこにいるのか、どこへ向かうべきなのか、を示す重要な役割を負っている。私たちの、想像したり、ものを生み出し、実現していく力の最先端を彼らは見せてくれる。


ウィラ:まったくその通りだわ、リーシャ。バーススタインが言っているように、「アーティストだけが “未知” を現実にできる」のよ。本当にそう思う。そして、「その変化を起こす」ためには、もう一人の、あの予見力をそなえたアーティストが言ってるように、まずはその変化をはっきりと思い描くことが必要。そして、みんなにそれを気付かせることが必要なのよ。

新しい人のあり方を想像する、それを実現するために人々に「気づき」を促す。これらふたつは、社会変革をもたらす上でもっとも重要且つ困難なステップ。それができるのはアーティストだけだと思う。“未知” を可視化して、人々に注意を向けさせる能力を持っているのはね。


リーシャ:そこよね。その具体的な例としてあげられるのが、レナード・バーンスタインとマイケル・ジャクソンの仕事のしかただと思う。

バーンスタインは、アメリカの音楽を広い視野から見て、すべてのアメリカ人が共鳴できるような「アメリカ的」音楽の要素とはなんなのかを理解しようとしたパイオニアの1人。彼は早くからアメリカの音楽における高級と低級の区別に疑問を呈し、その区別の背後にある人種的な政治についても考え、その立場から終生逃げなかった。


ウィラ:マイケル・ジャクソンがいかに高級芸術と大衆芸術の垣根を曖昧にしたか、については、すでに何回か話し合ったわよね。アンディ・ウォーホールや、フレッド・アスティアや、サルバドール・ダリ、ジャン・コクトー、ウォルト・ディズニーまで引き合いに出してね。あなたの言うとおり、バーンスタインも両者の架け橋になるような仕事をしたのよね。


リーシャ:そう。バーンスタインは、交響曲を作っているのと変わらず楽しみながら、ミュージカルや映画の音楽も書いたし、ナイトクラブでさえも演奏した!作曲家として、指揮者として、「真面目な音楽」と「人気音楽」を分けているものは何なのかを問い続け、音楽の形式によって差別することを拒み、音楽を市民の社会参加の形として使った。彼はパフォーマーとしても規模の大きな人だった。だから、彼がマイケル・ジャクソンの大ファンだったことは、驚くにはあたらない。

作家のジョナサン・コットは、バーンスタインの自宅に招かれてディナーをとりながら、実質的に最後になったインタビューをしてるんだけど、バーンスタインのマイケル・ジャクソンに対する称賛をこんなふうに書いている。


注目すべきは、人生や仕事のすべてにおいて、バーンスタインは分野を限定せず「熱狂する人(enthusiast)」であったということだ。ディナーでの会話の中で彼は、「熱狂(enthusiasm)」という言葉はギリシャ語の形容詞で神を内包する」という意味のentheosから派生したものであり、entheosはオリンポスの丘に住む神々がそうであったように「老いることなく生きる」という意味も含んでいるんだ、と教えてくれた。バーンスタインの熱狂する気質をよく表す逸話として私が好きなのは、1986年にロサンゼルスのロイスホールで彼がニューヨーク・フィルを率いてコンサートをした際、当時28歳だったマイケル・ジャクソンをそこに招いたときのこと。時代を超えた音楽の「申し子」の一人として、バーンスタインは熱狂的にマイケル支持していた。マイケルはバーンスタインの超激しいパフォーマンスに圧倒されて、休憩時間に楽屋に行き、この同時代の音楽界の巨人に、尊敬と称賛の言葉を贈った。大喜びしたバーンスタインは、両腕でマイケルを抱えて持ち上げ、唇にキスした。地面に降ろされたとき、びっくりしたマイケルからやっと出た言葉は、「いつも同じ指揮棒を使うんですか?」だった。


(1986年のロイス・ホールで2人が会ったとき?)


ウィラ:すごくいい話ね!バーンスタインがマイケル・ジャクソンを思いっきり抱き上げている絵柄って、素敵!才能と創造性に富んだ人たちが、どれだけマイケルのことを同族として認めているか、びっくりするほどよね。バリシニコフもマイケルのダンスのことをそんなふうに話していたわよね。(*2)

でも、マイケル・ジャクソンがスターにボーッとしているところを想像すると笑っちゃう。彼が自分の尊敬する人に会って舞い上がってしまったっていう話は、バーンスタイン以外にも読んだことがあるから、実際ときどきはあったんでしょうけど。


リーシャ:そうよね、マイケル・ジャクソンのほうが明らかに大スターなんだから、おかしいわよね。おまけにバーンスタインの熱狂的な挨拶への対応が、指揮棒についての質問だなんて!


ウィラ:ほんとにね。デイヴィッド・マイケル・フランクがジョー・ヴォーゲルに言ってたことを思い出したわ。フランクは、2009年の春にマイケル・ジャクソンとクラシックのアルバムの製作をしていて、それは、生前最後の数ヶ月間、『THIS IS IT』のリハーサルとともにマイケルが何よりも熱を入れてやっていた仕事なのよね。


フランクはジョー・ヴォーゲルに、バーンスタインの指揮棒についてこう語っている。


「いつかマイケルの家族が、彼への捧げ物としてこの音楽をレコーディングして、彼の芸術の深さを世界に示してくれることを願ってる。マイケルに言ったんだ。レコーディングの際には、私がオークションで買ったバーンスタインの指揮棒を使うつもりだって。そうすれば彼のやる気が倍増するってわかってたから。」


リーシャ:そうなんだ!素敵じゃない?


ウィラ:実現してれば素晴らしかったわよね。フランクがバーンスタインの指揮棒を振って、マイケル・ジャクソンが作ったクラシック音楽を指揮しているところ、見てみたかったなぁ。


リーシャ:いつか生で演奏されるかもしれないわよ!


ウィラ:絶対その場にいたいわよね!バーンスタインとマイケル・ジャクソンが会えるようにアレンジしたディヴィッド・パックが書いているところによると、二人はお互いに大ファンだったみたい。バーンスタインは自分の誕生日の数日前にロサンゼルスにいたんだけど、パックが、誕生日のお祝いは何がいい?って尋ねたたら、「間髪おかずにレナードが言ったんだ。『マイケル・ジャクソンに会いたい』ってね」パックはそう書いてる。元の記事はもう削除されちゃったんだけど、Reflections on the Danceっていうサイトに、再掲載されていて、その時のことがわかるわ。(*3)


リーシャ:夢中で読んじゃう記事よね。その夜レナード・バーンスタインとマイケル・ジャクソンが何を話し合ったか知りたいなぁ。


ウィラ:私も!


リーシャ:私が思うに、この記事にあるディナーパーティーは、マイケル・ジャクソンがニューヨーク・フィルのコンサートをロサンゼルスで聞いたのと同じ日じゃない?。マイケルの着ている服がどの写真でも一緒だもの。上の写真ではバーンスタインはタキシードを着てて、ディナーでは普段着になってる。指揮者はたいていコンサートのすぐあとに着替えるし、ホールの外ではタキシードを着たりしないでしょ。だから、ディナーパーティーはコンサートの直後だと思う。


ウィラ:あなたの推測通りだと思うわ。楽屋で会ったあと、マイケル・ジャクソンがクインシー・ジョーンズを伴って、バーンスタインとのディナーに行ったと考えるのが自然よね。


リーシャ:ええ。そしてたぶんバーンスタインは、その時の会見がマイケルと一緒に作品を作ることに繋がれば、と思っていたんじゃない?。パックによると、「レナードはマイケルにクラシック音楽のことを教えたかったし、たぶんクラシックとポップスのコラボをしようと誘ってたかもしれない」マイケル・ジャクソンに、クラシックを教える必要なんかないってことを彼らは知らなかったのかもね。ジャーメイン・ジャクソンが「ユー・アー・ノット・アローン」で書いているように:


マイケルは音楽を感情面からだけなく「科学的に」とらえていた。バウモントドライブに引っ越した時(1972年)から、彼は作曲を勉強し始め、科学者が人のDNAの構造を理解しようとするのと同じ方法で、他の人がどうやって曲を作っているのか理解しようとしていた。2人でラジオのクラシックを流す局にチューニングして、流れてくる曲の構造を聞き取ろうとしたよ。どんな構造がどんな色やムードや感情を生み出すのか「探る」んだ。彼には大好きなクラシック曲がたくさんあった。弦楽器でゆっくり始まって、ダイナミックに展開したり、スピードが速くなったりして、それからまた静かな曲調になるようなのが好きで、この、A-B-A的な構造を僕たちはいつも研究してた。クラシックから学んだことは、彼の音楽の多くに生かされている。 (p. 129)


実際、マイケル・ジャクソン自身も言っているように、アルバム「スリラー」(マイケルがバーンスタインと出会う4年前に発表された)は、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」を手本にしていて、ただ直感で作ったわけではないのよね。


ウィラ:それについてはスーザン・ファストが数年前の記事で語ってくれてる。すごく意外だと思ったけど、スーザンが説明してくれて納得したわ。(*4)


リーシャ:そうね。彼女はいつも複雑なことをすごく明快に説明してくれる。もうひとつ興味深いことがあって、ビート・イットのショートフィルムをけっこう見てる人ならほとんどが、マイケル・ジャクソンの作品にバーンスタインのウェストサイドストーリーの影響があるのを見て取ることができるわよね。


ウィラ:そうね。監督のボブ・ジラルディは関係ないと言ってるけど(*5)、マイケル・ジャクソンのショートフィルムの監督って、往々にして彼の作品について浅薄な理解をしていたりするじゃない。だからジラルディが意識していようといまいと、ビートイットにウェストサイドストーリーからのインスピレーションがないとは考えにくいんじゃないかな。実際、多くのつながりがあるものね。


リーシャ:そうね。ジラルディが語る製作過程はその通りだと思うけど、ウェストサイドストーリーの影響は否定できないと思う。


ウィラ:それで正しいと思うわ、リーシャ。


リーシャ:マイケル・ジャクソンは、ポピュラー音楽や演劇や映画の歴史に精通し、知り尽くしてた。多くの人が、ウエストサイドストーリーはミュージカル映画の最高峰だと思っているし、彼もそれを知らないわけない。ビート・イットとウエストサイドストーリーにはあまりに類似点が多いから、偶然で片付けるのは無理があるのよね。


ウィラ:私もそう思う。たとえば、ウエストサイドストーリーで、ギャング団が衝突するときには、繰り返し「ビート・イット(逃げろ)」という言葉が聞こえる。ウエストサイドストーリーでギャング達が動きをそろえて歩くのも、歩きながら指パッチンするのも、ビート・イットのショートフィルムに同じ場面があるでしょ。それに、ギャングが暴力を乗り越えるのを描くミュージカルのコンセプトっていうのが、ふたつの作品の核になってるわけよね。だから、ビート・イットを作っているときに、マイケル・ジャクソンの頭の中には、ウエストサイドストーリーのことがある程度あったと考えた方が自然よね。


リーシャ:あなたが『M Poetica』に書いたビート・イットについての分析を読んでない人は、本当に損してる。あなたは、ビート・イットと、ウエストサイドストーリーと、シェイクスピアのロミオとジュリエットの結びつきを考察することで、アーティストが過去の作品とどのように交流するか、すごく説得力ある方法で示してくれた。マイケル・ジャクソンは、それまでの作品のような民族や血の繋がりではなく、それとは別の集団の存在を目に見える形にしたことによって、物語のあり方に新しい魂を吹き込んだのよ。


曲の中頃にバーンと入ってくるエディ・ヴァン・ヘイレンのギターソロが、そのことを音で表現している。普通なら黒人音楽として区分けされる音楽の中に、白人の要素が強く組み込まれるわけだから。そして、ショート・フィルムのラストでは、カメラが引きになると、見ている側と演じている側にあった第四の壁も取り払われる。みんなの注目が集まったところで、この作品は現実の世界はこうなんだって単純に表してるんじゃなくて、こういう世界も実現可能なんだってことを見せている、ときっぱり宣言してるのよ。


ウィラ:それはすごく重要な指摘ね。ビート・イットを「お花畑」だなんて言う批評家は、そこがぜんぜんわかってない。


リーシャ:より平和で人種偏見のない社会を、ステージ上やスクリーンの中で表現するというのは、バーンスタインもやってるわよね。バーンスタインのブロードウェイでの第一作、『オン・ザ・タウン(踊る大紐育)』は第二次世界大戦真っ最中の1944年に書かれたもので、3人のユダヤ系アーティストとの競作だった。マイケルの作品にもその振り付けが見えるジェローム・ロビンス、ベティ・コムデン、そしてマイケルに大きな影響を与えているふたつの作品『バンドワゴン』と『雨に歌えば』の脚本家であるアドルフ・グリーン。


ウィラ:バーンスタインとマイケル・ジャクソンには、私が知ってた以上のつながりがあるわけね。


リーシャ:そういうこと。すごく興味をひかれる話よね。特に、『オン・ザ・タウン』ていうショーが当時としては革新的なものだったかを考えるとね。それは、クラシックの作曲家によって書かれた初めてのブロードウェイ作品で、人種の壁をこえたキャスティングをした最初の作品でもあった。典型的なニューヨーカーや、水兵や、歩行者役を、アフリカ系アメリカ人の役者が、白人と同じように演じるのは、それまでにないことだった。異人種どうしでコーラスしたり、手をつないで踊るシーンがあったり。オーケストラの指揮はエヴェット・リーで、彼はブロードウェイ初の黒人の音楽ディレクターになった。

でも、おそらくもっとも革新的なキャスティングは、主演女優だった。日系アメリカ人の、ソノ・オサトが、究極の全米一の究極の美女、アイビー・スミスを演じたのよ。それは当時としては、人種に関わる大事件だった。オサトの父親は、戦争中に収容所に入れられていた12万人の日系アメリカ人のうちの1人だったんだから。



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写真は『オン・ザ・タウン』でのソノ・オサトとジョン・バトルズ。


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1944年のブロードウェイのオリジナルキャストによる『オン・ザ・タウン』


ウィラ:『オン・ザ・タウン』についての考察をありがとう。これは、ほんとに、マイケル・ジャクソンの作品みたいな感じね。つまり、彼も『バンド・ワゴン』に出てくる白人だけのナイトクラブを、『スムース・クリミナル』や『ユー・ロック・マイ・ワールド』では、いろんな人種の客がいる場所にしたでしょ。


リーシャ:そう、この作品はマイケル・ジャクソンの製作理念と似通ったものを持ってるの。『ユー・ロック・マイ・ワールド』のことを出してくれてうれしいわ。そこにもレナード・バーンスタインとのつながりが見られるものね。バーンスタインは、マーロン・ブランド主演の映画『波止場』の音楽を書いているんだけど、この映画は『ユー・ロック・マイ・ワールド』のいろんなところに影響を与えてる。ブランドがカメオ出演していることも含めてね。




ウィラ:確かに!それって、本当に重要なつながりよね。すごく興味深いつながり。気付かせてくれてありがとう。それと、『オン・ザ・タウン』についてあなたが言ったことはすごく気になるわね。その作品は、私たちがマイケル・ジャクソンの作品に見る、境界を乗り越える感性の先駆けとなったものじゃないかしら。


リーシャ:そうね。そしてこれが第二次大戦中の作品だということも忘れちゃいけないと思う。当時のアメリカは、国外では人権と自由のために戦うと言いながら、国内ではそういうものをおろそかにしていたから。


ウィラ:たしかに。「よそ者」、とくに日系アメリカ人に対する恐怖がピークに達していたときよね。あなたがさっき言ってたように、主演をつとめる女優の父親は、戦争中に自宅から連行されて、収容所に住まわされた、何千もの日本人の一人だった。それにはとても衝撃を受けたわ。


リーシャ:私たちの国の現状にも関係しているから、私もそれを落ち着いて考えられるようになるまでしばらくかかった。1944年、日系アメリカ人は強制連行され、捕虜収容所に入れられた。若いユダヤ人アーティストたちはそれに対抗して、新しい美のアイコンを、日系アメリカ人のソノ・オサト演じる清潔感溢れる表情の、アメリカを代表する親しみやすい女の子という形で生み出したのよね。


ウィラ:そうね。クリエイティブな形で、権力に対して自分たちの本当の気持ちを表現したのね。


リーシャ:きっとそうだと思う。2017年の今、『オン・ザ・タウン』のオリジナルキャストの写真を見てみると、このミュージカルの時代的な背景を聞かされなければ、人種偏見とはまったく関係のないキャスティングに見えるわよね。21世紀の人の目には不自然なところがなにもないキャスティング。でも1944年においては、観客の予想を遥かに裏切っていたものだった。

このミュージカルがいかに人種の問題を考えたものだったかが明らかになるのは、舞台から五年後にMGMがこの作品を映画にしたとき。そこでは、すごくいやなやり方で、人種の問題がきれいさっぱり取り除かれた。バーンスタインの音楽も、歌3曲とバレエ部分以外は、ほとんど排除されていた。プロデューサー達はバーンスタインの音楽がクラシック過ぎると考え、観客は気に入らないだろう、あるいは理解しないだろうと考えたのね。


ウィラ:バーンスタインは、20世紀の偉大な作曲家であり指揮者の一人だと見られていたのに?言いたくないけど、こういう話ってほんとに頭に来るわ。『ブラック・オア・ホワイト』のパンサーパートに起こったことを思い出すわね。バーンスタインやマイケル・ジャクソンぐらいの地位のあるアーティストが革新的な新作を発表すれば、彼らのやったことに対する一定の支持はあるし、それをいきなり非難するなんてためらわれることだ、と普通思うはずでしょう?でも実際はそうじゃなかった。


リーシャ:信じられないけど、そうなのよ。今度MGM版の『オン・ザ・タウン』(邦題『踊る大紐育』)見てみて。新しく入れられた音楽がどんなにくだらないか、人種差別的なナイトクラブのシーンがどれだけひどいか、自分の目で見てみて。なんで?って思うわよ。どうして高いお金をかけて、オリジナルをひどいクオリティのものに作りかえたんだろう?って。


ウィラ:本当に皮肉な話よね。


リーシャ:でも、おそらくアーティストが文化的な意味で時代を何歩も先取りしてしまうと、こういうことが起こる。理解できない人が出てくるのよ。マイケル・ジャクソンはそれに気付いていた。だから、パンサーパートについて、一歩下がって謝罪声明を出したのよ。あまり性急に、強硬に物事を運ぼうとするとメッセージが伝わらない、ということを彼はわかってた。


そこが、バーンスタインとオリジナルのオン・ザ・タウンについても一番注目すべきところ。政治的なメッセージがすぐにバーンと伝わる必要はない、このミュージカルはこうだったらいいなという世界を見せているだけなんだ、芸術の本分はいつでもそこにある、という姿勢ね。

音楽学者のキャロル・オジェは「バーンスタインのミュージカル:時代の反映」というエッセイの中でバーンスタインのことをこう述べてる。


その音楽には、政治的な信条のようなものが一本通っており、それは信じるに足るものだ。しかし、バーンスタインのミュージカルにある政治的なメッセージは論争や説教とは無縁で、ショー全体をつらぬく精神に、政治が垣間見えるような感じ・・・。


これはマイケル・ジャクソンが歌やショート・フィルムを作るときにとった手法じゃないかと、はっとしたのね。


ウィラ:そうね。彼の多くのショート・フィルムがそう。「ガール・イズ・マイン」みたいにさりげないのもあるけど。そこには、人種について触れた部分なんか一言もない。でもポール・マッカートニーの声とマイケル・ジャクソンの声を聴けば、1983年にみんながやったように、黒人の男性と白人の男性が同じ1人の女の子とデートしていて、彼女がどっちが好きか言い合ってるんだって、わかる。それが1983年という時代の人種の状況だった。


リーシャ:そうね。受け入れるのを戸惑いながらも、それができる状況が1983年にはあったということね。でも、あの歌は対立という形をとらずに人種のことを扱っていて、多くの人はそこにある政治的な含みに気がつかないまま、楽しく一緒に歌いながら、十分にメッセージを受け取っていたんだと思う。


ウィラ:そうかもしれないわね、リーシャ。特に若い聴衆は。あなたは説教したり対立を強調したりしない芸術のあり方という大事な点を指摘してるのね。


私は、この数ヶ月の社会の変化について、それがどのように起こったかについてずっと考えてた。人種差別をはじめとする不寛容を乗り越えることはマイケル・ジャクソンにとってとても重要なことだった。その証拠はいくつもあるわよね。そして彼はいつもより公平な社会を提唱していた。でも同時に、彼は、人種差別主義の人を、決してバカだとか無知だとか邪悪だとか言わなかった。おまえは無知だ、ということで誰かの心を変えることなんかできないじゃない?実際は逆効果で、相手が自分の主義主張にますますしがみつくようになるだけ。

効き目があるのは、なんと言っても芸術の力よ。オン・ザ・タウンについてあなたが言った、「人種の壁をこえたキャスティングをした最初の作品でもあった」ということ。マイケル・ジャクソンもそれを繰り返しやったし、「自分はスタッフを才能でえらぶ、肌の色では選ばない」と何度も言ってる。


リーシャ:マイケル・ジャクソンはいつも人種の協調を頭に置いていた。1984年のローリングストーン誌のインタビューではこう言ってる。


僕は人種なんか気にしないんだ。肌の色で人を雇うんじゃない。能力を見て雇うんだ。人種にこだわるのは僕の主義じゃない。いつか、すべての人種がひとつの家族のように愛し合うようになればいい、って強く願っているんだ。


ウィラ:まったくそうね。その時代の、特に人種に関わる社会常識に従うことを拒否する、それがバーンスタインとマイケル・ジャクソンに共通する革新的なスタンスだった。結局、多くのラジオ局は、それが異人種の男女交際をほのめかしているという理由で「ガール・イズ・マイン」を流さなかった。ましてや、黒人の男が白人の男に(それもビートルズのメンバーに!)、彼女は僕のほうが好きなんだ、って言ってるところなんかもってのほかだった。


でも、1983年にこの設定がラディカルだったからこそ、マイケルは軽いタッチでそれを歌った。こういう社会で許容される概念の境界線にさりげなく揺さぶりをかける芸術が、人種や人種間の関係についての世論を変えていくのに主導的な役割を果たしていけるんだと思う。


社会的道徳観がどれだけ変化してきたかは、新しいディズニー映画『美女と野獣』に対する観客の反応を、あるいは無反応を見ればわかる。この映画は、『オン・ザ・タウン』と同じように、さりげなく人種の壁をこえたキャスティングをしている。悪い魔法によって、家の中にある物に変えられてしまったキャラクターがいくつか登場するんだけど、彼らは、ピアノとかドレッサーとかろうそく立てとか、無生物的な形の中に閉じ込められているから、愛する人の顔を触りたくてもそれができない。最後に、魔法が解けて、見ている私たちが感情移入していたそれらのキャラクターは人間の姿に変わっていくんだけど、その中に2組の異人種カップルがいるの。そして、『美女と野獣』はディズニー映画史上初めて、異人種カップルのキスシーンを出した。でも、それについては、賛成意見も反対意見もほとんど何も話題にならなかった。


異人種恋愛はもう普通のことになったから、ディズニー映画でさえもそれを描くようになった。そしてそれが特に気にされることもなく通るようになった。そういう変化が起こりえたのは、バーンスタインやマイケル・ジャクソンのような、先見的なビジョンを持つアーティストに負うところがすごく大きいと思う。


リーシャ:賛成だわ、ウィラ。レナード・バーンスタインや、ジェローム・ロビンスが、手を取り合うダンスやコーラスによって、人々に人種の平等ってどういうことなのかを見せたってことはすごく大事なことだった。マイケル・ジャクソンが巨大な橋をステージの上に作って、気候変動は、どこのグループに所属してるかに関係なく、みんなの参加が必要な問題なんだ、ひとつの国やひとつのグループで解決できる問題じゃないんだ、ってことを考えさせてくれたことも、すごく大きなこと。ひどい結末を回避するたったひとつの希望があるとすれば、それは私たちがひとつになろうとする意志。今行動を起こさないのは、どんな悲惨な結末になり得るかを見通す想像力が私たちに欠如してるってことね。


ウィラ:その通りだと思うわ、リーシャ。この記事の冒頭であなたが引用してくれた発言の中で、バーンスタインが言っているように、道を示すのはアーティストよ。


リーシャ:記事をしめる前に、その引用の後半をここにあげておきたい。“未知” を “現実” にしていくことについて、彼はこう言ってる。


どうやればいいか?自分が上手くやれること、すごく上手くやれることを見つけることです。そして全力でそれをやるのです。クールに「自分のやりたいようにやれ」というのとは違います。それでは消極的だし、勝負から下りてる。なんにもできない。私が言いたいのは、それが小さな街であろうと、世界であろうと、自分の住む場所、自分の仲間のためになることをやれ、ということ。


ウィラ:すごく励まされる言葉ね、リーシャ。


リーシャ:私もそう思う。何時にも増して今の時代こそ、私たちはバーンスタインやマイケル・ジャクソンを必要としているんじゃないかな。


(この記事は、childspilitsさんが翻訳してくださいました。感謝!)


_______________________


(*1)ジョナサン・コットインタビューは、Rolling Stone誌に連載されたもので、本にもなっている。

Dinner with Lenny: The Last Long Interview with Leonard Bernstein

https://www.amazon.co.jp/dp/B00AFVDV6O/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1


参考文献

ハンフリー・バートン著『バーンスタインの生涯』下巻・376-377ページ(棚橋志行訳、福武書店刊/翻訳書は上下巻セット。原著 LEONARD BERNSTEIN» written by Humphrey Burton, Doubleday, 1994 484-485ページ)


(*2)バリシニコフもマイケルのダンスのことを・・・

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/06/26/AR2009062604257.html

マイケルはエリザベステイラーに連れられて、初めてバリシニコフのパフォーマンスを見たようです。バリシニコフはバレエダンサーだけでなく、映画俳優としても活躍し、現在も魅力的な姿を見せてくれています。




(2015年にリル・バックと共にrag & boneのCMに出演)




(*3)Reflections on the Danceの記事

http://www.reflectionsonthedance.com/DavidPack-on-Michael.html


(*4)Dangerous Talk with Susan Fast

https://dancingwiththeelephant.wordpress.com/2014/09/04/dangerous-talk-with-susan-fast/


(*5)ボブ・ジラルディが「Beat It」について語ったこと

http://www.truemichaeljackson.com/true-stories/bob-giraldi-on-directing-beat-it


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by yomodalite | 2017-09-05 00:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

和訳 “You Rock My World”

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☆この曲の解説はこちら・・・


前の記事でも書きましたが、この曲の「You」は、最愛の女性でも、完璧な愛を与えてくれる女性でもないと思いますが、マイケルが歌の中で呼びかけているような「Girl」は、それぞれ自分のことだと考えて良いと思います。


最後が切れていますが、

曲の前に会話が付いてるのがこれしかなくて・・



"You Rock My World"


Oh man! Look at that girl, right there!

Goodness gracious! That girl fine, man!

Look at it, she just too fine! She know she fine too!

She is banging!

She's off the hook!

She looks good, you're right

Hey, I bet you, can't nobody get that girl

Chris, I can get her

You can't get that girl, Mike

I guarantee you can't get that girl!

Watch me get that girl

I bet you never-Neverland, you can't

I can get her

All right! Shomon, then. Shomon!

Watch


(I don't think they're ready for this one

Darkchild… I like that)


クリス:よぉ、見ろよ、あそこにいるあの娘!

優しそうだし、上品な雰囲気、超いいじゃん!

よく見ると、ますますいいね!

自分の魅力をわかってるって感じ!

マイケル:ドンピシャだね!

クリス:サイコー!

マイケル:確かにね、まちがいないよ

クリス:賭けてもいいぜ。誰もあの娘を手にいれられないよ

マイケル:クリス、僕なら彼女を手に入れられるよ

クリス:君には無理だよ、マイク

君があの娘を手にいれられないことは俺が保証する

マイケル:見ててよ、僕があの娘をゲットするのを

クリス:賭けてもいいよ、君には、絶対、ぜぇっーたい無理だって

マイケル:僕は彼女を手に入れるよ

クリス:わかったよ、じゃあ、やってみろよ

マイケル:見てて


(みんなをびっくりさせてやる・・・

ダークチャイルド・・いいんじゃない)(*)


[Verse 1]

My life will never be the same

Because girl, you came and changed

The way I walk

The way I talk


僕の人生は、もう前と同じにはならない

君が現れて、僕の歩き方も

話し方も変えてしまったから


I cannot explain the things I feel for you

But girl, you know it's true

Stay with me, fulfill my dreams

And I'll be all you'll need


君から感じたことを

説明することなんて出来ないよ

ガール、君もそれが本当だってわかるだろう

だからずっとそばにいて、僕の夢をかなえて欲しいんだ

僕もすべて君が望むようにするから


Oh, oh, oh, oh, ooh, it feels so right (Girl)

I've searched for the perfect love all my life (All my Life)

Oh, oh, oh, oh, ooh, it feels like I (Like I)

Have finally found her perfect love is mine

(See, I Finally found, come on, girl)


ああ、まさにこれだよ(ガール)

僕が人生のすべてを賭けて探していた完璧な愛を

見つけられた気がする

とうとう僕のための完璧な愛がね

(そう、ついに見つけたんだ)


[Chorus] 

You rocked my world, you know you did

And everything I own I give (You rocked my world)

The rarest love who'd think I'd find

Someone like you to call mine (You rocked my world)


君は僕を変えてしまった、君もそれをわかっているだろう

僕は君にすべてを捧げなくてはいられない

これほど稀少な愛を、見つけられるだなんて

君のような人を僕のものだと言えるなんて

誰が思っただろう(君は僕を変えてしまった)


In time I knew that love would bring

This happiness to me

I tried to keep my sanity

I waited patiently


いつかは、こんな愛が

僕に幸せを与えてくれるんだってわかってた

ずっと辛抱強く待ち続けたんだ


Girl, you know it seems

My life is so complete

A love that's true because of you

Keep doing what you do


ガール、君もそう思ってくれたら

僕の人生は完璧さ

君への愛こそが真実

ずっとこのままでいて


Oh, oh, oh, oh, who'd think that I (Oh)

Have finally found the perfect love I searched for all

My life (Searched for all my life)

Oh, oh, oh, oh, who'd think I'd find

(Whoa oh oh)

Such a perfect love that's so right

(Whoa, girl)


人生のすべてをかけて求めた完全な愛を

僕が見つけられるだなんて

誰が思っただろう

こんなにも完璧に、素晴らしい愛を


[Chorus]x 3

You rocked my world, you know you did

(Come on, come on, come on, come on)

And everything I own I give

The rarest love who'd think I'd find (Girl)

Someone like you to call mine (You rocked my world)


君は僕の世界を変えた 君もそれをわかっているだろう

僕は君にすべてを捧げなくてはいられない

これほど稀少な愛を、見つけられるだなんて

君のような人を僕のものだと言えるなんて

誰が思っただろう


[Verse]

Girl, I know that this is love

I felt the magic all in the air

And girl, I'll never get enough

That's why I always have to have you here, hoo


ガール、僕は知ってるんだ

これが愛なんだって

すべての空気に魔法が宿っていることを感じる

でもね、ガール、これからもずっと一緒にいてくれなきゃ

僕は永遠に満たされないからね


[Chorus]繰り返し


(訳:yomodalite)

__________________


(*)Darkchild は、ロドニー・ジャーキンスがプロデュースした曲に「お約束」として入っている、彼のシグネチャーなんですが、マイケルは、これをトンデモなくセクシーに言っていますね。


気になる点はいつでも遠慮なくお知らせくださいませ。


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by yomodalite | 2016-07-02 09:00 | ☆マイケルの言葉 | Trackback | Comments(2)
今頃?って言われそうですが、「You Rock My World」の和訳です。


主語や代名詞がわかりにくいことが多いマイケルの詩の中では、すごくわかりやすい詞で、歌詞を読んでいると、すごく甘いラブソングのように感じるのですが、曲を聴いていると、完璧な愛を見つけたとか、最愛の女性が見つかった、という感じはあまりしないのではないでしょうか。


歌の前のセリフ部分のコメディタッチも、曲の印象とミスマッチな印象で、ふたりの会話はショートフィルムと同様、仲の良いおとこ同士が街でみかけた女性をナンパしようとする内容ですが、マイケルは照れているというか、イマイチその役に入り込めていないという感じでしゃべっていますよね。このシャイな感じにはグッとくるんですが、


「偉大な俳優と言われた人たちの誰よりもさらに上を行く」(→21歳のマニフェスト)


というほど厳しい研鑽を積んだ結果がこれ?と疑問を抱いた人も少なくないはず(笑)


イマイチなのは、台詞回しだけでなく、ショートフィルムの演技もオカシイですよね? あれは、どう考えてもナンパしに行こうという「顔」じゃないし(笑)。この当時の体調の悪さ、SONYとの対立、カシオ本の記述など・・・あらゆる原因についてずいぶんと長く考えたつもりですが、これまで、語られた物語の中に私が納得できるものはありませんでした。


なぜなら、マイケルがあらゆる意味で万全だったとしても、「ナンパ」や、クリスのコメディタッチも、「完璧な愛を見つけた」という内容も、この曲の雰囲気と合っているとは思えませんし、ショートフィルムだけならいざ知らず、アルバムに納めるときでさえ、曲の前に「ナンパ」というシチュエーションが必要な理由がわかりません。(この「ナンパ」は、フレッド・アステアの有名な「ガールハント・バレエ」に関連しているのかも・・)


初めに、男たちの会話があって、素敵なガールをナンパするというのは、『The Way You Make Me Feel』のヴィデオと似ていて、このときも、マイケルはダンスによって彼女の心をゲットするのですが、マイケルが『Invincible』で到達していた世界は、素敵な女の子をゲットするのとは別の世界で・・・このときのマイケルのチグハグさは、彼が演技が下手とか、キャラ設定が間違ってるというのではなく・・・


演じられるようなモデルが存在しないような「人間」を表現しようとしているからだと思います。


つまり、それは彼が、「マイケル・ジャクソン」の完成形として創造している人物のことなのですが、マイケルが「偉大な俳優と言われた人たちの誰よりもさらに上を行く」ほど演技を学ぼうとした理由は、優れた俳優になりたいと思う人々とは、かなり違ったものでした。

僕は演技を、演じなければならないものだとは思わない。演技というものが、演じているということなら、リアリズムを模倣していることだけど、リアリズムの方を創造すべきなんだよ。それは、演じるではなくて(acting)信じる(believing)と呼ばれるべきなんだ。あのね、僕は演技について考えているとき、いつもそれに反対だった。僕は演じている人(actor)なんか見たくない。僕は信じる人(believer)が見たいんだ。あたりまえのこと(truth)を模倣するような人なんか見たくない。それは、その時点で本当のこと(real)じゃない。1984年「EBONY」インタビュー)

"You Rock My World”のショートフィルムを見た当時、多勢の人が「人間離れした」と感じたのは、彼が自分の演技を「リアリズムの模倣」ではないことを突き詰めたから・・・


なぜなら、完璧な愛が見つかることは、現実に生きる人間には起こりえない。

そして、この曲が、クリスとのコメディタッチの会話から始まるのは、

僕を変えてしまった君(You rocked my world)や、完璧な愛や、稀少な愛(perfect love、rarest love)と歌われている「愛」や「君」が、最愛の女性のことではなく、


ショートフィルムで表現されているように、バディもの、ボーイ・ミーツ・ガール、波止場、ギャング、戦う男・・・といった映画によくある舞台設定、そして最も大きな影響をうけたスターであるフレッド・アステアが引用され、マーロン・ブランドが実際に登場し、物語は「Happy End」を迎えても、エンターテイナーとしての日々や、ショーは常に「To be continued」であるという、


マイケルが人生を捧げた「エンターテイメントの世界」を指しているからでしょう。


甘い言葉が並べられていても、この曲に通底しているリズムが切ないのは、そこまでの彼のストイックな歩みが、そう感じさせるからだと思います。


和訳の前にずいぶんと長く書いていますが、


時間がかかったのは、和訳ではなくて、この「まえがき」の方でw、


これをどんな風に書こうか、とか、いつ書くべきかとか、どんな感じにして、どの程度の長さにしようか、・・とか、そんなことがいつまで経ってもよくわからなかったうえに、


会話の最後とDarkchild… I like that までをどうするかも、なかなか決心がつかなかったんですよね(まだ悩んでますけどw)。


それでは長くなったので、和訳は次回。


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by yomodalite | 2016-07-01 11:30 | ☆マイケルの言葉 | Trackback | Comments(6)
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☆(37)のつづき

SF『You Rock My Would』に登場しなかった「スペードのKING」の行方について。
ここまで登場した、3枚のKINGには、そのカードに固有のモデルとされる人物もいるのですが、わたしは、それぞれのマークの意味である、ダイヤ(商人)、ハート(僧職)、クラブ(一般人)と解釈していて、

これらの「カードが切られた」という意味を(36)では「KING OF POPへの決別」と表現しました。(さらなる飛躍を求めての旅立ちというか...)

では、最強のカードと言われるカードで、剣、騎士(指導者)といった意味をもつ「スペードのKING」がどこに行ったのかというと、それはこの絵の中にあるんだと思います。



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スペードの形に描かれているのがわかりますよね?スペードは、元々「剣」から図形化されているので、これは偶然ではなく、MJの依頼により、そう描かれていると思われます。一番上のSF「You Rock My Would」の顔と比較してみてください。


I am the thinker, the thinking,
私は思索者として、考える
the thought
思考とは
I am the seeker, the seeking,
私は探求者として、探求する
the sought
探求とは
I am the dewdrop, the sunshine,
私は露になり、陽の光となる
the storm
嵐とは
I am the phenomenon, the field,
私は現象となり、一面に広がる
the form
形とは
I am the desert, the ocean,
私は砂漠になり、海となる
the sky
空とは
I am the Primeval Self
原始の自己である
In you and I
あなたにとっても私にとっても

Michael Jackson

(この詩の全文はこちらを参照)




これは「The Triptych」(三連作)と名付けられた絵の中央の部分で、

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聖剣(エクスカリバー)や、MJのバックに獅子の紋章があるなど、神話がモチーフになっている絵だと思うのですが、


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MJの専属画家だったデイヴィッド・ノーダールによって描かれたもので、中央に自作の詩(1992年に出版された『Dancing the Dream』より)の一部を書き入れて、1993年12月完成され、食卓に飾られていたようです。


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ノーダール氏(David Nordahl)はMJの絵を何枚も書いている画家ですが、元々、ネイティブアメリカンの絵をよく描いている画家で、MJの専属画家を辞めた後は、また、そういった絵を描いておられるようです。(http://www.artnet.com/artists/david-nordahl/past-auction-results)


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MJが描かれた絵はたくさんありますが、注目すべき肖像画といえば、Ralph Cowanが描いたこちらもそうですね。


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この絵は、オプラ・ウィンフリーショー(1993年)で、MJがインタヴューされている部屋に飾られていたもの。

(Ralph Cowanはジョン F. ケネディなどの歴代大統領や、エルビス、 マリリン・モンロー、エリザベス・テイラー、英国王室からブルネイの王様に至るまでの超一流の顧客リストをもち、世界最高の肖像画家として輝かしい経歴を誇っている。彼は90年代前半にネヴァーランドを4回訪問して、作曲について質問し、曲が生まれた木を見学し、列車や遊具に乗って、それらを楽しむ子供たちと、MJが子供たちを愛する姿を見た後、1993年に完成した)

この絵にも文字が書かれていますが、向かって左側の肩上が、

I’m a multi-dimensional creature.....
わたしは、多面体の生き物....

猿の右に描かれているのが、

....going thru the Earth experience to learn in slow-motion the consequence of thought.
....地球での体験を通して、ゆっくりと「結論」に至るように学んで行く。

(MJとの会話として、猿と子供が「学んでください」って言っているのかな?)


2点とも、1995年のアルバム『HIStroy』より以前に描かれた絵ですが、Ralph Cowanの絵は『Dangerous』ぽい雰囲気で、

オプラ:あなたが34歳まで生きてきた中で“何が分ったか”を教えて。

MJ:う〜ん、何が分ったか?。。まだ自分は学んでいる途中です。人生は学ぶことばかり。。。今わかっていることは何もないです。はっきりしているのはそれぐらい。


と語っていた頃を思い出します。 (→ 顔について[3]参照)


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☆絵の中のシンボルについて(Ralph Cowanの意見)

1)描かれた文字:彼は思索することを学んでいて様々なスピリチャルな本を読んでいた。
2)甲冑:彼は良くない報道に対し敏感だった。鎧によって保護されたでしょう。
3)赤いケープ:ロイヤリティ。彼はキング・オブ・ポップですから
4)猿;これは、バブルスではありません。元は2匹の犬を描いていましたが、彼が犬が好きではなく、猿にしてほしいと言われ書き直した。
5)銀の壷:彼が獲得したすべての「賞」
6)オウム;彼の声と、大勢の模倣者
7)中国人の少女:彼はこどもが成長するまでは「天使」と考えていました。
8)スペースシャトル:彼はダンスをするとき、宇宙に行っている。 
9)ジーザス:彼は、キリストの偉大さや、行いについて話すのが好きでした。
10)白いドレスの女:彼はこの看護婦が引き起こすマジックや行動について、私に話しました。それは、彼女(デビー・ロウ)がハプニングを引き起こす予定のことだったのか、彼らはこどもの事で約束がありましたから....とにかく、わたしは天使に似た看護婦を描きました(要約終了)


◎Ralph Cowan(公式サイト)

なんとなく、Cowan氏は、オプラがネヴァーランドに来たときと同様の経験をしているというか、MJはふたりに同様のプレゼンをしたようですね。

それと気になるのは(10)の白いドレスの女(こどもを抱いているように見える看護婦)に関して、デビー・ロウと結婚したのは1996年なんですが(長男誕生は1997年)、それを1993年の時点で語っている事でしょうか。(画家のインタヴューは、MJが旅立った後のもので、彼は後から知ったデビーとの情報から推察していると思われる)

テディ・ライリーは、MJがリサと結婚したとき、相手がデビーじゃなくて驚いたというようなことを語っていたので、1994年のリサの結婚前から、デビーとの計画があったことはほぼ間違いないのですが、それにしても、それを、この段階で画家に描かせているというのは.....なんというか、驚くべき計画性(笑)だと思うんですね。。。

ちなみに、ノーダール氏に依頼したリサ・マリーとの絵にも「CAMEROT」というタイトルがついていて、こちらはアーサー王をモチーフにした絵のようです。


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(上記記事から要約)この絵(「CAMEROT」)は、1995年に依頼されたものですが、2人の愛をどう描くかに関して、MJには具体案がなく、彼が絵で見たがっているもののリストから、私がスケッチを書き、それが気に入られましたが、城(CAMEROT城)は「架空より」にするために取り除くように指示されました。ただ、残念ながら、この絵が完成するまでに2人は別れてしまいました。(要約終了)

リサとの愛よりも、デビーとのこどもの方が、MJの中では確実なヴィジョンだったってことでしょうか?

確かに、SF「You Are Not Alone」も暗示的なんですが、、、でも、リサとの関係がどうということよりも、

MJの未来予測の確かさというか、着実な計画性はあらゆる点に及んでいると思うんです。

(上記記事から要約)ナイトを授けられ、戴冠し、MJの詩を書き込んだ絵のために、3つか4つのスケッチを頼まれ三連作にすることを決定した(「The Triptych」の絵のこと)この絵に関しては締め切りが設定され、それは初めてのことだったので、この絵には、特定の目的があったのだと私は信じている。(要約終了)

この特定の目的って何でしょう?

この頃のMJの絵には、アーサー王伝説に代表されるような、甲冑、騎士のモチーフが多いのですが、元々、MJはネヴァーランドの門にも、英国王室と同じガーター騎士団の紋章を入れていたり、 (「The Official LIFETIME Collection」参照)

ダイアナ妃(プリンセス・オブ・ウエールズ)と会っているときの嬉しそうな顔といい、騎士道物語とか、アーサー王伝説が好きなんだと思うのですが、、

(2011.9.14追記)

彼がアルバム「HIStory」を制作中に“最強の王”としての自画像を制作し、自詩の「I am the thinker, ...」の部分を入れて、通常は「宗教画」を飾ることが多い食卓に飾っていた。というところまでで、一旦、肖像画「The Triptych」についての考察は中断することにします。

マーロン・ブランドに夢中になっているうちに、80年代前半のメモ

Dream → Greatest Actor, Singer, Dancer of all time and Entertainer, The Best.

が再度気になってきたので。。。


☆(39)につづく


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by yomodalite | 2011-09-14 00:09 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)
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ルドルフ・ヴァレンティノ(Rudolph Valentino)



☆(36)のつづき

「スペードのKING」の行方の前に、そう言えば、最近「顔について」なのに、全然「顔」について語ってないような気がするので、これまでに挙げた人物以外に、もうひとり、この方を追加しておきたいと思います。



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MJの顔への違和感が大きくなっていったのは、彼の不自然な「白塗りメイク」が大きいと思うのですが、よく考えてみると、彼は肌の病気によって、白人よりも、もっと白い肌になっているので、むしろ「ナチュラルに見える」ときの方が、肌色ファンデで「顔色をカモフラージュ」しているはずなんですよね。

MJのメイクが、レディーガガのように「アート」には見えなかったのは、ガガが「顔」を自由なキャンバスとして捉え直しているのとは異なり、

この頃、MJは「不自然な白い肌色」を少し工夫して、そのまま見せる方が「アート」だと思ったからだと思うんです。



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彼が、白班症について積極的に語らなかったのは、病気として「ネガティブ」に捉えるのではなく、すべて「創造」の源泉になりうるという信念からと、

また、その病気が特に女性に多く、遺伝に関わっているということも関係があるかもしれません。ジャネットは、家族にはもうひとりその病気で悩んでいる人がいると発言していますが、公表されていませんし、

彼のような有名人がもっと積極的に公表すれば、同じ病気のひとに勇気を与えたのではと思うひとも多いと思いますが、女性に多いことと、遺伝が関係していることを考えると、そのメリットは「微妙」で、

特に、黒人が「白班症」になるのは、黄色人種や白人が白班症になるよりもずっと人種的なアイデンティティの崩壊にも繋がる大問題なので「肌の色なんか関係ない」というメッセージの方が、より大事だと考えたんじゃないでしょうか。



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HIStory期以降のメイク顔は、彼の好きなピエロや仮面の影響もあったとは思いますが、不自然な「白い肌」をそのまま活かそうとする発想も根底にあったんじゃないかと思うんです。

(15)で紹介した写真を見ても、MJが伝説的美男と言われた、ルドルフ・ヴァレンティノをかなり研究していたことは間違いないと思いますが、『You Rock My Would』では、冒頭の中華屋のシーンを除くと、MJがやっていたのは「美男の演技」だと思うんです。

ヴァレンティノは、サイレント映画時代のスターで、淀川長治氏の『活動大写真』でも、

このヴァレンティノのラブシーンが物すごい。彼は激情に達するや、相手の女をぐいと抱きしめ、サッと彼女から身を離し、ついで再びグイと引きよせ、力いっぱい抱きしめる。それで女はガバと彼の腕によりそうことになる。すると彼は女の肩を両手でワシづかみにする。やがて片手で女の肩から腕へとその手をなでおろし、その腕の肉をくいこむがごとく握りしめる。と、もう一方の手は、女の首にまわる。そして女の背中を二回なでまわしてから、熱き接吻をするのであった。(引用終了)



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と表現されていて、やっぱり、多くの女性が虜になったのは「顔」だけではなくて、その「表現」だったと思うんです。

MJが初めて「赤い口紅」を見せた『Blood On The Floor』では、彼はめずらしく女性と絡んで踊っていますが、ヴァレンティノは元々タンゴダンサーで、彼の代表作には『血と砂 Blood and Sand』(マタドール役)という作品も・・・

☆『THE FOUR HORSEMEN OF THE APOCALYPSE』 (1921) という映画の有名なタンゴダンスシーン
◎Rudolph Valentino - TANGO DANCING

☆この動画で見る、撮影外のヴァレンティノは、素敵なんだけど
◎Rudolph Valentino - Caught On Film

☆代表作とも言われている『血と砂』は、スペイン人を演じるのに
眉毛を繋げたせいなのか(笑)、今見るとそんなに魅力的に見えない?(3:29)

◎Rodolfo Valentino - movie "Blood and Sand" (1922)

MJは、これまで学んできた「サイレントムービー」のスターたちのドーラン白塗り+口紅といった顔(ここで選んでいるヴァレンティノの写真はナチュラルなものが多いですが)が、自分の「白い肌」に意外と合うかも...と考えて、

SF『Blood on the Dance Floor』に取入れているのかもしれませんね。



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◎Blood on the Dance Floor

☆こちらは、わたしの大好きなリミックスVer!!!
◎Blood on the Dance Floor (alt version and remix)

ホントMJは、驚異的に負けず嫌いで、そーゆー勝負はハッキリと片をつけたがる男ですからね....

で、見てのとおり、MJの方がダンス上手いですよね。

それと、全世界の女を失神させたっていう伝説も

とっくにクリアしちゃってますよね。



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白塗りメイクで、女とタンゴを踊って、ヴァレンティノ超えもはっきりさせちゃったし、もう後は、マーロン・ブランドよりスゴい役者としても認識されて、チャップリンのように面白くて、映画史上に遺る映画を創って、モハメッド・アリのように強い男としても、キング牧師や、ネルソン・マンデラのような不屈の男とも、勝負しなきゃならないので、

\(・_\)ちょっと「美男」は置いといて (/_・)/


しばらくの間「ガールは黙って見ていろ」もしくは、

But they say the sky's the limit
And to me that's really true
And my friends you have seen nothin'
Just wait 'til I get through...


人は可能性は無限大だと言う。
僕にとっては正にその通りさ。
でも、友よ、君にはそれが見えていない。
だから僕の言うことを理解するまで待つんだ。

という心境で『You Rock My Would』を創って、その後、本当にもうめちゃめちゃ待たされたけど、MJは、まさかと思うほど「ダンディな男」として、そして誰も想像もしていなかったほど「タフな男」として、帰って来たんじゃないかと・・・



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MJより23歳年上のアラン・ドロンは『ボルサリーノ』で、ヴァレンティノ風の美男ギャングを演じていて、ドロンは、この映画の後に、アメリカ進出をするのですが、彼自身は、古式然とした美男演技の人ではなかったものの、ニューシネマ時代に突入したハリウッドでは、ドロンの美貌も、ヨーロッパ臭さも、もうあまり必要とされませんでした。

ですから、MJと同時代の俳優は、エキゾチズムで人気を得たヴァレンティノに学ぶなんてことは、ほとんどなかったと思うんですが、MJだけは「美男の演技」を、役者以上に学んでいて、アラン・ドロンまで、わずかに残っていた、陰鬱な眼と、冷たい表情でありながら情熱的な態度という「美男」の伝統に、音楽やリズムも含めた「黒人センス」を加え、

また『You Rock My Would』では、MJはめずらしくスカーフで髪をまとめていますが、これは、ヴァレンティノ風と言われる、ポマードぺったりなヘアスタイルを、MJ風にアレンジして「サイレント時代の美男」を取入れているんじゃないでしょうか。



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陰鬱な眼と冷たい表情と情熱的な態度の美男を
アートとして再構成してみた顔w
一番上と比べて見てね。



彼はより良い表現のためには、ダンスや歌の練習だけでなく「演技」の勉強がすごく重要だと考え、美しく見せるために「美男」をすごく研究して身につけていたと思うのですが、それと同時に、彼のパフォーマンスではなく、カッコ良さばかりに惹き付けられてしまう大勢のガールや、

彼と同じ顔に整形したいという希望を反対されたことで自殺してしまったファンもいたことから「顔じゃない」というメッセージも重要だと考えていて、

その両方のせめぎ合いと、ミレニアムに向けた様々な「宣戦布告」が目一杯詰まって、あの顔になっているのではないでしょうか。



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映画『アラン・ドロンのゾロ』Alain Delon “Zorro”



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『マイケル・ジャクソンのゾロ』(笑)



◎ルドルフ・ヴァレンティノ(ウィキペディア)

☆ヴァレンティノの濃厚キスシーンがいっぱいの動画
◎Rudolph Valentino - Tango Kisses
◎Rudolph Valentino - Tango Kisses Ⅱ

☆淀川長治氏がヴァレンティノの声は「聴いた時ぞーっとする程下手で、声が悪かった」って言ってるのは、これかな?
◎Rudolph Valentino Sings Two Songs (1923)


☆(38)に続く


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by yomodalite | 2011-07-26 15:32 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(1)
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☆(35)のつづき

[21]からの『Invincible』期の考察で、これまでとは異なる見方をしている『Unbrakable』のSF制作が出来なかった件も、所属レコード会社によるプロモーション妨害と、MJ側の反発である「ソニーウォーズ」の件も、まだ納得された方は少ないと思います。

これは、その後の『Living with MIchael Jackson』から、二度目の幼児虐待疑惑、裁判へという、一般的には、マイケル最大の受難の時期に対して、当時はまったくそう見えなかったけど、振返って見て「本当はこうだったんじゃないか」と思うようになった、わたしの「仮説」の一部で、

確固たる証拠を挙げて説明することが困難なことと、何度か迷った部分が多いせいで、自分で読み返しても、さっぱり要領の得ない文章に呆れてはいますが、

ただただ一生懸命考えて、自分にとってできるだけ矛盾の少ない結論について考えているもので、真実を求める方は、私が匙を投げた部分なども、充分ご注意のうえ、是非また別の「解釈」を試みてくださいませ。



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では、SF『You Rock My Would』の一応の解説編なんですが、

このSFの内容に関して[31]から、色々と思いつく限りのことを探ってきましたが、残念ながら、すべてが解明できたとは言えない状況です。

ただ、このSFが、MJのこれまでの作品の集大成になっているだけでなく、マーロン・ブランドの歴史も重ね合わされているということを、少しでも感じてもらえたら、

ブランドが演じるギャングのボスの役を、当初はロバート・デ・ニーロに依頼したということが疑わしいことや、

ブランドと、MJのセリフも今後連作されていくはずだった物語がなくても、意味が通じるものであったことは、なんとなく、ご理解いただけたでしょうか。



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これまで、コンセプトやストーリーよりも、その曲のシングルヒットのポテンシャルにこだわって、アルバム収録曲を決定してきたように思えるMJですが、

アルバム『Invincible』は、最終的に収録されなかった曲と比較したとき、過去のどのアルバムより「無敵」というテーマと、ミレニアムを意識した、新たな自分の創造にこだわって選曲されていて、

わたしには、ここから、これまでのように、何曲もシングルヒットを目指すのではなく、むしろ、そういったレコード制作を一旦終了して、新たな別のスタートを切ったように思えるんです。

だから、彼はこれまで、“自分の世界を揺さぶったもの”(You Rock My World)をシングルカットし、今までの集大成のようなSFにしたんじゃないかと思うんですね。

“You Rock My World”の歌詞は、運命の女への愛を歌っているようなのですが、SFでは「運命の女」の意味は希薄ですし、マイケルが語っているような子供への愛とも無縁です。(「You Rock My World」の歌詞の別の意味 →[26]参照)

SFでは、通りで見かけただけの、名前も知らない女によって、ギャングとの抗争にも巻き込まれますが、この女性はかつての『The Way You Make Me Feel』のような、女とは異なり、どこか救いを求めている不完全な大人(Dark Child)の象徴にも感じられ、



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もっと象徴的なのは、ステージと思われるような場所で、女性ダンサーの前を通り過ぎるところですね(このダンサーは、酒場に入っていくきっかけになった女性とのひとり二役)

これまで、共演者との「禁欲」姿勢を貫いてきたMJですが、この通りすぎ方には「一般的な男女の愛」と「ステージ」との、両方の意味を感じます。



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(MJは30周年記念コンサートの後「Dangerous」パフォーマンスを2回行ったのみで、その後はダンスパフォーマンスを封印した)

◎American Bandstand 50th Anniversary(Dangerous live 2002)
◎Every Vote Counts(Dangerous Live 2002)

このSFは、集大成でありながら、これまでの自分との「決別」もテーマになっていて、

これまで、街のワルたちに『Beat It』では逃げろと言い、『Bad』ではダンスで対抗し、ガンジーか、MJかというぐらい、暴力には「非暴力主義」で対抗してきたMJですが、ここでは「No FIGHTING」にグラスを投げつけ、ギャングたちと素手で戦います。



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もちろん、暴力を肯定する意味はないと思いますが、この映像の後半部は「戦う姿勢」や「男ぽさ」を、かつてないほど表現し、これまでの「ピーターパン」や「優等生」イメージとの決別を謀っているように見えます。

また、このSFには、何枚かトランプが登場しますが、トランプには、カードやマークによって、色々な意味があると言われていますよね。

◎ダイヤ:貨幣、財産(商人)
◎ハート:愛、感情(聖職者)
◎クラブ:仕事、知性(農民=一般人)
◎JOKER : 道化師、切り札



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テーブルの上にあった「ダイヤのKING」にお札を投げ、バーカウンターの壁の「クラブのKING」と「ハートのKING」にグラスを投げつけていますが、その上には「ジョーカー」があります。

「ジョーカー」には、ビル・ブレイや、姉のラトーヤが、MJのことをそう呼んでいたり、多くのファンが知っていた彼の真面目さとは、別に、親しい友人たちが証言している彼の面白さと、この後、大どんでん返しを実行した、彼のトリックスターとして「自己像」も関係しているのかもしれません。



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3枚のKINGを切ったのは「KING OF POP」への決別(一旦休止するという意味ですが)とも思えますし、常にNo.1を目指すという彼が見つけた、新たな標的への意思表示とも思えます。

『You Rock My Would』の歌詞のように、完璧を求めて、見つけられたのは「エンターティナー」や「レコーディングアーティスト」としての自分ですが、彼が、目標としていたのは「シンガー」や「ダンサー」だけではありませんでした。だから、そこで満足したくない彼は、それを一旦捨て去る必要があったのではないでしょうか。彼は、

Greatest Actor, Singer, Dancer of all time and Entertainer, The Best.

と書くような男ですから・・([34]参照)

「僕は、マーロン・ブランドより偉大な俳優になって、世界一のシンガーで、フレッド・アステアを越えるダンサーのうえに、お笑いも出来るようになって、そうでなければ、チャップリンを越えられないし、まだその先だって・・と、思っていたんじゃないでしょうか。



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MJが非常に優れたエンターティナーであることは、誰でもすぐに感じることですが、時代を創ったレジェンド級のダンサーやエンターティナー達にとって、真に驚異的に思えるのは、自分のスタイルを創りだしたほどのダンサーでありながら「自ら作曲もしている」という点が大きいと思います。

MJは、世界中でNo.1ヒットを記録した“Singer”として、誰も比べようがないのですが、一応、アステアも当時ヒットチャートを賑わせていますし、サミー・ディビス・Jrは、歌手としても超一流ですけど、アステアや、サミー以上に、個性的なスタイルを自らの力で創り上げられるようなエンターティナーが、作曲もこなしたというのはめったになく、それが後世に遺るようなレベルで出来たのは、MJとチャップリンだけです。

加えて、チャップリンは、映画史に遺るような映画に、主演・監督し、音楽も担当した、世界でたった1人のアーティスト。

わたしは、MJが最後まで「映画」にこだわっていたのは、それが一番の理由で、

数々の大きな目標を実現したMJにとって、新たに興味があったのは、Greatest Actorや、映画を創ることであって、『INVICIBLE』から後、新たなアルバムが創られなかった理由に、所属レコード会社との確執の影響は少ないと思っています。



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でも、MJが、マーロン・ブランドのことを偉大な俳優として尊敬しているのは、間違いないのですが、『You Rock My World』にブランドが登場したのは、

『バンドワゴン』で、慣れないバレエ風の振付や、演技指導に不満を募らせたアステアが「ぼくはニジンスキーでもなけりゃ、マーロン・ブランドでもない」と言ったせいで、MJの「超負けず嫌い」がうづいた可能性もありますね。(←[35]参照)

『バンドワゴン』の中で(「Girl Hunt」)では、アステアは、ハンフリー・ボガートのパロディをやっていましたが、MJは『THIS IS IT』のライブ用に新たに創った「Smooth Criminal」のSFでは、ボガートも登場させています(笑)

しかも、またもや、不思議な顔で....(笑)

本当にどんだけ負けず嫌いで「お茶目」なのか。。

創る創ると言っていた『Unbrakable』のSFは「自分は何があっても負けない」という、ものすごく大真面目なメッセージで、世界中を巻き込んだゲームの始まりでもあったと思いますが、実は簡単に割れてしまうレコードのような「嘘」でもあって(←[35]参照)



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2000年以降の彼は、ときどき、なかなかの「悪党w」だったようにも感じられ、わたしには、MJが『Unbrakable』のSFを創るのに、メル・ギブソンと共演とか、絶対にジョークとしか思えないんですけど、、(←[24]参照)

そう思うのはわたしだけでしょうか?

また、ここまで、SFには3枚のKINGが登場していますが、まだ登場していない「スペードのKING」に関しては、

☆(37)につづく


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by yomodalite | 2011-07-18 18:05 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(9)
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☆(34)のつづき

注:『VISION』の日本語字幕は(英語字幕は私がつけたもの)下記です。
私の訳とは、いずれもニュアンスが違うのでご注意くださいね。

Brando : You’re pretty cute in there.(久しぶりだな)
Michael:I know who you are.(あんたか)
Brando : Bing bang(そうとも)
Brando : Later(またな)



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また、『VISION』の西寺氏の解説には ー 壁に飾られた黒人ボクサーの写真が、マイケルの父親ジョーの若い頃の写真であることを考えると、マイケルに「お前が誰か知ってるぞ」と言われた、マーロン・ブランドの若き日のボクサー時代の写真が映るのは、どのような因縁を象徴しているのだろうか? ー と書かれていいますが、それは間違いです

探索の末、http://nikkidoku.exblog.jp/16291516/ ←こちらのコメントで、「エド・ルイス」というレスラー(白人)と、ジャック・ジョンソン(黒人)だという情報をいただきました。他の写真も確認してみましたが、ほぼ確定かと。)


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(エド・ルイス)



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こちらは、おそらくジャック・ジョンソンの若い頃。
彼の名は、MJのインタヴューにも登場しています)



そろそろ解説編に進みたいところですが、ボクサー探索をしているうちに溜った「妄想」について、もう少しだけ。。。

(31)から、SF『You Rock My Would』の解剖を始めたとき、わたしは、あの特徴的なダンスや、これまでの批評などから集大成的作品ではあるものの、(33)で紹介したレヴューと同様、やはり、一番近い作品は『Smooth Criminal』という印象をもっていたのですが、何度も観ているうちに『Billie Jean』との類似性の方が気になってきました。

(26)で、“You Rock My World”は、“Billie Jean”のアンサーソングだと言いましたが(今確認したらそんな風には言ってませんでした!言ってるつもりだったんだけど...)、SFでも、この両作品は似ていると思うんですね。



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SF『You Rock My World』が、SFの実質的最終作品で集大成だとすれば『Billie Jean』は、その青写真というか、計画案だったというか.....





『Billie Jean』には、MJに常につきまとうカメラや、「アニマル柄の布」を探偵が拾う(MJが靴を磨いた布)という『バンドワゴン」(「Girl Hunt」)と同様のシーン、コイン投げ、HOTEL、探偵、ハードボイルドという『Smooth Criminal』との類似もあるのですが、白い猫がゴミ箱を通り過ぎると茶猫になったり、布から本物の虎になったり...(『Black Or White』)、

ホテルの階段のところの壁は、SFに何度も出てくる「レンガの壁」「落書き」...息を潜めて階段を昇り、ベッドを見つめているシーンでは、「彼は誰と(男?女?子供?)ベッドで寝ているのか?」という彼につきまとった疑惑さえも先取りし、、、数多くの伝説的天才が目を見張った、MJの驚くほどの「天才性」に、あらためて気づかされるような気がします。(ここでは警察に捕まるのはパパラッチですが....)

そういえば『ゴッドファーザー』のような看板も登場しますね(0:58〜)


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また、アステアのように女と一緒に踊ることはありませんが、MJが踊る場面は、2人の女の看板が出てくる路上。そこで、彼はまさに「マイケル・ジャクソン」というべきダンスを決めます。



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この2人の女の看板には「Louisa」と書かれていますが、『バンド・ワゴン』で歌われている曲にも"I Love Louisa''という曲があります。




この曲は『バンド・ワゴン』のウィキペディアによれば、「イギリス人はウィスキー、フランス人はワイン。でもドイツ人はビールが好き、そしてルイーザが好き」という歌詞で(←この記述は日本版ウィキのみ。『バンド・ワゴン』のDVDをお持ちの方で、ここの歌詞全部わかる方います?)コメディタッチの曲なんですが、“Louisa”は、登場人物の名前ではありませんし、MJが、SF『Billie Jean』で、看板に入れた意味も不明。

☆mari-koさんが日本語歌詞を教えてくださいました!(コメント欄参照)


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私がミュージカル嫌いで、他のアステア作品に詳しくないせいなのかもしれませんが、MJはアステアに関しては『バンド・ワゴン』にばかり集中してこだわっているような.....
(『バンド・ワゴン』自体が集大成的作品だからかなぁ...)

その他にも『バンド・ワゴン』には「UNBREAKABLE」と書かれたレコードも登場しますよね。(“壊れない”と書かれているにも関わらず、すぐに割れてしまう)



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「Girl Hunt」に登場するブロンドの女のドレスには(シド・チャリシーが、不吉なブルネットの女 "She came at me in sections. More curves than a scenic railway''と、脅えるブロンドの女 "scared as a turkey in November'' の二役を演じている)「Butterflies」の刺繍もあったりして.....



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とにかく、MJの『バンド・ワゴン』へのこだわりは尋常ではないというか、全面的にフレッド・アステアへ捧げられている印象の『Smooth Criminal』より以前の、MJショート・フィルムの実質的な第一作目である「Billie Jean」から、最後のスタジオアルバム『INVINCIBLE』にまで、執拗な引用がされているようにも見えるのですが、

『You Rock My Would』を何度も観て、マーロン・ブランドのことを考えているうちに、MJは『バンド・ワゴン』だけでなく、ブランドのこともずっと意識してきたような・・。

ブランドの映画を観ていないひとには、わかりにくいと思いますが、何かの機会にご覧になることがあれば、こんな想像もありかなという感じでお読みいただきたいのですが、


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MJは『Bad』で、ブランドの初期の傑作「欲望という名の電車」と「波止場」のエリア・カザン監督の直系とも言える、マーティン・スコセッシを監督に選び、『Billie Jean』も、MGM作品の全般にいえる特徴ともいえますが、ストリートの雰囲気が「野郎どもと女たち (Guys and Dolls)」(MGM制作)に似ています。

ブランドの息子、ミコ・ブランドは、ショートフィルムの実質的な3作目にあたる『Thriller』や、映画「ムーンウォーク」内の『Speed Demon』に出演し『You Rock My Would』にも親子で出演していますが、MJのSFに最多出演・・というか、多大な影響を落としていたのは・・・そういえば『Speed Demon』も、『乱暴者 The Wild One』だったのかも・・・。


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他にも“HOTEL”から『欲望という名の電車』や、また「Louisa」と書かれた2人の女の看板ですが、MJは1999年のMTVのインタヴューで『Billie Jean』のSFに対し、

あの作品で僕が口を出したのは、ちょっとばかり踊れる場面が欲しい、ということだけ。ダンス場面はなし、と彼は言っていてね。僕は、ほんのちょっとでいいから、って。だから、あの長い道路の、女の子が2人写ってる看板が出てくる場面──片方がビリー・ジーンなんだけど──あそこで僕は踊ってるんだよ。僕が貢献したのはそこだけだね」(11 December 1999, MTV)(→引用元)

◎MTV complete interview 1999 1of2
◎MTV complete interview 1999 2of2(←上記のインタヴューは3:00〜)

と、謎の発言をしていて、ずっと意味がわからなかったのですが、もしかしたら、ブランドが主演・監督した『片目のジャック One-Eyed Jacks』に登場し、リオ(ブランド)の子を宿してしまう女(Louisa)が関係しているのかも。

主人公リオ(ブランド)は銀行強盗を生業にするような無宿の男で、宿場宿場に女をつくってしまうような男なのですが、Louisaは純真な女で、2人は互いに結ばれるので『Billie Jean』のように騙したわけではなく、また、子供が出来たことも、リオ(ブランド)になかなか告げることが出来ない。

だから、MJが言うように、2人の女の1人が「Billie Jean」で、そうでない1人が「Louisa」なら『バンド・ワゴン』の「I Love Louisa」より意味が通じる気もします。


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MTVのインタヴューは、テキスト起こしが見つからず、わたしにははっきりと聴き取れないのですが、こちらのとてもとても素敵なブログでは

この長いストリートと2人の女の子のビルボード、ビリージーンたちの1人と僕が踊ってる、あのセクション全体──僕が考えたのはそのパートだけだよ。

という訳になっています。どちらがより近いのか、わたしには判断できませんが、

覚えの無い子供への責任だけでなく、責任がとれない子供が生まれてしまう可能性にも『Billie Jean』当時のMJの、女にかかわっている暇はないんだと言わんばかりのストイックさを表現しているのかもしれません。

☆Meeさんが、テキスト起こしをしてくださいました!(コメント欄参照)

また、これも「こじつけ」だと思って聞いてもらいたいのですが、このときのストイックさと『You Rock My Would』で、ダンサーの前を通り過ぎるMJは、類似しているように見えますし、(→[31]参照)



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さらに妄想を膨らませれば『片目のジャック』という意味は、トランプのハートとスペードのジャックの顔が片面しか見えないように、人間には見えない裏の面があるということで、それが2つ揃って、映画のストーリーでは、更なるドラマが生まれているんですが、

MJもそれに倣って2人にこだわったような気もしますし、女の2つの顔と考えれば『Who Is It』が思い出されたり....

更なる妄想.....「片目のジャック」と言えば『ツイン・ピークス』に登場するカジノ&バー。ネヴァーランドとシカモアツリー、『マルホランド・ドライブ』と“Hollywood Tonight”の話などは.....当分しないから安心して(笑)

「Smooth Criminal」も、映画『ムーンウォーカー』の一編で、廃墟と化していた30年代のクラブが、MJが入場すると突然息を吹き返し、それまでの子供向けファンタジーの雰囲気に退廃的なムードが漂い、さらにそこから一歩外に出ると、今度はSFの世界に突入するといった、目まぐるしいものでしたが、

「Beat It」「Bad」「The Way You Make Me Feel」は共に「ウエストサイド・ストーリー」の影響が強い作品ですが、「Beat It」は、ストリートギャングの抗争が、MJの出現とダンスだけで治まったり、「Bad」は、社会派リアルドラマが、突如として「ミュージカル」になったり、

「The Way You Make Me Feel」も、最初は仲間の中で地味な存在だったのが、年老いた男の大したことのない助言だけで、急に積極的になって、無理目の女の唇を奪ったり、

同じく長編の「Thriller」「Ghosts」も、ホラー映画とダンスムービーの合体、「Black Or White」も、ファミリー向けコメディに挑発的で暴力的な影像を組み合わせるという、MJのSFには、シュールな「合体技」が多いですよね。

『Billie Jean』以降は、MJは、人がもっている見えない別の面を「奇跡」や「エンターテイメント」として見せたかったように思いますが、『Billie Jean』でのMJの表情は、1人でいるときのものというか、思索しているときの感じで、このときの表情に近い作品は『You Rock My Would』同様、他にはないような気がします。


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また(33)で、ジーン・ケリーが断ったために、ブランドが抜擢されたことや、ケリーの「フレッド・アステアがダンス界のケーリー・グラントだとしたら、私はマーロン・ブランドだ」という発言も紹介しましたが、

『バンド・ワゴン』には、慣れないバレエ風の振付や演技指導に不満を募らせた、トニー(アステア)の、「ぼくはニジンスキーでもなけりゃ、マーロン・ブランドでもない。」というセリフもあります。

(「ぼくは、ニジンスキーであり、フレッド・アステアで、マーロン・ブランドでもあり、チャップリンでもある」と、MJは言いたいんじゃないかな。)

そんなわけで(どんなわけだよ)、ボクサーの正体がわかっても、わからなくても、今度こそ、一応の解説編へ(たぶん....)


[映画情報]

これから、若い頃のブランドの映画を観てみようと思われた方には、『欲望という名の電車』をお薦めします。



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モノクロですけど、ヴィヴィアン・リーと、ブランドは共に、この作品を舞台で評判を得た後、映画に参加していて、原作で脚本も担当したテネシー・ウィリアムスは、ブランドの演技を観たときのことを、家族に手紙で遺していて、

......ブランドは、まさに神の恵みとしか言いようがない。(中略)この役を若い俳優に演じさせることに、これほど素晴らしい効果があるとは思いもしなかった。(中略)不道徳な中年男ではなく、若さゆえの獣性や非常さをもった人物が生まれるのだ。私は『欲望という名の電車』を罪悪感に焦点をあてた芝居にする気はないし、特定の人物に比を負わせたくない。(中略)彼はすでにして深みのある人物に成長しているようだ。いわば、若き復員兵にみられるたぐいの深みである。(中略)ブランドの契約が決まれば、『欲望という名の電車』には非のうちどころのない4人のスタアが顔をそろえることになる。これ以上の顔ぶれは望むべくもないし、今までの苦労が報われるというものだ。



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と書いています。脚本、俳優、監督、すべてが完璧。これが面白くなかったら(明るい結末ではないですが)、あとは観ない方がいいかも。人生には、好き嫌いもタイミングも重要ですから。。




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by yomodalite | 2011-07-08 18:47 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(6)
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映画デビューの4年前、22歳頃のマーロン・ブランド(1946年)



☆(33)のつづき

Brando : You’re pretty cute in there.(坊主、やるじゃないか)
MichaelI know who you are.(あんたのことは知ってるよ)

この会話で、すでに「ジュン、ジュワぁーーー!!!」(by:ホリケン)という感じになってきている方は、まだ少数だと思いますが、わたしは(30)で、SF「You Rock My Would」が、ブランドに捧げられていることを意識していたときよりも、ずっと、その気持ちが増してきてしまって、、この気持ちをどう表現していいか、まだよくわからないので、とりあえず、素敵すぎる「ブランドの顔」をおすそ分けします。


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stage production of “I Remember Mama”1946



MJは、MGMミュージカルが好きだと何度も言っていますが、『Band Wagon』に何度もこだわっているのは、ただ好きだからという理由ではないと思います。



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MJ wrote this in the early 80's in his home in Encino California


Mental program , Thought of The Subconscious To Become THE BEST MJ

(自筆メモのスペルは「Subcontiouse」MJは他のメモでも「tiouse」て書いてる)


Dream → Greatest Actor, Singer, Dancer of all time and Entertainer, The Best.


上記は80年代前半のメモ。彼はローティーンの頃から俳優にも挑戦したいと言っていましたが、この時代でも叶えるべき夢として、シンガーや、ダンサー、エンターティナーよりも前に「偉大な俳優」を一番最初に記しています。(全訳はこちら)


ここから考えても、MJのブランドへの想いは並々ならぬものがあったはずです。なぜなら、マーロン・ブランドより偉大な俳優を思いつくことが出来ないからです。


☆下記のブランドの写真は年代順になっていますが、文章とは関連していません。


これまで、わたしは、ブランドの若い頃の写真を見ても、マッチョ過ぎて、まったく好みだと思いませんでしたし、当時の若者への影響というのも、よく理解できなかったのですが『欲望という名の電車』をDVDで観てみたら、一瞬で納得してしまいました。


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“The Men”1950(映画デビュー作)



しがない労働者で、女を暴力で支配し、自分の女だけでなく、その姉(主役のヴィヴィアン・リー)をも不幸にするような最低の男にも関わらず、その神々しい魅力は圧倒的で、マッチョ嫌いで、イケメン嫌いのわたしですら、心を奪われてしまいました。


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“The Men”1950



ヴィヴィアン・リーの役は『風とともに去りぬ』と正反対というよりは、裏表で対をなしているようで興味深く、そういえば、MJには『風とともに去りぬ』の作品賞のオスカー像を1億円以上で落札したという話(後から1ドルで没収される)もありました。(作品賞って通常誰が所持しているものなんでしょう?監督賞は、監督だけど...)


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“The Men”1950



とにかく、それほどまでに輝かしい肉体美をもち、白人男の美しさの極地のようなブランドなんですが、『欲望という名の電車』は2作目で、デヴュー作『The Men(男たち)』は、戦争で脊髄を痛め、下半身が不自由になった障害者役でした。(未見ですが、写真だけでうっとり♡)


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“The Men”1950



その後も、彼が選んだ作品のテーマを見て行くと、その見た目のカッコ良さ以上に、とてつもなくカッコいい「魂」をもった男だったことに気づいてしまって、今、超ド級レベルの「マイブーム」に襲われてます!!!(作品の紹介は、最後のリンク先のレヴューを参照してください)


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“The Men”1950



マーロン・ブランドは、1924年4月3日、アメリカのネブラスカ州オマハに生まれる。

家庭は中流だったが、父も母も酒癖が悪く、少年時代のブランドは情緒不安定となり反抗的になっていく。幼稚園の頃から問題児で、小学校時代には黒人の生徒と仲良くしているたった一人の白人生徒で、先生たちから睨まれる存在となり、

16歳の頃に父親から強制的に陸軍アカデミーに入学させられたが、教官に口答えをするなどの反抗行為により、卒業直前に退学処分にされてしまう。



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“The Men”1950(だと思う)



二人の姉の一人ジョスリンの勧めでニューヨークのドラマ・スクールで、内面的演技を重要視するスタニフラフスキー演技法を学び、1947年、エリア・カザン演出の舞台「欲望という名の電車」に起用され評価が高まる。同監督の映画「欲望という名の電車」でも、同じ当たり役を演じた。

また、これまで芝居ではタブーとされていた猫背でぼそぼそとした喋り、急に不機嫌な表情をとったり、はにかんだ笑顔を見せたりと言った芝居を始めたのはブランドで、ポール・ニューマン、ジェームズ・ディーンや、その後のアクターズ・スタジオ出身の俳優(アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロなど演技賞の常連組多数)に多大な影響を与える。


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“A Streetcar Named Desire” 1951




カザンはその後もブランドを起用し、1952年に「革命児サパタ」でカンヌ国際映画祭主演男優賞、1953年の『乱暴者』では、反抗的な若者を演じる新しいタイプのスターとして注目を浴び、革ジャンとジーンズでオートバイにまたがる写真を見た世界中の若者が、そのスタイルを真似るようになり、エルヴィス・プレスリーやビートルズにも影響を与えた。

1954年『波止場』でアカデミー賞主演男優賞を獲得。1957年の「サヨナラ」では、梅木ミヨシがアカデミー助演女優賞を日本人で初めて受賞したことでも知られる作品。(主演の高美以子 Miiko Taka は、もしかして、息子の名前に関係してる?)

『サヨナラ』では、当時、米映画に出演できる日本人が非常に少なかったことから、歌舞伎俳優をアメリカ人が演じているのですが、この演技も含めて、この映画の日本の描き方は、非常に真摯で、制作者側の志の高さが伝わりました。そして、その志には、ブランドのこの映画を「蝶々夫人」のようなストーリーにしたくないという思いが強く影響したようです。

◎[youtube]Sayonara (sung by Pat Kirby)



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“The Wild One” 1953



また『サヨナラ』の2年後、ブランドは日本人(ウチナンチュ)を演じる、沖縄を舞台にした米国産コメディ映画『八月十五夜の茶屋 The Teahouse Of The August Moon』(1956年)にも出演。(DVD未発売で、まだ観ていません)

☆0:27〜の黒髪の男が、ブランドらしい(尾藤イサオかと思った!)
[youtube]The Teahouse Of The August Moon Traler



1961年の「片目のジャック」ではブランド自身が監督を務め、主演もこなしたが、1967年にタヒチ諸島の環礁テティアロアを所有するようになり、その頃には役者稼業を島の環境維持の資金稼ぎと割り切るようになり出演が激減し、一旦「過去のひと」となる(1967年は、チャップリンの遺作『伯爵夫人 A Countess from Hong Kong』に出演)

そこから見事な復活を遂げたのが、それまでとは真逆な役柄に挑戦した1972年の『ゴッド・ファーザー』で、同年の『ラストタンゴ・イン・パリ』でもセンセーショナルな話題を浴びる。



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“Sayonara” 1957



「ゴッドファーザー」で2度目のアカデミー主演男優賞に選ばれるが、映画界のアメリカ先住民に対する取り扱いが不当だとして受賞を拒否し、授賞式にはインディアンの女性を送り込み、ブランドのメッセージを朗読させるという派手なパフォーマンスを見せた。これ以降、アメリカの映画界がステレオタイプなインディアンを映画に登場させることはほぼ無くなり、西部劇の映画製作自体が下火になった。



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“One Eyed Jacks” 1961



1978年に公開された『スーパーマン』は、愛読者であった、ブランドの子供が喜ぶであろうと自身が出演を熱望したもの。撮影による拘束期間はわずか12日間で、ブランドは冒頭約20分の出演にも関わらず、1400万ドルという天文学的なギャラ(世界一ギャラの高い俳優としてギネスブック認定)を手にするが、



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“One Eyed Jacks” 1961



健康面では、オーソン・ウェルズ、エルヴィス・プレスリーやエリザベス・テイラー同様、若い頃から強いストレスを受けると過食に走る傾向のためか、後半生に入ると、肥満体がブランドのトレードマークになり、糖尿病にも苦しめられた。



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“Mutiny on the Bounty”1962 with his future wife Tarita Teriipia




また、ブランドは、人種差別が公然と行われていた若い頃より、非白人の恋人や愛人が多かったことで知られており、最初の妻はインド系。人種差別問題と公民権問題には早くから積極的に関わり、1963年のワシントン大行進に、ハリー・ベラフォンテやチャールトン・ヘストンらと参加し、アパルトヘイトを扱った『白く乾いた季節』(1989年)にはわずか4000ドルのギャラで出演し、そのギャラも反アパルトヘイト団体へ寄付し、1992年には、マイケル・ジャクソンの「Heal the World財団」にも寄付を行っています。

しかし、そうした人道的行為よりも、肥満体と共に、話題にされたのは、彼の家庭内での問題で、息子のクリスチャン・ブランドは数々の事件を起し、49歳で悲劇的な死をとげ、また彼の異母兄弟(妹)のシャイエン・ブランドは1990年にボーイフレンドをクリスチャンに射殺され、その精神的ショックから1995年に自殺してしまう。



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“Reflections in a Golden Eye” 1967



マイケル・ジャクソンとは、長年の親友であり、Neverland Ranchへは定期的訪問をし、一度に何週間もそこに滞在することが多く、

永年、ジャクソンの護衛とアシスタントを務め、友人でもあった、息子(Miko Brando)は「私の父は、晩年は特に、Neverlandに滞在したがり、あらゆる時間をマイケル・ジャクソンと共に過ごしたがっていた。彼はNeverlandがとても好きで… 24時間のシェフ、24時間のセキュリティ、24時間のメイドサービス。すべてが気に入っていました」と述べている。



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Performing a Tahitian dance at a 1967 UNICEF gala.



ブランドは、ジャクソンの30周年記念コンサートの初日(9月7日)に、最初のスピーチを行うが(TV放送なし)興奮した聴衆からは注目を受けることはなかった。

◎Michael Jackson : 30th Anniversary Special(英語版ウィキペディア)

アッシャーやホイットニーの"Wanna Be Startin' Somethin'"の後に、彼のスピーチがあったようです。この動画は会場にいた人によるもの?最初ブランドが直接舞台に現れたのではなく、あらかじめ撮影されたビデオでの出演にも見えたのですが...会場で大写しになったスクリーンを撮影しているのであって、やはり、実際に舞台に登場したようですね...

◎Marlon Brando's 2001 appearance on 30th Anniversary Special

ブランドは晩年(2002年)米国特許・商標局から彼の名前でいくつかの特許を発行させ、2004年7月1日に80歳で亡くなりました。(肺に酸素を運ぶためのチューブを拒否した)彼の遺体は、火葬にされ、その灰は、タヒチとデスヴァレーに蒔かれた。

(以上、主にブランドのウィキペディア[日本版+英語版]からまとめました)



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“Last Tango in Paris” 1972




☆『You Rock My Would」のSF出演は、ブランドの遺作となった2001年の『The Score スコア』と同年。『The Score』では、ロバート・デニーロ、エドワード・ノートンと共演し、デ・ニーロとブランドの間の5分間ほどの会話はすべて「アドリブ」だった。


◎The Score(マーロン・ブランド遺作。アドリブ演技部分)

☆『ゴッドファーザー』で老け役を演じた後、1973年のインタヴューだと思われます。


◎Interview clips with Marlon Brando

☆1955年のアカデミー賞。50年代のTVでかなり不鮮明ですが、最初の20秒間にホストのボブ・ホープと共にブランドが映っています(なんかウケてる)。その後にハンフリー・ボガート、ビング・クロスビー、ケーリー・グラント。MJのSFと関係が深い面々が勢揃いしていたので、何となく...


「Say Say Say」(ボブ・ホープ&ビング・クロスビー)、「Smooth Criminal」THIS IS IT Ver(ハンフリー・ボガード)、ケーリー・グラントは、MJのアゴを割らせた最有力候補だと思っています。

☆ビング・クロスビーの最晩年に、アステアとデュエットした、
カーペンターズの『Sing』(1975年)




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“Apocalypse Now(地獄の黙示録)”1979

『地獄の黙示録』とMJのSFとの関連については、
「HIStoryと黙示録」記事中の
地獄の黙示録①〜⑤をご覧ください。



☆下記は、興味深いカスタマーレヴューがある作品のみ、アマゾンへのリンクがあります。商品はレヴュー数で選んであるので、購入される方はご注意ください。


1950. The Men(男たち)
1951. A Streetcar Named Desire(欲望という名の電車)
1952. Viva Zapata!(革命児サパタ)

1953. Julius Caesar 

1953. The Wild One(乱暴者 あばれもの)

1954. On the Waterfront(波止場)
1954. Désirée

1955. Guys and Dolls(野郎どもと女たち)
1956. The Teahouse of the August Moon(八月十五夜の茶屋)共演:京マチコ
1957. Sayonara(サヨナラ)
1958. The Young Lions(若き獅子たち)
1959. The Fugitive Kind(蛇皮の服を着た男)

1961. One-Eyed Jacks(片目のジャック)
1962. Mutiny on the Bounty(戦艦バウンティ)
1963. The Ugly American(侵略)共演:岡田英二

1964. Bedtime Story(寝室ものがたり)

1965. Morituri(モリツリ・南太平洋爆破作戦)

1966. The Chase(逃亡地帯)
1966. The Appaloosa(シェラマドレの決闘)
1967. A Countess from Hong Kong(伯爵夫人)
1967. Reflections in a Golden Eye(禁じられた情事の森)リズ・テイラー共演
1968. Candy(キャンディ)
1968. The Night of the Following Day(私は誘拐されたい)

1969. Burn!(ケマダの戦い)

1972. The Nightcomers(妖精たちの森)
1972. The Godfather(ゴッドファーザー)
1972. Last Tango in Paris(ラストタンゴ・イン・パリ)
1976. The Missouri Breaks

1978. Superman(スーパーマン)
1979. Apocalypse Now(地獄の黙示録)
1980. The Formula(ジェネシスを追え)未公開
1989. A Dry White Season(白く渇いた季節)アパルトヘイトを描いた作品
1990. The Freshman(ドン・サバティーニ)
1992. Christopher Columbus: The Discovery(コロンブス)

1995. Don Juan DeMarco(ドンファン)
1996. The Island of Dr. Moreau(D.N.A.)
1997. The Brave(ブレイブ)
1998. Free Money
2001. The Score(スコア)
2001. Apocalypse Now Redux(地獄の黙示録・特別完全版)


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30周年コンサートは、MJ登場まで長いし、この会場にいたら「引っ込め、ジジイ!」って、きっと思ってたなぁ。。。(懺悔)

☆マイケル・ジャクソンの顔について(35)につづく



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by yomodalite | 2011-07-01 22:59 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(13)
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☆(32)のつづき


わたしは「神は細部に宿る」という感覚が好きです。

そのせいなのか、謎が多いうえに、集大成だったりもする「You Rock My World」を徹底的に解剖したい欲求が(24)を書きはじめた時点より大きくなってしまいました。SFのどこってわけじゃないけど、関係がありそうという部分も、出来るだけまとめておきたいと思います。

引き続き、情報、ご意見、ご感想、ご指摘など、ぜひお寄せくださいませ♡





(32)で、もう少し考えてみると言っていた

Brando(大げさなアクションでサングラスを取る)
Brando : You’re pretty cute in there.(坊主、やるじゃないか)
Michael:I know who you are.(あんたのことは知ってるよ)
Brando : Bing bang (←4:20)
Brando : Later(またな)

なんですが、、色々悩んでいるうちに、こんな歌が見つかりました。

「Lazy Town」は、Nickelodeon(こどもチャンネル)の「番組」。2005年のリベラのインタヴュー(http://moonwalker.jp/ → Interviews → At Large with Geraldo Rivera 2005)で、子供に、ニコロデオンとディズニーチャンネルのどちらを見せるかなんていう話題もありましたよね。(「You Rock My Would」撮影時は、長男4歳、長女3歳ぐらい)でも、残念ながら、この番組は2004年から始まって、CDリリースは2006年なので、この可能性はなし。

この本は、The 150-plus poems and drawings collected in Douglas Florian's Bing Bang Boing speak to children's great fascinations....みたいな内容。





こちらは、イギリスのコメディアン、サシャ・バロン・コーエンによる、ボラットという架空のキャラクター(カザフスタン人のジャーナリスト)が歌った有名な曲。これが歌われたのは、英米でヒットした、Da Ali G Show で、2000年のシーズン1は英国のチャンネル4、2003年の第2、第3シーズンは米国のHBOで放映。コーエンは1998年にエミー賞にもノミネートされ、2001年にマドンナの「MUSIC」のPVにも出演してるんだけど・・・

◎BING BANG BOOM
SF発表前の1991年発売では、こんな曲もありましたが、やっぱり歌詞が理解出来ないせいか、ピンと来ません。

いずれにしても、どうして「Bing bang」なのかが納得できるほどの「決定打」は、残念ながらありませんでした。(ここでは、ピンポン!というよーな意味でいいのかなぁ)

ただ、MJとの対面場面から、突然、それまでのイメージを覆すような演技に変化していることの「ネタ」というか、意図は少しだけわかりました。

このSFを見て、ここまでのブランドの演技に『ゴッドファーザー』を感じていたひとが、ほとんどだと思うのですが、


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それは、このとき初めて見せた全身ファッションによって覆されていて、燃え上がる炎の中、登場したブランドが演じていたのは、1950年初演のブロードウェイで最も陽気なミュージカル作品『Guys and Dolls』の「スカイ・マスタースン」という役です。


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(4:03)の登場シーンと、このファッションをよく見比べて見てください。なんで、こんなネクタイしてるのかなぁとは、前々から思ってはいたものの、このネタ元に関しては、数日前まで気がつきませんでした。

(31)の動画(5:45)で、もてあそんでいた帽子も『ゴッドファーザー』だけではなくて



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こっちの意味もあったんですよね!(右側はフランク・シナトラ)


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『Guys and Dolls』は、1955年にマーロン・ブランド、フランク・シナトラ共演で映画化されていて、振付けは、あの「バンド・ワゴン」と同様マイケル・キッド!しかも、この映画、最初はNYが舞台なんですが、途中からキューバ(ハバナ)に行きます。

「You Rock My Would」の舞台がキューバなのは、当時、映画と音楽の両方でヒットした『ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ』の影響なのかなぁとか、ぼんやり考えていましたが、この映画が要因なのかもしれません。

こちらのとてもとても素敵なサイトによれば、ジーン・ケリーが断ったために、ブランドが抜擢されたとか。(そういえば、ジーン・ケリーには「フレッド・アステアがダンス界のケーリー・グラントだとしたら、私はマーロン・ブランドだ」という発言もありましたが、、こんな代役アリ?)

それで、まさかとは思うけど、マイケル・キッドの振付けで、ブランドが踊っているのかも?という興味から観てみたところ、ほんのちょっぴりだけ踊ってました。


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リハーサル中のマイケル・キッドとブランド



わたしはMJ研究のために、泣く泣く古い映画や、ミュージカルを観たりしている方なので、この映画の面白さは、あまりわかりませんでしたが、

宝塚など、日本でも舞台で人気の『Guys and Dolls』なんですが、たぶん、舞台版にあるような、躍動感や陽気さが、映画版には少し欠けていて、当然のことかもしれませんが、ブランドが華麗なダンスで魅せるという場面がないので、ダンスシーンに、ジーン・ケリーのような「主役」がいないんですね。

ミュージカルが人気の映画形式だった時代には、主役は、歌って踊れなくても良くて、ダンスは、背景扱いであることも多く、アステアや、ジーン・ケリーのように、ダンサーが「主役」というのは、むしろ数が少ないのかもしれません。

でも、これは意外だったんですが、ブランドの歌は悪くないです。

この映画では、もちろんフランク・シナトラが歌うシーンもあるのですが、わたしには、ブランドが歌っているシーンの方が遥かに魅力的でした。シナトラのウィキペディアによれば、この頃は低迷期で、1953年に転機が訪れ、その後の奇跡的な復活のエピソードが『ゴッドファーザー』の中で語られている。)

◎Marlon Brando & Jean Simmons - Woman In Love
◎Lyrics - A Woman In Love

ブランドの歌は1:10〜。冒頭のシーンで「Billy Jean」のSFを思い出したり、共演の女優の名前が、Jean Simmonsだったりすることに「ン?」と思うのは、私だけでしょうか?

◎Frank Sinatra - Sue Me (私を訴えてください)


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あの「お尻タッチ」の師匠も、ブランドだったの?!

SF「You Rock My Would」の当時の批評。

エール・デイリー・ニュースのCatherine Halabyは、曲については、肯定的なレビューを書いたが、ビデオについては「The Way You Make me Feel」の“ニュアンス”がある「Smooth Criminal」の“直系」と描写した。Halabyは、Marlon Brandoや、Michael Madsenの出演は「どうでもいいこと」であって、マイケル・ジャクソンに、私たちが衝撃を受けることはほとんどないとコメントした。(「You Rock My Would」ウィキペディア英語版より)とか、

◎Not So Smooth(「You Rock My Would」レヴュー)

(上記要点の省略引用)マイケルの最新ヴィデオに敬意を表するかどうか迷っています。彼は他の人皆がしていることをすることによって新世紀に入っているように見えます。 もちろん、他の人皆はマイケルが以前したことをしているのですが、、1988年の「Smooth Criminal」との類似は「You Rock My Would」の基本概念ですが、今回はそれが痛々しく見えます。

椅子に座るマーロン・ブランドへの“カット”は「女」が自分のものであり、手下にはマイケルを痛めつける用意ができていることを感じさせる。これまでのマイケルのヴィデオのように、有名人が出演しているものの、ブランドも、クリス・タッカーにも目新しさはなく、マイケル・マドセンも、ビリー・ドラゴも、暴漢として普通の演技をしているだけ。

また、旬を過ぎたスターのカメオ出演(the worn-out movie star cameo)よりやっかいなのは「You Rock My World」のダンスが、1995年のMTV Video Music Awardsの反復であること。6年前、それは彼のキャリアの最上級のものでしたが、彼がビデオ革新者であるだけに、ここでの焼き直しは失望です。

マイケルとタッカーは「波止場」でエンディングを迎えますが、炎も、ガラスを壊すのも、1991年の "Black or White"の後半のシーンの方がいいですし、最後のキスシーンも1988年の「The Way You Make Me Feel」と同じシルエットで、冒頭のシーンも、そのSFに類似しています。ただ、唯一ちがうのは、そこでの、マイケルも女たちも絶えず微笑んでいて、魅力的でしたが、このSFでは、、、そうではない。


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これらのすべての反復にもかかわらず、プロデューサーのRodney Jerkinsは「You Rock My World」のヴィデオは、マイケルの「新生面」の扉を開けていると主張します。Jerkinsは、一体いつの時代のことを言っているんでしょうか? マイケル・ジャクソンの最も魅力的な特色の1つは、自分を笑うことができる能力です。

Thrillerもそうでしたが、ユーモアは彼の短編映画の多くに見られました。 "Jam"ではムーンウォークをマイケル・ジョーダンに教え、"Black or White"の冒頭でも、"Say Say Say"でも、ポール・マッカートニーと共に、ビング・クロスビーとボブ・ホープのトリヴュートを行いました。

Jerkinsは、"You Rock My World"が、がユーモラスであると言いますが、マイケルはシリアスに見え過ぎます。こういった過去の作品の導入は、監督のポール・ハンターの考えだったのか、私にはわかりませんが、「Blood On The Dance Floor」と1997年の「Ghosts」以来、待ち続けたファンにとっては、そこに新たな発見はありませんでした。

John Singleton, Martin Scorsese, David Lynch, David Fincher, Spike Lee, と John Landisらは、マイケルと共に新しく輝かしいイメージを作り上げましたが、この作品がそうではないことは明らかです。

それでも、マイケルが、クラブの床を歩き、そこを横切るとき、彼はいつも素晴らしい。私が「You Rock My World」のヴィデオ製作者を許すことが出来るのは、それが理由です。4年間すでに待ったのですから、私には、確実にもっと長い間だって、待つことが出来るでしょう。(引用終了)


省略したと言っても、長く引用してしまいましたが、

一般的なものから、MJを崇拝しているレヴュワーまで、古くさいミュージカルも、とっくに旬を過ぎた映画スターも、MJ自身の作品も、すべてが郷愁に満ちていて、新鮮でもなければ、面白くもないし、重要な意味があるとも思えない上に、MJの顔も妙にシリアス.....マーロン・ブランドのパロディなんて、誰も気づかないし、気づいたところで「だから、何?」って感じですよね。

いずれにしても、マーロン・ブランドの出演は効果を上げるどころか「こんな古くさいスターをどうして?」という扱いで、このSF当時、やはり彼は「ゴッドファーザー」でのみ印象づけられていたようです。


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「欲望という名の電車」A Streetcar Named Desire


たしかに、当時のブランドの弛みきった体型には好感が持てなかったし、今、これがパロディだとわかったところで笑えるほど面白くもない。むしろ彼がかつて、とてつもなく魅力的だっただけに、老いた姿が余計に哀しくも見え、そういった“老いたスター”にこだわっているMJも爛れた感じがしました。


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by yomodalite | 2011-06-27 07:51 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)
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☆(31)のつづき


引き続き、いろいろ見落としている部分があると思うので、気づいた方は、ぜひ教えてくださいませ♡






上の階にいるボスに騒動を告げに行く男(Miko Brando)。

ボス(Brando)椅子に座ったまま振り返る(口笛)

「Now?」

MJが再度ステージへ向かうと、天井から(!)3人のダンサーが現れる。

こーゆー感じで、突然現れるっていうのは、『ムーンウォーカー』のロボットだけじゃなく、MJの場合よくありますよね。あの『Captain EO』でも、




4:55〜倒れたMJの肩にバナナと目玉焼きが乗ってますよね。バナナはまだしも、この「目玉焼き」はいったいどこに置いてあったんだ!みたいなね(笑)

☆類似作品:Dangerous ステージ MTV 1995(天井からロープでダンサーが現れる)


レジスターのところにいた男が煙草をもみ消し、MJダンサーに合流。

☆類似作品:煙草を足でもみ消す男は『Billie Jean』にも登場。
さっき、天井から現れたダンサーもそうですが、事前に計画があって、天井に隠れていたのではなく、MJの勇気によって、その場に仲間が出現したんですよね!(←そんな説明入らない?ww)


一緒に闘うのは、最初にいた仲間ではなく、途中で現れるというのは『Bad』などにも共通していますが、こーゆー、一見「アホか」と思うような演出を何度もやっているのは、それだけ彼に「大真面目」なメッセージがあるからで、それは、

「真に勇気をもって、一歩を踏み出せば、必ず仲間は出現する」

というメッセージだと思います(たぶん.... 因みに『波止場』という映画もそんな感じの映画です。←こんな説明でいいんだろうか?)



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Is that all you got?

That ain't nothin'! You ain't nothin....

Show me what you got(Billy Drago)

これは、SF「Bad」(1987)で、MJがウェズリー・スナイプスに言うセリフからでしょうか。ここから、ダンスが始まるという展開も「Bad」と似てますね。

「VISION」の日本語字幕では「さあ、かかってこいよ。どうした イキがってるだけか?ほら、かかってこい。本気を出して」で「You ain't nothin」は「たいしたことないな」になっていますが、「Bad」の日本語字幕は「お前こそワルじゃない」のあと「You ain't nothin」は「(お前なんか)何者でもない」。この場面は「Bad」で、MJが言ったセリフを逆に受けることで、

MJが「お前は何者なんだ?」(たいしたことないという意味での)という問いかけを受けているのだと思います。


客席の男の葉巻に火がつき、蛇口の水滴、モップの男、靴磨き、女のヒール....次々とリズムが刻まれ、MJたちのダンスが始まり、

若い頃のマーヴィン・ゲイ似の男の指パッチンで、ますます、カッコいいダンスが始まる

MJ、椅子を壁に投げつける


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「You rock my would ーーー!!! 」

ナイフで襲いかかる男の腕を取り、くわえ煙草を捨てて、手首をつかんで床に転がす。
(ステージで見てるときは、振付けにしか見えなかったけど、この影像では、ホントに強そう♡)

類似作品:「Smoose Criminal」「Dangerous」ステージ

ホントに強そうに見えるなって思ってから、何度も観てて、ふと思ったんですが、、、確か、ジャッキー・チェンの映画で、日常の何気ない動作が、身を守る防御となり、攻撃の姿勢にもなってたみたいな映画のように

「You Rock My Would」のダンスで「Dangerous」や「Smoose Criminal」にはなかった部分には、素手で戦うときの様々な動きがミックスされていて、武道系ですよね。

これは、これまでのダンスにも言えることかもしれませが、MJと、他のアーティストの振付けが違うのは、ひとつひとつの動作が、武道の「型」のように、研ぎすまされていて、力の方向に無駄がないからで、実際に本当に強いんじゃないか?って思いました。(そういえば、MJは空手名誉五段!手首返しは合気道技だけど...)



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中国でのMJ人気や、集団ダンスに「スリラー」じゃなく「デンジャラス」がすごく人気があって、どうして、小学生が毎朝ラジオ体操がわりに「Dangerous」?って不思議だったんですけど、子供たちが、集団で少林拳法の型をやっているのと、同様の感覚で、MJのダンスに対する姿勢も、東洋の宗教修行と近い感覚で捉えられているのかもしれませんね。


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MJの強烈パンチが、Billy Dragoに炸裂。倒れた衝撃でランプが壊れ、アルコールに火がつく。燃え上がる火を見て、クリスを呼ぶMJ。クリスもMJの元に駆けつける。


MJ、襲いかかる男にヒザ蹴り。


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火はカウンターを走り去るように一瞬で燃え上がる。

(壁にかかっていたボクサーの写真のクローズアップ)

女は逃げ出そうとし、入口で止められるのを振り切って、外に出る。

MJ、またもや、男に強烈パンチ



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燃え上がる炎の中、奥からブランドが登場する。MJと対面。

Brando、大げさなアクションでサングラスを取る(コント赤信号かっ!古)

Brando : You’re pretty cute in there.(坊主、やるじゃないか)

ここは『VISION』の日本語字幕では「久しぶりだな」になっていますが(英文字幕なし)知りあいののネイティブに英語を確認したところ、以前に会っているという意味は特にないので、上記の訳にしました。

別のボクサーの絵がクローズアップされる(コメント欄参照→追記:このあとの記事で判明しました)



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MJ:I know who you are.(あんたのことは知ってるよ)

Brando : Bing bang

Brando : Later(またな)

この「bing bang」、どういう意味だかわかります?
とりあえず、知りあいの知りあい...のネイティブに意見を求めたところ、

Not sure, but maybe because Michael knows who he is.
Marlon Brando is going to have to shoot (kill) him.


という解答を得ました。

でも、そーゆー意味なら「Bang bang」の方がいいと思いますし、その方がギャングぽいと思うんですよね。

◎Sammy Davis Jr - Bang Bang(←顔について27参照)

20世紀No.1俳優と称され、1分「1億円」と言われたブランドのセリフですし、時代を何度も作ってきた伝説的俳優と、MJとの「神々の会話」だと思うので、ここは、もう少し、しつこく考えてみることにします。

☆(33)につづく
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出演者情報/キシャヤ・ダドリー(Kishaya Dudley)は、この後、グェイン・ステファニーなどの振付で、2005年のMTV Video Music Awardsで「Best Choreography賞」を受賞しているようです。また、このSFの「ダンサ−の女」も、彼女が演じていることから、「一人二役」という意味も重要だと思います。

◎Kishaya Dudley Choreography Reel
◎2005 MTV Video Music Awards for Best Choreography

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by yomodalite | 2011-06-19 18:03 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(12)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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