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聖誕祭2016「Legend」

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本日、8月29日はマイケル聖誕の日。

現地での生誕の瞬間(日本時間8月30日午前10:33)までも、あとわずかです。

今年は、Invincible期(今回は2004年まで)以降を

Legend期とし、Birthdayはこの時期の写真を紹介したいと思います。





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2010年から誕生日に合わせてたくさん写真をアップしようと思ったのは、Invincible期以降のマイケルが、本当はこれまで以上に素敵で、彼の顔がひとりの人間とは思えないほど変化したのは、整形手術以上に、彼自身の内面によるものだったという驚きからでした。


2013年は少年期を、2015年は「Jackson 5」から「THIS IS IT」まで、ここにアップできなかった写真も含めて、膨大な写真を1枚1枚撫でるように見ながら、彼の軌跡をたどることで、私の中ではますます彼が生きているというか、レジェンドの輪郭がより鮮やかになっていくような気がしています。


今年は、デヴィッド・ボウイやプリンスも旅立ち、彼らの写真を見る機会も増えました。


プリンスは、2009年のMJの旅立ち後も創作意欲に衰えを見せることなく、アルバムはより膨大な枚数になり、毎回趣向の違うライブや、他のアーティストのプロデュースなど、何もかもが精力的で、プリンスの写真はMJと違ってアーティスト活動やパフォーマンスを捕らえたものばかり。パートナーとのプライヴェート写真も素敵で、私は嬉々としてそれらをPinterestに保存している。


でも、MJの写真を見ていると、どうしても「そのまま」保存しておくことができない。パパラッチに撮られた写真や、記念撮影に応じたものは特にそうだけど、どこか「未完成」なところが気になって、絵画を修復するように、欠けている絵の具を少しだけ足したくなるというか、あるべき姿に直して整理して、展示されなくてはならないような思いに駆られてしまう。誰よりも「完璧」を見せてくれたマイケルだけに、少しの傷が気になるということもあるのかも。


プリンスがいつでも「プリンス」だったり、サルヴァドール・ダリが「ダリ」を演じているように、アーティストが天才として認められるのは、「自分の理想とするアーティスト像」をどれだけ完璧に演じられるかにかかっている。ただ、マイケルの理想像は、そういった天才アーティストたちのやり方とは少し違うように思う。


デヴィッド・ボウイは、アーティストとして幾つもの架空のキャラクターを造り、マイケルも演じたかったエレファントマンや、宇宙人、ヴァンパイアの演技で高く評価されたけど、彼の変化に驚いた人がどれだけいただろう。「Changes」を、本当にやってのけたのは、マイケルだったと思う。


◎和訳「Changes」


でも、マイケルの変化は、ボウイが変わろうとしたこととはやっぱり少し違う気がする。


どれだけの楽器を演奏できるの?と聞かれて、プリンスが「千」と答えたように、マイケルの内には元々「千の顔」があった。


それは、世界で一番愛されることに繋がった一方で、彼には、人々の内にある不安や疑惑や嫉妬といった様々な感情も投影されることになり、マイケルが旅立つと、周囲にいた人々も、それぞれが見た彼の真実を言わずにはいられなくなった。マイケルが、圧倒的に「不世出」だと思えるのは、そういった感情すべてを受け入れたところにあると思う。


20代の彼が「スリラー」で自覚し、40代のときの「スレテンド」で、さらに確信したように、マイケルは天才と言うより、「モンスター」を目指していた。


◎和訳「スレテンド」


彼が常に一緒にいたかった子供たちも大人にはないモンスター性がある。老人の知性と、子供の無邪気さ、あらゆる動物と宇宙人やロケットや宇宙船・・それらすべてが一体化したようなモンスターは、きっとマイケルが子供の頃から交信してきた「神」に近いものだったと思う。Invincible以降、MJがときおり見せた「未完成」は、「未知」のものでもあったのだ。




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MJ Birthdayの記事へのリンク


◎Jackson5 Era

Happy Birthday Michael!!! 2013(Part 1) 

Happy Birthday Michael!!! 2013(Part 2) 

聖誕祭2015「Jackson5時代」① 

聖誕祭2015「Jackson5時代」②

聖誕祭2016「Jackson 5」


◎The Jacksons Era

聖誕祭2015「Jacksons & Off The Wall期」①

聖誕祭2015「Jacksons & Off The Wall期」②

聖誕祭2015「Jacksons & Off The Wall期」③

聖誕祭2016「Off The Wall」


◎Thriller Era

聖誕祭2015「Thriller期」①

聖誕祭2015「Thriller期」②

聖誕祭2016「Thriller」


◎Bad Era

聖誕祭2015「Bad 期」①

聖誕祭2015「Bad 期」②

聖誕祭2016「Bad」


◎Dangerous Era

聖誕祭2015「Dangerous 期」

聖誕祭2016「Dangerous」


◎HIStory Era

聖誕祭2015「HIStory 期」

聖誕祭2016「HIStory」


◎Invincible Era & Forever

Happy Birthday Michael!!! 2010

Happy Birthday Michael!!! 2011

Happy Birthday Michael!!! 2012(Part 1) 

Happy Birthday Michael!!! 2012(Part 2)

聖誕祭2015「Invincible 期」

聖誕祭2016「Invincible」

聖誕祭2015「Post Trial 期」①

聖誕祭2015「Post Trial 期」②

聖誕祭2016「Legend」


その他、カテゴリ「MJ Birthday」には、

マイケルの56回目の誕生日を前に」(1~6)もあります。






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by yomodalite | 2016-08-29 07:00 | MJ Birthday | Trackback | Comments(3)

聖誕祭2015「THIS IS IT 期」

こちらにあった内容は
コメント欄を除いて下記に移動しました。

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by yomodalite | 2015-08-29 19:00 | MJ Birthday | Trackback | Comments(8)

僕らはみんな家族なんだ(2009年のメッセージ)

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"Everybody's doing a great job.
Let's continue and believe and have faith.
Give me your all, your endurance,
your patience, and your understanding.
But it's an adventure, it's a great adventure.
It's nothing to be nervous about.
They just want wonderful experiences, they want escapism.

みんな、素晴らしくやってくれてる
このまま信念をもって続けていこう
辛抱強く、理解して、全力を尽くしてほしい
これは、すばらしい冒険なんだ。びくびくすることは何もない
彼らは、ただすばらしい体験を求めてる。日常を忘れるようなね


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We wanna take them places that they've never been before.
We wanna show them talent like they've never seen before.
So give your all.
And I love you all. And we're a family.
Just know that. We're a family.

ぼくらは、彼らを未知の領域に連れて行って
出会ったことがないような才能を見せよう
君のすべてをみんなに与えるんだ
みんな愛してる。僕らはみんな家族
本当にそうだと理解して、みんなが家族だということを


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We're putting love back into the world
to remind the world that love is important.
Love is important. To love each other.
We're all one. That's the message.
And take care of the planet.
We have four years to get it right or else
it's irreversible, the damage we've done.
So we have an important message to give.
Okay? It's important.
But I thank you for your cooperation so far.
Thank you. Big thank you.

みんなに愛の大切さを思い出させて
世界に愛を取り戻すんだ
愛が重要だってこと、互いに愛しあうこと
僕らはひとつ
それを伝えよう
そして地球を大切にすること
4年間で、僕たちが犯した傷を直すんだ
僕たちは重要なメッセージを与えられている
いいね?すごく重要なことだよ
これまでのみんなの協力に感謝します
ありがとう。本当にありがとう






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by yomodalite | 2014-08-27 06:00 | マイケルの言葉 | Trackback | Comments(0)

『MJ Tapes』の翻訳について[1]THIS IS ITの衝撃

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ここまで『MJ Tapes』を読んでいただいた方に。


未だに終わらないシュムリーの序章ですが、なぜ、今、これを紹介しようとしたのか?について、翻訳の監修者である、childspirits先生と2人でおしゃべりしてみました。


それは、5年間を振り返ることにもなり、私たちの会話は、シュムリーに負けないぐらい長くなってしまったのですが。。



yomodalite(以下Y):2009年の6月26日のことは、覚えてる?



childspirits(以下C):それはもうはっきりと覚えてる。あの朝、何気なくテレビをつけたらワイドショーで、「今朝はいった大変なニュースです。マイケル・ジャクソンが亡くなりました」って言ってるのが耳に飛び込んできて。いきなりのことで、びっくりしたけど、もっとびっくりしたのは、ニュースを聞いた瞬間、涙があふれ出したこと。


マイケル・ジャクソンのことを日頃考えていたわけでも、彼の音楽をフォローしていたわけでもない。『オフ・ザ・ウォール』で、「あのマイケルが、こんな青年になったんだ」と思い、『スリラー』に驚嘆したあとは、「すごく売れてるんだな」と横目で見ているくらいの感じ。多くの人がそうだったように、世紀が変わる頃からは、スキャンダルにまみれ、メディアに追いかけられる彼しかわからなくなった。それなのにすごく涙が出て、あとはテレビの前に座り込んで、延々と彼の死に関するニュースを見続けてた。



Y:私も、朝の情報番組だったと思う。今は、なんとなくテレビをつけることはなくなったけど(これもMJが原因)、当時はまだそういう習慣があって、家の前に救急車が停まってる映像とか、ヘリコプターとか、見てても仕方のない映像なのに、そのときだけは目が離せなくて、とにかくショックだった。自分に出来ることなんか何もない状況なのに、どうしたらいいんだろう、って動揺しただけでなく、なんだか自分のせいなんじゃないかって思ったよね。そう思ったのは、私ひとりじゃなかったと思う。芸能人が亡くなったときに、負い目を抱いた人が大勢いたという経験は、MJ以外に誰かいたかなぁ。



C:あれほど強烈に、大勢の人にそう感じさせたのはMJだけじゃない?自分の事で言うと、彼がメディアに、容姿や奇行や家族のことで面白おかしく取り上げられ、バッシングされているのを見ながら、アメリカで黒人が影響力あるポジションを手に入れることのしんどさを想像したけど、一方で、彼の側にもバッシングを誘発してしまう要素はあるんじゃないか、とも思っていた。「白人になろうとしている」みたいな解釈も、何となく受け入れていたかな。ただ、そんなふうに傍観していたことで、彼を追い詰める流れに荷担したんじゃないかって、感じた。ある種の後ろめたさ、は彼の生前から感じていたのかも知れない。2008年だったかなぁ、リーディングのクラスで、MJの記事を取り上げたことがあったのね。



Y:どんな記事?



C:簡単に言うと、「マイケル・ジャクソンは本当にもうだめなのか?」みたいな記事。彼は近年キャリアの面で目立った活躍はなく、スキャンダルばかりで知られるようになっている。しかし、彼は本来は世界最高に売れた、才能あふれるエンターティナ-のはずだ、ってね。書き手の口調はどちらかと言えばMJに好意的だったと思う。


どうしてその記事を取り上げたかっていうと、マイケル・ジャクソンといえば変な人、という刷り込みしかされていないであろう若い人に、実はすごい人、の面も知って欲しかったから。授業ではよく知られているニュースについての英文記事を読むことで、メディア・リテラシーみたいなこともやりたいと思っていたからね。


ただ、その記事の書き手がそうであったように、MJのキャリアに再びピークがやって来るとは私も考えてなかったし、彼が実はすごい人、っていう場合の「すごい」が『スリラー』であるという認識も共通していた。そして、あの日のニュースを聞いたんだよね。



Y:私はね、当日は泣いたと言うよりは、朝からテレビで彼に関する映像をいっぱい見ないではいられないほどショックを受け、それほど大きなショックを受けた自分にも驚いたりして、それで夜には、もう今後メディアを通してマイケルを見ることを止めようということと、この衝撃が何なのかについて自分だけで考えたいという、なにか「決意」のようなものを抱いちゃったんだよね。



C:MJの死亡のニュースが入った日は、まるまるテレビで報道を見っぱなしだったけど、いくら見続けても、どうして涙が出たのか、自分にとってのMJとはどういう存在だったのかわからず、自分が関心をはらっていなかった時期の彼をとにかく見てみようと思ってPCに向かった。YouTubeを使うようになったのは、2009年6月26日以降だよ(笑)。で、「彼は、こんなにずっとかっこよかったんだ」、というよりは「こういうかっこよさを持っていたんだ」ってことに呆然とした。



Y:私は「デンジャラス」からファンだったから、80年代より、90年代以降のMJをよく覚えてるのね。ビッグスターに乏しかった90年代、彼のカリスマ性は並ぶものがなかった。ただ、その頃から徐々に「等身大のスター」が求められるようになって、「天才」で「お金持ち」というイメージのMJは、時代に合わないと思われるようになっていったみたい。



C:私は、デンジャラス以降は、ほとんどフォローしてなかったから、MJがどういう存在だったかについては、今と全然違う答えを持っていた。彼はすごい才能の持ち主で輝かしいことを成し遂げたけれど、ピークは過ぎていて、マスコミのバッシングに苦しみながら、失意のうちに死んでいったみたいに考えていた。彼の悲劇の根源を、奴隷制度にはじまり公民権運動を経て半世紀が過ぎてもなお差別され続けるアメリカの黒人、っていうステレオタイプの図式に求めていたんだよね、きっと。『THIS IS IT』を見るまではね。




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Y:初日に観に行ったんだよね。どんな感じだった?



C:うん、「最後まで頑張っていた彼の姿はどんなだったんだろう」という、期待と不安とおそらくは同情の入り交じった気持ちで見に行ったんだけど、上映後は、すぐに立ち上がれないまま涙を流していた。正確に言うと、立ち上がれなくなったのは、映画を見終わったあとじゃない。映画始まってわりとすぐ。ダンサーたちがMJと同じステージに立てる喜びについて語る場面のあと、『THIS IS IT』のオープニングシーンになるでしょ。オルテガの説明と共にいろいろな映像に輝く「ライトマン」が出てきて、’piece by piece’って開いて、MJが登場する。彼が右手をスッと掲げ、Wanna Be Startin' Somethin’ が始まる。その瞬間、もう、頭からどっかーんと何かが落ちてきたようなショックを受けた。


つま先から指先まで電気が走っているような立ち姿や、サングラスからのぞく、つぃっと上がった眉、引き締まった口元の表情を見て、「この人は、世間が自分を化けもの扱いしている間も、努力を怠らず、たえず挑戦し続けていた」っていう思いが閃いた。


右手を天に突き出し、体全体から放電しているような立ち姿というのは、「スリラー」のダンスシーンにもあるよね。あの頃のMJは坂道を猛スピードで駆け登っているような状態だったけど、そのあと、『THIS IS IT』までのMJには、困難な状況が次々起こっているよね。なのに同じポーズが、「スリラー」の時よりも、エネルギーに溢れて見えた。スリラーからの四半世紀を、普通のスターとして過ごしてきたら、こんな事が起こるはずはない。あんなひどいバッシングの中で、こんな進化を遂げるのは、並大抵の精神力や思考力じゃないなって、思った。


上映後に流した涙は、「この」MJを知った感動と、いままで知らなかった、知ろうとしなかった、自分のダメさ加減への後悔によるものかと思う。それで、結局19回も『THIS IS IT』を見に行くことになったんだよね。



Y:話を聞いてると、私のあの日のことも甦ってくるなぁ。呆然とした気持ちでスクリーンを後にしたとき、またもや、「自分はこれからどうしたらいいんだろう」って感じで、ただ、もう自分を落ち着かせる目的でダーリンに電話して、「今までに感動したこととは比べようがないぐらい、人生で一番感動した」って言ったと思う。他にどんな言葉も発したくなかったから、それだけで電話を切ったのね。友だちに『THIS IS IT』すごく良かったよ。なんていう普通の会話も絶対にしたくなくて、それで、リアルフレンドには、その後もずっとマイケルのことを話さないようにしてた。


それまで、私はオリジナルアルバム全部と、ブカレストライブを持ってるぐらいのライトなファンだったけど、あの大観衆の1人になるのが嫌で、MJのライブに行きたいと思ったことがなくて、だから、初めて実物の彼に出会えたような気分だったのかもね。


映画館にいるあいだはすごく幸せを感じて、どんなに泣いても、それは「感動の涙」だったのね。でも、観終わって家に帰ってきてからも涙が止まらなくて、それは感動の涙ではなかった。私は、通勤も、子供の世話も、介護もしなくていい身分だったから、もう本当に1日中泣いてて、自分がこれほど激しく泣いている状態をどうしたらいいのか、一体インヴィンシブル以降に見てきたマイケルは何だったのか。その答えを求めて、5年も経ってしまったみたい。



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C:私の生活は、『THIS IS IT』をはさんで、「紀元前」と「紀元後」って言えるくらい変わったと思う。とにかく毎日MJのこと考えた。スペースも予算も考えずCDやDVDを買いこんだのはもちろんだけど、彼に関係する本を手当たり次第に読んだ。で、読むほどに、映画を見た時に感じた彼の思考力は、現実のものだったという気がした。



Y:私もどこが変わったとは言えないけど、読む本は確実に変わった。MJ以外の人がどんなにキレのあるダンスをしても、振り付けをこなしているように見える。でも、MJが指先を少しどこかに向けただけで、そこには「意志」があり、「意味」があるように見える。彼の精神と肉体は完璧に一致していて、『THIS IS IT』まで、なにがあっても変わらなかったことが、私にはものすごい衝撃だった。


それまで、MJのことを、そんなに知性があるとは思ってなくて、本を読むのが好きだというインタヴューを聞いていても、成功本の類いであるとか、とにかく自己啓発好きで、ポジティブ思考という印象しかなかったんだけど、誰もが彼の人生は行き詰まっていると思うような状況の中、最後まで、その肉体から精神性が感じられるというのは、彼が、本質的な「知性」をもっていることに他ならないじゃない。それは、どんな「真相」よりも私には明らかなことだと思えたのね。


知識は本から学べても知恵は経験からしか学べない、という言葉があったと思うけど、彼は熟練のパフォーマーとしての「経験」だけでなく、それを長く実践するために極限の努力もして、世界一と言われるほどの成功を手にできるほどの「知恵」もあった。MJは、学んだ知識を最大限アウトプットすることが出来たひとだよね。


それなのに、MJほど、自分を賢く見せなかったアーティストもめずらしい。だとすれば、彼が自分を賢く見せなかったことには、「なにか特別な理由」があったはずだと思ったのね。それで、彼がどんな本を読んでいたのか、ものすごく興味が湧いてきて、彼が読んだと思われる思想書や宗教に関する本も、あらためて真剣に読むようになったんだよね。


C:私も「ムーンウォーク」や彼の詩集、オックスフォードでのスピーチや、色々なインタビュー、さらに彼が残したメモを読んで、それから彼の歌の詞を読み直した。そうしてみると、間違えていたことがちょっと具体的に見えてくるようになった、自分なりに、だけど。たとえば、彼がいつも口にしていた、子供のために生きている、というような発言。それを子供好きなんだなぁとか、自分の失われた子供時代への回帰なのかなぁと捉えていたんだけど、そんなに浅薄なものではないとかね。彼は子供の世界を、自分が癒されるのに必要な場所ではなく、この世界にある病を癒すのに必要な innocence の泉だ、と真剣に考えていたんだということがね。



Y:私の場合、オックスフォード・スピーチに感動したあと、さらに衝撃を受けたのが、『MJ Tapes』だった。相変わらず、センセーショナルなことのみ紹介されて、ユダヤ教のラビが、MJを裏切って出版したみたいな扱いだったけど、彼が、90年代に「こども」について以外言いたくなかったこととか、めったにしゃべらなかったこととか、色んなことが、今までとは違って見えてきたよね。



C:確かに「こども」への思いだけではMJの全体像に迫れない気がする。というか、どうして「こども」が最優先事項なのか、が理解する必要があるよね。そういった意味で、『MJ Tapes』には、手がかりになることが多いよね。英文学の世界にグロッサリー(glossary)という言葉があって、それは作家が特別な意味を持たせて用いた語の説明を集めた特殊辞典で、有名なのは「シェイクスピア・グロッサリー」なんだけれど、『MJ Tapes』はもしかしたら、マイケル・ジャクソンという人物(書物)を理解するためのグロッサリーの役目を果たしてくれるかも。


MJとシュムリーの対談を読み込むと、ひとつの語に対して、二人の認識が微妙に食い違っていることに気づくでしょう。その差異が「マイケル・ジャクソン・グロッサリー」になり得る。言葉=思考だものね。


☆『MJ Tapes』の翻訳について[2]に続く




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by yomodalite | 2014-08-25 11:36 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

マイケルの56回目の誕生日を前に[3]Smooth Criminal

ここにあった記事は
コメント欄を除いて下記に移動しました。


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by yomodalite | 2014-08-05 11:43 | MJ Birthday | Trackback | Comments(2)

Happy Birthday Michael!!! 2011

こちらの記事は
コメントとそれに関する内容以外
下記に移動しました。



《おまけ》

☆多くのファンブログで紹介されていた「超CUTE・レーズンCM」。当ブログがこだわっている時代とは異なりますが、キュートでお茶目で、お笑い好きで、絶品顔芸の持主で、抜群の企画力と演技力と言ったあたりを完璧に証明している内容なので、こちらでも保管しておきます。


(1989年7月28日『マイケル・ジャクソン全記録』P200参照。動画はこのCM制作者のアニメーターに自分のアイデアを説明しているところ。


☆とてもとても素敵なブログ主さんが作ってくださった「モラッター」
◎MJから「愛のメッセージ」がもらえます!

ちなみに、私は本名の方で入力してみたら、

『相手のために心を尽くしてごらん』とか、
『一人で頑張っちゃだめだよ』とか、

『二十世紀梨を食べて元気出して』っていう感じのを期待してたら、
悉く、真面目なメッセージが。。(汗)

音楽を研究をされているmari-koさんのブログで紹介されていた動画もすごく楽しいっ!この動画で「マンミラ」が、今までより1.6倍好きになったって言ったら叱られるかな?


☆このページを最後まで観てくださった方へ。

コメント欄に一言頂けると嬉しいです。どんな一言でも感激なんですが、一応、“お題”を設けると「オリジナルアルバム収録曲外で好きな曲」はいかがでしょう?

人気投票ではないので、今日の気分でお気軽に!(未発表曲の紹介は嫌だという方のご意見も歓迎します!)


私が今日選んだのは「Slave to the Rhythm」



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by yomodalite | 2011-08-28 19:05 | MJ Birthday | Trackback | Comments(24)

Happy Birthday Michael!!! 2010

こちらの記事はコメント以外
下記に移動しました。



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by yomodalite | 2010-08-29 05:35 | MJ Birthday | Trackback | Comments(15)

西寺郷太氏の『マイケル・ジャクソン』(3)

西寺郷太氏の『マイケル・ジャクソン』(2)の続き


◎第五章 「THIS IS IT」への道(続き)

『「THIS IS IT」への道』(P221)
2005年、完全な「無罪判決」を受ける。
《西寺氏の意見》
「失意の時代」のような捉え方をされることが多い。しかし、僕はこの時期はマイケルにとってとても大切な時期であったと思っている。(引用終了)に激しく同意。

2001年、オックスフォード大学での講演のテーマ。
“チャイルドスター”という特異な存在の一般化
“許すこと”

「仕事の成功」から「家庭の幸せ」へ。
そして「人生の成功」へと向かっていく。


『時代がマイケルに「追いついた」』(P224)
「マイケルをかっこ悪いという」ことが「かっこ良い」時代が終わった理由。

マイケルに憧れた新世代アーティストと、MJの違い。
レディ・ガガの「80年代リヴァイヴァル」に見られる表層的な模倣。
でも、それをするしかないほど、疲弊した世界。


『映像機器の進化とともに訪れた「三度の波」』(P229)
《西寺氏による分類》
1)69年のデヴュー期の「カラーテレビとテレビ・ショー」
2)83年の“スリラー”期の「ヴィデオデッキとMTV」
3)2009年の急逝で、彼の一挙手一投足に注目と追悼が集まった映画「THIS IS IT」期の「YouTubeと映画」

MJは「言葉を超越した存在」であるダンサーであることと、遺した「映像群」の素晴らしさによって、ビートルズ以上の力を持って後世に影響を与えてゆく=新しい世代のファンが増え続ける(引用終了)

完全に同意。映像として遺すこと。アーティストとしての永遠の命を、彼はずっと若い頃から真剣に考えてきた。アルバムに収録されない曲の膨大なストックも、モータウン時代から学んでいた、死後リリース計画だったのかも。また、新世代のMJ発見が、簡単には終わらない理由として、MJ自身が世界でもかなり早い時期に現れた、多方面な「オタク」であることも、マニアの心をつかんで離さないと思う。



『マイケル・ベアデンの証言』(P235)
“THIS IS IT”には、最後まで、確実なセットリストはなかった。
MJは最後まで、子供時代の曲を歌い続けた。


『バシリ・ジョンソンの証言』(P238)
ミック・ジャガーとの共演曲『ステイト・オブ・ショック』もリハーサルされていた。急死の前日も、ライブメンバーと一緒いる時間は幸せそうだった。


『マイケルにとって、“THIS IS IT”とは?』(P242)
《西寺氏の意見》
マイケルは子供の頃からコンテストやタレント・ショーで、優勝や、トロフィー、賞金を狙うために歌やダンスに取り組む癖がついていた。これは、「芸術家」というよりは、「オリンピックを目指すアスリート」に近い心境である。このことは、マイケルが大人になっても「自分の正当性」を確かめるために、きちんと「結果」、つまりセールスや記録に人一倍こだわったことにも繋がっている。(引用終了)

記録にこだわったのは、アスリートに近い心境とも言えるけど、批評家への不信感と、芸術家として「歴史に残る」ということが、一番大きな理由だったのではないかと私は思います。


『ダンサー達との幸福な瞬間』(P245)
《西寺氏の意見》
マイケルと新世代ダンサーとの幸福な出会い。もしも、マイケルが“THIS IS IT”で復活することを決意しなかったら、彼は亡くなっていないかもしれない。(引用終了)

MJの不可解な死への疑惑に関しては、彼の死により、これまでの疑惑の証明、名誉の回復がなされたことにより、アーティストとして遠い未来にまで繋がる「成功」を呼び寄せたこと。を認識したうえで、なされるべきと考えます。下記のサイトの主張は、全面的に同意しているものではありません。


◎「THIS IS NOT IT」
◎趣旨

『おわりに』(P249)
《西寺氏にライオネル・リッチーが語ったこと》
「.....もし仮にツアーの利益が1000万ドルあると言われても、それと同等、もしくはそれ以上を制作費につぎ込んでしまうのさ。最後にロボットまで出てきちゃうしね(笑)。マイケルはそういう考え方をする人だったんだよ」(引用終了)

主催者が10回のツアーを50回にしてしまったら、今度は、チケット売上げ金で、3Dだの、MJエアーだの、50回を決めたときには、小躍りしたであろう、“強欲”集団も、コンサートが近づくにつれて、MJと同様に、眠れない日々だったんではないでしょうか?


わたしは、最終的に、すべて、マイケルが勝利した。と思っています。


《再びライオネルの言葉》

「郷太、ふざけてるって思わないで聴いて欲しい。僕は最近、マイケルは本当に“天使”だったんじゃないか.....、ってそう思うんだよ。50年間だけ、この世界に存在して、“愛”の意味を一生懸命に伝えて、それで役割を果たして帰っていったんじゃないかなって.....、そんなふうに捉えているんだ.....。僕は長い間、仲が良かったけどね。いや、本当に不思議なんだよ.....」(引用終了)

ライオネルに静かに同意。“天使”って言うと、こういう感じを想像する人も多いと思うけど、
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マイケル(ミカエル)という名前の天使はこんな感じ。

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ジョルダーノの『大天使ミカエルと叛逆天使たち 』
(一応ルネサンス期のものということで)

“エホバの証人”では、ミカエルとイエスは同一人物であるとされているようです。

それと、MJが異常なほど「赤」が好きだったのは、ミカエルの属性が“火”だと言われていたり、彼のミリタリー好きも、ミカエルが、兵士の守護聖人とされていることから....

赤、青、白、黒、金、MJの原色好きも、この時代の絵画からでしょう。

大好きだったミケランジェロも、Michael+Angelで、“Michelangelo”.....

彼がウォホール以降の大量消費時代のミケランジェロだったという点など、MJとミケランジェロは、もっと深く追求したいところ。相当な読書家であるマイケルですが、美術に関する教養は、すさまじくて、一晩中しゃべり続けても、ネタが尽きなかったという話があるほどですし。。

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“THIS IS IT”で、カーリーヘアに戻っているのも、やっぱりミカエルだからでしょうか....

《西寺氏の意見》
彼は歌やダンスを使って、人間の持つ「喜・怒・哀・楽」の感情すべてを、最大限まで表現し続けた。
もちろん、彼は、常に洗練されたものとして存在しただけではない。ときにはいびつなまでに振り切れたその困惑するほどの自由さで、周囲の人間を振り回したこともある。

プリンスやマドンナであれば許されることも、子供の頃からの成長過程を知っている存在であるマイケルには、社会全般が持つ「老婆心」のようなものが働き、それを許さなかった、という状況があると思う。

彼がひとりの「黒人アーティスト」として成し遂げた様々な既存のルールの転換は、その優しい「少年的」で「中性的」なイメージとまったく違った「強さ」「タフさ」があったからこそ起こしえた「ある種の革命」なのである。(引用終了)

彼の驚くべき「タフさ」に関しては、まったく比べられるような人がいないように思います。これほど本格的な“知性”を感じさせてくれた人も、同時代を生きた人の中には、他に心あたりがありません。

西寺氏が言うように、何か時代的な深い意味・理由があるのではないか、と私も思えてなりません。彼の“ミケランジェロ”好きは、生涯を通して一貫しているうえに、相当深いですし....

毎日永遠の命を欲しくなる。
自分が作り上げた物は歴史に残って欲しい。
それが石像、絵、音楽、作文であれ同じことだ。
ミケランジェロが言ったとおりだ。
作者はいずれ居なくなっても、作品は歴史に残る。
自分が死んだり、作品が滅びないように自分が作るものにはしっかりと心を込めている。
それだから、何をするに全力をつくすことにしている。
生きている間に自分のすべてを観客に与えたい。
僕が言っていることわかるでしょ?

―マイケル・ジャクソン


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by yomodalite | 2010-03-25 11:29 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(12)

映画『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』

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この映画の試写を観た姉のラトーヤは、感想を聞かれて不快な表情だった。

下記のニュースにある、MJファンの気持ちも理解できる。生前、マイケルに苦痛を与えた連中がマイケルの死後、平然と金儲けしているということには、まったく腹が立つ。

一部MJファン、アンチ”This Is It”を呼びかけ。

“This Is Not It”と称するアンチThis Is Itキャンペーンで、イベントプロモーターのAEG Liveなどがマイケル・ジャクソンに過酷なライブ日程を強制、激しいリハーサルを強いたことで心理的、体力的に彼を追い込み、最終的に死に至る要因を作ったと主張している。
http://www.barks.jp/news/?id=1000054590


それでも、やっぱり、この映画を観ずにはいられない。

マイケルが、このコンサートを発表したニュースを見たとき、わたしはマイケルのことを何もわかっていなかった。トレードマークにもなっている、あの“ミリタリー風シャツ”は、もう古くさく見えて仕方なかったし、頭髪も不自然すぎる。50回という途方もない回数をこなせるはずがないし、熱狂する観衆の映像を冷ややかに眺めるだけだった。

最後のバラエティ番組出演となった「SMAP×SMAP」での、人間離れした容貌、歩くのさえ辛そうな雰囲気だったマイケルには、もう観客の期待に応えるステージなど、到底無理に思えたのだ。

ところが、死後に残されたリハーサル映像をニュースで見て驚いた。マイケルは、絶頂期と変わらないキレのある動きで、会見のときとはまったく違って、ものすごくカッコ良かった。これだったら、コンサートはきっと素晴らしいものになったに違いない。誰もがそう思ったであろう数日後、このリハーサル映像は、映画として公開されることになった。

映画は、オーディションに集まったダンサーたちの言葉で始まります。
そこから、映画終了まで、胸のずっとずっと上の方まで、なにかが一杯になった状態が続いて、帰宅後もそれはなかなか治まりません。

アンチ”This Is It”の「激しいリハーサルを強いたことで心理的、体力的に彼を追い込み・・・」というのは、気持ちはよくわかるし、間違っているとはいえない。

でも、マイケルは、完璧のそのまた向こう側、完璧主義のさらに上を行く究極主義でコンサートが素晴らしいものになるように、極限の努力を自らの意志で続けていた。誰かに追い込まれたわけではない。ダンスも、音楽も、舞台演出も、それぞれの監督よりも、ずっと高いものを求め、細かい点まで把握し、全体を見通し、そして、それをスタッフや共演者に求めるときも、声を荒げたり、怒ったりすることなく、いつも言葉を選び、穏やかに。。。。究極をめざしながら、どんなときでも荒々しい態度を自らに絶対に許さない。こんな人、他にいるだろうか。。。

クリエーターやアーティストの多くが厳しい不眠症に悩まされた経験があると思うけど、マイケルほど研ぎすまされた神経では寝られるわけがないと思う。驚異的な量の麻酔剤というのも、このリハーサル映像を見た後だと、納得してしまいそうになります。

オーディション映像や舞台裏でセットを組んだりしている絵を長々と撮ったりだとか、マイケルの過去の映像を目一杯付け足しているんじゃないかとか、そういう悪い方の想像はすべて打ち砕かれて、会見で言っていたとおり、みんなが聞きたい曲、みんなが観たいと思っていたマイケルが期待を遥かに超える水準で観られると同時に、まったく想像も出来なかった地点に立っていた彼の姿をも垣間見られます。

彼の死に、どんなにドス黒い陰謀があったとしても、最後まで、アーティストとしての魂が燃え尽きることがなかった、そして、そのことが、彼の肉体の極限を超えたのは間違いないでしょう。それなら、ファンは拍手で彼を見送って、哀れな“奴ら”には金を恵んであげればいい。

全世界の人へ
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★……………………



マイケルとは関係ないんですが、、、
グランプリシリーズでの惨敗後の会見で、浅田真央は、トリプルアクセルを百発百中で決めたいと、百発百中を何度も強調して語った。試合後、協会には選曲ミスやコーチ変更などの意見がたくさん寄せられたようです。確かに、会見前は私も同様の意見だったけど、「百発百中」発言を聞いた後は、ああやっぱり、彼女は伊藤みどりの血筋なんだなぁと思いました。

現役時代の伊藤みどりは、あまり好きではなく、むしろ、美しさを競う競技の中で、彼女だけが、こぶしをどらえもんのように握りしめて、ジャンプする姿がキライだった。でも今、過去の映像で見て、あの頃、あれほど美しかったカトリーナ・ビットの演技が色褪せて見えるのに反して、伊藤みどりのジャンプは今尚輝いてみえる。

浅田真央も、天才少女から、オリンピックの金メダルの上をいく「伝説」の入口に立ったのかもしれないなぁ。。
________

【解説】2009年6月に急逝したマイケル・ジャクソンによって、死の数日前まで行われていたコンサート・リハーサルを収録したドキュメンタリー。何百時間にも及ぶリハーサルを一本の映画にまとめあげたのは、『ハイスクール・ミュージカル/ザ・ムービー』の監督兼振付師で、予定されていたロンドン公演のクリエーティブ・パートナーでもあったケニー・オルテガ。コンサートを創り上げる過程では、偉大なスターであり才能あふれるアーティストでもありながらなおも進化を続けたマイケル・ジャクソンの素顔が垣間見える。

【あらすじ】2009年6月、1か月後に迫ったロンドンでのコンサートを控え、突然この世を去ったマイケル・ジャクソン。照明、美術、ステージ上で流れるビデオ映像にまでこだわり、唯一無二のアーティストとしての才能を復帰ステージに賭けながら、歌やダンスの猛特訓は死の直前まで繰り返されていた。

【スタッフ】
監督: ケニー・オルテガ
振り付け: トラビス・ペイン
音楽監督: マイケル・ビアーデン
プロデューサー: ランディ・フィリップス

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by yomodalite | 2009-10-29 02:28 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(4)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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