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オリンピックとSMAP解散と、終戦の日

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始まる前は、特に気にしてなかったオリンピックだけど、選手たちの真剣勝負に夢中になって見入ってしまって、手に汗を握り、一喜一憂したり、叫んだりしています。

4年もの間、この大会を見据えて日々努力した選手たちの中には、4回もこの世界最高峰に君臨し続けてきたレジェンドと言われる選手もいて、16年も・・・と本当に驚いてしまうんですが、マイケルが世界一にこだわってきた年数は、その倍以上。聖誕祭で各時期のマイケル写真を整理していると、彼のスター人生の長さだけでなく、時代ごとに彼がどんなことを考えていたのか、そんなことも思い返してしまいます。


「SMAP×SMAP」が始まったときの衝撃は今でも覚えています。

このブログには、その素晴らしさについて言及された本として、今は亡き「広告批評」の1997年から2008年8月までの連載を集成した橋本治氏の『明日は昨日の風が吹く』という本をメモしていたのですが、橋下氏によれば、「SMAP×SMAP」がとてつもなく素晴らしかったのは、1999年だったとのこと。

私が感激したのがいつ頃だったのかは覚えていませんが、テレビ草創期や全盛期の伝説的なバラエティ番組に匹敵し、凌駕するほど素晴らしいバラエティーショーを5人のアイドルが作り上げたことの輝きは、2010年にその本を読んだときには、すでに色褪せていて、彼らにはマイケルの自伝『ムーンウォーカー』で、「ジャクソンズ・バラエティショー」を辞めたときのことを読み返して欲しいとずっと思っていたのだけど、

SMAPはその後、さらにお昼のバラエティショーにまで出演するようになり、せっかくここまで成功した彼らが、こんな露出を続けることを残念に思い、そしてついに、その国民的番組の終焉までつきあってしまったことに不安を覚えただけでなく、出演していたメンバーがその終焉に対して、想像以上のショックを受けていた様子に、もっと心配になっていた。

終わり方というのは、本当にむずかしい。

彼らには、マイケルがモータウンを離れ、ジャクソン5という名前を奪われ、ソロとしてこれまでとはまったく違った顔を手にいれたことを思い出して欲しいと思うけど、ただ、それが出来たのは世界中でマイケルひとりだけだったとも思う・・・

今日は「終戦の日」。

私が生まれたときから、毎年のようにやってくる「終戦」の日だけど、戦争が始まりそうになって、ようやく今までやってきたことの中に、何が欠けていたのか少しだけ見えてくるような・・・マイケルがいなくなって、初めてその喪失感の大きさに気づいたように。

7年のときを経ても、相変わらず、何もかもMJ絡みで考えてしまう自分に、

日々呆れつつ・・・

これを聴いてもマイケルを感じてしまうという曲。


七尾旅人 "サーカスナイト"










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by yomodalite | 2016-08-15 10:30 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)

閲覧希望のメールをくださった方へ(1)

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閲覧希望のメールをくださった方、個別に返信できないうえに、招待メールもお待たせしちゃっていてスミマセン(汗

お手伝いを申し出てくださった方への返信で手一杯で、「お知らせ」を書いたときは、メールを頂いた方から順に「招待メール」をお出ししようと思っていたのですが、色々と考えた結果、新しい本のイントロ部分をアップしてから、一斉にメールしたいと思います。

期日はまだ決めていないのですが、今月中には・・と考えています。

6月の雨の煩わしさが、中居君の歌によって、美しい「Memory」へと変わったという人も多いと思いますが、限定ブログは、特に「追悼」を考えてのことではなく、たまたま、そういう時期になってしまっただけなんですが、、

この季節に、新たな人との出会いがあったことはマイケルに感謝したいと思っています。






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by yomodalite | 2016-06-01 06:00 | マイケルジャクソン書籍

日本の文脈と、安堂ロイド・・

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今日は、ブログに『日本の文脈』についてアップしようと思っていた。

『日本の文脈』は、大震災の前から3年にわたって語られた内田樹氏と中沢新一氏による対談をまとめたもので、元々は「日本の王道」というタイトルだったものの、震災後の紆余曲折を経て2012年に出版されたもの。

ふたりの会話はお互いの言いたいことだけ言って、内容への反論よりも、人格攻撃ばかりして、さっぱり議論になっていない日本の男性知識人どうしの会話とは異なり、

あちこち目移りするような色とりどりのおかずに溢れていながら、ご飯が美味しく頂けるような、よく出来た幕の内弁当のような味わいがあり、知的な漫才のようでもあり、おばちゃんの会話にも似ている。

中沢氏の本の中では、圧倒的に読みやすく、内田氏は以前の『私家版・ユダヤ文化論』や『日本辺境論』よりも、さらに日本回帰されているようで、私にとっても心地いい言葉や、覚えて使ってみたくなるフレーズもいっぱいある。


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私が東京から大阪に越してすぐにここが心地よく感じられたのも、大阪の方が「日本らしさ」に満ちているからで、もしも、大阪が日本で2番目の大都市を死守してくれていなかったら、日本はもっと、、、

と、できる限り短くまとめようと思って、ここまで書いたところで、なんだか気持ちが沈んで来て(雨が降っていたからだと思う)、録画してあった『安堂ロイド』を観ることにした。



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『安堂ロイド』って、今いちばん面白いドラマだよね? 

という感想がどれだけ共感されるのかもわからないし、TVの連続ドラマを最初から観るなんて、数年間の間でさえ記憶にないぐらいだし、TVだけじゃなく、映画もあまり観ていない有り様なので、「いちばん」なんて言える立場じゃないんだけど。。

◎[Wikipedia]安堂ロイド~A.I. knows LOVE?~
◎『安堂ロイド』が視聴できる動画(Dailymotion「安堂ロイド」検索結果)


伊集院光 キムタクのドラマ『安堂ロイド』の感想を語る。




内田氏は本書の後も、日本文化に転換期をもたらす固有の文化は、武芸、能楽、鎌倉仏教によって確立された。という文脈に、ますますチャンネルを固定されているようです。

それは確かにそのとおりで、それについては、すでに新渡戸稲造や、鈴木大拙が、世界に発信し、世界からも評価を受けている。と同時に、すでに、世界からはそこへの批判も問題点も指摘されていると思う。

その批判をものすごく単純化して言えば、日本の方法というのは、結局、日本人にしか適応できず、世界中の多くの人が感受することは不可能。さらに、問題なのは、日本人自身もそう信じていて、それが、日本人にとって優越感や安定感の源泉となっている。

でも、新渡戸稲造が『武士道』を書いたときでさえ、それは失われつつあって、だから、今の日本人が日本人としての身体性を取り戻すためには、もう一度というのは間違いはないと思う。

内田氏は自身のブログで

◎日本の文脈・アメリカの文脈

私が(米国)国務省の「対日政策局」の小役人なら、どうしていいかわからずに今頃は頭を抱えているだろう。

と、言っている。

でも、日本の文脈で語られたことを、猪瀬直樹や、石原慎太郎や橋下徹などの日本の政治家の言葉に変換すると、こうなってしまうのだ。もっと残念なことに、彼らとはまったく違っていると思われる政治家でさえ、そうなる。

それで、内田氏も、「現段階における個人的な総括と見通しを書き留めておきたい。」といっても、米国の「対日政策局」の小役人なら、、と書かざるを得ない。

これはとても変な話だけど、

日本の思想家は、日本の政治家に与えるべき言葉を
与えなくてもいいというのも「日本の伝統」なのだ。


日本の言葉は、思想という領域に、どうしても分け入っていけない「言葉」で、だから、それを駆使するには、身体性が重要で。。。(ふぅーー)


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『日本の文脈』からいろいろメモしておこうと思っていたのだけど、代わりに『安堂ロイド』の名言を。


安堂麻陽が死ぬことは禁じられている。

いいかげんにしろ
君が死ぬことは禁じられている

俺はクライアントの命令通り君を守るだけだ
ただ俺は、君を守ることこそ
未来を守ることだと思っている


フレミング「沫嶋黎士の脳データを破壊した。お前のクライアントはいない。補給もない」

安堂ロイド「原子還元処理を実行する! 俺にはもう許可の申請もクライアントの命令も必要ない! 安堂麻陽を守る。それは俺の意思だ!」

〜安堂ロイド

ピンチの時こそ
敵の目線に立つこと
敵の目線に経てば、敵の弱点とか狙いがひと目でわかる
敵が最も嫌がる一手を常に常に考えて打つこと

勝つまでやるって言ったろ

〜沫嶋黎士

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by yomodalite | 2013-11-25 17:37 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)

明日は昨日の風が吹く/橋本治

日々の報道は、昨日のことすら覚えていないかのごとくですが、、どうか、本書のタイトルだけでも覚えて帰ってください。

内容は「広告批評」という雑誌に、1997年から2008年8月まで連載されていた『ああでもなくこうでもなく』のセレクションに、2009年4月までの連載を追加した集成本。

「まえがき」で『広告批評』が2009年の4月号で終刊したことが書かれているのですが、そんな最近まで「広告批評」が刊行されていたことに、むしろ驚きました。

雑誌って、読者がいなくても続けられるんですよね。本誌に限らず...

広告が、かつては批評に値するもので、しかも、それを業界人のみならず、大学生も読んでいた時代があることなど、今となっては信じられない状況ですけど、この連載が、始まった1997年には、もうそれは終わっていたように思います。

橋本氏が、昭和が終わった段階で『’89』を書いて、その後、山の中に籠るように『窯変源氏物語』を書き続けた時期が、そんな時代が終わった頃だったということを、あらためて確認したり、「SMAP×SMAP」がとてつもなく素晴らしかったのは、1999年だったんだなぁとか、なかなか、振り返る機会がないような、小ネタから、大ネタまで、13年前から、1年前までを振り返ることができます。

今や、橋本治の解説者として、欠かせない存在の内田樹氏の文章が、最後にあります。
内田氏が明らかにした、全国紙の学芸欄に橋本治氏に言及した記事が1つもなかったという事実は、驚くと同時に、日本という国の言論の軽さを象徴しているようで、ああやっぱりという気もしました。

橋本さんは書く前に、「言いたいこと」があるので、書いているわけではない。自分が何を知っているのかを知るために書いているのである。だから、橋本さんの書くものは本質的に説明である。

という内田氏の橋本評は、どうして、新聞記者の書く文章がつまらないかの説明にもなっている。

読書中は、橋本氏のやり方では、2000年以降の時評は難しいと思っていたのだけど、読了後しばらくすると、自分の無知と偏見だったと思い直しました。特に、2001年〜2007年までの時評から、1年にひとつ、省略してピックアップしておきます。2008年と、2009年は、量が多くて選びきれませんでした。

2001年
◎その時、きみはいくつだったか?
1983年の三流大学の学生を主人公にした「ふぞろいの林檎たち」と同様の若者に、はやりの服を着せたのが、1990年代のトレンディドラマ。日本のドラマは等身大の若者を描こうとして、その試みは10年もたたない間に消滅してしまった。

1985年の「夕やけニャンニャン」の司会で一躍人気者になったとんねるずは、「三流大学出身」のふぞろい性を逆手にとった。一方での“嘆き”は、一方での“笑い”になる。
選択肢は2つあって、どっちを取るべきだったかは、過去の自分に問うしかない。

2002年
◎「国家権力」という言葉は、かなりの度合いで死語だ
日本の官僚には、「国家権力を強化し、国民を管理するため、総背番号制にする」という考え方をする力はないと思う。あるんだとしたら、「IT時代にふさわしいネット社会を作る」というまぬけな発想だけだと思う。

1980年代が終わって、「思想の時代」が「経済の時代」に移行してから、国家の力は弱まった。1980年代から始まるのは、国家の没落に伴う、官僚達の身分保全ーつまり、「俺たちは金儲けに介入して、この経済第一の世界でイニシアチブを取るぞ」だったのではないかと疑っている。

2003年
◎フランチャイズド国家
私は日本人だから、イラクの民主化は、イラクのアメリカ化である」という意義を唱えるが、「自分達は民主主義そのものだ」と思っているアメリカ人は、同じことを言って、「どこが不思議だ?」と怒るだろう。(中略)

日本の占領政策が成功したのはなぜか?冷戦構造の世界で、日本は、ソ連や中国や北朝鮮に存在する社会主義の防波堤の意味を持った。その意味があるから、「日本を押さえておくことの重要性」は、「日本をいじくり回す必要性」に勝った。

だから、日本はアメリカ的になりながら「日本」としての統一性を保つために「日本」であることを許された。日本は、アメリカによって「日本であることを許された」という不思議な一面を持っている。だから「親米でありながら国粋的で嫌米」という不思議な人達を生む。

2004年
◎組織に拠る男達の孤独と迷走
イラクで人質に取られた人達への「自己責任」発言問題から、年金改革法案の参議院での強硬突破まで、あることが一貫している。それは「批判の拒絶」である。「我々の方針に逆らうな、水を差すな」という流れは、国の中枢部で一貫している。(中略)

「小泉訪朝」が発表されてすぐ、日本テレビが「拉致問題の解決進展を図るため、日本は手土産として米25万トン支援を用意している」と報道してしまった。そうすると、総理の秘書官だかなんだかの方から、「そんな話、どこから聞いた?言わなきゃ、総理訪朝の時に同行取材をさせないぞ」という脅しが来て、一度は「訪朝同行取材団」のメンバーからはずされてしまった。

日本テレビ側が抗議して事が公になると、慌てて「なかったこと」にしてしまう。「報道の自由の侵害」とかを言う前に、平気でそんな発想が出来てしまう人間が、国家の中枢近くにいることに驚く。これはつまり、「我々のする事に水を差すな」という、警戒なのだ(後文略)

2005年
◎危険な国
「海外取材の多いフリージャーナリストが言ってたけど」という前置き付きで、こう言ったー「海外に行ってね、紛争地帯なんかで、その場所の危険度を測ろう思う時、彼はまず子供に声をかけるんですって。子供は普通に答えてくれたらそこは安全で、声をかけられた子供が逃げちゃったら、そこは危険地帯なんですって。」

それを言う彼も、言われる私も、思うところは同じである。「じゃ、日本はもう危険地帯なんだ」と。それは分かるが、では、日本はどう「危険」なのだろう?日本は別に「紛争地帯」ではない。(中略)

「大人が子供を襲う」という事件が、ここ何年もの間、やたらと多い。「小学校、中学校に、侵入者が現れて、襲撃する」というのも。(中略)
私には、その答えが1つしか思い当たらない。つまり「子供への嫉妬」である。

2006年
◎すべてはそこから始まった
5年前の9.11同時多発テロで、世界は変わった。
もしかしたらそれは、「根本的に変わった」であるのかもしれないが「世界を構成する根本要素」の側では、おそらく、それを理解していない。「根本要素」とは、例えば、「国連」という単位である。「根本的に変わった」に対して「根本的に変わらない処置」をとっても、どうにもならないだろうーそれが「現在」だ。

ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が突っ込んだ瞬間の映像を見ていて、5年前の私は、「これでもう戦争は不可能になった」と思ったー5年前に、そう書いたと思って単行本になっている『ああでもなくこうでもなく3「日本が変わってゆく」の論』を引っ張りだしたら「昔の原稿をそのまんまここに載せた方がいいな」という気になった。
同時多発テロのことを2回続けてその前は「靖国問題」とはいかなる問題か」だったりするし.......

2007年
◎阿久悠が死んだので思うこと
自民党が参議院選挙で大敗して、安倍晋三が「辞めない」と言い出したら、作詞家の阿久悠さんが死んでしまった。なんだか「じんわりと来るショック」だった。「ああそうか、“現代の日本語”は1980年代の初めに死んでいたのか」と思った。

私が「安倍晋三には関心がない」と言うのは、あまりにも言うことが空々しくて、しかもきっぱりと断定してしまっているからだ。断定が先で、先に断定されてしまっているから、その後の「説明」が続かない。(中略)

「形としては成り立っていても、論理としては意味をなさない日本語は、いつからこの日本に罷り通るようになた?」と思う。前総理の小泉純一郎の「人生いろいろです」で通してしまう答弁から、その傾向は顕著になったんだけども、言葉の上に現れる変化というのは、一朝一夕には生まれないもので、「日本語を成り立たせる根本はいつからおかしくなったのかな?」とずっと思ってはいた。(後略)
_____________

【内容紹介】橋本治氏が約11年間、『広告批評』誌上で連載していた“ああでもなく こうでもなく”。その連載からベスト・オブ・ベストを厳選。政治、経済、芸能、スポーツ、事件…など年次順に編集。橋本治氏の筆は、連想飛躍しながら、的確に時代の本質をつかまえる。例えば、松田聖子でバブルを語り、小泉内閣を家庭内離婚で語る。映画『スター・ウォーズ』でアメリカを斬ってみせる。世界金融危機を誰も言わないときに予言のように語っていたのも氏である。”ああでもなく こうでもなく”決定版!

●文庫/単行本未収録の2008年9月~2009年4月連載分8本に書き下ろし「時評の終わり」をプラス。集英社 (2009/9/25)





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by yomodalite | 2010-03-09 23:50 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)

日本国の正体 政治家・官僚・メディア―本当の権力者は誰か[2]/長谷川幸洋

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[1]の続き

そんなわけで(どんなわけだよw)日本のTVドラマ王!木村拓哉氏が主演したドラマも一応確認してみることにしましょう。

◎あすなろ白書(1993年フジテレビ)
 北川悦吏子(脚本)
◎若者のすべて(1994年フジテレビ)
 岡田惠和(脚本)
◎人生は上々だ(1995年TBS)
 遊川和彦(脚本)
◎ロングバケーション(1996年フジテレビ)
 北川悦吏子(脚本)
◎協奏曲(1996年TBS)
 池端俊策(脚本)
◎ギフト(1997年フジテレビ)
 飯田譲治(脚本)
◎ラブジェネレーション(1997年フジテレビ)
 浅野妙子(脚本)
◎眠れる森(1998年フジテレビ)
 野沢 尚(脚本)
◎ビューティフルライフ(2000年TBS)
 北川悦吏子(脚本)
◎HERO(2001年フジテレビ)
 福田靖、大竹研、秦建日子、田辺満、共同脚本
◎空から降る一億の星(2002年)
 北川悦吏子(脚本)ラブサスペンス
◎GOOD LUCK!!(2003年)
 井上由美子(脚本)
◎プライド(2004年フジテレビ)
 野島伸司(脚本)
◎エンジン(2005年フジテレビ)
 井上由美子(脚本)トヨタフィールダーCM
◎華麗なる一族(2007年TBS)
 橋本裕志(脚本)
◎CHANGE(2008年)
 橋本裕志(脚本)
◎MR.BRAIN(2009年TBS)
 蒔田光治(脚本)・森下佳子(第2話まで脚本協力)

彼は、2000年の結婚後「ビューティフルライフ」を最後に、ラブストーリーには出演していないようです。まあ、それは、彼自身の個人的な理由だとは思いますけど、どうしてジャニーズは、代わりを育てないんでしょうね?

では次に、テレビ情報誌のザテレビジョンが主催する日本のテレビドラマに関する賞で、歴代最優秀作品賞受賞作品に関わった脚本家を見てみましょう。

◎鎌田敏夫(1937年 - )
60年、70年共に時代を代表するドラマを多数執筆、80年代は『金曜日の妻たちへ』『男女7人夏物語』などの大ブーム。29歳のクリスマス(94年フジテレビ、 第13回向田邦子賞受賞)以降は低迷。

◎遊川和彦(1955年 -)
・魔女の条件(1999TBS)初回19.7〜最終29.5%(平均視聴率21.5%)
・オヤジぃ(2000年TBS)初回21.7〜最終28.0%
・女王の教室(2005年日本テレビ)初回14.4%〜最終25.3%。台湾や韓国などアジア各国でも好評を博し、香港では、最終回視聴率28.0%、平均視聴率25.3%を記録し、日本ドラマとしては史上最高視聴率を記録した。内容に賛否両論の議論が巻き起り、PTA等の団体から名指しで非難された。第24回向田邦子賞受賞。

◎君塚良一(1958年 - )
踊る大捜査線シリーズ(1997〜)

◎中園ミホ(1959年 - )
・For You(1995年フジテレビ)月9、初回22%〜最終21.6%
・やまとなでしこ(2000年フジテレビ)月9、初回24.9%〜最終34.2%
・ハケンの品格(2007年日本テレビ)初回27%〜最終26%

◎三谷幸喜(1961年 -)
・振り返れば奴がいる(1993年フジテレビ)最終回22.7%
・古畑任三郎・第1シーズン(1994年フジテレビ)平均視聴率14.2%
・王様のレストラン(1995年フジテレビ)初回19%〜最終回前19.6%
・竜馬におまかせ!(1996年日本テレビ)
・古畑任三郎・第2シーズン(1996年フジテレビ)
・総理と呼ばないで(1997年フジテレビ)
・今夜、宇宙の片隅で(1998年フジテレビ)
・古畑任三郎・第3シーズン(1999年フジテレビ)初回25.5% 最終28.3%
・合い言葉は勇気(2000年フジテレビ)木曜22:00〜 初回15.9% 最終13.3%
・HR(2002〜2003年フジテレビ)水曜23:00~30分番組。
・川、いつか海へ 第2・4話(2003年、NHK)
・新選組!(2004年NHK大河ドラマ)
・古畑任三郎FINAL(2006年フジテレビ)

◎浅野妙子(1961年 - )
1994年『無言電話』で第7回ヤングシナリオ大賞で佳作受賞。
・神様、もう少しだけ(1998年フジテレビ)火曜9時枠の連続ドラマとして平均22.6%、最終回28.3%を記録する大ヒット。
・パーフェクトラブ(1999年フジテレビ)月9、平均視聴率 17.0%
・二千年の恋(2000年フジテレビ)月9、1999年の韓国映画『シュリ』に酷似した内容。初回視聴率21%、最終回14.2%
・婚外恋愛(2002年テレビ朝日)セックスレス夫婦のラブコメ
・薔薇の十字架(2002年フジテレビ)南海永美子、永田優子との共作。視聴率低迷(初回9.7%最終9.9%)のため、一週早く打ち切り
・純情きらり(2006年NHK)初回17.7%徐々に評判が高まり、最高視聴率24.2%
・ラストフレンズ(2008年フジテレビ)DVやセックス恐怖症、児童性的虐待、性同一性障害などのさまざまな問題を真正面から捉えた作品。初回13.9%最終回15分拡大22.8%。平均視聴率17.7%

◎宮藤官九郎(1970年 - )
・池袋ウエストゲートパーク(2000年・2003年TBS)石田衣良原作、平均14.9% 深夜での再放送で人気が出る。
・木更津キャッツアイ(2002年TBS)平均10.1% 深夜の再放送とDVDがヒット。芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞
・ぼくの魔法使い(2003年日本テレビ)毎週土21:00。初回12.0%。平均9.4%。
・マンハッタンラブストーリー(2003年TBS)「池袋ウエストゲートパーク」「木更津キャッツアイ」に続く、宮藤官九郎脚本 + 磯山晶プロデュース作品。初回10.0%、平均7.2%。
・タイガー&ドラゴン(2005年TBS) 宮藤官九郎脚本 + 磯山晶プロデュース作品。初回16.2%、最終11.6%、第43回ギャラクシー賞大賞受賞
・吾輩は主婦である(2006年TBS)宮藤官九郎脚本 + 磯山晶プロデュースの昼ドラ
・未来講師めぐる(2008年テレビ朝日)初回9.0%最終8.1%

踊る大捜査線の君塚良一氏という例外を除くと、重鎮、鎌田敏夫氏は1994年以降作品がなく、遊川和彦氏は2000年のヒット後、2005年の「女王の教室」まで空白。中園ミホ氏は95年に恋愛ドラマ「For You」でヒット後、2000年まで空白、その後は、お仕事ドラマで復活。浅野妙子氏も1998年のヒットの2年後、無理矢理(?)韓国がらみの脚本を書かされ失敗した後、2008年までフジテレビに復帰出来ていない(2002年は共作)。同じく三谷幸喜氏も2000年の大ヒット後、10時台で数字を落とされ深夜枠へ。その後フジテレビへの復帰は2006年の古畑シリーズまでなし

やはり、北川・野島世代とほぼ同様、昭和30年代生まれの鎌田敏夫氏は1994年頃と少し早いものの、およそ2000年〜2008年の間に低迷があるようです。中園氏はお仕事ドラマの起用にフィットしたため、他の方よりも復帰が早かったものの、皆さん、5年間以上の空白期間を経験されています。

この時代の視聴率の低迷はドラマに限らず、テレビ局全体であると思いますが、人気脚本家が、ほぼ同時期、しかも長期間、干された。と感じるのは、わたしだけでしょうか?

またこの間目立って有名になった、三谷幸喜氏と宮藤官九郎氏ですが、お2人に共通するのは、初回放送時の意外なほどの低視聴率ですね。本放送時は、むしろ宣伝されていなんじゃないでしょうか?(1994年の「古畑任三郎」の第1シーズンの平均視聴率は14.2%、2002年の「木更津キャッツアイ」平均視聴率は10.1%、深夜の再放送時の方が視聴率が高い。特に宮藤氏の場合は有名になった後もずっと低いまま。)

☆結論:2000年より少し前あたりから、テレビ局は意図的にドラマのレベルを下げた!

1934年生まれで、戦後日本を代表する、テレビ・映画脚本家だった、林秀彦氏は、自身の娘が脚本家として、テレビ局と仕事をしていたときの話として、局が、内容のレベルをとにかく下げるようにと、執拗な指導があったと、著書に書いています。(←著作が手元にないので、曖昧な記憶)

人気ドラマを大量に生産してきたのは、フジテレビとTBSなので、この2大テレビ局の動向が中心になっていますが、この2局の動向に反する傾向は、他局にも見当たらないようです。

では、なぜ、テレビ局は、視聴率を下げてまで、ドラマをつまらなくしたのでしょうか?2000年〜2008年といえば、ブッシュと小泉内閣とピタリと重なるんですね!
__________________

ジョージ・W・ブッシュ/2001年1月20日〜2009年1月20日
2001年9月11日同時多発テロ。支持率90%過去最高
2003年3月イラク侵攻
2004年自称戦時大統領として再選
2008年。過去最低支持率19%。

小泉純一郎/小泉内閣 2001年4月26日〜2006年9月26日 
合計5年5ヶ月1980日戦後第3位
第1次小泉内閣:2001年(平成13年)4月26日 - 2002年(平成14年)9月30日
第2次小泉内閣:2003年(平成15年)11月19日 - 2004年(平成16年)9月27日
第3次小泉内閣:2005年(平成17年)9月21日 - 2005年(平成17年)10月31日
_________________

2003年には「24 -TWENTY FOUR-」、また韓流ドラマは、2003年4月~9月、NHKBS2での好評を受け、2004年4月~、NHK総合が放送した「冬のソナタ」のブームによって、放送を行う局が一気に増えています。海外ドラマの輸入が活発になったのは「グローバリズム」ですね。なぜ韓国?と言えば、日韓関係=日米関係だからでしょう。(←これの説明は小室直樹氏の著書でどうぞ)

小泉内閣は、知的レベルの低いB層と呼ばれる層にターゲットを絞って、支持層を拡大してきたと言われています。主に主婦や教育レベルの低い若年層、高齢者層を指すものとされています。(←B層ーWikipediaより)

郵政民営化とイラク戦争支持(戦争維持費の強奪目的)のために、テレビ局という存在はNHKから民放各局まで、小泉首相をスターにするだけでなく、国民愚民化という政策をワイドショーのみならず、こういうところまで徹底してやるんですね。90年代までは、視聴率第一主義と思われていたテレビ局ですが、視聴率(=スポンサー、視聴者)より、大きな使命(指令?)があるというのが、本質のようです。

日本テレビの設立の経緯↓
日本テレビとCIAー発掘された正力ファイル/有馬哲夫

さて、一生懸命“あの人”にLOVEを込めている間に朝青龍が引退してしまいました。

朝青龍への執拗で不可解な批判にも、脚本家とマンガ家が大きく関わっていましたね。内館牧子と現在の横綱審議委員会への気持ちを、どうしたらいいのかは、これからゆっくり考えることにしますが、

本書は、官僚とメディアの関係に関して、主に書かれていますが、その官僚の背後に関しては、下記のリンク先が参考になりました。

________________

植草一秀の『知られざる真実』 CIA対日工作の歴史から見る小沢氏資金問題

佐藤優の眼光紙背「治安維持法化する政治資金規正法」

ドクター苫米地ブログ「ゆうちょ銀の預金、米国債購入へ、時限爆弾に火がついた」

2009年 12月 08日 日米安保総会屋のアーミテージ&マイケル来日中

2009年 12月 08日 マイケルの脅しに連携する長島防衛政務官

2009年 12月 10日 ルース大使は怒っていなかった

2009年 12月 19日 これは小沢一郎に対して仕掛けられた平成版「宮中某重大事件」だ!

2009年 12月 25日ゲンダイ「クローリー国務次官補:藤崎が立ち寄った」アメリカの政治利用は問題ないか?

2009年 12月 25日 鳩山首相は「重大な決意」を口にした。検察・国税の綱引きでほくそ笑む司法官僚

☆本書の真っ当な書評はこちら↓
書評『日本国の正体:政治家・官僚・メディア-本当の権力者は誰か』(講談社)その1

参考:ゆとり教育 - Wikipedia
ゆとり教育は1980年度、1992年度、2002年度から実施された学習指導要領に沿った教育のことである。ただし、1980年度、1992年度から実施された学習指導要領による教育と2002年度から実施された学習指導要領とを区別する人もいる。2004年(平成16年) OECD生徒の学習到達度調査 (PISA2003, TIMSS2003) の結果が発表され、日本の点数低下が問題となる。





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by yomodalite | 2010-02-05 23:07 | 政治・外交 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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