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ドナルド・トランプの1997年の自著に書かれたマイケルとリサ・マリーの話です。

最近、安倍首相が招待されたことでも注目された「マー・ア・ラゴ」は、MJとリサが長く過ごした場所で・・・


* * *


私にとって、マー・ア・ラゴで最も面白かったことは、マイケル・ジャクソンとリサ・マリープレスリーの騒動に巻き込まれたことだ。マイケルは友人で、かなり変わってはいるが、すごくイイやつだった。この話はニューヨークから始まる。ある日、マイケルからニューヨークに行くので会いたいという電話を受けた。彼はニューヨークに来るときよく電話をくれていた。このときは、私のお気に入りのレストランである「ル・サーク(Le Cirque)」に招待したのだが、彼はとても緊張していて、聞けば何年もレストランというものに行っていなかったのだと言う。とても信じられなかったが、店に着くと、それが本当のことだとすぐにわかった。これは90年代の初め、マイケルの人気が絶頂期の頃だということを承知して聞いて欲しい。



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(この記事内の写真はすべてマー・ア・ラゴ)


マイケルと、妻のマーラ、私の3人が「ル・サーク」に行ったとき、そこでは非常に有名な人々が座って食事をしていた。彼らはお金持ちで、わがまま、そして傲慢なことでもよく知られている人々だ。マイケルは、赤のミリタリーファッションで、黒い帽子というスタイルでメニューを見ていたが、そのときのマイケルの様子が私の記憶に強く残っている。まるでメニューというものをそれまで見たことがないような感じだったのだ。それで、私たちはひとつひとつの品をゆっくりと選ぶことになった。しかし、もっと驚いたのは、何人もの有名人が我々のテーブルにやってきて、媚びるようにサインを求めてきたことだ。彼らはそれまで誰にもサインを求めることなどしたことがないと、断言してもいいぐらいの有名人で、彼らがそんなことをするなんて、簡単には見られない光景だ。


彼らは、「息子があなたの大ファンなんです。ジャクソンさんサインをいただけませんか?」と、ほとんど同じように切り出したが、それが息子のためでなく、自分のためだということは間違いなかった。ある女性は、ニューヨークの社交界で最も有名な部類の人間だったが、すました顔で、我々のテーブルに近づいてきたものの、ちょっとつまづいて、テーブルにしがみつくような格好になり、息を切らすような感じで、「ジャクソンさん、サインをいただけませんか?」と言った。この夫人がそんなことをするなんて本当に驚きだった。彼女のこと何年も前から知っていたが、とても慌てていたうえに、緊張までしていたのだ。


そんな出来事があったものの、なんとかマイケルも気楽さを取り戻し、私は彼に最近の様子や、生活について話をし始めた。もちろん、性生活なんかについてもね。それで、マイケルに新しいガールフレンドが出来たことを知って少し驚いたが、おめでとう!を言うと、相手が誰かと聞いた。マイケルはとても恥ずかしがって下を向き、ナプキンで顔を覆うような感じで、「トランプ、あんまり言いたくないんだ。すごく恥ずかしいし・・すごく困るよ」と言ったが、私が彼をつついて「マイケル、誰か教えてくれよ」と言うと、彼はとうとう顔を上げ、リサ・マリーの名前をあげ、それで、その話題は打ち切りになった。



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それから2、3週後、私はマイケルから一緒にマー・ア・ラゴに行ってもいいかという電話をもらった。私はもちろんだと答え、私の飛行機で一緒に行った。マイケルは数人の集団を連れてきていて、私たちはたくさんの話をした。飛行中、マイケルからガールフレンドと一緒に、マー・ア・ラゴにしばらく滞在することができるかどうかを聞かれたので、私はもちろんだと答え、彼女に会うのを楽しみにしていたと答えた。私がその彼女がリサ・マリーなのかと聞くと、彼はうなづき、一週間後の午後8時頃に彼女が到着するだろうと言った。



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ドアベルが鳴って、執事が対応し、美しい女の子がドアから入ってきた。リサ・マリーの顔がどれほど美しいか、みんなは気づいていないんじゃないかと思う。彼女は、エルヴィスとプリシラの一番いいところを受け継いで、信じられないほどの輝きを放っていた。とにかく、マイケルはリビングに走ってやってきて、彼女を抱擁で迎えると、一緒に海を見に行った。帰ってきた二人は、手をつないで、肩を抱き、すっかり恋をしてる感じだった。それに驚いたってわけじゃないけど、二人の関係が結婚にまで進んでいることは確信したね。


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週末、マイケルとリサ・マリーを見かけることはほとんどなかった。二人はタワーにこもっていたからね。ところが二人は大失敗をした。土曜日の午後に変装して、マー・ア・ラゴをこっそり抜け出して、ワースアベニューに買い物に行ったんだ。まぁ、パパラッチが大発生だよね。それからはもう大騒ぎ。二人はしかたなくリムジンに乗り込み、パパラッチに追いかけられながら、マー・ア・ラゴに戻った。それから日曜にかけて、ものすごいことになった。何百台ものカメラがマー・ア・ラゴを取り囲み、マイケル・ジャクソンとリサ・マリーは二人の愛の巣、マー・ア・ラゴの最上部のタワーから出てこない。マスコミは彼らのところにも私のところにも押しかけて来なかったが、とにかくすごい熱狂だった。



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マー・ア・ラゴには他にもゲストが来ていた。そのうちの1人がニュージャージー出身の素晴らしいビジネスマン、アーサー・ゴールドバーグだった。彼は、大苦境にあった、もっと言えば破産か消滅寸前の状態にあった「BALLY(バリー)」という会社を引き取り、ものすごい才能と熱意と労力を注いで、短期間で立派な会社にし、ヒルトンホテルチェーンに30億ドルで売却した。アーサーはその取引で、1億ドルを超える利益を得た。得ている報酬にふさわしい働きをする経営者は数少ないが、彼はその数少ない例だと、私はよく言うんだ。彼は本当に素晴らしい仕事をした。彼は現在ヒルトンのカジノ部門のトップをやっていて、バロン・ヒルトンや、スティーブ・ボーレンバックのそばで仕事をしている。



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ともあれ、アーサーと私は、マー・ア・ラゴの一室でミーティングをしていた。そこへノックがあった。アーサーはマイケル・ジャクソンが滞在していることを知らなかったが、そとのすごい騒ぎには気が付いていて、どうしてあんなにたくさんの人が写真を撮っているのかと思っていた。アーサーは立ち上がってドアを開けに行った。ダッチ・ルームと名付けられたその部屋は、オランダ風の雰囲気を出すためか、色の濃い木材で仕上げられ、照明も控えめだったが、アーサーがドアを開けると、そこにマイケル・ジャクソンがいた。「え、すごいな、マイケル・ジャクソンだよ」とアーサーは私に言った。一方マイケルは、知らない人に出くわして、手で顔を覆うように、廊下を駆けていった。その後、その週末はマイケルを見ることはなかった。彼はタワーに戻ってずっとリサ・マリーといたようだ。



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人はよく彼らの関係は見せかけだったんじゃないかと言うが、断固として「違う」と言いたい。私はその場にいたんだから。それはマー・ア・ラゴの魔法がなせる技だったかもしれないな。そこを離れてからの二人の関係は、あんまり上手くいかなかったからね。でも、確かに言えるのは、ある時期二人は本当に愛し合っていたんだ。(『Trump : The Art Of The Come Back』より)

* * *


マイケルとリサの幸せそうな様子が伝わってくる話とは関係のない蛇足ですが・・・


マー・ア・ラゴに飾られているトランプの肖像画(一番上)は、1989年に描かれたもので、



マイケルの肖像画はこれより後の1993年に同じ肖像画家 Ralph Cowanによって描かれたものです。




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by yomodalite | 2017-03-06 08:07 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)
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☆(37)のつづき

SF『You Rock My Would』に登場しなかった「スペードのKING」の行方について。
ここまで登場した、3枚のKINGには、そのカードに固有のモデルとされる人物もいるのですが、わたしは、それぞれのマークの意味である、ダイヤ(商人)、ハート(僧職)、クラブ(一般人)と解釈していて、

これらの「カードが切られた」という意味を(36)では「KING OF POPへの決別」と表現しました。(さらなる飛躍を求めての旅立ちというか...)

では、最強のカードと言われるカードで、剣、騎士(指導者)といった意味をもつ「スペードのKING」がどこに行ったのかというと、それはこの絵の中にあるんだと思います。



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スペードの形に描かれているのがわかりますよね?スペードは、元々「剣」から図形化されているので、これは偶然ではなく、MJの依頼により、そう描かれていると思われます。一番上のSF「You Rock My Would」の顔と比較してみてください。


I am the thinker, the thinking,
私は思索者として、考える
the thought
思考とは
I am the seeker, the seeking,
私は探求者として、探求する
the sought
探求とは
I am the dewdrop, the sunshine,
私は露になり、陽の光となる
the storm
嵐とは
I am the phenomenon, the field,
私は現象となり、一面に広がる
the form
形とは
I am the desert, the ocean,
私は砂漠になり、海となる
the sky
空とは
I am the Primeval Self
原始の自己である
In you and I
あなたにとっても私にとっても

Michael Jackson

(この詩の全文はこちらを参照)




これは「The Triptych」(三連作)と名付けられた絵の中央の部分で、

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聖剣(エクスカリバー)や、MJのバックに獅子の紋章があるなど、神話がモチーフになっている絵だと思うのですが、


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MJの専属画家だったデイヴィッド・ノーダールによって描かれたもので、中央に自作の詩(1992年に出版された『Dancing the Dream』より)の一部を書き入れて、1993年12月完成され、食卓に飾られていたようです。


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ノーダール氏(David Nordahl)はMJの絵を何枚も書いている画家ですが、元々、ネイティブアメリカンの絵をよく描いている画家で、MJの専属画家を辞めた後は、また、そういった絵を描いておられるようです。(http://www.artnet.com/artists/david-nordahl/past-auction-results)


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MJが描かれた絵はたくさんありますが、注目すべき肖像画といえば、Ralph Cowanが描いたこちらもそうですね。


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この絵は、オプラ・ウィンフリーショー(1993年)で、MJがインタヴューされている部屋に飾られていたもの。

(Ralph Cowanはジョン F. ケネディなどの歴代大統領や、エルビス、 マリリン・モンロー、エリザベス・テイラー、英国王室からブルネイの王様に至るまでの超一流の顧客リストをもち、世界最高の肖像画家として輝かしい経歴を誇っている。彼は90年代前半にネヴァーランドを4回訪問して、作曲について質問し、曲が生まれた木を見学し、列車や遊具に乗って、それらを楽しむ子供たちと、MJが子供たちを愛する姿を見た後、1993年に完成した)

この絵にも文字が書かれていますが、向かって左側の肩上が、

I’m a multi-dimensional creature.....
わたしは、多面体の生き物....

猿の右に描かれているのが、

....going thru the Earth experience to learn in slow-motion the consequence of thought.
....地球での体験を通して、ゆっくりと「結論」に至るように学んで行く。

(MJとの会話として、猿と子供が「学んでください」って言っているのかな?)


2点とも、1995年のアルバム『HIStroy』より以前に描かれた絵ですが、Ralph Cowanの絵は『Dangerous』ぽい雰囲気で、

オプラ:あなたが34歳まで生きてきた中で“何が分ったか”を教えて。

MJ:う〜ん、何が分ったか?。。まだ自分は学んでいる途中です。人生は学ぶことばかり。。。今わかっていることは何もないです。はっきりしているのはそれぐらい。


と語っていた頃を思い出します。 (→ 顔について[3]参照)


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☆絵の中のシンボルについて(Ralph Cowanの意見)

1)描かれた文字:彼は思索することを学んでいて様々なスピリチャルな本を読んでいた。
2)甲冑:彼は良くない報道に対し敏感だった。鎧によって保護されたでしょう。
3)赤いケープ:ロイヤリティ。彼はキング・オブ・ポップですから
4)猿;これは、バブルスではありません。元は2匹の犬を描いていましたが、彼が犬が好きではなく、猿にしてほしいと言われ書き直した。
5)銀の壷:彼が獲得したすべての「賞」
6)オウム;彼の声と、大勢の模倣者
7)中国人の少女:彼はこどもが成長するまでは「天使」と考えていました。
8)スペースシャトル:彼はダンスをするとき、宇宙に行っている。 
9)ジーザス:彼は、キリストの偉大さや、行いについて話すのが好きでした。
10)白いドレスの女:彼はこの看護婦が引き起こすマジックや行動について、私に話しました。それは、彼女(デビー・ロウ)がハプニングを引き起こす予定のことだったのか、彼らはこどもの事で約束がありましたから....とにかく、わたしは天使に似た看護婦を描きました(要約終了)


◎Ralph Cowan(公式サイト)

なんとなく、Cowan氏は、オプラがネヴァーランドに来たときと同様の経験をしているというか、MJはふたりに同様のプレゼンをしたようですね。

それと気になるのは(10)の白いドレスの女(こどもを抱いているように見える看護婦)に関して、デビー・ロウと結婚したのは1996年なんですが(長男誕生は1997年)、それを1993年の時点で語っている事でしょうか。(画家のインタヴューは、MJが旅立った後のもので、彼は後から知ったデビーとの情報から推察していると思われる)

テディ・ライリーは、MJがリサと結婚したとき、相手がデビーじゃなくて驚いたというようなことを語っていたので、1994年のリサの結婚前から、デビーとの計画があったことはほぼ間違いないのですが、それにしても、それを、この段階で画家に描かせているというのは.....なんというか、驚くべき計画性(笑)だと思うんですね。。。

ちなみに、ノーダール氏に依頼したリサ・マリーとの絵にも「CAMEROT」というタイトルがついていて、こちらはアーサー王をモチーフにした絵のようです。


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(上記記事から要約)この絵(「CAMEROT」)は、1995年に依頼されたものですが、2人の愛をどう描くかに関して、MJには具体案がなく、彼が絵で見たがっているもののリストから、私がスケッチを書き、それが気に入られましたが、城(CAMEROT城)は「架空より」にするために取り除くように指示されました。ただ、残念ながら、この絵が完成するまでに2人は別れてしまいました。(要約終了)

リサとの愛よりも、デビーとのこどもの方が、MJの中では確実なヴィジョンだったってことでしょうか?

確かに、SF「You Are Not Alone」も暗示的なんですが、、、でも、リサとの関係がどうということよりも、

MJの未来予測の確かさというか、着実な計画性はあらゆる点に及んでいると思うんです。

(上記記事から要約)ナイトを授けられ、戴冠し、MJの詩を書き込んだ絵のために、3つか4つのスケッチを頼まれ三連作にすることを決定した(「The Triptych」の絵のこと)この絵に関しては締め切りが設定され、それは初めてのことだったので、この絵には、特定の目的があったのだと私は信じている。(要約終了)

この特定の目的って何でしょう?

この頃のMJの絵には、アーサー王伝説に代表されるような、甲冑、騎士のモチーフが多いのですが、元々、MJはネヴァーランドの門にも、英国王室と同じガーター騎士団の紋章を入れていたり、 (「The Official LIFETIME Collection」参照)

ダイアナ妃(プリンセス・オブ・ウエールズ)と会っているときの嬉しそうな顔といい、騎士道物語とか、アーサー王伝説が好きなんだと思うのですが、、

(2011.9.14追記)

彼がアルバム「HIStory」を制作中に“最強の王”としての自画像を制作し、自詩の「I am the thinker, ...」の部分を入れて、通常は「宗教画」を飾ることが多い食卓に飾っていた。というところまでで、一旦、肖像画「The Triptych」についての考察は中断することにします。

マーロン・ブランドに夢中になっているうちに、80年代前半のメモ

Dream → Greatest Actor, Singer, Dancer of all time and Entertainer, The Best.

が再度気になってきたので。。。


☆(39)につづく


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by yomodalite | 2011-09-14 00:09 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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