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大阪の友人に会う

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[写真追加]久しぶりに、akimさんに会う。
「ネバーランドコレクション」が行われた場所から2分ぐらい歩いた場所にあるカフェで待ち合わせしたせいもあって、「もう7年も経ったんだよね」と、しみじみしてしまうふたり・・・

私は、当時は大阪にいなかったけど、引っ越してすぐ、akimさんに会ったとき、転居先のすぐ近くで、その展覧会が行われていたことを知って、この家を選んだことさえ、マイケルに導かれたのかと思ったことを思い出した。

そんなことも、こんなことも、とにかく、「なにもかも信じられない、もう7年前だなんて・・」

MJ本の翻訳メンバーの4人は、全員ひとりっ子で、既婚者で、子なし(childspirits先生除く)で、夫が長男・・という共通点があったんだけど、この日さらに、私とakimさんは、かなりの方向音痴で、数字に弱いこともわかったりしながら、話題は「大阪」についてのことへ。


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(数々の映画スターやミュージシャンの写真がいっぱい貼ってあって、マドンナ、プリンス、シンディ・ローパーなどの写真はあるけど、なぜかMJだけがいない、カフェのトイレ)


もうすぐ4月。5月を過ぎれば、私の大阪生活は5年目に突入しようとしているけど、大阪と関西生活の楽しさは薄れることなく、愛が募る一方だと私が言うと、akimさんはちょっぴり嬉しそうにしながらも、不思議そうな顔をする。

大阪の素晴らしさについて話しだすと、京都や神戸の人はすぐに自分の地域の自慢系に話をもって行こうとするけど、絶対に大阪の良さをアピールせず、悪い点ばかりを言うところも「大阪人」の特徴だ。私がどんなに大阪の素晴らしさを力説しても、「そやろ、大阪一番がでっしゃろ」なーんて納得する人は今まで一人も会ったことがない。

akimさんは、全国メディアでの大阪の扱われ方が不満みたいで、私も実際に大阪に来て、東京でイメージしてた大阪と違っていたことに驚いたんだけど、それを大阪のひとに説明するのもすごくむつかしい。なぜなら、大阪人が思い描いている「東京」も、メディアの中の東京だから。

そういえば、akimさんから「電通とか博報堂と仕事したことある?」って聞かれて、ハっとしたんだけど、大阪では、電通や博報堂がまったく感じられない。

ヒョウ柄とか、よくしゃべるおばちゃんばかりを優遇する大阪のテレビに、akimさんは偏見を感じているみたいで、確かに私もそう思う。東京のメディアは常に「上」を見せようとするけど、どんなにオシャレな場所や人がいても、大阪のメディアは常に「下」に照準を合わせてる。

私は常にロケに出て、実際に人々に接していたり、お客の前で芸を披露している芸人さんたちが、テレビを創っているから、大阪のテレビには嘘やヤラセがない。それで、私がどれほど癒されているか・・を説明したかったけど、大阪のひとは、そもそもそんなストレスを抱えた経験がない。

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大阪の素晴らしさは、結局「人」なんじゃないかと最近よく思う。大阪のひとは確実に正直だし、差別的な言葉は多いけど、それも「嘘がない」ことと繋がっていて、東京のように「見ないこと」にはしないというか、実際に「悪所」だとされているところに行ってみると、東京のそれと比べて殺伐とした雰囲気がまったくない。

みんなよく「怖い」とか、「危ない」なんて言うんだけど、じゃあ具体的にどんなことがあったの?って聞くと、誰も具体的なエピソードを持ってない。結局、誰ひとり危ない経験なんてしてないのに、大阪のひとは、ここが東京よりも怖い街だと信じてるみたい。こんなに平和で優しい街なのに・・・

大阪の人は、まるで東京にはヤ☆ザなんていないかのように語るけど、大阪市内中心部で4年足らずの経験と、20年以上の東京生活との比較でいえば、東京にはむしろそーゆー人がたくさんいて、大阪の人がヤ☆ザだって言ってるのは、もしかしたらヤ☆キーのことなんじゃないか、と疑いたくなることも多いw。

ただ、もう少し真面目に考えてみると、大阪は「恫喝」が通じやすい世界だとは思う。でもそれは裏を返せば、大した「権力」がないからなのだ。大阪では役人が強いという意識がないし、大阪の役人は官僚ではない。だから、役人や政治家と付き合うことの旨みや方法についても、東京とはちがっていて、それが、悪い人の認識にも繋がっているんだと思う。

大阪では、警察官を見かけることもすごく少ない(本当に危険だったらそれもありえないw)。前にデモを見学に行ったときもびっくりしたけど、数千人?ぐらい集まっていても、警察官が3人ぐらい目につかなかったし、街中で職務質問されたという人にも会ったことがない。

どこそこが「アブナイ」だなんて聞いて、実際に行ってみても、ただ、昼間から幸せそうに、お酒飲んでる人がいるだけだったり、もし、海外の人に、尼崎(大阪から数駅のところにある兵庫県の市)と世田谷区(成城以外)の住宅写真を見せて、どちらが高級住宅街だと思いますか?っていう質問をしてもきっとそんなに差はつかない。でも、ボロボロの空き家は世田谷の方が多いんじゃないかな。


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akimさんは、「最近、日本礼賛みたいな番組多くて気持ち悪いよね」とも言っていて、すごく共感したんだけど、それもこれも、今の東京に活力がないからだと思う。反米意識を利用したり、中国や韓国を貶めたりすることで日本が一番だと思わせ、また、大阪を悪者にすることで、日本の中で一番だと思わせる。若い人に影響(洗脳)を与える手段がそれぐらいしか思いつくことができないみたい。

吉本が大阪の「カラー」を創っていることに不満をもつ「大阪人」が少なくないことはわかるけど、私には、先進諸国でこれほど素晴らしい教育(洗脳)が行われているのは、吉本のおかげのようにも思える。エンターテイメント会社のお客を見る視線と、芸人さんたちのおかげで、さまざまな格差や不公平を意識することなく笑えることができるんだから。

もうひとつ、akimさんの言葉でハッとしたのは、大阪のひとは「東京人」というのがいると思っていること。

前にgingerさんも、ほんとの東京人って、どんな人たちなのだろう…ってコメントくれたけど、たしかに関西にいると、大阪人とか、京都人といった「アイデンティティ」があるように思う。東北にも、北海道にも、九州にも、そういった地方性というのがあるのかもしれない。でも、そういった意味でいえば、「東京人」というのはいないと思う。

よく勘違いされてるけど、東京で生まれて育つ人は特にオシャレでもない。

だって「東京デビュー」の機会がないから。


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これは、私が東京土着民と2回結婚して、彼らの幼なじみとか親戚などを観察した「自分調べ」の結果でしかないけど、「東京」は、メディアと政府が一体となってハンドリングし、10年ぐらいでどんどん変化する街で、東京の土着性というのがあるとすれば、常に欧米諸国を見習うべきとか、できるかぎり海外と歩調を合わせたいとか、世の中の変わり目を察知して、変化を受け入れることぐらいだと思う。

周囲の空気を読んで「勝ち馬」に乗ろうとすることが、「東京人」でいられるコツなのだ。

だからいつでも使い捨てられる若年僧向けの視聴者洗脳モデルとしての「読者モデル」とか「女子高生」とか「TVコメンター」(テリー伊藤とか、本業としては仕事のない芸能人とか、取材なんてまるでしない元ジャーナリストとか)などという、それぞれバブル世代向けとか、団塊世代とか、主婦向けだと想定しているような「視聴者の意見を作るための特殊な専門職」が、東京でのみ、たくさん成り立っていて、彼らは関西の芸人とは違って、メディアの中の空気を外に知らしめようとするけど、その逆のことはまるでしない。

茂木健一郎が、日本のお笑い芸人が権力批判できないっていう批判をしてたけど、アメリカのコメディ番組は、権力批判ばっかりするようになって、自分を笑うことをすっかり忘れてしまってると思う。トランプやバノンを悪者にするなんて、本当の権力に「忖度」してる・・・だなんて、もうコメディアン自身も自覚できないぐらい、自分の周囲以外の人々のことがわからなくなってて、都会に住んでるひとの「全国」目線や、「世界」目線なんて、とことん「的外れ」になってるような気がする。

私には、大阪から「人好きな」お笑い感覚が失われたら、日本全体が「オワコン」だと思えてならないんだけどな・・・




akimさんとふたりでやって、しばらく前に終わった「バーニー先生(本名William Van Valin II)の本」の最後、17歳の息子メイソンが、「天国で会おうね、アップルヘッド」ってコメントで言ってる曲を探したかったんだけど、上の動画は、「サンタ・イネス・バレー」がロケ場所の、Mason Van Valin という人の動画。




同じくMason Van Valinの「Ghost Love」って曲。

メイソン、いい感じの大人になってるみたいだよね。


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by yomodalite | 2017-03-27 15:40 | 日常と写真 | Trackback | Comments(2)

ミレービスケットと『荒唐無稽音楽辞典』

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芦屋マダム御用達のスーパーとして知られる「いかりスーパー」。
大阪駅にあるお店は、駅ナカにある「成城石井」と似た感じのお店なんだけど、米国のセレブに人気だという概ね半年以内にブームが去るようなマズい食材や、ヴィーガン系のものは少ない感じ。

先日そこでおやつを物色していたとき、輸入系のお菓子の狭間でこちらを発見!

4袋が繋がっている初めて見るパッケージに惹きつけられて見ると、4袋とも表情が違うキャラクターを、あの、やなせたかし先生が書いてて、4つで228円という安さも魅力で買ってみたところ、500円玉大のハードタイプのビスケットなんだけど、なんだかクセになってしまう味で、

調べてみると愛知と高知ではよく知られたお菓子で、特に高知県ではソウルフードになっていて、やなせ先生がキャラクターを描いたのも、高知との縁だったとか・・

で、、そんなビスケットを食べながら読んだのが、こちら。

新 荒唐無稽音楽事典

高木 壮太/平凡社



自費出版で発売され、以前はタワレコや、ヴィレッジバンガードなどで販売されていた『荒唐無稽音楽辞典』が、加筆修正され、今回は平凡社からなので、より「辞典」ぽくなって再登場!

音楽にまつわる言葉辞典なんだけど、知らないことばかりが書いてある。

例えば・・

【モータウン】このレーベルのレコードのタンバリンの音が大きかった頃は全米最大の黒人経営企業だったが、タンバリンの音が小さくなるにつれて資本関係は複雑になった。

【加藤茶】西城秀樹との白熱のドラムバトルで知られる、ザ・ドリフターズのドラマー。

【マドンナ】カバラの秘法でレディー・ガガ暗殺を目論む元人気女性歌手。

とか、

【マイケル・ジャクソン】世界一有名なチンパンジー「バブルス」の飼育係。月面を歩き「一人の人間にとっては小さな一歩だが人類にとってはロボットダンスと同じぐらい難しいことだ」と言った。

だって。「マイケルの言葉」に追加しとかなきゃw。

それと、ショッキングなお知らせ・・

【ムーン・ウォーク】トリックに騙されてはいけない。あれは床のほうが動いているのである。あんなこと物理的にできるわけない。

・・・騙されてたw

その他、有史以前から始まる「音楽史年表」とか、オバマやハイヒールモモコも登場する「音域表」などの付録も付いてます!


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by yomodalite | 2017-03-12 07:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

観なくてはならない「音楽」

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これまで、韓国映画、ドキュメンタリー、青春映画、絶望シネマといったテーマで発刊されている「観ずに死ねるか ! 」シリーズの第5弾。

観ずに死ねるか! 傑作音楽シネマ88

宇多丸、尾崎世界観、オダギリジョー、能町みね子・・



音楽スピリッツに溢れた映画を、ライムスター宇多丸、尾崎世界観、オダギリジョー、能町みね子、湯川れい子、鮎川誠、近田春夫、みうらじゅん、大槻ケンヂ、九龍ジョー氏等、総勢70人が、それぞれの視点で語り尽くし、良質な紙質に印刷された全256ページのほとんどがカラーで、たったの2000円ポッキリ!

5つの章に分かれている各章の内容を一言で言うと、

第1章の「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」は名作音楽映画が多く、第2章の「Songs」は、曲が映画のテーマになっていて、第3章の「Legend」は音楽界の偉人たちの映画、第4章「Music Life」は文字通り音楽と人生がテーマになっていて、第5章「Passion」は、音楽系熱血青春モノといったところでしょうか。

書いている人と映画の組み合わせは、湯川れい子の『エルビス・オン・ステージ』や、ROLLYの『ロッキー・ホラー・ショー』のように意外性のないものはむしろ少なく・・・聞いたこともない映画や、耳にしたことのない音楽を、何やっている人だっけ?という方々が熱く語られていることが思った以上に多くて、死ぬまでにクリアできるか不安になってしまいましたw

とにかく、この本を見なかったら、興味を持つことがなかった映画や音楽のメモがいっぱい溜まってしまう本です。

ちなみに、マイケルの映画は第3章「Legend」に収録!

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第1章 ヤァ!ヤァ!ヤァ!
「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」告井延隆/ギタリスト
「エレキの若大将」 松崎まこと/映画活動家、放送作家
「星くず兄弟の伝説」白石晃士/映画監督
「私たちのハァハァ」大谷ノブ彦/芸人
「ブルース・ブラザース」鮎川誠/ミュージシャン
「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」三留まゆみ/映画イラストライター
「リンダ リンダ リンダ」板谷由夏/女優
「サタデー・ナイト・フィーバー」内田春菊/漫画家 、小説家
「青春デンデケデケデケ」モルモット吉田/映画評論家、ライター
「パイレーツ・ロック」ピーター・バラカン/ラジオDJ他
「WE ARE Perfume」掟ポルシェ/音楽家、アイドル評論家
「映画 けいおん!」サンキュータツオ/芸人)
「こまどり姉妹がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」三留まゆみ/映画イラストライター

第2章 Songs
「歌行燈」入江悠/映画監督
「晴れ姿 伊豆の佐太郎」根岸洋之/映画プロデューサー
「東京ナイト」高橋洋二/放送作家
「豊田道倫 映像集」 岩淵弘樹/映画監督
「恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」松崎健夫/映画評論家
「ちびまる子ちゃん」松江哲明/ドキュメンタリー映画監督
「愛と誠」篠崎真紀/イラストレーター、ライター
「ライブテープ」「トーキョードリフター」「フラッシュバックメモリーズ 3D」成海璃子/女優
「ONCE ダブリンの街角で」大根仁/映像ディレクター
「フェーム」花くまゆうさく/漫画家
「ナッシュビル」高木壮太/ミュージシャン、戯作者
「はじまりのうた」松江哲明/ドキュメンタリー映画監督
「ロッキー・ホラー・ショー」ROLLY/エンターテイナー
「センチメンタル・アドベンチャー」根岸洋之/映画プロデューサー
「ナビィの恋」 佐々木俊尚/作家、ジャーナリスト
「バングラデシュのコンサート」みうらじゅん/イラストレーターなど

第3章 Legend
「5つの銅貨」立川志らく/落語家、映画監督
「処女ゲバゲバ」「ゆけゆけ二度目の処女」他 渚ようこ/歌手
「ラ★バンバ」森直人/映画ライター
「エルビス・オン・ステージ」湯川れい子/音楽評論家、作詞家
「永遠のモータウン」岩崎太整/作曲家
「タカダワタル的」「タカダワタル的ゼロ」佐野史郎/俳優
「Ray(レイ)」古泉智浩/漫画家
「ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間」山本直樹/マンガ家
「ジャージー・ボーイズ」川本三郎/評論家
「シュガーマン 奇跡に愛された男」清水節/編集者、映画評論家
「バード」冨永昌敬/映画監督
「ワイルド・スタイル」宇多丸/ラッパー、ラジオパーソナリティ
「ムーンウォーカー」佐々木誠/映像ディレクター、映画監督
「パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト」辛酸なめ子/漫画家、コラムニスト
「アトムの足音が聞こえる」佐々木敦/批評家

第4章 Music Life
「右側に気をつけろ」樋口泰人/「爆音映画祭」主催人
「メタリカ:真実の瞬間」深町秋生/ミステリー作家
「あの頃ペニー・レインと」九龍ジョー/編集者、ライター
「光にふれる」中井圭/映画解説者
「色即ぜねれいしょん」内田春菊/漫画家、小説家
「あがた森魚 ややデラックス」森達也/作家、映画監督、明治大学特任教授
「DENKI GROOVE THE MOVIE?」塙宣之/芸人
「オーバー・ザ・ブルースカイ」真魚八重子/映画著述業
「ギター弾きの恋」佐々木誠/映像ディレクター、映画監督
「テネイシャスD」アサダアツシ/放送作家 、脚本家
「ドキュメント 灰野敬二」能町みね子/自称漫画家
「ワイルド・マン・ブルース」ケラリーノ・サンドロヴィッチ/劇作家、演出家、音楽家、映画監督
「ドリームガールズ」金子修介/映画監督
「嗚呼!おんなたち猥歌」樋口毅宏/作家
「祭爆 SAIBAKU」森世一/新宿ゴールデン街「談SINGシネマ」店主
「ラストコンサート」清水節/編集者、映画評論家
「ハイ・フィデリティ」伊賀大介/スタイリスト

第5章 Passion
「セッション」オダギリジョー/俳優
「ストレイト・アウタ・コンプトン」長谷川町蔵/ライター
「劇場版 どついたるねんライブ」九龍ジョー/編集者 、ライター
「ドラムライン」ファーストサマーウイカ/アーティスト
「THIS IS ENGLAND」鮫肌文殊/放送作家
「グミ・チョコレート・パイン」大槻ケンヂ/ロックミュージシャン、作家
「ファントム・オブ・パラダイス」近田春夫/ロックンローラー
「アメリカン・グラフィティ」渡辺大知/ミュージシャン
「SRサイタマノラッパー」シリーズ、「TOKYO TRIBE」磯部涼/音楽ライター
「ザ・コミットメンツ」山下敦弘/映画監督
「さらば青春の光」カンパニー松尾/AV監督
「タレンタイム」森岡龍/俳優、映画監督
「スクール・オブ・ロック」長谷川町蔵/ライター
「自分の事ばかりで情けなくなるよ」尾崎世界観/ミュージシャン
「自由と壁とヒップホップ」森達也/作家、映画監督 、明治大学特任教授
「ウォールフラワー」中井圭/映画解説者

◉特集
ボクが痺れたストーンズCINEMA …しゅりんぷ小林/漫画家
ボリウッドを観ずに死ねるか! …サラーム海上/音楽評論家、DJ、中東料理研究家
映画の中のボブ・ディラン …湯浅学/音楽評論家
今どきアイドル映画は<ドキュメンタリー的>な文脈で語られる …松崎健夫/映画評論家


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by yomodalite | 2017-03-10 06:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

心をさらけだす・・・

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平松洋子氏の『食べる私』に登場して、興味を持ってしまった宇能鴻一郎氏の2014年の純文学作品『夢十夜』をちびちびと読んでみた。


谷崎、三島は雲のかなたにそびえる高嶺だった。しかし、その高みに登る足がかりもなければ、ひきずりおろす手がかりもなかった。ダンテの『神曲・地獄編』で解決した。二人を地獄に放り込んでしまえば、どんな高嶺も眼の下だ。・・・80歳にもなれば、完全に勝手気ままに書きまくれる。エッチ描写が衰えたとみられるか、ますます盛んだと思われるか。いや、いい気分だった。

と、宇能氏はあとがきに書いているのだけど、

谷崎、三島をメインの材料にして、さまざまな著名人を地獄鍋にぶち込込んで、毒々しく煮込んで、かき回したような内容で、たしかに、パラ読みした程度でもエッチ描写はかなりエグい印象。でも、谷崎と三島がお互いのナルシズムについて、地獄で架空対談をしているという「設定」は、宇能氏が巨匠を批判したいがゆえのもので、80歳になっても、自分をさらけだすって出来ないものなんだなぁとか、谷崎や三島や太宰が一流なのは、やっぱりそこなんだよね。と改めて思ってしまう。

昨日読んだ「恥ずかしくて、ほとんど人にしたことがない話」には、「私の嫌いな人」というエッセイが紹介されていた。


それは、ほぼ日塾の課題として書かれた文章で、同じ会社で働く女性ふたりが、お互い相手を嫌いになった理由を語ることによって、自分を見つめ直すことにもなっていて、「自分をさらけ出す」という最初の訓練にもなっているみたい。

心をさらけだしても失うものなんて何もない。何もないのに、何かがあるふりをして行動しないで、本当に大切な何かを手に入れられない。まずは「さらけだす」ことから始まる。僕はほとんどのことを諦めない男だけど、小説家になるという夢は諦めた。そして、そのことへの後悔がないから、今の僕がある。でも、諦めたということはさらけだせていなかった。一体、僕は何を守っていたのだろう。(佐渡島庸平)

自分をさらけ出して書くって、本当にすごくむずかしいことだと思う。自分を率直だと思っている人は、ほとんどの場合、自分にしか興味がなく、そーゆー人は文章を書くことも読むこともしないし・・

ブログでもSNSでも、結局は自分を主張したいという欲求で書かれているはずなんだけど、ネット上の文章のほとんどは匿名にも関わらず、自分が嫌いなことについて書く「嫌流」か、好きなことについて書く「好流」のどちらかになる。

でも、「好き」なことも、「嫌い」なことも、自分自身の内面に関わっているようで、実は、自分が見ている外側の世界のことで、自分を置き去りにしていることには変わりない。

プリンス名言WordsOfPrince
@Princewords1999
カッコよさとは、誰かの尻を追っかけ廻すことじゃない。カッコよさとは、他人全てが愛するようになるまで、自分を愛し抜くこと。"Stlye"より。

Michael Jackson bot ‏
@Michael59273844
「僕を批判したり僕の事をひどく言う人がいるけどそれは仕方ない事だと思うんだ。僕を好きな人がいるなら僕を嫌いな人もいる。もし僕を嫌いな人がいたとしてもその人に対して嫌いとかそう言う感情は持ってほしくない。それは僕の事を悪くいったりするゴシップと同じになってしまうからね」

ふたりを見ていると、自分を愛しているから、人を愛することもできて、だから、自分をさらけ出すこともできる、ような気がするのだけど。



(最高画質1080p60で見てね)


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by yomodalite | 2016-12-08 16:31 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)

愛の宇宙方程式とヒップホップ・ジェネレーション

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数日前にアップされた、Soul Train Awards のテディ・ライリーのショー、ご覧になりました?

MJメドレーはもちろん、こちらも最近ますます元気なティト兄のギター参加もあって、とにかくテディが今でもすっごくカッコよくて、なんか元気出ちゃったんですけどぉ・・


この頃の黒人音楽には言葉の壁を感じなくてイイよね。

ヒップホップ時代は、メロディよりラップが重要視されるようになって、世代間の差とか、地域差も激しくなり、歌の中に暴力とドラッグが蔓延して、実際に亡くなったラッパーも・・・

それなのに、どうして、これまでの音楽ジャンル以上のビッグビジネスになったのか?

そんな疑問を解いてくれる本になかなか出会えなかったのだけど、この本は、ヒップホップの歴史が丹念に描かれていて、色々と参考になりました。


なじみのないカタカナ用語が多い上に、厚みが5センチぐらいある大書なので、想像以上に時間がかかって、なかなか読み終わらなかったんですが、ようやく、「ミリオン・マン・マーチ構想」が登場する(P643)頃から興味深い記述が増えてきて面白くなってきたんですが、


それにしても、全756ページ(注釈をのぞく)もある本を、643ページまで読んで、ようやく「ミリオン・マン・マーチ」(1995年)って!、ジェイ・Zや、ノトーリアス・B.I.G.が出てくる前に、ヒップホップの歴史ってそんなに長くあったっけって思いません?

記憶の中では腑に落ちなかったものの、スパイク・リー監督の出世作『ドゥ・ザ・ライト・シング』は1989年で、映画では、それまで同じ地区の住民という関係だった韓国系やユダヤ系と黒人たちが分離していく状況を描いていて、その後さらに黒人とユダヤ人の連携関係が崩壊したことがヒップホップ文化の発展にとっては重要なポイントになったことや、

MTVで初めてかかった黒人音楽がマイケルとプリンスだった、というのは有名ですが、そのときMTVや、流行の仕掛け人たちが嫌っていたのは、黒人だけでなく「都会」だった。という話も、なんだか納得するものがありました。

マイケルのヴィデオを初めて見たとき、それを都会的だとは感じなかったけど、当時の他のアメリカンアーティストたちはもっと「カントリー」な感じの人が多くて、「ライブエイド」はロックアーティストたちが仕切った若者のイベントという印象だったけど、「ウィ・アー・ザ・ワールド」は、まるで紅白歌合戦・・・

そんな風に思えた時代のアメリカは、今のように「分断」していなかったけど、ヒップホップの仕掛け人たちによる、MTVでラップを流す計画は、マイケルがMTVに登場した数年後にはあって、マイケル以降、それまで消費社会の中心にあったカントリーミュージックは消え、都会中心へとなっていたんですね。

とにかく取り上げたくなるポイントが多すぎてピックアップするのも大変な大書なんですが、押野素子氏の翻訳がスムーズで読みやすく、ヒップホップの資料という以上に、アメリカの歴史に迫った本だと思いました。


そして、私がヒップホップに四苦八苦しているとき、ダーリンがときどき笑いながら読んでいたのがこちら。

空手バカのダーリンは、読む本の6割以上が「格闘技関係」なんだけど、この分野には、いろいろと変わった方が多くて、この本の著者の保江邦夫氏も数理物理学・量子力学の教授で、少林寺拳法や、大東流合気武術などさまざまな武術を学んだだけでなく、イエス・キリストが直接使用した(!)活人術まで伝授されて、『人を見たら神様と思え』なんていう本も書いておられたり、

比例代表で、日本のこころを大切にする党から立候補されて、落選されていたり、とにかくてんこ盛りな人生を歩まれている方なんですけど、

物理学用語をテキトーに利用して、宇宙の真理を語ってしまうスピリチュアル本は多いですが、理論物理学者の著者が書いたこの本では、受験生時代からここまで、自分の人生がいかにツイていて、スゴい奇跡にいっぱい遭遇してきた、という話が満載の・・・ナンダカンダ笑える本でした。


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by yomodalite | 2016-12-03 07:00 | 読書メモ | Trackback | Comments(0)

誰が音楽をタダにした?巨大産業をぶっ潰した男たち

誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち (早川書房)

スティーヴン ウィット/早川書房

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最近では、ついにSpotifyも日本上陸。本当に様々な音楽配信サービスが登場して選択肢に迷うほどですが、音楽をタダにしたというと、昔ナップスターってあったなぁなんてことを思い出す人も多いですよね。結局そのサービスは日本では見られなかったので、当時の米国の実態はよくわからなかったのですが、この本は、そのナップスターを立ち上げた男の話だけではなく、ナップスターが立ち上がる前からネット上にあった音楽ファイルは、そもそもどうやって?という歴史と謎に迫ったもの。

翻訳がとてもスムーズで読みやすく、

・音楽圧縮技術であるmp3の生みの親
・ビッグ3と言われるレコード会社を次々に経営し成功を収めた音楽エグゼクティブ
・音楽をリークするグループで市場最強と言われた男たち

上記の3人を軸として、ナップスター全盛時代に大学生活を送り、パソコンに聴けないぐらい大量の音楽ファイルを溜め込んでいたという著者の軽妙な語り口で、リーク軍団が群雄割拠した時代が描かれています。

すでに販売されている音楽や映画の海賊版が販売されているというのは、販売する人の利益になるので理解出来るのですが、CDの発売前にリークされるということがどうして起こるのか? しかも無料で? ということがずっと不思議だったのですが、この本ではその謎の一端が明かされているだけでなく、マイケルファンにとっては、『インヴィンシブル』以降の音楽シーンを振り返る意味でも興味深い事柄が満載。

とりあえず、マイケルの名前が登場した、本書の主人公の一人である音楽エグゼクティブ、ダグ・モリスの言葉をメモしておくと、
・・モリスは音楽泥棒を牢屋にぶち込むことに大賛成だった。しかし、彼は違法テープ売買の時代からまったく違う教訓を学んでいた。警察を呼んでも問題は解決しない。解決策は「スリラー」を世に出すことだ。モリスから見ると、本当に音楽業界を救ったのは、マイケル・ジャクソンの1982年の大ヒット曲だった。足りないのは法律じゃなくてヒット曲だ。・・・モリスは「スリラー」に関わっていなかったが、ほかの音楽エグゼクティブと同じく、スリラーを特別な1曲として絶賛していた。このアルバムは企業努力の成果を表すもので、歴史に永遠に名を刻む名曲だった。
音楽著作権の危機が、音楽ビジネスを破壊するという認識があったのですが、意外にもレコード会社の重役達はしぶとく生き残り、アーティストには不利益がのしかかる。リークするグループの目的はいったいなんなのか? 業界全体の大混乱を経て、最終的に勝利したのは?

私は、『THIS IS IT』を見た日の帰り道と同じように、またもや、マイケルの完全勝利を感じましたが、そんな結末だったのかどうかは、各自確認してくださいw

1章 mp3が殺される
2章 CD工場に就職する
3章 ヒットを量産する
4章 mp3を世に出す
5章 海賊に出会う
6章 ヒット曲で海賊を蹴散らす
7章 海賊に惚れ込まれる
8章 「シーン」に入る
9章 法廷でmp3と戦う
10章 市場を制す
11章 音楽を盗む
12章 海賊を追う
13章 ビットトレント登場
14章 リークを競い合う
15章 ビジネスモデルを転換する
16章 ハリポタを敵に回す
17章 「シーン」に別れを告げる
18章 金脈を掘り当てる
19章 海賊は正義か
20章 法廷で裁かれる



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by yomodalite | 2016-10-19 06:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

7年経ったことと、1998年の宇多田ヒカル

昨晩は、MBSソングタウンという関西の番組でも、マイケル特集をやっていた。

出演していたのは、このブログでも何回か紹介したテンダラー浜本と、デンジャラスツアーのステージでマイケルに会っている関根麻里の夫でもあるシンガーのKと、ジャクソンズと共演もしている福原美穂。

おなじみスムクリのゼログラビティで登場したテンダラー浜本は、この格好でロケにも行っていたという赤のスリラージャケットがすごく似合っていて、相変わらずビートイットのギャングがちょけているシーンについて流暢に語り、Kはキーボードを傍において、この曲のメロディはこうなんだけど、マイケルが歌うとこうなる・・・ヒューマン・ネイチャーは息継ぎでさえ、リズムになっている、なんてことを優しく解説し、福原美穂はマライヤの「アイル・ビー・ゼア」からジャクソン5が好きになって・・・などなど、三者三様のマイケルが熱く語られ、福原とKによるブラホアもすごく素敵だった。

先日、少年隊ヒガシが出演した番組でも流された、あの二分間のことや、ムーンウォークのバリエーションについての話もあったのだけど、本当に何度聞いたかわからない話を、日をおかずにまたもや聞くことになったのに全然飽きてないし、こんなふうに大勢の人が何度も繰り返したくなるというのは、何度言葉を尽くしても、きっと説明しきれないと感じるからかな、と思う。会いたいって思う気持ちや、美しいって思う感情を説明することって出来ないから。

それと、地上波でこんなにも長くマイケルが語られるのは、TVで活躍する芸人や芸能人という人々に特別な刺さり方をしている人が多いからだと思う。マイケルはマスメディアの最大の被害者であることも確かだけど、マイケルほど、マスメディアを研究し尽くしたアーティストもめずらしく、彼らには、マイケルがマスメディアにしか出来ないと思っていたことが伝わっていて、7年経ってもまだ・・というよりは、7年経ってようやく気持ちの整理がついて、余計に語りたいということもあるのだと思う。最近ファンになった人にはわからないと思うけど、「インヴィンシブル」から「THIS IS IT」まで、本当に長い長い8年があった。


1998年の宇多田ヒカル (新潮新書)

宇野維正/新潮社



「ロッキング・オン・ジャパン」「CUT」等の編集部を経て、現在は「リアルサウンド映画部」で主筆を務める著者が、今年(2016年)1月に出版した本をようやく読み終えた。

著者は、「はじめに」で、この本を書きたいと思った理由を3つ挙げている。

1998年という年が、この先、未来永劫に塗り替えられることがない日本の音楽業界史上最高のCD売り上げを記録した年だということ。

2000年、2005年、2010年も、そして現在においても、グループ、バンド、ソロを問わず、性別を問わず、日本の音楽シーンにおけるトップ3の才能だと自分が考えている音楽家、宇多田ヒカル、椎名林檎、aikoという3人がすべて1998年にデビューしている。

この3人について、自分はそれを書くのにもっとも相応しい場所にいた、という自負がある。

そして、「日本でもっとも多くのCDが売れた年」と「日本で最も多くのアルバムを売った音楽家」をタイトルに並列させた本書は、結果的に長いようで短かった「CDの時代」へのレクイエムのような本になったと。

そんなわけで、タイトルとは異なり、第1章は、家庭用CDプレイヤーが発売された1982年のことから始まり、第2章では、小室ブームや渋谷系やSMAPについても触れられ、第3章で、ようやく宇多田ヒカルらがデビューした1998年のことが語られる。

この間のことは私にとってすべてリアルタイムで、深夜に宇多田ヒカルのPVを初めてみたときのことも、すごく覚えている。

でも、、

1998年は、まだ『インヴィンシブル』が発売になっていなくて、それが「オートマティック」よりも後だったということが、自分の記憶の中でなんだか一致しない。

好きな音楽が好きなだけ聴けるということだけが「自由」だった職場では、誰もが自分のお気に入りのCDを持ってきていて、みんな「プリンス」が大好きだった。私も好きだったけど、インクロのリミックス版3枚を私が1日中かけ続けた日をきっかけに、マイケルも解禁になった。私は「XTC」をかける係もしていて、みんな職場の近所にあった流行りのクラブより、ここの方が熱気があると感じていた。

そうして、みんなが競って残業していた時代、深夜遅くに帰宅してテレビをつけると、宇多田ヒカルの「オートマティック」のPVが流れていたような気がする。深夜なのにどうしても彼に電話したくなるような曲だったけど、彼女の音楽をCDで聴いたのはそれからずっと後になってからだった。彼女の音楽は、いつもFMとかテレビから聴こえてくる音で、だから時代の記憶とマッチしているように感じる。

「インヴィンシブル」はなかなか発売されなくて、待っている間に、私は独立し、離婚し、発売後に、再婚して、MJが歌わなくて踊らなかった長い長い間に、私も引退して、そうして2009年がやって来て、それからまた何度も何度も繰り返して聴いているけど、「インヴィンシブル」は全然古くなっていない。でも、あまりに何度も聴いているから、宇多田ヒカルのデビューよりも、ずっと前からあったように感じていた。「オートマティック」を初めて聴いたときの自分に戻ることの方がずっとむずかしいのに。。

「インヴィンシブル」から「THIS IS IT」までは本当に長くて、宇多田ヒカルが休業宣言したのは、私にとってはついこの間のように感じるけど、実際は2010年で、もう6年も経っていた。

そんなことを書いてアップするときに、このブログのアクセスレポートを見たら、気づかない間に、累計の訪問者数が100万を超えていた(念のため言っておくけど、100万人の人が見たってことじゃないw)。よくブログに設置されているカウンターはアクセス数なので、ひとりが3ページ見たら、3アクセスになるんだけど、訪問者数は、ひとりが1日に複数ページ見ても1カウントで、しかも、ここにはスマホのアクセスは含まれていない。アクセスカウンターなら、大雑把な計算ではあるけど、200万以上にはなってると思う。ブログをやっていない人には結構多い数字に思われるかもしれないけど、そうでもなくて、、ただ気がついたら9年もブログを書いていたってことなんだよね。

時代が流れていくのと、自分の歩みとは、ますます乖離していくような・・・

_______

1998年の宇多田ヒカル[目次]

第1章 奇跡の1998年組
第2章 1998年に本当は何が起こっていたのか?
第3章 1998年の宇多田ヒカル
第4章 椎名林檎の逆襲
第5章 最も天才なのはaikoなのかもしれない
第6章 浜崎あゆみは負けない
第7章 2016年の宇多田ヒカル



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by yomodalite | 2016-09-09 23:04 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)

オリンピックとSMAP解散と、終戦の日

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始まる前は、特に気にしてなかったオリンピックだけど、選手たちの真剣勝負に夢中になって見入ってしまって、手に汗を握り、一喜一憂したり、叫んだりしています。

4年もの間、この大会を見据えて日々努力した選手たちの中には、4回もこの世界最高峰に君臨し続けてきたレジェンドと言われる選手もいて、16年も・・・と本当に驚いてしまうんですが、マイケルが世界一にこだわってきた年数は、その倍以上。聖誕祭で各時期のマイケル写真を整理していると、彼のスター人生の長さだけでなく、時代ごとに彼がどんなことを考えていたのか、そんなことも思い返してしまいます。


「SMAP×SMAP」が始まったときの衝撃は今でも覚えています。

このブログには、その素晴らしさについて言及された本として、今は亡き「広告批評」の1997年から2008年8月までの連載を集成した橋本治氏の『明日は昨日の風が吹く』という本をメモしていたのですが、橋下氏によれば、「SMAP×SMAP」がとてつもなく素晴らしかったのは、1999年だったとのこと。

私が感激したのがいつ頃だったのかは覚えていませんが、テレビ草創期や全盛期の伝説的なバラエティ番組に匹敵し、凌駕するほど素晴らしいバラエティーショーを5人のアイドルが作り上げたことの輝きは、2010年にその本を読んだときには、すでに色褪せていて、彼らにはマイケルの自伝『ムーンウォーカー』で、「ジャクソンズ・バラエティショー」を辞めたときのことを読み返して欲しいとずっと思っていたのだけど、

SMAPはその後、さらにお昼のバラエティショーにまで出演するようになり、せっかくここまで成功した彼らが、こんな露出を続けることを残念に思い、そしてついに、その国民的番組の終焉までつきあってしまったことに不安を覚えただけでなく、出演していたメンバーがその終焉に対して、想像以上のショックを受けていた様子に、もっと心配になっていた。

終わり方というのは、本当にむずかしい。

彼らには、マイケルがモータウンを離れ、ジャクソン5という名前を奪われ、ソロとしてこれまでとはまったく違った顔を手にいれたことを思い出して欲しいと思うけど、ただ、それが出来たのは世界中でマイケルひとりだけだったとも思う・・・

今日は「終戦の日」。

私が生まれたときから、毎年のようにやってくる「終戦」の日だけど、戦争が始まりそうになって、ようやく今までやってきたことの中に、何が欠けていたのか少しだけ見えてくるような・・・マイケルがいなくなって、初めてその喪失感の大きさに気づいたように。

7年のときを経ても、相変わらず、何もかもMJ絡みで考えてしまう自分に、

日々呆れつつ・・・

これを聴いてもマイケルを感じてしまうという曲。


七尾旅人 "サーカスナイト"










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by yomodalite | 2016-08-15 10:30 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)

映画『ソウルパワー』

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1974年、“キンシャサの奇跡”と言われたモハメド・アリ対ジョージ・フォアマンの対戦の前には、アフリカ系ミュージシャンたちの “ブラック・ウッドストック” とも言える『ザイール'74』と題された音楽祭が行われていた。

差別を乗り越え、成功をおさめた米国のアフリカ系ミュージシャンと、解放運動を戦ったアフリカン・ミュージシャンが共に同じステージに立った歴史的なコンサートのことは、JBに興味をもったときから、いつか見てみたいと思っていたのですが、ドキュメント映画公開や、モハメド・アリへの追悼企画も重なって、今回ようやく見ることができました。

この映画は、『モハメド・アリかけがえのない日々』(1997年アカデミー賞ドキュメンタリ部門受賞作)の編集をしていたジェフリー・レヴィ=ヒントが、1974年のコンサートフィルムが撮影されていたことを知って、2009年に編集し直したもので、最初からドキュメント映画として撮影されたものではない。

最初、私はこの映画を1974年という時代に巻き起こった「ブラックパワー」の一端をとらえた映画だと思っていたのだけど、残されたフィルムを2009年に編集した監督の意図はそうではないようで・・・

映画が始まるとすぐ、少し前に見た『ミスター・ダイナマイト』のときよりも、だいぶグッチ裕三っぽくなったJBが現れるのだけど、股割ステップを含む短いステージシーンが終わってしまうと、しばらくJBの姿は見られなくなり、キンシャサの街や、コンサート会場が建設されていく様子、米国の黒人ミュージシャンたちが、自らのルーツだと感じているアフリカでコンサートを行うことを、故郷への帰還だと感じて高揚しているところや、対戦前のアリのアジテーションなどが淡々と移し出されていく。

時折現れるほんの小さな瞬間から、1974年当時、JBがモハメド・アリと同様か、それ以上に人々から尊敬され、愛され、ソウル界や、黒人だけでなく、白人からも「ゴッドファーザー」のように慕われていたことが伝わるシーンがあり、また、彼が想像していたよりもずっと小柄な人だったことにも気づいた。

ようやくコンサートが始まると、期待以上に音が良く、今実際にフェスに行って聞くよりもずっと「生の音」のように感じられ、これまで名前ぐらいしかわからなかった70年代のアーティストや、まったく知らなかったアフリカンミュージシャンたちが身近に感じられる。

B・Bキングが、ギターを弾く人だってことさえ知らなかったけど、彼の指から奏でられる音にグッと来たり、ダニー“ビッグ・ブラック”レイのコンガや、ミリアム・マケバの「クリック・ソング」に魅了され、楽屋でアフリカの女性アーティストたちと仲良くじゃれあっている往年の女性ディスコグループというイメージしかなかったシスター・スレッジがまだすごく幼くて、こんなムサい男たちの中で大丈夫なの?と心配になったり・・

そんな感じで、すっかりどこかの夏フェスに行ったような気分で見ていた画面に、ついにJBが登場すると、私だけでなく、会場の雰囲気が一気にヒートアップする。みんな素晴らしかったのに、やっぱりパワーが全然ちがうのだ。

ようやく登場したJBのステージシーンもあまり長くはないけど、曲が終わると、JBはその曲と同じぐらいシビれることを言って、エンディング・ロールが始まる。バックステージの彼の姿が映し出され、彼はもうこれで本当に最後という感じで、頭を下げたりするけど、エンドロールがすべて終わった後、再度JBからグッとくるメッセージがあるので、最後まで見逃さないようにね。

これは、彼のメッセージで始まり、彼のメッセージで終わる映画なのだ。

『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』でも、『ミスター・ダイナマイト』でも、JBがメンバーにずいぶんと厳しかったことが描かれていたけど、この映画では、何気ないシーンに、彼の優しさや繊細さが伝わってきて、もっと好きになった。

今まで、プリンスのパフォーマンスがJB直系だとは思っていたけど、プリンスの小柄で中性的な容姿は、ソウル界のゴッドファーザーとはだいぶ異なると思っていた。でも、JBもまた小柄な人で、「パープルレイン』以前のプリンスは、ファッションも音楽も想像以上にJBの姿を追っていたように感じられた。

また、JBとは正反対ともいえる声のマイケルが、色々と苦心して、キャリアの最後まで、JBの音楽に近づく努力をしていたんじゃないかと思ってしまったのは、MJの「アンブレイカブル」へのこだわりについて、考えてばかりいるせいかもしれない。

でも、ショウビズ界一と言われた自分以上によく働いたふたりのことを、JBはすごく可愛く思っていたんじゃないかな。彼がメンバーに厳しかったのは、自分より全然働いていないと思っていたからだと思うから。


通常の劇場公開は終了していますが・・




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by yomodalite | 2016-08-03 06:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』

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ブログアップするのが遅くなっちゃいましたが、『AMY エイミー』 を観た日に、こちらも観に行ったんです。1日で2本の映画を観るなんて、めったにしないことなんですが、『エイミー』同様、こちらも大勢の証言者が登場するドキュメンタリでありながら、どちらも製作者も上から目線の物語を避け、アーティストへのリスペクトが伝わる作品になっていて、行った甲斐がありました。

ちょうど1年前に公開された『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』は、JBの人生を圧縮して、2時間の物語にしたもので、チャドウィック・ボーズマンの熱演によって、若くてカッコイイJBを見事に現代に蘇らせた素晴らしい音楽映画でした。

それで、実を言うと、カラーの2時間映画で、JBの音楽を堪能するには、チャドウィックの方がイケメンだから良いかなぁなんて思っちゃってたんですけど、浅はかでした。やっぱ、本物のJBの方が、めちゃくちゃカッコいいっ!ダイナマイト感ハンパない!

両作とも、ミック・ジャガーのプロデュースで、こちらはドキュメンタリなので、『最高の魂を持つ男』よりも音楽を楽しめるシーンが少ないのではないかと思っていたんですが、この映画でも、JBの音楽や、素晴らしいショーを捉えたシーンがたくさんあって、当時の観客が熱狂する場面で、白人のティーエイジャーの女の子がたくさん映っていたり、あの伝説になっている、ステージに観客が押し寄せたときに、JBが警察の力を借りずに、みんなを制する場面とか、モハメド・アリと同様に、JBが音楽界だけでなく、時代のリーダーだったことがよくわかります。

『最高の魂を持つ男』では、バンドメンバーで親友のボビーバードとの物語が中心でしたが、『ミスターダイナマイト』では、ボビーバードや、後にプリンスと共演することになるメイシオ・パーカーなど脱退メンバーが実際に語っていて、その後の新生バンドの中心メンバーであるブーツィー・コリンズの証言も面白い。

MJのハーレムスピーチや追悼式、オバマ大統領の誕生にも大きな影響を与えたアル・シャープトン師によって語られる、60年代、70年代の政治の季節、ブラックパワーを牽引するアクターでもあったJB自身の「パワー」との違い。

そして、あのMJとプリンスが飛び入り参加するシーンも映し出されるのですが、あのときプリンスが、MJよりも緊張していたのは、プリンスの方が、大方の人々に実際の後継者と目されていたことが大きかったのではないかと改めて思ったり・・・

これから、どちらかの映画を見てみようという方には、『ミスターダイナマイト』の方がオススメかな。




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大阪・テアトル梅田に設置されていた、JB神社



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二礼はなんか違うような気がしたので
「大阪締め」でお参りしておきました!




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by yomodalite | 2016-07-28 11:47 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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