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☆「ジョン・レノン Part 3」の続き

Part 2、Part 3では『ジョンの魂』の発売後に行なわれたインタヴューを紹介しましたが、今回は、1996年に出版された『ロスト・レノン・インタヴュー』から、

『ジョンの魂』発売直前の、1969年から1970年のまでのインタヴューを紹介します。

『ロスト・レノン・インタヴュー』は『ロスト・ビートルズ・インタビュー』の著書もある、ジェフリー・ジュリアーノが編集し、監修者のあとがきによれば、原書は1冊ですが日本版は2巻で出版され、第1集はジョン自身の発言とビートルズのメンバーの発言で構成され、特にこれまでほとんど知られていなかった1969年の「ラブ・アンド・ピース活動」の記者会見での発言も収録されている本で、原書は、MJの蔵書としても確認されている『The Lost Lennon Interviews, by Giuliano』。

日本版では、テーマ別時代順に並べ替え、ジョン自身の発言で綴る生涯と作品論はどんな著名人が書いた本よりも読み応えがあるとも言われていて、私もこの本でジョンのこともヨーコのことも、ますます夢中になりました。

ここで紹介する発言の多くは、大勢の取材陣が集まっている「記者会見」のもので、ジョンとヨーコは様々なインタヴュアーに答えています。これらがきちんと伝わらなかったのは、取材者が自社の都合に合わせ、それぞれ細切れで、料理し、会見も恣意的に放送されたからでしょうか。

下記は、ジョンの平和活動や神と宗教について語っている部分を中心に省略して抜粋しています(註記はすべて私による)


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◎1969年アムステルダム「ベッドイン」PRESS CONFERENCE

Q:仕事から帰って、テレビを観て、また翌日も厳しい社会で生きている人たちに対して特になにかメッセージはありますか?

どんなワーキングクラスの人だって、僕らのやってること(「ベッドイン」のこと)はできるだろう。

ヨーコ:現代のワーキングクラスの人なら、少なくとも二週間は休暇がとれるでしょう。OLでもね。街でデモをやってる学生も、ベッドに入っていることはできます。どんな形にせよ暴力に頼れば、さらに暴力をよぶことになるんですから。これは単なる事実です。

行動を起こせば、その反動が来る。そういうことをすれば、返ってくるのも暴力だわ。私たちは革命がいいとは思いません。人は進化すると信じていますいつか変わるときがくるはずです。でも若い人の多くは我慢できずにいるの。「進化なんて待っていられない。革命を起こさなくては」とね。とても焦っているんです。現代の10年は19世紀の百年にも匹敵します…。時間の流れがとても早いんです。


あらゆる年代の人から電報が来るんだ。神父とかホテルの支配人とか、ありとあらゆる種類の人からね。自分たちで行動を起こさないにしても、僕らがうまくいくように祈ってくれてる。精神的な面で僕らを守ってくれている人たちが、ある程度はいると思うんだよ。

僕はそういった波動の効果も信じてる。あちこちの国の大勢の人が「そうなんだ、僕もそう思うんだ」って言ってくれる。彼らが「うん、信じるよ」というだけでも、効果があるんだよ。

ヨーコがこの間言ったとおり「咳をすればこの部屋に影響し、世界に影響する」。なにかしゃべれば、その言葉はそこで終わりにはならない。科学者なら証明出来ると思うな、波動は拡がって行くものだって。だからあらゆる行為は無限に拡がっていって、効果をおよぼしていくんだよ。自分がどんな効果を生み出して行くか、慎重に考えて計画すれば、僕ら全員にチャンスがめぐってくる。

自分の行動すべてを考えるのは大変だ。でも自分の人生に対する姿勢が他のみんなにも影響を与えるんだよ。それによって世界にも影響するんだ。

ヨーコ:これまでにも多くの平和主義者がいました。ガンジーとか、山奥で瞑想するグルたちとか、彼らが発する波動にも大きな意味があると思います。マーティン・ルーサー・キングは説教をして、ジョン・ケネディは政治を動かしました。彼らの波動にもとても意味があります。でもそういう人たちと私たちとの違いは、私たちにはユーモアがあるということです。

私たちは岩の上で瞑想するのではなく、ベッドの中にいます。これはものすごく人間的なことでしょう。私たちは概念としてのセックスを波動として世界に送っているんです!だから、山の中で水と空気だけで過ごしながら瞑想するのとは違います。大きな違いがあるんです。私たちのやっていることはとても人間的で、とても現代的です。

若者が世界を変える方法は、説教や政治ではない、グルになることでもありません。誰もがグルなのです。ベッドの中でも瞑想はできます。私たちの宗教の根本は、キリスト教、ヒンズー教主義、仏教主義、共産主義、これまでに生み出されてきたあらゆる「主義(イズム)」の基本原理なのです。そういうものはほとんど、善良な意図を持った人によって作られています。

私たちが反対しているのは事実の歪曲です。私たちはキリスト教徒であり、仏教徒であり、共産党員でもあるのです。メッセージは世界中どこでも同じだと信じています。

Q:そういう考え方をする以前は、カトリック信者だったのでしょう?

僕はイギリス国教会(☆)の教徒として育った。つまりイギリスに住んで、地元の教会に通っていたんだ。

(☆)現在、イギリス国教会という訳語は不正確?(Wikipedia)

ヨーコ:私は色々な段階を経てきました。ジョンもそうだと思いますけれど。これは、この時代の特徴だと思います。誰もが資本主義やら仏教の禅やらを経験しているでしょう。現在は、誰もがあらゆる知恵に実際にふれることができる時代なんです。

Q:「宗教」という言葉は使わないのですか?

僕らはあるひとつの袋、ひとつの「主義(イズム)」に入りたくない。すべての「主義(イズム)」を、その基本理念において僕らは受け入れる。全部同じなんだ、どれも同じことを言ってるんだよ。

ヨーコ:言葉を変えれば、共存ということです。なにか意見を言えば、そのとたんに危険になるのですから、主張とは危険なものです。それが即座にほかの意見を殺してしまうのだから。ジョンのキリスト発言のようにね。キリストを妄信すれば、仏教でも何でも殺してしまうことになります。

なぜすべての「主義(イズム)」を共存させて、そこから未来を築こうとしないのでしょう。私たちは「私たちはあなたの味方です」って言ってるだけ。それを『ベッド主義』とか『ヘア主義』とか呼んでもかまいません、あるいは『現代主義』とか。もしみなさんがレッテルを欲しがるのであれば。

Q:東洋での体験からなにを学びましたか?

ヒンズー教や、禅のことをちょっと。マハリシにいろいろ聞いたよ。彼はいい先生で、哲学に詳しかった。僕はそういうことをまるで知らなかったんだ。で、「主義(イズム)」についていろいろ学んだわけだ。そのうち、僕がなじんできたキリスト教と、本でよく読んでいた共産主義とか、いろいろなものの間に共通点があるって気がついた。だから、あそこではずいぶん教わったよ。瞑想も習った、実際にはそれがそもそもの目的だったんだけどね。

Q:ではなぜやめたんですか?

あの「主義(イズム)」をやめたんだ。瞑想は今でもやってるよ。マハリシ主義の原理は今でも信じているけど、あのグループには属したくないんだ。



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◎1969年3月31日

Q:今、マハリシのことをどう思っていますか?

彼は僕に瞑想を教えてくれた。僕は今でも瞑想をやってるよ。それにもうひとつ彼が教えてくれたこ … 遠回しにだけど… それは、僕らはみんな自分自身のグルだということだ。

Q:彼を悪者だという人たちについてはどう思いますか?

僕個人としては、彼を悪者だとは思わない。彼がほんとに金目当ての詐欺師だとしたら、マスコミは、どこで彼が金を手に入れたか見つけ出せるはずだ。彼がほんとに悪人だったら、君らでつかまえればいいだろう。

Q:カトリック教会をどう思いますか?

確立した宗教はみんな同じで、真理からかけ離れていると思う。キリスト教も仏教もヒンズー教も、それに共産主義も、基本的な真理はすごく似てる。でもそのメッセージは失われてしまった。

◎1969年ロンドン PRESS CONFERENCE

Q:「アイ・アム・ザ・ウォルラス」はヒンズー教のマントラと言われてきました。

音楽はすべてマントラだよ。曲を作るのと同じで、マントラも反復も音波みたいなものだ。ポップミュージックはみんなのマントラのようなものさ。

◎[Wikipedia]「アイ・アム・ザ・ウォルラス」
◎[動画]The Beatles - I Am The Walrus
◎[訳詞]「I Am The Walrus」(やさしいThe Beatles入門)

Q:「僕は彼、彼は君 … 」というのはどういう意味ですか?

あれは、単に「僕らはみんなひとつ」ということを言ってるだけ。



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◎1969年モントリオール「ベッドイン」PRESS CONFERENCE

Q:ノーザンソングスは、現在ATVが権利を持っているわけですが、この会社とビートルズとの関係は、これからどうなるのでしょうか。

僕らはこれまでも権利を持っていなかった。ほかの誰かに支配されないようにしてきただけだ。僕らはノーザンソングスを管理できるだけの株をもってなかったんだ、ずっとね。だれか新しい人間が入ってくると、僕らは彼らに完全な支配権を握られないようにした。で、実際そうならないようにしたんだ。ATVの持ち分は4分の3しかないからね。

Q:レノンさん、1941年にヒトラーが権力を握っていたころ、アメリカがイギリスの援護にやってきました。もしそのころ生きていたら、あなたは自分の哲学をアメリカ人に話したでしょうか。

ヒトラーに話しただろうね。

ヨーコ:もし私がヒトラーの恋人だったら、状況はずいぶん変わっていたでしょう。戦争や独裁制あ存在するのは、みんなが十分に対話しないから、みんなが十分愛を与えないからです。だれもがヒトラーを愛していたら …

「愛」というのはほんとうの意味で対話することですけれど、それにいって彼の心を開かせ、彼に違う刺激を与えていたら、彼はあんなところまで行かなかったでしょう。彼があんな風になったのは、独裁者になる典型的な状況に置かれたからよ。つまり孤独です。それはみんなの責任だわ。

Q:ヒトラーは子供が好きだったそうですよ。甥や姪をとてもかわいがっていたということです。

彼にもキリストの部分が残っていたんだろう。

Q:「ビートルズってものを通り抜けて」というと、もう過去のことなんですか?

そうさ。ビートルズは言っていれば成長するための「まゆ」だったんだ。今の僕は僕自身でいられる。次の目標はカルマだ、僕はそれを、さいころを降るようなものだと考えているんだよ。

Q:リーダーになりたいと思いますか?

いや。「僕は彼、君は彼、君は僕、僕らみんないっしょなのさ」ってね。僕らはみんなひとつなんだよ。それを一曲ごとに言い続けるわけにはいかないけど。

Q:みんなひそかに言ってますよ。あなたが「日1日とキリストに似てくる」って。

それはジョークだろ。キリストに似てるやつならたくさんいるよ。たしかにキリストは最高にいかしてると思うけどね。でも、新しいキリストが出てくるべきでしょう?しかも現代においてはメディアから出てくるべきです。期待できる場所はそこしかありません。

キリストは「自分がなになにである」とは一度も言ってないよ。神の子とか人の子としか言ってない。それって僕らみんなと同じじゃないか。だからさ、キリストにビートルズのイメージをかぶせたのは他のみんなだろう。

ヨーコ:私たちが出した結論は、実際に知る必要がないということです。私たちは私たち自身でいればいい。評価はあとで誰かが決めてくれるでしょう。あるいは永遠に定まらないままかもしれないですけど。

Q:ハンター・ディヴィス(1968年に出版された公認伝記『ザ・ビートルズ』の著者)が取材した頃、あなたはあまりエゴを出さずに他のメンバーに頼って、あまり幸せそうに思えませんでした。でも、今日のあなたを見ると、すっかり本来のあなたに戻っているようですね。変化の原因は何だったのでしょう。

ヨーコだよ。初めてドラッグとか、宗教とか知った頃は、僕らのエゴがビートルズとしての関係に悪影響を与えていた。(中略)エゴについてのティモシー・リアリーのパンフとかを読んで、僕らみんなエゴというのは悪いものだと思うようになったんだ。僕はものすごく強いエゴの持ち主だからこそ、あそこまで行けたわけなんだけど、2年間そのエゴを完全に殺そうとしていた。もとに戻るのにまた2年かかったよ。

Q:エゴがないと、どういう感じになるんですか?

恐ろしいもんだよ。僕はもともと神経質でパラノイアに陥りやすい人間だから、エゴを消してしまうと何の役にも立たない。ひたすらポールとか、他のメンバーに頼ってた。みんなは僕ほど自分を壊していなかったんでね。



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◎1969年ロンドン INTERVIEW

Q:「宗教」という言葉を聞いて、なにが頭に浮かびますか?

確立した財産と建物。その言葉がなにを意味するのか、どうしても思い出せないね。僕にとってはたいした意味のないものだ。

ヨーコ:規則を教えているかぎりは、宗教に問題はありません。みんなが求めているのは父親像なんです。ブッダや、キリストや、モハメッド、そういったものにあてはめて物事を考える。父親に頼りたいのです。非常に厳格な規則を学ぶだけでなく、崇拝している。ヒトラー崇拝と変わりありません。すごく危険なゲームです。

◎1969年12月トロント平和のための記者会見 PRESS CONFERENCE

Q:この前モントリオールに来たときには、どんぐり(☆)の話を…。

(☆)世界各国の元首に箱に入れた2つのどんぐりを送り、平和について考えを促そうというイベント

フセイン国王(☆)が植えてくれたよ、彼だけだよ!

(☆)ヨルダンのフセイン・イブン・タラール国王のこと)



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Q:あなたが平和を追求しても、その服装や髪型が人を遠ざけているかもしれませんよね。

要するに、それは政治家のやってることだろ。政治家の小綺麗な写真を見て騙される人が、今どのくらいいるっていうんだい。日曜日の教会をバックに、家族と犬と、ついでに娼婦も一緒に写っているようなやつをさ。若者はもうそんなことは信じないさ。

ぼくは「門を一カ所開けておく」ことが大切だって直感的にわかってるんだ。「城は内側から崩れる」っていう中国の古いことわざがあってね。

たとえばアメリカは、共産主義者に侵略されやしないさ。内側からダメになっていくんだ。常に扉は一カ所開けっ放しにしておくことだ。城の扉を全部閉めていたら、敵はあらゆる方向から攻めてくるだろう。それで負けるかもしれない。

でも扉を一カ所だけ開けておけば、敵はそこをめがけてくる。僕らの扉は長い髪であり、MBE返還の理由に『コールド・ターキー』(註1)を挙げることだ。

どうでもいいようなことで目をそらしておけば、僕ら自身が攻撃の的になることはない。だから、僕らは努めて自然なままでいようとしているんだよ。

ラビ・フェイバーグ(1969年の短期間、ジョンとヨーコと活動を共にしていたユダヤ教の宗教的指導者):ジョン、今のあなたが若者に与える影響力というのは、司教とラビと神父をすべて合わせたよりも大きいんだ。ほんとうだよ。自分の持つ力が恐ろしく思えるときはない?

抽象的な力だからね。その力をつぎ込む具体的な対象があったら … つまり平和ではなく、なにか形のある商品を売り込みたくて、知ってるマスコミの人間をつかまえて理科してもらおうとしても、たぶんうまくいかないだろう。だから、僕の持ってる力というのは、実際に使える力じゃないんだよ。

Q:体制側の人間に経済的な支援を頼もうと考えたことはありますか。たとえばヘンリー・フォード2世みたいな人に。

ああ、もうちょっと組織がしっかりしてきたらね。僕たちはリーダーになるのは嫌だったんだ。ウィルヘルム・ライヒ(フロイトから直接指導を受けた精神分析家。1960年代に再評価された)は「リーダーになるな」って言ったけど、それはほんとだと思うよ。僕は自分たちも仲間のひとりでいたいんだ。(中略)そういうのは、独裁政治なんだ。僕らはみんなに手伝ってほしい。

Q:神を信じますか?

うん。神というのは発電所みたいなものだと思う。電気の供給所みたいなものなんだ。神は最高の力を持ってるんだよ。でも、神は善でも悪でもない、右翼でも左翼でも、黒でも白でもない。神は神なんだ。僕らはその力の源を探って、そこからなにかを生み出す。電気と同じだよ。椅子をとおして人を殺すこともできるし、部屋を明るくすることもできる。神は存在すると思う。

Q:キリストの間違いは、ひとりの人間として全世界を救おうとしたことだと言われます。あなたもそう思いますか? そう思うからリーダーになろうとしないのですか?

それについてはわからない。ただ僕は、リーダーや父親像とかいうのは僕らの前の世代みんなの間違いだと思うよ。どうしてもニクソンとかキリストとかに頼りがちだけど、僕らはもう頼れないんだよ。他の誰かにやってもらおうと思うのは責任逃れだろ。「彼がきっと助けてくれる。助けてくれなかったら彼を殺してやろう、落選させてやろう」ってことじゃないか。それは間違いだと思うよ、父親像に頼るってことはね。僕らは活動を続けるかぎり、絶対にリーダーにならないよ。

ヨーコ:それにリーダーはあなたがたなんです。ここにいる誰もが、次の世界を率いて行かなくては

Q:この平和運動を始めるきっかけとなったのには、なにか特別なきっかけがあるんでしょうか。

何年もの間にだんだんとこういう方向に向いてきたんだけど、直接のきっかけと言うと、ピーター・ワトキンスという人から手紙をもらったことかな。『ザ・ウォー・ゲーム』(1965年)という映画を作った監督だよ。

◎[関連記事]孤高の「偽」ドキュメンタリー作家、ピーター・ワトキンス
◎[動画]"The War Game" - directed by Peter Watkins - Excerpt 1 of 2

すごく長い手紙で、今どういうことが起きているかが書かれていた。メディアがいかに統制を受けているか、どんな風に動かされているか、みんなに知らされる情報すべてが、いかに操作されているか。

彼はそれをはっきりと、何時間もかけて膨大な枚数に書いてきた。そして最後に「あなたならこういう状況をどうしますか」って。

彼が言うには「あなたのような立場、我々のような立場にいる人間には特に」、つまり彼が映画監督だからね…、「メディアを世界平和のために利用する責任があるはずだ」。

僕らはこの手紙を前にして3週間ずっと考えてた。そのあとで僕らは「ベッドイン」を思いついた。召集令状が来て、3週間どうしたらいいか考えて、ベッドインをやったんだ。



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◎1970年7月ロンドン PRESS CONFERENCE


Q:アンダーグラウンドは唯一の文化的革命でしたが、それでも世間に広まってみると、ウォール街の連中よりもさらにひどい人間たちの集まりでしたね。

フラワー・パワーとそっくりだよ。メッセージは正しかった。「戦争はやめて愛しあおう」…。でもそれがインチキに取り込まれてしまったんだ。でもメッセージは復活するんだよ。ある思想を広めた人間が、なにかまた新しいことを思いつくんだ。

半年のあいだ平和を流行させることができれば、継続していくだけのエネルギーが出てくるんだ。最初のフラワーパワー世代が今でも同じことを言ってるみたいにさ。。。問題は解決していないんだ。そういうメッセージを全部また呼び戻さなきゃいけない。なにひとつ、たいして変わっちゃいないんだ。

Q:ニュースの対象になることが、あなたが使える手段としてもっとも優れたものだと思いますか? つまり、アルバムを作ることや映画を作ることよりも。

僕らはその全部をやってるよ。ニュースになるような平和運動をやっていこうと思うし、それに曲や映画を作る元気がなくなってきたわけでもない。だから、すべてをやってるのさ。(中略)僕らのためにドアを開けてくれる人たちに会って、意見を交換して、何年もの経験や、味わったハイな状態を語り合い、エネルギーを高め合い、自分たちを見せあう。そして新しい知識を得て、さらに進んでいくんだ。

Q:そして、くぐり抜けたあとのドアを開けておくのも … 。

それが歴史の法則なんだろう。前に進むときには、必ずなにか後ろに残しておくこと。「人になにかを成せ」ってやつだ。なにかを見つけたら、それを次の子孫に渡して、自分は先に進まなきゃいけない。

(1969年から1970年までのインタヴュー終了)

(註1)

女王陛下殿、私は、英国のナイジェリア・ビアフラ問題への介入、ベトナムにおけるアメリカ支持、そして『コールド・ターキー』がチャートから滑り落ちたことに抗議し、MBE勲章を返還します。
愛を込めて、ジョン・レノン
1969年11月25日 

Your Majesty, I am returning my MBE in protest against Britain's involvement in the Nigeria-Biafra thing, against our support of America in Vietnam and against Cold Turkey slipping down in the charts.  
With love, John Lennon
November 25, 1969

◎大英帝国勲章(Wikipedia)

☆「ジョン・レノン Part 5」 に続く

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by yomodalite | 2012-10-25 09:41 | マイケルと神について | Trackback | Comments(8)
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(こちらは、マイケル・ジャクソンの蔵書として確認されている本です)


マイブームが止まらないマーロン・ブランドなんですが、自伝も読んでしまいました。本書の伴奏者である「ニューヨーク・タイムズ」記者で、レーガン元大統領の自伝の著者でもある、ロバート・リンゼイによる「はじめに」から、省略して引用します。

私の人生に関する本を書いてほしいと、マーロン・ブランドはもちかけた。これまで、わたしの愛する者たちがひどく中傷されてきたと思う、と彼は言った。数日後、ぼくはビバリーヒルズ、マルホランド通り沿いの、鍵がかかった門の前にいた。(中略)

最初の訪問の後、ぼくは何度もマルホランド通りの家を訪ねた。ぼくとマーロン・ブランドは仲のいい友人になった。奇妙な組合せだ。ぼくは平凡な人生を歩んできた一介のジャーナリストで、1人の女性と30年以上にわたる結婚生活を送っている。『ニューヨーク・タイムズ』のロスアンジェルス在住記者として働くうちに、多くの映画スタアをむしばむ軽薄で自己中心的なうぬぼれや幼稚さをこころから軽蔑するようになっていた。いっぽうマーロン・ブランドは型破りで、世間と孤絶した映画スタア。50年も有名人として生きてきたのに、いまだにプレス嫌いを通している。何百人もの女性と関係をもちながら、そのうちの誰1人とも「二分間以上いっしょにいたことはない」と言ってのける人物なのだ。


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会って二十分もしないうちに、マーロン・ブランドはぼくの靴をぬがせ、ベルトをゆるめると、指に電気反応の測定器を巻き付けた。彼はよく相手に質問をして、機械に出た反応を見ながら、人物考査をするのだそうだ。面食らった。最初の出会いで、ぼくはマーロン・ブランドがこれまでに会った誰よりも好奇心をそそる男だと感じた。(中略)

彼はどんなことにでも興味をしめし、とても博学だった。物理学からシェークスピア、哲学、チェス、宗教、音楽、化学、遺伝子学、スカトロジー、心理学に靴造りと、自分が話題にするすべての事柄に精通していた。(中略)

結局ぼくは、最初に彼がもちかけた話題で本を書くことはなかった。マーロン・ブランド自身が変わりはじめたからだ。彼は、ぼくに、あまり極端なものの見方はしないようになった、もう敵に復讐する気がないんだと言った。

ぼくについての好奇心の旺盛さもさることながら、マーロンは自分の内面や経験、欠点に関しても非常にオープンだった。当初ぼくはこの率直さを疑いの目で見ていたが、彼を深く知るようになるにしたがい、それが見せかけでないことがわかってきた。はじめマーロンは、自伝を書く気などさらさらないと言っていた。映画スタアに対する大衆の飽くなき好奇心を満たすために自分の心中をさらけだすなんて愚かだし下品だというわけである。

しかし時がたち、彼の他の面が変化するにつれ、人生を語ることに関する考え方も変わってきた。「私の人生を記録することにも有益な面がある」と自分に言い聞かせたと、マーロンはぼくに語り、ランダムハウス社から自伝を出す準備にかかった。

だが、それから二年たっても、執筆は一向に進んでいなかった。本格的な自伝を書くほど自分にはエモーショナルな蓄積がない、力を貸してくれないか、とマーロンはぼくに言った。最初ぼくはことわった、ジャーナリストが友人と仕事上の付き合いをするのは、客観性を保てないから賢明でないのだ。

しかし彼はこう約束した。隠し事は一切しない。なんでも腹蔵なく話すし、結婚生活と子供たち以外のことなら、きみの質問にはすべて答えると。マーロンはこの約束を守った。頼みを承諾したぼくは、彼との会話を書きとめ、テープに記録することにした。話は何日にも、何週間にもわたった。

自分の人生を語るつもりなら映画での体験も話してくれなきゃ困るよ、とぼくは言った。マーロンはしぶしぶ承知した。この態度は終始変わらなかった。だが、こと子供や前の妻たちに関しては頑として認めなかった。悪趣味だからというのが彼の言い分だった。

(後略。引用終了)

このあと、図書館で、第一章を数ページ読んで、これは「買わなきゃ」と思いました。本書は、めったにないレベルの面白い「自伝」です。

(ブランドが出演映画について、語っている部分が非常に興味深いので、ある程度、彼の映画を観た後の方が、より楽しめると思います)

「姉のティディとフラニー、G・L・ハリングトン、クライド・ウォリアー、ボビー・ハットン、および子供たちにこの本を捧げる ー 彼らが私を育んだ」(冒頭のブランドの言葉)

G・L・ハリングトンは、ブランドのかかりつけの精神分析医、クライド・ウォリアーは、アメリカインディアンの民族運動家、ボビー・ハットンは、17歳で射殺されたブラック・パンサー党員、

また、ブランドには、最初の妻との間に4人、次の妻との間に3人、母親未確認の子供が8人、1958年から1994年生まれまでの合計15人の子供と、子供より年上の孫もいて、最初の妻との間の初めての子供(Christian)と、2番目の妻との間の長女(Cheyenne)を亡くしています。

参考:「Marlon Brando's Family」「TUKI Brando」

結婚生活と子供たちのことまで語られていたら、とても読み切れなかったでしょう。

でも、そのかわりというか、夜ごとに別の女を...というプレイボーイ伝説は、かなりサービス精神満載で語られていて、その中には、マリリン・モンローなどの有名女優も含まれていますが(ブランドは、モンローの死の直前も彼女と電話で話したと証言しています)、そうではない方の語り口に、彼の人間的魅力が詰まっていると思いました。

わたしは、これまで、ミュージシャンや、コメディアンいった人と比べると「俳優」を尊敬したり、好きになったりする気持ちが低かったせいもあり、どうしてこんなに、マーロン・ブランドという人に惹かれてしまったのか、少し不思議だったのですが、この本を読んでいるうちに、ブランドに強烈に惹かれたのは、至極当然だったことが、よくわかりました。

彼が関わった傑作に、上手い役者としてだけでなく、脚本書きも含めて、相当深く関わって完成されていることは、決して自慢話ではなく、真実だと作品を観て感じましたし、俳優の仕事以上に、力を注いだ「運動」の実体、挫折、失敗も、満たされない心の問題と、どう向き合い、克服して行ったかも、

彼の輝かしい歴史と失敗の数々が、本当に率直に語られているのですが、そのすべてが、ブランド個人だけでなく、アメリカの歴史に深く重なっていて、読む人の折々と、人生経験に比例して、本書のタイトルの深みも感じられるのではないでしょうか。

やはり、彼以上の「偉大な俳優」はいないと思いました。

◎母が教えてくれた歌―マーロン・ブランド自伝(アマゾン・リンク)
◎Brando : Songs My Mother Taught Me(原書:米国アマゾン)

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[BOOKデータベース]アル中だった両親への愛憎。M・モンローなど数限りない女たちとの情事。精神分析医に頼った日々。自分を許すことで初めて自由を得た今、戦後アメリカ史を体現する今世紀最後の名優が、ついに明かした軌跡のすべて。異端者のように孤独に、少年のように純粋に語られた魂の葛藤と安息。角川書店 (1995/07)


MJについて

(残念ながら本書は、ブランドが70歳の1994年に出版されているので『You Rock My Would』のことには、触れられておらず、MJに関しては、P226に

もちろん、神話化は芸能人や政治家にかぎったことではない。私たちはまわりの友人や敵に関しても神話を創りあげてしまう。どうしようもないのだ。マイケル・ジャクソンだろうが、リチャード・ニクソンだろうが、私たちは本能的に弁護にまわる。自分たちの神話を傷つけたくないからだ。

という記述があるのみでした。

若いころから、よりよい世界を創り上げる責任を感じ、愛と善意と前向きの行動には不正や偏見、侵略、虐殺を阻止する力があると信じ、行動してきたブランドは「終章」で、

私はもはや、自分が世界を救う使命をもっているとは思っていない。そんなことはできないと納得したのである(中略)私の考えが変わりはじめたのはインドで飢餓に関する映画を撮った頃からだ。(中略)

金の力も信仰心も政治革命も、いや知識の力をもってしても、人間の動物的本性を変えることはできない。これまでに、人間を改善できたものは何もないのだ。私は、何百万ドルという金を人々のために提供してきた。しかし結局、その金は私の思うようには役に立たなかったのだと、今になって痛感している。


とあるのですが、ブランドが、MJの「Heal the World財団」のスタートに寄付を行ったのは、この本が出版される少し前でした。34歳も年下の友人を、ブランドがどのように感じ、接していたのかには、ますます興味が募りますが、わたしには、ブランドが、その晩年の多くを、MJの住居「ネバーランド」で過ごしていたことなど、彼が、MJに「癒されていた」ように感じ、MJの2002年のスピーチ、

「わたしが子どもたちを本当にいやせると考えているとお思いですか? ー わたしはもちろん、そう思っています。そうでなければ、今晩ここに来ていないでしょう。すべては許すことからはじまるのです。世界をいやすためには、まず自分自身をいやさなくてはならないからです」

についても、若い頃から本当に先人に学んで、慎重に考えられてきたもので、むしろ、ブランドより、一貫して「リアリスト」であったことも、ますます確信してしまいました。


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by yomodalite | 2011-07-05 13:52 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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