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☆[2]の続き

ソニー社内の権力闘争という側面については、下記に詳しく書かれています。

http://homepage3.nifty.com/mana/michael-world7.html

上記は、『ソニー:ドリームキッズの伝説』にインスパイアされた素晴らしい記事ですが、実際の本の中で、マイケルに言及した部分は極わずかということもあって、
少しだけ異論というか、解釈を加えたいと思うのですが、

まず、私は、マイケルにとって関係のないソニー内の権力闘争によって、彼が犠牲になってきた。とは考えません。

私を含め、ほとんどのファンは、MJのような「KING」ではないので、大きなものに巻かれたり、その犠牲になるような経験しかないため、つい、大好きなマイケルのことも、自分と同じように弱い立場として想像しがちなのですが、

「スリラー」で始まった彼の物語は、「バッド」で「デンジャラス」な「ヒストリー」を創りあげ、これ以上ない「インヴィンシブル」な男だったことを、ファンはもっとも忘れてはいけないのではないでしょうか。

「オフ・ザ・ウォール」を続けるということは、常に戦いに勝利するということです。

80年代のイエトニコフ時代のCBSレコードはソニー最大の稼ぎ頭で、90年代のモトーラ時代の音楽部門は、映画部門と並んで、ソニー全体にとって、むしろ「赤字部門」だった。ということは重要な指摘なんですが、歴代トップと、モトーラとの最大の違いは、

モトーラが、マイケルに並ぶほど収益をあげたマライアを育てたことです。


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それまで、なんだかんだ、マイケル頼みだったこれまでの社長と違い、自分自身もアーティストの経験があるモトーラは、プロデュース能力によって、次々にスターを生み出し、マライアを90年代には、MJを凌ぐほどのドル箱に成長させました。マライアにとって「耐えられないほどの干渉」は、裏を返せば、それほど、きめ細やかな指導だったとも言えます。

彼は財務のプロフェッショナルというよりは、むしろ、音楽業界を知り尽くした、現場の叩き上げとして、社長の座を射止めたわけです。

音楽産業は転換期をむかえ、全米のラジオ局は、クリアチャンネルが独占するようになり、それぞれのDJが音楽を選曲して放送する時代は終わり、流通も変化しました。ニューズ・コーポレーションに代表されるメディア・コングロマリットは、5大ネットワークをゴシップ雑誌と同じ水準に引き下げ、彼らは、マイケルの驚異的な知名度をビッグビジネスに転化しましたが、レコード会社にとってはそうではなかった。

ますます売れなくなる音楽業界で、放っておいても売れるアーティストにお金を使わせるよりも、新人のプロモーションにお金をつかう方が、新たな収入源につながることは、誰が考えても明白で、それは、モトーラ個人の考えというよりは、レコード会社だけでなく、多くのビジネス現場で正しいと判断される考え方で、私たちが働く会社でも、ビジネス論理は同じようなものです。

マイケルが、他のアーティストと比べて、待遇面であまりにも恵まれていたことは否定できず、90年代、数々のスキャンダルに見舞われ、ブランド価値に陰りが差したマイケルに物が言えるのは、当時マイケルと同じぐらい稼いでいたマライアの生みの親であるモトーラだけ。。

病床にあった盛田会長だけでなく、当時のソニーは、映画産業への壁に阻まれ、デジタル化への変化の中でもがき続けている最中で、マイケルと同様のマインドを持ち続けたくても出来ない状況でした。


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赤字に転落していた音楽部門を立て直すために、モトーラに期待されたことは、アーティストを今まで以上に「売る」ことだったでしょう。元々ミュージシャンで、敏腕プロデューサーだったモトーラは、これまで成功したアーティストの方法論も、彼らの音楽についても、アーティストが売れたいと思う気持ちも理解できたと思います。

売れるためにはどうすればいいか。日々そのことを考えていたモトーラは、これまでの社長よりも、マイケルのアルバム製作にしても、宣伝活動にしても、現実的な目線で見ていたでしょう。想像でしかありませんが、マイケルの90年代の売上げに匹敵するほど、マライアを売った男は、それまでの社長よりもマイケルに具体的な指示をしがちだったと思います。

そういった意味において、MJにとって、モトーラは、歴代社長の中でもっとも「ウザい」相手だったのでしょう。

成功に導いた実の父親や、ベリー・ゴーディ、クインシー・ジョーンズといった人々でさえ、自分のやり方を通すために別離し、有能なマネージャーのディレオ、ソニーウォーズでも切り札になった版権取得を可能にしたジョン・ブランカでさえも、首にしてきたマイケルは、自分に指図するような相手と長くつきあうことはしません。

マイケルの業績として、彼が新しい音楽ビジネスを開拓したということがよく語られています。新たなビジネスモデルを創るということは、経済分野においては、彼の音楽よりも評価されることですが、それは、そのモデルによって、他の人にも恩恵が与えられるからです。

2015年の音楽業界でも「MJフォロワー」は数えきれないでしょう。

『MJ Tapes』の中で、マイケルは、マドンナのことをあまり良く語っていない理由のひとつは、自分の真似をすることで、自分に近い地位まで獲得した彼女に、自分とはまったく違う精神を感じるからだと思います。その感覚は複雑だと思いますが、

あえて、ひとことで表すとすれば、「PHONEY(偽物)」ではないでしょうか。


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私たちが、心の底から「本物」だと思うアーティストは、素晴らしいものの中にも、「偽物」を感じるような鋭敏な感覚を、永遠に持ち続けることで、真の「本物」になったのだと思います。

マイケルは、マライアの才能を認め、高く評価していますが、それは、彼女がマドンナと違って、自分のライヴァルにはならないということもあったでしょう。でも、社長として、売上げベースで比較すれば、ふたりのアーティストの価値は拮抗していて、モトーラは、その一方を創ったという意識で、マイケルに接したはずです。

「KING OF POP」のみならず、「KING OF MUSIC」であるマイケルがそれをどう感じたか、どんな山よりも高い、MJのプライドを知るファンとしては、彼が「イラっ」とする感じが想像できるんじゃないでしょうか。

「KING OF MUSIC」である自分の想像の翼をすぼめることは、「音楽を殺すこと」と同じだと、マイケルが考えても、彼のファンなら、ただの傲慢だとは思わないでしょう。彼のような音楽を創り上げるには、それぐらいの妥協のなさと同時に、ビジネス論理にも打ち勝つことが必要でした。

米国の一流企業のトップにとって、女性蔑視的な行動や、人種差別的発言を公表されることは完全に「OUT」です。SONYのようなコンシューマー企業は特にそうです。

マライアから、最初にモトーラについて相談を持ちかけられたときから、MJが内心ほくそ笑み、マライアを移籍に誘導していった。とまでは言いませんが(あ、口がすべったw)、ソニーから移籍したマライアから、モトーラの罪状を聞いたとき、小さくガッツポーズするMJが、どうしても私には見えてしまいます(妄想ですw)。

会社に莫大な利益をあげたアーティストを育てたことで得た地位は、彼女に去られたことで、危うくもなっていました。モトーラのマライアに対しての監視や盗聴行為は、ライバル会社に移籍した元妻が自分の立場を悪くすることへの防御の意味合いもあったでしょう。

マライアの口からそれを聞き出したとき、それは、MJにとって、「時はきた。」という瞬間ではなかったでしょうか(またまた妄想w)。

当初のインタヴューで答えていたように、MJのソニー攻撃は、モトーラ下しの手段という側面が大きかった。

ただ、MJの心の中では、結局、そのふたつへの怒りは、同じものとして、燃え上がっていったのだと思います。


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by yomodalite | 2015-01-21 06:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(10)
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☆[1]の続き

ソニーへの抗議で、MJが主張したと言われているのは、

1. 所有する版権を奪うために、アルバム『インヴィンシブル』のプロモーションを積極的に行わなかった。

2. ソニー・ミュージックの社長、トミー・モトーラの人種差別や、元妻(マライア・キャリー)への監視・盗聴などの行為

当初のインタヴューでは、マイケルは「モトーラに怒っているんであって、ソニー全体ではない」と言っていたものの、デモでは、「STOP CRIMINAL MOTTLA(犯罪行為を止めろ、モトーラ)」「GO BACK TO HELL MOTTOLA!!(地獄へ帰れ、モトーラ!)」以上に、「SONY IS PHONEY(いんちきソニー)」「SONY SUCKS(くそったれソニー)」「SONY KILLS MUSIC(ソニーは音楽を殺す)」といったプラカードを挙げているマイケルの姿が目立った。(プラカードはファンが用意したもの)




マライア・キャリーは、CBSレコード(現:ソニーミュージックエンタテイメント)の社長だったトミー・モトーラに見いだされ、1990年にデビュー。1993年にはモトーラと結婚し、1999年を最後にソニー・ミュージックを離れるまで、会社に1000億円を超える利益を与えたと言われるほどの成功を納めた。敏腕音楽プロデューサーだったモトーラが、彼女を成功に導いたことは間違いないものの、私生活と仕事の両面で厳しい干渉を受け続けたマライアは、ついにそれに耐えられなくなり、1998年に離婚。ヴァージンレコードに移籍する。


西寺郷太氏の『新しいマイケル・ジャクソンの教科書』には、

モトーラが元妻のマライアと別離後にした仕打ち、『インヴィンシブル』からほとんどシングルカットがされず、ショートフィルムが作られなかったこと、マイケルの呼びかけにより、21世紀の「ウィー・アー・ザ・ワールド」とも呼ばれた『ホワット・モア・キャン・アイ・ギブ?』のリリースをなぜかソニーが拒み続けたことは、未だに不可解であり、ふたりの個人的感情のもつれとしか思えない。


と書かれています。ふたりの間に感情のもつれがなかったとは言えないでしょう。ただ、『ホワット・モア・キャン・アイ・ギブ?』は、自然災害の被害者や、飢餓を救うためだけのチャリティ・ソングとは違っていました。


(下記は歌詞からの抜粋)

How many people will have to die before we will take a stand?

どれだけの人が死んだら、僕たちは立ち上がるんだろう?


How many children will have to cry, before we do all we can?

どれだけの子どもが泣いたら、手を尽くすというのだろう?


If sending your love is all you can give to help one live

人が生きるのを助けるために、愛を与えることができていたら


How many times can we turn our heads and pretend we cannot see

僕たちは、何度顔を背け、見て見ぬ振りをするのだろう?


See, then why do they keep teaching us such hate and cruelty?

よく見て欲しい、なぜ彼らは、私たちに憎しみや残虐を教えようとするのか?


We should give over and over again

僕たちは、何度でも与えよう


What have I got that I can give?

他に何かできる?


We should give over and over again!

僕たちは、何度でも、何度でも、愛を与えるべきなんだ


(yomodalite訳)


◎[参考記事]“What More Can I Give”が歌われる前に行われたスピーチ





日本語字幕 “What More Can I Give”

(私訳とは少し異なりますが)




911を憶えている人なら、あの頃、アメリカ中が戦闘態勢になり、国中に星条旗があふれ、イラク戦争への道に突き進んでいったことを憶えているでしょう。当時は、「イマジン」も放送禁止になり、人々の平和を求める声は抑えられ、戦うことを強いた時代でした。


それぞれ別レーベルのアーティストが参加したこの曲のリリースは、各レコード会社が、その壁を越えて、力をあわせなくてはならない事業でしたが、アフリカやハイチの支援活動と異なり、この時代の米国で「ひとつになること」を求められたのは「テロとの戦い」の方。


“What More Can I Give” は、同時多発テロ事件で傷ついた人々に手を差し伸べるだけでなく、その憎しみを利用して、戦争を起こそうとする政府に反した内容で、お金集めを目的とするチャリティ・ソングを越えたものでした。


モトーラでなくても、そしてSONY以外のレコード会社でも、“What More Can I Give” のリリースには、積極的になれなかったのではないでしょうか。


☆ソニーウォーズの意味について[3]に続く



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by yomodalite | 2015-01-20 06:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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正月三が日を明けた頃、尊敬するある先生から、

「私はPHONEY(偽物)が嫌いなんです」

という言葉を聞いて、私の頭の中は、SONYへの抗議行動を起こしたときのマイケルの姿でいっぱいになり、そのあと、その先生と同年代である吉本隆明のNHKの番組「戦後史証言」を見て、

SONYという会社が2000年以降のMJの活動を妨げ、その他諸々、彼への陰謀に関わっていたという論調に違和感を感じていた理由のひとつは、偏向する報道の視聴者であり、利潤を追求するために働いている「私たち」が抜けていたからだと思いました。

大衆の原像を忘却し、この原像から、思想が孤立することは恥辱である。大衆の思想は、世界性という基盤をもっているのだ。ー 吉本隆明「情況とはなにか」

大衆の原像とは、今のありのままの大衆ではなくて、大衆の理想化されたイメージであり、それを正しさの基準としなければならないのだと。

MJが背負った「KING OF POP」の「POP(大衆)」にも、それと同じようなものを感じる。

番組では、吉本隆明に影響をうけた人々だけでなく、同時代のさまざまな論客による彼への異論も紹介されていて、それぞれの人がもつ「正しさ」のものさしのようなものも見えたけど、「思想家」として、時代を超えるものと、そうではないものとの違いも、少しだけ見えたような・・

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そんなことを考えつつ、久しぶりに西寺郷太氏の『マイケル・ジャクソン』を見てみたら、

人生を危険にさらせ ー『悦ばしき知識』

という、ニーチェの言葉が冒頭にあって、西寺氏がどんなきもちでそれを引用されたのかはわからないけど、なにか同じものを感じて嬉しくなった。マイケルは、ほとんど語らなかったし、むずかしい言葉も絶対につかわなかったけど、彼のことを考えようとすると、偉大な思想家の力を借りなくては説明の出来ないことがいっぱいある。というか、MJの持っていた何かが、それまでは何を言っているのかわからなかった言葉の中から、それを発見させたり、ゴミ箱に入れてもいいものも教えてくれる。

若いときに「本物をいっぱい見ろ」とよく言われたけど、何が「本物」なのかよくわからなかった。でも、一度でも「本物」に出会えると、芋づる式に「本物」に出会うこともできれば、素晴らしく見えるものの中に偽物があることにも気づく。

偽物は、借り物の言葉で出来ているけど、本物は、それを表す言葉がないことに気づかされて、言葉を失わせられる。それで、自分の無知を知ることができるのだ。

MJのことを考えていると、いつも言葉を失って、誰かが、彼について語っている、その言葉にも納得ができない(そんな経験をみんなもしてるよね?)。

そんなことを考えていたら、childspirits先生から電話がかかってきた。

C:お正月に『THIS IS IT』をコマ送りで見て、どうだった?


Y:私って、すっごい俳優だなって思うと、コマ送りで見るの好きじゃん? でもさ、『THIS IS IT』をこれだけ何度も見てるのに、まだやったことなかったのね。なんか、怖かったんだよねw、うっかりすると、なんだか恐ろしいものが見えそうでさ、そーゆーことよくあるじゃん、マイケルの場合w。でもね、だいじょうぶだった。もうね、どこで止めてもすっごく絵になってた!


C:娘がまだこどもの頃に、「スリラー」を見せたことがあったんだけど、それからしばらくして、「You Are Not Alone」を見て、すごくショックを受けてた。あの「スリラー」の人がこんな風になったんだって。


Y:リアルタイムで彼の変化を見てるときは、あれでも、充分ショックだったし、基本的にいつもショックを受けてたような気がするw「Blood On The Dance Floor」だって、今は死ぬほど好きだけど、昔あれを見たときの怖さは、未だに忘れられないし、あらゆる映像の中でも一番トラウマになった映像は「You Rock My World」のような気がするしw。。。あのね、今「ソニーウォーズ」のこと考えてて、それで、「Threatened」の歌詞も翻訳しようと思って読んでて、それで、あらためて怖いなぁって思ってたところだったんだ。ホント、マイケルってハンパなく恐ろしいよね。怒ってる神々って多いからかなぁ・・・




彼の怖さについては、まだよくわからないけど、「ソニーウォーズ」のときの、今までに見たことないような行動。あのときのMJは何に怒っていたんだろう?

SONYは、アップル設立前のスティーブ・ジョブズが憧れるほど輝いていた会社でありながら、一般的な米国人にとっては、自国の衰退を感じさせた外国企業の代表として、それまでも、職を奪われた人々による抗議のはけ口として常にニュースにされやすい会社で、単純な陰謀論を信じやすいファンにとって、うってつけの企業だった。

それまでのMJは、SONYから、その革新性の象徴のように扱われていて、彼が抗議した、レコード会社がアーティストから搾取しているという主張は、SONYという会社の固有の資質ではなく、むしろ、SONYのマイケルへの投資は、他と比較すれば異例で、MJがどんなに売れたからといって、他の会社だったらこれほど自由にできたとも思えなかった。

『HIStory』が、巨額の広告費を投じた割には売れなかった後の『Invincible』までの6年という長い歳月は、レコード会社としては我慢の限界を遥かにこえていて、MJがアーティストとして、彼らからの催促をかわし続けたことは流石としか言いようがないけど、SONY本体が映画部門の失敗で苦しむ中、売り上げ不振だったレコード部門の縮小は止む終えないもので、当時、MJが得意としていた華やかな宣伝は、消費者にも好まれなくなっていた。


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そんな状況の中でも、相変わらず巨額な費用をかけたビデオを製作し、それが1本しか創れなかったから、会社が「Invincible」を売ることを妨害したとか、マライア・キャリーの訴えを100%信用し、トミー・モトーラを「悪魔」呼ばわりするなんて、

「僕は人を憎むことは決して教えない」

と言っていたことに反してないだろうか。SONYとの契約の中には知られていないことも多くあるのだと思いますが、これまで見聞きしたものの中には、真実の光を放つものはなく、長い時間をかけて創った素晴らしいアルバムに対して、不当なほど酷い評価を下したメディアや批評家に憤慨するのならわかるけど、

すでに、知らない人が誰もいないほど有名になったアーティストが、広告が足らないことへの不満から、所属レコード会社に対して派手な抗議をするなんて、円熟したアーティストの行動とは思えないし、トミー・モトーラは、MJが「悪魔」と呼ぶには小さ過ぎる相手ではないか。長くエンタメ業界で過ごしてきた彼なら、モトーラ程度の「悪魔」なら、何度も遭遇してきたはず。。

『インヴィンシブル』が発売になったのは、同時多発テロと同じ2001年。抗議行動は、その翌年、ブッシュ大統領が「悪の枢軸」発言をした2002年。そのとき、マイケルには、もっと他に言うべき言葉があったのではないか。

私はずっとあのときのMJのことがわからなかった。


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by yomodalite | 2015-01-18 20:27 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)

和訳 “Shout”

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kumaさんから “Shout”のカッコいい和訳をいただきました!

ご存知のように、この曲は『インヴィンシブル』に収録予定でしたが、リリース直前に『You Are My Life』に差替えになり、シングル『Cly』のカップリングとして発表された曲なんですけど、今、聴いても新鮮で、とても13年も前の曲だなんて思えないどころか、

メッセージとしては、まさに「今」かも。。





“Shout”
Written : Michael Jackson / Teddy Riley / C. Forbes / R. Hamilton / S. Hoskins / Carmen Lampson


This is not your ordinary record.
Record. R-r-record. Hit it! Wow, wow!

(DJの声)君が今までやったことなかったやつ
やってみようぜ、ワォーー!

Ignorance of people purchasing diamonds and necklaces
And barely able to keep the payments upon their lessons
And enrolled in a class and don't know who the professor is
How low people go for the dough and make a mess of this

ダイアモンドやネックレスを買いながら
学ぶことには金を出せない人々の無知
自分がとっている授業の教授が誰だか知りもしない
どれだけ金を追い求め、堕落すれば気が済むんだ

Kids are murdering kids for the fun of it
Instead of using their mind or their fist they put a gun in it
Wanna be part of a clique don't know who's running it
Tragedy on top of tragedy you know it's killing me

子供が子供を面白半分に殺す
心も拳も使わず、銃でケンカにカタをつける
誰が仕切っているのかもわからないグループに入りたがり
悲劇の上にまた悲劇、もう耐えられないんだ、わかるだろう

So many people in agony this shouldn't have to be
Too busy focusing on ourselves and not His Majesty
There has to be some type of change for this day and age
We gotta rearrange and flip the page

数え切れない人々が、理由なく苦しめられている
みんな自分のことで手一杯で、崇高なことなど考えない
この時代、この時こそ、何かを変えなきゃいけない
やり直すんだ、新しいページをめくるんだ

Living encased like animals and cannibals
Eating each other alive just to survive the nine to five
Every single day is trouble while we struggle and strive
Peace of mind is so hard to find

檻に入れられ、共食いする獣のように
9時から5時まで、ただ生き延びるため互いに食い合う
どんなに必死にもがいても、日々問題は増すばかり
心の平安なんて夢のまた夢

I wanna shout
Throw my hands up and shout
What's this madness all about
All this makes me wanna shout
Ya know it makes me wanna shout
C'mon now

叫びたい
両手を挙げて叫びたくなるんだ
こんなの正気の沙汰じゃない
すべてに叫びたくなる
叫びたくなるんだ
もういいかげんにしろって

Problems, complications, and accusations
Dividing the nations and races of empty faces
A war is taking place
No substitution for restitution
The only solution for peace is increasing the height of your spirituality

問題がおこり、混乱し、そして他人を非難する
国が人種が分断されても、みんな知らん顔
他に手立てが無いかのように、戦争が起きる
平和のための唯一の解決策は、自分の精神を高めることだけだ

Masses of minds are shrouded, clouded visions
Deceptions and indecision no faith or religion
How we're living
The clock is ticking, the end is coming, they'll be no warning
But will we live to see the dawn

人々の心は先の見えない不安に包まれている
欺瞞と優柔不断、信念も信仰も無い
そんな中で僕らは生きている
時計の針は刻々と進み、終わりは近づく、警告もなく
それでも僕らは生きて、夜明けを見なきゃいけない

How can we preach when all we make this world to be
Is a living hell torturing our minds
We all must unite to turn darkness to light
And the love in our hearts will shine

どうやって伝えればいい
自ら創り出した生き地獄で、みんな心を切り刻まれている時に
ひとつになって暗闇を光に変えるのだ、と
そして内なる愛の気持ちを輝かせるのだ、と

We're disconnected from love we're disrespecting each other
Whatever happened to protecting each other
Poisoned your body and your soul for a minute of pleasure
But the damage that you've done is gonna last forever

僕らは愛から切り離され、互いをけなし合っている
何が起ころうと、互いを守り合うべきなのに
一瞬の快楽のために、体にも心にも毒を入れるけど
犯したことの災いは、永遠に消えない

Babies being born in the world already drug addicted and afflicted
Family values are contradicted
Ashes to ashes and dust to dust(*)
Pressure is building and I've had enough

クスリ漬けになった世の中に、赤ん坊が生まれてきても
家族の価値は否定されてる
灰は灰に、塵は塵に(*)
やらされることばかりが増えるのは、もうたくさんだ

I wanna shout
Throw my hands up and shout
What's this madness all about
All this makes me wanna shout
Ya know it makes me wanna shout
C'mon now

叫びたい
両手を挙げて叫びたくなるんだ
こんなの正気の沙汰じゃない
すべてに叫びたくなる
叫びたくなるんだ
もういいかげんにしろって

(訳:kuma)


(*)埋葬の際に神父(または牧師)が唱える決まり文句。

土は土に、灰は灰に、塵は塵に(earth to earth; ashes to ashes, dust to dust)。
原典は、旧約聖書「創世記」3章19節「お前は顔に汗を流してパンを得る/土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る」。アダムとイブが楽園から追放されるとき、神がアダムに対して語りかける言葉。アダムは元々神が土から作ったため、アダムが死ねば土に還るという背景が暗示されている。


☆元になったと言われている
アイズレーブラザースの「Shout」




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by yomodalite | 2014-12-10 00:00 | ☆マイケルの言葉 | Trackback | Comments(0)
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☆[2]の続き

私が今更ながら、この本に興味を持ったのは、本書の文章をじっくり読んだうえで、MJ自身が選んだ4枚の写真と、それ以外の写真を比較してよく見てみたかったからですが、撮影時の「物語」は、かつて、広告業界の末端にいた者として、23歳でこのプロジェクトに参加したアルノ・バニの気持ちが、手に取るようにわかるような気がして興奮してしまいました。

専属メイクのひとの「ツイート」では、この撮影はジャケット撮影ではなく「It was just an experimental photo shoot. 」と言っていたり、青い目は何を表現しているのか?という質問にも「It did not represent anything.」と非常にそっけなかったので、

本書がこれらの写真を「ジャケット用の撮影だった」と言っていても、オークション用に「盛った表現」の可能性も疑っていたんですが、

撮影前の長い準備期間、レコード会社幹部も含めたミーティングを何度も行ない、最終的な撮影現場には、それまでの制作スタッフも撮影に同行していることから、これが「ジャケット用の撮影」だったことは間違いないし、専属メイクのひとも、バニとの撮影は、ワトソンよりも前だったと言っていて、バニも、この撮影は7月の初めだと言っているので

「7月3日~4日、マイケルはニューアルバムのため、パリ郊外のスタジオ内でほとんどの時間を費やし、7月3日にはニューアルバムのジャケット用写真の撮影をしました」

という[Legend of MOONWALK 99年8月5日発行分]の記述も、バニとの撮影のようですね。

ただ、ポーズをとっているのではなく、撮影のために想像力あふれる「ストーリー」を組み立てて挑んだ撮影に対し、自分が参加していないからといって「It did not represent anything.」と言ってしまうメイクのひとは、専属美容師として、個人に雇われている期間が長過ぎて、クリエーターとして作品を創造する人の気持ちがわからなくなっているのでしょう。

バニは、自分が出来たことを誇りに思うと同時に、出来なかったことを残念に思っているけど、自分のメイクが採用されなかったのは「会社のせい」としか思っていない彼女は、永年、MJの好みを知り尽くしてきたから、そう思ってしまうのでしょうか。

彼女には、ロンドンのデモで、社長をクビにするほどの力がありながら、どーして「ジャケット」を自分で選ぶくらいのことが出来なかったのか? という疑問を、まずは感じて欲しい。。でも、

彼女も、『THIS IS IT』にわだかまりがある人も、

人が生きている。ということが一番重要だと考えているひとが多いからなのかなぁ。。。

そういった「死生観」の違いで「真相」の見え方は異なりますからね。。


わたしは、死ぬよりツラいことや、生きるよりも大切なことは、たくさんあると思ってます。

この写真が、アルノ・バニの元に戻った経緯に関しては、本書でも詳しい説明がなく「マイケル・ジャクソンは怖れも遠慮もなく、その写真をアルバムに使わずにアルノの手に戻そうと決心し」た経緯についてもこれ以上は書かれていないけど、あの、ヘルンヴァインにさえ、1枚しか「作品」として認めていないMJが、時限装置つきとはいえ、4枚も作品とすることを認めている…

その理由を、私なりに想像すると、

ヘルンヴァインの写真が、当時の「マイケル・ジャクソン」の肖像写真であるのに対し、バニには、フォトグラフィストとしての能力で、今後の「マイケル・ジャクソン」を描いてもらいたいという要望があったからでしょう。

MJセレクトの4枚は、


L' CEIL BLEU《片目にブルーのメイクをしたマイケル・ジャクソン》
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FOND ROUGE《深紅の緞帳を背景にしたマイケル・ジャクソン》
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LA CAPE D'OR《金色のケープを羽織ったマイケル・ジャクソン》
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LA MAIN D' ARGENT《銀色の手をしたマイケル・ジャクソン》
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他にも、
IN THE STUDIO《スタジオのマイケル・ジャクソン》
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というテーマの写真があるけど、下記の2つは「ベタ焼き」しか残されていない。

LE MIME《パントマイム》
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BLACK OR WHITE《ブラックオアホワイト》
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☆ベタ焼きとは?

写真家で、しかも加工を前提とした作風のバニが「ベタ焼き」を公表するなんて、ありえないことで、MJとの仕事のあとも、業界的な仕事になじまず、先鋭的なキャリアを積んできたバニが、これを出品したのも「お金のため」じゃない。

MJに選ばれた4つのテーマは、選ばれなかったテーマよりも、より絵画的な世界で、その中から、さらに「人間的な表情から遠い顔」を、彼は選んでいる。

また「銀色の手」と「金色のケープ」の顔は、彼の哲学原理を表した詩「ARE YOU Listening?」の一部が描かれている肖像画の顔や、ショートフィルム「You Rock The Wourld」で、マーロン・ブランドが演じる「ボス」と対峙した後の顔ともよく似ていて、

これらを選んだのは、やっぱり「アンブレイカブル」や『インヴィンシブル』を意識していたからじゃないかな。

◎[参考記事]マイケルジャクソンの顔について(38)スペードのKING

肖像画を書いたデイヴィッド・ノーダールは、絵の完成に期限が設けられたのはこの絵だけだった。と語っているので、あの絵もアルバムに関連して考えられていたのかなぁ...

彼が考える『インヴィンシブル』とは、ミケランジェロが「ダヴィデ像」で表現したように、

千年先をも見据えるような「怒り」を表現しつつも、


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「子供の無邪気さ」も同居させなくてはならない・・


そんな、相反する2つの顔を、MJは、いくつかの作品で演じ分けるという俳優のような表現ではなく「マイケル・ジャクソンの顔」としたい。とずっと考えていた。

「アンブレイカブル」は、MJの最後の作品にとって、どうしても形にしたいテーマで、彼はその表現に悩み抜いていたけど、それは、どこか自分でも納得がいかなかったし、理解もされなかった。

でも、

それから、2度目の幼児虐待疑惑により、裁判にかけられたり、この時代最高のアーティストとして、誰よりも苦しんで、それでも負けなかった。それで、ようやく、MJは、

これが「アンブレイカブル」なんだと言いたくて、「THIS IS IT!と言ったのだ。

どうしても、彼が、誰かによって追い込まれたと思わずにはいられない人に、共感できるようなことは書けそうにないけど、、結局それらの真相は「死生観の違い」なんだと思って「マイケルと神について」を書き始めた。

当時のわたしは「お花畑」も「サーカス」の世界も好きではなかったけど、今は、セレクトされなかった《パントマイム》や、薔薇の絨毯を歩いている《ブラックオアホワイト》の大きな写真が見たいと思う。


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最終的に「作品」になったものより、そのままの写真が、もっと、もっと見たかった。

でも、この頃、MJは、今までの彼に近い写真は封印し、人間らしくない表情の「顔」を選ばずにはいられなかった。


彼が思い描いた「アンブレイカブルな男」には、それぐらい前例がなかった。。

ということでしょうか。



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by yomodalite | 2012-12-02 19:02 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(4)
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☆[1]の続き

この本を買って、最初によかったと感じた、ジェロミーヌ・サヴィニョンの文章から、大幅に省略して紹介します。

素敵な本を書いてくれた著者と、翻訳者の方に深く感謝します!

MJが亡くなった後の商品に対して、あまりにも安易に「金儲け」という批判がされているのを見るといつも哀しくなります。金儲けを批判するのは簡単ですが、実際に商品を創って「金儲け」をするのは大変なことです。

(引用開始 *下線は私が入れたもの)

今日4月11日、どこにでもあるようなホテルの、特徴のない、感覚を麻痺させるようなありふれた豪華な部屋で、マイケル・ジャクソンは夢想に耽りながら、気晴らしにサンデー・タイムスのページをめくって不安やもの憂さを紛らわしていた。

すると突然、付録ページ「スタイル」の表紙が彼の視線を虜にした。架空の都市にかかる靄を背景に、モデルのアストリッド・ムニョスが、金色の額縁を思わせるドレスの襟ぐりから現実離れした様子で浮かび上がっている。

うっとりするような写真を撮ったカメラマンと絶対に知り合いになるべきだとマイケル・ジャクソンは心に誓った。写真を撮ったのは、23歳になるかならないかの若いパリっ子カメラマン。ファッション界において巫女と言われる、ロンドンの貴族を思わせるようなイザベル・ブロウに見出されたばかりだが、その荒れ狂う独創性は、彼女を魅了し、すでに数ヶ月前から彼と仕事をしていたのだ。

マイケルは取り巻き連中に、作品集を携えてアルノにニューヨークに来てもらうように頼み、アルノはニューヨークにやって来た!

さぁ、おとぎ話「スリラー」の始まりだ。リムジンとボディガード、ウォルドルフ=アストリアにあるプライヴェートのビリヤード・ルーム付きスイート、レコード会社幹部との顔合わせのビジネスランチ。これはマイケル王子さまの王国で行なわれている礼儀作法の速習教育のようなもの。

ドキドキする状況はまだ続く。控え室で待ち構える人々、トランシーバーを持った連中や、うつろな目をしたボディガードの一団、長く感じる短い待ち時間、魅惑的な時間の前に受ける検査…。人目につかない廊下で、やっとドアが開くと、そこにアイドルがいた。

ビロードのスリッパをはき、サテン地のパジャマを着たマイケルは、アルノを抱きしめた。奇跡だ!


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マイケルは時おり気に入った写真をしなやかな手つきで撫でながら、ゆっくりと拍手をし、うっとりしながら「僕はこれが好き…」と、夢の世界に入り込んだような声で囁いた。マイケルのアシスタントたち、マネージャー、アーティストディレクター(原文ママ)の一団は、サロンの奥で静かに待機して、マイケルが好きだという写真の出典をあせって書き留めていた。

マイケルは、アルノに一緒に仕事をしたいと強く望んでいることを知らせ、次のアルバムジャケットを作るのはアルノだ。アルノをおいて他にはない」マイケルは将来のために、その他の提案、スタイル、シナリオについても考えてくれるように頼んだ。

アルノはまず初めにチームを編成した。自分のような突拍子もない若い男女のグループ、絶対的なマイケルのファンたちだ。みんなドキドキ胸をときめかせ、興奮状態でアイデアを続々に出して、最初の構想は活気に溢れていた。

準備なしのブレインストーミングでは、それぞれが自由にアイデアを出したり、レコード会社の気詰まりしそうなマーケティング担当者と馴れ馴れしく話をしたこともあった。すべてが内密に進められていたので、マイケル・ジャクソンの身体サイズが小説めいた隠し事として「ニューヨークから準公文書扱いで、特別な配達人によってパリにある写真家の弁護士宅に配送された」というような妄想を抱いたりもした。

マイケルは布地を撫でるのが大好きだった。スパンコールの瓶の中に嬉しそうに手を突っ込んでは、真珠母雲が舞い上がるのを見ようと、その上に息を吹きかけていた。次の瞬間、彼は片足でくるりと回って見せ、手本にしているフレッド・アステアのことをアルノに熱っぽく語っていた。彼が大好きなのは、急に有頂天になるきちんとしたジャケット。突然トランス状態になって、床を叩く高級皮の靴ーー

アルノを驚かせたのは、マイケルがすべてを気に入って何にでも賛成したことだ。「彼は何でも気に入ってくれる。それは僕がいつもギリギリの厳しい状態だったからではなく、彼がなんでも写真を連写することを望んでいたからだ。そこには服やメイクアップ用品、それに織物などの品物がいっぱいあった。僕たちには、すべてが楽しかったんだ」

マイケルが望んでいるのは、次のアルバム『インヴィンシブル』に使う写真を超えるものだ。それは、まるで彼の王国に突然姿を現した不思議なピーターパンのような、大切にしている兄弟分がマイケルに四六時中、より激しく夢を見させることだった。

撮影の時期は7月初め、パリで極秘に行なわれることになった。マイケルにはダンサーとしての厳しい修行経験もあり、真実を追究しようとする断固とした多くの要求もあり、子供っぽい自信もあったので、遠慮なく400回近くもダメ出しをした。“ダンスの化身” の写真は、アルノの霊感を帯びた目によって撮影されたものばかりだ。それは熱い仲間意識のなかでイメージされていった、メインとなる4つのシナリオの中から、たった1枚を選んでアルバムに使うためだからだ。



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冒険のようなプロジェクトは、パリのプラザホテルで幕を開けた。それは、“行動開始日” の前日、マイケルが滞在する部屋で行なわれた仮縫いの時間から始まった。姿を現したマイケルは相変わらず愛らしく、いたずらっぽく、デリケートで、痛ましい感じさえした。

翌朝、アルノのスタッフはパリ郊外、南西部にある、イシ=レ=ムリノーの広大な映画スタジオに全員揃っていた。このスタジオは今回の特別なプロジェクトのために無理に借りたもので、ハリウッドの発注条件に従って準備されていた。王子さまを迎える準備は万端だ。


平均年齢25歳のアルノのチームは緊張して固くなりながら、
彼らのアイドルを待っていた。王子さまはまだ来ていない…。

午後一時頃には、みんなの気力も低下した。“MJ” は来ない。情報は何ひとつない。昼食をとっている彼らに、ジャクソンのスタッフが勢揃いしたと知らせが入った。この時、アルノとチーム全員の不安は頂点に達していた。さらにレコード会社のエスコート、メイクや衣装のグループがやって来た。どちらかというと雰囲気は冷ややかで…。

これで重苦しい一日は終わった。

翌朝、気力は最低だった。すると突然、トランシーバーからニュースが届いた。マイケルは自動車道路のどこかで、ファンやパパラッチを巻いているところだという。ほっとした気持ちと、好奇心で待ちきれない気持ち。アルノはついに姿を現したマイケルを迎えた。マイケル・ジャクソンとアルノ・バニによる撮影のセレモニーが始められる。

マイケルは疲れて憔悴しているように見えた。むなしさに取りつかれたみたいで、彼を守ってあげようと抱きしめたくなるほど、ふらふらしていた。けれど、信じられないようなカリスマ性やパワー、そして影響力が、胸をつくような弱さの下に隠れていた。彼の集中力はスタジオセットでみんなを驚かせた。

息子のプリンスは決して遠くに行こうとはしなかった。彼ただひとりが、マイケルに取りついている邪魔をする何かを払い除ける呪文を口にすることができるようだった。「ダディ。カッコいいよ!」と言って、父親が変身するのを見ながら、ジャクソン・ジュニアは夢中になっている。

極端な集中力と正確さでアイドルスターは極めて親切に、写真家のヴィジョンに従った。マイケルの専属美容師がとがめるような視線を送るなかで、お気に入りの髪の毛がバッサリ切られた。それは彼の取り巻き連中から受ける漠然とした、我慢のならない圧力への反抗ではなかったか。

表向きは彼とポップスターという彼の身分を守る名目で配置されていながら、ダサくて、悪魔のようで、貪欲なやり方すべてから解放されるための絶望的な試みではなかったのだろうか。その不快感から、彼は息苦しさえ覚え、それゆえ死んでしまいそうなのだ。

スタイルと照明の構図が決まると、マイケルは約束した筋書きどおりに完璧に行動した。スタジオにはモーツァルトの「レクイエム」が流れていた。





最後の日、撮影が終わる頃、マイケルはアルノに挨拶をして、去って行った。

手を合わせ「サンキュー、ヴェリー・マッチ、サンキュー・ソー・マッチ、サンキュー、サンキュー」と何度も繰り返しながら。

撮影チームは、まだ夢見心地のまま、マイケルを遠くで見送っていた。すると突然、虚しくなって途方に暮れてしまった。と同時に、“ポップ界の星の王子様” に彼の奥底にある真実を返してあげられたという満足感と、ドキドキするほどの歓びに浸っていた。

「天使でいることは、おかしなことだ、と天使は言う」
Être ange c'est étrange dit l'ange(*)

マイケル・ジャクソンという黒人の若者は、音楽とダンスの世界のバンビ=E.T.であり、その誕生によって、ディズニーランドの人気スターの1人として「ミドル・オブ・ザ・ロード」(プリテンダーズの80年代のヒット曲)のように、すべては蜃気楼のなかに沈み、すぐに閉じこもってしまった。





◎[参考・訳詞]IN THE MIDDLE OF THE ROAD(日々の糧と回心の契機)


同様に彼は1950年代というアメリカン・ドリームの転換期の子供である。世界で最も豊かで、最も悲しい国のパラドックスとは、次のようなものだ。

成功が生きることの悲しみという単調でメランコリックな歌、そしてエドワード・ホッパーのノスタルジックな絵画しかもたらすことが出来なかったということ。

マイケルがソロ活動を始めた時、クインシー・ジョーンズは、さなぎを美しい蝶に脱皮させた。そのハイブリッド作品のもつ矛盾をはらんだ荒々しさは、普遍的で、無邪気で、生き生きとした喜びに満ち溢れ、そして理性を超えた変形音楽へと溶け込んでいったのだった。

レコード産業とジャクソン一族の時限装置はためらうことなく続いて、この恵まれた真実の瞬間を粉々に打ち砕いてしまった。取るに足らない気まぐれで、突然アルノに夢中になったマイケルを、黙認するだろうと誰もが思った。争点はもっとずっと重大だった。それはマイケルが “本気” だったからだ。

「この写真は自分の好きなように作ったもの。だから自分に関係のあることなんだ」マイケル・ジャクソンは怖れも遠慮もなく、その写真をアルバムに使わずにアルノの手に戻そうと決心し、無意識のうちに、クインシーと出会った頃のマトリックス風な美しい作品を復活させた。

彼がニューヨークでアルノに聴かせた「ユー・ロック・マイ・ワールド」のように、アルノはその夜、“自分の人生がどこでそれ以前と違ってしまったのか” ということに気づいていなかった。

(引用終了)

(*)翻訳者註・「天使でいることは、おかしなことだ、と天使は言う」
エートル アンジュ セ テトランジュ ディ ランジュ」“アンジュ”(天使)という音の繰り返しを生かした語呂合わせ。


☆アルノ・バニが監督したSuperbusのPV





☆アルノ・バニが監督したパリのMAC/VAL
(ヴァル・ド・マルヌ現代美術館)のビデオ



☆不滅のキング・オブ・ポップ/アルノ・バニ[3]に続く

◎[関連記事]『つきのオペラ』ジャック・プレヴェール

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by yomodalite | 2012-11-29 09:24 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)
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どうして今頃、この本をって思うよね?

わたしもそう思わなくもないんだけどw、でも、なんとなく記録しておきたくなったので、ニュースにはあまり興味がないという方のみ、どうか、続きをお読みくださいませ。

さて、、

一応美術系という自分のチャンネルとは別のチューニングで、ミケランジェロのことを考えるようになって数年が経ち、最近、益々そう思うのだけど、

『インヴィンシブル』発売前、MJは本当に苦悩していたと思うんです。

それは、どこかの会社との軋轢とか、メディアの偏向報道とか、例のとんでもない濡れ衣の疑惑とか、、そーゆーことではなくて、

純粋に、この最後のアルバム(にしてもいいと思ってた)を、どう提示し、どんな風に発表するのがいいのか、音楽部分だけでなく、宣伝や、パッケージにも、売り方も、これまで以上に悩み...

子供の精神の素晴らしさへの希求は、ますます強くなる一方で、完璧に成熟した作品を創りたいという、自分への厳しい要求... すべてに究極レベルを求めることで、彼は、自分で自分をどこまでも追い込んでいく

それは、周囲からは無駄の多い行動にも見え、彼の行動に矛盾を感じるひとや、また、彼の精神状態の危うさを心配するひともいれば、馬鹿にする人もいる...

でも、天才とは、普通の人が抱えきれないような苦悩を自ら背負い込み、それらを表現していくものでしょう。

周囲からでなく、自分自身の「深い矛盾」に最後まで耐え抜くことができた者こそ、真の天才で、MJはその歴史的天才の基準で、常に自分を測ってきた。


MJを語るとき、そういった「天才としての苦悩」ではなく「周囲による被害者史観」ばかりが語られるのは、彼が「キング・オブ・ポップ」として、超天才でありながら、普通の人々への親しみをも大事にしたからですが、その視点にばかり囚われていると、MJが『インヴィンシブル』と命名した作品の境地に、ほんの少しでも近づくことはできないのではないかと。

それで、『インヴィンシブル』のジャケットのことが気になってしかたないんですが、、

最近「An Appreciation of Little Susie」のコメント欄で、ヘルンヴァインや、アルノ・バニとの撮影現場を想像したことが、またもや気になってきて、掲載されている写真はネットで散々見ていたんですが、文章も読みたくなってきたので買ってみたんです。

結果から言えば、送料込み500円ほどで手に入れたせいか、私にはとても満足な内容で、

当時のMJが『インヴィンシブル』な「マイケル・ジャクソン」を求めて、どんなことを考えていたのか、に興味がある人、アメリカン・レヴューに飽き飽きしている人、また、自分以外はすべて「金の亡者」にしてしまう、あまりクリエイティブではないヘアメイクの人の独善的な扇動に疲れたという人のために、

本書の「ファンスタスティック」な部分を共有したいと思いました。


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Arno Bani



この本は、オークションカタログとして出版され、MJのバイオグラフィーから始まり、写真家のアルノ・バニの写真と、その撮影時のエピソードを、ジェロミーヌ・サヴィニョンがまとめて書いている。という構成で、ジェロミーヌ・サヴィニョン(Jeromine Savignon)は、サン・ローランや、ジャン・ルイ・シェレル、キャシュレル、ジャック・ファットに関する著書がある、ファッション業界の優秀な執筆者です。


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Jean Louis Scherrer and Jeromine Savignon



また、このオークションの主催者であるピエール・ベルジェは、あのベルナール・ビュフェの“恋人”でもあり、若きイブ・サン・ローランの才能を発見し、彼が亡くなるまで公私ともに唯一無二のパートナーと言われたひと!

◎[参考記事]イヴ・サンローラン、 天才デザイナーの苦悩と真実[1]
◎[参考記事]イヴ・サンローラン、 天才デザイナーの苦悩と真実[2]
◎[参考記事]イヴ・サンローラン、 天才デザイナーの苦悩と真実[3]

米国の映画産業では映画が創れなくなった、モンタナ州ミズーラ出身で、イーグル・スカウト(最高位のボーイスカウト団員) 出身のデヴィッド・リンチが、フランスに助けられたように、フランスには、一般的にアメリカ人が苦手とする芸術や、アーティスト自身をも支援する土壌がありますよね。

アルノ・バニ自身も、そういった「アート好き」の土壌で、若くして才能を発掘されたアーティストで、MJが彼を発見した「サンデー・タイムズ」(英国の高級紙)で、バニを取り上げた、イザベラ・ブロウは、英国版VOGUEの編集スタイリストとして、ステラ・マッカートニーや、アレクサンダー・マックイーンなど多くの新人デザイナーを発掘しただけでなく、彼女自身もスゴいひと!(今のレディ・ガガに負けないぐらいぶっ飛んでた)


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彼女自身が発掘した帽子デザイナー(フィリップ・トレーシー)
の帽子を身につけたイザベラ・ブロウ




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photo by Arno Bani :THE SUNDAY TIMES(1999.4.11)



天才発掘において、確固たる審美眼をもつイザベラ・ブロウが、発見したばかりの若き才能に、MJが、心を奪われ...

という本書の中身については、

☆不滅のキング・オブ・ポップ/アルノ・バニ[2]に続く

《関連記事》

◎マイケル・ジャクソンの顔について(21)“Invincibleアルバムジャケット”
◎『Invincible』アルバムジャケット[補足1]
◎『Invincible』アルバムジャケット[補足2]

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by yomodalite | 2012-11-28 09:16 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)
こちらの記事は
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by yomodalite | 2012-08-29 08:00 | MJ Birthday | Trackback | Comments(0)
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Golden Boy, New York City, 1990



自分以外は、あんまり興味がもたれていない話題だと思っていた「Invincible アルバムジャケット(補足1)」を、予想外に見てくれた人が多くて驚いたんだけど・・・

どうして???(笑)

でも、まさか、「補足(2)」があるとは思わなかったでしょ? 

わたしもーーーー(笑)

見てくれる人が多い理由はわからないし、それで調子に乗ったわけじゃないんだけど、でも、このジャケット、もうずっと、不思議だなぁって思ってたので、ほんのちょっぴりのヒントでも、自分でもびっくりするほど食いついちゃってて。。

真相だとか、週刊誌的な「真実」とか、おバカな脳が創り出す「陰謀」にもうんざりなので、ホントにそーゆーのじゃなく、つい「あれこれ」思ってみちゃうだけなので、充分におくつろぎのうえ、やんわりと見て欲しいのだけど、、

まずは、いつもの「うっかり」な点から(泣)

☆反省その1

(21)で、『Invincible』のアート・ディレクターである、Nancy Donald のことを、レコード会社に、主に支持されている「作風」と言ったのは、(反省後、21の表現は少しだけ修正)私自身の底の浅さを露呈した発言で、これは、MJのような「とてつもないアーティスト」のことを、自分目線で考えてしまうと、ついやってしまう「間違い」で、

彼女の一見、作家性が感じられない作風は、様々なアーティストを自分の感性に収めるのではなく、幅白いリスナーに届けることを重視している、完璧にプロフェッショナルな姿勢で、アーティストからも、その柔軟で幅の広い対応が支持されているのであって、やはり、MJがすべてのアルバムを彼女に依頼していることの方が重要だと思いました(MJのようなアーティストが、デザイナーを選べないということはありえないですからね)。

☆反省その2

補足(1)では、GOODな写真家がカラーで撮った写真から、色も質感もすべて「飛ばした」理由は、販売側が「メイクオフ」したかった可能性が高いと書きましたが、その考えに至ったのは、ヘアメイクの人の発言を聞いていたからだということに気づき、一夜明けてみると、そんなに「可能性が高い」とは言えないという気分になってきました。

そんなことも含めて、

[補足2]では、[1]とは少し異なることを書きます。

わたしにとって、カレンのツイートが気になった最大の理由は、MJがこのアルバム・ジャケットに「顔の正面アップ」を、自分で選んでいて、しかも、インスパイアされたのは「少年写真」だということだと思うんです。

「顔の正面アップ」は、よくあるジャケット・コンセプトだけど、MJのアルバムでは初めてですし、それに「スリラー」「バッド」という、当時の時代センスから見ても、天才アーティストの歴史的アルバムにも相応しいと思えないような「どうでもいい感じ」のジャケットの後、彼は「アルバム」にまともに顔出ししてないでしょ?

わたしは発売当時にこのジャケットを見たとき、その頃見ていた彼のイメージと違うことから、撮影された時期も、もっとずっと前なんじゃないかとか、その頃のMJの顔があまりにも「ヤバい」ので、制作サイドが、MJの以前の写真から、合成や、修正を重ねて創ったんじゃないかとも疑っていたんですが、ジャケットの元になっている写真は、発売前の時期に撮影されたもので間違いないようだし、ジャケット用の撮影だったことも、やっぱり間違いないみたいですよね。

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中面のワトソンの写真の雰囲気は「大人のマイケル」というイメージですし、このアルバムの音も、これまでより「大人っぽい」(当時43歳のキングに言うべきセリフじゃないけどw)ので、表紙の「少年ぽさ」は、販売側の意図が大きいんじゃないかと思ってたんです。

でも、MJは「少年の写真」にインスパイアされていた… (ふぅーーー)

確かに、こどもへのこだわりはMJの生涯を通して一貫しているものですが「You Rock My World」のSFの顔とか、この頃の彼の「少年風味」は、理解するのが難しいものが多く、実際に少年ぽく見えたことは、少なかったのではないでしょうか?

カレンは、撮影した写真とは全然違うって言ってるけど、私は「完成品のジャケット」と「少年写真」は意外と似ていると思ったんですね。

「Thriller」と「Bad」のアルバムジャケットの差がわかりやすいと思いますが、MJの顔は、肌の色が薄くなってから、特に眼の周りがくっきりとしていて、元々まつげが黒くて濃い+白い肌ということもあって、

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Bambi Awards


この1年後の「Bambi Awards」の頃は、すでにまゆげが自然な感じになっていますが、ヒストリー期以降のMJは、「サインペンですか?」って感じのまゆげが多かったし、下まつげもマスカラ入れてる?って感じだったでしょう。でも、「完成品のジャケット」では、
まつげが「少年写真」と似ているし、まゆげと眼が左右ほんの少し違うってところや、顔の中の眼の割合も似ている。

カレンの「ゴールド」(I had painted Michael gold)は、文字通り「金色」かもしれないけど、実際は「褐色」という可能性もあって(少年写真も、Golden Boy, New York City というタイトル)、MJは「BAD期」以降、実際の肌色より「暗く」したことは一度もなく「Invincible期」は、特に白さを強調していたので、最初に「painted gold」を見たとき、なんとなく、Arno Bani とのフォトセッションのときのような「白い肌に濃いメイク」を想像してしまったのだけど「少年写真」に近い「小麦色の肌」にしていたのかもしれませんよね。

・白い肌で、眉とか、まつげとか、髪の色が「金色」
・小麦色もしくは褐色の肌色で、眉とか、まつげとか、髪の色も「金色」


だとすれば、いつものMJのように、まゆげや、まつげが目立ち過ぎることもなく「少年写真」のような質感の写真が撮れた可能性もあるかもしれません。

ただ、実際の写真を見なくちゃわからないことなんだけど、、もし、この「少年写真」のような照明で、写真を撮っていたとしたら、どんなにMJに純粋なこどもの魂があったとしても、この、あごの周囲のシェードを、大人に適用すると、さらに「大人っぽく」なると思うので「少年ぽさ」は出せないような気がするんですよね。


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スティーブ・ジョブズの伝記の表紙もワトソンの写真。
ジョブズも意外にかなり左右対称ですね。
物をまっすぐに見ることが出来る人だからかな。




それと、こどもと1番違うのは、やっぱり「鼻」ですね。

成長してから、壁のように高い鼻をもつ西洋人でも、こどもの頃はそうでもなく、顔の中の眼の割合と、小さな鼻は「こどもの顔の特徴」で、このときのMJも、鼻筋が消えているせいで「少年っぽく」見えるんだと思います。

わたしは「新聞広告写真」のMJの顔にシェードがないのは「白い顔」のせいで、オリジナル写真から、色も影も「はぎ取る」理由は、メイクの濃さしかないと最初は思ったのですが、

変更した1番の理由は「鼻」だったのかもしれませんね。

鼻を消したいという理由がメインで、そのために、影が消えて、色も…という順番もあるかもしれません。

その「指示」が、どこからきたのかということも色々考えられますが、鼻が消えたせいで「完成品のジャケット」は少年ぽくなり、当時は、MJの顔と全然違うと思ったものの、2004年のJonathan Exley の写真や、2007年の Bruce Weber の写真の「顔」に、何か力強さを足した感じで・・後になって考えてみると、意外とMJのアルバム・ジャケットの中で1番イイようにも見えてきたり、、、


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photographer : Jonathan Exley



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photographer : Bruce Weber



それと「少年写真」が、Golden Boy なら『Invincible』のジャケットには、Silver ...もとい Platinum Boy と言いたくなるような雰囲気もある。

カレンは、現場でMJの見た目だけに集中していたので、メイクだけでなく素敵なヘアスタイルも飛ばされてすごく残念だと思いますが、でも、CDジャケットに関しては、あそこでトリミングするのは、プロのデザイナーとして当然ですし、現場でMJの霊感に触れていなくても、必死で魂込めている人々も大勢いる。

Albert Watson のような写真家の写真を、現場のディレクションとは異なるぐらい後からイジるのは確かに不思議なんですが、現場で「色が重要視」されていても、出来上がりの写真に「色がない」ことはよくあることですし、写真家とディレクターが、最終的にどういう観点で「OK」にするかという過程に、メイクアップの人が関わることは稀で(どんな一流であっても)、

印刷が仕上がるまで関わっているアートディレクターと、撮影現場でのメイクアップ・アーティストが理解している「コンセプト」が、違うということはものすごくよくあることです。

(「BAD」のジャケットから、私はMJがアルバムジャケットのデザインに、あまり関わっていないのでは?という印象もあったのですが、その後の「デンジャラス」「ヒストリー」では、クリエイティブの段階から、彼のアイデアが色濃く感じられる。「インヴィンシブル」の顔の正面アップというデザインワークは、アートディレクターの裁量で出来るアイデアなので、これまでMJの関与についてわからなかったのですが、顔のアップ、ゴールデンボーイという、MJのコンセプトの元に撮影が行われたのだとすれば、写真の加工に、MJが許可を出した可能性は低くないと思う。そう思う一番の理由は、その撮影方法では、MJの顔が「少年ぽく」見えなかったと思う。)

いずれにしても、

やっぱり、ここまでのカレンのツイートからも、それを「SONY」がやったと言えるかどうかは疑問で、また、その決定が「アーティストの首に手をかけ、彼らの生活を縛る」ことだと言うのは「カレンさんらしい発言」だと思いました。(実際にそういうことはよくあることで、彼女は「嘘をつかない」という点で、MJから信頼されていたことはよく分かるのですが・・・)

アルバート・ワトソンや、ナンシー・ドナルドが、ツイッターや、Facebookをやっててくれたらいいのね・・・

もっとも、彼らは、メイクの人のようには「おしゃべり」しないと思うけどw


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でも、その写真はやっぱりすごく見たいので、どこかから発見されますように!
◎海外写真家たちに聞く「Albert Watson」

Nancy Donald(art direction)
Steven Hankinson(cover design)
Albert Watson(photographer)

☆[追記]ワトソンは持っていない?について想像したことは、こちらのコメ欄参照。
BADウェンブリーのVD管理の杜撰さから想像すると、残念ながらこれが出てくるのは「夢のまた夢」のような気がしてきた...




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by yomodalite | 2012-04-14 09:05 | MJ考察系 | Trackback | Comments(5)
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下記は、マイケルのメイクで有名なカレン・フェイの『Invincible』ジャケット撮影についてのツイート(2012.3.27)

☆太字:カレン・フェイ

Karen Faye (@wingheart)
Posted Tuesday 27th March 2012 from TweetList

he Invincible cover (the head shot) was retouched into something that was no where near the original photo shot by Albert Watson. I had painted Michael gold and he was wearing a hairpiece that was completely gold. I was very disappointed at what Sony did to the photo. The original photo was quite amazing. RT @onmyanger: @wingheart On the full, uncut cover of "Invincible", Michael wears a highly unusual hairstyle. How did this idea come about? Did he like it?

『Invincible』のジャケットのオリジナルでは、マイケルは非常に珍しいヘアスタイルをしてます。このアイデアはどこから来たものですか?また彼はそれを気に入っていましたか?

『Invincible』のジャケット(顔のショット)は、アルバート・ワトソンが撮影したオリジナルの写真とはかけ離れたものに修正されました。私はマイケルをゴールドにメイクし、彼は金髪のヘアピースをつけ、完璧に「ゴールド」のイメージにしましたが、ソニーがその写真にやったことには落胆しました。オリジナルは完璧に素晴らしかった。

Photo shoots were always a collaboration by all the artists involved...all inspired by Michael. It was a magical event. The closest feeling I have had, to that "artistic happening", since Michael has died, is when I work with David LaChapelle. You know you are a part of creating artistic history. RT @RuchieC711: @wingheart  I would love to see The original cover of Invincible,It would really set the record straight on what MJ and You really wanted.

『Invincible』ジャケットのオリジナルが見たかったです。それはMJとあなたが実際に望んだものだったんでしょうね。

写真撮影は、常にそこにいるすべてのアーティストによる共同作業で、そのすべてに霊感を与えているのがマイケルです。それは魔法のような体験で、マイケルが亡くなってから、それに近いような「芸術的な体験」を私が感じたのは、デビッド・ラシャペルの仕事をしたときです。それは芸術的な歴史の一部ね。

◎David LaChapelle(デビッド・ラシャペル)Wikipedia

Record companies have their hands around artists necks, and they strangle the life out of them. It's very sad, but a historical fact...especially black recording artists. Michael taught me about that. RT @MarieJoseGMH: @wingheart  sure would love to see the original photo. Sony seemed to have a habbit of changing things : (

実際にオリジナルの写真を見たいですね。ソニーには変更する習慣があるみたいですね。

レコード会社はアーティストの首に手をかけ、彼らの生活を縛るのです。とても哀しいことですが、特に、黒人アーティストにとっては歴史的事実です。マイケルはそれを私に教えてくれました。

Karen Faye ‏ @wingheart
Albert Watson will probably have it. RT @MJfanForAllTime: @wingheart Wow! Is this original photo around anywhere to be seen? I guess not :(

ああ、そのオリジナルの写真はどこかにないのかなぁ。ないんだろうなぁ

たぶん、アルバート・ワトソンは持っているでしょう。


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No. The blue eye photo was taken in Paris in 1999. It was just an experimental photo shoot. RT @ovrthernbow: @wingheart Hi Karen-Wasn't the "Blue-Eye" photo supposed 2B the cover of "Invincible"? To me, that photo looked 2B taken LATER than 1999.

ハイ、カレン!「青い目の写真」は『インヴィンシブル』のジャケット用ではなかったの?私にはあの写真は1999年より後に撮られたように見えたんだけど、、

いいえ。「青い目の写真」は、1999年のパリで撮られたものです。それは実験的な撮影でした。

It did not represent anything. RT @ovrthernbow: @wingheart  Thanks for answering! Boy, there is A LOT of misinformation out there! Do u know what the blue-eye photo represented? Thanks!

そこには間違った情報があふれている。あなたは青い目の写真が何を表しているか知ってる?

特に何かを表現しているわけではないわ。

Karen Faye ‏ @wingheart
:) RT @aguedamperez: @wingheart  Hi Karen! Do you have a Facebook account? I just saw there is one with your name and pic :)

ハイ、カレン!Facebookのアカウントもってる?見せたい写真があるんだけど。


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元案になった少年の写真
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Yes. That was the photo that inspired the shoot with Michael. You can see why MJ liked it. RT @sparklepeople: @wingheart  Look at this Albert Watson photo: http://t.co/maAeuJXO Was MJ like this?

アルバート・ワトソンの写真(photo: http://t.co/maAeuJXO)MJはこの写真が好きだったと思う?

ええ。それはマイケルに撮影のインスパイアを与えた写真でした。MJがそれを好きだったことはあなたにもわかるでしょう。

Karen Faye ‏ @wingheart
Yes. RT @MICHAELUCIA: @wingheart  so you did Michaels make-up right? Wow that's awesome =D

あなたがマイケルにメイクアップしたのは間違いないのね。それは素晴らしいものだったんでしょうね

ええ。

(引用終了)


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(2009年7月6日、フォレスト・ローンに到着したカレン・フェイ)


わたしは、このツイートから、新聞広告に使われた「オリジナル」と思われた写真が、アルバート・ワトソンを選ぶ必然性がなく、中面の写真ともイメージが連動していないという謎は解けたような気がしました。ただ、その写真の変更が、会社側の判断だとしても、

アーティストの首に手をかけ、彼らの生活を縛るのです。とても哀しいことですが、特に、黒人アーティストにとっては歴史的事実です。

というのは、SONYへの抗議行動を共にした彼女には、すべてがそう感じられるのだろう。という印象をもちました。

カレンさんは、マイケル個人に信頼されることで一生の仕事を得た方なので、どーでもいいことなんだと思いますが、世界中に影響力をもちたかったMJは、そんなに「会社」を軽く考えていないということも、重要だと思います。(下記のリンク参照)

◎MJ's Speech「Killer Thriller Party」
◎MJ's Speech「Against Racism」
◎ソニーウォーズの別の意味

結局、「元案の少年写真」を持ち込んだのが、アート・ディレクターなのか、写真家なのか、MJなのかはわかりませんが、(21)で、

顔の輪郭、背景をフラットにしているなどの撮り方を見る限り、アートディレクターからの強い指示で撮影されているように見える。

と書いたときは、永年SONYアーティストのジャケットを「商業的」にディレクションしてきたデザイナーが、この時期のMJのアルバムに「顔アップ」を選択したのは、顔の皺とか最初から全部 “飛ばす” ことを前提にしていると思ったからなんですが、

現場では、上の「少年の写真」を元に撮影していたということなら、出来上がった写真が会社側(MJ自身も?)に不評で、大勢の人に売るには相応しくないという判断から、大幅な修正を加えることになり、それがあの新聞広告の状態だったのかもしれませんね。


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だとすれば、この写真の顔の “飛ばし” 具合は、メイク全部を「OFF」して欲しいという会社側の要求から、こうなった可能性が高く、その要求と、5色展開すればマニアの多いMJファンは1人で何枚も買うという期待を織り交ぜた、AKB48的な「案」が合体して、実際のジャケットとして完成しているのかもしれません。(そういえばあのサイン会もw)

このジャケットへの疑問のひとつに、GOODな写真家を使った割には、写真をイジリ過ぎているという「謎」があったんですけど「メイクオフ」したかったからと考えれば、納得できます。(カレンには最もショックなことですよね…)

ワトソンの撮った、キース・リチャードや、デヴィッド・ボウイの写真のように、通常、男性アーティストの場合、皺も、滑らかではない肌の質感も、隠す必要はないのですが、当時のMJには、色素が抜ける病気により、白人よりもずっと白い肌の色と、まだ、そうなってはいない部分をフラットにするという「基礎メイク」があり、その基礎メイクは「白人よりもずっと白い肌」に統一されています。

肌の色全体をフラットにするのも大変ですが、眉や、唇は「アートメイク」にしたのに、ヒゲをきれいに剃るとか、永久脱毛をする気は全然ないといったことからも、肌の質感を生かした撮影は難しく、そのせいで、フォトレタッチが目立つ写真になりがちに・・・それは、肌の基礎メイクを、普通の白人レベルにすれば解決しやすかったと思うのですが、

たぶん、その「白過ぎる肌の色」へのこだわりは、白人のような「白い肌」にしたいのではなく「肌の色なんか関係ない」という主張に、アーティストとして出した肌の色だったのでしょう。

それゆえ、これが最後のスタジオアルバムでもいいと思うほどの覚悟があった最高傑作であり、史上最強のアルバム『Invincible』では、これまで以上に「顔」にこだわっているのだと思います。(Invincible期が、MJの変顔至上最高レベルである理由?)


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また、こだわっているのは「肌の色」だけではなく、

BAD期に決断した「あごの亀裂」からもわかるように、眉や、唇への「アートメイク」はしても、ヒゲの永久脱毛はしないなど、彼は、自分の顔から「男」の要素を消したくない。また、この頃、頬骨の高さをメイクで強調するようになったのは、彼の両親に、インディアンの先祖がいることから「モンゴロイド」のルーツをも表現しようとしたのかもしれません。

◎[関連記事]Roots of Michael Jackson

どんな人種でもなく、男も女も子供の要素もすべてを取り入れるという「顔のコンセプト」は『Invincible』(無敵)と銘打ったアルバムには、絶対に必要な「顔」で、

あの裁判時も、途中からメイクが変わって、自然に見えるようになっていますし(このブログの裁判写真はメイクが変わってからのもの)、このときも、2007年のブルース・ウエーバーが撮影した写真のようにすることも出来たはずですが、MJはそれでは『Invincible』という作品に相応しくないと考えているんだと思います。

それでも、本当のオリジナルは、きっと、カレンが言うように素晴らしい写真に違いないし、当時はわからなかった可能性も高いけど、今なら、本当にその素敵さがわかるような気がするので、ワトソンが出してくれることを期待したいです。



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以上が、カレンのツイートへの感想なんですが、ここからは素敵な写真が見たいという気持ちと、同じぐらい興味があることについて「ついでに」メモしておきます。


実際のジャケットのMJや、新聞広告に使われた写真への「違和感」の原因について

このジャケットでは、鼻がほとんど消えているということも大きいと思うのですが、実際のジャケットのMJの顔は、眉の形と眼の部分のデジタル表現により「左右非対称」が創られていて、新聞広告に使われたものも「左右非対称」ですよね。私たちが、この写真を見て「誰?」と言いたくなったのは、その部分にも原因があると思っています。

MJの顔は、普通の人より顔が「左右対称」で、男性アーティストの顔としてはめずらしいぐらい、顔の中で「眼の割合が大きい」ですよね。

それは、実際の顔が「左右対称」というだけでなく、写真に撮られるときも、そのように意識しているからだと思うんですね。

女性の美にとって、左右対称は重要なので、ごく普通の女性でも、毎日メイクする場合にそれを意識していますが、男性アーティストの場合は、ポップミュージシャンも俳優も意識している人は少ないのですが、

MJは熱心に「アイコン」となるべく、写真の撮られ方もかなり研究して、男性にはめずらしく「顔の左右対称」を強く意識しているように感じられます。


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オードリー・ヘップバーンも、顔が完璧に左右対称で、顔の中の眼の割合が大きいとよく言われていますが、それは、こどもの特徴でもあり、人の顔は、成長するにしたがって、どんどん「非対称」になっていくものです。

彼の鼻が、ヒストリーツアー時代に、特に細く見えたのも、実際に鼻を細くしたというより、「左右対称」へのこだわりで「中心線」を意識しているという理由もあるんじゃないかと思っていて、「顎の亀裂」に関しても、大人の男性の象徴であるとか、ハンフリー・ボガートや、ケーリー・グラントなどの俳優の影響もそうですが、顔の「中心線」のポイントを考えているような気もするんですよね。

新聞広告に使われた方の写真は、眼の大きさも、その方向も同じなのに、眉毛の部分だけ「左右対称」じゃないですよね。そのせいなのか、より左右に差がある加工を加えたジャケットの方が、むしろ自然に見えるほど、強い「違和感」があるんですよね。私はこれがずっと気になっていて・・(だって、変顔じゃないのに違和感って初めてのケースでしょ?)

この不自然というか、どこか不思議な「左右比対称」の理由が、写真の加工のし過ぎによるものなのか、また、MJは『Invincible』のアルバムに、完全に真正面を向いた「左右対称の顔」の写真を望んでいたのか、それとも、この写真にも残っているような「左右非対称」について、自らも何か「工夫」をしていたのか。

ワトソンが持っているらしい「オリジナル」が、実際にどうなってるのか、知りたくてしかたがありません。

☆この後、この内容に再考すべき点があるような気がして[補足2]も書きました!
◎ Invincibleアルバムジャケット[補足2]


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by yomodalite | 2012-04-12 08:21 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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