タグ:Invincible ( 61 ) タグの人気記事

もうたくさん!「We've had enough」(3)

f0134963_21293558.jpg

☆もうたくさん!「We've had enough」(2)の続き


エレノア:まさにそうね。ただ、最初の物語のテーマは人種で、2番目の物語は国籍よね。


ウィラ:そう。あるいは、宗教や民族やそれらの組み合わせと言ってもいい。でも、私たちがこれらの物語を聞いて、それをどのように解釈したり、場面をどのように頭に描くかに関わりなく、歌詞を歌うマイケル・ジャクソンの声は哀しみに満ちている。彼の心はきっと、北アイルランドで親を失った子供や、イラクやスーダンやセルビアやイスラエルや東南アジアで親を亡くした子供に対する哀しみでいっぱいなんだと思う。子供の観点からは問題の解釈なんかどうでもいいのよ。子供にとっては、母が父が殺された、そのことだけしかないのよ。「We've Had Enough」は、親を失った子供の視点に立つことを、私たちに促すのよ。


☆続きを読む!!!
[PR]
by yomodalite | 2015-03-30 06:00 | MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

もうたくさん!「We've had enough」(2)

f0134963_14151090.jpg


☆もうたくさん!「We've had enough」(1)の続き

エレノア:でもね、興味深いことがあるのよ、ウィラ。どちらの場面でも、マイケルはわざと、非常に重要な情報を入れないでおいて、見事なやり方で、その空白を私たちに埋めるようにゆだねている。

最初の場面では、マイケルは小さな女の子の人種を特定していない。私たちにわかるのは、何らかの理由で、少女から愛が奪われたこと。この子はどんな人種でもあり得るし、誰の娘でもあり得る。そして、私たちはみな、即座に彼女をかわいそうだと思う。人種はわからない。なんの偏見もない。でも、状況が(街なかで警察官に、市民のために働き、市民を守るのが仕事であるはずの警察官に父親である男性が殺されたこと)彼女をアフリカ系アメリカ人であることを想像させる。

そして、2番目の話では、少年の住む国は特定されていない。彼はただ、遠いところにいる貧しい少年で、彼にはなにか恐ろしいことが起こっている。私たちは引き込まれ、同情心が湧き上がる。しかしここでも、状況が(戦争地域で、平和をもたらすのが使命のはずの、平和維持隊という名の軍隊や、平和維持隊のミサイルに母親である女性が殺されたこと)この少年は何人でもいいわけではないと想像させる。彼はイラク人かアフガニスタン人で、いずれにしても、アメリカ合衆国が不健全な形で関わっている国に住んでいて、おそらくはムスリムよね。

書かれていないことについては、聞き手が想像してくれるだろうとMJがわかっていたということ自体が、本当に多くのことを伝えている。それは、マイケルが人間の性質を理解し、私たちが、これらの残虐行為を実は認識していることを知っていたということ。ここに描かれたような状況は、私たちがずっと前から知っていたことで、彼はそれもよくわかっていた。

そして、マイケルはまた、少女の人種や少年の国籍を特定しないことによって、私たちが彼らに共感や同情を持ちやすくなること、けれどいったん彼らの親たちの死の状況が明らかになれば、私たちが黒人であろうと白人であろうと、その少女の人種や少年の国籍について想像でき、それが、罪なき黒人の命や、罪なきイラク人やパキスタン人の命が奪われているということに、私たちみんなが気がついているんだということの証明になる、という流れについてもわかっていた。

私たちは、どのように扱われているかによって、その人たちが誰であるかがわかるのよ!だから、わかったことに対して、自分はなんの責任もないと言うことは出来ない。罪なき命が奪われるという残酷な状況は、いつものことで、私たちには関係ないという人もたくさんいるけれど、それは、もうビジネスになってしまっているんだから。


f0134963_14165775.jpg


ウィラ:でもね、こういうこともあるわ、エレノア。私と同じ高校の男の子は、大学1年生の時に警官に殺された。彼は白人だったのよ。


エレノア:でも、あなたがそれを今でも憶えているのは、それが日常的な事ではなかったからじゃない?黒人の男性や少年が殺されたり収監されたりするのは、日常的なことなのよ。今週初めにアカデミー賞の授賞式があったでしょ。そこで興味深かったのは、コモン(Common:アメリカの、グラミー賞を受賞しているヒップ・ホップアーティストであり俳優)が、南北戦争前に奴隷として働いていた人間の数より、今日アメリカ合衆国の監獄に入っている黒人男性の数の方が多いという事実を持ち出したこと。


ウィラ:そうね。その収監率の高さは、アメリカの悲劇だわ。でも、私がブラッド(殺された白人の大学生)の死を憶えているのは、それがひどい事件だったからなの。私は彼を小学校三年の時から知っていた。彼は飛びぬけたユーモアのセンスの持ち主で、それ故にトラブルに巻き込まれることもあった。それでも先生たちが彼を好きだったのは見ていてよくわかったし、まわりの生徒たちも彼が大好きで、彼には悪意なんていうものは全然無かった。本当に面白いやつだったのよ。でも、高校で、いわゆる荒れる時期を迎えたのね。それで、ある夜友達と、盗んだ車をぶっ飛ばしてしまった。そしたら警察沙汰になって、彼は殺されてしまったの。査問委員会が開かれたんだけど、そこでも警察の行動は適正だったという決定が下された。

それから、数年前に、私と同郷の若い白人男性が、2歳の娘の父親なんだけど、その彼が、州間高速道路の休憩地帯に車を停めていて、警官に殺されたの。州警察官となにかで激しい口論になって、その時手に持っていた銃を手放すのを拒否したのね。そしたら、警官は彼を射殺してしまった。彼の銃には弾が入ってなかったことは、あとになってわかった。彼をよく知る友人と話した時、その友人は、警察が事件を「警官を使った自殺」と呼んでいると言っていた。つまり、実は、彼は警官に殺されたがっていたと言うのね。それで、私の友人は、恐ろしいことだが、そうかも知れない、と言ったわ。友人は、殺された彼を子供の頃から知っていて、その死にショックを受けていたけど、あいつは確かに近頃落ち込んでいて行動も荒れていた、だから起こったことは本当に自殺かも知れない、とね。

私が言いたいのは、事はすごく複雑だということ。警察の仕事というのはとても困難なもので、白黒と判断がつくことだけじゃない。あなたがさっき言ったように、チャールズ・ブロウの息子に引き金を引いた警察官は黒人だったし、若い白人たちも、特に貧しかったり、ホームレスだったり、虐待にあったり、何らかの問題を抱えてる場合は、警察に殺される。黒人の方が、白人よりもターゲットにされやすいのは確かで、それもはるかに高い確率よね。

でも、白人だって爆弾から逃れられる訳じゃない。北アイルランドで失われている罪なき命のことを考えてみて。だから、人種というのは、今ある構図の大きな要素には違いないけど、私たちは皆、非常に軍国主義的な時代に生きていて、誰もがターゲットにされる可能性があるということ。他と比べて、ずっとターゲットになりやすい人々は確かにいるんだけどね。


エレノア:でもね、ウィラ、それは日常茶飯事に人が殺されている問題とは違うんじゃない。私が言いたいのは、マイケルも同じことを言いたいのだと思うけど、アメリカにおいてアフリカ系アメリカ人が警察に殺されるというは、本当に日常のことになっていて、もはや誰も気に留めなくなっている、ということなのね。#BlackLivesMatterは、状況が何も変わってはいないことを示していて、最近の抗議者たちが抗議しているのはそのことに対してなのよ。

「We've Had Enough」は、国家の敵ではなく、普通のアメリカ市民であったり、公的には戦争に参加していない、他の国の市民に対して、この国がとる行動の結果としての悲劇に特に焦点を当てている。全身武装した、強大な国の権力によって、不必要に、なんの配慮もなく、貧しい人、弱い人が殺されていくという物語を語っている。これらの物語に登場する人々は、理由もなく殺されている。

少女の父は犯罪者ではなく、少年の母は敵兵ではない。もしマイケルの詞がパキスタンや、あるいはアフガニスタンのことを指しているなら、アメリカはどちらの国とも戦争状態ではなく、ただその国に敵兵が潜伏しているというだけのことなのよ。MJが言っているのは、アメリカ合衆国は、彼らが本当の脅威かどうかは関係ない、なぜなら彼らの命なんかどうでもいいから、という観点でものを見てる、ということ。そしてマイケルは、どうしてそんなことが言えるのか、と私たちに問いかける。

それぞれの国で、いろいろな人々が捨て駒にされている。それが、この歌で人種も国籍も特定しなかったもう1つの理由じゃない? どういうことかというと、アメリカ合衆国では、警察の任務の対象になるのは圧倒的に黒人であり、さらに、9.11後はムスリムが軍の標的になっている。だから、歌詞の空白部分は、あなたが誰であるか,どこに住んでいるかによって、ちがう埋められ方がされるわけね。


f0134963_14174999.jpg

ウィラ:そして、歴史のいつの時点に立ってるかによっても埋め方は違う。たとえばアメリカでも、メキシコや日本やアイルランドやイタリアや中東や朝鮮やポーランドやプエルトリコや中国などからの移民が、それぞれの時代に、差別され、おまえらの命なんかどうでもいいというように扱われてきた。そしてもちろん、アメリカン・インディアンたちも、どうでもいいように扱われてきたのよ。

だから、マイケル・ジャクソンは、いろいろな理由で見捨てられてきたすべての人々のために声を上げている、と私は思う。アメリカで警察の暴力の犠牲になるのは圧倒的に黒人であり、爆弾の犠牲になるのは圧倒的に「他者」、つまり他の人種、他の宗教、他の国籍や民族であることは確か。

実際、私はアメリカが原爆を、日本の2つの都市には落としたけれど、ヨーロッパには決して落とさなかったという事実に関して、とてもいやな議論を聞いたことがある。もしドイツかオーストリアかイタリアが1945年の8月にまだ戦争をしていたら、私たちの国はそこに原爆を投下しただろうか?それともアメリカ人はそんなこと考えもしなかったか?という議論。


エレノア:興味深いわね。私も、たとえヨーロッパにイスラム過激派が集中しているという強力な証拠があったとしても、アメリカがドローンを使って爆撃するとは想像しがたいわ。


ウィラ:そうね。アメリカの政策担当者は、自分たちに近いと見なした人間と、「他者」と見なした人間とでは、違うルールを適用するものね。

だから人種の問題は、「We've Had Enough」で表現された、2つの物語に重くのしかかっていると思うけれど、同時に、それが明確にされていないことも大事だと思う。ある意味、人種的偏見が明確にされていないことは、物語の強力な要素になっている。私たちは自分の心の中で、複雑な歴史について思いを巡らさずにはいられなくなるから。








[PR]
by yomodalite | 2015-03-27 06:00 | MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

もうたくさん!「We've had enough」(1)

f0134963_08503731.jpg


☆この記事の「まえがき」はこちら


下記は「Dancing With The Elephant」の記事より和訳。


ウィラ:白人の警官が武器を持たない黒人男性を殺す事件が最近目立っている。いままでもさんざんあったことだけど、一番最近の犠牲者は、ミズーリ州ファーガソンにおけるマイケル・ブラウンとニューヨーク市のエリック・ガーナー。


これらの事件に対して、#BlackLivesMatter(blacklivesmatter.com/)の抗議者たちはデモを組織し、マサチューセッツとカリフォルニア、イリノイとジョージアの間にある都市や街の道路を封鎖したりして、国中で抗議運動をしている。そして、D.B.アンダーソンが「ボルティモア・サン」で指摘したように、抗議者たちの多くはマイケル・ジャクソンの、声なき者を代弁する歌「They Don't Care about Us」を歌っている。



They Don't Care About Us

発売当時この動画は公開禁止になり、別の動画が公開されたが、

今度は歌詞に差別用語があるという理由で曲もオンエア禁止になった。





原文:Messenger King

和訳:マイケル・ジャクソンは発言することを恐れなかった。


しかし、私たちの友人エレノア・バウマンは、最近のメールで「They Don't~」ほど有名ではないが、もう一曲、権力の濫用に対して、真っ向から力強く立ち向かっている歌があると指摘した。それは「We've Had Enouth」という歌。



We've Had Enouth

こちらは当時ボックスセットにのみ収録された曲で

動画はファンメイドのもの。





心を捉えて放さないその歌の歌詞は、制服を着た男たちに殺される、罪もない人々のことを表現している。たとえば、最初に歌われているのは以下のような光景。


She innocently questioned why

Why her father had to die

She asked the men in blue

“How is it that you get to choose

Who will live and who will die?

Did God say that you could decide?

You saw he didn’t run

And that my daddy had no gun”


彼女は無邪気に尋ねる

どうしてお父さんは死んだの

彼女は青い制服の男に尋ねる


「誰が生きるか、誰が死ぬか、

どうしてあなたが決めるの?

神様がいいっていったの?

お父さんは逃げたりしなかったのに。

銃も持っていなかったのに」


ウィラ:エレノア、あなたの言うとおり。この歌は、いま書かれたといってもおかしくない。この歌詞と、いま起こっていることは、ぞっとするくらいシンクロしてる。でも、こういった話はずっと前からあるもの。論理学の教授、グレッグ・ケアリーが「ハフィントン・ポスト」で書いているようにね。


エレノア:こんにちは、ウィラ。「We've Had Enough」について語ることに誘ってくれてありがとう。この歌はマイケル・ジャクソンの作品の中でも、最も強力なプロテストソングのひとつよね。


ウィラ:こちらこそ、ありがとう。


エレノア:それから、D.B.アンダーソンの「They Don't Care about Us」についての素晴らしいコラムについても触れてくれたこともうれしい。2つの曲はとても密接につながっているから、抗議者たちがマイケルの曲を歌っていることを、D.B.アンダーソンが伝えてくれてよかったと思う。他のニュースメディアではどこにもマイケルの名前も「They Don't Care about Us」と抗議活動の関係も語られていなかったから。


ウィラ:実際には、私はそのことに言及している報道をいくつか見たんだけど、レポーターたちは抗議者がマイケルの歌を歌っていることに驚いているみたいだった。でも、D.B.アンダーソンはそうじゃなかった。実際、彼の歩いた道のりや、彼が検察からいかに標的にされたかを知っていれば、つまり、非常に不確かな証拠で起訴され、警察やメディアから有罪だと決めつけられ、屈辱的な身体検査を行われ、裁判は公の目にさらされ、最終的には自分の家を出ることを余儀なくされた、ということを知っていれば、抗議者たちがマイケルの歌を、特に「They Don't Care about Us」を歌うのは、まったく当然なことだと思えるはず。



f0134963_14124374.jpg


エレノア:あの歌における「They = 彼ら」は「We've Had Enough」の「彼ら」(彼らはあなたから、私から、私たちから、きちんと話を聞くべきだ)と同じ。ちょうど「They Don't Care about Us」の「Us = 私たち」が「Earth Song」の「私たちはどうなんだ」の「私たち」と同じであるように。そして、もしかしたら、「We've Had Enough」の「We = 私たち」は「They Don't Care about Us」の They と Us をひとつにしたものかも知れない。ちょっとそんな感じがする。とにかく、どう見ようと、マイケル・ジャクソンがこれらの代名詞にいろんな意味を込めていることは確かよね。


ウィラ:そうね。


エレノア:「We've Had Enough」には、最初から心をわしづかみにされる。哀しみと怒りに満ちた彼の美しい声が、あの素晴らしい歌詞を歌い始めるんだもの。


Love was taken

From a young life

And no one told her why


愛が奪われた

子供の人生から

そして誰も彼女にその訳を言わない


ウィラ:そう。そして、私たちはやがてこの小さな女の子から「奪われた愛」が、彼女を愛し、守っていた父親のことで、彼は「またもやの暴力犯罪」によって殺されたことを知る。つまり、本来その父親を守るべき「青い制服の男たち」が、彼を殺した張本人たちということ。



f0134963_14171177.jpg


エレノア:そうね。そして、この暴力犯罪から、微かな光として得られる教訓は、良いか悪いかはわからないけど、女の子の人生の行方を指し示すものになる。最近の事件を考えると「We've Had Enough」は、時が変わっても起こることは同じだと、私たちに苦く思い出させる歌よね。事実、つい最近だけど、私はこれに近い、心の痛む事件をニュースを知った。命は無事だったんだけど、あるおじいさんが、孫を可愛がったり、面倒みたりできなくなってしまったのね。


他にも、ニューヨーク・タイムズのコラムニストのチャールズ・ブロウの息子が、イェール大学の図書館から出てきた時に、警察官に銃を向けられ、職務質問を受けたという事件もあった。この場合は、息子も警察官も黒人で、重要な点は警察官の方は制服を着ていて、職務執行中であったということ。


あなたが言ってた、ケアリーの記事の中ではこう書かれてる。


我々の社会における、人種の力関係は変化した。でも、基本的なパターン、つまり武器を持たない黒人男性(あるいは少年)がいて、警察官と遭遇する、なにか問題が起こり、警察官が発砲する、というパターンは変わらない。とんでもなく憂鬱で、そして本当に不公平な事態。(私たちはようやくこの暴挙を意識しはじめているのか?)


でも、「We've Had Enough」の第一節だけでは、物事の全体、少なくともマイケル・ジャクソンが伝えたかった事の全体はわからない。だから、マイケルは第二節を書いて、そこではもう一人の子供、たぶん、イラクかアフガニスタンの子供が親を失う。でも、今回登場する制服は、警官服ではなく、軍服。そしてこの光景も、いやになるほどおなじみの光景。


In the middle of a village

Way in a distant land

Lies a poor boy with his broken toy

Too young to understand

He’s awakened, ground is shaking

His father grabs his hand

Screaming, crying, his wife’s dying

Now he’s left to explain


遠く離れた国のある村の真ん中

壊れたおもちゃを手に貧しい少年が眠っていた

世の中のことはなにもわからず

地響きがして、少年は目を覚ます

父は彼の手を掴み、泣き、叫ぶ

母が死にゆき、残された父は

子供に話してやらねばならない


He innocently questioned why

Why his mother had to die

What did these soldiers come here for?

If they’re for peace, why is there war?

Did God say that they could decide

Who will live and who will die?

All my mama ever did

Was try to take care of her kids


少年は素直に尋ねる

どうしてお母さんは死んだの

あの兵士たちは何をしに来たの

平和のためだと言うなら、どうして戦争をしているの

神様は、誰が生きて、誰が死ぬのか

彼らが決めてもいいって言ったの?

お母さんは、僕たちの世話をしていただけなのに


「We've Had Enough」で、マイケル・ジャクソンは、ふたつの悲劇的でありながら、あまりに見慣れた状況を表現した。警察に殺される罪なき男と爆弾、あるいはミサイルに殺される罪なき女性。両者とも、顔のない、国家による行為の犠牲者。


ウィラ:そう。そこがすごく重要なところね、エレノア。それらふたつの場面をあのように並べることで、マイケル・ジャクソンは両者の関連性を描き出した。そして、聴く者にその関連性を見せようとした。こうやって並べられると、私たちは、警察官に街で父親を殺された少女と、兵士に母親を殺された少年の共通性に目を向けずにはいられない。


エレノア:そのとおりね。それらの共通性を明らかにする中で、マイケルは、私たちに2つの状況が孤立した出来事ではなく、大きくとらえれば1つの文化パターンの一部だということを見せている。国家権力が、一見過失のように見せかけながら、罪なき人の命を奪い、それに対して誰も何もしない、という行動パターンのね。


☆(2)に続く



[PR]
by yomodalite | 2015-03-26 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

「Dancing With The Elephant」の記事を紹介します!

f0134963_00113719.jpg


MJJFANCLUB JAPANで、管理人の方が丁寧な訳で紹介してくださっている、ウィラとジョイエの会話をお読みになった方は多いと思います。『M Poetica』の著者である、ウィラ・スティルウォーター博士と、MJFCのファウンダー、ジョイエ・コリンズ氏のブログ「Dancing With The Elephant」は、私がもっとも好きなMJブログです。


マイケルが旅立ったあと、世間の彼への見方は一変し、性的幼児虐待とか、変人であるということが覆されても、彼の顔の変化については「白斑症という病気の被害者」を強調するばかり。そこには、彼の意思や、アートが詰まっているという私の期待に応えてくれるものはどこにもなく、スティルウォーター博士が同様の表明をしてくれたときは、世界で初めて共感できる方を発見したように感動し、なんだか肩の荷が降りた気さえしました。


その他、「マイケル・ジャクソンは私たちが想像すらできないようなレベルの悪口雑言に耐えていたけど、私たちが想像できないほどの喜びも経験していた。彼はどん底も、とんでもない高みも感じていた。(http://yourockmyworld829.blog88.fc2.com/blog-entry-3480.html)


という感覚を基調にした内容の多くに、いつも感嘆しながら眺めてはいたものの、自分で翻訳する力はなく、残念に思っていたのですが、今回紹介する記事は、ウィラと彼女の友人である、エレノア・バウマン氏との会話です。


その内容は、私が、MJの顔の変化へのこだわりのあと、のめりこんだ問題の多くに関わっていて、それで、、


「今、この記事を紹介できないんだったら、もうブログにマイケルのことを書く意味なんてない!」


と、私に泣きつかれたchildspirits先生の全面協力のもと、記事を翻訳することが出来ました。


内容は、まだ記憶に新しいミズーリ州ファーガソンで起きた、白人警官に黒人青年が射殺されたことへの抗議で、マイケルの「They Don't Care about Us」が歌われたことから始まり、もうひとつのプロテストソングである「We've Had Enouth」の解釈へと進みます。


冒頭で紹介されているD.B.アンダーソンによる記事を以前に読んだとき、私は、心を動かされることはありませんでした。マイケルをどんなに高く賞賛されていても、彼が、他のセレブたちに望む基準を、MJに求めているように感じられたからです。



でも、ウィラとエレノアの会話が行き着いた地点には、マイケルの偉さと、自分への情けなさを痛感して、号泣せずにはいられませんでした。



☆もうたくさん!「We've had enough」へ





[PR]
by yomodalite | 2015-03-25 21:54 | MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

ソニーウォーズの意味について[6]

f0134963_15122900.jpg


☆[5]の続き

色々と回り道をしていることで、誤解を招いていることも多いと思うので、ここまでの要点を一旦まとめておきたいと思います。

[1]の要点

モトーラの「悪魔」呼ばわりは、MJが「人を憎むことは決して教えない」と言っていたことに反していないか。『インヴィンシブル』が発売になったのは、同時多発テロと同じ2001年。抗議行動は、翌年の2002年、ブッシュ大統領が「悪の枢軸」発言をした年。マイケルには、自分のアルバムのことよりも、言うべき言葉があったのではないか。

[2]の要点

星条旗があふれ、アメリカ中が戦闘態勢になって、イラク戦争への道に突き進んでいった時代、「僕たちは、何度でも、何度でも、愛を与えるべきなんだ」と歌う『What More Can I Give』をリリース出来なかったのは、モトーラや、SONYだけだっただろうか。

[3]の要点

ここまで良好な関係だったモトーラを「人種差別者」だと攻撃したのは、彼を失脚させるためで、ソニー攻撃は、モトーラ下しの手段という側面が大きかったのではないか。

[4]の要点

モトーラが『インヴィンシブル』の宣伝を抑えたのは、史上最高ともいえるほど派手な広告をした『ヒストリー』での経験から、広告のし過ぎは、リスナーや若手ミュージシャンから「お金持ちMJ」という反発を招き、メディアの反感を煽るだけだと判断したのではないか。

また、MJはこの行動により、モトーラ失脚に成功した(彼は音楽部門のトップの座は死守した)。

[5]の要点(本文に書ききれなかった不足分も加えてあります)

(4の後半からも含めて)音楽版権は、マイケルがATVを取得したときよりさらに大きな利益を生み出しつつあった。グローバル化による販路の拡大だけでなく、様々な商品フォーマットの開発が期待され、CD売上げや、オンエア使用料だけでなく、版権の「債券」としての価値も急上昇した。

労働者と経営者との格差が広がる時代が到来し、アーティストが才能と肉体を駆使して、生み出した作品を利用して、経営者たちが、彼らよりも儲けているという状況は変わらず、

MJが、音楽とダンスとビジュアルを融合させたことを、後続のアーティストたちが、真似するようになっただけでなく、モトーラや経営陣は、MJの様々な方法論や、版権の価値の重要性についても、後追いするようになった。

と、ここまでが、一応、前回までのまとめなのですが、

モトーラを「人種差別者」だと攻撃したのは、彼を失脚させるためという[3]の内容について、このあと、また別の見方をしてみたいと思います。

ハーレムで行なったスピーチのときに、その場に居合わせた、アル・シャープトン師は、自分はモトーラが人種差別主義者だとは思っていないし、マイケルが事前に何を言うかは知らなかったと公の場で発言し、

報道でMJの発言を知ったベリー・ゴーディは、マイケルに電話をかけ「〈人種という切り札〉を使うべきではない。我々はこれまで、一度もその方法はとらなかった。音楽はみんなのもので、肌の色は関係ない。というのが我々の信念だ。特に君はダメだ。これまで人種を意識してやってきたわけじゃないだろう。よく考えてみろ」と諭し、マイケルもまた、「あなたの言うとおりで、よく考えなくてもわかる。電話をくれて本当にありがとう」と言ったそうです(→『Michael Jackson Inc.』)

モトーラに対して、人種差別を訴えたのは、マライアや、ジョージ・マイケルはしていないことですし、この時代のMJが、黒人としての差別を訴えるというのは、当時の私には違和感しか感じられませんでした。

MJは黒人の可能性を拡げた人物として、今でも尊敬されていますが、当時、白人よりも「白い肌」になっていたMJが、黒人差別を訴えるのに相応しいとは思えず、SONYが販促活動を怠ったことを、差別のせいにするというのは、もっと理解できないことでした。

なぜなら、マイケルだけでなく、プリンスも、MCハマーや、ボビー・ブラウン、ジャネット・ジャクソンや、ホイットニー・ヒューストンも、日本でお茶の間に波及するほど、売れていた洋楽アーティストには黒人が多く、スポーツ界では、マイケル・ジョーダンの人気が凄まじく、オリンピックでは、カール・ルイスや、ジョイナーが活躍し、ゴルファーで一番の有名人といえば、タイガー・ウッズ、女子テニスでは、ビーナス、セレナ姉妹が大活躍し、日本で、アメリカの有名人と言えば、ほとんど黒人のように思えた80年代以降、「人種差別」という問題は、日本ではまったく感じることが出来ないことでもあったからです。

ただ、その後、日本でも、韓流ブームの後に、嫌韓流が流行り、GDPで抜かれた後に、反中ブームが起こったという経験を経て、当時のアメリカで、貧しくなった白人が、どんな思いがしたのか、なんとなく実感を持って想像できるようになった気がします。

満たされない思いを抱く白人が多くなり、自分たちには手にすることの出来ない人種差別という「切り札」を、苦々しく思う人が増えた。それは、日本が貧しくなってから、「在日特権」などということがクローズアップされたように、人類に共通したネガティブな感情なんだと思います。

黒人の流行を上手に取り入れた白人アーティストが活躍するという状況は、マイケルが登場する前は、トラボルタとビージーズによる「サタデー・ナイト・フィーバー」のブームがあり、ブルーアイドソウルと呼ばれた、ホール&オーツも大人気でしたが、この当時から、隆盛を誇っていたヒップホップ文化が、ハーレムだけでなく、ブルックリンをも席巻するようになってから、ブルックリン出身で、イタリア系のモトーラの周囲では、白人の中では一段下に置かれていた、ラテン系、ヒスパニック系の人々を中心に、黒人以外の人種で結束するという状況があったのではないでしょうか。彼らが、黒人勢力に対し、侮蔑的な発言をすることで、集団としてまとまるということは、容易に想像できることなので、

マイケルが「モトーラは、所属アーティストをニガー(黒人に対する蔑称)呼ばわりしている」と言ったことを、彼を失脚させるための嘘だと思っているわけではなく、実際にそういうことはあったのだと思います。

ただ、マイケルほど冷静な人が、様々なストレスを抱えていたとしても、人種差別への思いが再燃したという理由だけで、これまで封印してきた〈黒人差別という切り札〉を使ったとは、私には思えません。

と、このあと[7]に続く予定でしたが・・・

他のことに追われ、時間が経つうちに、MJエステートが持っていたソニー/ATVを、SONYに売却することが決定しました(マイケルの楽曲に対する出版権の所有権は100%エステートが所有したまま)。

http://yourockmyworld829.blog88.fc2.com/blog-entry-3683.html

これに関しての私の感想は、ジョーパパとまったく同じです。

http://yourockmyworld829.blog88.fc2.com/blog-entry-3685.html

マイケルの子供たちが、これを保有し、ビジネスとしていく意向があるのなら、また別の選択もあったでしょうが、長男の選んだ大学から想像しても、おそらくそういった興味はない様子。そうであるなら、マイケルが地上にいない、ビジネスに関与できない状態で、他にどんな選択があるんでしょうか。

「ソニーウォーズの意味について」は、他人をお金の亡者に仕立てて、正義を振りかざす方々が作る “真実” への危惧から書き始めたものですが、しばらく放置することにします。

[PR]
by yomodalite | 2015-03-23 08:40 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

ソニーウォーズの意味について[5]

f0134963_17574135.jpg
SONY is phony like bologna は、ソーセージの肉のようにインチキという意味


引き続き、マイケルが自分の愛したSONYではないと感じた理由を、モトーラと絡めつつ、色々探っていきたいと思います。

モトーラがソニーミュージックの社長となった1990年代は、グローバリゼーションが地球規模化し、多国籍企業が世界経済を支配していくことになった時代でした。

MJのレーベルであるエピックレコードは1953年に設立され、コロムビアとエピックの2つのレーベルを柱としていたCBSレコードは、1988年にソニーに買収され、1991年にソニー・ミュージックエンタテインメントと改名する。

マイケルがATV版権を買ったのは1985年。1988年に自分のレーベル「MJJ Music」を創った頃、彼には、自分がレコード会社を所有して、アーティストを育てるということも考えていたようです。

MJの30周年記念コンサートには、彼に影響を受けた若いアーティストが大勢出演し、アッシャーや、ビヨンセ(ディスティニー・チャイルド)、ジャスティン・ティンバーレイク(インシンク)は、MJの大ファンを公言しているだけでなく、ブリトニー・スピアーズや、インシンクは、MJの教え子であるウェイド・ロブソンが振り付けを担当していました。

2015年に、ウェイドのことを考えるのは気が重いですが、オーストラリア出身であるウェイドを、アメリカに連れてきたのはMJで、振付師としてだけでなく「MJJ Music」で、アーティスト契約もし、Quoという名前でデビューしました。






ブリトニー・スピアーズやインシンクがやっていること、そのスタイルはすべて僕から来ている。僕がウェイドを教えたんだから。彼は僕のレコード会社「MJJ Music」に所属していて、ラップもできるし、何でもできるんだ。(『MJ Tapes』)


MJにとって、教え子のウェイド・ロブソンは、自分のあとを追う、ティンバーレイクや、ブリトニーを生み出しましたが、自分のレーベルでデビューさせた “Quo” は、ティンバーレイクや、ブリトニーのようには売れなかった。そして、ディスティニー・チャイルド(コロムビア)、インシンク(RCA)、アッシャー(Arista)といったMJチルドレンは、レーベルはちがっても、合併により、すべてソニーミュージックのアーティストになっていました。

ニルヴァーナの登場によって、「マイケル的な美学」が完全に過去のものとなっていく様を体感し続けた。「90年代」に生きる多くのミュージシャン、音楽ファンにとって「マイケル」こそは唾棄すべき商業的な音楽の象徴であり、「ニルヴァーナ/カート・コバーン」こそは救世主であった。(西寺郷太『マイケル・ジャクソン』)


というグランジロック全盛期のあと、怒濤のように現れた「MJチルドレン」は、マイケルへのリスペクトを取り戻す起爆剤にはなりましたが、『インヴィンシブル』は、彼らとヒットチャートを争わなくてはならなかった。


一方、モトーラは、ホール&オーツ、ビリー・ジョエルなど、永年に渡って、様々なアーティストを手がけてきたヒットメイカーですが、ソニー/コロンビア時代に彼が手がけたのは、マライアだけでなく、


f0134963_18211193.jpg
Jennifer Lopez




f0134963_18225181.jpg
SHAKIRA




タリアはマライアの後、モトーラと結婚したアーティスト。

f0134963_18293150.jpg
Thalia





上記の動画や写真は、2000〜2002年でセレクトしていて、彼女たちは皆、ブロンドヘアで、露出の多いファッションなど、マライアの成功パターンを繰り返したようにも見えますが、マライアのデビュー当時の写真を見ると、


f0134963_19465697.jpg


マライアが、今のような巨乳とエロティックな路線になったのは離婚直後から。


f0134963_20375663.jpg
離婚して、SONYを離れる直前1999年頃



ただ、SONYの女性アーティストが、モトーラの趣味により、みんなソフトウェービーのブロンドヘアで、ヌーディーなファッションになったようにも見えるので、コントロール・フリークだと言われても納得できるものはあります。

また、セリーヌ・ディオン、グロリア・エステファン、マライア・キャリー、ジェニファー・ロペス、シャキーラ、そして、マライアと離婚後、再婚したタリアなど、女性アーティストが多いだけでなく、マーク・アンソニー、リッキー・マーティンなど男性アーティストも含めて、

彼はイタリア系の自分と同じ「ラテン系」のアーティストを多く売り出したようです。

f0134963_18174418.jpg
Britney Spears





彼女たち以上に人気を得たブリトニーも、外見上の「戦略」は同じで、ブロンドでグラマーな美女が好まれるというのは、MJが好きな「黄金律」よりも、現世的に確実な「ゴールデンルール」なので、モトーラの個人的趣味ではなく、他のレコード会社でも似たような状況だったかもしれませんが、

この時代は、MJチルドレンが席巻しただけでなく、ポップチャートに登場するアーティストのほとんどに、ダンスの要素と、過激な肉体露出が求められるようになっていました。

最初に、MJが目を付けたATV版権の半分を所有し、巨大企業となったソニーミュージックは、所属アーティストを大勢抱えることによって、その権利ビジネスも巨大になり、SONYだけでなく、80年代から上昇傾向にあったグローバル企業の役員報酬額の伸びは90年を越えて、ますます、急激に上昇していきました。

アーティストが才能と肉体を駆使して、生み出した作品を利用して、アーティストよりも、派手な生活を楽におくっている・・・当時の音楽業界の幹部たちの姿を見て、

アーティストたちに、実際にその代価が支払われていないのは本当に悲しいことです。彼らは、世界中の人々と会社のために大きな喜びを生み出したのに、レコード会社のような組織を始めとして、完全に彼らを利用している。(2002年ハーレムでのスピーチ)


と感じたアーティストは多かったと思いますが、それを公言し、会社に潰されることがない立場だったのは、世界中でMJただひとりだったと思います。



[PR]
by yomodalite | 2015-01-31 00:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(11)

ソニーウォーズの意味について[4]

f0134963_22384563.jpg


☆(3)の続き


SONYデモで、プロモーションへの不満を主張したのは『インヴィンシブル』だけでしたが、そこまでの経緯を少し振りかえってみたいと思います。


宣伝が少ないと不満を表明した『インヴィンシブル』の前に出された『ヒストリー』と『ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア』は、その宣伝方法において、両極端な戦略がとられました。


『ヒストリー』は、業界の常識を超えるほどの派手な広告が打たれ、史上最も売り上げた二枚組アルバムという記録を作りましたが、その宣伝方法や、ティーザーは激しい批判を浴び、米英ともにNo.1にもなったにも関わらず、メディアは「失敗」の烙印を押し、


◎[参考記事]この記事内にあるTV『プライムタイム』の内容


一方の『ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア』は、発売日すら告知しない状態で店頭に並べられ、リミックス・アルバムとして世界最高売り上げのアルバムになりました。


『ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア』が急遽発売されたのは、未収録になった作品を長く埋蔵させるよりは、アルバムや、通常アメリカのアーティストが行かないような場所までケアしたツアーなど、多額の費用と時間をかけた『ヒストリー』期の損失補填に利用したい。という意向があったのかもしれませんが、


リミックスアルバムといえ、新曲が5曲も含まれたアルバムに対し、このときのMJは、宣伝がないことになんの不満も述べず、これまでよりも安い予算で創られたとおぼしきショートフィルムを1本だけ創っています。


私は未読ですが、2013年に出版された、彼の著書『Hitmaker: The Man and His Music』には、そんなことが書かれているんでしょうか(読まれた方は教えてくださいね!)?


◎[Amazon]『Hitmaker: The Man and His Music』


MJも尊敬する俳優ロバート・デニーロが、ブロンクスで生まれ、自分の才覚によって成功を納めた同胞に対して、「彼を誇りに思う」というレヴュー他、ビリー・ジョエル、ジェニファー・ロペス、有名音楽プロデューサーで、数々のレコード会社の社長でもあったクライブ・デイヴィス等からの賞賛の言葉が並んでいます。


このまったく違う2枚の宣伝方法は、マイケルにとっても、モトーラにとっても、次のアルバムの「観測気球」になったのではないでしょうか。


まったくの想像ですが、


モトーラは、宣伝のし過ぎは、若手ミュージシャンからの反発と、メディアの反感を煽るだけで逆効果になる。と考えたのではないでしょうか。


1993年の疑惑によって、MJが1530万ドルという巨額の和解金を払ったことは大きく報道されていました。また、グランジ・ロックが席巻した当時の米国で、成功したアーティストによる「金にものを言わせる」広告は、若者に好まれていなかった。音楽プロデューサーとして、様々なアーティストの売り出しを考えねばならず、MJだけに特別扱いはできない。むしろ、MJには先輩として、若手にプロモーション費用を譲って欲しいと。 


マイケルがどう考えたかは、さらにむずかしいですが、


『ヒストリー』ティーザーへの批判は、論争を巻き起こしたかったからで(TV番組『プライムタイム』での発言)、むしろ、歓迎すべきことであり、『ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア』は、自分が創ったショートフィルムだけで売れた。


というような結果を手にしていたのかもしれません。


西寺郷太氏の『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』には、


ソニー創業者のひとりである盛田昭夫会長のことを心から尊敬し、信頼していたマイケルにとっては「これは自分の愛したソニーではない」という気持ちが強かったのかもしれません。


と書かれています。私もそう思います。


マイケルの愛したSONYは、最新の技術と、夢のある商品を提供する「特別な会社」で、また、そのハリウッドへの挑戦に対しても、盛田社長と、マイケルは夢を共有する関係だったと思いますが、ヒットメイカー、モトーラが支配するソニーミュージックは、MJにとっては「普通のレコード会社」になっていた。



上記は、デモの後行われたスピーチですが、その中でも語っているように、


このとき、MJはソニーの半分を所有していました。


モトーラが、ソニー・ミュージックの社長になったのは1990年。『デンジャラス』『ヒストリー』『ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア』『インヴィンシブル』の製作期間、彼は、MJのレコード会社の社長で、


MJのATV版権と、ソニーの音楽出版事業が合併し、ソニーATVミュージックパブリッシング(以下:ソニーATV)が出来たのは1995年。このときソニーミュージックの社長だったモトーラが、どの程度そこに関わったのか、あるいは関わろうとしていたのか?その詳細はわかりませんが、


モトーラのWikipediaによれば、


在任中、ソニーを最も成功しているグローバルな音楽会社の1つに変えた。とか、ビートルズなどのカタログを獲得をすることによってソニーミュージックの出版事業部を生き返らせて・・・などの記述があるので、ソニーATVの版権の利用について、もっとも力を行使できる立場だったと思われます。


◎Tommy Mottola(Wikipedia)


その使い方の中には、マイケルにとって「音楽を殺す」と感じられるようなことがあったのでしょう。MJは購入する版権の楽曲にもかなりのこだわりがあったようです(『MICHAL JACKSON.INC.』)。


しかしながら、財務一辺倒でない音楽プロデューサー出身のモトーラが、マライアを失った後のSONYで、マイケルまで潰そうとするでしょうか?


西寺氏と同じく、私もそこに大きな疑問を感じます。



f0134963_01361497.jpg


モトーラは、マイケルには「もっと売れて欲しかった」。ただ、マイケルが考えているようなプランは対費用効果に乏しく、これ以上時間をかけても仕方がない。すでに素晴らしい曲が出来ているんだから、これをシングルにすればいいだけだ。というような、誰もが思う正論を、「自分が悪者になるのだ」(西寺郷太『新しいマイケル・ジャクソンの教科書』)と思って言っていたのではないでしょうか。


当時のことを聞かれたモトーラは、「たとえ誰かがノーと言ったとしても、マイケルはイエスと言ってくれる別の人のところに行くだけだったと答えています。(『MICHAL JACKSON.INC.』)


しかし、納得のいかないMJはスピーチで語ったように、


版権の半分を所有したまま、離れる。


と、SONYに迫った。端的に言えば、それは「自分とモトーラのどちらを取るんだ」という脅しです。

そして、SONYはモトーラの方を解雇した。


MJは、モトーラをソニーミュージックの社長の座から降ろすことに成功したわけです。


スピーチでは、SONYから自由になる。と発言しているので、あれだけ批判したSONYに停まったことを疑問に思った人は多いと思いますが、デモの時点ではモトーラはまだ社長ですから、彼を失脚させるためにSONYブランドを攻撃した。ということで理屈は通ります。


これ以降、MJ主導のショートフィルムは創られることなく、多くの企画が流れていったことで、ファンは、MJの創作活動が妨げられていると感じ、さまざまな想像がなされ、マイケルがその後も何度か版権への陰謀を口にしてきたことは、それにさらに拍車をかけました。


「SONYは、ソニーATVの全権をにぎるために、自分のキャリアを破壊しようとしている」


という理屈は、


「アルバムが失敗すれば、資金ぐりが悪化し、ソニーATVを担保に借りている2億ドルの返済が滞る」


ということで、マイケルの心中としてはそうでしょうが、理由はどうであれ、彼が非常にお金のかかる生活をしていたことは否定できませんし、アルバムの制作費に莫大な金額をかけたのも、借金をしたのもMJで、モトーラや、SONYがそうするように仕向けたわけではありません。


MJは当時の破産という噂に対し、FOXニュースのインタビューで、「僕は最近、とある人物に5億ドル(約600億円)の小切手を渡したばかりだ」と答えていますが(→ http://moonwalker.jp/project_old/2002-2.html)


それほどお金があるなら、そして、なぜ、「スリラー」のときと同じように、自分のお金で「アンブレイカブル」のショートフィルムを創らなかったのでしょう?


また、その後も莫大なお金を借りられることができたMJは、なぜ、その借金で本当に創りたいショートフィルムを作らなかったのでしょう?


また、デモを行なった、2002年6月15日から7月16日までの間に、ソニーと共同で、カントリー音楽を扱う音楽出版社エーカフ・ローズを購入するという発表(7月2日)も行なわれています。そこから考えても、やはり、ソニーへの攻撃は、モトーラ失脚のための手段だったと、私には思えてなりません。


☆(5)に続く


[PR]
by yomodalite | 2015-01-25 06:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)

ソニーウォーズの意味について[3]

f0134963_14022578.jpg


☆[2]の続き

ソニー社内の権力闘争という側面については、下記に詳しく書かれています。

http://homepage3.nifty.com/mana/michael-world7.html

上記は、『ソニー:ドリームキッズの伝説』にインスパイアされた素晴らしい記事ですが、実際の本の中で、マイケルに言及した部分は極わずかということもあって、
少しだけ異論というか、解釈を加えたいと思うのですが、

まず、私は、マイケルにとって関係のないソニー内の権力闘争によって、彼が犠牲になってきた。とは考えません。

私を含め、ほとんどのファンは、MJのような「KING」ではないので、大きなものに巻かれたり、その犠牲になるような経験しかないため、つい、大好きなマイケルのことも、自分と同じように弱い立場として想像しがちなのですが、

「スリラー」で始まった彼の物語は、「バッド」で「デンジャラス」な「ヒストリー」を創りあげ、これ以上ない「インヴィンシブル」な男だったことを、ファンはもっとも忘れてはいけないのではないでしょうか。

「オフ・ザ・ウォール」を続けるということは、常に戦いに勝利するということです。

80年代のイエトニコフ時代のCBSレコードはソニー最大の稼ぎ頭で、90年代のモトーラ時代の音楽部門は、映画部門と並んで、ソニー全体にとって、むしろ「赤字部門」だった。ということは重要な指摘なんですが、歴代トップと、モトーラとの最大の違いは、

モトーラが、マイケルに並ぶほど収益をあげたマライアを育てたことです。


f0134963_22243015.jpg

それまで、なんだかんだ、マイケル頼みだったこれまでの社長と違い、自分自身もアーティストの経験があるモトーラは、プロデュース能力によって、次々にスターを生み出し、マライアを90年代には、MJを凌ぐほどのドル箱に成長させました。マライアにとって「耐えられないほどの干渉」は、裏を返せば、それほど、きめ細やかな指導だったとも言えます。

彼は財務のプロフェッショナルというよりは、むしろ、音楽業界を知り尽くした、現場の叩き上げとして、社長の座を射止めたわけです。

音楽産業は転換期をむかえ、全米のラジオ局は、クリアチャンネルが独占するようになり、それぞれのDJが音楽を選曲して放送する時代は終わり、流通も変化しました。ニューズ・コーポレーションに代表されるメディア・コングロマリットは、5大ネットワークをゴシップ雑誌と同じ水準に引き下げ、彼らは、マイケルの驚異的な知名度をビッグビジネスに転化しましたが、レコード会社にとってはそうではなかった。

ますます売れなくなる音楽業界で、放っておいても売れるアーティストにお金を使わせるよりも、新人のプロモーションにお金をつかう方が、新たな収入源につながることは、誰が考えても明白で、それは、モトーラ個人の考えというよりは、レコード会社だけでなく、多くのビジネス現場で正しいと判断される考え方で、私たちが働く会社でも、ビジネス論理は同じようなものです。

マイケルが、他のアーティストと比べて、待遇面であまりにも恵まれていたことは否定できず、90年代、数々のスキャンダルに見舞われ、ブランド価値に陰りが差したマイケルに物が言えるのは、当時マイケルと同じぐらい稼いでいたマライアの生みの親であるモトーラだけ。。

病床にあった盛田会長だけでなく、当時のソニーは、映画産業への壁に阻まれ、デジタル化への変化の中でもがき続けている最中で、マイケルと同様のマインドを持ち続けたくても出来ない状況でした。


f0134963_15063706.jpg


赤字に転落していた音楽部門を立て直すために、モトーラに期待されたことは、アーティストを今まで以上に「売る」ことだったでしょう。元々ミュージシャンで、敏腕プロデューサーだったモトーラは、これまで成功したアーティストの方法論も、彼らの音楽についても、アーティストが売れたいと思う気持ちも理解できたと思います。

売れるためにはどうすればいいか。日々そのことを考えていたモトーラは、これまでの社長よりも、マイケルのアルバム製作にしても、宣伝活動にしても、現実的な目線で見ていたでしょう。想像でしかありませんが、マイケルの90年代の売上げに匹敵するほど、マライアを売った男は、それまでの社長よりもマイケルに具体的な指示をしがちだったと思います。

そういった意味において、MJにとって、モトーラは、歴代社長の中でもっとも「ウザい」相手だったのでしょう。

成功に導いた実の父親や、ベリー・ゴーディ、クインシー・ジョーンズといった人々でさえ、自分のやり方を通すために別離し、有能なマネージャーのディレオ、ソニーウォーズでも切り札になった版権取得を可能にしたジョン・ブランカでさえも、首にしてきたマイケルは、自分に指図するような相手と長くつきあうことはしません。

マイケルの業績として、彼が新しい音楽ビジネスを開拓したということがよく語られています。新たなビジネスモデルを創るということは、経済分野においては、彼の音楽よりも評価されることですが、それは、そのモデルによって、他の人にも恩恵が与えられるからです。

2015年の音楽業界でも「MJフォロワー」は数えきれないでしょう。

『MJ Tapes』の中で、マイケルは、マドンナのことをあまり良く語っていない理由のひとつは、自分の真似をすることで、自分に近い地位まで獲得した彼女に、自分とはまったく違う精神を感じるからだと思います。その感覚は複雑だと思いますが、

あえて、ひとことで表すとすれば、「PHONEY(偽物)」ではないでしょうか。


f0134963_15074700.jpg

私たちが、心の底から「本物」だと思うアーティストは、素晴らしいものの中にも、「偽物」を感じるような鋭敏な感覚を、永遠に持ち続けることで、真の「本物」になったのだと思います。

マイケルは、マライアの才能を認め、高く評価していますが、それは、彼女がマドンナと違って、自分のライヴァルにはならないということもあったでしょう。でも、社長として、売上げベースで比較すれば、ふたりのアーティストの価値は拮抗していて、モトーラは、その一方を創ったという意識で、マイケルに接したはずです。

「KING OF POP」のみならず、「KING OF MUSIC」であるマイケルがそれをどう感じたか、どんな山よりも高い、MJのプライドを知るファンとしては、彼が「イラっ」とする感じが想像できるんじゃないでしょうか。

「KING OF MUSIC」である自分の想像の翼をすぼめることは、「音楽を殺すこと」と同じだと、マイケルが考えても、彼のファンなら、ただの傲慢だとは思わないでしょう。彼のような音楽を創り上げるには、それぐらいの妥協のなさと同時に、ビジネス論理にも打ち勝つことが必要でした。

米国の一流企業のトップにとって、女性蔑視的な行動や、人種差別的発言を公表されることは完全に「OUT」です。SONYのようなコンシューマー企業は特にそうです。

マライアから、最初にモトーラについて相談を持ちかけられたときから、MJが内心ほくそ笑み、マライアを移籍に誘導していった。とまでは言いませんが(あ、口がすべったw)、ソニーから移籍したマライアから、モトーラの罪状を聞いたとき、小さくガッツポーズするMJが、どうしても私には見えてしまいます(妄想ですw)。

会社に莫大な利益をあげたアーティストを育てたことで得た地位は、彼女に去られたことで、危うくもなっていました。モトーラのマライアに対しての監視や盗聴行為は、ライバル会社に移籍した元妻が自分の立場を悪くすることへの防御の意味合いもあったでしょう。

マライアの口からそれを聞き出したとき、それは、MJにとって、「時はきた。」という瞬間ではなかったでしょうか(またまた妄想w)。

当初のインタヴューで答えていたように、MJのソニー攻撃は、モトーラ下しの手段という側面が大きかった。

ただ、MJの心の中では、結局、そのふたつへの怒りは、同じものとして、燃え上がっていったのだと思います。


[PR]
by yomodalite | 2015-01-21 06:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(10)

ソニーウォーズの意味について[2]

f0134963_21543938.jpg


☆[1]の続き

ソニーへの抗議で、MJが主張したと言われているのは、

1. 所有する版権を奪うために、アルバム『インヴィンシブル』のプロモーションを積極的に行わなかった。

2. ソニー・ミュージックの社長、トミー・モトーラの人種差別や、元妻(マライア・キャリー)への監視・盗聴などの行為

当初のインタヴューでは、マイケルは「モトーラに怒っているんであって、ソニー全体ではない」と言っていたものの、デモでは、「STOP CRIMINAL MOTTLA(犯罪行為を止めろ、モトーラ)」「GO BACK TO HELL MOTTOLA!!(地獄へ帰れ、モトーラ!)」以上に、「SONY IS PHONEY(いんちきソニー)」「SONY SUCKS(くそったれソニー)」「SONY KILLS MUSIC(ソニーは音楽を殺す)」といったプラカードを挙げているマイケルの姿が目立った。(プラカードはファンが用意したもの)




マライア・キャリーは、CBSレコード(現:ソニーミュージックエンタテイメント)の社長だったトミー・モトーラに見いだされ、1990年にデビュー。1993年にはモトーラと結婚し、1999年を最後にソニー・ミュージックを離れるまで、会社に1000億円を超える利益を与えたと言われるほどの成功を納めた。敏腕音楽プロデューサーだったモトーラが、彼女を成功に導いたことは間違いないものの、私生活と仕事の両面で厳しい干渉を受け続けたマライアは、ついにそれに耐えられなくなり、1998年に離婚。ヴァージンレコードに移籍する。


西寺郷太氏の『新しいマイケル・ジャクソンの教科書』には、

モトーラが元妻のマライアと別離後にした仕打ち、『インヴィンシブル』からほとんどシングルカットがされず、ショートフィルムが作られなかったこと、マイケルの呼びかけにより、21世紀の「ウィー・アー・ザ・ワールド」とも呼ばれた『ホワット・モア・キャン・アイ・ギブ?』のリリースをなぜかソニーが拒み続けたことは、未だに不可解であり、ふたりの個人的感情のもつれとしか思えない。


と書かれています。ふたりの間に感情のもつれがなかったとは言えないでしょう。ただ、『ホワット・モア・キャン・アイ・ギブ?』は、自然災害の被害者や、飢餓を救うためだけのチャリティ・ソングとは違っていました。


(下記は歌詞からの抜粋)

How many people will have to die before we will take a stand?

どれだけの人が死んだら、僕たちは立ち上がるんだろう?


How many children will have to cry, before we do all we can?

どれだけの子どもが泣いたら、手を尽くすというのだろう?


If sending your love is all you can give to help one live

人が生きるのを助けるために、愛を与えることができていたら


How many times can we turn our heads and pretend we cannot see

僕たちは、何度顔を背け、見て見ぬ振りをするのだろう?


See, then why do they keep teaching us such hate and cruelty?

よく見て欲しい、なぜ彼らは、私たちに憎しみや残虐を教えようとするのか?


We should give over and over again

僕たちは、何度でも与えよう


What have I got that I can give?

他に何かできる?


We should give over and over again!

僕たちは、何度でも、何度でも、愛を与えるべきなんだ


(yomodalite訳)


◎[参考記事]“What More Can I Give”が歌われる前に行われたスピーチ





日本語字幕 “What More Can I Give”

(私訳とは少し異なりますが)




911を憶えている人なら、あの頃、アメリカ中が戦闘態勢になり、国中に星条旗があふれ、イラク戦争への道に突き進んでいったことを憶えているでしょう。当時は、「イマジン」も放送禁止になり、人々の平和を求める声は抑えられ、戦うことを強いた時代でした。


それぞれ別レーベルのアーティストが参加したこの曲のリリースは、各レコード会社が、その壁を越えて、力をあわせなくてはならない事業でしたが、アフリカやハイチの支援活動と異なり、この時代の米国で「ひとつになること」を求められたのは「テロとの戦い」の方。


“What More Can I Give” は、同時多発テロ事件で傷ついた人々に手を差し伸べるだけでなく、その憎しみを利用して、戦争を起こそうとする政府に反した内容で、お金集めを目的とするチャリティ・ソングを越えたものでした。


モトーラでなくても、そしてSONY以外のレコード会社でも、“What More Can I Give” のリリースには、積極的になれなかったのではないでしょうか。


☆ソニーウォーズの意味について[3]に続く



[PR]
by yomodalite | 2015-01-20 06:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

ソニーウォーズの意味について[1]

f0134963_22411915.png

正月三が日を明けた頃、尊敬するある先生から、

「私はPHONEY(偽物)が嫌いなんです」

という言葉を聞いて、私の頭の中は、SONYへの抗議行動を起こしたときのマイケルの姿でいっぱいになり、そのあと、その先生と同年代である吉本隆明のNHKの番組「戦後史証言」を見て、

SONYという会社が2000年以降のMJの活動を妨げ、その他諸々、彼への陰謀に関わっていたという論調に違和感を感じていた理由のひとつは、偏向する報道の視聴者であり、利潤を追求するために働いている「私たち」が抜けていたからだと思いました。

大衆の原像を忘却し、この原像から、思想が孤立することは恥辱である。大衆の思想は、世界性という基盤をもっているのだ。ー 吉本隆明「情況とはなにか」

大衆の原像とは、今のありのままの大衆ではなくて、大衆の理想化されたイメージであり、それを正しさの基準としなければならないのだと。

MJが背負った「KING OF POP」の「POP(大衆)」にも、それと同じようなものを感じる。

番組では、吉本隆明に影響をうけた人々だけでなく、同時代のさまざまな論客による彼への異論も紹介されていて、それぞれの人がもつ「正しさ」のものさしのようなものも見えたけど、「思想家」として、時代を超えるものと、そうではないものとの違いも、少しだけ見えたような・・

f0134963_22463492.jpg

そんなことを考えつつ、久しぶりに西寺郷太氏の『マイケル・ジャクソン』を見てみたら、

人生を危険にさらせ ー『悦ばしき知識』

という、ニーチェの言葉が冒頭にあって、西寺氏がどんなきもちでそれを引用されたのかはわからないけど、なにか同じものを感じて嬉しくなった。マイケルは、ほとんど語らなかったし、むずかしい言葉も絶対につかわなかったけど、彼のことを考えようとすると、偉大な思想家の力を借りなくては説明の出来ないことがいっぱいある。というか、MJの持っていた何かが、それまでは何を言っているのかわからなかった言葉の中から、それを発見させたり、ゴミ箱に入れてもいいものも教えてくれる。

若いときに「本物をいっぱい見ろ」とよく言われたけど、何が「本物」なのかよくわからなかった。でも、一度でも「本物」に出会えると、芋づる式に「本物」に出会うこともできれば、素晴らしく見えるものの中に偽物があることにも気づく。

偽物は、借り物の言葉で出来ているけど、本物は、それを表す言葉がないことに気づかされて、言葉を失わせられる。それで、自分の無知を知ることができるのだ。

MJのことを考えていると、いつも言葉を失って、誰かが、彼について語っている、その言葉にも納得ができない(そんな経験をみんなもしてるよね?)。

そんなことを考えていたら、childspirits先生から電話がかかってきた。

C:お正月に『THIS IS IT』をコマ送りで見て、どうだった?


Y:私って、すっごい俳優だなって思うと、コマ送りで見るの好きじゃん? でもさ、『THIS IS IT』をこれだけ何度も見てるのに、まだやったことなかったのね。なんか、怖かったんだよねw、うっかりすると、なんだか恐ろしいものが見えそうでさ、そーゆーことよくあるじゃん、マイケルの場合w。でもね、だいじょうぶだった。もうね、どこで止めてもすっごく絵になってた!


C:娘がまだこどもの頃に、「スリラー」を見せたことがあったんだけど、それからしばらくして、「You Are Not Alone」を見て、すごくショックを受けてた。あの「スリラー」の人がこんな風になったんだって。


Y:リアルタイムで彼の変化を見てるときは、あれでも、充分ショックだったし、基本的にいつもショックを受けてたような気がするw「Blood On The Dance Floor」だって、今は死ぬほど好きだけど、昔あれを見たときの怖さは、未だに忘れられないし、あらゆる映像の中でも一番トラウマになった映像は「You Rock My World」のような気がするしw。。。あのね、今「ソニーウォーズ」のこと考えてて、それで、「Threatened」の歌詞も翻訳しようと思って読んでて、それで、あらためて怖いなぁって思ってたところだったんだ。ホント、マイケルってハンパなく恐ろしいよね。怒ってる神々って多いからかなぁ・・・




彼の怖さについては、まだよくわからないけど、「ソニーウォーズ」のときの、今までに見たことないような行動。あのときのMJは何に怒っていたんだろう?

SONYは、アップル設立前のスティーブ・ジョブズが憧れるほど輝いていた会社でありながら、一般的な米国人にとっては、自国の衰退を感じさせた外国企業の代表として、それまでも、職を奪われた人々による抗議のはけ口として常にニュースにされやすい会社で、単純な陰謀論を信じやすいファンにとって、うってつけの企業だった。

それまでのMJは、SONYから、その革新性の象徴のように扱われていて、彼が抗議した、レコード会社がアーティストから搾取しているという主張は、SONYという会社の固有の資質ではなく、むしろ、SONYのマイケルへの投資は、他と比較すれば異例で、MJがどんなに売れたからといって、他の会社だったらこれほど自由にできたとも思えなかった。

『HIStory』が、巨額の広告費を投じた割には売れなかった後の『Invincible』までの6年という長い歳月は、レコード会社としては我慢の限界を遥かにこえていて、MJがアーティストとして、彼らからの催促をかわし続けたことは流石としか言いようがないけど、SONY本体が映画部門の失敗で苦しむ中、売り上げ不振だったレコード部門の縮小は止む終えないもので、当時、MJが得意としていた華やかな宣伝は、消費者にも好まれなくなっていた。


f0134963_00470443.jpg

そんな状況の中でも、相変わらず巨額な費用をかけたビデオを製作し、それが1本しか創れなかったから、会社が「Invincible」を売ることを妨害したとか、マライア・キャリーの訴えを100%信用し、トミー・モトーラを「悪魔」呼ばわりするなんて、

「僕は人を憎むことは決して教えない」

と言っていたことに反してないだろうか。SONYとの契約の中には知られていないことも多くあるのだと思いますが、これまで見聞きしたものの中には、真実の光を放つものはなく、長い時間をかけて創った素晴らしいアルバムに対して、不当なほど酷い評価を下したメディアや批評家に憤慨するのならわかるけど、

すでに、知らない人が誰もいないほど有名になったアーティストが、広告が足らないことへの不満から、所属レコード会社に対して派手な抗議をするなんて、円熟したアーティストの行動とは思えないし、トミー・モトーラは、MJが「悪魔」と呼ぶには小さ過ぎる相手ではないか。長くエンタメ業界で過ごしてきた彼なら、モトーラ程度の「悪魔」なら、何度も遭遇してきたはず。。

『インヴィンシブル』が発売になったのは、同時多発テロと同じ2001年。抗議行動は、その翌年、ブッシュ大統領が「悪の枢軸」発言をした2002年。そのとき、マイケルには、もっと他に言うべき言葉があったのではないか。

私はずっとあのときのMJのことがわからなかった。


[PR]
by yomodalite | 2015-01-18 20:27 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite