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マイケル・ジャクソンの顔について(18)HIStory

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☆(17)のつづき

冒頭の写真は「HBOスペシャル・ワンナイト・オンリー」のリハーサルで倒れ、入院していた病院から退院するところ。

当初は、HIStory期の雑誌や、ショートフィルムなどを振返る予定だったのですが、あの、どうしても記憶に残ってしまった、デビーとの2ショット



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これは、1996年9月から始まったヒストリーツアー中に結婚した、1996年11月頃の写真だと思うのですが、これと前後する頃をツアーやパフォーマンス以外のインタヴュー動画や、写真で振返ってみたいと思います。

前回(17)の最後でも、1996年と1997年のプライベートビューティー写真を少しアップしましたが、HIStory期と言えば、メイク変顔の宝庫という認識で始めてみたものの、、なんか納得が行かないんですけど、探しても探しても、もう飽きてしまうくらい「男前」写真ばっかり見つかってしまうんですけど・・・何でかな?(笑)

では、

まずは、顔について(14)の「Prime Time Live」から、1ヵ月余後のインタヴューから

[1995.7.26]“MJ CHANGES HISTORY”Bill Bellamy Interview
☆インタヴューが始まるのは、8:15〜
◎MJ CHANGES HISTORY Interview Part 1



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[1995.8.17]Simulchat (Manhattan, USA)
☆アメリカの主要オンライン・ネットワークを使った、チャットによるMJインタヴュー
(スクリプト)http://www.allmichaeljackson.com/
(和訳)http://moonwalker.jp/ → INTERVIEWS → MJ simulchat 1995

[1995.9.07]MTVアワード →顔について(17)参照
[1995.9.23]BET15周年記念ショー“You Are Not Alone” →(17)参照
[1995.12.6]HBO スペシャル・ワンナイト・オンリーのリハで倒れる →(17)参照
[1995.12.12]入院していた、ベス・イスラエル病院(NY)から退院 →冒頭の写真
[1996.1.19]リサ・マリーと離婚



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[1996.2.16~18]ブリットアワードのため、ロンドン到着
これは、つけまつげじゃないよね?まつ毛長っ!!!(写真クリックすると拡大します)


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赤のスタジャン+赤シャツ+黒マスクというハンデがありながら“男前”が隠しきれない!
赤ジャンはスペインの「TORPEDOES SOCCER CLUB」のもの(だと思う)。

ビッグじゃないサッカークラブのユニを着ているのは「依頼」かなぁ。
でも胸の「Doo Doo」はMJオリジナル刺繍だよね??

[1996.2.19]Brit Awards “Earth Song” →顔について(17)参照



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[1996.3.19]“キングダム・エンターテイメント”設立記者会見(パリ)


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顔について(17)で、ミーティング写真をアップした、サウジ王子と、文字通り「王国の会社」を立ち上げる。とにかく、もうKING街道まっしぐら!


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[1996.5.08] Would Music Award(モナコ)いっぱいトロフィーもらったよ♡

☆下記のとてもとても素敵なブログに、WMAのときの超GOODな記事があります!
◎1996年ワールド・ミュージック・アワード。トロフィー大漁!Part.1
◎1996年ワールド・ミュージック・アワード。トロフィー大漁!Part.2

[1996.7.16] ロイヤル・ブルネイ・コンサート(ブルネイ共和国)



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[1996.7.18] マンデラ誕生パーティー出席(南ア)上のデビーとの写真の3ヵ月前



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[1996.7.19] ヨハネスブルグ・サン・シティー訪問(南アフリカ)


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この右側の子は、おバカメディアで“隠し子”と騒がれていた、オマー君かな?
◎Omer Bhatti in Italy (Bravo Bravissimo)


[1996.9.07] ヒストリー・ツアー開始(チェコ・プラハ)

[1996.7 or 9] Middle-Eastern children(カサブランカ or チュニジア)
☆アラブの7〜12歳の子供たちによるインタヴュー。Soooo Beautiful!!!!
◎Michael Interview with Middle-Eastern children
◎(テキスト)http://maljas.republika.pl/wywiady/arab.htm

[1996.11.10] VH1 インタヴュー(HIStory Tour in Thailand?)
☆ファンの質問に答えるという主旨なので、しぶしぶ応じたという感じ。
◎VH-1“HIStory Michael Jackson Interview”
◎(テキスト)http://www.allmichaeljackson.com/interviews/vh1interview.html

[1996.11.15] デビー・ロウと結婚(マイケル38歳、デビー37歳)

[1996.11.19] Molly Meldrum インタヴュー
☆ヒストリーツアーで訪れたオーストラリア。ステージ前のため、フルメイクでのインタヴュー。このカウボーイなインタヴュアーは、スティーブン・キングの熱狂的なファンで、インタヴュー後半は、ゴーストで共作したキングのことばかり、熱心に聞いたり、キングの本にMJのサインをもらうなどの、はしゃぎっぷり。でも、この直後に、MJの結婚が発覚して、特ダネを取り損なったことを、後悔したらしい。。
◎Molly Meldrum Interview



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この後、オーストラリアでは、MJは動物好きキャラを買われ「ワニと添い寝して来い!」のロケに行かされる!(嘘)

◎Michael Jackson Feeds Crocodile

このときのツライ体験が“Earth Song”の叫びとなる(嘘)
(ただし、“Earth Song”がオーストラリアのホテルで書かれたのは本当)

◎(テキスト)Michael Talks About Some Of His Songs

“Earth Song”(テキトー訳)
オーストラリアのホテルで書いたのを覚えています。わたしは、とても多くの地球の痛みと、苦しみを感じました。わたしは、自然が、人々の不始末を一生懸命補おうとしていると思うんです。生態の不均衡。。多くの環境問題、人々に、この惑星のそうした声を聞かせるために。。それが“Earth Song”です。オーストラリアをツアー中に、突然、それは、やって来たんです。

[1996.12]NTV Japan インタビュー
☆日テレによる来日時のインタヴュー。日本の印象を聞かれ、赤ちゃんがカワイイ。技術力がスゴいとかの後、なぜか笑いが止まらなくなる。
◎NTV Japan (中文字幕)

[1997.2.14]長男プリンス誕生

[1997.9.13]“20/20”Barbara Walters Interview
☆ツアーの最中にして、結婚、長男誕生、ダイアナ死亡のショックにより、コンサートキャンセルなど、超多忙だったためか、MJかなり痩せてます。
◎ABC“20/20” (Part 1)

[1998.4.03] 長女パリス誕生

[1998.12.12]Michael Jackson in Bahamas
☆久しぶりにリラックスした表情。花火とともに写っている建物はアトランティス・パラダイス・アイランドというバハマ最大のリゾートホテル。ロイヤルタワーにはMJ専用のスイートルームもあったみたい。
◎Michael Jackson Bahamas 1998

☆このときの歌は予定外。MJの「聞いてないよぉ〜」の場面が入っています。
◎michael jackson bahamas

☆バハマでのパーティーに居合わせたファンのリポート
http://legend-of-mwfc.la.coocan.jp/ → REPORT-1 → MJ in バハマ '98

[1999.6.25]マイケル・ジャクソン・ヒズ・フレンズ・コンサート(初回・韓国)
[1999.6.27]マイケル・ジャクソン・ヒズ・フレンズ・コンサート(2回目・ドイツ)
[1999.10.08] デビー・ロウと離婚
[1999.11.29] TVガイド誌特別号・表紙 →顔について(3)参照


リサとの離婚から、すぐのデビーとの結婚で、女のストライクゾーンの広さでも、KINGの器のデカさを見せつけたMJでしたが、元々、リサとの結婚を偽装と信じて疑わないアホメディアは、またもや、デビーとの結婚も出産も、良いネタの燃料投下とばかりに、勢いは増すばかり。。。

アルバム「ヒストリー」から、益々、世界中で売れるようになっていたものの、この頃から、世界との乖離が、さらに激しくなった、アメリカでのみ、メディアの狂乱、幼児虐待疑惑により、売行きが落込むという現象が。。。

でも、この頃のMJは、特に、海外に行くと、すごく自然なイイ表情をしていたり、残念ながら(苦笑)、リサ・マリーとは、離婚後も、ラブラブで会っていたり、デビーとも仲睦まじかったり、(←このあたりの写真は、このブログのポリシーにより無視♡)、ついに念願の子供も誕生しちゃったりで、プライベートも、すごく充実している感じが、間違いなく「顔」に表れてるみたい。

なんとなく、ヒストリーツアー終盤から、鼻がすごく細くなったように感じた人も多かったと思うんだけど、Would Music Awardのときの「細い鼻」は、マンデラを会ってるときは「ぽってり」、デビーと結婚したときはまたもや「細い鼻」... 2ヶ月ほどで「行ったり来たり」... やっぱり、あれもメイクだったと考える方が妥当ではないでしょうか。。

この後の[19]でも確認してみてください。

☆おまけ


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[1997 Breman, Germany Visit]
これに限らず、ヒストリー期のMJのミリタリーファッションは、すごく進化してたってことに、あらためて気づきました(愛の戦士による、世界の構築というコンセプトどおり)どれもこれも、すごく凝ってるしカッコいい!!!(でも、あの頃は、またこれだよ。とか思ってた...ぐっすん)今頃になって、ブランドも注目しだしたけど、ホントそうだよねって感じ。。


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これは、どことか、いつとか、わからないけど、ヒストリー期のもの。マスクも今見ると超カッコいいんですけど(笑)

マイケル・ジャクソンの顔について(19)につづく





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by yomodalite | 2010-10-22 16:43 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(21)

マイケル・ジャクソンの顔について(17)MJとマルソーと宝塚(嘘)

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☆(16)のつづき

冒頭の写真は1995年、パントマイムの神様マルセル・マルソー氏と。

このときのマイケルは、本当に尊敬している人との良い緊張感も伝わって来て素敵なんですが、ただ、その緊張感が災いしたのか、この後、MJは倒れて深刻な状態となり、予定されていたイベント「HBOスペシャル・ワンナイト・オンリー」は中止になってしまいました。






このときのMJは動きが固いですが、TIIのジュディスとのデュエットのときのポーズなど、ショーが幻に終わったあとも、色々研究してたような気がします。

マルソーとのイベントでは、「Childhood」を歌う予定だったとか。。。


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MJは、マルソーの名前をあげることはあまりなかったと思いますが、でも、彼の代名詞のような「Billie Jean」のパフォーマンスも、「Dangerous」のパフォーマンスも、彼の幼い頃からのアイドル、アステアや、サミー・デイビスJrの影響にパントマイムの要素を取入れていったものではないでしょうか。

「Billie Jean」は、世間知らずの若い男に巧妙に近づき、罠にハメようとする女と、それを否定する「自分」を歌った内容ですが、

◎訳詞(Billie Jean Performance 1983 - 2001)

パフォーマンスは、マルソーなどパントマイムやピエロ、大道芸人など、パフォーマーの総体というべき「魂」が宿っているように感じます。

あの「トランク」はヒストリーツアーから登場していますよね。


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私は「Billie Jean」のパフォーマンスを見ると、彼の女性に対しての並々ならぬストイックさに加え、彼のアーティストとしての決意というか、「魂」を感じてしかたがないのですが、「Billie Jean」も「Dangerous」のパフォーマンスも、最初より徐々にパントマイムの要素が多くなっていったように思います。

まずは、「Dangerous」パフォーマンスの写真から見ていきたいと思います。

(14)から違和感があった「メイク顔」ということで考察を始め・・・確かに、あの頃、急激にメイクが濃くなったMJに当時はすごく違和感を感じたんですが、振り返ってみると、HIStory期のショートパーマヘアのMJが今はすごく美しく見えてしまって、というか、個人的にはすっごく好きで困ってしまったというか、、

いや、別に困ることないか(笑)

でも、自分でメイク変顔とか言いだしたくせに、もしかしたら「変顔」ファンの方には、期待に添えない結果になるかも、、、

では、

1993年、第20回アメリカン・ミュージック・アワード(AMA)のオープニング。
これが「Dangerous」のファーストTVパフォーマンスです。





HIStory期のパフォーマンスは、1995年のMTVビデオ・ミュージック・アワードが最初だと思いますが、たぶん、多くの人が違和感を感じたのは、、、


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MTV Video Music Awards(1995.9.7)の、この顔ですよね?

これは「Billie Jean」のときの衣装で、


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「Dangerous」はこれですね!

MJにしては長めのMCつき。パントマイムぽい動きが多くなってますよね。






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MCは、こんな感じ。。。

“Some of us like to play it safe and take each day as it comes; some of us like to take that crazy walk on the wild side. So for those of us who like living dangerously, this one's for you. ...

自分も、もっと、ワイルド・サイドを行くという宣言かな...


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これは、あんまりメイクしてない、リハーサル時



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どっちも素敵。。。♡♡♡

下記は、HIStory期のTVパフォーマンス

◎THE SOUL TRAIN 25TH ANNIVERSARY HALL OF FAME SPECIAL
◎’95 MTV Video Music Awards  9.7
◎’95 BET Awards “You Are Not Alone” 9.23
◎’95「Wetten Dass..?」 11.4
◎’95 HBO Special One Night Only(急病のため中止)12.6
◎’96 Brit Awards “Earth Song” 2.19
◎’96 Would Music Awards “Earth Song” 5.8
◎’97 Elizabeth Birth Day 2.17



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それと1995年は、MJが「月組」に、入団した年ですね(嘘)


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本当は、ドイツの人気TV番組『ウェッテン・ダス』出演時
パントマイムに更に研きがかかってます!!!






こちらは、ブリットアワーズの授賞時


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動画は、ブリットアワードでの「Earth Song」。4:40ぐらいからステージに左方から現れて、5:00ぐらいにアップで写っているのが、パルプのジャービス・コッカー。この神々しさでは、恐れや嫉妬を受けてもしかたがないかも。。。


そして1997年、入団から2年という過去最短で月組トップスターに!!!(嘘)



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初のトップ公演「ベルサイユのバラ」初日に、OGのエリザベスもお祝いに駆けつける!!! ふたりの、ただならぬ仲の良さにレズ疑惑も・・(嘘)

本当は、エリザベスの65歳の誕生日に、歌のパフォーマンスをした。

◎[動画]MICHAEL JACKSON ELIZABETH I LOVE YOU

このあと、

1997年11月8日『Wetten Dass..?』 で「Smile」を歌う予定をキャンセル。12月1日に予定されていたイギリスでのTV出演もキャンセルになり「Smile」発売もキャンセルになりました。

1999年は、落下事故もあった、Michael Jackson His Friendsコンサートを経て、INVINCIBLE期に突入しますが、やっぱり、今から振返ると、HIStory期のMJの顔はステージに関しては、すべて納得というか、しいて言えば、エリザベス誕生日に「女装か!」と言いたくなるぐらいで、むしろ、なんで変だと思ったのか、今では不思議になるぐらい(←私だけじゃないよね?)

そんなわけなので、今回はお口直しではなく「ダメ押し」として、1996年と1997年のプライベート「ビューティー写真」を。


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Meeting with Saudi Prince,1996


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Australia Visit,1996


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New Zealand Visit,1996


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Grevin Museum Visit, April 20,1997


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Childrens Hospital Visit, August 13, 1997


☆(18)につづく




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by yomodalite | 2010-09-20 15:02 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(23)

マイケル・ジャクソンの顔について(16)Chaplin

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☆(15)の続き

(14)で、MJのメイク顔を探ると言っておきながら、(15)でアップしたMJの顔は、Bad、Thriller、Dangerous、Blood on the dance floor・・・「HIStory」どこいってん?と思われている方も多いと思うんですけど・・とりあえず、そのメイク顔の「元」を探っているところなので、どうか寛大なお心でおつきあいくださいませ。

では、

冒頭の写真は、若い頃のチャップリン。結構スイートなイケメンです。



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それが、徐々に、こうなって、おなじみの「チャップリン」になったんですが、


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このメイクアップの時に、眉を墨のようなもので描いているところなど、私はプリンセス・テンコー氏の「マイケルはサインペンでアイメイクしてました!」という証言を思い出しました。

西寺郷太氏の『マイケル・ジャクソン』では、90年代に吹き荒れた逆風の原因を、ブラック・ミュージック界の若きスターが「挑戦者」としてポップチャートに攻め込んだ存在だったMJが、スリラーでチャンピオンとなり、防衛戦を強いられる立場になったことが大きいとし、「ニルヴァーナの衝撃」(P198)では、ニルヴァーナ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ベックなど、グランジ、オルタナティブと呼ばれた当時を代表するアーティストが挙げられていました。

予算に際限のないプロモーションによるお金持ちなイメージへの反感や、私服センスなども、等身大のスターが求められた90年代に、あまりにも時代とかけ離れたセンスを感じましたし、

HIStoryティーザーでは、彼の飛び抜けたスター性を自らパロディ化したところがカッコいいと感じましたが、当時のMJに対して揶揄する雰囲気には共感できるものもありました。

◎ブリット・アウォーズでの騒動

下記に、当時のグランジ、オルタナティブ系のバンドを少しまとめてみました。(私は、Weezerや、Beck、Saint Etienneなどのオルタナ系をよく聴いていました)


☆グランジ系

ニルバーナ
2002年までに欧州で最も流されたPVと言われている
Smells Like Teen Spirit('91)




“Eat It”でおなじみの
アル・ヤンコビックのパロディ





パールジャム
Even Flow





アリス・イン・チェイン
Love, Hate, Love




☆オルタナティブ系

ウィーザー
Buddy Holly




ちなみに、
ウィーザーの2008年の曲の歌詞にはMJが登場します
Heart songs




ベック
E-Pro




MJのパフォーマンス中に乱入した
パルプ
Common People




ザ・ヴァーブ
Bitter Sweet Symphony





アメリカでは売上げを比較すれば、圧倒的にグランジが主流で、グランジ系のパールジャムは、当時のジェネレーションX(年には異なる見解もありますが、1960年から1974年までに生まれた世代。日本では“新人類”という言葉があった)たちの苦悩の代弁者と言われ、同じく、その先頭に立っていたニルバーナのカート・コバーンは本来の自分と熱狂するファンのイメージのギャップに苦しみ、27歳で自殺(1994年)してしまいました。

この時代、MJが彼らの苦悩がわからなかったわけではないと思うんです。彼は外国の子供たちをお金だけで支援して来たわけではなく、国内のさまざまな不幸な子供たちを若い頃から見てきていますから。

日本の「新人類」は総中流の時代に生まれ、そうでなくても裕福になれる希望があった世代ですが、貧困や崩壊家庭をバックボーンにするグランジ系からは、未来への希望がなくなった超格差時代の到来が強く感じられます。

グランジ世代たちが触れたことのない、豊潤な文化に幼い頃から培われて来たMJにはむしろ、この世代への自分の役割がはっきりわかっていたんではないでしょうか。

そして、今改めてMJが時代からかけ離れたように見えたことを考えてみると、そのひとつには「チャップリン」の影響が大きいのではないか、と思い始めました。

以前(5)で、「ヒストリー」から最後にシングルリリースされる予定だった「スマイル」が、発売中止になったのはお笑いマニアのMJが「今、チャップリンちゃうやろ?」と思ったから。などという妄言を書いてしまって、ずっと反省していたのですが、

本当は、「今、チャップリンやらんで、どうするねん!」が正しいんです!

酷い貧乏や、母親の精神異常など過酷な少年時代を経て、世界中を笑わせ、楽しませるようなスターになったチャップリンこそ、今の若者や子供たちに伝えるべき人物で、「Smille」こそが、彼らへのメッセージだと彼は考えたのではないでしょうか。


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この写真は、3枚とも1979年に撮影されたもの。


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オフ・ザ・ウォールの頃ですね。


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『HIStory』発売の2年前、93年のGrammy living legend awardで、司会者から、「彼は、いったいいつからこんなに面白くなったのか」とか言われてましたが、メディアは、子供のころと、顔が違うことはやたらとしつこく繰り返しますが、彼がまだ10代の頃、ラスベガスでのショーや、そのショーを元に制作されたTV番組「ジャクソンズ・ショー」で、お笑いも完璧にやっていたことは忘れてしまったんでしょうか?

ちなみに、ジャネットがThe Jacksons Variety Showで、何度もモノマネをしているのは、ダリも絵に描いているメイ・ウエスト

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☆生涯を通して、ネタになり続けた、スゴい女優です。
◎Timothy Dalton and Mae West in "Sextette"

☆ジャネットのメイ・ウエスト
◎The Jacksons Variety Show Episode3 Part2


ジャクソンズ・バラエティーショーは、自伝『ムーンウォーク』の中で、TVのシリーズ番組は最低の仕事で、レコーディングアーティストとしてのキャリアを駄目にする(P133)と語り、「僕はコメディアンではありません」「僕はミュージシャンです」とあるのですが、

その数ページ前(P122)では、番組の元になったラスベガスのショーで寸劇を演じるのはとても楽しく、そのショーを見て、CBSテレビの人間がバラエティ番組のアプローチをしてきたことには興味を持ち、単なるモータウンの黒人グループ以上の評価を得ていることを喜んだ。とあります。

この番組からは、彼が、演技もコントもすごく好きなことがよく伝わるんですが、まだ自らの作曲による作品を発表できず、将来的に高い音楽的評価が得られるアーティストを目指していたMJは、茶の間に人気者として埋もれていくことへの不安から番組を視聴率が高いまま、終了させてしまいます。レコードの売上げが落ちたと『ムーンウォーク』には書かれています。

幼い頃に、あれだけの芸達者ぶりを見せたMJが、「オフ・ザ・ウォール」「スリラー」の頃、極端にシャイになったのは、レコーディングアーティストとしての自分を守りたい、チャイルドスターとしてのイメージを一旦白紙にしたいという強い気持ちからだったんではないでしょうか。

実際、スリラー期になると、メディアはMJと言えば「シャイ」で、子供のように無邪気でみたいな記事ばかり・・・幼い頃から、芸能人で大人っぽい歌を歌える抜群な表現力があったのに?

ジャクソンズ・バラエティーショーの6年前、
Diana Ross TV Show Special 1971 
It Was A Very Good Year





そのときどきで、彼が見せる「顔」が、完璧すぎるからなんでしょうか。

そんなわけで、以前、エディ兄さん、クリス兄さんなどと言ってしまいましたが、エディは、MJより、2つ年下で16歳でコメディアンになっているので、

やっぱり「よしもと」に入ったのもMJの方が「兄さん」でした(笑)



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これはヒストリー期に撮影されたもの。



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『キッド』ですね。


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「モダンタイムス」


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ただ、ヒストリー期のMJのチャップリンは
それまでのものより笑ってませんね


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監督、脚本、プロデュース、主演、音楽までこなした天才であり、悲惨な幼児体験(7歳で父親をアルコール依存症で亡くし、母は極貧生活の中で精神に異常を来たし、施設に収容され、10歳でコメディアンになった)をもつチャップリンは、MJにとって、エンターティナーとしても映画制作者としても、また、貧しく同じように悲惨な幼児体験をもつ子供に勇気を与える存在としても興味がつきない人だったと思います。

当時は、時代に逆行しているようにしか見えませんでしたが、

90年代以降、世界が「笑えない」方向に進もうとしていたことを、もっとも敏感に察知していたのはマイケルだったんではないでしょうか。

チャップリンも第二次世界大戦前から、幼児性欲者、容共主義など、様々なパッシングを受けるようになり、ノーベル平和賞のノミネートを受けながらも、アメリカからは国外追放命令を受けました。

バッシングを受けるようになったタイミングも理由もマイケルに似てますね。

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by yomodalite | 2010-09-10 00:38 | マイケルの顔について | Trackback(1) | Comments(43)

マイケル・ジャクソンの顔について(14)HIStory

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「Happy Birthday Michael 2010」で、2000〜2009年までのMJの顔が、全然変ってないどころか、むしろ2005年の裁判以降は、体型の変化も、顔のむくみもなくなり、永年の懸案だったステージ以外のファッションまで超オシャレになってしまうという事実を、うっかりw見せてしまいましたが、

それが、どんなに動かしようのない「事実」であっても、マイケルが行く先には、必ず「変顔」がある!w

全国、極少数のマイケルの変顔ファンのみなさま、ここからは、なんだかよくわからなかった彼の「メイク顔」を振り返ってみたいと思います。

最初に、MJのメイクが目立ってきたのは、アルバムでも、ステージでも「HIStory」からだと思いますが、ツアー時以外のショートフィルム(以下SF)、TV出演、雑誌撮影に集中して見て行きたいと思います。

◎Bad (1987 - )
◎Dangerous (1991- ) 
◎HIStory (1995 - )*ヒストリーツアー(1996 - 1997)
◎Invincible (1998 - )*アルバム発売は2001年。制作期も含めて。
◎Trial (2004 - )
◎Post Trial (2006 - )
◎This Is It (2009 - )

白くなり始めたBAD期でも、ステージ上のMJはまるで人間を超越したかのように、美しい獣のような魅力を発していましたが、DANGEROUS期になると、そういったワイルドさは、一転して洗練されていき、次の「HIStory」のSFでは、映画『ムーンウォーカー』に収録されている「Come Together」のみBAD期の雰囲気がありますが、

それ以外の「Scream」、「They Don't Care About Us」、「Stranger In Moscow」、「Earth Song」、「You Are Not Alone」、「Childhood」は、いずれもこれまでより数段、濃厚なメイクが見られました。

下記は、この時代の、主なできごと。

《1993年》
ジョーディー・チャンドラーからの児童虐待の申し立てにより、正式に犯罪捜査を開始
(ネヴァーランド家宅捜査)
《1994年》
5月26日、リサ・マリーと結婚。
9月12日、第11回MTVビデオ・ミュージック・アワードにおいて、
公衆の面前でリサとキス(←bebeさんサンキュ!)
12月、“You Are Not Alone”を、R・ケリーとともに制作。
《1995年》
5月19日、“Scream”をシングルリリース。
6月15日、アルバム“HIStory”発売。


アルバム「HIStory」は、93年の児童虐待疑惑から、最初の結婚を経た1年後に発売されていて、その発売日に放映されたのがダイアン・ソーヤーの「プライム・タイム」インタビュー。


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◎「オプラ・ウィンフリーショー」(1993.2.10)
◎「プライムタイム」ダイアン・ソーヤー(1995.6.15)
◎「マイケル・ジャクソン・チェンジズ・ヒストリー」(1995.7.26)
◎「20/20」バーバラ・ウォルターズ(1997.9.13)
◎「60ミニッツ」エド・ブラッドリー(2003.12.28)
◎「FOXニュース」ジェラルド・リベラ(2005.2.6)

MJのTVインタビューは上記の6つで、これはオプラの次なんですが、最も疑問の多い「60ミニッツ」の前に、まだ余裕をもって見られるこの番組を軽く復習してみます。もうすっかりMJの変顔に慣れてきているみなさんには、これの、どこが変顔?メイクも普通だし、全然キュートじゃん!って思う人も多いかもしれません。


95年の5月は、こんなんだったり、


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で、6月はこれだし、、


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8月は、これ。


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もうBAD期の面影は全然ないし、Dangerous期の感じもなくなって、髪もすぐ伸びるし、それが何か?って、私も思いますけど、でもそういったこととは別に、なんか違和感があったんですよね・・で、その違和感を、ほんの少しだけ掘り下げてもうちょっと味わってみたい。

そんなわけで、これを「メイク顔」のスタートにしてみました

もっと早く言っておくべきだったけど、ここから先はそんなブログ主を許してくださる方のみ、おつきあいくださいね(ホント、長い割には大した内容じゃないです)

そして、本日、初めてご訪問くださった方、このインタヴューを以前に見たことのない方、もしくは、このインタビュアーの酷さにしか興味がない方は、内容に誤解を生じる危険性が高いので、ご注意くださいね。

では、

この番組当時、同性愛や、幼児性愛の疑いを強くもたれてきた、MJの、突然の結婚は「カモフラージュ」にしか見えないと思う視聴者も多く、インタビュアーも、リサ・マリーとの結婚が普通であるはずがないというと思うあまり、信じられないほど、失礼な内容のインタビューになっているのですが、そういった、メディアでの扱いに、火を注ぐようなMJのファッション・・・


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そこから、さらに番組では、一体いつの時代のアイドルだよ?みたいな、ふんわりパーマや、ステージじゃないのに、何故そのパンツ?とか、一般の人がリサとのことを興味津々で見るTV番組で、なんでこれなの??と不思議だったんですが・・

番組動画
20:58〜ティーザーの話題


◎インタビューのスクリプト


長いので、苦手な英語力を駆使して要約すると、

リサとどう出会って、どんな風に求婚したのか?などの質問のあとに、子供と性的接触をもったのか?とか、じゃあ、どうして和解金を払ったのか?とか、うんざりするほど、少年への虐待疑惑についての質問が続き、以前行ったエリザベス・テイラーへのインタビューなども。。(内容は、マイケルが鎮痛剤中毒により治療を行った際のことなど)

更にその後も、やっぱりリサとの関係に納得がいかないようで、本当に一緒に住んでいるのか?などの質問の後に、ようやく、「Scream」のVDが放映されるのだけど、ダイアンが興味がないため、あっさりスルー。

その後も、ふたりの結婚式のビデオや、リサの宗教(サイエントロジー)への質問が続き、ついに、リサもキレそうになり「わたしが愛以外で結婚するわけないじゃん!」と、すっかり呆れ気味。それでも、ダイアンの「この男と結婚するなんて信じられない」といった感情丸出しの「MJのどこに惹かれたか?」などの質問に、なんとか答えていく。

そして、本当はダイアンが一番聞きたかったけど「あなたたちのファンがもっとも尋ねたかった....」とか言って聞こうとすると、

「わたしたちがセックスしているか?」って聞きたいんでしょ?と、リサが先回りしてしまう。ダイアンがもごもごしていると、MJは「彼女、聞かなかったよ」(笑)



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でも、ダイアンがもごもごしたのは、一般の人にその質問を言わせたクリップを用意していたから。で、その質問クリップは、

その1:「・・・してるの?」
その2:「あなたは、リサとセックスしてますか?
その3:本当に愛しているのか?それとも、メディアを喜ばすためなのか?」
その4:ふたりは本当に親密なのか?

と、案の定、すべてがそんな内容。。

MJ:「信じられない!!!」リサ:「Wooww !!!」


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ダイアン:「あなたたちは、一緒に買物に行きますか?」

リサ:「行くに決まってるし、食事もするし、会話もするわよ。」

ダイアン:「養子をとる計画を聞いたのですが。。」

MJ:「ああ、それはそうしたいです。アラブの子供、ユダヤの子供、黒人の子供、
どんな人種の子供でもかまいません。

ダイアン:「リサの子供も?」

MJ:「リサの子供は愛してます」

ダイアン:「しかし、それは、、、むずかしくないですか」

MJ:「僕は、彼女の子供を愛しています。彼らはとても可愛いです」

ダイアン:「何の問題もない?」

リサ:「でも、彼らには生物的な父親がいて、彼は、、、彼らも、、」

MJ:「僕は、彼らが僕のことをとても愛していると思います。 僕も、彼らを愛してます」

リサ:「子供たちもそうよ。でも、個人的に、養子の話を具体的にしたことは一度もないわ」


CMブレイク後、ようやく「HIStory Teaser」の話題へ。


ダイアン:あなたが創ったショート・フィルムについて、完全にリーフェンシュタールの映画「Triumph of The Will」をモデルにしている、ナチスが創った、ナチスの映画と同じ意味であるという人がいます。

MJ:それは事実じゃないよ。まったく違う。そういった考えは本当のことではありません。

ダイアン:あのティーザーを作る前に、その映画を見たことはないんですか?

MJ:僕は、たいていの映画は見ているからね。映画が大好きだから。ドキュメンタリーも大好きだし、でも、それと僕が映画でしたこととは何の関係もないよ。

ダイアン:ですが、そのように言い続ける人たちはいます、、彼らはその映画を見てそうだと。

MJ:これは、政治や共産主義やファシズムとは全く無関係の映像なんです。

ダイアン:批評家たちは、「かつてないほど厚顔無恥に、空虚な栄光と自己神格化を大真面目にやった例」だと言っていますが、

MJ:いいね!それを待ってたんだ。

ダイアン:議論が起こることを?

MJ:そういうこと!

ダイアン:それでは、みんなが、、

MJ:みんな僕の罠にはまった、というわけです。

ダイアン:しかし、人々は、、、

MJ:僕はまず、みんなに関心を持ってもらいたかったんだ。

ダイアン:しかし、あのシンボルは問題だと言う人も、、、

MJ:いや、あのシンボルはちがうよ。

ダイアン:悩むことはなかった、、

MJ:なかったね。あのシンボルはそれ(ナチ)とは無関係なんだ。政治的なものじゃないし、ファシストでもない。そういったドグマとは関係なくて、イデオロギーとか、そういったものでもないんだ。それは、純粋で、愛そのものなんだ。 戦車なんて見なかったでしょう?キャノン砲もね。愛についての映像なんです。人々がともに明日を歩いていくという映像なんです。

ダイアン:愛についてですか?もう少し映像を見てみましょう。

MJ:そう、あれはアートですから。アートなんですよ!

ダイアン:わかりました(しぶしぶ)。

(インタヴューはこれで終了)


MJは、インタビューで「Triumph of The Will」(邦題:『意志の勝利』)をモデルにしているんじゃないか?という質問に、強く「違う」と答えていますが、これは、上の解答にもあるように「共産主義やファシズム」とは、一切関係ないこと、また「Triumph of The Will」の天才監督、レニ・リーフェンシュタールの芸術性の高さなどには、まったく興味がなく、とにかく「ナチス=悪」と決めつけたがるメディア向けの発言で、

実際、このティーザーは、あきらかに「Triumph of The Will」を意識したもので「ヒストリー・ティーザー」は、リーフェンシュタールの傑作を、ぐっと凝縮し、ナチスのためではなく、MJが考える「愛の世界」のために、リメイクしたものです。


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レニ・リーフェンシュタール(Wikpedia)ご存知の方も多いと思いますが、その他にも彼女はベルリンオリンピックを描いた『民族の祭典』や、


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写真集『ヌバ』(これも何年経っても色褪せない超傑作写真集!!!)なども遺した、MJも間違いなくリスペクトしているであろう超天才アーティスト!

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わたしは、当時このティーザーを見て「“意志の勝利”のパロディじゃん!超カッコいい!」と思って、過去最速で“HIStory”買ったんですね(Disk1イラネーとか思いつつ)

ですが、このインタビューは当時は見ていなかったし、幼児虐待、リサとの偽装結婚疑惑に続いて、この“ティーザーの話題のあと、またもや皮膚脱色の話になったりして、ちょうど、この上の引用和訳部分は、まったく記憶に残りませんでした。

それで、このときのMJの「顔」に対して、たぶん、なんか、“愛の戦士”ってイメージ?とか、漠然としか、わからなかったんですけど、

よく考えてみたら、この番組は、“HIStory”の発売日に行われたもので、視聴者は、このアルバムのCMである“HIStory Teaser”は、TVで見ているんですよね。

MJも、リサと一緒に出演しているわけだし、どんな内容を中心に聞かれるかも、十分にわかってはいるんだけど、ただ、そこは彼としては、もう、どうでもいい(笑)

ただ、ファシズムとか、コミュニズムとか「自己神格化」は、全然関係ないよ。それは、罠で、「議論を巻き起こすのをねらっていた」と。。

そっか、そこがあの、なんか“フラワー”な感じの「顔」のポイントだったのかぁ・・

MJは「議論を巻き起こす」のが大好きで、信念に関しては、もう面倒くさいほど、
絶対に「空気を読まない」男なんだなぁ・・


(注:ちょっと説明不足かと思いますが、コメント欄 2010-09-02 14:32 もご参照くださいませ)

ちなみに、この一週間後のVH-1アワードは、ほぼ、このときと同じ「顔」でした!!
雰囲気は、なんかちがうんだけどね。。。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!みなさんの気になる「メイク顔」も、ぜひコメント欄でお知らせくださいませ。

尚、このブログでは「女」の話題は、慎重に避けているのでよろしくね!



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by yomodalite | 2010-09-01 12:51 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(20)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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