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あらすじーーー
スーザン(エイミー・アダムス)は夫とともに経済的には恵まれながらも心は満たされない生活を送っていた。ある週末、20年前に離婚した元夫のエドワード(ジェイク・ギレンホール)から、彼が書いた小説「夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)」が送られてくる。彼女に捧げられたその小説は暴力的で衝撃的な内容だった。才能のなさや精神的弱さを軽蔑していたはずの元夫の送ってきた小説の中に、それまで触れたことのない非凡な才能を読み取り、再会を望むようになるスーザン。彼はなぜ小説を送ってきたのか。それはまだ残る愛なのか、それとも復讐なのか――。


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トム・フォードの監督2作目の作品。
グッチや、サンローランのデザイナー兼クリエイティブディレクターとして、ファッション業界の大スターだった、トム・フォードの映画は、第1作の『シングルマン』でも、おしゃれでスタイリッシュという評価が多かったのだけど、実は、ファッションよりも映画の方が・・と思うぐらい、素晴らしい映画監督で、

『シングルマン』では、同性愛の大学教授が、恋人を交通事故で失い、生きる価値を見失うというストーリーで、主人公のゲイへの目線には、同性愛者にしかわからない感覚に助けられていた部分もあったように感じたけど、『ノクターナル・アニマルズ』には、同性愛は登場せず、

主人公のスーザンは、アートギャラリーのオーナーで、現代アートやハイファッションが登場するシーンも多いものの、それとは真逆といえるホワイトトラッシュの世界も描かれていて、いわゆる「おしゃれ映画」ともまったく違う。

『シングルマン』のコリン・ファースもすごく魅力的だったけど、この映画でも、トム・フォードの俳優、特に男優を選ぶ目が冴えていて、全員がとても印象に残る演技をしている。

カズオ・イシグロがノーベル文学賞をとったとき、英文学を担う人がいてくれて良かった、とイギリス人に評価されたそうですが、トム・フォードには、ハリウッドからすっかり消え去ってしまったアメリカ文学の香りがする。

この作品でトム・フォードは、私が次回作にもっとも期待する映画監督になりました!



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by yomodalite | 2017-11-17 00:30 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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先週までをおさらいしてみるw
前日、家で『最終版』のDVDで復習した後、『ブレードランナー 2049』を見に近所の映画館へ。水曜日だったのに、私が座った席の列では、私以外はすべて男性という客層に驚いたんだけど、

人はなぜ生まれてきたのか?という問いは、男性の方がより持ちやすいのかも。

福岡伸一氏によれば、生命誕生から10億年、地上にはメスしか存在せず、「生命の基本仕様」はメスだった。しかし、地球環境の変化により、生物は多様な遺伝子を作り出そうとし、その結果、メスの遺伝子を掛け合わせる存在として「オス」が誕生したという。

聖書が男性中心なのも、新たに生まれた彼らには、マニュアルや、プロトコルが必要だったからで、その過程の中で発見された「アメリカ」は、新天地の開拓から歴史が始まっているので、他の国に比べて、より男性中心なのね・・・みたいなことをちょっぴり思いつつ、

2時間半以上の上映を堪能した3日後、日本初の「IMAX次世代レーザー」があるという大阪エキスポシティの巨大スクリーンでも、再度見た。

普段、上映前の情報はあまり必要とせず、むしろ避け気味の私なんだけど、今回の続編に関しては、公式ホームページの「予告/動画」にある、渡辺信一郎監督による、すっごくレベルの高い、前奏アニメ「ブレードランナー ブラックアウト 2022」「ブレードランナー ブラックアウト 2022」、「2036:ネクサス・ドーン」「2048:ノーウェア・トゥ・ラン」の3本を見ておく方がより楽しめるかも。



で、その次の週に見たのが『ブルーム・オブ・イエスタディ』。
ナチスやヒトラーとまったく関係のないドイツ映画なんてあったかな?と思うくらい、ユダヤ人虐殺という罪に呪縛されてきたドイツ映画だけど、2015年の『帰ってきたヒトラー』など、ようやく、新しいタイプのナチス映画というか、

『MJ Tapes』でマイケルが語っていたように、被害者以外の人間が罪を問うことで、新たな世代のドイツ人にも責任を押し付けるのはやめようといった趣旨が感じられる、よくできたドラマだと思いました。



読書では、『リトルプリンスー星の王子さまと私』の余韻で、『星の王子さま』をヴァージョン違いで2回読んだ以外、新刊本ではこれは!と思う本には出会えてなくて、我らのキングの未出映像を見るのにも忙しかったりしつつ(みんな知ってると思うのでここには貼らないw)、他に映像関係では、CSで、『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』という新海誠作品を見て、映画館で見て以来だった『君の名は。』も、2度目の方がなぜか感動したり・・。



羽生君のケガが残念だったNHK杯では、ランビエールのコーチぷりが、なぜか現役時代に負けないぐらい魅力的で、彼がリンク外で見守ってるとことか、キスクラとか、なんか別の意味で、デニス・ヴァシリエフスに注目しちゃったりしてたんだけど、それにしてもNHK、日本選手を優先するのはわかるけど、優勝したボロノフや、2位のリッポンのエキシビジョンを放送しないって酷すぎない?


ロシアのスケーターって大好きなんだけど、
EXでの音楽の趣味については、いつも残念・・・





それに比べて米国選手の「曲」にはいつも注目しちゃって、コールドプレイの「O」も、リッポンが滑ってくれたおかげで知ったイイ曲だったんだけど・・・






今回のリッポンのEXはなんと「歌」!(驚)






ジェイソンが選ぶ曲はいつも楽しみなんだけど、今回SPは「ハミルトン」から、「The Room Where It Happens」だったけど、EXも「DEAR EVAN HANSEN」という、どちらも今話題のミュージカルの曲なのね。






そういえば、カーニバルオンアイスの高橋大輔が素敵だったので、


Carnival on Ice 2017
高橋大輔 「Gilty Crown - Krone」





「ギルティクラウン」っていうアニメも見なくちゃいけないんだったww




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by yomodalite | 2017-11-13 17:02 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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すっかり遅くなってしまいましたが・・・
私と、childspiritsさんは、ここまでの興奮と感動で疲れきった身体になんとか喝を入れて、スリラーの3Dが上映された日の深夜に行われたジョージ・マイケルのドキュメンタリー映画のチケットもゲット!



2016年は、1月にデヴィッド・ボウイ(69歳)、4月にプリンス(57歳)、10月にピート・バーンズ(57歳)が亡くなり、12月には、ジョージ・マイケル(53歳)までもが旅立ってしまうという大変な年で、

ガンを公表していたボウイを除けば、みんな突然で、予想もしていなかったという点では、私はプリンスの死にもっともショックを受けた。使用していた処方薬を考えれば、彼自身にその覚悟がまったくなかったとはいえないものの、やっぱり、プリンスにはまだやり残したことがあって、旅立ちの準備をする時間などなかったように思えたから。

でも、毎年のクリスマスシーズンを最も盛り上げてくれた曲を作ったジョージ・マイケルが、クリスマス当日に亡くなったことを聞いたときは、ショックと同時に、彼の死は、彼自身の人生計画の一部だったのでは、と思えてきて・・・

そして、そんな想像をしてしまったことから、私の中で、マイケル・ジャクソンと、ジョージ・マイケルが少しづつ重なってみえることが多くなってきた。

医療ミスであり、直前のコンサートのストレスも大きな要因だと思われたマイケルの場合は、その死の責任をめぐって、医者とプロモーターが裁判にかけられたけど、ジョージの場合は、第一発見者である同居人への疑惑は持ち上がったものの、長期間の検視を経ても、結局明確な死因すらわからなくて、このドキュメンタリーを通して、その答えを見つけたいという気持ちも強かった。

そして、映画が始まるとすぐに、ジョージの最後を見届けたいという思いで、スクリーンを見つめていた大勢の観客の前に、ケイト・モスが登場し、このドキュメンタリーが完成して間もなく、ジョージが亡くなったことが告げられた。

映画では、ジョージのアーティストとしての歩みが、数々のヒット曲に彩られて紹介され、エルトン・ジョン、スティービー・ワンダー、ナイル・ロジャースといった時代をつくった大勢の天才たちが、ジョージがどれほど凄い天才だったかを語るシーンがたくさんあって、

ケイト・モスだけでなく、『Freedom! ’90』(1990)のPVに出演した、リンダ・エヴァンジェリスタや、クリスティー・ターリントン、ナオミ・キャンベル、クラウディア・シファーといった90年代のスーパーモデルたちも華を添えていた。


こちらに「FREEDOM ’90」の動画もあり


マイケルが、ナオミ・キャンベルと共演した『In the Closet』は、この2年後にリリースされたもので、『Freedom! ’90』を監督したデヴィッド・フィンチャーは、1989年にマドンナの「Express Yourself」で初めてミュージックビデオを手がけ、1990年に『Freedom! ’90』、1992年にマイケルの「Who Is It」を手がけた。

でも、90年代のスーパーモデルたちが醸し出していたゴージャスなセレブライフに最もフィットした音楽を作ったのはジョージで、90年代のジョージ・マイケルは、Wham!時代の元気なアイドルから、華やかなモデルたちの中心にいるのが相応しい雰囲気をまとうようになっていた。

音楽を創るのと同時に、大勢のひとが憧れるようなリッチな生活や、そこに相応しいファッションも、ジョージは身につけ、そういったものを自分のものにしていくことで成長していった「ジョージ・マイケル」は、マイケルや、マドンナが時代時代で変化していったのとは、どこか違っていて、

イェオルイオス・キリアコス・パナイオトゥという本名をもつ人間のことは、このドキュメンタリーでもほとんど描かれていないのだけど、それは子供時代からその名前だった「マイケル」や、「マドンナ」とは違い、元々「ジョージ・マイケル」が、ひとりの人物の “空洞” から生まれた「架空の存在」だったからではないか、と思う。

ボウイも、プリンスも、マイケルも、アーティストは、独自の人物像を創造するものだけど、ジョージ・マイケル(本名:イェオルイオス・キリアコス・パナイオトゥ)が創造した「ジョージ・マイケル」は、独自の、というよりは、大勢の人がイメージする理想的な人物を「実体化」したような、存在だったように思う。

そして、そんなところに、私はマイケル・ジャクソンとの類似をみてしまうのだけど、それを説明するのはすごくむつかしい。なぜなら、マイケルは独自のダンスムーブを生み出し、手袋や、靴下といったアイテムだけでなく、シルエットだけで、本人だとわかるような、「独自」のスタイルをもっていると思われているし、世界中の若い男女が憧れた人物であると同時に、長くメディアでの描かれ方が酷かったせいもあって、マイケルの顔に人工的な気味の悪さを感じている人や、奇妙な趣味をもった変人というイメージをもっている人も多い。

でも、プリンスや、ピート・バーンズが独自のスタイルを追求しようとしたのとは違って、私には、マイケルはすでにあったイメージを完成させ、完璧にすることで自分のものにしたのであって、「ジョージ・マイケル」の作られ方にも、それに近いところがあったと思うのだ。

映画の中で、もっとも印象に残ったのは、ジョージが言ったこんな感じの言葉。

「今はみんな、細かく分かれ過ぎている」

音楽がもつ人を繋ぐ力や、言葉を越えた共感は、小さな世界で王様になりたがるアイデンティティのモンスターたちや、差別や、寛容、多様性といった言葉を唱えているだけの信仰者によって、すっかり衰え、出自や人種といった分類から、ファンにも同じようなメッセージや、単純な政治観を植え付け、あるグループの代表者になることで、敵対するグループを見つけては戦おうとするアーティストが多い中、

ジョージ・マイケルも、マイケル・ジャクソンも、現代のそういった風潮に不満を感じ、大勢の人々が共感することや、音楽が持つ「言葉を超えた世界」を追求しようとしていた。

また、日本では「ソニー・ウォーズ」と呼ばれるマイケルのSONYへの抗議行動は、1987年の超ヒットアルバム「Faith」のあと、1990年に発表した『LISTEN WITHOUT PREJUDICE VOL. 1』が、所属レコード会社の社長トミー・モトーラに酷評され、裁判を起こしたことに大きな影響を受けたものだとも思うけど、

ジョージの行動は、自身の音楽的進化の途上で起こした、天才アーティストらしい行動だったのに比べ、マイケルは、すでに自分が完璧だと思えるアルバムの枚数を作り終え、他のアーティストとは比較できないほどの好条件での契約や、ビートルズを含む版権を会社と共有するなど、リスクを計算した上での「抗議」だった。

レコード会社との揉め事が、自分のキャリアを破壊するとは思わないほど、ジョージは、音楽業界のトップに立った後も、自分の音楽的才能を疑ったことがなかったけど、「KINGOF POP」を自分の呼び名にしたマイケルは、「永遠の命」のためには、脂の乗り切った年を一年でも無駄にしたくなく、そのための経済的基盤も重要視していた。晩年といわれる時期に、マイケルの経済状況が混乱していたと言われるのは、彼が後世に残る「完璧なアルバム」をすでに作り終えたあとだったからだ。

そして、やがてジョージにも自分の物語を、自分自身で締めくくりたいという時期が訪れ、彼は2005年に「素顔の告白(GEORGE MICHAEL: A DIFFERENT STORY)」というドキュメンタリーも創っていて、そこでも、大勢の天才アーティストたちから「真の天才」として賞賛され、何曲も名曲を創った作曲家で、比類なき歌唱力と存在感で、何万人もの観衆を酔わせられるパフォーマーだったことが証明されていて、本当に素晴らしいのだけど、

どちらのドキュメンタリーにも、『THIS IS IT』のような驚きや衝撃はない。

エイズで亡くなってしまった最初の恋人、アンセルモのことを語っているジョージ・マイケルを見ていると、マイケルがテイタム・オニールとの別れを歌に込めたと言われたことや、最初の恋人としてブルック・シールズの名前を上げていたことを思い出したりして、彼らが自らに望んだ「物語」のためには、「素顔」など存在しないことを想ったり・・・

生前、熱烈なファンだったとは言えない私には、ジョージ・マイケルのことを、ジョージと呼ぶのは抵抗があるのだけど、この、よくあるファーストネームを2つ重ねた名前を芸名にしたアーティストのファンたちは、彼のことをどう呼んでいたんだろう?

聴いた瞬間から名曲としての存在感を放つような楽曲を何曲も創り、比類なき歌唱力と、女性にも男性にも受けるルックスで、幅広い層にアピールできるキャラクターでありながら、それが逆につかみどころがないというか、誰にでも好かれる反面、ジョージ・マイケル一筋の熱狂的なファンという人は少ないようにも思える。

マイケル・ジャクソンも、ジョージ・マイケルも、比類なき天才で、ものすごい完璧主義者だったけど、とてつもなく多くの人に愛され、注目されるキャラクターを目指した、という点で、マイケルはより不思議な力と、他の誰にもできない計算があったのだ。

『FREEDOM』は、ジョージ・マイケルの魅力がいっぱい詰まっていて、彼が自分の物語に「FREEDOM」とつけたことも重要で、音楽好きなら必見の映画だと思う。

でも、なんのメッセージも込められていない『THIS IS IT』というタイトルの映画に、いったいどれほど大勢の人が影響を受けたかを思うと「FREEDOM」という言葉さえも色褪せて、現代に生きる私たちが、本当は何に飢えていて、どんなメッセージに縛られているのか、と考えざるを得なくなり、

『THIS IS IT』は、ドキュメンタリー映画として優れていただけではなかったのだ、とあらためて感じた、そんな夜でした。


こちらはオリジナル、Wham!の『FREEDOM』




FREEDOM ’90のアウトテイク


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by yomodalite | 2017-11-06 13:02 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(5)
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上映会当日。急な東京行きをお安くあげたくて、高速バスで朝到着した身体には、10時チェックインや、大浴場も、岩盤浴も、案外正解だったりもして、翌日も朝からお風呂三昧を楽しんだあと、上映会場がある六本木ヒルズへ。

ようやくスクリーンで隊長に会える日なのに、長時間かけて着いた場所が池袋で、そこから銀座や新宿へ移動する間も、駅構内や自動改札の古さが気になったり、ルミネや銀座三越の天井の低さにびっくりしたり(東京の建物の天井が低いだなんて、今回初めて気づいた)、今日行く六本木も、かつての勤務地だったりして、なんだかテンションが上がりにくい心境だったのだけど、

六本木ヒルズは、完成してから14年も経っている施設ではあるけど、今も完成当時の魅力が失われることなく、いくつもの施設が複合的に合わさっていながら、それぞれレベルが高く、開放感のある構成は、今でも東京一素晴らしい商業施設だと思いました。

ここで、大阪でマイケルの上映会を主催されている、ななまるさんと、ビキちゃん(ふたりともケルTの着こなし方が上手!)、そしてchildspilitsさんとも合流して、上映会のチケットを手にすると、それまで『スリラー』じゃなくて、『ゴースト』の3Dじゃないと、なんて冷静だった私も、マイケルとスクリーンの組合せに興奮度が徐々に上がってきて、同じ思いで並んでいたキラキラした笑顔のファンの人たちのからの熱気もあって、ドキドキも収まらなくなってきて・・・

そんな4人がドキドキが抑えるのに、偶然見つけたお店は、北欧系の柄がかわいいカップが選べて、フレーバーコーヒーが楽しめるフィンランド式のお店。インスタ映えしないし、最近流行りのとは全然違う、小さくて四角いパンケーキがモチモチしていて、すごく美味しかった。

開場時間になって席に着くと、関係者席のすぐ後ろの真ん中で、イスの上には『スクリーム』の新CDがデザインされたバックが!(中は、スクリームTシャツ、タトゥシール、ゾンビお面)

それから、ケント・モリの素敵なあいさつとパフォーマンス、そして、ゾンビお面をかぶっての撮影会のあと、なんとケント・モリが私たちの席のすぐ後ろに!めったにそんなことしない私も、このときばかりは興奮してしまって手を伸ばすと、快くステキな笑顔で握手に応じてくれて、ますます感激。

ケントさんは、マイケル以上にものすごくキラキラと輝く靴を履かれていて、彼が通った道がすべてキラキラになるような感じだったんだけど、お顔の輝きは内から滲み出ちゃってる感じでした。

上映は、『ゴースト』から。

何度も見ているつもりの映像なのに、スクリーンサイズだと何もかもが違って見えるぐらい凄くて、マイケル以外の出演者や、舞台や衣装なども食い入るように見ていたのだけど、本当に全員が完璧で、たくさんの音とリズムに全身すべてがもっていかれてしまう。

そして、スリラー3D!

私自身はこれまでスリラーに感動した経験がないので、ケントさんや大勢の人がこのビデオに衝撃を受けた理由が未だによくわからなくて、スリラーとゴーストを比較すると、私の中ではいつもゴーストの圧倒的な勝利だったのだけど、今回スリラーを大きなスクリーンで観たことで、その差はかなり縮まりました。

終了間際の『キャプテンEO』の出演者の中には、時代性を感じさせるヘアスタイルの人が何人かいて、そんな中、マイケルだけが少しも古くなっていないことに驚かされたのだけど、スリラーや、ゴーストのゾンビたちは、今見てもまったく古くなっていなくて、特に、80年代のスリラーが古びていないのには本当に驚きでした。墓から蘇ったゾンビたちは、すでに朽ち果てていたから、というのが主な理由だとは思うけど、そこに、マイケルの戦略があったことも確実なんだと思う。

新しいものが大好きだったかつての私には、何度も繰り返して、何回でも見られるような芸術の凄さなんて、全然わかってなかったけど、音楽と映像の両方が、共に古びないというのは、本当にむつかしいことで、マイケル以外では、誰も為し得なかったことだと思う。

誰でも知っているような名作のミュージカルも、リメイクされることで、生き長らえているのであって、本人がそのまま、より立体化されたり、リマスター技術によって、音楽も映像も永遠に遺されていくなんて、今後もありそうにない。

ビジュアルは音楽よりも古くなりやすい。

そして、ラッセンや、ヤマガタの絵のように極端な売れ方をしたものは、消費され尽くされ、見向きもされなくなるものなのに・・。スリラーのように、これほど爆発的に売れていながら、さらに売れ続けるというのは、どういうことなのか? 

それはいまだに誰もわからない。でも、その最大の理由が「マイケル・ジャクソン」にあることだけは確かなことなのだ、と、あと100年経っても言われていそう。

上映前のドキドキは、終了後はため息へと変わって、何度深呼吸しても、やっぱりおさまらなかったけど、私たち4人と抽選にもれたため、終了後に合流した、ふうちゃんを合わせた5人は、このあと、世界中のマイケルファンに人気のイラストレーター、Hitomiさんの絵が飾られているセネガル料理のお店に移動。


正直、マイケルアートは苦手で、実物よりも何割も魅力が損なわれていることに、憤りすら感じることも少なくないのだけど、Hitomiさんの絵には、マイケルの香りが失われてなくて、TIIのオーディションでマイケルが言っていたように、美しい造花のようにはなっていない魅力がある。


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Hitomiさん


Hitomiさんが私のブログを読んでいてくださったことにも感激しつつ、このあと、大阪へ帰るビキちゃんたちとはここで別れ、私とchildspilitsさんは、このあと、ジョージ・マイケルのドキュメントのために、再度ヒルズに帰った。

これを完成させてから、間もなく亡くなったというジョージ・マイケルのドキュメント映画も見たかったから。



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by yomodalite | 2017-10-30 22:48 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(2)
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スリラー3Dを観るために東京に行ってきました!


前日から前乗りして、同時期に行われていた銀座の画廊で、moulinさん(安國麻衣)の個展にも出かけて、






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(moulinさんの指)



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(作品を見つめるmoulinさん)







moulinさんと、彼女のダーリンの山形雅史さん(藤竜也+ジュリアン・アサンジ似)の作品を堪能しつつ、2時間ほど楽しい時間を過ごしたあとは、





新宿でchildspilitsさんと、彼女が勤める大学で教鞭をとられていた寺地先生に会うために新宿へ。

寺地先生にお会いするのは、初めてだったのですが、どこの馬の骨ともわからない私にも気さくに接してくださって、ロマンスグレーという言葉を久しぶりに思い出すような素敵なヘアスタイル(白髪フェチなのだ)に気持ちが高揚したワタシと、現役の大学講師であるchildspilitsさんによる、マイケルについての集中講義の生徒にもなっていただいたのですが、

ケネディの本の翻訳もされている、アメリカ文化に造詣の深い先生からの質問や疑問はことごとく的確で、Black or White とHIStoryティーザーのさわり程度で、あっという間に3時間以上が経ってしまいました。(先生、次回は5時間コースで授業を受けてくださいw )


そして、寺地先生と別れたあとも、ルミネのカフェで続けられたchildspilitsさんとのおしゃべりは永遠に止まりそうになかったのだけど、明日に備えて一旦終了し、私は宿泊場所の六本木へ。六本木に昔からあるロアビルの中で、昭和から「サウナ」として営業していたけど、平成になってから「岩盤浴」と名前を変えてみました、みたいなところなんだけど・・・

上映会当日についてはこちら。



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by yomodalite | 2017-10-30 22:32 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(5)
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『ギミー・デンジャー』に続いて、ジム・ジャームッシュ監督の映画。
前作の『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』は、監督の趣味と美学に付いていくのが面倒くさくなった映画だったので、今作にもまったく注目していなかったのだけど、その日ダーリンは急に飲み会だと言うし、このところ妙に雨降りばかりだけど、その日も朝からずっーと降り続いていた日の夜、ふと、この映画のポスターが目に留まって・・・。



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パターソンは、アボット&コステロのルー・コステロが今でも街一番の有名人という、ニュージャージー州にある街。そこに住む、街と同じ名前のバス運転手のパターソンは、心に芽生える詩をノートに書きためていて、部屋もファッションもすべてを白と黒に染めあげようとする、キュートなアラブ系の妻ローラと暮らしている。



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登場人物が、詩やアートを愛する人物というのは、ジャームッシュの映画にはよくありがちなことだけど、パターソンとローラには、『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』の2人のヴァンパイアのような選ばれし民感や、スノビッシュなところが全然なく、すごく普通なところに好感がもてた。


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パターソンが、仕事場の近くで出会った少女が読んだ詩に、「雨」が登場して、ああ、やっぱり今日観に行くのにぴったりな映画だったんだ、と思ったり、

最後に登場する日本の詩人が、「どこに帰るの?東京?」と聞かれて、「大阪」だと答える場面で、ジャームッシュわかってるなぁって思ったり・・・。



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by yomodalite | 2017-10-24 00:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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その日私は、ちょっぴり張り切って準備していたことが、急にキャンセルになるということがあって、ちょっぴり落ち込んでいた。ホントに取るに足らないことで、ショックを受けるほどでもないんだけど、それでも、こういうことを受け止めるのは、大人になったから出来ることで、子供時代にはできなかったなぁ、なんてことを思い出す。

子供には、学校と家という2つの社会しかなくて、そこから逃れる方法もないから、ささいな辛さでも受け止めるのはすごく大変なことだったけど、大人には色んな手段が使えるし、痛みも苦しみも、そのうち終わるという慣れや経験も豊富だ。

私は子供の頃、自由を感じたことなんてなかったから、子供時代に戻りたいなんて思ったことがない。

ただ、そのドタキャンの理由は、私のミスではないものの、誰が一番責任があるのか、と言われれば、やっぱり「私」しかいないみたいな状況で、誰かから謝罪を求められることも、怒られることもなく、逆に謝られたりもしたんだけど、やっぱり、自分の中ではさまざまな反省点が何度も「もやもや」と立ち上がってきて・・・

そんな時間を過ごしているうちに、ふと、録画してあった『リトルプリンスー星の王子さまと私』のことを思い出した。この映画のことは、マイケルの誕生日を祝うためのMIXのために、ネヴァーランドで流れていたクラシックや、MJと関連の深い映画音楽を聞きまくっていたことから発見したので、音楽の素晴らしさは知っていたけど、映像の方はなかなか見ることができなかったのだ。


原作以外の「星の王子さま」については、スタンリー・ドーネン監督の映画のみ、マイケル関連で見ていて、ボブ・フォッシーや、王子役の子供の可愛らしさが印象的だったものの、ミュージカル曲が苦手な私には、あのダンスにもっといい音楽が付いていたらいいのに・・(マイケルがミュージカル映画を作りたいというモチベーションもそういう理由にちがいない)と思ってみたり、




(マイケルに影響を与えたと言われるボブ・フォッシーのシーン)


また、この映画の惹句のように「ファンタジー・アドベンチャー」と言うのも、原作のダークなストーリーとは別物のように感じられ、この作品を子供も大人も楽しめるように創るなんて、そもそも無理なことだし、最近のCGアニメの絵柄にも不安を抱いていたんですが、

結果からいうと、今日のもやもやを晴らしてくれるような、素敵な作品でした。


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ストーリーは、原作の後日譚のような内容になっていて、良い学校に入るために勉強漬けの毎日を送る9歳の女の子が、名門校の学区内に引っ越してくると、隣にはオンボロの飛行機に乗ろうとする風変わりなおじいさんが住んでいて、女の子は、そのおじいさんから「星の王子さま」の話を聞くうちに・・・という設定。


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「星の王子さま」のストーリーに救われるのが「女の子」だったり、教育熱心なお母さんのことも、どこか優しい目線で描かれていて、アドベンシャーから女の子を除外しないところや、大人とこどもを敵対させない気配りとか、大人になった「王子」の描かれ方も、ドーネン作品のような無垢でかわいい子供というのより、私にはイイように感じられたし、

音楽が素晴らしいだけでなく、質感に変化のある映像も想像以上に良かった!

ただ一点だけ、これはこの映画に限らず、洋画を見ていていつも感じることなんだけど・・・

おじいさんが病院に運ばれるシーンで、女の子が救急車を追って走っているときに、自転車に乗った少年とぶつかってしまう場面があって、自転車に乗っていた少年は、ぶつかったことで、ケガをしたみたいなのに、それを見た女の子は謝りもせず、少年の自転車に乗って、救急車を追いかける。

とかく洋画の主人公は、車の持ち主にはなんの落ち度もないのに、衝突したり、窓を割ったりすることになんの抵抗もなく、さまざまな都合で、他人の迷惑を顧みず、自分の要求や行動を通そうとするよね。私は、少なくともこの場面では、ぶつかって自転車から落ちた男の子に、ひとこと「ごめんなさい」ぐらいは言って、自転車に乗って行ってもらいたかったんだけど・・・

欧米の、特に米国映画がこれほど同じようなシーンを繰り返すのは、世の中には、そんなことを無視してもやらなくてはいけないことがある、という「教育」なんだと思うけど、そういう国でセレブが銃規制について語ってもなぁ・・・(この作品はフランス映画です)。


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そして、「他人に迷惑をかけてはいけません」という教育を受けてきたのに、「戦うんだ」なんて言われても・・・



(私が観た字幕版では松任谷由実のテーマソングはかかってなかった)

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by yomodalite | 2017-10-17 12:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(4)
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最近、東京での勤務地がうちの近所だった方と知り合いになり、彼女がおしゃれカフェの特集本を見て、行ってみたかったというお店を制覇することに。

川辺の店は必ずテラスを設置せよ、という大阪市の素晴らしい行政指導により、北浜には素敵なお店がいっぱいあるのだけど、中でも飛び抜けて人気が高いお店の前に10:50に到着。行列に並ぶなんてめったにしないんだけど、前回、彼女とのデートで遅刻をしたおわびから、今回は気合を入れてみたのだ。


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すでにお店の前には、何人かの人が集まっていたけど、ランチスタートの11:30まで待ちきれないと諦めた人も大勢いて、なんだかんだ、私が一番先頭でイスに座って待っていると、11時を過ぎた頃に、店の人から「番号札」を渡された(もっと前に渡してくれてもいいのでは?)



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当日は風も強く肌寒い日だったので、あとから到着した彼女と相談のうえ、席はテラス前の店内にして、メニューは日替わりのランチプレートをチョイス。

大阪に来てまだ3ヶ月という彼女と、

・大阪は人がやさしい
・大阪では電車に乗るときホームで並ばないなんて、ウソ。
・関西人は、大阪人を含めて大阪のダメな話をするのが好き過ぎるので、「ネタ」か、近隣県の競争意識かのどちらかだと思って、あんまり信用しない方がいい。

などなどで共感し、東京では、千葉でも、埼玉でも、神奈川でも、みんな東京で暮らしていると思っているけど、関西では住んでる地域に対して感覚が細かくて面白い、という話で盛り上がる。



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彼女は満足そうだったけど、私はこの店のランチは、川の眺望も店内も味も北浜テラスの中では最低レベルと判定。


「東京でみんなが疲れている感覚が、大阪には全然ないよね」
ワタシ「大阪は、外国人はすごく多いけど、グローバリズムは来日してないんだよねw」

「若い子の、熟年世代への嫌悪感があんまりないし、言葉遣いもそんなに違わない・・」
ワタシ「東京は、常に新たにやってくる若い世代を教育して、次の社会を作り上げようとしているから、世代間のギャップや、嫌悪感が生まれちゃうんだけど、大阪では世代間のズレが少なくて、伝承されてるものが多いよね・・」

ワタシ「大阪は怖いって、みんなよく言うから、好奇心でいろんな地域に行ってみたんだけど、どこも《ほっこり》するようなとこばっかり。大体、大阪って街中で警察官を見かけることがすごく少ないし、みんな、職務質問されたことなんてないんだって。私が、新宿を平日昼間にスーツ以外で歩いたことがある男子で、一度も職務質問されたことがない人の方が少ないって言ったら驚かれたんだけど、そういえば、東京では引っ越しすると、必ずどこかから情報を聞きつけて、警察官に訪問されたけど(都合のいい時間をお知らせくださいみたいなチラシが郵便受けに入っているとか)、大阪では転勤してから4年も経っているのに訪問もチラシもないし、繁華街に近い場所に住んでるのに、警察官を見かけることがすごく少ない。そんな場所が危ないワケがないんだよねww」なんて会話に共感してもらったり・・・

ワタシ「大阪人は、大阪が一番だって思っている人が多いと思ってたのに、むしろ、東京の方が優れていて、大阪は遅れているって思っている人の方が多くて、それと、関西の人ってうか、主に神戸の人は、都会っていうのは、小綺麗でおしゃれなところだって思ってて、大阪は汚いところがあるから都会じゃないみたいに思ってるの。それで、神戸と東京は近いと思ってる人も多いんだけど・・・全然似てないよね?」
「似てない、似てない、全然ちがう(笑)どっちかと言えば、まだ大阪の方が近いよね。

「東京からのお客さんて、たいてい道頓堀とか行きたがるんだよね・・」
ワタシ「確かに。できればこのあたりに連れて来たいよね。大阪駅から近いし、昼も夜もキレイだし・・・ただ、地元の人は、ミナミの方は汚いとか、特にキタの人はミナミの悪口をいうのが生き甲斐みたいな人も多いんだけどw、実際に今勢いがあるのは、ミナミの方なんだよね。私も最初の物件選びのときから、ミナミに住みたかったんだけど、最近ますます、そう思う・・・



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ランチのあと、同じ川沿いにあるカフェ「MOUNT」へ
ここは食べ物メニューはわからないけど、景色のいいテラスでカフェしたい、
という目的だったらかなりの高得点



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帰宅後、彼女からのLINE・・・「○○さん(ワタシの名前)の声って、坂上みきに似てるよね?」

坂上みき???
どんな人だったか調べてみると・・・



(かかし役は、DA PUMPのISSAだったんだ・・・)


えっーー似てるかなぁーーー????
まったく似てないような気がするものの、次回のデート用に「おはようございます!坂上みきです」を何度か練習するワタシww

とにかく、坂上みきのつもりになって紹介する今日の一曲目は、世界中のメディアで「ポスト・アリーヤ」として一躍大きな注目を集めたケレラ(Kelela)の待望のデビュー・アルバム『Take Me Apart』から、「LMK」




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by yomodalite | 2017-10-10 17:00 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)
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ヴェネツィア国際映画祭のワールドプレミアで上映された映画。
先入観なく映画を楽しみたいという理由で、いつもテキトーな情報で見に行ってしまう私は、エンディングまですっと、ソフィア・コッポラの映画を見ているつもりだったのですが、監督はフランスのソフィア・コッポラとの呼び声が高いレベッカ・ズロトヴスキでした。


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ナタリー・ポートマンと、ジョニー・デップとヴァネッサ・パラディの娘リリー=ローズ・デップが演じている、ローラとケイトのバーロウ姉妹は、アメリカ人の霊能力者で降霊術のショーで稼いでいる。そんな二人に魅せられた映画プロデューサーのコルベンは、世界初の映画を撮影しようと姉妹と契約するのですが・・・


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バーロウ姉妹とコルベンは、実在したスピリチュアリストのフォックス三姉妹と、フランスの伝説的映画プロデューサー、ベルナール・ナタンという人物がモデルになっているらしいのだけど、37歳のズロトヴスキという名前のフランス出身の女流監督が、パリが最も華やかだった1930年代を舞台にしたかったのは、その時代の衣装や文化がただ好きだったから、と言いたくなるほど「おしゃれレベル」が高い映画。

では、それ以外になにがあるかといえば、何もないかもしれないけど、

「彼女たちは人種と性差の壁を突き抜けて・・・」なんていう《夢》を押し付けられるばかりのハリウッドと現代への、女流監督ならではの、ゆるふわではありながらも、確固たる反旗の意志は見え隠れしているかも。


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煙草を吸うシーンがやたらと多いおしゃれ映画が見たい、という人へ


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by yomodalite | 2017-10-05 00:08 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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久しぶりに読書について。
2016年末に決着したアメリカ大統領選挙のあれこれを見ているうちに、知性への懐疑は増す一方で、知的興奮を覚えることは激減し、ブログで紹介したいと思える新刊本も本当に少なくなっているのですが、

それは、マイケルが旅立ったあと、それまで信頼していた大勢の人が、自分にとって「完璧に要らない人」へと変貌して、呆然とした、あの頃と少し似ていて、

そのときは、自分があまりにもなにも知らなかったことにショックを受け(念のため断っておきますが、マイケルが無罪だなんてあたりまえのことではありません)、それまでよくわかっていなかった本を真剣に読むようになって、少しは「無垢(inoccent)」について、わかるようになったのですが、

昨今の社会情勢の混乱を垣間見ているうちに、マイケルが演じたいと願い、子供たちにも暗記するまで読むように勧めていた「ピーターパン」は、私にとってこれまで以上に重要な本になりました。

というのも、2015年に出版されていた大久保寛氏の翻訳本が素晴らしくて・・・

文庫版とKindle版があります。
これまで、石井桃子訳で挫折したあと、芹生一訳に救われていた私ですが、大久保氏の訳は最後まで本当にスムーズに、「ピーターパン」の複雑さを伝えてくれていて、寝る前にこの続きが読めることが、本当に幸せ、という数日を過ごしました。

10代の頃の基準や傷や夢や栄光を身に纏っている大人は多いけど、バリやマイケルのように大人と子供の狭間を行き来できるほど、老成した子供はあまりにも少なく、『ピーター・パン』を何度も読む以外に、その感覚を取り戻す方法もないと思う。

(http://1000ya.isis.ne.jp/1503.htmlより)

「ほんと」と「つもり」の関係だなんて、たいしたことではないだろうと思うだろうが、とんでもない。いざその正体と二つの関係を測定しようとすると、なかなか容易なことではないことがすぐわかる。


そもそも「ほんと」とは何かということがとても難解なことなのだ。現実におこったことが「ほんと」だろうとしても、朝は晴れていた、ビスマルクは鉄血宰相と称ばれていた、俳句をつくった、この道はいつか来た道、村上春樹の新作をざっと読んだ、内閣が改造された、自社株が下がった、母親の病気が重い、友達とコーヒーを飲んだ、シリアにイスラエルからの爆撃があった、チラシのデザインを仕上げた、といったことの、いったいどこからどこまでが「ほんと」かを説明するのは、えらく大変なのだ。


 それ以上に、「つもり」の正体なんて、ほとんど抜き出せない。連休は海外旅行に行く、信長は野望をもっている、あなたが好きです、この映画は当たるだろうね、銀河系には生命があるにちがいない、あしたの遠足なんか行きたくない、リンゴを剥きますか、発車まであと数分、この歌うたえるかな、あの件はチャラにしたい、なんてことから、「つもり」の部分だけを抜き出すのは至難の技なのだ。世間ではおそらくは「つもり」から「ほんと」を引いたところを勘定したいわけだろうが、そうは問屋が卸さない。


 それよりいったん、すべてが「つもり」で出来ているのだと見たほうがうんといいい。このことは、幼い少年と少女以外の誰もがわかっちゃないことなのである。そう、かれらは「つもり」こそが「当然」なのだから。


ジェームズ・ディーンの『理由なき反抗』やフランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』はティーンエイジをみごとに描き出したけれど、バリがピーター・パンに託したことはそういうティーンエイジの社会観ではなかった。・・・


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by yomodalite | 2017-09-26 00:00 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(30)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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