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空気げんこつ(角川文庫)/鹿島茂

空気げんこつ (角川文庫)

鹿島 茂/KADOKAWA / 角川書店




タイトルの空気げんこつとは、澁澤龍彦『悪魔のいる文学史』で薔薇十字団を扱った回で登場した言葉らしく、薔薇十字団の頭目が背教僧ブーラン師率いるリヨンの黒魔術集団に対して、呪いの流体を送り、これによって相手を殴りつけるというようなことが書かれていて、この「呪いの流体」が「空気げんこつ」であるらしい。

これに感銘した鹿島氏が、さまざまなむかつく相手に「空気げんこつ」をお見舞いしてやるぞ、というのが本書のテーマ。

文芸春秋、中央公論などに掲載されたエッセイから、そのテーマに沿ったものを集めたエッセイ集で、初版は1998年。十年前の時事エッセイって。。。という疑問はもっともなんですが、目的の本が手に入らず、そういえば鹿島茂氏のエッセイ集って読んだことなかったなぁという選択だったのですが、意外と古さを感じず楽しめました。


空気げんこつ

鹿島 茂/ネスコ

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初版は、まさに澁澤、種村チックな表紙だったのですが、文庫では吉崎観音のイラストが使用されています。軽くて読みやすい内容とはいえ、これは両者にとってイイ結果ではなさそう。鹿島茂に興味がある人が、軽いエッセイ集を読みたいなぁと思われたらきっと楽しめる本です。

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【BOOKデータベース】あなたのまわりのこんなヒト、いませんか?例えば…大声で前夜の男を品評する淫乱コギャル、やたらとバカでかい車に乗りたがる中身カラッポ男、高級ブランドに血道を上げる物欲人間、知ったかぶりでまくし立てる似非インテリ、できもしないことばかり言うご都合エコロジスト…、などなどなど。こんなムカつく連中に、著者が天に代わって紙爆弾、目には見えない空気げんこつをお見舞いします。読めばスッキリ、日頃の溜飲がスッと下がり、その上ちょっぴりためになる痛快エッセイ。 角川書店 (2001/10、初版ネスコ1998/09)



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by yomodalite | 2009-07-26 11:55 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

SとM(幻冬社新書)/鹿島茂

SとM (幻冬舎新書)

鹿島 茂/幻冬舎



30代中頃まで、わたしは『O嬢の物語』という小説がすごく気になっていました。というのも私が読んだ版では、作者は序文を書いたジャン・ポーランではないか、と言われていて、確かにガリマール社の社主であるジャン・ポーランなら匿名で出版する理由も、『O嬢』の文学性の高さもある程度は理解できるのですが、ステファン卿やO嬢の人物描写や、性愛描写も、未完で終わっていることも、どうも納得がいかない。

まず、こんな作品を書く「男」が想像できなかったし、かといって「ゲイ」とも思えない。サドの一連の作品や、マゾッホには見られない文学性がどこから生じたものかも、O嬢があの後どうなったんだろうという「謎」もなかなか消えませんでした。

その後、その「謎」は、アップリンク社から発売された『エロティカ』という10人の女性の性の告白を収めたVDでようやく解けました。ポーリーヌ・レアージュ(ドミニク・オーリー)はやっぱり女性でした。

簡単に言うべきではないと躊躇しつつ、、あっけないぐらい簡単に言ってしまうと、これは、オーリーにとって、文学的にも師匠であり、恋人でもあったポーランへの、ラブレターだったんですね。だから、あの結末しかなかった。。

映像に納められているドミニク・オーリーの姿は、出演時は老女だったにも関わらず、サガンをもう少し可愛らしくした感じで、ジャン・ポーランと恋人だったが、夫とも円満で子どもにも恵まれたこと、などを幸せそうに語っていて永年の謎が解けたとともに、徐々に「SM」への興味も薄らぐことができました。

本著は鹿島茂氏による語りおろしで、あとがきで著者が語っているような、文明史的にSMを位置づけるというには少し軽く、実践的指南書という側面も、業界調査もほとんどないので「一般教養としてのSM」を求める向きに適しています。自己紹介や、人物評でもSかMかという区分けや「ツンデレ」が一般的になっているので、需要があっても不思議ではないのでしょう。

「SはサービスのS」というのは、よく聞かれる言葉ではありますが、SM業界の「S」が全員女性であることや、また前述の『エロティカ』に出演している女王様、たしかアラン・ロブ・グリエの妻だったと思うのだけど、そういったいわゆる女王様以外で「サービスSという男」がキリスト教文化の西洋にいるのかどうか、という点を鹿島氏には言及してほしかったですね。

「縄」の国である日本には「サービスSの男」は確かにいる。というか、そもそも「サービスSの男」というのは、もしかしたら日本だけのものではないでしょうか。谷崎潤一郎が他の追随を許さないのもそうした理由ではないかと思う。

「放蕩娘の縞々ストッキング!」
http://blog.nagii.org/?eid=828368

「マンハッタン狩猟蟹の逃げ場」
http://plaza.rakuten.co.jp/goodbyehalo/diary/200806020000/

「月灯りの舞」
http://ameblo.jp/tsukiakarinomai/entry-10095779335.html
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[BOOKデータベースより]娼婦に肛門性交を強いて国を追い出された作家マルキ・ド・サド、被虐趣味に溢れた小説を書き一躍有名になったザッヘル・マゾッホ。彼らの嗜好を基に命名された「サディスム」「マゾヒスム」が浸透したのは十九世紀だが、そもそも精神的・肉体的な苦痛を介して人が神に近づくキリスト教に、SM文化の源流はあったのだ。鞭とイエスはどんな関係があるのか?そして、SMが輸入されることもなく日本で独自の発展を遂げたのはなぜか?縦横無尽に欲望を比較する画期的な文明論。

第1章 そもそもSとは?Mとは?;
第2章 SMって何?いつから発生した?;
第3章 SMは、どのようにエスカレートしたのか?;
第4章 SMは、歴史の必然から生まれた;
第5章 SMの理想の相手は、どこで見つかるのだろう?;
第6章 SMは、文化のバロメーターである;
第7章 日本人にとって、SMとは何か?


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by yomodalite | 2008-10-16 14:06 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback(1) | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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