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世界はますます終わりに近づいているような気がする毎日ですが、人生も惑星の命にも限りがあるので、世界が終わるのは、当然といえば当然なんですが、Godという創造主のことを考えると、人はなぜか「永遠」を考え出すんだなぁなどと思いつつ、


とにかく、ヒストリー・ティーザーについてのエレノアとウィラの会話(これから紹介するPart 3)をより理解するために、そこにちょっぴり登場する『地獄の黙示録』を再度見てみたり、引用された文学作品を読んだりもしているのですが、原作の『闇の奥』は、以前なんとか読んだので、今回は、映画の中で、カーツが読んでいたT・S・エリオットの「The Hollow Men」という詩を読んでみようと思って、岩波文庫『四つの四重奏』(岩崎宗治訳)を買ったんです。


childspirits先生と二人で、エレノアの会話を日本語にしているだけで、もうヘトヘトなので、誰かが訳してくださったもので、あっさりと理解したかったんですが、訳注や解説には、ためになる部分があったものの、実際の詩の方は「?」という部分が多くて、、、しかたなく自分でも考えてみました。


ふだん、直訳とか、意訳という言葉が大嫌いな私ですが、意味がわかる。という意味での「意訳」につとめ、散文的に訳してあります。


気になる点や、間違いはもちろん、

遠慮のないご意見をお待ちしております。



The Hollow Men

空ろな人間


Mistah Kurtz―he dead. (*1)

Mr.クルツは死んだ


A penny for the Old Guy(*2)

ガイさんに1ペニーを(恵んでおくれ)。


I

We are the hollow men

We are the stuffed men

Leaning together

Headpiece filled with straw. Alas!

Our dried voices, when

We whisper together

Are quiet and meaningless

As wind in dry grass

Or rats' feet over broken glass

In our dry cellar


我々はすき間がないほど

詰め込まれていながら、空っぽで

頭の中は藁がいっぱい詰まっている(嗚呼)

お互い寄りかかるしかなく

みんなで一緒に囁いても

かすれるような声でしかなく

枯野の草のように静かで意味がない

もしくは、地下室で

ネズミが割れたガラスの上を歩くぐらいか


Shape without form, shade without colour,

Paralysed force, gesture without motion;


つかみどころのない形、色のない影、

麻痺した力、動きのない身振り


Those who have crossed

With direct eyes, to death's other Kingdom

Remember us―if at all―not as lost

Violent souls, but only

As the hollow men

The stuffed men.


目を見開いて、

死後にある別の王国に渡った者が

もし我々のことを覚えていたとしても

それは、荒ぶる魂というよりは

ただ、無意味だけが

詰め込まれた人間としてだ


II

Eyes I dare not meet in dreams

In death's dream kingdom

These do not appear:

There, the eyes are

Sunlight on a broken column

There, is a tree swinging

And voices are

In the wind's singing

More distant and more solemn

Than a fading star.


この目は、私が夢に出会うことを怖れ

死後の夢の王国が

目の前に現れることはないが、

そこでは

折れた円柱に陽射しが注がれ

木々は揺れ、

そして、声は響き、風は歌う

この消えゆく星よりも

ずっと遠くにあって、より厳かに


Let me be no nearer

In death's dream kingdom

Let me also wear

Such deliberate disguises

Rat's coat, crowskin, crossed staves(*3)

In a field

Behaving as the wind behaves

No nearer―


死後の夢の王国のそばに

俺を行かせないでくれ

あの念入りに見つくろった

死装束をまとわせるのも、だ。

鼠の毛皮、カラスの肌、十字にした棒

この場所では

風が振舞うように、振る舞う

それ以外にはない


Not that final meeting

In the twilight kingdom


あの黄昏の王国での

最後の集いとは違うのだ


III

This is the dead land

This is cactus land

Here the stone images

Are raised, here they receive

The supplication of a dead man's hand

Under the twinkle of a fading star.


ここは、死んだ国

サボテンの国

ここにある石の像は

消えていく星の煌めきの下

死んだ者たちの嘆願を

受け入れるために建てられた


Is it like this

In death's other kingdom

Waking alone

At the hour when we are

Trembling with tenderness

Lips that would kiss

Form prayers to broken stone.


それは、死後の王国で

ひとり目覚めたとき

誰かがそこにいて

優しく震えるように

唇にキスをする者によって

石が崩れ去る、ということか


IV

The eyes are not here

There are no eyes here

In this valley of dying stars

In this hollow valley

This broken jaw of our lost kingdoms


この目に見えるのはそんな場所ではなく

ここにある世界はそうではない

この谷では、星は死にゆき

ここは、空ろな谷でしかなく

この壊れた骸骨が、失われた王国なのだ


In this last of meeting places

We grope together

And avoid speech

Gathered on this beach of the tumid river


最後の集いの場所では

みんなが探りあい

意見を言うことを避け

人々は水が膨張した河の岸辺に

ただ群がっている


Sightless, unless

The eyes reappear

As the perpetual star

Multifoliate rose

Of death's twilight kingdom

The hope only

Of empty men.


盲目でないとすれば

この目にも、永遠の星や

花びらが幾重にも重なった薔薇が

見えるだろう

死にゆく黄昏の王国で

空っぽな人間の

残された希望として


V

Here we go round the prickly pear(*4)

Prickly pear prickly pear

Here we go round the prickly pear

At five o'clock in the morning.


手のひらみたいなサボテンのまわりを

サボテン、サボテン、みんなでまわろう

手のひらみたいなサボテンのまわりを

みんなでまわろう、朝の五時


Between the idea

And the reality

Between the motion

And the act

Falls the Shadow

     For Thine is the Kingdom(*5)


理念と現実の間に

動きと行いの間に

幻影があらわれる        

     神の王国のために


Between the conception

And the creation

Between the emotion

And the response

Falls the Shadow(*6)

     Life is very long(*7)


構想と創造の間に

感情と反応の間に

幻影があらわれる

     人生はとても長い


Between the desire

And the spasm

Between the potency

And the existence

Between the essence

And the descent

Falls the Shadow

     For Thine is the Kingdom


欲望と発作の間に

潜在と実在の間に

本質と堕落の間に

幻影があらわれる

     神の王国のために


For Thine is

Life is

For Thine is the(*8)


あなたのための

人生とは

それを、あなたのために


This is the way the world ends (*9)

This is the way the world ends

This is the way the world ends

Not with a bang but a whimper.


こんなふうに、世界は終わる

こんなふうに、世界は終わる

世界の終りは、

爆発音ではなく、すすり泣く声で。


(訳:yomodalite)

下記の訳注も含め、間違いに気付かれた方は遠慮なくご指摘くださいませ


訳注)________


(*1)コンラッド『闇の奥』からの引用、主人公クルツの死を告げる黒人のボーイの言葉。


(*2)1605年、ジェイムズ一世とその政権を転覆させるため、少数のカトリック教徒の中で、国会議事堂の爆破が計画された(「火薬陰謀事件」と呼ばれる)。しかし、実行予定の前夜、議事堂地下室で火薬の見張りに立っていたガイ・フォークスは捕らえられ、仲間とともに処刑された。英国ではこの日にちなんで、11月5日を「ガイ・フォークスの日」として、彼の張りぼて人形を引き回し、爆竹をはぜさせながら、人形を火に投じる習慣があった。「ガイさんに1ペニー」は、この日に子供たちが、家々をまわって爆竹を買うための小銭をもらうときの言葉。


(*3)Rat's coat, crowskin, crossed staves

このパラグラフ(スタンザ)は、岩波文庫『四つの四重奏』(岩崎宗治・訳)の「詩集1909 - 1925年」に納められた〈空ろな人間たち〉の訳では、

これ以上近くには行かせないでください
死の夢の国で
そしてわたしにまとわせてください
とくに入念な変装を
鼠の毛皮(コート)、烏皮(からすがわ)、十字に組んだ棒
麦畑で
振る舞いは風の振る舞いのように
これ以上近くには----

になっています。訳注では(訳者は、the stuffed men を、案山子人間と訳している。The Hollow Men に案山子の絵が使用されている例は多い)、

「わたし」は、中身の空ろな案山子として生きようとする。案山子はここでは棒を十字に組んで古着を着せたもの。畑を荒らす野鼠や烏を脅すために、そうした動物の死骸を結びつけることがある。原文のRat's coat の ‘coat’ は、「上着」または、「(獣の)毛皮」で、‘crowskin’ は、‘backskin’ (鹿革)に似せた造語で、「烏皮」といったところか。ともあれ、魂のない「案山子人間」には・・・

とありますが、私には「畑を荒らす野鼠や烏を脅すため」や、「まとわせてください」というのは納得できません。


鼠やカラスといった動物から喚起されるイメージと、「I」の〈rats' feet〉との音韻だけでなく、人間の社会では、鼠の上着(毛皮)は、動物の毛皮としては薄くて価値がないし、カラスは羽根に覆われていて、その肌がかえりみられることはありませんが、どちらも自然なもので、同じように、自然社会にあるのは、棒を十字にしたものだけであって「十字架」ではない。


その場所で身につけるものは、人間社会での葬送の儀式で、遺体に着せられるようなものではなく・・という意味からの言葉ではないでしょうか。


(*4)prickly pear


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ウチワサボテンとも言われるようですが、このスタンザは童謡を歌っているようになっているので、このサボテンの能天気な感じを出すために「手のひら」みたいな、にしました。


(*5)For Thine is the Kingdom

これは「主の祈り」とも言われる、『マタイによる福音書』6章9-13にからの引用だと思われます。(→https://ja.wikipedia.org/wiki/主の祈り)


Between the idea ~ And the act までは、「王殺し」をイメージしていて、「For Thine is the Kingdom」は、その行為を後押しする言葉にもなっている。


岩波文庫訳では、

For Thine is the Kingdom
それ〈御国〉は〈汝〉のものなればけり

という訳のわからない(私だけ?)訳になっていて、確かに、Thine は古語で、英語辞書では、「汝」もしくは「そなた」などと書いてあり、


「汝」は、日本の国語辞典では、

二人称の人称代名詞。本来は、尊敬の意を含む語だが、徐々に敬意を失って、同等または目下の者に対する代名詞となり、中世以降はもっぱら目下の者に対する代名詞となった。

と、あります。でも、英語のThine は、「同等かもしくは尊敬の意」なので、Thine=汝というのは、現代の日本人にとって勘違いしやすい訳になっているように思います。例を挙げれば、シェイクスピアのセリフでは「汝」(もしくは「そなた」)で問題ありませんが、『マタイによる福音書』などの聖書訳の場合、「thy」は、神を指している場合も多く、これを「汝」と訳すのは間違いの元ではないかと。


「主の祈り」の英語訳は、


Our Father, which art in heaven,

hallowed be thy name;

thy kingdom come;

thy will be done,

in earth as it is in heaven.

Give us this day our daily bread.

And forgive us our trespasses,

as we forgive them that trespass against us.

And lead us not into temptation;

but deliver us from evil.

[For thine is the kingdom,

the power, and the glory,

for ever and ever.]

Amen.


上記のウィキペディアのリンク先にある日本語訳でも、「thy」がわかりにくい訳になっているので、下記は私訳ですが、


天国にいる、我らの父よ

あなたの名が讃えられ

あなたの王国がやってきますように

あなたはこの地上を

天国のようにされるでしょう

そして、私たちに今日のパンを与え

私たちが、罪を犯した者を許すように、

私たちの罪も許してください

そして、私たちが誘惑に導かれないように

私たちを悪から救ってください

[あなたのための王国、その力、そして栄光は、永遠に続きます]

アーメン。


thyや、thineは、すべて、Our Father, which art in heaven(天国におられる我らの父)を指しています。(ちなみに、ウィキペディアにはもっとも普及していると思われる「新共同訳」が載っていませんが、そちらは、天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。御国が来ますように・・・で、[ ]内はありません。ただ、文春新書の『新約聖書Ⅰ』にある佐藤優氏のマタイの福音書の案内によれば、[ ]内は、2世紀頃に付加されるようになったもので、「国とちからと栄とは限りなくなんじのものなればけり」という頌栄がつけられることもある。とのこと

それ〈御国〉は〈汝〉のものなればけり

とにかく、上記の岩波文庫訳では、神の国が「あなた(自分)」のものだと言っているか、もしくは、神に「上から目線」になってしまいませんか?


岩波文庫訳への疑問に文字数を使いすぎてしまいましたが、日本人が考える「神」と「God」の違いは、「God」がこの世界の創造主というだけでなく、


「God」を信じる宗教には「神の王国をこれから創る」という目標があることが、重要で、それは、この詩でも、また『地獄の黙示録』でも、現代の世界戦争においても、重要なテーマになっていると思います。


(*6)Falls the Shadow

Falls も、Shadowも意味深い言葉で、私訳では “幻影があらわれる” としましたが、Fall は、「人間の堕落や原罪」という意味を感じさせる言葉ですね。


(*7)Life is very long

(*5)と同じ文字装飾になっているので、なんらかの引用かもしれませんが、岩波文庫の訳注では、コンラッドの『島の流れ者(邦題「文化果つるところ」』の中で、重大な背信行為を犯した主人公に、年配の船長リンガードが言う言葉。とあり、恩寵に出会えぬまま苦悩し続ける人間にとって「人生は長い」ということ。だと説明されています。


(*8)

For Thine is

Life is

For Thine is the


このスタンザでは、ここまでの言葉の語尾が消されていて、


For thine is (the kingdom)

Life is (very long)

For Thine is thekingdom)


消された部分を繋げると、


その王国はとても遠い王国


という意味になり、ここから、最後の「This is the way the world ends」に続きます。


(*9)

この部分は[V]のサボテンの歌と同じく、童謡をベースにしていて、岩波文庫の訳注によれば、パロディの本歌となった童謡では「こんなふうにぼくらは手を叩く」という童謡があるそうです。




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by yomodalite | 2015-11-16 06:00 | 文学 | Trackback | Comments(0)

ホイットマン詩集―対訳 (岩波文庫―アメリカ詩人選)

ホイットマン/岩波書店




マイケルは、インヴィンシブル期といっていい1999年後半、「TALK magazine」のインタヴューで、気に入っている作家を聞かれ、「サマセット・モーム、ホイットマン、ヘミングウェイ、トウェイン」と答えています。

MJ : "I watch cartoons. I love cartoons. I play video games. Sometimes I read."

Q : "You mean you read books?"

MJ : "Yeah. I love to read short stories and everything."

Q : "Any in particular?"

MJ : "Somerset Maugham.. Whitman. Hemingway. Twain."



そんなわけで、この中で一度も読んだことがなかったホイットマンを読んでみようと思い、岩波文庫の『対訳・ホイットマン詩集』を購入。

岩波の対訳文庫といえば、ウィリアム・ブレイク、エドガー・アラン・ポー、イェイツと、これまで疑問ばかりが増幅することが多かったのですが、


本書には、ホイットマン自身による全詩集『草の葉』から33篇が収録されていて、訳者である木島始氏の素敵な「まえがき」により、ホイットマンの世界に惹きこまれ、これまでのように読み出して数秒で「マジ?」と言いたくなるようなこともなくw、私にとって最適な入門書になりました。



以下は「まえがき」から抜粋。


詩集『Leaves of Grass “草の葉”』をよんで、こういう作品をイギリス文学は生み出したことがない、という意味のことを、今世紀のもっとも批評眼のある女流作家ヴァージニア・ウルフが述懐しているのにふれたとき、ああ英語文化の生え抜きのひとにしてそうなのだ、とわたしは思ったものだ。

『草の葉』こそ、アメリカが生み出したものであり、アメリカをしてアメリカたらしめている根源ではないかと。岡本太郎風にいえば、アメリカの土壌からの「爆発」が『草の葉』となったのではないか。

1855年の初版から、1892年のいわゆるDeath Bed Edition 臨終版にいたるまで、詩人自らが活字、造本、宣伝と自分の意思を可能なかぎり詩集出版で実現しようと全力を尽くした。詩の編成や、改訂、改題も数多く、受け取る人によって何年版を最良とみなすかも、異なってくる。


このあと、木島氏は、初版につけられた序文を、対訳付きでいくつか紹介してくださっています。すべて素敵なのですが、今日の気分でほんの少しだけ抜粋します。


The art of art, the glory of expression and the sunshine of the light of letters is simplicity. Nothing is better than simplicity … nothing can make up for excess or for the lack of definiteness.

わざのわざ、表現の栄光、文学の光の太陽の輝きとは、単純さだ。単純さにまさるものは、何もない・・・過剰とか、明確さの欠如とかをつぐなうことができるものは、何もない。


読んでいるうちに、自分でも訳してみたくなったので、原文を探してみたところ、


想像以上に長い序文で、、速攻コピペして「いつかやる」フォルダにしまい込んだのですがw、とりあえず、この部分の続きを含めてパラグラフで抜粋したものをメモ。。


The art of art, the glory of expression and the sunshine of the light of letters is simplicity. Nothing is better than simplicity … nothing can make up for excess or for the lack of definiteness. to carry on the heave of impulse and pierce intellectual depths and give all subjects their articulations are powers neither common nor very uncommon. But to speak in literature with the perfect rectitude and insouciance of the movements of animals and the unimpeachableness of the sentiment of trees in the woods and grass by the roadside is the flawless triumph of art. If you have looked on him who has achieved it you have looked on one of the masters of the artists of all nations and times.

You shall not contemplate the flight of the gray gull over the bay or the mettlesome action of the blood horse or the tall leaning of sunflowers on their stalk or the appearance of the sun journeying through heaven or the appearance of the moon afterward with any more satisfaction than you shall contemplate him. The greatest poet has less a marked style and is more the channel of thoughts and things without increase or diminution and is the free channel of himself.

He swears to his art, I will not be meddlesome, I will not have in my writing any elegance or effect or originality to hang in the way between me and the rest like curtains. I will have nothing hang in the way not the richest curtains. What I tell I tell for precisely what it is. Let who may exalt or startle or fascinate or soothe I will have purposes as health or heat or snow has and be as regardless of observation. What I experience or portray shall go from my composition without a shred of my composition. You shall stand by my side and look in the mirror with me.



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by yomodalite | 2015-09-11 12:00 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)
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クリストファー・ノーランの新作『インターステラー』が素敵だったので
そこで使われていた詩を全訳してみました。

マイケル・ケインが演じていたブランド教授がつぶやいていた詩で、
予告編の字幕では、

”おとなしく夜を迎えるな。賢人は闇にこそ奮起するもの。
消えゆく光に対して果敢に挑むのだ”

となっていたものです。
気になる点は、遠慮なくご指摘くださいませ


☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2014-11-26 22:55 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(4)
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[本当にしつこいようですが、修正協議まだやってますw]

☆Among School Children[1]の続き


せっかく、岩波文庫からの訳詞を紹介したのに、

自分でも訳してみようという、いつもの無謀な試みです(止せばいいのにww



☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2014-06-20 13:44 | 文学 | Trackback | Comments(40)
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マイケルへの思いをバネに英語詩を読もう!シリーズ

そんなシリーズあったっけ?と思われるかもしれませんが、
一応ここにあるMJの詩以外は、すべてそうだと思っているんですが、

今回は、MJが高校の教科書に登場したときに引用された詩です。

教科書に関して、まだご存知ではなかったという方は、
こちらの「とてもとても素敵なブログ」をご覧ください。

私は教科書は買ってないので、本文の方への関連はわかりませんが、まずは、引用された詩「Among School Children」の全体を読んでみたいと思いました。

下記は、岩波文庫の『対訳イェイツ詩集』から、注釈も含めて転載しています。



Among School Children
William Butler Yeats

小学生たちの中で
ウィリアム・バトラー・イェイツ

I
I walk through the long schoolroom questioning;
A kind old nun in a white hood replies;
The children learn to cipher and to sing,
To study reading-books and history,
To cut and sew, be neat in everything
In the best modern way — the children’s eyes
In momentary wonder stare upon
A sixty-year-old smiling public man.

私は長い教室を歩きながら質問する。
白い頭巾の老いた尼僧が丁寧に答える。
子供らは数の足し引きや、歌や、
読本の読み方や、歴史や、
抜ち方や縫い方を教わり、すべて
最新のやり方で整えることを学びます。
にこそかに微笑む六十歳の議員さんを
子供らの目が、一瞬、いぶかしげに見あげる。

II
I dream of a Ledaean body, bent
Above a sinking fire, a tale that she
Told of a harsh reproof, or trivial event
That changed some childish day to tragedy —
Told, and it seemed that our two natures blent
Into a sphere from youthful sympathy,
Or else, to alter Plato’s parable,
Into the yolk and white of the one shell.

私は心に思う、消えかけた火の上に屈む
レダの体を、彼女が語った
つらい叱責の話を、子供の一日を
悲劇に変えた小さな出来事をーー
語って、二人の本性は若さゆえの共感から
融合し、一つの球体となった。
あるいは、プラトンの寓話を変えて言えば、
一つの卵の黄身と白身になった。

III
And thinking of that fit of grief or rage
I look upon one child or t’other there
And wonder if she stood so at that age —
For even daughters of the swan can share
Something of every paddler’s heritage —
And had that colour upon cheek or hair,
And thereupon my heart is driven wild:
She stands before me as a living child.

私はあの悲しみや怒りの発作を思い起し、
そこにいる子やあそこの子をながめ、
彼女もこの年頃にはこんなふうだったかと
思い一一白鳥の娘でも、その辺の水鳥と
同じ血をいくぶんかは分ち合うことがある一一
煩や髪の色もああだったかと考え、
だちまち心は狂おしく錯乱する。彼女が
生身の子供となって目の前に立っている。

IV
Her present image floats into the mind —
Did Quattrocento finger fashion it
Hollow of cheek as though it drank the wind
And took a mess of shadows for its meat?
And I though never of Ledaean kind
Had pretty plumage once — enough of that,
Better to smile on all that smile, and show
There is a comfortable kind of old scarecrow.

現在の彼女の像が心に浮ぶーー
15世紀イタリアの指がこれを作ったのか、
痩せこけた頬は、風を飲み、
食事代りに影を食べたかのよう。
私はレダ一族の一人ではないが、それでも
昔はきれいな羽根をしていたーーまあいい、
いまは微笑むみんなに笑みを返して、気安い
老いぼれ案山子もいることを見せてやろう。

V
What youthful mother, a shape upon her lap
Honey of generation had betrayed,
And that must sleep, shriek, struggle to escape
As recollection or the drug decide,
Would think her Son, did she but see that shape
With sixty or more winters on its head,
A compensation for the pang of his birth,
Or the uncertainty of his setting forth?

生殖の蜜がこの世におびき出した形、
記憶や薬の作用のままに
眠り、泣き叫び、逃げ出そうとするものを
膝に抱く若い母親が、どんな母親であれ、
わが息子が、この形が、60年を、いや、
さらなる歳月を経て、白髪を頭にいただく
姿になり果てるのを見たら、出産の苦しみや、
この世に出すときの不安を償ってくれると思うか?

VI
Plato thought nature but a spume that plays
Upon a ghostly paradigm of things;
Solider Aristotle played the taws
Upon the bottom of a king of kings;
World-famous golden-thighed Pythagoras
Fingered upon a fiddle-stick or strings
What a star sang and careless Muses heard:
Old clothes upon old sticks to scare a bird.

プラトンは自然が、事物の幻影ともいうべき
範例に戯れかかる泡にすぎないと見た。
もっと堅実なアリストテレスは
王の中の王の尻を鞭でぶった。
人も知る黄金の腿(もも)したピュタゴラスは、
ヴァイオリンの弓や弦をひねくって、星が歌い、
無頓着な〈詩の女神〉が聞いた調べを奏でた。
棒切れに引っかけた古着が鳥を脅かそうというのだ。

VII
Both nuns and mothers worship images,
But those the candles light are not as those
That animate a mother’s reveries,
But keep a marble or a bronze repose.
And yet they too break hearts — O Presences
That passion, piety or affection knows,
And that all heavenly glory symbolise —
O self-born mockers of man’s enterprise;

尼僧も母親も幻像を崇拝する。
だが蝋燭に照らされる像は、母親の
思いに生気を吹きこむ像とは違って、大理石や
ブロンズの静謐をたもつ。だが、これらの像も
人を悲嘆に陥れるのだ一一おお、〈存在者たち〉よ、
情熱と、信仰と、情愛とが認め、
天の栄光の一切を象徴するものよ、おのずから
現前して、人間の営みを嘲笑するものよ。

VIII
Labour is blossoming or dancing where
The body is not bruised to pleasure soul.
Nor beauty born out of its own despair,
Nor blear-eyed wisdom out of midnight oil.
O chestnut-tree, great-rooted blossomer,
Are you the leaf, the blossom or the bole?
O body swayed to music, O brightening glance,
How can we know the dancer from the dance?

魂を喜ばせるために肉体が傷つくのではなく、
おのれに対する絶望から美が生れるのではなく、
真夜中の灯油からかすみ目の知慧が生れるのでもない、
そんな場所で、労働は花ひらき踊るのだ。
おお、橡(とち)の木よ、大いなる根を張り花を咲かせるものよ、
おまえは葉か、花か、それとも幹か。
おお、音楽に揺れ勤く肉体よ、おお、輝く眼差しよ、
どうして踊り手と踊りを分つことができようか。

(翻訳と下記の解説:高松雄一)

_________________

Among School Children[1927年8月The Dial 誌初出。詩集The Tower (London,1928)に収録] history『集注版』による訂正。旧版『仝詩集』では韻を合わせてhistoriesとしてある。 A sixty-year-old smiling public man イェイツは1922年にアイルランド自由国の上院議員に選出された。この詩は公人として学校を視察したときの感懐。 Ledaean body レダ(またはその娘ヘレネ)を思わせる姿。 our two natures blent / lnto a sphere 形而上派詩人ダン(John Donne,1572-1631)の詩 'The Ecstasy' は、並んで土手に寝そべる男女の魂が肉体を抜け出して中空で合体融合し、精錬され、ふたたび別れてそれぞれの肉体へ戻る、と歌う。 Plato’s parable 対話篇『饗宴』にある。人間はもともと男女両性を合せ持つ球体であったが、ゼウスがこれを「ゆで卵を髪で切る』うに」二つに切り分けた。以後それぞれが自分の半身を求めて合体しようとする。 daughters of the swan 白鳥に変身したゼウスがレダに生ませた娘たち。高貴な美女。 Quattrocento イタリア語。 15世紀(1400年代)イタリアの美術・文芸について記述するときに使う。 Honey of generation 3世紀の新プラトン主義哲学者心レピュリオスは『オデュッセイア』第13歌のニンフたちの洞窟の描写を解釈して、蜂蜜が浄化作用、性交願望、生成の歓びを表すとした(トマス・テイラーの英訳による)。 recollection 前世の記憶。 Plato プラトンは、イデアが真の実在で、自然の事物はその模像にぎないと考え両者を峻別した。 paradigm 形相(form)と同義のつもり。 Solider Aristotle アリストテレスはアレクサンドロス大王の少年時代に家庭教師を務めた。事物は形相の可能態であると見なして両者を結びつけたから、少年の尻を鞭打って矯正することもあり得だろう。  golden-thighed Pythagoras ピュタゴラスは弦の長さに応じて協和音程が得られることを発見し、また地球を中心として回転するいくつもの天球が美しい音楽を奏でていると考えた。当時は神格化されて黄金の腿を持つと伝えられていた。 images 尼僧は幼児イエス・キリストを、母親は自分の赤児を。 Presences 至高の存在者たち。イェイツは特定の神に呼びかけるのを避ける。 That は53行目のPresencesにかかる関係詞の目的格。55行目のthatも同じく関係詞だが、こちらは主格。 chestnut-tree horse chestnut とする説をとる。
_________________

すばらしいお手本のあとに、お茶を濁すようですが、
自分でも訳してみようと思います。







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by yomodalite | 2014-06-09 12:01 | 文学 | Trackback | Comments(5)
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☆Edgar Allan Poe “For Annie”(1)の続き

MJの愛読書の中で、全集(Complete Works)の所有が確認されている作家は、O・ヘンリー(1862年9月11日 - 1910年6月5日)と、ラルフ・ウォルドー・エマソン(1803年5月25日 - 1882年4月27日)と、エドガー・アラン・ポー(1809年1月19日 - 1849年10月7日)の3人で、「For Annie」は、彼が所有している『The Complete Stories and Poems of Edgar Allan Poe』に収められています。

また、「ポォーーーー!」という叫びが印象的な『Smooth Criminal』のショート・フィルムは、ポーが創造し、その後ホームズ等に受け継がれた探偵やトリックなどのスマートさ以外にも、ポーからの様々なインスピレーションが感じられる作品だと思います。

『Smooth Criminal』の “アニー” に関しては、様々な解釈がされていますし、MJの作品の要素は概ね「てんこ盛り」なので、ひとつのテーマに集約するなんて、幕の内弁当の中で天ぷらだけを食べているようなものだと思いますが、 MJが計画していた映画「The Nightmares of Edgar Allan Poe」は、ポーの晩年に焦点をあてたもので、アニーは、ポーの最後のときを彩った女性でした。そんなわけで、

“アニーの謎” が、ポーへの入口に繋がるのは、いずれ、MJと文学談義を交わす際には有用なのではないかという目論み(笑)なので、夜露死苦っ!

◎[関連記事]http://yourockmyworld829.blog88.fc2.com/

☆ ☆ ☆


「For Annie」は、1848年に発表された詩で、アニーとは、何年も病床にあった妻(ヴァージニア)を、1847年を亡くし、深い失意にあった頃、つきあっていたナンシー・リッチモンド夫人(アニー・リッチモンド)のことだと言われています。(この頃、彼には他にも婚約したり、詩を捧げたりという複数のロマンスがあるのですが)

この詩の「私」は死後の独白のような内容ですが、実際、ポーは、このころ自殺を図り、詩が発表された翌年、原因がわからない変死により人生の幕を閉じている。

しかし、そういった「物語」よりも、もっと複雑で興味深いのは、やっぱり、彼の作品であり、詩であると。そんな風にようやく感じられ始めたので、(1)とはまた別の訳書を読んでみました。

◎[Amazon]ポオ詩と詩論 (創元推理文庫)

こちらは「ユリイカ」など長文の散文詩を含めすべての詩が収められて、
1979年に出版されたもの。

下記は、福永武彦氏による「まえがき」

エドガー・アラン・ポオの詩の全部を、現代口語に翻訳しようなどという試みは無謀というほかはなく、私はひたすら固辞したのだが、遂に出版社の熱意に押し切られて引き受けざるを得ない破目になった。

そこで私は条件をつけて、詩集のうちのわずか十篇ほどで勘弁してもらい、残りの五十三篇は入沢康夫君の手を煩わした。同君は何よりもまず詩人であり、詩の翻訳は訳者もまた詩人でなければ語感の美しさを移植できないと信じる。

ただ私にしても入沢君にしてもフランス語の方が本業なので、語学的に間違いを犯した点がありはしないかと恐れている。(中略)

勿論私たちは二人とも、ステファヌ・マラルメ及びレオン・ルモニエの仏訳を参照したが、これは文字通り参照したというだけで、実を言うと、仏訳にも怪しい点が少なからずある。

[仏語が読めない私にはわからない参考資料]マラルメ訳「Pour Annie」

ただ語感という点では、マラルメの散文訳は見事なものであり、私たちも亦その語感に学んだと言うことが出来る。この邦訳は、その大部分を入沢君に頼んだが、頼んだのが私である以上、全体に関しては、勿論私が責任を持つものである。

(引用終了)

と、このまえがきから、マラルメのポーの翻訳詩が見てみたくなっただけでなく、福永武彦氏のことも一瞬で好きになってしまいました!(私は存じ上げなかったのですが、作家としてもとてもファンの多い方で、三島由紀夫より7歳年上)。


下記は本書から、福永氏ではなく、入沢氏が翻訳された “For Annie” の訳詞に
英語原文を加え、各スタンザの冒頭に番号を付記しました。

こちらは、答えあわせのつもりだったのですが、

残念ながらそうとも言えないというか、
しつこく(呆)疑問がのこった点に関しては「太字」にしてあります。
ご意見やご指導をお寄せくださいませ。




For Annie
アニーのために


1)
Thank Heaven! the crisis 一
The danger is past,
And the lingering illness
ls over at last 一
And the fever called “Living”
ls conquered at last.

有難いことだ! 危機は ーー
危難は すぎ去った。
長びいたわずらいも
とうとう終った ーー
「生存」という名の熱病が
ついにとどめをさされたのだ。

2)
Sadly,l know
l am shorn of my strength,
And no muscle l move
As l lie at full length 一
But no matter ー l feel
l am better at length.

私は知っている、悲しいことだが、
私の力は奪われている。
筋一本も 動かばこそ、
長々と横たおったままなのだ ーー
だが、かまわない!ーー 私は感じる、
やっと心地がよくなったのを。

3)
And l rest so composedly,
Now,in my bed,
That any beholder
Might fancy me dead 一
Might start at beholding me,
Thinking me dead.

こうして私がいかにもゆったりと 今
ベッドにやすらっている姿を
見る人はだれであれ思うだろう、
私が死んでいるのだとーー
私を眺め 死んでいるものと思いこんで
おそらく身ぶるいをするだろう。

4)
The moaning and groaning,
The sighing and sobbing,
Are quieted now,
With that horrible throbbing
At heart : 一 ah,that horrible,
Horrible throbbing !

かなしみの声 呻きの声、
溜息も すすり泣きも、
今は静かになってしまった。
あのいまわしい心臓の
鼓動も消えた ーー ああ あのいまわしい
いまわしい鼓動の音も!

5)
The sickness 一 the nausea 一
The pitiless pain 一
Have ceased,with the fever
That maddened my brain 一
With the fever called “Living”
That burned in my brain.

むかつき ーー 嘔き気 ーー
なさけ容赦もない痛み ーー
みんな 終った。私の頭を
狂わせていた熱病も終った ーー
頭の中で燃えていた
「生存」という名の熱病も。

6)
And oh! of all tortures
That torture the worst
Has abated 一 the terrible
Torture of thirst
For the napthaline river
Of Passion accurst : 一
l have drank of a water
That quenches all thirst : 一

そして ああ! ありとある
責苦のなかでも一番むごい
あの責苦 ーー 呪われた「熱情」の
瀝青の河に渇き苦しむ
おそろしい責苦
それも今やおさまった ーー
すべての渇きをいやす水を
私はごくりと飲みほしたのだから ーー

7)
Of a water that flows,
With a lullaby sound,
From a spring but a very few
Feet under ground 一
From a cavern not very far
Down under ground.

子守唄のような音を立てて
流れて来た その水、
地下 ほんの数尺の
泉から流れ出る水 ーー
ほど遠からぬ地の下の
洞穴から流れ出て来る水を。

8)
And ah! let it never
Be foolishly said
That my room it is gloomy
And narrow my bed;
For man never slept
In a different bed 一
And, to sleep, you must slumber
In just such a bed. 

だから ああ! この私の部屋が暗く、
私のベッドが狭いなどと、
そんな愚かしいことは
言わないでいただきたい。
人はみな これと同じ
ベッドに就いてきた。
眠るというならば 人はまさに
このようなベッドでまどろまねばならぬ。

9)
My tantalized spirit
Here blandly reposes,
Forgetting, or never
Regretting its roses 一
Its old agitations
Of myrtles and roses :

タンタロスのように渇きに喘いだ私の魂も、
ここでは さわやかにやすらっている。
薔薇の花のことも ーー
その昔のミルトや薔薇のさやぎも、
忘れて ーー それをくやむことも
絶えてなく。

10)
For now, while so quietly
Lying, it fancies
A holier odor
About it,of pansies 一
A rosemary odor,
Commingled with pansies 一
With rue and the beautiful
Puritan pansies.

それというのも 今 こうして静かに横たわって
私の魂は さらにさらに神聖な
思い(パンジー)の香りが身をとりまくのを
夢みているからだ。
美しく清らかな思い(パンジー)や
侮い(ヘンルーダ)にまじった
追憶(ローズマリー)の香り
が身をとりまくのを
夢みているからだ。

11)
And so it lies happily,
Bathing in many
A dream of the truth
And the beauty of Annie 一
Drowned in a bath
Of the tresses of Annie.

こうして 私の魂は 幸せに
やすらっているのだ、
アニーの 真実と 美との
数知れぬ夢にゆあみしながら ーー
アニーの髪の中に
深々とゆあみしながら。

12)
She tenderly kissed me,
She fondly caressed,
And then l fen gently
To sleep on her breast 一
Deeply to sleep
From the heaven of her breast.

彼女はやさしくキスしてくれた。
心をこめて愛撫してくれた。
やがて 私は彼女の胸で
穏やかに眠りにおちるのだったI
天国のような彼女の胸から
深い眠りへとおちるのだった。

13)
When the light was extinguished,
She covered me warm,
And she prayed to the angels
To keep me from harm 一
To the queen of the angels
To shield me from harm.

ともしびが消えた時、
彼女は私を暖かく覆ってくれ、
天使たちに祈ってくれた、
この人を危難から守って下さいと ーー
天使たちの女王のマリアに祈ってくれた
この人を危難から守って下さいと。

14)
And l lie so composedly,
Now,in my bed,
(Knowing her love)
That you fancy me dead-
And l rest so contentedly,
Now in my bed,
(With her love at my breast)
That you fancy me dead 一
That you shudder to look at me,
Thinking me dead: 一

今 私がベッドの上で
(彼女の愛情を思いながら)
ゆったりと横だわっているのを
人は死んでいると思うのだ ーー
今 私がベッドの上に
(彼女の愛情を胸に抱いて)
こころ満ち足りて やすらっているのを
人は死んでいると思うのだ ーー
死んでいると思えばこそ
私を見てふるえるのだ。

15)
But my heart it is brighter
Than an of the many
Stars in the sky,
For it sparkles with Annie 一
It glows with the light
Of the love of my Annie 一
With the thought of the light
Of the eyes of my Annie.

だが 私の心は 天国の
あまたの星をことごとく合せたよりも
もっともっと輝いているのだ。
アニーといっしょにきらめいているのだ ーー
私のアニーの愛の光で
あかあかと燃えているのだ ーー
私のアニーの限の光を思って
あかあかと燃えているのだ。


(訳:入沢康夫)


下記は、上記の訳への疑問と(1)の私訳への「言い訳」ww

7)
泉から流れ出る水 ーー not very few Feet で、not very far Down の地下から流れ出てきた水は「泉」ではないと思いました。

地獄があるはずの地下から、子守唄のような音が聞こえ、清らかな水が流れてくることや
光が射さない暗闇の中にも、春が訪れる…

冒頭の「Thank Heaven!」から、棺桶の中で休んでいる “私” は、教会の教えに反したことや、死に感謝するなど、人々の感情とは異なることを述べていると思います。

9)
myrtles(ミルト)や roses(薔薇)のような女たちによって、タンタロスのように、永遠に止むことのない飢えと乾きを感じていた “私” が、安らいでいる理由は…

10)
パンジー(思い)や、ヘンルーダ(侮い)や、ローズマリー(追憶)の香りが
身にとりまくのを夢みている...

悔いに混じった追憶...

ヘンルーダの香りに、ローズマリーの香りが混じった香りに身を包まれることを夢みる...ポーが「花言葉」で詩を書くことが変ではないとしても、この文章は「変」ではないでしょうか?

花言葉の意味で感情を表現するのに「odor」を用いていることにも違和感を感じるのですが、

くやむこともなく、忘れて… と言っている、myrtles(ミルト)roses(薔薇)など、誘惑的で香りを身にまといたくなるような花は複数形で、

両方とも薬草系で、夢ごこちで身にまといたくなる香りではない「rue」と「rosemary」は単数形ですよね。だったら、A holier odor と、A rosemary odor が、Commingled(混じっている)のは「Puritan pansies」の方なんじゃないでしょうか? そして、それは、美しくもあり(beautiful)、残念(rue)でもあると。

私には、どうして、この部分をわざわざ「花ことば」の意味で考えなくてはならないのかがわからないんですが、、この時代の人々が、すぐにこういった「花ことば」を思い浮かべる習慣があるなら、この詩全体に流れる、反社会的な基調を和らげているというか、ポーの巧妙な仕掛けなんじゃないでしょうか。

11)
棺桶の中で幸せを感じている “私” は、アニーの夢に安らいでいる。この「アニー」が、リッチモンド夫人だとすれば、アニーは生きていて、 “私” は、死によって安らいでいる。

12)13)
やさしくキスをし、愛撫し、 “私” のために祈ってくれたのは、アニーの思い出でしょうか?

15)
“私” は死によって、「アニーと一緒に」なる夢をみることができ、
天国よりも星よりも、きらめくことができる…

私のアニーの愛の光で、あかあかと燃えている…

アニーの愛の光で、私の魂が燃えている。なら、ふつうに意味が分かるんですが、「私の」を強調しているのは、現実のアニーではなく、夢の中にだけ存在する「アニー」が、 “私” が、死んだことにより、永遠に “私” の中に生き続けることになる。

そして、それはアニーという固有の女性への愛情ではなく、彼女を見つめる “私の眼の中” に「thought of the light」があるのだ。ということだと思い、「ぼくのアニーを見つめる目の奥には輝くような思想があるから」にしました。


Annie, are you ok?
So, Annie are you ok?
Are you ok, Annie?



Smooth Criminal(HIStory World Tour Live In Gothenburg '97)




☆エドガー・アラン・ポー(3)「破壊と創造」に続く



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by yomodalite | 2013-08-04 19:23 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(22)
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ブレイクの対訳詩集でこのシリーズの面白さにハマり、マイケルが愛読していたポーの詩集も読んでみました。

◎[Amazon]対訳 ポー詩集ーアメリカ詩人選〈1〉(岩波文庫)


これまで、ポー作品は有名な短編を何作か読んだことがあっただけで、詩をじっくり読んだのは初めての経験だったのですが、あらためて、こーゆー人だったんだ。と思えることが多くて、、

ポーの画像検索をしていて思ったのですが、ポーの写真は「一種類」しかないといっていいほど少ない。それは、彼のイメージが「一種類」に絞られているということと同様で、実際、ポーの作品を読んだことがない人でも、ポーについての「イメージ」だけはある。という人は多いと思います。

このブログを、マイケル関連で読んでくださっている方には、MJがポーのファンで、彼に関する映画の計画についての話題をご存知の方が多いと思いますが、ポーの詩や詩論を読んでみたら、小説を読んだときよりもずっとMJとの繋がりを感じて “ワクワク” してしまいました。

で、そんなことを語りたかったのですが、まだまだわからない点も多く、
まずは、詩の翻訳から。


本書では「アニーに寄せて」というタイトルの詩です。


下記の詩の英語部分は、『対訳ポー詩集』から書き起したあと、ネット探索もしましたが、日本語訳は「私訳」なのでご注意ください。

『対訳ポー詩集』と解釈が異なる箇所は、パラグラフ(スタンザ)の最後に(*)をつけ、そちらの訳と注釈も掲載しましたので、お叱りをいただける際(優しく教えてね)の参考にしてくださいね。


私の解釈と疑問は(☆)です。


For Annie
アニーのおかげで...(☆1)

Thank Heaven! the crisis 一
The danger is past,
And the lingering illness
ls over at last 一
And the fever called “Living”
ls conquered at last.

天国に感謝!
絶体絶命 一 そんな危篤状態から抜け出て
長く苦しんだ病いもすっかり過去のこと ー
そして、ついに「生きる」ことへの熱情も
克服したのだ

Sadly,l know
l am shorn of my strength,
And no muscle l move
As l lie at full length 一
But no matter ー l feel
l am better at length.

哀しむべきことに、
ぼくは、どんな筋肉も動かすことができず
力を奪われた状態で横たわっている
だが、なんの問題もない
ぼくは確かによくなったのだから

And l rest so composedly,
Now,in my bed,
That any beholder
Might fancy me dead 一
Might start at beholding me,
Thinking me dead.

ぼくは、今、とても落ち着いて
ベッドで休んでいる
人はその様子にぼくが死んだと思い込み
そんな眼でぼくを見始める

The moaning and groaning,
The sighing and sobbing,
Are quieted now,
With that horrible throbbing
At heart : 一 ah,that horrible,
Horrible throbbing !

嘆いたり、罵ったり、溜め息をつき、すすり泣くことも
今はもうない
胸がずきずきするような、酷い動悸
あの、恐ろしく心臓が
ずきずきするような激しい動悸さえも!

The sickness 一 the nausea 一
The pitiless pain 一
Have ceased,with the fever
That maddened my brain 一
With the fever called “Living”
That burned in my brain.

あの病気というもの 一 吐き気や
容赦のない痛みも 一 終わったのだ
それは、ぼくの脳を激しく悩ませ
「生きる」ことへの熱情を、ぼくの脳に焼き付けた

And oh! of all tortures
That torture the worst
Has abated 一 the terrible
Torture of thirst
For the napthaline river
Of Passion accurst : 一
l have drank of a water
That quenches all thirst : 一(*1)

そして、なにもかもが拷問と思える中でも
最悪の苦しみが ー 薄らいだ
ナフタリンが流れるような川からの
激しいのどの渇きによる「受難」ー
ぼくは、すべての渇きを潤す水を飲んだ

Of a water that flows,
With a lullaby sound,
From a spring but a very few
Feet under ground 一
From a cavern not very far
Down under ground.

その水は春から
子守唄のような音色をともない
流れてきた
地面のほんの少し下の ー
そんなに深くない洞穴から

And ah! let it never
Be foolishly said
That my room it is gloomy
And narrow my bed;
For man never slept
In a different bed 一
And, to sleep, you must slumber
In just such a bed. (*2)

だから、どうか
ぼくが横たわる部屋が、暗くて、狭いだなんて
愚かなことは二度と言わないでほしい
その男はこれ以外のベッドでは眠れたことがないのだ
そして眠るとなれば、誰もが
このようなベッドで過ごさなければならない

My tantalized spirit
Here blandly reposes,
Forgetting, or never
Regretting its roses 一
Its old agitations
Of myrtles and roses : (*3)

ぼくの乾いた魂も、ここでは穏やかでいられる
忘れよう、そしてもう二度と
後悔はない、薔薇のことは ー
銀梅花や薔薇のような花々に
惹かれた過去のことは

For now, while so quietly
Lying, it fancies
A holier odor
About it,of pansies 一
A rosemary odor,
Commingled with pansies 一
With rue and the beautiful
Puritan pansies.(*4)

今、ここでこうして静かに横たわり、
この場の神聖な匂いを嗅いでみれば
それはパンジーのようで ー
ローズマリーの匂いでもあり、
パンジーには、
厳格で清らかな清教徒の残念さが潜んでいる(☆2)

And so it lies happily,
Bathing in many
A dream of the truth
And the beauty of Annie 一
Drowned in a bath
of the tresses of Annie.

だから、そう、これは幸いなことなのだ
あの真実の夢 ー 美しいアニーの
彼女の長く美しい髪にうもれた夢に浸れるのだから

She tenderly kissed me,
She fondly caressed,
And then l fen gently
To sleep on her breast 一
Deeply to sleep
From the heaven of her breast.

彼女はぼくに優しくキスをし愛撫した。
それから、ぼくは彼女の胸の上で穏やかに
沼地に沈みこむように、眠りにつく
彼女の天国のような胸の上で

When the light was extinguished,
She covered me warm,
And she prayed to the angels
To keep me from harm 一
To the queen of the angels
To shield me from harm.

明かりを消し
彼女はぼくを優しく包み込むように抱きしめ
ぼくを危険から遠ざけるために、天使たちに祈った
ぼくを守るように
天使たちの女王に

And l lie so composedly,
Now,in my bed,
(Knowing her love)
That you fancy me dead-
And l rest so contentedly,
Now in my bed,
(With her love at my breast)
That you fancy me dead 一
That you shudder to look at me,
Thinking me dead: 一

そして、今ぼくはとても穏やかに
(彼女の愛を知りながら)
ベッドに横たわっている
人はぼくが死んでいると思っている ー
しかし、ぼくは心地よく休むために
今、こうしてベッドにいる
(彼女への愛を胸に抱いて)
人はぼくが死んでいると思っている ー
ぼくが死んでいると思っているから
ぼくを見て恐ろしさに身を震わせているのだ

But my heart it is brighter
Than an of the many
Stars in the sky,
For it sparkles with Annie 一
It glows with the light
of the love of my Annie 一
With the thought of the light
of the eyes of my Annie.

しかし、ぼくの心は満天の星々よりも
もっと明るい
それは、アニーとともにいて
アニーに対する愛情の光で輝いていて
ぼくのアニーを見つめる目の奥には輝くような思想があるから

(訳:yomodalite)

(☆1)ダサいタイトルですみません。でも、アニーに寄せてや、アニーのために。ではないと思ったら、これしか思いつきませんでした。

(*1)
それに何よりも、おお、
何よりも苦しかったものが
静まってくれた 一一
のどの乾きという苦しみ、あの呪われた「情熱」の
火の川を求める
恐ろしい苦しみが静まって 一一
いまのぼくは
すべての渇きをいやす水を飲んだのです 一一

本書の註:napthaline または naphthalene = clear, combustible rock oil(石油からとる、ナフタリン)「地獄の火の川」を連想させる。of Passion accurst passion の p を大文字にすると、キリスト教の受難の意となるが、ここでは、普通の意味を強調する語。accurst(呪われた)passion quenches(Vt. )= puts out, extinguishes.

(☆)naphthalene rever 「地獄の火の川」を求める...?

(*2)
そして、おお、どうか
思いこまないでほしい 一一 ぼくの
横たわるところが
薄暗くて狭苦しいものだなんて 一一
なぜなら人は誰でもみんな
眠れば同じようなベッドに眠るのです 一一
眠るとなれば、いいですか、
誰だって同じようなベッドなのです。



(*3)
いつも恋いこがれる
ぼくの魂もいまゆったりと憩っている。
そのマートルや薔薇によせた
興奮の数々を
いまは忘れて、もう ーー
後悔もしないで ーー


本書の註:myrtles and roses myrtleはキンバイカ、ヒメツルニチソウ。ここでは myrtleは “Love” を、rose は “Beauty” を象徴している。(ボーの時代の「花言葉」辞典による。次も同じ。

(*4)
なぜっていま、
こうしてごく静かに
横たわる魂は
パンジーの
あの清い香りを思うからです、
美しいパンジーの清さにまじる
ローズマリーの香りと 一一
ルーや美しくて清いパンジーの香りと。


本書の註:pansies パンジーは “Thoughts”(思索、物思い)の象徴。 rosemary マンネンロウ。香料となる低木“Remembrance"(追憶)または “Fidelity"(忠実)の象徴。rue ヘンルーダ、ミカン科の低木、葉に強い香りあり。“Grace"(優美さ)の象徴。Puritan pansies Puritanは清教徒のこと。相手のアニーはニューイングランド育ちで清教徒だから、この妙な語(Puritan pansies)もそれなりにふさわしいのだろうが、訳しようもない句である。

(☆2)「rue」は名詞でしょうか?...「Puritan pansies」は、文章にするのはむつかしくても、私にはその意味自体は明確に思えました。このスタンザに漂っているのは “美しい花の香り” だけではなく、詩人だけが感じるような “臭気” も「commingle」だと思ったのですが。。

rosemary と pansies は、ぼくが寝ている場所、ベッド(棺桶)が置かれている教会のような場所の「匂い」と、三枚の花弁をもつパンジーは、三位一体を受け入れたキリスト教徒の反知性を表現し、「Puritan pansies」は、質素で、厳格な清教徒に対して幾分かの侮蔑と、また、冒頭で天国に感謝し、心地よく横たわる “ぼく” の「残念な思い(後悔)」とは、「Puritan pansies」に対してであり、ピューリタンの夢と現実が混じりあう米国に対してではないでしょうか。

この詩は、冒頭の「Thank Heaven!」から、教会が教える「天国と地獄」のイメージに、詩人の魂で返したもので、アメリカはピューリタンの精神で建国されたと言われる国ですが、19世紀のアメリカで、モルグ街を書き、ホームズの先達とも言えるオーギュスト・デュパンを創造したような鋭利な知性の持ち主である彼が、清教徒の女性を讃美し「花言葉」の意味で詩を書くでしょうか... 

彼の個性も、アイルランド系の出自も、当時の米国では正当な評価を受けにくいものだったでしょう。(彼は、フランスの詩人たちによって高い評価を得た後、米国で評価されるようになった)

また翻訳者は解説で、アニーをナンシー・リッチモンド夫人だと書いているのですが、、


Annie, are you ok?
So, Annie are you ok?
Are you ok, Annie?





ポォー ーーーー!!!


このあとも、さらに、この詩で悩み、どんどん深みにハマってしまったので、
☆(2)に続く


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by yomodalite | 2013-08-02 10:00 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(12)
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『無垢の経験の歌』(Songs of Innocence and of Experience)の「人の姿(The Human Abstract)と「神の姿(The Divine Image)」の翻訳を見てくださった、みっちさんが、

◎人の姿(The Human Abstract)
◎神の姿(The Divine Image)

ご自身でも、この詩を訳してくださっただけでなく、

http://mitchhaga.exblog.jp/20522889

なんと「The Divine Image」だけでなく、「A Divine Image」もある。

と教えてくださいました!

みっちさんによれば『無垢の経験の歌』の中でも、「A Divine Image」という詩が納められた版は極一部らしく、未完成なのかもしれませんし、由来についてもよくわからないのですが、

ブレイクらしい巧緻が感じられるというか、「The Divine Image」よりも皮肉めいていて、また、この詩での人類のイメージは、有名な「虎(Tyger)」という詩と比較できる点も興味深くて、

◎William Blake “The Tyger” Thriller 25 The Book

またまた、うっかり訳してしまいました。


A Divine Image
神聖についての断片

Cruelty has a human heart,
And Jealousy a human face;
Terror the human form divine,
And secrecy the human dress.

人の心臓には、残虐があり
人の顔には、嫉妬がにじむ
人が神聖を形づくると、恐怖を必要とし
だから、
人の衣装は、秘密で整えられている

The human dress is forged iron,
The human form a fiery forge,
The human face a furnace seal'd,
The human heart its hungry gorge.

人の衣装は、鍛えられた鉄により
人の形は、鉄工所の火から
人の顔は、溶鉱炉ではりつけられ
人の心臓は、飢えた胃袋で造られたのだ

(訳:yomodalite)

なぜ、人の心には「残酷」なところがあるのか、、

この詩の「Divine Image」とは “God's Creation” のことではなく “Human made” の「Divine Image」(宗教業界とそれを信じる人々の合作)とは、こういうものである。ということではないでしょうか。


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by yomodalite | 2013-07-21 10:36 | 文学 | Trackback | Comments(2)
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[1]の続き


下記は『無垢の経験の歌』の「無垢の歌」から、[1]で紹介した「人の姿(The Human Abstract)」に対比する

「神の姿(The Divine Image)」という詩です。

英文は、対訳ブレイク詩集(岩波文庫)から書き起しましたが、日本語訳は「私訳」なのでご注意くださいませ。

The Divine Image
神の姿


To Mercy Pity Peace and Love,
All pray in their distress :
And to these virtues of delight
Return their thankfulness.

憐れみ、同情、平和や、愛、
そういった苦悩から人は祈り
そして、それらの美徳の喜びに
人は感謝のきもちを返す

For Mercy Pity Peace and Love,
ls God our father dear :
And Mercy Pity Peace and Love,
ls Man his child and care.

憐れみや、同情、平和や、愛は、
親愛なる父である神からのもので
憐れみや、同情、平和や、愛によって
父の子である人間は受けとめられる

For Mercy has a human heart
Pity, a human face :
And Love, the human form divine,
And Peace, the human dress.

憐れみは、人の心臓であり
同情とは、人の顔
そして愛は、人の神聖をあらわし
平和は、人の衣装である

Then every man of every dime,
That prays in his distress,
Prays to the human form divine
Love Mercy Pity Peace.

誰もがあらゆる場所で
苦しいときに祈りを捧げている姿が
ひとの神聖であり
愛や、憐れみ、同情や、平和でもある

And all must love the human form,
In heathen, Turk or Jew.
Where Mercy, Love&Pity dwell,
There God is dwelling too.

だから、すべての人の姿を愛さなくてはならない
異教徒も、トルコ人も、ユダヤ人も
憐れみや、愛や、同情があるところには
神もまた住んでおられるのだ

(訳:yomodalite)

☆William Blake “A Divine Image”(『無垢の経験の歌』)に続く


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by yomodalite | 2013-07-19 09:11 | 文学 | Trackback | Comments(16)

対訳 ブレイク詩集―イギリス詩人選〈4〉 (岩波文庫)

ウィリアム ブレイク/岩波書店

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海外の古典と言われる詩を読むのはずっと苦手でした。なんか自然を讃美して、「おお」とか、「ああ」とかばっかり言ってて、神のこともピンとこないし、、

でも、MJのことを考えているうちに、Godのことを、聖書の教えではなく、独自に突き詰めていった人たちの系譜が見えてきて、それで彼らとの距離が少し近くなったような気がして、、

今、ブレイクきたーーー(・∀・)って感じなんですよねっ。

こちらの文庫には『無垢の経験の歌』『天国と地獄の結婚』『セルの書』『アルビヨンの娘たちの幻覚』『詩的素描』『ピカリング稿本』から抜粋した詩が、対訳で収められ、巻末には20ページほどの「ブレイク略伝」もあり、ブレイク入門にはちょうどイイ感じ(なんですが、、)

『ピカリング稿本』のピカリングって何?って思ってたんですけど、こちらの略伝によれば、これは1801年から1805年にかけて執筆され、1807年までにノートに清書されて残されていたもので、ピカリングとは、そのノートの所有者の名前だそうです。


下記は『無垢の経験の歌』の「経験の歌」にある「人の姿」という詩です。

英文は、本書から書き起しましたが、
日本語訳は「私訳」なのでご注意くださいませ。


The Human Abstract
人の姿



Pity would be no more,
If we did not make somebody Poor :
And Mercy no more could be,
If all were as happy as we :

我々は誰か貧しい人を作らなければ
憐れむということもなく
すべての人が我々のように幸せなら
慈悲の心というものもない

And mutual fear brings peace :
Till the selfish loves increase.

そして、互いを恐れることで平和を維持し
自己愛や利己的な愛は増していく

Then Cruelty knits a snare,
And spreads his baits with care.

冷酷な心は罠をしかけ
注意深く餌を与え世話をしていく

He sits down with holy fears,
And waters the ground with tears :
Then Humility takes its root
underneath his foot.

男は神聖な恐れから腰を下ろし
涙で地面に水をやる
すると、彼の足元からは
謙遜が根づく

Soon spreads the dismal shade
Of Mystery over his head;
And the Catterpiller and Fly,
Feed on the Mystery.

やがて宇宙の謎の荒涼とした闇は
彼の頭上に広がり
そして、毛虫や蠅は
その謎の餌となる

And it bears the fruit of Deceit,
Ruddy and sweet to eat :
And the Raven his nest has made
In its thickest shade.

そしてそれは赤くて口に甘い
虚実の実を結び
そしてそのもっとも深い茂みの中に
大きなカラスが巣をつくる

The Gods of the earth and sea,
Sought thro’ Nature to find this Tree,
But their search was all in vain :

陸と海の神々は
自然の中から、その木を見つけようとしたが
すべて無駄だった

There grows one in the Human Brain.

それらは人間の脳の中に生えているのだ

(訳:yomodalite)


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by yomodalite | 2013-07-18 09:49 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(3)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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