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しばらく前に流出した1993年版の『GHOST』のBGMになっていた”Seeing Voices”。

I sing of what you see and might think about Because of what you see.

僕はあなたが見て、考えそうなことを歌にする あなたが見るもののために。。

から始まる ”Seeing Voices” の歌詞は、聾唖者にむけた歌詞になっているのですが、






この曲のアイデアの源泉だったオリバー・サックスの『手話の世界へ(Seeing Voices)』は、ろう者の世界から、言葉を話すこと、教えることの本質や、子供の発達や、神経系の発達とはたらきについて、考えさせられるとても興味深い本で、あらゆる意味で、マイケルが興味をもった本だということがよくわかる本です。

わたしは昔、手話の世界は世界共通で、手話さえ覚えれば、世界の人々と会話できるのでは?と思ったことがあったのですが、実際は、国によって手話も異なっていて、本書によれば、英語圏の手話だけでも何種類もある。

また、聴覚障害の子供をもつ母親が、一般学級に通学する方が、より広い世界を経験できると考え、手話ではなく、読唇術を学ばせているTV番組も見たことがあったのですが、

本書を読むと、手話がパントマイムのような「手振り身振り」だけではなく、洗練された文法(話し言葉とは異なる)をもつ、奥深い世界をもった言語であり、音声言語より高い次元の言語であることも示されていて、生まれつき耳の聞こえない子どもは、できるだけ早く手話の使い手に出会い、また、聞こえる両親も手話を習って、親子の交流が可能になるように努力をし、手話を第一母語として習得することの意味についても書かれています。

ろう者のための、ろう者によるユニークな大学、ギャロデッド大学のこと、また、遺伝性聴覚のために、島の全員が手話で話すことになったマーサズ・ヴィンヤード島での出来事、また、子どもの知性を豊かに引き出すための母子のやりとりなど、興味深い内容が多すぎて困るほどなんですが、

読書中に、アナザーストーリーズ「“燃えよドラゴン”誕生 ブルース・リー最後の闘い」の放送があり、人種を超えたと称されたふたりの共通点の多さに驚くと同時に、彼らと似ている勝新太郎のこともまたまた思い出してしまって、、

一流ミュージシャンでもある勝新は、視覚障害者の世界を描くうえで、MJのショートフィルムに匹敵するぐらい音にこだわり、視覚障害者が見ている世界を視覚化することを考えていましたが、MJはダンサーとして、音の視覚化に興味があっただろうなぁと。。


最後に、米原万里さんの『打ちのめされるようなすごい本』から、本書の素晴らしさが簡潔に伝わる書評を。


独自の文法備えた空間言語
オリバー・サックス『手話の世界へ』
 
発見の驚きと喜びに満ちた本だ。読了後、付箋をつけた頁の方がつけない頁を上回ったことに気付いた。そのふせんが、私の目からはがれた鱗にも見えてくる。
 
手話は、音声言語を字句通りマイムに転換したにすぎないという偏見を木っ端微塵に打ち砕かれたばかりではない。人間は外界から摂取する情報の九割を視力に頼る。だから聴力よりも視力を失う方が遥かに絶望的だと思い込んできた。意思疎通と思考の具であり、人類の遺産や文化への参入に不可欠な、従って人間を人間たらしめている言語は、健聴者が圧倒的多数を占めるこの世界ではまず何よりも耳で聞きロで発するものであることを失念していた。文字言語でさえ音声言語を前提として成立しているのだ。

「聞こえないということそれ自体が苦痛なのではない。苦痛はコミュニケーションと言語の断絶とともに訪れる」しかし喪失は新たな獲得をもたらす。音声言語獲得前に失聴した幼児が意思疎通を求めて止まない人間本来の強烈な欲求に突き動かされて手話を獲得していく過程は感動的だ。言語を空間化し空間を言語化する能力が大脳と脳神経系の進化を促しながら驚異的に発達していく。

手話で寝言をいう老婆や、哲学や化学の手話による講義風景に目を見張りながら、手話自体が語彙のみならず独自の統語論、文法、意味論を備えた完全なひとつの言語であることを知る。その音声言語との相違は、音声言語同士の、例えば日英両国の違いを遥かに凌ぐものである。つまり手話は一種の民族文化にさえ匹敵するのだ。

そしてあらゆる異文化との接触がそうであるように、手話を知ることによって言葉や人間の本質のより重端的な探究と根源的な見直しが可能なことを本書は雄弁に語る。だから自己蔑視と主体性の欠如を特徴としていたろう者たちが、ろう大学での闘争を通して独自のろう文化の担い手であることに目覚め、自己を確立していく姿を描いた最終章は圧巻だ。
 
厳密で正確かつ柔軟で軽やかな訳文の読み易さに舌を巻いた。ろう者である訳者のこの並外れて鋭い言語感覚こそが、本書のメッセージを十二分に裏付けてもいる(佐野正信訳)ーー読売新聞1966.2.18





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by yomodalite | 2015-06-16 06:00 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)

米原万里の「愛の法則」 (集英社新書)

米原万里/集英社




「理解と誤解のあいだ : 通訳の限界と可能性」 は単語に関する概念の違いから通訳の実際まで、「通訳と翻訳の違い」 は、著者の子ども時代から通訳としての活動が述べられています。愛と、国際化と、同時通訳の仕事について3つのテーマによる4つ講演の文章化。講演集でない著作もぜひまた読んでみたい。

【目 次】
第1章/愛の法則
世界的名作の主人公はけしからん!
もてるタイプは時代や地域で異なる ほか
第2章/国際化とグローバリゼーションのあいだ
「国際」は国と国とのあいだ、国を成立させる要素 ほか
第3章/理解と誤解のあいだ—通訳の限界と可能性
同時通訳は神様か悪魔か魔法使い?!
濡れ場の多いベストセラー小説『失楽園』 ほか
第4章/通訳と翻訳の違い
言葉を相手にする通訳と翻訳
小説を楽しめる語学力があれば通訳になれる ほか
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最初で最後の講演録集。女が本流、男はサンプル!なぜ「この人」でなくてはダメなのか?稀有の語り手でもあった米原万里、最初で最後の爆笑講演集。世の中に男と女は半々。相手はたくさんいるはずなのに、なぜ「この人」でなくてはダメなのか—〈愛の法則〉では、生物学、遺伝学をふまえ、「女が本流、男はサンプル」という衝撃の学説!?を縦横無尽に分析・考察する。また〈国際化とグローバリゼーション〉では、この二つの言葉はけっして同義語ではなく、後者は強国の基準を押しつける、むしろ対義語である実態を鋭く指摘する。四つの講演は、「人はコミュニケーションを求めてやまない生き物である」という信念に貫かれている。集英社 (2007/08)

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by yomodalite | 2008-05-08 14:15 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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