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最近、タイトルに「陰謀論」が入った本を何冊か読みました。そのきっかけは、『無神論』『ユダ ー 封印された負の符号の心性史』の竹下節子氏の著作ラインナップにこのキーワードを見つけたからで、氏が「陰謀論」をどのように扱われたかに興味があったんですね。


本書は2010年の出版なので、出版界での「陰謀論本」ブームも、まだ勢いがあった頃ではなかったかと思いますが、2015年の今、出版界のブームは去っていても、取材や裏取りを一切行わないネットニュースでは、人を惹きつける楽な手法として、いまだにフリーメーソンやイルミナティなどの古典的なネタが使われていますし、あらゆる情報を陰謀論的な「プロット」にあてはめることに夢中になる個人ブロガーは、今もあとを絶たない。


マネしやすいものは、ネットではより増幅するからですね。


竹下氏は、フランス在住で、東京大学大学院比較文学比較文化修士課程修了。同博士課程、パリ大学比較文学博士課程を経て、高等研究所でカトリック史、エゾテリズム史を修めておられる方。これまでに読んだ2冊の本も学者らしい内容で、精読するにはしんどい内容でしたが、そのなかで、私が理解できた数少ないことのひとつは、ヨーロッパの無神論はアンチ・カトリックから生まれている。ということ。


つまり、ヨーロッパでは宗教=権威で、そこから自由になることが「革命」であり、同時に、様々な「啓明思想」や、聖書を読み変える「神秘思想」も流行した。欧州では、民衆の思いと無神論が一体化していて、知識人以外の無神論の歴史がすごく長いわけです。


ところが、アメリカは、プロテスタンティズムによって創られた国ですから、人々が神の国の理想を追い求め、宗教自体が改革をし続けるため、無数の宗派が生まれることになった。そして、それらの宗派を信じる誰もが、なぜ理想の国へとたどり着けないのかという疑問をもち、その謎を解明したいと思う民衆の要求が、フリーメーソンなどの「啓明思想」や、古い魔術や「神秘思想」などを現代に蘇らせることに繋がった。


と、ここまでは、前書2冊を読んでいるときに思ったことなんですが、


下記は、本書の「プロローグ」から(省略して引用しています)、


陰謀論や終末論は逆説的な現象である。「謀略者」は時として、普通人の理解を拒む少数の強力なグループであったり、実在の巨大権力であったりする。陰謀を「暴く人々」も、少数エリートのグループとして「陰謀の真相」を守りながら、ヒーローのように戦ったり、逆に自分達だけの危機回避を図ったりするし、できるだけ多くの人と連携して「真相」を分け合う一種の布教活動に熱心であったりする。


私たちは自分がいつか死ぬことを「知っている」けれども死がいつどのようにやってくるのか分からない。その実存的な不安は、昔は宗教や民族や家族の大きな物語に組み込まれていた。けれども、今や分断され「自己実現」や「自立」を期待される個人の人生プランの中で、死は想定されていない。「私の死」が、「世界の終わり」に投影されているのだろうか。終末予言とは、自死のメガ・ヴァージョンなのかもしれない。


終末論において、死が生から切り離されて忌むべき「悪」のレッテルを貼られたように、陰謀論においては、無数の謀略や謀議に、常に過大で邪悪な意図が付与されている。


小さな子供たちの顔が輝くならば、それは「善」なのである。反対に、それがたとえジョークや悪ふざけであろうとゲームであろうと、小さな子供たちの顔を曇らせるような陰謀論や「神話」は「悪」なのであり、私たちはそれに加担するべきでない。


陰謀論の多くは、まるでそれ自体が陰謀であるかのように、そっと耳でささやかれ、世界の終わりが、「あなたの終わり」のようにささやかれるのに震えたり、陰謀論という仮想世界の見かけの整合性に感動したり、「謀略者」の悪意に共振したりする。


「陰謀」という名の悪が外にあれば、私たちは相対的に自分を犠牲者として憐れむこともできるし、見えない世界の論理で、見える世界を説明する手際によって世界を理解したい気分になれるかもしれない。けれども、そんな「安心」を得ることで満足していてもいいのだろうか。


(引用終了)



私がここまでマイケルについて書いている理由の中には、そういった思考方法に流されたくないという思いが強くあったのですが、それとは逆に、自分が書いたものが、彼らへの養分になっている例を発見して、何度もブログをやめようと思ったり。。


「謎をとく」とか、「解明したい」というきもちは共感できますが、自分が発見したい内容を無理やり「隠されたメッセージ」だと言ってみたり、結論ありきで、情報をパズルのように組み立てて「謎が解けた」と思えるだなんて、私には、自分に酔っているか、本末転倒としか思えないのですが。。。



本書の「あとがき」より(省略して引用しています)


「陰謀論にダマされるな!」というのは、出来合いの答えに騙されるなということでもあるし、逃亡や攻撃に惹かれる自分自身の心に騙されるなということでもある。この本はその呼びかけの一つだ。現代の終末論や陰謀論のルーツがヨーロッパやアメリカにあることを明らかにしたが、それを肥大させてきたのは、日本を含むグローバルな現代社会に共通したエゴイズムだ。


私たちはみな、少しづつ加害者であるし、被害者でもある。でも、だからこそ、同じ「よりよい世界」を描くこともできると、信じたい。


(引用終了)



正直にいうと、本書で、個々の陰謀論に反証を試みている内容は、力のある論理だとは思いませんでした。様々な陰謀論への本当に有効な反証というのは、ほとんどの場合不可能なものですから。


でも、著者が「ダマされるな!」という姿勢には、なにかにつけて「隠されたメッセージ」を発見してしまう人とは比較にならないぐらい、真実への真摯な姿勢を感じました。


陰謀というか、共同謀議は、いつの時代の、どのグループにもあるもので、それを陰謀論という「筋」にすることで「真実」から遠ざかるということに、陰謀論者は、あまりに無自覚で、


自分の正義だけを信じ、人々から信じる力を奪っていることにまったく気づいていない。


今を読み解くためや、なにかわからないことを解明するために、科学のふりをした精神分析を用いたり、さまざまな過去のピースを集め、パズルのように組み立てるという思考方法は、日々書くネタを探してしまうブロガーには便利な方法です。


筋(プロット)があると、読者は「次はどうなるのだろう?」と思うことができる。とマイケルも言っていましたが(→2007年「EBONY」インタビュー)、「陰謀」や「隠されたメッセージ」という筋は、バラバラのピースをまとめるのに、もってこいなんですね。


その手法に目新しさはないのですが、書き手は、ミステリ小説の結末のように、謎が解明できたという快感で書かずにはいられないのでしょう。


本当にダマされてはいけないのは「陰謀論」ではなくて、「自分」になんですよね。


そう考えると、「自分」にダマされやすい人とは、


誰かを「バカ」や「悪」と断定しやすい人なのかもしれません。



◎[Amazon]陰謀論にダマされるな!





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by yomodalite | 2015-07-21 15:27 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

無神論/竹下節子

無神論―二千年の混沌と相克を超えて

竹下 節子/中央公論新社

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私たちは、キリスト教や聖書がわからないだけでなく、「無神論」は、もっとわかってないんだなぁと最近になって気づきました。自分のことを「無神論者」だと思ってしまう日本人は多いですが、神がいないことを、とことん考えた人など日本の歴史の中にはいません(神の存在について考えた人もいませんけど)。

キリスト教ってどうしてこんなに宗派が多いの?と思った人も多いと思いますが、ユダヤ教を否定したキリスト教はカトリックを生み、カトリックを否定したプロテスタントは改革を進めるうちにユダヤ教に近づいていき、フリーメーソンもイルミナティも「プロテスタント」だという見方もあるようですが、なぜか、カトリックの司祭にもメーソンはいて、もっと理解しがたいことに、福音派のメーソンもいたりして、それでも彼らは「スパイ」というわけではなく、公にそれを認めるかどうかという議論もあるのだとか。。

とにかく、この3つは、長年の間お互いをディスりあっているので、手の内が見えていたり、手慣れてもいて、そしてそのディスりあいは、お互いを「無神論」だと言うことでもある。

下記は、著者の志の高さに拍手を送りたくなった「はじめに」から省略して引用します。

ヨーロッパの基礎を作ったのはローマ・カトリックだ。文化の温床でもあったけれど、政治の道具でもあり、攻撃と弾圧のシステムでもあった。(...)人間の宗教の歴史とは、いつも偶像崇拝の歴史に重なるのが常なのだ。2000年前に、神殿に閉じ込められたユダヤの神を解放したイエスのキリスト教はローマ帝国から「無神論」だと呼ばれて非難された。16世紀のヨーロッパでは、巨大な教会組織の中に閉じ込められたカトリックの神を解放しようとしてプロテスタント諸派が産声を上げ、「旧教」と「新教」は、互いに互いを「無神論者」と罵り合った。

17世紀にはリベルタン(自由思想者)が生まれ、デイスト(理神論者)が登場した。デイストとは、神を世界の創造者とはするが、人格的存在としては認めず、奇跡・預言・啓示などを否定する立場の人々である。天地創造した後で独り子イエスを地上に送って犠牲にした神とは別に、天地創造した後で被造物への不干渉を決め込む神や、宇宙の偉大なる設計士としての神が生まれた。現代の福音派キリスト教の説くような創造の「グランド・デザイン」をする神もいる。無神論を唱えた共産主義といえども、一党独裁の儀式化は、神政政治モデルを採用した疑似宗教のようなものだった。

そして、それぞれの「神」に、それぞれの「無神論者」が戦いを挑んだ。今も挑み続けている。キリスト教世界の神と無神論は光と影のようにセットになっているのだ。その拮抗を見なければ歴史はわからない。

しかし、キリスト教文化圏発の近代社会が地球のスタンダードとなりグローバル化か進むとき、皮肉にも、イスラム世界をはじめとする政教一体の宗教思想が侵入してきた。20世紀以降にヨーロッパに「移住」してきたイスラムの神には無神論の影がない。宗教と無神論の拮抗のノウハウをすでに失いつつあるキリスト教文化圏にとって、それは思いがけない脅威となってしまった。

キリスト教原理主義の台頭、モラルなき弱肉強食の新自由主義と拝金主義の蔓延など、神と無神論が二極化しつつあり混乱しているのだ。その戦いを「一神教同士の戦い」などと単純に眺めている日本は、イスラム同様、そもそも無神論の影を持たず、神と無神論の対立なしに、ポストモダンの相対化の混沌に突入してしまった。だから日本は外交の言葉が紡げない。

キリスト教無神論を知らなければ、キリスト教が生んだ近代理念とその変貌とを真に理解することはできない。無神論を知ることは、神を知ることだ。無神論とは神への執念である。それは「来し方行く末」に思いをめぐらさずにはおれない人間に対する洞察であり、存在の意味への挑戦であり、生き方を模索する哲学でもある。

政教分離に至る危機の時代を象徴する鋭角的なエッフェル塔と、豊かで丸いサクレ・クール聖堂が二つながら今日も観光客を魅了する国にいて、神から無神論が、無神論から神が、いつか互いに解き放たれて世界平和の力になる日を夢見て、この本は構想された。無神論を語ることは神を語ることと同じように広範囲にわたるので、その全貌を紹介することはむろん不可能だ。ここではまず、良くも悪くも現代文明のスタンダードとされている「西洋近代」を創ることになったヨーロッパにおける無神論の系譜を辿り、さらにそれが立体的に見えるようにいくつかのテーマに光を当ててみた。いつの時代にも、真の無神論的感性こそが、神を普遍へと招き、人を無限の高みへ誘い、永遠と有限とを和解させるのだ。

(引用終了)

本書ではこのあと、無神論の歴史について、事細かにというか、もう少し省略できたんじゃないか、特に「不信心」と「無神論」は区別すべきではないかとか、逆に興味深い記述が来た!と思ったらすぐに終わってしまうとか、『ユダ ー 封印された負の符号の心性史』と同様の少し残念な展開が待っていたり、

また、フランス在住の著者が思う「無神論」は、フランスのそれであって、アメリカの「無神論」とは少し様相が異なっている。ということも・・・それでも、他にこのテーマでいい本があるわけではないので、

19世紀までの記述から、本書の面白さが少しわかる箇所をメモしておきます。

無神論は理性主義の衰勢と連動した。理性主義の観点から大きく分けると、「無神論」の系譜と「異端」の系譜は実は対極にある。すなわち、「無神論」として警戒されたのは、世界の説明と人間の営みに「神を必要としない」態度であったのだが、いわゆる「異端」のほとんどは、その逆で、「信仰」の非合理的な部分を拡大して理性を犠牲にして神学上のバランスを崩す、という態度であった。

カトリック神学の正統派は、民衆の間に根強く残っていた多神数的で呪術的な「蒙昧」に比べて、はるかに「無神論」に近いところにあったのである。それはキリスト教がその出発点において持っていた偶像崇拝否定や呪術否定という啓蒙的な「無神論」的スタンスを多かれ少なかれ持ち続けていたということを物語っている。

15世紀には、ニコラウス・クザーヌスの弁証法的否定神学が確立し、後のドイツ哲学にも大きな影響を与えることとなる。しかし、人間の無知を認識する否定神学の流れは、やがてすべての神学の否定に通じるペシミズムとニヒリズムにも向かっていった。理科系の「神離れ」が西欧近代というモダニズムを生み、文科系の「神離れ」がポストモダニスムを生んだといえるかもしれない。結局のところ、理性至上主義も懐疑と無神論をはらみ、理性を放棄した神秘主義も絶望と無神論をはらんでいたということで、すべての試みが「近代無神論」を用意するのである。

* * *

中世の知識人(神学者、聖職者、貴族)と、その中間には、学生や文学者や芸能者や都市民による不信心が広がっていた。芸能者や吟遊詩人、学生らは共通語であるラテン語を使って、恋愛や性について自由奔放な歌を高吟していた。現存するテキストで有名なのは、11世紀から13世紀にかけてのものと見られる写本群『カルミナ・ブラーナ』で、ドイツの音楽家オルフによる世俗カンタータによって日本でもよく知られている。そこには「魂は死ぬ、体しか大事にしない」とか「永遠の救いよりも官能だ」などというカトリックの教義に明らかに反する言葉がたくさんある。教皇庁のあるイタリアでも、中世末期からルネサンス初期にユマニスム(人文主義)が広まり始めた。ボッカチオの『デカメロン』の中の父が三人の息子にダイヤを残す話の中では、三人の息子はそれぞれユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒となっている。ボッカチオはラテン語作品として神々の系譜も説いた。(〜ヨーロッパ中世の無神論)


17世紀のヨーロッパのカトリック教会に衝撃を与えた無神論的事件の一つは日本で起こった。イエズス会のポルトガル人宣教師でありながら、拷問に耐えかねて禅宗に帰依してしまったクリストファン・フェレイラの存在である。過去に空海が『三教指帰』で儒教や道教に比べて仏教が優越することを証明したように、キリスト教よりも仏教の優越を説いたわけではなく、フェレイラの論議を見ると、それは実は中世末期からルネサンスにかけてすでにヨーロッパの至るところに出回っていた反キリスト教、反宗数的言説の踏襲である。フェレイラの棄教にショックを受けてその後あえて日本行きを志願した宣教師は少なくなかった。遠藤周作がそれをモデルにして『沈黙』という小説を書いたのはよく知られている。現代のフランスでも、ジャック・ケリギーが『断末魔』という小説によってフェレイラの転向の心理を分析している。

しかし、フェレイラは殉教した日本人キリシタンに比べて苦しみに耐える力が足りなかったからでも、無理やりキリスト教弾劾の書を書かされたわけでもなさそうである。フェレイラの属するイエズス会では前述したガラス神父の善に見れるように、プロテスタントやリベルタンの言い分かすでに広く知られていた。フェレイラは科学者としても最先端にいた人らしく、天文学や外科医学の書物も奢して日本における蘭学の基礎を築いた。「理性の善用による進歩主義」の勧めは彼の本音に近いところにあったものだろうし、彼のキリスト教批判には、アリストテレス主義、アヴェロエス主義、エラスムスの影響が見え、さらにそれらをつないでいたマラノズム(マラノス主義)の影もある。フェレイラは、15世紀のレコンキスタ(失地回復運動)以来カトリックに改宗したイベリア半島のユダヤ人の家系出身だった。彼らは隠れユダヤ人を意味する「マラノス」と呼ばれたが、実際にカトリックに帰依した者、プラグマティックでリベラルな精神であった者、隠れてユダヤ教を実践する者などいろいろだった。このマラノスがプロテスタント国に亡命してユダヤ教に再び戻ることもあった。アムステルダムに移住したイベリア半島出身マラノスのユダヤ家庭の三代目に生まれて無神論的哲学の先駆となったスピノサとフェレイラには通底するものがあるかもしれない。

フェレイラが科学的合理主義者としての使命をまっとうしたところを見ると、当時の日本では、主として政治的思惑からキリシタンが弾圧されたとはいえ、キリシタンのもたらした科学技術は積極的に取り入れられたことからも、むしろアヴェロエスの「ニつの真実論」的な折り合いが信仰と理性の問にあったように思われる。そんな中であえて一神教に帰依した日本の信者たちにはダブル・スタンダードを使い分けることなど不可能で、それ故に殉教へと突き進んだ一般人が少なくなかったのかもしれない。彼らはキリスト教には帰依したものの、ヨーロッパではすでにキリスト教と表裏一体となっていた無神論的な言説についてはまったく知らされていなかったのである。その後250年間続いた徳川時代には、戸籍を司る檀家制の仏教が強制された。日本の支配者にとって、フェレイラによる内部からのキリスト教反駁は歓迎すべきツールであっても、「神仏を拝む蒙昧」にまで敷衍されては大変なことになる。蘭学はそんな江戸時代の日本で少しずつでも受け継がれていったが、同じ二五〇年間にヨーロッパが体験する「無神論による脱宗教の近代」という激動からは、日本は何も学ばぬままでいたし問題の所在すら意識化されなかったのである。

フェレイラの少し前に日本人キリシタンで「再転向」してキリスト教批判のを書いた不干斎ハビアン(巴鼻庵)という人物がいる。この書は芥川龍之介の『るしへる』という短編によっても知られたが、この人はもとが禅僧でキリシタンに改宗してフェレイラと同じイエズス会の修道士となって、仏教や神道よりもキリスト教が優れていることを説く『妙貞問答』を著した論客だ。一神数回士の優劣論議の伝統を口本の仏教や神道に応用するには日本人論客が必要だったはずで、この書の意味は大きい。しかし幕府の儒学若林羅山が「排耶蘇』という書で触れている論争を経て、棄教し、一転して『破提宇子(はだいうす)』を著した。林羅山はキリスト教だけでなく儒教と神道以外はすべて排除する立場であり、ハビアンもキリスト教を捨てた後、仏教に戻ったわけではない。彼のキリスト教批判は元イエズス会士らしくヨーロッパのキリスト教批判の定石に則っているが、そこに白人による覇権古義と優越思想への批判が盛り込まれている。この人が日本の宗教を捨てて「舶来宗教」に走ったことも、それを再び捨てて排撃しはじめたのも、それぞれの伝統社会における居心地の悪さの表明だったのかもしれない。
 
時代に先行した科学主義の精神が、その光をまずキリスト教普遍主義とイエズス会の科学精神に求めようとして得られず、異文化の壁に突き当たって閉塞する個人となってしまった例であろう。ハビアンの無神論はキリスト教であることがとりあえずデフォルト(標準環境)であった17世紀ヨーロッパでのそれとは違って、形而上学へと醸成されることはついになかったのである。(〜17世紀の無神論)

* * *

個人主義心理学がペシミスティックな無神論を孤絶に紡いでいた生存戦略の中で、20世紀以降のポストモダンの時代に最も大きな影響を与えたのはフリードリヒ・ニーチェである。「神は死んだ」という宣告で有名なニーチェは、神なき虚無の中で絶望する代わりに、力の意志を選び、超人思想の構築に至った。妹への手紙の中で「魂の平和がほしいのなら信じるがいい。真実の使徒でありたいのなら、探し求めるがいい」と書いたように、ニーチェは宗教の幻想に留まることも、絶望の中に立ちすくむことも拒否した。ニーチエは西欧近代における「神殺し」が実はキリスト教の世俗化であり、近代の「人間教」の理念がすべてキリスト教のシステムを非宗教化しただけであることを見抜いていたのだ。
 
牧師の息子であったが18歳の頃にはすでに、聖書解釈学や理想主義的哲学の前にはキリスト教は形骸化するだろうと予感していた。友人のルー・アンドレアス・サロメはニーチェが激しい宗教感情の持ち主で、神の死におののいていたことを証言している。ニーチェはキリスト教の神がもはや信じ難くなっていることの持つ意味の恐ろしさに誰よりも早く気づいた。神は死んだ。我々が神を殺したのだ。
 
神殺しはどのように行われたのだろう。まずルターが神を各人の個人的信仰に拠るものだとしたことで殺した。神自身も、人間を哀れみ過ぎたことで自らの死を招いた。神は神学に息の根を止められた。科学や心理学の発展も神を殺した。そして、そのように断末魔に苦しむ惨めな神の姿を見るに忍びないニーチェ的な意志によってさらに止めを剌されるのだ。
 
最悪なのは、人々が神を殺したことに気づいていないことだ。キリスト教をユマニスムに置き換えただけで、倫理学も形而上学も実は何も変わっていない。人々はまるで神がまだ生きているかのように振る舞っているのだ。
 
今や、人は神の死という現実を見据えて、神なしで生きることに慣れなければならない。それには二つの方法がある。一つは「大衆向け」の方法で、奴隷の倫理を選ぶこと、つまり神の代わりに、科学や進歩や民主主義や真実といった偶像の新しい神の影を拝んでいればいい。そのうちに、人は生存条件の悪い場所を捨てていくのでこの世はますます狭まるだろう。温め合うために身を寄せ合うこともあり、快適に生きるためにも毒を盛り、快適に死ぬためにも毒を盛る。みな平等で、昼も夜も楽しく生きて健康に気をつけて、適度な「幸福」に生きて満足していればよい。これが超人の反対の「末人」の道である。

もう一つは真の無神論者、すなわち「超越」幻想から解放されて神のいない世界を引き受ける人々向けの「超人」の道である。真実や意味などは存在しない。すべては許されている。超人にとってのモラルとは力の意志である。神の前の平等というキリスト教の平等に薇づくモラルは馬鹿げている。

超人は、永遠に回帰し続ける世界を前に英雄的に生きる。ショーペンハウアーのような諦念と絶望は超人の道ではない。しかし、抗し難い運命の前で自由に生きることを選択するのは、それ自体が矛盾している。ニーチェは懐疑に蝕まれ、自己を真に信じるためには狂気の道しかないと追い詰められた。こうして19世紀の超人は狂気の中に突き進み、次の世紀には、平等な小市民の幸福を追求する「末人」たちが近代とポストモダンの世界を埋め尽くすことになるのである。(〜19世紀の無神論 P140)

(引用終了)


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by yomodalite | 2015-05-22 06:00 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(2)

ユダ - 烙印された負の符号の心性史

竹下 節子/中央公論新社

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著者の本は、これがはじめてだったのですが、以前、出版された本も読まなきゃというきもちになりました。

本書の「はじめに」から省略して引用します。

「イスカリオテのユダ」は、イエスの十二使徒のうち、イエスと同じ、イスラエルの十二部族のユダ族、つまり、ダビデの部族に属している、ただ一人の弟子で、のちに世界最大の宗教の救世主となるナザレのイエスに最も近い人物の一人だった。

しかし、主イエス・キリストを裏切り、十字架刑のきっかけを作ったユダは、イエスの復活とキリスト教の誕生を見ぬままにエルサレム近郊で命を絶っている。

当然キリスト教の教義からも弾き出され、キリスト教のグローバリゼーションにも関与しなかったとしても不思議ではないのに、ユダは、キリスト教世界の心性を逆説的に裏から支える大きな存在に成長し、宗教だけではなく、思想、哲学、政治、文学、芸術のすべての分野をインスパイアし続けた。

そればかりではない。欧米キリスト教国の価値体系が近現代世界のスタンダードとなる過程でローマ・カトリック教会をはじめとする既成の宗教体制が弱体化したり分裂したりして、民主主義や共和主義や社会主義や自由主義などの世俗イデオロギーが支配する陰で、イエス・キリストが忘れられ、神が姿を隠していったにもかかわらず、ユダだけは生き延びた。

その結果、文化多元主義の名のもとに宗教倫理がおおっぴらに説かれなくなった世界でも、ユダという悪のキャラクターを通して、キリスト教文化圏の国々は実は、さまざまな善悪の基準を共有しているのだ。ユダは、裏切りや赦し、罪や罰についての、歴史に裏打ちされた暗黙の物差しを提供している。

この本では、まずユダが「裏切りのキャラクター」としていかに突出したものであるかについて非キリスト教文化圏の例と比べ、目本におけるユダへの先入観を見た後で、キリスト教神学の中でユダがどのように解釈されてきたかについて解説し、それと並行してヨーロッパ世界でユダ伝説がどのように必要とされてどのように形成されてきたのかを概観する。

次にユダがこのように人々の心を捉えて放さなかった理由の一つであるその「両義性」について考える。

さらに、ユダがその創立神話の要のひとつとなっているキリスト教がメンタリティに刷り込まれている国々の状況を考えるために、ローマ・カトリック教会に多くを負ったヨーロッパ的なもの、そこから抜け出したプロテスタント的なもの、またヨーロッパと文化的に近いロシアにおける正教的なものの中でのユダ像の変遷をたどる。ユダ像の変遷はキリスト教世界の変遷を裏側から見たものに他ならないからだ。

最後に、キリスト数的なものから解放されたユダがユダヤ人への社会的差別にどのように燃料を提供し、20世紀におけるナチス・ドイツのホロコーストとどう結びついていったかを見てみよう。

支配関係の固定に執着するのではなく、愛によって自由な人間の営みを鼓舞するのはすばらしいことだ。

けれどもそれが有効になるには、裏切りや憎悪への洞察が必要だ。
 
国際社会の一員としてルールを作ったり守ったりすることに参加するのは平和のために大切なことだ。

けれども、本当にそれが平和に結びつくには、ルールを放棄したり破ったりした時の関係の修復や免償の機微や匙加減を知ることが必要だ。
 
キリスト教文化圏でどの時代に、どの国の誰がユダについて何を言ったかに耳を傾けてみることが、それを助けてくれるに違いない。

(引用終了)

下記は、魅力的な内容が垣間見える「目次」

◎序章
・ユダの持つ時代性と地域性 
・非キリスト教世界での「裏切り者」のプロトタイプ

◎第一章 ユダの神学とキリスト教の成立
・キリスト教の成立とユダの役割 
・ユダの教いと神学   

◎第二章 ユダの両義性
・裏切りは人間性の一部
・裏切りの動機   
・裏返しの善悪二元論
・ユダの裏切りの評価 
・民衆の中のユダ   

◎第三章 ヨーロッパにおけるユダ像のヴァリエーション
・国で異なるユダ像   
・ユダのフォークロァ   

◎第四章 プロテスタントとユダ 
・バルトとユダ   
・レンブラントとユダ
・ユダと宗教音楽  

◎第五章 ロシアのユダ   
・ユダの騎士団   
・ロシア文学のユダ   
・スターリン時代以降のユダ  

◎第六章 反ユダヤ主義とユダ
・ドレフュスとゾラ
・ナチス時代のユダ
・ルーマニアのユダ
・遍在するユダ
・ホロコーストの後  

◎終 章

上記だけでワクワクしてしまいますが、さらに「コラム」もあって、

《コラム》
・ユダと性   
・ユダと美醜   
・「さまよえるユダヤ人」とユダ
・ユダと音楽   
・ネルヴァルのユダ   
・アベ・エガーのユダ   
・諜報活動とユダ  
・ユダのDNA 

ここまで、ユダを「大盛り」にされても、もうおなか一杯、カンベンして。と何度か言いそうにはなるものの、竹下氏には、巷にあふれる反ユダヤ論者のように、頑なに自分が信じる真実を握りしめたまま、思考が止まってしまっている方とは、まったく逆の魅力を感じました。

日本人にとって、一神教を理解するのは、本当に厳しいことで、宗教関係者は、聖書を理解しているわけではないということがわかるまで、学習することさえむずかしい。

これ一冊しか読んでいませんが、著者は、厳しい道を歩まれた方ではないかと思い、他の本にも興味が湧きました。

私にそんな風に思わせた「終章」から省略して引用します。

ユダを、より高尚な理念に殉じて自らの属する共同体を裏切るテロリストと見る考え方は、スターリン時代のロシアのアンドレーエフやヴォローシンらの著作にも流れていた。そして、スターリンのソ連が消滅しようとも、ホロコーストのナチス・ドイツが壊滅しようとも、

「信念に従って抵抗運動に身を投じるテロリスト」といういわば「必要悪」のユダのイメージは生き残っていた。
 
アパルトヘイト政策に抵抗して戦ってきた南アフリカの白人の作家アンドレ・ブリンクは『恐怖の所業』の中で、「イエスが抵抗の気力を無くしたのを見てすべての希望が潰えたユダ」というテーマを取り上げた。

ユダはイエスがその理念を遂行するように強く迫ったに過ぎない。しかし捉えられたイエスは何らの抵抗をしなかったのでユダの試みは挫折したのである。そんなユダを果たして「裏切り者」などと坪ぶことなどできるのだろうか。

社会の変革を目指すものは時として強硬手段に出なければならないこともある。革命を期待し確信する裏切り者たちが歴史を作ってきたのだ。

ラテン・アメリカのエルネスト・ゲバラやサルバドール・アジェンデにせよコンゴのルムンバにせよ、実力行使の反体制派が、革命が成功するか失敗するか、または殺されるか生き延びるかなどによって、テロリストになったり英雄となったりするのは世の常だ。逆に、たとえ明らかな人権無視の軍政を敷く独裁者でも米ソの冷戦中は「共産化の脅威」を防ぐために自由主義諸国から黙認されていたことも記憶に新しい。冷戦が終わっても、先進国は後進地域の政治に介入しては独裁者を支援したり排除したりし続けるが、その基準は人道でもイデオロギーでもなく、現地の多国籍企業の利益であったりする。特に人口が増え資源もあるアフリカは、ヨーロッパにとって言葉も通じる旧植民地国という歴史だけでなく地理的にも近い。

2013年12月10日のマンデラ追悼セレモニーでアメリカ初の黒人大統領であるオバマはマンデラが「自分は聖人ではない」と言っていたことを回想しつつ、演説の最後にマンデラの思い出と南アフリカに神の祝福を祈った。オランダとイギリスの植民地であった南アフリカで優勢な宗教はキリスト教であり、国家にも「神の祝福」という言葉が出てくる。マルクス主義の影響を受けてできたANCに合流したマンデラは無神論の立場を表明していたが、1990年2月に釈放されたマンデラが最初の夜を過ごしたのは、アパルトヘイト廃止のために活躍して1984年にノーベル平和賞を受賞した英国国教会のデズモンド・ツツ大司教のもとであった。
 
テロリストから一変して聖人のように崇敬され平和と和解のシンボルになったマンデラだが、その後のANCの汚職問題もあり、南アフリカは世界で最も貧富の格差の大きい国の一つになっている。ヨハネスブルクのスラムに住む黒人たちはマンデラのことを「ビル・クリントンやスパイス・ガールと仲良くなるなど社会的裏切り者だ」と非難し、ANCのタカ派は白人の多国籍企業の利権を奪わなかったマンデラを「ユダ」と呼ぶ。
 
マンデラが「汝の敵をも愛せよ」と説く救世主であるのか、多国籍企業の利潤のために国民の期待を裏切ったユダであるのか、賞賛にも非難にも微妙にキリスト教的レトリックが使われているのが分かる。異文化異民族地域を植民地化しか時にキリスト教にしろイスラム教にしろ、宗主国の普遍宗教を押しつけることに成功した場所では良くも悪くもこうした共通の言葉が利用されるのだ。国家神道のような民族宗教を押しつけようとする場合とはまったく事情が異なってくる。

特にキリスト教のようにその根本に平等主義や平和主義がある宗教で、しかも懺悔、悔悛することで罪が教され免償してもらえるシステムのある宗教というのは便利だ。「過去の過ち」を糾弾された側に逃げ場を提供し、南アフリカでは実際に内戦を回避する根拠にもなった。神の独り子を罪なくして殺したことですべての人間の贖罪が果たされるという逆説を合んでいる宗教の力をマンデラも無視しなかったわけである。


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by yomodalite | 2015-02-08 00:00 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(3)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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