さよなら、サイレント・ネイビー―地下鉄に乗った同級生

伊東 乾/集英社



さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗った同級生 (集英社文庫)

伊東 乾/集英社



ダーリンが図書館から借りてきていた本書の表紙を見て、ヨットで冒険したひとの話かと思い、何気にページを開いてみて驚きました。

まったく想像していなかったのですが、これはオウム事件に関する本でした。

サブタイトルにある「地下鉄に乗った同級生」というのは、地下鉄サリン事件の実行犯である豊田亨。

著者は、死刑判決を受けた豊田亨と、東大時代、同じ研究室にいて、作曲家・指揮者としても活躍し『題名のない音楽会』の司会をしていたことでも知られている、伊東乾氏(現在・東大准教授)

◎豊田亨(Wikipedia)

おそらく、このブログに記録した2倍以上、オウムに関する本は読んでいると思いますが、本書は『A3』と同様、大変重要な本だと思いました。

2冊とも著者の全力で書かれた印象で、『A3』は主に90年代からの日本を振り返るドキュメンタリだったのに対し、本書は、著者の生い立ちから、第二次大戦なども踏まえた日本社会への言及から、執筆時の2005年までを振り返り、著者の全人生をかけて、親友だった豊田亨と、彼が巻き込まれた「オウム」とはなんだったのかを問う内容になっています。

想像ですが、豊田亨に死刑が確定されたのは2009年のことなので、著者は上告が棄却される前に、友人の本当の姿を知ってもらいたいという一心で書かれたのではないでしょうか。(←この表現に対し、著者よりコメントをいただきました)死刑が求刑されるような被告の主張など聴きたいと思う人は少ないかもしれませんが、日本の裁判は始まった時点で、有罪が確定しているといっていいほど「無罪率」が低く、報道は検察の主張のみを報道しています。

被告の報道での印象と、著書で描かれる人物像とがかけ離れていることは、事件を扱った本を読むとき、毎回思う感想ですが、豊田亨のことを描いてくれたことを、著者に感謝したいと思いました。

オウム真理教が引き起こした事件の中でも、教団とまったく関係のない被害者を多数生んだ地下鉄サリン事件が起きたのは1995年。この教団が関わる事件には多くの謎があり、そういった事件の場合、10年以上立たないと「真相」は見えて来ないものですが、本書は2006年に出版され、その年の開高健ノンフィクション賞を受賞した佳作。

アマゾンの内容紹介には、刊行前から各メディア取材殺到とありますが、著者によれば、受賞するまで出版のあてもなかったとのこと。同年に出版された出版界で常に評判の高い藤原新也氏の『黄泉の犬』に対しても、同様の話がありましたし、予定通りの裁判に影響を与えるような出版は、常に歓迎されていないのでしょう。

以下は、本書から(村上春樹の『アンダーグランド』に書かれた部分に対して)

俺は、村上春樹は嫌いじゃない。むしろ好きだと言ってもいい。村上春樹は〈加害者=オウム関係者〉のプロフィールが、ひとりひとりマスコミが取材して、ある種の魅惑的な物語として世間に語られているのに、もう一方の〈被害者=一般市民〉のプロフィールの扱いが、まるでとってつけたみたいだったから、この『アンダーグラウンド』の仕事をしたって言うんだ。とても価値があると思う。ただ、この豊田の部分みたいなのは、基本的な事実も間違っているし、あまりに類型化されてて、正直ひどいと思った(p144)


エリート研究室って何? 世の中に、うちは〈エリート研究室〉ですっていう研究室があんの? 最低のレッテル貼りと思考停止だと思った。豊田が選考したのは素粒子理論、理学系基礎研究の最高頂点みたいなものだったけど、村上春樹はなんて書いてる〈応用物理学を専攻し、優秀な成績〉は、およそ判で押したような類型で、普段の村上のいいとこと正反対と思った(p145)

地下鉄サリン事件の法廷を見に行った村上春樹は〈自分たちが人生のある時点で、現世を捨ててオウム真理教に精神的な理想郷を求めたという行為そのものについては、実質的に反省も後悔もしていないように見受けられる〉って言うんだ。そこで信者が完全にしらふだったって仮定に立ってものを言っているけど、実際には薬盛られたり、いろんなマインドコントロールや洗脳のテクニックで、蟻地獄に落とされていくんだ。特に高学歴の連中は、狙い撃ちにされて落とされていった、この段階からすでに被害者なんだけど、そういうことがいっさい表に出てこない(p146)

村上春樹は、社会の〈どうしてこのような高い教育を受けたエリートたちが、わけのわからない危険な新興宗教なんかに?〉という質問に〈あの人たちは「エリートにもかかわらず」という文脈においてではなく、逆にエリートだからこそ、すっとあっちに行っちゃったんじゃないか〉って書いてある。これは半分当たっているだけに、最悪の間違いだと思う(p147)

(引用終了。本書のすべてではありませんが、この部分は「相棒」と呼ばれる女子大生を「ワトソン役」にして、会話するという構成になっています)


著者は、なぜ高学歴のエリート達がオウムに? という疑問に、何も調べることなく、類型的な「エリート像」で語ってきた社会に対し、実際に「豊田亨」という男がどんな人間だったかが、心情深く伝わるように、立体的なエピソードで語っています。

サイレント・ネイビーという言葉を、私はこの本を読むまで知らなかったのですが、「黙って任務を遂行し、失敗しても言い訳をせず、黙って責任をとれ」という、海軍の美意識を表現する言葉。

戦後、海軍の美談ばかりに慣れているひとには、本書の第二次大戦以降の日本社会への言及も唐突に感じられるのかもしれませんが、著者は、その言葉を、友人の豊田亨の姿勢と、沈黙に美学を見いだす日本全体の両方に向けて発している。

オウム事件とは何だったのか?という問いも、二度ととこのような事件をおこさない、とか、凶悪事件後、常に聞かれる言葉ですが、直後はもちろん、10年余に渡って考えられたような著作に対し、世間が反応することは極僅かです。

せめて、本ぐらいは読みたいという方へ。

☆上野千鶴子「さよなら、サイレント・ネイビー」とノンフィクションの魅力」
☆有田芳生の『酔醒漫録』
☆第四回開高健ノンフィクション受賞(選評・受賞の言葉・試し読み)

◎参考書評「無回転レシーブ」
◎参考書評「風のたより」

☆さよなら、サイレント・ネイビー〈集英社文庫〉(アマゾン)

◎参考記事
☆元オウム信者で、地下鉄サリン事件実行犯の広瀬健一氏が、
平成20年に大学生へ向けて書いた手紙(忠告)をまとめました。


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by yomodalite | 2012-04-05 16:45 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(2)

米内光政と山本五十六は愚将だった―「海軍善玉論」の虚妄を糺す

三村 文男/テーミス



海軍善玉論を覆し、戦後日本を読み直す傑作。

以下メモ。

◎戦争終結前の鈴木貫太郎(すずきかんたろう)首相の「ポツダム宣言の黙殺」を鈴木首相に押しつけたのが米内だった

◎米内は単に親米派であるだけでなく、日本の中国大陸進出に対しては、むしろ徹底的に積極派・推進派だったと思える行動が多い

◎近衛首相の「国民政府を相手にせず」という有名な近衛声明をださせたのも米内だという

◎だから、最後の最後で米内が裏切り者と気がついた、阿南(あなみ)陸軍大臣が「米内を斬れ」と叫んで、そのあと自分は責任をとり腹を切って死んだ。陸軍は海軍のトップの裏のある人間たちにずっと騙されて、3年半の血みどろの負け戦をアメリカとやった。

◎海軍からは、たったひとりの刑死者も出していない。海軍は誰も死んでいない。
「リメンバー・パールハーバー」のはずなのに!

◎不思議なのは、米内がメーソンだった山本五十六のように「アメリカ留学」もしていないのに、あの当時の日本で「米英の走狗」(今で言えばポチ保守に該当する言葉)と呼ばれていたことだ

◎米内光政・山本五十六・井上成美(いのいえしげよし)については、阿川弘之という小説家が伝記小説を書いているが、この人物が戦後、ロックフェラーの資金でアメリカ留学をした男であり、現在の親米派の広告塔である前駐米公使・阿川尚之(あがわなおゆき)氏の父親である。

米内については、阿川のフィルターを通した内容しか出回っていない。米内についての資料は、阿川氏によって一連の小説が書かれるに当たり、海軍善玉史観にとって都合の悪いものは全部処分されたのではないか。
___________

【MARCデータベース】第二次世界大戦、日本敗戦の責任として「陸軍悪玉論」「海軍善玉論」が主流だが、実は海軍こそ「悪」だった。昭和悲劇の水先案内人だった海軍大将米内光政と山本五十六の大罪を新視点で喝破する。

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by yomodalite | 2007-04-14 23:12 | 戦争・軍隊 | Trackback | Comments(6)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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