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わたしは、水木しげる氏の作品を読んだこともなく、そのキャラクターにも、そんなに魅力を感じたことはなかったのですが、最近「妖怪」に、興味が湧いてきて、

ていうか、なんだか「妖怪」になれそうな気がしてきたんですよねw。

というのは、、

こどもと老人はどこか似ていて、年寄りは「こども」に還るなんて昔の人も言ってたと思うんですけど、こどもと老人に共通しているのは「妖怪ぽさ」なんじゃないかと。(妖怪という言葉にどろどろとした怨念とか、暗さを感じる人はとりあえず「妖精」と言い換えてもいいと思う)

私が自分の「神」のように考えている方も2歳児の知能を取得され、尚かつ自分は80歳ぐらいのような気がするとか言ってましたし、確かに、こどもでも妖怪の匂いがするのは、2歳児までで、老人も80歳を超えないと、妖怪になれないような気もします。

わたしは、取得することによって、そこから「自由」になれるという「取得」の仕方が好きなので、例えば、

スリムな体を維持するのに、永遠に「ダイエット」するとか、

美人に生まれたのに、ずっと美人でいなきゃならないとか、

いっぱい仕事をして、お金持ちになったのに「死ぬまで働き続ける」とか、

ガンと闘うとか、、

最終地点が「自由」に繋がってないような気がすることには、なんだか興味がもてなくて、、

今はアンチエイジングが「是」ですけど、、でも、若返ったって「2歳児」にはなれないでしょう。せいぜい、実年齢から10歳とか、20歳若く見えるだけだったら、いつまで立っても中途半端な「中年」領域に留まるだけでつまんないし、それだと、次の「ステージ」に行くことも嫌になっちゃう。

それで、いつまでも20代や30代が最高だったなんて思って過ごすより、未知なる「ババアの世界」の方がなんだか面白そうだし、そこには「妖怪」というキーワードが重要なんじゃないかと、最近思い始めたんですね。

とはいえ、ただ年を取ったからといって、なかなか「妖怪」にはなれないですよね。とりあえず最終目標の「妖怪」の前には「オモロいババア」の通過地点があるような気がするし「ボケ方」にも「コツ」があるんじゃないかと思っているんですが。。。

「水木サン」が、どんなことを言っているかというと。(下記の太字が本書から引用)

みんな子供のときは妖怪です。(6月29日)

あ、、やっぱり、そうですか。。

目に見えないものが、神から妖怪にいたるまで、どのようにつながってるか、目に見える形で、レンガのように積み重ねていかないとならんわけです(7月1日)

ふむぅ。。

ホピ(ネイティブ・アメリカン)にはあんた、妖怪が “千” いるというんですよ。私が調べたところでは、中国にも千前後の妖怪がいます。日本にも千五百という人もいるが、だいたい “千” でまとまります。私はねぇ、これは皆共通した同じ妖怪だと思ってるですよ。私はこの驚くべき大発見は、ノーベル賞に値する、と思ってるんです。(2月7日)


霊の世界というのは、どうも非常に広いようですよ。丹波(哲郎)さんと宜保(愛子)さんの霊界というのも微妙に違います。ですから人間の知恵で考えると難しいんです。そこで「妖怪人類学」が必要になってくるわけですよ。「残忍だ」「野蛮だ」といった人間の知識で評価する必要はないんです。インディオやアポリジニの考えた霊との接触の仕方を客観的に記述するばいいことですからね。静かに眺めることが肝心ですよ。(2月11日)



自然界は「弱肉強食」で「死」は日常茶飯事だしね。。


(アポリジニの楽器ディジャリドゥについて)
あれいいですよ。あれがいいんです。精霊が来ますよ。あれは霊界楽器です。あの音楽は霊界音楽に相当します。いやむしろこのために音楽というものがあったのに…。(2月13日)

☆Didgeridoo(ディジャリドゥ)初めて聴きました。
◎[動画]Didgeridoo - Jeremy Donovan, Aboriginal Artist
◎[動画]Australian Aboriginal Music: Song with Didgeridoo


「うそぶく」という言葉があるでしょう。その音は、精霊が好きな音なんですが、現在では、それがどんな音だかわからないわけです。ところが、澤口瑞穂という学者の書いた本によると、清朝時代まではそれがどんな音であるかわかっていたそうですよ。こういった音や、儀式に関する音は、日本ではもう死んでしまっているんです。わたしは「うそぶく」は口笛に近い音なんじゃないかと思っておりますが。。。(3月6日)


(水木さんの家に大量の本が送られてくるという話を受けて)
送られてきた本の八割は捨てるんです。家内は文句を言うですが「開いたら死んでしまうぞ」と言ってます。(3月14日)


(仮面を買いながら)
同じものはいらない。同じものはいらない。(呪文のように繰り返す)(5月18日)


わたしは幸せのことしか考えないからよかったのです。今の人々は、わざと幸せにならないように努力している(2月16日)


われわれはもともと “霊霊(かみがみ)の世界” からやってきたものであり、そして “霊霊の世界” に去ってゆく存在なのだ。(4月24日)


しないではいられないことをし続ける(5月16日)



最近、なんだか幸せな気がするのは、きっと。。。


(アポリジニに「人が死んだらどうなるか」と聞かれて)
無に入るのではなく、未知の状態に入る。それは、人が生まれて、一歳か二歳の頃の、生きていると気づく前の状態です。(7月17日)


水木せんせ、アポリジニにも教えてる。。。


水木サンが長年にわたって古今東西の奇人変人を研究した結果、彼らには幸福な人が多いことがわかりました。(8月8日)


妖怪というのはね、くだらんものを一生懸命見る努力をして、
見えないものを無理矢理見るということなんです。(10月17日)



やっぱり、努力は必要なのね、、でも、見えないものを見たがる人の中でも、宇宙人を見たがる人に多いような気がするんだけど、宇宙人って科学的にいるとか、科学的に証明される可能性があるでしょ?それに、どーゆーわけか、宇宙人を見たがる人って、集団で見たがるよね。なんかね、そこが「弱い」んじゃないかとw、、、最近の横尾忠則氏から、ちょっぴり思ってみたり。。。


(メキシコ在住の画家・竹田鎮三郎さんの秘蔵のドクロ像を見て)
なるほどこりゃ死の神様だ。見てるだけで死にそうになる。やすらぐねー。死んだらわざわざ迎えに来てくれるんだ。(12月3日)

◎竹田鎮三郎 A small gallery of engraving


水木 幸福観察学会はですね、結局のところ世界妖怪協会に昇華すると思ってます。幸福には自分自身の力以外のものが働きますから。目に見えないものの作用っていうのは大きいですよ。幸福になるためには妖怪が要るんです。

荒俣宏 幸福観察学会は発展的解消をして世界妖怪学会に吸収されるということですか。

水木 幸福の追求と妖怪はつながっているんです。



(引用終了)


だそうです(笑)。

366日、うるう年にも対応したこれらの「お言葉」は、1988年から2004年までのもので、編者で、水木原理主義者でもある大泉実成氏は、少年時代に「エホバの証人」の信者で『説得ーエホバの証人と輸血拒否事件』で講談社ノンフィクション賞を受賞された方。水木センセイの本はこれからもっと読まなきゃ。

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by yomodalite | 2012-03-26 17:31 | エッセイ | Trackback | Comments(0)
聖書って難しいとあらためて思う今日この頃。MJの悲劇に関しても、メディアの問題もあるけど、宗教観の問題もかなりあるんじゃないかと。。。イエスの事を金髪、碧眼だと思っている西欧人は多いですし、彼が、神のことや、イエスについて語っている感じは日本人の感じ方とは、また別の感じがあるというか...

で、今頃になってルターの宗教改革とか、魔女狩りが気になったり....現在のようなマスコミという存在がなかったとしても、そういう集団ヒステリーの土壌が....とか、ぼんやり考えてはみるものの、よくはわかりません(苦笑)

で、悪魔のことも、やっぱりよくわからない。悪魔も、地獄も、日本では、なんだか、適当に輸入してますけど、本場は、そうではないというか、日本では、水木しげるの妖怪辞典に仏教界や、神道界が、反応するなんてことないですけど、あちらは、そうは行かないみたいです。

「聖書」は、とてつもなく重いというか、日本仏教も、神道も「聖書」がなくて、ホント良かったねーーと感じ。

わたしは、水木しげるの『妖怪辞典』も『墓場の鬼太郎』も読んでいませんが、水木氏は「自分の生き方の基本はゲーテ」と語っておられるようなので、もしかしたら、あれも、欧米の「悪魔辞典」の日本置き換えの可能性もあるのでしょうか?(『悪魔くん』というマンガもあるみたいだし...)

で、本書なんですが、デーモンとサタンは、どう違うの?という疑問に、日本で、もっともわかりやすく、答えてくれた傑作マンガ『デビルマン』から「悪魔」を探ったいう謳い文句で、著者は以前にも『悪魔生誕ーデビルマンの悪魔学』(未読)という著書を、共同編集により出版されているようなので、これは、もしかしたら、かなり、こなれた感じで説明いただけるのではないかと期待したんですが、残念ながら、そうではありません。

『デビルマン』や『魔王ダンテ』のマンガ掲載も多く、第一章は、『デビルマン』のデーモン族について、なぜ『デビルマン』は「デーモンマン」ではないのか?という疑問から始まり、期待が高まるのですが、この、冒頭での、デーモン、デビル、サタンの違いについての説明から、もう、いきなり学術的で、この先の話も『デビルマン』を読み解くといった内容では全然なくて、「悪魔」に、深い興味がある人にしか読めない、極めて学術的なもの。わたしのように、出来るだけ簡単に、かいつまんで説明して欲しい♡と思う人には、まったくお奨めできません。

キリスト教が、ユダヤ教、グノーシス主義と拮抗していた時代のこと、そこから、なにが異端と見なされていくかなど、すごく興味深いテーマが扱われているものの、この「入門書」を読む前に読むべき「入門書」が、何冊か必要と思われ、この内容で『デビルマン』を副題に出したのは、良質なツリと言えないかも。

目次に注目すると、すごく期待できるレファ本なんですが、本書の引用・参考文献の中から、3冊ほど読む方が、わかりやすい気がしなくもない(笑)。でも、第5章の「堕ちた神々の系統」、第6章の「悪魔の分類学」とか、第7章の「文学における悪魔」、付録の「ソロモンの遺訓」要約とかは、やっぱり感謝すべき内容。図書館で借りて、ざっくり読んでわかる内容ではないものの、購入して、ゆっくり考えながら読むには良い内容かなぁ。

[目 次]
序 — 悪魔との出会い
第一章 悪魔の正体
デーモンとデビル
デーモン=神霊
デビル=中傷者=悪魔
《サタン=敵対者》と《サタナス=悪魔》
第二章 悪魔の輪郭
悪魔ベリアル
アスモデウス
追放された天使
サタナエル
悪霊マステマ
堕天使とネフィリム(巨人)たち
さまざまな悪魔が登場する「ソロモンの遺訓」
第三章 新約聖書の悪魔像 —《誘惑者》とルキフェルの誕生
新約聖書の堕天使
悪霊の頭
誘惑者としての悪魔像
この世の支配者
マナセ王を惑わした悪魔
地獄の王ではなかったサタン—キリストの冥府下り
ルキフェルの誕生—美しい悪魔—
第四章 諸宗教の悪魔
グノーシス派の悪魔観
マニ教の悪霊
イスラム教の悪魔、魔物
ゾロアスター教の悪魔 
第五章 流刑の神々
悪魔にされた異教の神々
堕ちた神々の系統
異形の悪魔と異形の神々
前人類の物語
第六章 魔女狩りと悪魔学
悪魔との契約
魔女のしわざ
空中飛行とサバト
黒ミサ
魔女狩り
悪魔学の勃興
悪魔の分類学
悪魔の名前
第七章 文学における悪魔
『神曲』の悪魔 ルキフェル
ファウスト伝説と文学
マーローの『フォースタス博士』
ゲーテの劇詩『ファウスト』
異色の魔術師『マンフレッド』
レールモントフの『悪魔』
恋する悪魔
反逆者(=英雄)としての悪魔
創造者への怒り—永井豪の『魔王ダンテ』と『デビルマン』
付録「ソロモンの遺訓」要約
引用・参考文献一覧





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by yomodalite | 2010-07-10 21:07 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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