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前回、教科書のような本を紹介したので、今回は毛色の変わったものをw

マイケルの小説は、これまでも、直木賞作家の桜庭一樹氏や、小説家ならぬ大説家の清涼院流水氏のものがあって、

◎『傷跡』桜庭一樹 
◎『キング・イン・ザ・ミラー』清涼院流水

いずれも、マイケルに対しての愛が感じられるものでしたが、本書も同様で、タイトルで、モーツァルトとマイケルを「サムライ」としているのは、著者がもっとも尊敬しているものだからだと思われます。

で、内容を少し紹介すると・・

(引用開始)

モーツァルトのオペラ「魔笛」の初版本の挿絵と、マイケル・ジャクソンのアルバム『デンジャラス』の表紙絵とを比べてみる。奇妙に似ていて、息をのむ
どこか怪しい神話のような世界、薄明かりの地下の洞窟
五芒星、アーチ、神殿の柱
ロココ、ドクロ、アランビック、精霊、牛、鋤、レンガ壁
そして、壁の中から密かにこちらをうかがうプロビデンスの目

「ぼくたちは、まだ、死にたくなかった」
そう悔やむモーツァルトとマイケルの声が聞こえる
あの礼拝堂のオルガンを鳴らすと、死者の声がする
まるで同じ運命をたどる仲間に、忠告するような哀しげな声

「ブラック・オア・ホワイト」の三度戸をたたく音
「ヒール・ザ・ワールド」の連続するスラー
「ジャム」の三連符
「ウィル・ユー・ビー・ゼア」のシラーのオード(*1)
アルバム『デンジャラス』の曲の中に出てくるシンボリズムは「魔笛」の曲の中にも数多く込められている・・・

(以上プロローグより)

この小説では、夢の中で行われる、マイケルとモーツァルトの会話に、実際のエピソードも挿入されているのですが、朝堂院氏とのエピソードがずいぶん詳細なことが疑問で、著者について検索したところ、彼女は、かつてジョーパパも出演したことがある朝堂院氏のインターネット番組の司会(*2)もされている方なんですね。流石サムライ好きw。

マイケルは今後、アメリカ帝国文明を代表するひとりとして、必ずや歴史に残る人なので、神聖ローマ帝国に華開いた古典派音楽を代表するモーツァルトと比較するのは、色々な面で興味深いのですが、ハイドンやベートーベンより、モーツァルトがより興味深いのは、他のふたりに比べて「謎」が多い点だと思います。

モーツァルトが7番目の子供で、幼少時からその天才を認められ、ゲーテなど多くの文化人に注目されて成長し、栄光を手にするも、若くして亡くなった(35歳)という点にも類似点が感じられますが、特に興味をかき立てられてきたのは、その死の謎。

マイケルの「スリラー」旋風がまだおさまっていない1984年に公開された映画『アマデウス』では、サリエリの嫉妬と苦悩がクロースアップされましたが、その映画でのモーツァルトの描かれ方は、老獪なサリエリと、天衣無縫で、純粋無垢な天才モーツァルトといった単純なもので、映画の公開当時、モーツァルトは音楽の天才であっても、世間知らずで、スカトロジーの趣味があるといったような話題も盛んで、そんなところも、マイケルの場合と似ているというか、ゴシップって、昔からほとんど変わらないものですね。でも、本書のふたりは「サムライ」ですから、そういった話題は一切なく、

第1章 夢の中のモーツァルトとの会話から)

マイケル「あなたは、もちろんご存知ですよね。ぼくがあなたの『ピアノ協奏曲大4番』の第一楽章の主題をモチーフにして、『バッド』のベースの冒頭の主題を作ったことを・・・あなたの『ドイツ語による小カンタータ(無限なる宇宙の創造者を畏敬する君よ)』の歌詞をもとにして、『ヒール・ザ・ワールド』を書いたことを・・・『スムース・クリミナル』は、現代版『ドン・ジョバンニ』ですし、『ヒストリー』は、あなたの人生を・・・

(引用終了)

などなど、著者は、マイケルファンに多いクラシック好きの方のようで、XJapanのYOSHIKIとのエピソードにも力が入っています。ただ、実際のエピソードと架空の物語を融合させる中には、若干強引な箇所もあって、

(第1章 夢の中のモーツァルトとの会話から)

マイケル「ぼくがフリーメーソンに入会した理由は、『入会の有無にかかわらず、真理の探究者はすべてメーソンだ」という言葉が気に入ったからです。・・・ぼくは弱い人間です。だから、フリーメーソンの教義に賛同したんです。この世で、心から、他者の幸福のために奉仕し、善行を積み重ね、どんな宗教でもいいから神を信じ、まじめにコツコツと仕事に励み、真理の探究をし続け、自分にしかできないなにかを成し遂げれば・・・自分の神殿を築き上げれば・・・神のような、永遠不滅の高貴な霊的存在になれるというフリーメーソンの教義に・・・」

(引用終了)

モーツァルトがフリーメーソンだったのは事実かもしれませんが、マイケルがメーソンリーだった事実はありませんし、キリスト教会が絶大な権力をもっていたモーツァルトの時代と違って、マイケルが生きた時代、メーソン的な考えを信じるのに、秘密結社に入会する必要はありません。

世界の真実を語るために、フリーメーソンやイルミナティを利用する人は多く、プロヴィデンスの目のようなものを発見しては「陰謀」めいたことをいう方々も多いので、誤解がないように一応補足しますが、そういった類の陰謀論は、フリーメーソンがグローバリズムの脅威と関連付けやすいからで、メーソンが秘密組織ではなくなり、実態が明らかになっていく中で、あまり知られていないことで使い勝手がよかった「イルミナティ」が論者に好まれるようになっているようです。

あるとき「善」であった組織が「悪」に変わるのは、歴史上常に起こっていることですが、それは、そこに集う人間がみんな善と悪の両方をもっているからでしょう。宗教であっても、無宗教であっても、資本主義や共産主義やグローバリスムも、その教義は「善」から生まれていても、それを信じる人々の「強欲」や、「独善」が、自分よりも相手を疑って、敵を生み出し、敵対する勢力との争いの中で、より大きな「悪」へと変化してしまう。

教義の違いから敵対するような集団同志であっても、カトリックの聖人マザーテレサが行っていたことと、プロテスタントのマイケルがネバーランドで病気の子供にしていたことが似ているのは、強い意志をもった個人には、集団を維持するための原理から距離をおくことが出来るからでしょうか。

ただ、発足当初のフリーメーソンに集まった人々には、永年権力を握ってきたキリスト教の弊害を重く受け止め、自由な気風と、輝くような知性によって、建国時からアメリカの大きな力になったことは事実で、マイケルの考え方の基盤にも、そういった人々の影響が強く感じられることは確かだと思います。

ローマ法皇という王様を頂点とするカトリックと違い、プロテスタントは数多くの小集団にわかれ、中でも、マイケルが実際に信者だったエホバの証人は、三位一体や、運命予定説を放棄した点で、フリーメーソンの教義に近いと言えなくもありませんし、開祖がメーソンだったという可能性も高いと思います。

ですが、最初に言ったように、現代ではフリーメーソンのような考え方をするのに、秘密結社に入会する必要はなく、教会も必要としないユニテリアンの方が、私はマイケルの考えに近いと思います。

◎[参考記事]解説 All In Your Name

どんな集団も移り変わっていくもので、もっとも基本的な教義であっても、集団を維持していくうちに、重要視するものも変わっていきますし、個人が信仰を深めていく中で、むしろ、教団に属することが邪魔になることもあるでしょう。マイケルが少年の頃に属していた教団を離れたのは、まさにそういった理由で、彼は豊富な読書や知識欲によって、教えられた信仰ではなく、自分で心の底から信じるものを探し続け、ひとりの人間としては稀なレベルにまで、信仰心を高めた。それは、周囲の評価から正しさを測っている現代のハリウッド・リベラルにはない「真実の光」をマイケルが放ち続ける理由でもあると思います。

成功と失脚の、天と地ほどの落差を耐え抜いたマイケルに、イエスの受難を感じる人は多いですが、その中の多くは、聖書の中のイエスにはないビジネス感覚を理解せず、音楽やダンスの天才だったと思う人は、モーツァルトの知性に興味がない人が多い。

2016年に出版され、マイケルとビジネス契約を結んでいながら、MJエステートに排除された朝堂院氏との関係からか、本書ではエステートの罪への言及もあるのですが、そういった部分も、モーツァルトのパトロンだったスヴィーテン男爵と比較するなど、これまでの真実追求本にはない視点が興味深いと思います。

新たな視点で、マイケルを見たい人には面白く読める物語かもしれません。

(フリーメーソンのとこ、長々と書きすぎたかな… )

目次
第1章 日本が支えたマイケルと、モーツァルトの告白
第2章 愛国者マイケルと、スヴィーテン男爵の野望
第3章 マイケルの著作権と、モーツァルトの対決
第4章 マイケルのツインソウルと、モーツァルトの死因
第5章 復帰を目指すマイケルと、モーツアルトの憂い
第6章 「This is it」と、レクイエム

◎Amazon『小説サムライ ー モーツァルトとマイケル・ジャクソン』
_________

(*1)シラーのオード/ウィル・ユー・ビー・ゼアの冒頭で歌われる、ベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章の「歓喜の歌」と言われる部分は、1785年にシラーが書いた「自由」(Freiheit )の詩が使われていて、これは、フリーメイソンの理念を詩にし、フリーメイソンの儀式のために書かれたと言われている。マイケルが使用しているのは、その最後の部分。

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう

(*2)



動画は著者の水沢氏が司会をされていることから選んだものです。


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by yomodalite | 2017-01-12 11:17 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(2)
私がややこしい本を読んでいる隣で、ダーリンが読んでいた図書館本なんですけど、、

ちなみにこの本の前は、梶原一気の弟で、真樹日佐夫氏の『ああ五十年身に余る―真樹日佐夫ワル自伝』を読んでいて(ダーリンはすごく面白かったらしいのでこの後読むかも)、またもや下品な本を、、とは思ったものの、なんとこの本にも、朝堂院氏が登場していてw、

それ以外の13人のアウトサイダーたちも全員、さまざまな分野から選ばれた方々なのですが、知らない人も多く、極薄い興味でパラパラと斜め読みしているうちに、ずんずんと惹きこまれ、読み終わる頃には、今年読んだ本の中で、一番面白いノンフィクション本だったかも。。とさえ思えてきました。2012年に出版された本なんですけどね。

著者はヘアヌード本のプロデュースから「毛の商人」と呼ばれた方ですが、私は氏の文章を読むのは初めてで、どんな方かも知らなかったのですが、学生運動を経験した「団塊の世代」の中でも、当時の熱さや、社会への思いを持ち続けていて、もしかしたら同世代の方の中では、現在もっとも面白い仕事をされておられるのかも。それと、高須基仁氏は、高須クリニックの院長とは親戚なんだそうです。

タイトルは、歎異抄の有名フレーズ「悪人正機」から名づけられているのですが、自身を「悪名」と呼ぶ高須氏は、アウトサイダーとは、アウトローと似ているけど、ニュアンスがちがうと言う。アウトサイダーは、少数派で、何かを最初にやる人で、それが花開いたとき、その人はいないというのがアウトサイダー。

そして最初の対談者である、前田日明と、柳美里には「自分がやったことが広がっているのに、自分はそこにいない」という哀しみをとりわけ感じると。

[内容メモ]

前田日明
韓国に言いたいことがたくさんある。在日外国人の参政権の問題、自分はkの法案を通せば在日であるとかいろんな人に将来に禍根を残すと思っているので、大反対なんです。。

朝堂院大覚
朝鮮総連売買、朝青龍暴行疑惑、亀田問題、、、亀田問題の背後には、元の所属ジムである協栄ジムの亀田親子へのファイトマネー未払い問題があるわけです。本来コミッションは、ファイトマネーを払うようにする義務があるのに、当時のコミッショナーが仕組んだ。。。(番外編対談):ロアビルのフラワーの上にある朝堂院の息子がやっている店。。。朝堂院の息子のひとりは関東連合の頭の1人で、顔は絶対に見せない。。。朝堂院が恐喝しているとき、俺が真ん中に入って。。。朝堂院氏は、スポーツ団体のすべてのトップをやってますね。。。そういう名刺をがんがん作って作ってくるんだよな。。。任侠右翼に多い手口ですよね。。。朝堂院が去年の10月以降メディアには一切出なくなった。基本的に恐喝しにくい時代になったんだろう。俺に言わせれば、彼のはわかりやすい恐喝。ただ、ヤクザではないから、暴力装置は感じない。基本的に一匹狼の人なんだろうな。。。朝堂院さんは、企業経営者だったから、企業の不正を教えてあげて、コンサルタント料をいただいているんでしょうかね(笑)。。。朝堂院は資本主義の弊害に対して、ものを申しているだけだろう。警察は、資本主義の隙間でやってくる人間は逮捕しない。


自伝がイマイチで、少し興味を失いかけていた朝堂院氏ですが、本書でまた少しだけ理解できたというか、恐喝という言葉を、はじめて「いい意味」に捉えそうになってしまいました(苦笑)



斉藤智恵子
浅草ストリップ劇場、ロック座の会長。(北野武に)私が勝新太郎の「座頭市」を監督してと言ったんです。。。早乙女太一は私の子どもでした。。

石井和義
出所から2年。元K1プロデューサーが考えてきたこととは。。。

柳美里
キャバクラをテーマに「アサヒ芸能」で、『雨の夜、日曜の朝』という官能小説を書いているけど、今までとは読者層がちがう。これはファンに対しての裏切りというか、、、

川崎タツキ
決して後ろに下がらないボクサー。少年院、ヤクザ、薬物依存地獄を乗り越えた生き様。

戸川昌子
渋谷のシャンソンバー「青い部屋」は、従業員の持ち逃げという不測の事態で、存続の危機に陥った。。

杉浦和男
2011年は地下格闘技ブームに沸いた。中でも異彩を放ったKRUNCHを主催する足立区の伝説的不良。。。

山本直樹
連合赤軍をテーマにした『レッド』の漫画家。ママ友の中にも永田洋子はいる。。。

ルミカ
自身がいじめられた経験をもとに、「いじめ74(なし)ツアー」と題し、74カ所をツアー。。。

秋田一恵
弁護士。永田洋子の弁護をつとめる。。。

ごとう和
「りぼん」でデヴューし、現在はレディースコミックを中心に活躍。東電福島原発事故の20年前、原発の恐ろしさを描いたマンガ、『6番目の虹』を発表。

黒岩安紀子
団鬼六の未亡人。1999年に歌手デビューし、「知覧の母」「母は老いても」を発表。「団鬼六は最後までSM小説を恥じていた」。。

[番外編対談]高須基仁×平井康嗣対談
週刊金曜日の発行人、北村肇はかつて「サンデー毎日」の編集長をしていて、「週刊金曜日」に別の基軸を作りたくて、高須氏の人脈を利用しようとした。。(本書は「週刊金曜日の連載から出版されたもの)





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by yomodalite | 2014-11-18 00:29 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)
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10月に映画館で観た映画は、楳図かずおの『マザー』『ニンフォマニアックVo.1』と、『荒野はつらいよ〜アリゾナより愛をこめて』の3本で、

楳図氏が自分の母親をテーマにした『マザー』は、始まってからしばらくは、近年稀に見る期待感を味わい、、『荒野はつらいよ』は、クマが「オレ好みのアホな映画だぜ」と言っていたので、終映日ギリギリに観に行ったら、想像どおり「お下劣」だったけど、思ったよりラブコメディで、シャリーズ・セロンは、『クイック&デッド』のシャロン・ストーンぐらい男前でキレイだった。


『荒野はつらいよ(原題:Million Ways to Die in the West)』予告編
この予告編に「お下劣」内容はありません。




そんな映画関連の情報をネットで見ているときに、たまたま「KITE」という映画が引っかかってきて、


まだ日本では公開されてない映画なんだけど、、監督のラルフ・ジマン(Ralph Ziman)の名前にどこかで見覚えがあると思っていたら、MJと3Tの『Why』の監督でした。

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いつも不思議に思っているんだけど、世の中には、マイケル・ジャクソンに関する本や、記事が溢れていて、MJと言えばミュージックビデオを革新したことで有名なのに、ビデオ作品に関しての情報をまとめているものをあまり見ない(知ってるひとは教えてね)。

撮影前のマイケルとのミーティングから、撮影中のエピソード、完成までの苦労話などなど、監督全員にロングインタヴューを敢行して、すべてのロケ場所や、主要スタッフといった、ショートフィルムに関するデータがまとまっているようなものがあったらいいのになぁ。

ラルフ・ジマンは、マイケルの好きな南アフリカ出身の監督で、『Why』は、MJとの共同監督だし、あの絵は、「このフィルムは、ジャクソン家 meets the ハプスブルグ家だから。。」とかなんとか言われて、アーティストでもある監督が描いたものなんですか?とかさw、、色々聞いてみたいことがあるんですけど、、、


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で、そんなことを思っていると、ブログの過去記事の中で、突如として、アクセス数が増えているものを発見。ブログをやっていると、ときどきあるんだよね。個別記事へのアクセス数で「なにかあった」ことがわかるときが。それで、大抵の場合、不安がよぎることが多いんだけど、

今回は、その人物からの連想で、すぐに「逮捕?」って思っちゃったところw、当たってたわけなんだけど(苦笑)

というのも、私が海外の古典に苦しんでるときに、ダーリンが隣で何やらうんうん頷いていたりしながら読んでるので「なに読んでるの?」と聞いたら、得意のモノマネ(田中角栄と同じで誰でもできるやつw)で、「え〜〜、朝堂院大覚でございます」だって。


(氏の本よりも、さらにうさん臭い「ニュース」とやらでは、自称フィクサーとか、自称団体役員などと、自称ジャーナリストwによって書かれていて、記事によれば、人を動かしたのではなく、自ら、現場に行かれたそうですがww)

最近、ジョーパパも来日して、朝堂院氏に会ってたみたいだし、自伝なら、そのことについても書かれているのかもって思ったら、すぐにも飛びつきたいぐらい読みたかったんだけど、ちょうど『白痴』(ドストエフスキー)がクライマックスで、それで、ようやくロゴージンの騒動から離れられたところで、急いで読みはじめたんですが、

残念ながら、出版されたのは2013年の9月なので、ジョーパパとの話は一切なく、MJに関しては、「勝負の哲学4:相手といかに対するか」という章の中に、「宇宙観で意気投合した、マイケル・ジャクソン」という内容があるんですが、前書『マイケルからの伝言』の記述を30行ほどでまとめたような内容で、他に、Part 1「真剣勝負の遍歴」の中に、マイケルには総額で20億円という巨額の資金を援助した。など具体的な金額が書かれていた(p56)ことぐらい。

MJ以外に付いての政治家評なども、彼らに会っている時期が古く、自分への直接の態度のみで判断されている印象からか、私にとっては興味深い本ではありませんでした。


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そんなわけなので、朝堂院氏のことを知りたいという方は、この本を読むより、氏のインターネット放送局を見る方がいいのかもしれません(私は氏のゆっくりとした話し方が苦手でほとんど見てませんし、特にオススメする気もないのですがw)


ちなみに、「マイケル・ジャクソン・アワー」というカテゴリには、ジョーパパも何度か登場しているようですが、2014年10月13日のものはこちらで、、


翻訳スタッフがいるのに、ジョーパパの発言を訳さないという不思議(他の番組もそんな感じw)はさておき、巷の噂とは異なるジョーパパの知性と気品が垣間見えたり、

ジョーパパ自身のサイトでの日本滞在の様子から、


どんなシーンでも、ジャクソンズよりもおしゃれで、MJは、兄弟よりもパパに似ているのかも。。なんて思ってしまったり、




カンプノウ(FCバルセロナのスタジアム)で誕生日を祝ってもらって、ネーム入りのユニフォームとか、いいなぁと思ったのでした。(2:43〜インタヴュー)


写真は、すべて夜の大阪駅前で撮ったコスモス。
お下劣映画とフィクサー臭を中和してみたつもりなんですけどぉw


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by yomodalite | 2014-11-02 12:31 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(2)
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Die wahre Geschichte(ドイツ版カバー)


踊りたくなる気持ちもありつつ、6月25日は、この本を読んで過ごしました。

日本版は、ちょっぴり首をかしげたくなるような表紙なんですが、発売されたばかりのこの本の著者の名前を見て、速攻「ポチ」ってしまったんです。このブログにMJのことを書き始めたのは、インヴィンシブル期以降の彼のことを知りたかったからなので、当時のマネージャーである、ウィズナー(Wiesner)には、すごく興味があって。


素顔のマイケル・ジャクソン

ディーター・ウィズナー/講談社

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ページをめくると、ヒストリーツアーや、バンビアワードのときの写真があり、
キャサリン・ママからの「本書に寄せて」では、

ディーター、息子がひとりの人間として描かれているエピソードの数々を提供してくれてありがとう。そして、息子が残した多くのプロジェクトや計画を、広く世に知らしめてくれたことに感謝します。

という、2011年10月の言葉があり、

今までずっとわからなかった「MJユニバース」についても多く書かれてあって、
私は狂喜したんですが、

Amzon.comでも、Amzon.ukでも、一件のレヴューもありません。
英語翻訳されてないからですね。(たぶん。。)

http://www.amazon.com/Michael-Jackson-Dieter-Wiesner/

それなのに、

日本語で読めるなんて!(嬉)

企画協力として名前がある、リチャード松浦氏(朝堂院大覚氏の息子)の尽力によるものでしょうか。また、翻訳者によるあとがきはありませんが「訳注」からは、菊池氏の丁寧なお仕事ぶりも伝わりました。


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確かに、ウィズナーが「最後の10年間、最も近くにいた男」かと言われれば、
すぐに、ツッコミたくもなります。

彼がマネージャーだった頃、MJへの面会を厳しく制限していたように、彼も解雇後から晩年までは、MJに会いにくい状況だったでしょう。ただ、ウィズナーだけでなく、他の元関係者の多くが、自分が一番マイケルのことを考え、彼のためになる仕事をしていたと思っていることについては、私は、それぞれの人が、そう信じるだけのことは「ある」と思っていますし、

本書で「MJの敵リスト」として挙げている人のことも同様にそう思います。

ウィズナーは、MJ自身がつかった言葉として「システム」という言葉を挙げ、

彼を取り囲む「システム」に、逃げ道を許されなかったのだ。

と語っています。

でも、私は、普通に生きたいと思う人間で、そのシステムに加担していない人がいるとは思えません。

また、普通以上の生き方をしたいと願う、優れた人であっても「システム」から逃れることなど、ほとんど不可能だと思っています。

本当に特別な天才が、その有り余る才能に、永年磨きをかけ続け、
常に「鋭さ」を大事にして、
どこまでも「鈍さ」を憎まない限り。。


MJは、両親も、兄弟も、成人後も感謝の念を忘れなかった、ベリー・ゴーディ、前人未到の作品を共に作り上げたプロデューサー、クインシー・ジョーンズ、最盛期のマネージャーである、フランク・ディレオも、莫大な財産取得に大きな尽力をした、ジョン・ブランカ、一流レコード会社の社長としてだけでなく、敏腕音楽プロデューサーとして時代を築いたトミー・モトーラ、そして、ビジネスとは関係なく、愛情をかわした女性とも、ほとんど例外がないと言っていいほど、自分から離別していますが、

その理由は、彼がとことん「鈍さ」を憎んだからだと、私は思います。

誰をも愛し、出会った人の誰からも愛されたMJは、人は憎まなかったけど、人の「鈍さ」には、自分にも、他人にも、どこまでも厳しかった。

でも、愛にも、幸せにも、優しさにも、自分が信じた道を歩み続けるということの中にもどっぷりと「鈍さ」は潜んでいるもので、MJのことを思って、彼のためになるように考えたつもりでも、彼のその厳しい基準を満たすことは、誰ひとりとしてできなかった。

彼の「エネミーリスト」は、とてつもない高い理想を、実現しようとしていた「ドリーム・リスト」の裏返しというか、相手の中に、自分の変えるべき点を見ていることから、書かれたものだと思います。

というのは、毎日飽きることなくMJのことを考え続けた私の「4年目の結論」ですが、本書は、そんなつまらない「結論」より、ずっと面白く、

MJの完全委任権(power of attorney)を持っていたウィズナーが、様々なビジネスの現場での思い出を語ってくれていて、比較的近い時期に、MJと行動を共にしていた、フランク・カシオの本と同じぐらい、生き生きとした「素顔のMJ」が満載です。

終盤には、現在の裁判にも関連する、いわゆる「死の真相」についての話もありますが、彼に関わろうとした、お金だけが目的でない、優秀な人々のすべてが「なぜ、この心優しき天才が、こんなに不安定な生活を送らざるをえないのか」と思い、ファンもなぜなんだろう?と思う。

でも、目の前に常に「乗り越えるべき壁」を見てしまう男にとって、

私は「安定」こそが、最大の敵であり、そのせいで、彼は常に(どんなに辛いと感じても)「不安定」を保っていたのだと思います。

だから、、誰にも助けてあげられなかったのだと。
私は、そういった、やりきれない思いを抱きつつ、「僕は人を憎むことは教えない。「世界を変えるのではなく、自分を変えよう」という、彼のメッセージを考えなきゃと思っていますが、

本書は、週刊誌風の「ネタ」が、好きな方も、嫌いな方も、また、嫌いといいつつ、好きとしか思えないような人(笑)にとっても、面白い本だと思いました。


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by yomodalite | 2013-06-27 10:29 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)

マイケルからの伝言

松浦 大覚/さんが出版



MJ本としては、ちょっぴり「今更」な感じではありますが『最後の黒幕』を読んで、朝堂院氏に興味をもってしまったので.....

本書は2010年の6月25日に出版されたもので、著者が、あの日の衝撃から1年をかけて想いを綴ったという内容になっています。

以下「マイケルとの約束」(序にかえて)から、省略して引用します。

《息子 マイケルに捧ぐ》という献辞を目にして、奇異の念を抱かれた人も少なくないと思う。「そんな資格が著者にあるのか」と、お腹立ちの向きもいることだろう。この本を手に取る多くの読者の、唐突な疑問にますお答えしなければならない。

読者のなかには私のことを、また私とマイケルとの関係を知っている方々もいるかもしれない。だがご存知ない方々のためにご説明する必要がある。(中略)

私がマイケルと初めて会ったのは、1997年9月のことだった。彼の動向にはメディアの目が四六時中光っていて、自由な行動がとれない。そんな環境におかれていて、マイケルは私と会いたいと熱望した。誰にも知られずに会うことは出来ないかと。それまでの私は、マイケルに特別な関心をもっていたわけではない。

私のもとには、相談事を持ち込んで来る人達が大勢いる。親しい人々から、政財界の著名人も少なくない。日本のみならず世界にそうした人々は大勢いた。国家元首級の人物もいるし、不当に自由を抑圧された民族のリーダーもいる。私は有名無名を問わず先入観を持って人と会うことはしない。だからマイケルが私に会いたいと切望していることを知ったときにも、その理由を調べる必要は感じなかった。何事も本人に会ってからの話だ。

当時私は、国賓待遇の外国の重要人物を非公式に入国出来る人脈とルートを持っていたので、マイケルの希望をいれて迎えることのできるように手配させた。こうして世界中のメディアに知られることなく、マイケルは極秘裏に来日した。(中略)

極秘来日で私と過ごした3日間、文字通り膝を交えて私とマイケルは語り合った。マイケルが私と会うことを切望した理由もわかった。それぞれの世界でやってきたことは、舞台こそ違え、目指す理念は同じものだった。

人類の平和と、差別のない社会の実現。自由を抑圧する巨大な権力に立ち向かう有志を支援すること。地球の環境を浄化し、子供たちには希望の持てる未来を用意し、国境や民族や人種を超えて愛に満ちた地球とするために何をなすべきか。さらには宇宙の法にまで話はおよんだ。(中略)

壮大なビジョンばかり話していたわけではない。彼は映画が大好きで読書家でもあった。私が主宰する空手道にも興味を示した。私が彼の目の前で空手の連動型を示すと、マイケルは即座にやってみせた。初回で私と同じ速さで寸分違わずやってのけたのだ。正直私は舌を巻いてしまった。人間のなせる技ではない。

素直に私が褒めると、マイケルは無邪気な子供のように喜び、ちょっと誇らしげに微笑を返して寄こした。そして「こんなふうに父さんに褒められたことは一度もなかったのに...」と言いながら、ふっと笑顔を曇らせた。打ち解けるにつれて彼は実にさまざまなことを何の構えもなく私に話した。まるで、私が実の父親のように。

そして、少しはにかみながら私にこう言ったのだ。

「あなたにもし、そのお気持ちがあるなら、僕がファーザーと呼ぶことを受入れていただけますか?」と。

もちろん私に異存はなかった。こうしてマイケルは、自ら望んで私の息子になったのである。血肉をわけた親子ではなかったが、心の絆で結ばれた父子になった。そして、私の実の子どもたちが世界中に50人以上いることを話すと、「ワォ!」と、それが口癖のマイケルは、心底驚いて「なんて素晴らしいんだ!」と感激しきりだったことを昨日のように思い出す。

マイケルは私の子どもと仲良しになりたいと望んだ。ファンの中には、彼が翌年公式来日したときに、常に隣にいた男の子を憶えておられる方がいるかもしれない。「謎の少年」と話題にもなった。その子は私の実子で当時12歳のリチャードだ。

私とドイツ系女性の間に生まれたハワイ生まれのハワイ育ち。その後もマイケルと文字通りのブラザーとして彼と幸せな日々を過ごした。だからマイケルの訃報には私以上に衝撃を受け深く悲しんだ。この本を執筆するにあたり、マイケルの音楽に関する事柄、ことに楽曲に関しては私より詳しいから、音楽シーンで特筆すべきことなどに進んで協力し、翻訳も行ってくれた。

マイケルと私の、世間からみれば秘密会見の内容は、翌年、公式に来日したときまでに発表可能な一部がまとめられた。そしてマイケルと私が同席したホテル・オークラの記者会見で発表されることになった。世界中から700人の報道陣が集まった。

さまざまな媒体でそれを目にし耳にした人たちも少なくないだろう。本文で改めて紹介するが、ここでは『日本と全アジアに於けるマイケル・ジャクソンの映像と画像の排他的独占権を朝堂院大覚に与える」旨の契約書を2人の合意文書として公表したことに留める。

朝堂院大覚とは、私が主宰する国家武道会議の総裁として現在も用いている名乗りで、本書の著書名は本名の姓・松浦と組合わせて新たな名乗りとした。

1998年の記者会見は、前年、私とマイケルらが語らった構想実現のための足懸かりとなるはずのものだった。親密な父子となった私たちは理想の実現のためにビジネス・パートナーともなったのである。その記者会見の時期、マイケルの言葉によって、私が「マイケルの日本の父」であることも公表された。また、親愛なる息子に空手の名誉段位も授与した。こうした経緯があるので、私が本書の献辞に息子マイケルと記したのも故なしとしないことが諒解していただけただろうか。(中略)

私の役割は、生前のマイケルが語った熱い思いを本書で届けることである。そして、それを果たすべく第一歩を踏み出すことにしよう。願わくば、本書を通読し終えた読者の方々が、マイケルの真意に触れ、時代に先駆けて出現した稀有な存在が導こうとした世界を共有していただければ、これにまさる幸せはない。

2010年6月吉日 東京新橋にて  松浦大覚

(引用終了)

第一章「心を開くマイケル」
・その日
・極秘来日
・白い肌の黒人
・膝を交えて
・そのときのマイケルの事情
・宇宙基本法・弱者救済・環境問題
・天啓
・ファーザーとお呼びしてもいいですか?


第一章は、極秘来日でMJと会い、2人が打ち解けて行く様子が描かれていて、この部分はコアはファンにとっても興味深い内容になっていると思います。これまでに多くの人が彼のことを語っていますが、それらと本書が異なるのは、著者が出資者として、マイケルに会っているところですね。

(もう少し踏み込んだ言い方をすると「借金をするときのMJ」がほんの少し垣間見られるということでしょうか。ただし、著者はそうは書いてませんし、自慢やそれをアピールする気持ちもないようで、もちろん額も書かれていないのですが、、おそらく数億円の出資はしているのではという「推測」を私はしています)

にも関わらず、著者が、MJから感じた印象は『マイケル・ジャクソンの思い出』の著者にも似ていて、さらに驚くのは、実際にMJに会っていない『私たちの天使』の著者以上に、MJに「神の子」を見てしまっているところなどは、

日頃から、MJを自分の神のように尊敬している私から見ても、彼の人心掌握術のスゴさにあらためて感心し、MJの「こんなふうに父さんに褒められたことは一度もなかった...」の「殺し文句」の効き目の裏側にある、今現在でも名誉が回復されていない、ジョーパパには、ますます同情したくなってしまいました。


第二章「闘うマイケル」
・98年の再開
・《マイケル・ジャクソン・ジャパン》と《ワールド・オブ・トイズ》
・リチャードからのメッセージ


第二章は、翌年98年の公式来日で再開したときの話から。MJは『インヴィンシブル』の制作中で、プリンスは1歳5ヵ月。パリスの誕生を電話で伝えてきたことや、著者が権利をもつと主張する、MJの日本における排他的ビジネスパートナーの正当性と、ローティーンの頃にMJに出会った、息子リチャードによる思い出。

第三章「語り継がれなかった自伝」
・自伝『ムーンウォーク』から
・《ジャクソンファイブ》
・75年の移籍
・激動の80年代
・逆風の決意
・ハーフ・タイム
・民族解放運動を支援する
・語り継がれなかった自伝・新たな地平線
・ネイション・オブ・イスラムへの傾倒

第四章「死の真相とマイケルの復活」
・突然の死
・マイケルは謀殺された
・復活 その意味するもの
・マイケルは死して復活した


第三章、第四章は、ファンにとっては、見知っている内容が多いと思います。ただ、著者は、マイケルの魅力について、まだあまり知らない人にも説明したいという意図が強く、自伝「ムーンウォーク」に書かれなかったMJの真意を掬いとろうされていることなど、その心情には、姉の『インサイド・ザ・ジャクソンファミリー』にも通じるところがあり、第4章で、著者が考える「死の真相」も、姉がMJの死の直後に抱いた感想と似通っているようです。

著者は本書で、マーレー医師を実行犯とし「故殺」に「共謀罪」を加えるべきだと主張。医師が雇われたときの経済状態に不信を抱き「MJの死によって誰が得をするか」と問い、MJが公演をこなすことが不可能だと莫大な損害を被らなければならない。その解決方法として、公演中止は不可抗力だと主張したかった勢力があり、損失に対する保険金詐欺も含めた計画的殺人だと考えておられるようです。

そういった意見は、著者だけでなく、多くの「死の真相」本(『マイケルに起きた真実』など)によって主張されていることで、本書はその件に関して、新たな調査や事実が加えられているわけではありません。

(このブログでは、それらの「真相」に関して、これまでも異論を述べて来ていて、もう一度、繰り返しにはなりますが。。)私もそういった考えが主催者側に全くなかったと考える方が「不自然」とも思うのですが、それでも、私が、それを「真相」だと思わないのは、

マーレーの行動があまりにも「計画的」でないことと、
それらの「計画」を、MJが「THIS IS IT」を決断する前に深く理解していたということ


という2点で、それは、著者が最終章で主張しているような「MJの預言」という点においては、相反する考えではないとも思っています。


第五章「マイケルは神の子か」
・MJは音楽を超えた
・MJの歌詞に秘められた預言(メッセージ)
・MJバイブル
・宗教を超えたウェーブ


すでに、目次からも、イッテる感じが「ビンビン」と伝わってきますが、そのせいでしょうか....私には、著者の気持ちが「すんなり」納得できましたので(笑)、特に納得した箇所を引用します。

音楽家以外のモーツァルトやベートーヴェンは語られない。プレスリーやビートルズは音楽家以外の栄光を保てるか。神の子と呼ばれたのはマイケルただ1人だ。

また、著者はMJバイブルとして、彼の歌詞を、大西恒樹氏の翻訳から(http://mjwords.exblog.jp/)『タブロイド・ジャンキー』『ブラック・オア・ホワイト』『マネー』『マン・イン・ザ・ミラー』『ヒール・ザ・ワールド』が掲載され、ここまで読んでくれた読者に提案として、(下記は省略引用)

MJが天分である音楽の才能を駆使して世の中に訴えかけたことを、行動に移すことだ。それは愛のウェーブを起こすことだ。手始めに私は、日本からそれを始めたい。それを世界中に広げていきたいと思っている。MJを失ってからの私は、深い喪失感の数ヶ月を過ごしたが、彼の意志を継ぐための「マイケル・ジャクソン・ムーブメント」を始めるべきではないかと考えた。MJを神輿にかつぐとなると、拒否反応を持つ人々もいるかもしれない。(中略)しかし、最終的にどういう名称になるかはともかく、私の中では、あくまで「マイケル.ジャクソンの世界を変えるムーブメント」なのである。(後略)

最後に「あとがき」からも、引用します。

マイケルの訃報を耳にした時の衝撃と、名状しがたい喪失感は筆舌には尽くし難い。涙さえ忘れてただ茫然自失して、長い時間を過ごした。深く辛いときには涙さえ出ない。泣きたくても涙は出なかった。涙腺が枯渇していた。血の涙を流すようだった。

わたしは虚ろな数日を過ごした。たぶん数週間。私はその時、掛け替えのないマイケルの存在に改めて気づかされた。その穴のあいた思いが今回の執筆のさなかに、至福で埋められていくような幸福感を味わった。(中略)

私に私欲などない。それは私の人生遍歴を読んでもらえれば理解していただけると思う。言葉のイメージから私が標榜しようとする「ムーブメント」にアレルギーを抱く人がいるのは承知の上だ。しかし、マイケルが、既成の宗教によって解決しえない現状に、新たな「愛の園」の必要を説いた。なればこそ私は、真実の世界平和のためのムーブメントの実現を約束する。それがマイケルから託された伝言なのだ。(中略)

マイケルは、明治時代に世界的ベストセラーになった新渡戸稲造の「武士道」を愛読していた。驚くべきことに「葉隠れ」も読んでいた。日本人の多くが「武士道は死ぬことと見つけたり」を曲解していたのに、マイケルは、すなわち武士とは、いつ死ぬか分からない、それを日常の心得として、毎日を生きる。いわば生きることの有難さを感謝して生きるという反語なのだということを、自分の生き方に投影していた。(中略)

マイケルはサムライの精神を持っていた。武士道の精神的支柱は「仁・義・礼・智・信」の五常の徳目である。「仁」はつきつめれば他者への思いやりだ。「義」は弱者を見捨てず、勇気を持って力のない人たちになり代わり、正義を行うことだ。「礼」と「智」は今更説明の必要はないだろう。「信」こそはマイケルを愛する者とマイケルの絆だ。もうお解りだろう。すべてがマイケルの生き方に当てはまる。

復活したマイケルが、打ちひしがれた私を励まし、日本を世界に向けて再始動する拠点とすることを願ったことは故なしとしない。それを託された私は、「ただ行動あるのみ」なのだ。マイケルの復活によって、私も蘇生した。ありがとう。マイケル。   
2010年6月吉日  松浦大覚

(引用終了)

引用した部分以外でも、著者は、マイケルの名前を利用していると思われることや、彼を神輿にかつぐことの、拒否反応をよく理解されていて、自分よりも詳しいファンへの気遣いなども感じられ、「黒幕」「フィクサー」と言われるような人物とは思えないような謙虚さも、本書全体から伝わりました。

たぶん、朝堂院氏は、それらの誤解を、マイケル以外の活動においても、常に経験されているからでしょう。私はこの「謎の人物」に対し、ますます興味をもちました。

とはいえ、朝堂院氏の日本での権利に関しては、やはり「ハラハラ」すると言うか、MJエステートが一括している方がいいように思え、そのあたりの私の感情は、大好きなラトーヤへの感情とも近いような....

◎MJエステート、日本で2件目の主張と争う

また、朝堂院氏が本書でも使用している「空手道本庁 総裁」という肩書きですが、空手有段者の我が家のダーリンは『最後の黒幕』を読了後、Youtubeで動画を見まくり、氏のモノマネがすごく上手くなったのですが(笑)、道場生の前でやったところ、誰も朝堂院氏を知らなくて
(笑)、今のところ、私にしかウケないことを残念がってます(笑)


「国士」の伝統と歴史を感じさせる「演説スタイル」なんですが、
平成の世ではキビシーかなぁ。。。
◎NEWS TODAY 2011.10/12詐欺年金 朝堂院大覚 激怒part1

◎マイケルからの伝言(アマゾン)


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by yomodalite | 2012-01-16 16:33 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(2)
「悪党顔」のひとの本が続きますが、、隣でダーリンが読んでいたんです....

古典に手を出すようになってから、同時進行の本が倍増していて、ホントに、もうこんな「下品な感じの本」を読んでる場合じゃないって思ったんですけど、、

「フィクサー」って、大好きなんですよね。(読書としてw)

ただ、「フィクサー本」って、なかなか良書は少ないと思うんです。取材も難しいし、ほとんどの場合、フィクサーは自分からは語りませんし、これまで、このブログに記録した「フィクサー本」でも、これは面白いと思ったのは『田中清玄自伝』ぐらいでしょうか。

本としての、面白さだけでなく、本人の「大物感」や「魅力」という点でも、本書には期待していませんでした。

というのも、フィクサーは自分からはなかなか語らないものですが、朝堂院氏は、現在、youtubeにも多くの動画がありますし、そこで見る氏の風貌からも、どこか“マンガチック”で、これまでの「フィクサー」と言われた人に比べると、歴史的スケール感に乏しいという印象も持っていました。

(現在の活動を見ると、今は「フィクサー」ではないのだと思います)

著者の大下英治氏は、分業体制で大量出版を維持している、熟達のノンフィクション作家の方ですが、本書と同じ竹書房のシリーズは、そっち方面の方々よりの「物語」になっているような印象も強く、

まぁ、とにかく、そんな期待薄な感じで読み始めたところ、第一章にある「血判の儀式」(売上げ目標達成の決意を示すために、社員の前で、愛蔵の日本刀により、自らの前腕を突き刺すという行為)で「ドン引き」...期待度はさらに急降下し、

本書の半分くらいを過ぎても、なかなか引き込まれることがなかったのですが、そこから、だんだん朝堂院氏の印象が変わっていったのは、彼がオウム事件の黒幕として疑われ、それをきっかけに、ここまでの順風満帆な人生から、様々な活動が困難になっていき、ついに、松浦良右(まつうらりょうすけ)という名前を改名するまで追い込まれた後も、

商売人でありながら、検察や銀行に対しても、主義主張にブレがなく、確固とした信念を貫いていて、読了後、自分でも驚いたんですが、、朝堂院氏のことがちょっぴり好きになりました。

たぶん、わたしの中で評価がグンと上がったのは、他のフィクサーの方はすべて、アメリカ占領下の日本で、良くも悪くも、米国の日本統治に関わることで「利権」や「特権」を得てきた方々ばかりですが、朝堂院氏はそうではないようです(早合点かもしれませんが。。)

本書で特に注目したのは、朝堂院氏は暴力団を一切使ってこなかったにも関わらず、1997年の山口組N0.2の若頭、宅見勝が射殺された事件(「宅見事件」)の容疑者の弁護のために、優秀な弁護士を紹介したというところ(p216「司忍と後藤忠政」)

当時、若頭補佐だった司忍が、護衛の組員に拳銃を持たせていたとして銃刀法違反容疑をかけられ、指名手配される。司は翌年出頭し、逮捕、起訴され、後藤忠政は、司の力になるために朝堂院に力を求め、朝堂院は、有力弁護士で、元最高裁判事の横井へ依頼する。

なかなか首を縦に振らない横井に、朝堂院は、こう説得した。(以下省略引用)

「先生、今回の事件は、いちヤクザの問題ではないんです。共同正犯は、いつどこで親分が子分に拳銃を所持しておれを守れ、と指示したかが明確になってはじめて成立つ。ところが、ヤクザだから、親分が指示しなくても子分が拳銃を所持していれば、行動原理として同様だという理屈で逮捕した。

この法律はアメリカが強引に日本に押し付けている。これが日本の判例となり、社会全体に拡大すれば、大変なことになります。政界と秘書の関係も同じことになります。これは罪形法廷主義の原則をやぶることになりませんか」その後、朝堂院は、何度も横井を尋ね説得を続けた。(引用終了)


という部分です。

(この後、現在の小沢一郎の逮捕まで、実際「大変なこと」になってますよね)

このとき容疑者であった司忍が組長になり、後藤氏の山口組での株は上がったのですが、元々、戦後アメリカとの関係で成長してきた「ヤクザ」の世界で、その後、後藤氏は小泉内閣でも暗躍し、最終的にジャマになった米側から、移植手術のご褒美を最後に引退した氏と違い(この部分は後藤氏の著書『憚りながら』を読んだ私の個人的感想)ポーズだけではないなぁと思った点で、

日本の右翼は、その源流から現在までに、完全に変節していますが、老師系の方から、行動派の方まで含めて、これほどの経済力を基盤にして行動できた方も、他には見当たらないように思えますし、

朝堂院氏は、天皇家や菊の紋章のブランドにも頼らず、武道を通じて、日本の歴史や精神性を受継ごうとされていたり、

その経済力の源も、急速冷凍の技術力による実体のある「商品」で、これまでの「フィクサー」と呼ばれた人と比べて、独占的な権益などではなく、お金の生み出し方に、卑怯な手口が感じられないというか、、

わたしは、この人と、MJの繋がりというのはすんなり納得できました。帽子、サングラス、オリジナルデザインによるオーダーメイドファッションなど、朝堂院氏のファッションに関しての感覚は、どこかMJに似てますしねw

そんなわけで、朝堂院氏のマイケル本も、やっぱり読まないとって思いました。

☆読みました!『マイケルからの伝言』
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◎[音声による解説]最後の黒幕・朝堂院大覚
◎MJJAPAN設立記者発表会レポート

[目 次]
序章 フィクサーの系譜
第1章 血判の儀式 ー 父の会社再建
第2章 親・後藤田‐反・中曽根
第3章 検察が狙った後藤田の首
第4章 石原慎太郎 ー 尖閣列島 ー アキノ
第5章 ニカラグア巨大運河計画
第6章 オウム事件黒幕説
第7章 山口敏夫に渡した拳銃
第8章 裏社会コネクション ー 許永中の頼みごと
第9章 TSKCCCビル争奪戦
第10章 朝鮮総連詐欺事件
第11章 マイケル・ジャクソンの亡霊
第12章 生まれた子供が57人
________________

朝堂院大覚/本名、松浦良右。大阪枚方で400年続いた名家に生まれ、父方の祖父は枚方の大地主で不動産業を営み、米相場でも成功した。父は満州へ陸軍大尉として出兵し、帰国後は朝日新聞の傍系会社の朝日ビルディングの経理担当重役に就任。母は、戦前、松下乾電池(松下電工の当時の稼ぎ頭)の代表取締役専務。乾電池事業は、母キノの父である吉田幸太郎が支えた事業だった。

同志社中学校・高等学校を経て、同志社大学を卒業。1982年3月、当時空調設備工事会社ナミレイの会長であったが、空調設備工事業界の大手高砂熱学工業の株式を買い占め、筆頭株主の力を盾に高砂熱学工業の社長等を脅して業界提携やナミレイ発行の株式引き受けを押しつけたとして、当時ナミレイ社長だった実兄の松浦幸作ほか、ナミレイの他の役員等と共に強要罪で逮捕される(執行猶予判決)。

1996年、オウム事件の黒幕に仕立て上げられたことから、松浦良右から「朝堂院大覚」に改名。「朝堂院」は政務・儀式の中心となる建物群のことで、平安時代の国家的儀式や政治を司る場。大覚は、仏語で「悟りを開くこと、大きな悟り、大悟」のことを指す。

ファッションも「和装」スタイルに変わったが、これも、長着、羽織、袴と3つに分かれている和装品を1つに縫い上げたオリジナルデザインによるもの。また草履のつま先には、護身のため、鉄でできた銀色の金具が取り付けてあり、「刀」も袋に入れて持ち歩いている(居合道の家元として警察より所持を許可されている)

1998年7月に来日したマイケル・ジャクソンに士道館空手道名誉五段を授与する。更に「マイケル・ジャクソン・ジャパン」を立ち上げマイケル・ジャクソンのレジャーランド設立構想を仕掛けるが、頓挫した模様。

2007年にTSK・CCCターミナルビルのテナントとして、所有者と立ち退きについて争う(同ビルは最終的には2008年3月に解体された)。 また、狂言師の和泉元彌が能楽協会より「退会命令」処分を決定した際、和泉元彌の後見人として能楽協会の対応に介入する 。

政界から武道界まで幅広い交友を持ち、田中角栄や後藤田正晴と懇意であった。他にも亀井静香・石原慎太郎・小池百合子とその父の小池勇二郎や、高市早苗らとも親しい[要出典]。また空手道家同士ということで、添野義二や真樹日佐夫などとも懇意であり、杉原正康が館長を務める白蓮会館が主催する全日本空手道選手権大会も支援している。

竹書房 (2011/4/7)




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by yomodalite | 2011-10-30 00:14 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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