アダルトビデオ革命史 (幻冬舎新書)

藤木 TDC/幻冬舎

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『若衆好みー江戸女の色と恋』で、春画をたくさん観て気付いたのですが、江戸のアダルトグラビアには、女の裸がない。

着物を着ていない女の浮世絵を観たことがありますか?胸は全然出ておらず、局部結合はしっかり描くというスタイルばかりなのは、一体なぜなんでしょう?

江戸時代には「女の裸を描くな」という禁止令があったんでしょうか。もしくは、浮世絵版画のスポンサーが呉服問屋だったのか。あるいは、湯屋で混浴が一般的だったので、女の裸にはあまり価値なかったのか。。。春画に関して、全然知識がないので、まだその理由はわかりません。

さて、現在。日本のアダルトビデオといえば、アニメと並んで、そのクオリティの高さから他国でも大人気。そして、そのクオリティを支えたひとつの要因が、日本の警察が主に陰毛が写っているか否かを基準にわいせつを判断し取り締まったことから、本来ポルノビデオに必要な交合以外の表現が多様化されたから。ということは、アラフォー以上の大人なら常識でしょうか。

手を使わないというルールが、世界最大のスポーツ、サッカーを生み、更にオフサイドが攻撃を多彩に洗練させたことのように、文化には「タブー」をトリガーに進化していくということがあります。

日本のAVのレベルの高さは、その「タブー」からだけでなく、元々きめ細やかな作品つくりにあるのだと思いますが、現在は、エロに興味をもった日本人なら年齢問わず、ネットで簡単に無修正のAVが観られるわけですから、今後のAV業界の革命は作品部分ではなく、マーケット部分に移っていくのかな〜。とはいえ、過剰にクリエイティブな日本人のことですから、どうなることやら。。。

私の予測では数年以内に「フィギュアAV」が発売されると思います。(アダルトアニメとどう違うのか!?しかも、アニメより更に制作が面倒で時間もかかるけど、それでも、フィギュアがエッチするところが見たいフィギュアファンが、一コマずつ撮るのだ。笑)

くだらない予想はおいといて\(・・\)(/・・)/、

本書は、日本のAVの発生から現在までを、これまでも優れたAV業界の論評で定評のある著者による、詳細ながらも新書スタイルにマッチした、約40年間ほどのポルノ通史。力作だと思います。

本書の結びで、著者は、「もう、修正に関する論議はやめたほうがいい。」と結論しています。わたしも、ネット時代の国内基準は意味がなく、利権団体として、国内業者いじめにしかならないと思います。で、そう思う人が多いせいなのか、最近の「倫理」利権は、幼児ポルノ規正へとシフトしているようなので、これも気をつけましょう。

教養としてのAVを知りたい老若男女へ、また、これから出てみようと思う女子は、本書で戦略を練ると良いのでは?

【目次】
第1章 AV前史
第2章 AVの誕生
第3章 AV女優の成立
第4章 本番AVの時代
第5章 AVの新しい波
第6章 無修整へ
____________

【BOOKデータベース】日本は年間一万タイトルを超えるアダルトビデオが流通する世界屈指のポルノ生産国である。日本製のAVは、インターネットなどを通じて無修整版が世界中に流出し、そのクオリティの高さからアニメと並んで日本を代表するコンテンツとなっている。だが一方で、今までその歴史は詳らかにされておらず、アンダーグラウンドな文化としてしか語られてこなかった。本書は、第一人者の手によって、はじめてまとめられた四十年にわたるAV全史である。幻冬舎 (2009/5/27)


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by yomodalite | 2009-06-10 17:09 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)

神々の乱心〈上〉 (文春文庫)

松本 清張/文藝春秋




松本清張が82歳(1992年)で亡くなる直前まで週刊文春に連載、五年後に(1997年)上下刊で出版された絶筆。
まだまだ清張ビギナーの私にとって、早過ぎるとは思ったものの、『昭和史発掘』シリーズでの取材力を元に、皇室、宗教といったテーマを清張がどう描いたのか、どうしても早く知りたくて、手を付けてしまいました。

(ネタバレには気をつけておりますが、今回は色々微妙な点がありますのでご注意ください)

昭和8年、特別高等警察課第一係長 吉屋謙介は、マークしていた「月辰会研究所」の建物から出てきた女を尋問することになった。女は宮城坂下門通行証を持ち、風呂敷には、月辰会の「御例示」が大事に包まれていた。

「宮内省皇宮宮職」職員、北村幸子は、深町女官の代理として月辰会に訪れたようだったが、その数日後、職を辞して郷里に帰った直後に自殺した。

皇室、謎に包まれた女官の世界、謎の宗教。。。探偵役には、華族の次男ばかりを集めた「華次倶楽部」を主催する、深町女官の弟にして萩園子爵の弟でもある萩園泰之という、これまた魅力的なキャラも登場し、とても82歳とは思えぬほど、旺盛な執筆力には今更ながら驚かされるのだけど、その溢れんばかりの執筆力が凄すぎて、魅惑的な謎に惹き込まれつつも、連載そのままでの単行本化だからか、文章の重複や、中国の民族問題から、大連阿片事件、満州事変、国家主義運動などなど、昭和の歴史が壮大に関わり過ぎて、歯応えの固さは半端ではありません。

そのあまりの壮大さに、音を上げて、これほどの「魅惑的な謎」にも関わらず、上巻半ばで自らネタバレ情報を探ってしまったのですが、なんとそこには、「未完」の文字が!。読書前にできるだけ、情報を仕入れない主義なので知らなかったのですが、晩年の作とはいえ、やはり清張の作品としては、完成度に疑問を感じる読書だったので、「やっぱり」という感じも否めませんでした。

ただ、謎のすべてが解らずじまいというわけではなく、事件は最終章で一応解決していますし、未完後の内容には、編集部註によるまとめがついているので、クライマックスは想像できます。

小説としての完成度には残念な点が多いものの、挑戦する価値は大いにある特別な作品です。

☆判定不能

「MuBlog」
http://asajihara.air-nifty.com/mu/2007/08/1_ac33.html
_____________

上巻【BOOKデータベース】昭和8年。東京近郊の梅広町にある「月辰会研究所」から出てきたところを尋問された若い女官が自殺した。特高課第一係長・吉屋謙介は、自責の念と不審から調査を開始する。同じころ、華族の次男坊・萩園泰之は女官の兄から、遺品の通行証を見せられ、月に北斗七星の紋章の謎に挑む。—昭和初期を雄渾に描く巨匠最後の小説。

下巻【BOOKデータベース】昭和8年の暮れ、渡良瀬遊水池から他殺体があがった。そして、もう一体。連続殺人事件と新興宗教「月辰会研究所」との関わりを追う特高係長・吉屋謙介と、信徒の高級女官を姉に持つ萩園泰之。「『く』の字文様の半月形の鏡」とは何か?背後に蠢く「大連阿片事件」関係者たちの思惑は?物語は大正時代の満洲へと遡る。未完の大作。

【帯情報】
<上>宮中に何事か画策する謎の新興宗教
昭和8年。東京近郊。梅広町の「月辰会研究所」から出てきたところを尋問された若い女官が自殺した。自責の念と不審から「月辰会研究所」をマークする特高課第一係長・吉屋謙介。やがて渡良瀬遊水池から、2つの死体が……
巨匠松本清張が渾身の力を揮った絶筆1700枚。

<下>満洲に暗躍していた教祖の野望とは
自殺した女官の兄から、月に北斗七星の紋章が入った通行証を見せられた華族の次男坊・萩園泰之。「『く』の字文様の半月形の鏡」とは何か? 事件の背後に見え隠れする十数年前の「大連阿片事件」の影。「月辰会研究所」の謎を追って、物語は大正時代の満洲へ遡る。



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by yomodalite | 2009-05-11 16:15 | 文学 | Trackback | Comments(0)

おことば 戦後皇室語録

島田 雅彦/新潮社



本著は、実際の皇族の発言を時代順に、島田氏の解説とともに編集されたもので、無限カノン3部作の2年後に、出版されています。

「おことば」は、新聞など、公的発言のみで、私的な発言は含まれていないので、折々に聞いたものや、歴史として知っているものばかりですが、こうしてまとめて読むことで、昭和、平成、未来へと、皇室が時代とともに歩んできた歴史が感じ取れます。

影響の大きい皇室の「おことば」は、慎重に考え抜かれているものだけに、血が通いにくいもののような印象もあったのですが、ここに集められた「おことば」をあらためて読むと、むしろ、考えに考え抜かれた結晶という印象。

島田氏は、その「おことば」ひとつひとつに解説を加えているが、天皇や皇室にごく普通に尊敬の気持ちをもつ一般の国民への文章としてバランスがとれている。

天皇の著作を多数出版されている原武史氏は、

「おことば」だけでは、昭和天皇ばかりか、昭和天皇よりも「お祭」に熱心な現天皇の姿をもとらえることはできないのである。

と、本書を評していますが、公表を禁じられた文章こそが「真実」とみる姿勢もいかがなものか。なにを伏せ、なにを公表するか、その決定があって、はじめて天皇の「おことば」であり、奇跡的なまでに永く続いた天皇の知恵の結晶だと思う。

本書は2005年の発行なので、悠仁さま誕生前なのですが、現在、雅子妃への批判は益々勢いが増している様子。男子を産めなかった雅子妃の苦しみの大きさを国民が理解できなかったという「結果」は、非の打ち所のなかった美智子妃の苦労や、前途洋々のキャリアウーマンだった雅子妃の受難を経て、もう輝かしい妃の誕生を期待することはできないでしょう。

紀宮は結婚によって平民になったが、女子の皇族の身分の不確かさを一向に考える気のない保守派は、果たして本当に「保守」なのだろうか。現在の自称保守派が、極短い日本の歴史感の中でのみ皇室をとらえ、利用している態度を見るにつけ、皇室の未来は明るいとは言えないと思う。「万世一系」が非科学的としても、皇室の廃れることのなかった長い歴史を、尊重しない態度の人には辟易とする。

日本の真の伝統は、形骸化した祭事ではなく、松岡正剛氏いわく、「一途で多様な国」。古代から一貫して「主題の国」ではなく「方法の国」であったこと。皇室の永い歴史には、現在の危機に対応する知恵があるはず。だとおもうのですけどね。。。

本書のきっかけとなった『無限カノン』三部作、すぐに読んでみたくなりましたが、『豊饒の海』4部作が、まだ『奔馬』の途中なので、だいぶ後になりそうだなぁ。。。

※章タイトルは本書どおり。見出しタイトルは異なります。

第1章 占領というどん底から
最初の「おことば」は、あの玉音放送から。占領時代〜マッカーサーが日本から去るまで。

第2章 「開かれた皇室」は大衆とともに
明仁皇太子の初めての外遊、皇族とは何かに悩む宮家、テニスコートの恋、「皇室アルバム」。。。

第3章 「象徴」天皇の黄金時代
東京オリンピック、万博、欧州訪問、2・26事件。。。

第4章 世界市民への道
明仁皇太子の沖縄訪問、昭和天皇の米訪問、戦後の帝王教育、皇族と帰国子女との共通点。。。

第5章 そして、昭和は終わった
皇太子夫妻の銀婚式、日韓併合、徳仁親王の理想のタイプ、正田家の哀しみ、紀子さま。。。

第6章 無関心にさらされて
中国訪問、皇室に嫁いだ雅子妃、皇太子の英国留学、皇室とキリスト教、失語症、皇族のマスコミ批判。。。

第7章 予測されざる危機
不惑を越えた皇太子、21世紀の皇室、「ゆかり発言」の衝撃、未来の皇室の憂鬱、「人格否定発言」の真意、女帝論議、適応障害、娘から見た皇后。。。
___________

【MARCデータベース】皇室はずっと、僕たちの隣にあった。玉音放送から人格否定発言まで、戦後60年の「おことば」から日本を照らすアンソロジー。皇室の方々の心の奥まで踏み込み、その目に日本や世界はどう映ったのかを探っていく。 新潮社 (2005/6/29)

波 2005年7月号より

「おことば」と「お祭」――島田雅彦と三島由紀夫
原 武史

 島田雅彦は、「無限カノン」と名付けられた『彗星の住人』『美しい魂』『エトロフの恋』の三部作において、皇室に対する並々ならぬ関心を示した。その点で「無限カノン」は、おそらく島田自身が意識していたように、三島由紀夫の最晩年の作となった『豊饒の海』四部作に酷似している。
 しかし、最晩年の三島が、『英霊の聲』にせよ「文化防衛論」にせよ、宮中で行われる「お祭」に注目していたのに対して、島田は天皇をはじめとする皇室メンバーが発する「おことば」を重視する。すなわち、三島が戦前、戦後を一貫する「お祭」に天皇制の最後の望みを託していたとすれば、島田は一九四五(昭和二十)年八月十五日の玉音放送から始まる数々の「おことば」のうちに、それがほとんど聞き取れなかった戦前とは異なる天皇制のかたちを見ようとする。このたび刊行された『おことば 戦後皇室語録』には、このような島田の問題関心が、鮮やかに反映されているといえよう。
 では、両者の違いはどうして生じたのか。三島は自決の一カ月前に、磯田光一に向かって「本当は宮中で天皇を殺したい」と本音を漏らしたほど、昭和天皇を呪詛していたが、天皇本人に会ったことはなかった。だが、何人といえども訪れることができないはずの宮中の賢所(かしこどころ)には、立ち入りを許されている。六六年一月三十一日付のドナルド・キーン宛手紙で、三島は「長篇(『豊饒の海』――引用者注)の取材で、この間宮中の賢所へ行つて内掌典に会ひ、平安朝の昔にかへつた気がしました」と書き、感激を率直に吐露している。
 一方、島田は宮中の賢所に立ち入ったことはない反面、皇室の一員であった高円宮憲仁とは、三軒茶屋の居酒屋でプライベートに会えるほど親交を結んでいたことが、『おことば』で明かされている。同書全体に滲み出る皇室に対する島田の親近感のようなものは、おそらくこのことと無関係ではないだろう。島田の「おことば」に対する関心も、実は個人的な体験に裏打ちされたものであるような気がしてならない。
 けれども、ここに収録された「おことば」だけで、戦後の皇室の歩みを語ることができると考えるのは、あまりに一面的である。本書では例えば、『入江相政日記』(朝日新聞社)に収められた昭和天皇や香淳皇后らによる多くの興味深い言葉が、ほとんど収録されていないからである。
 いや、そもそも「おことば」がすべて資料に残されていると考える方が間違っている。三島が注目した「お祭」における天皇の「御告文」のように、いまだに公表を禁じられた文章があることを忘れてはならない。皇居の外では即位以来、「日本国憲法を遵守し」「〔私自身〕韓国とのゆかりを感じ」「〔日の丸・君が代は〕やはり、強制になるということではないことが望ましい」などと発言してきた現天皇は、皇居の内では黄櫨染御袍(こうろぜんごほう)を着て神々の前でうやうやしく「御告文」を読み上げる「お祭」を、大小合わせて毎年三十回前後も行ってきた。
 私たちはその声を、決して聞くことはない。「おことば」だけでは、昭和天皇ばかりか、昭和天皇よりも「お祭」に熱心な現天皇の姿をもとらえることはできないのである。
 かつて三島には、日本政治思想史を専攻する橋川文三というよき理解者がいた。三島の言う「文化概念としての天皇」というのは、軍隊や近代国家の制度と直結した瞬間に「政治概念としての天皇」にすり変わってしまうものである――橋川は「文化防衛論」をこう批判した。しかし橋川の批判は、果たして正鵠を得たものであったか。宮中の賢所を訪れた三島は、そこで「お祭」が戦後も変わらぬまま続いていることに気づいたはずである。その体験を共有しなかった橋川は、究極のところで三島を見誤っていたのではないか。
 きわめて僭越ながら、私は島田にとって、三島にとっての橋川文三のような存在でありたいと念じている。ただし橋川がそうであったように、読者は往々にして著者の期待を裏切る。橋川が宮中の賢所を訪れることがなかったように、私も高円宮のような皇族と言葉を交わしたことはない。それを百も承知の上であえて言えば、天皇や皇族の「おことば」に「君徳の偉大さ」を学んだという島田は、宮中で続けられてきた「お祭」に「祭司かつ詩人である天皇のお姿は活きてゐる」とした三島を、もっと強く意識するべきではなかったか。 (はら・たけし 歴史学者)

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by yomodalite | 2009-04-12 20:29 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作 (新潮文庫)

高沢 皓司/新潮社



NHK週刊ブックレヴューで、エッセイストの青木るえか氏が(知らない人ですが)本著を推薦していたことから読んでみることに。

今まで北朝鮮および拉致事件に関しては、あまり読書意欲がわきませんでした。今、真実がわかるとは思えないので。本著が出版されたのは1998年。小泉首相が訪朝したのが2002年なので、拉致事件が連日のように報道を賑わす少し前のこと。アメリカが北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだのと前後して、北朝鮮の酷い惨状がこれまでかと報じられるようになり、アメリカの忠実な僕である小泉首相による、初の日朝首脳会議が行われている。

・日本はなぜ「拉致」をこれほど長い期間、無視し続けたのか?
・なぜ北朝鮮はこの時期に「拉致」を認めたのか?
・拉致が真実なら、なぜ北朝鮮は拉致被害者を返せと言えるのか? 
・拉致が真実なら、どうして日本は「日朝平壌宣言」に署名したのか?

わからない点はいくつもありますが、それは北朝鮮が「カルト」だからではないと思う。

本著に書かれてあることは、現在の北朝鮮ならびに金日成やチュチェ思想などに一般の日本人が抱くイメージからズレた点はなく「北朝鮮」の気味の悪さが一層浮き彫りになるのですが「金日成を誰が作ったのか」という点に関しては触れられていない。

とはいえ、私が読んだ単行本版で4センチ近い厚みを感じさせず、集中して読ませる内容は、間違いなく面白いと言っていいでしょう。著者は、全共闘運動に関わったジャーナリストですが、私と同じく当時の独特の用語が今イチわからず「よど号」と言われてもピンとこない世代が読んでも惹き込まれる内容です。

ひとつひとつ謎を問き明かしていく読書の楽しみが半減しそうなので、内容にはあまり触れられませんが、国交のない北朝鮮にハイジャックという手段で渡航したにも関わらず、1年足らずで日本に帰国するつもりだったことなど、「よど号」メンバーの認識には信じられない点が多いのですが、ただひとり小西隆裕のみ、渡航前に恋人だった福井タカ子を北朝鮮に呼び寄せていることから、少なくとも小西には亡命意志ががあったと思われることは要チェック。

他のメンバーにも、その後チュチェ思想を学んだ日本人が「妻」として渡航している点なども、後の「拉致」計画の必要性を疑わせる。また横田めぐみさんのような中学生の拉致に至っては、北朝鮮のイメージダウンと日本との関係を悪くさせるため以外の理由が考えられない。

1992年、ハイジャック事件のとき「身代わり人質」となった山村新治郎衆議院議員が、北朝鮮訪問前日に、精神的不安定な次女により刺される。山村議員は田宮高麿と面会予定があった。その3年後の1995年に、田宮高麿は「心臓麻痺」により突然死亡。すぐに火葬にされた。

著者は、90年以降リーダーである田宮高麿への取材を続け、本著は田宮死亡後に書き上げられている。

____________

[BOOKデータベース]1970年3月末、赤軍派メンバー9人が日航機をハイジャックし、北朝鮮へ亡命した「よど号」事件。謎に包まれた犯人たちのその後の人生とは。犯行の計画、北朝鮮の思想教育、日本人拉致の実態、そして日本潜入工作—。恐るべき国際謀略の尖兵と化し、世界を舞台に暗躍した彼らの秘密工作の全貌を丹念な取材で初めて明らかにした衝撃のルポルタージュ。講談社ノンフィクション賞受賞。 新潮社 (2000/07、単行本初版1998年)




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by yomodalite | 2009-02-21 12:03 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

あなたの苦手な彼女について (ちくま新書)

橋本治/筑摩書房



「苦手な彼女」のことを、どうしてこうも書けるのか。

本著はものすごく橋本治っぽい本です。こんな本は橋本治以外ではありえないのだれど、それだけに橋本治初心者は手を出さない方がいいと思う。

著者は、これまでも「女」について数々の先鋭的な著作があるのですが、残念ながらこちらは、それらの決定版とは言い難いかな。70年代〜の現代女通史となるはずだったと思うのだけど、、あまり他でも評判が高くないようなので擁護したいところなんですが、これほど切れ味の悪い橋本治もめずらしい。でも大変な「労作」であることは間違いないです。

◎「もっと、うららかな日々」
_____________

【内容紹介】 たいていの人に「苦手な彼女」がいるという。いったいそれはどういうことなのだろうか? 七〇年代の高度成長期にウーマンリブ運動が起き、時を同じくして消費者運動が登場した。八五年には男女雇用機会均等法が成立し、その年、内需拡大のために個人消費が推進された。その後の好景気とバブルの崩壊、平成不況....この四十年の間に、日本の男女関係がたどってきた変遷を、ときに女帝の時代にまで遡って深く考察する。 筑摩書房 (2008/12/10)



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by yomodalite | 2009-02-17 11:45 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)
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元ヤクザが土方をしているという設定は「花と怒濤」 と同じなのですけど主役が高橋英樹なので、こちらはより清順ぽい映画。弟の仇のところへ駆けつけるクライマックスシーンから清順映像が爆発します。


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(↓ネタバレ映像満載)
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青い扉を抜けると黄色い扉


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俯瞰から。。。

なんと床が透明に(!!)


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今後も観ることはないであろう英樹の足の裏。。



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実際に闘っているのはこんな場所。



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闘いおわって、
ちょっと傷ついた
刺青。。。



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英樹を追っていた男達の
赤い靴(かかとまでペンキ塗り立て?)


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上にパン。こんな男たちがなぜ赤い靴?(笑



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by yomodalite | 2009-02-06 13:06 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

Dの複合 (新潮文庫)

松本 清張/新潮社



『黒い画集』のあとに何を読もうか迷いましたが、夥しい量のTVドラマなどで、なるべくネタに見覚えがなさそうな作品ということで本著を選びました。タイトルの意味はちょうど半分ほど読み進むと登場します。北緯35度、東経135度の英訳 North Latitude 35 degrees East Longitude135 degrees 4つの「d」が重なり合っているから「Dの複合」(中略)それに緯度・経度は地球をたてとよこにそれぞれ2つに割っているから、そのかたちからしてもD形の組み合わせになっている

と、作中の作家によって説明されるのですが、北緯35度、東経135度でなくても「D」は4つ。重なり合っているというのも(?)なんですが、ストーリーには様々な「複合」があり清張作品の中では特に謎解きの面白さが味わえる作品ではないでしょうか。

島田荘司のデビューが、松本清張の流行により衰退していた「本格ミステリ」の復興の先駆けになったという知識などから(私はお二人ともリアルタイムに読んでいませんが)清張には「ミステリ」の印象があまりなく両者は対極の存在と思っていたのですけど、「Dの複合」には、島田作品の手触りとかなり近い感触があって、宮部みゆきだけでなく、松本清張の影響の大きさというか巨人ぶりをあらためて実感。

本著の検索をしていて不思議だったのですけど、清張ファンの人はネタばれに関して気にしない方が多いようなので、未読の方はお気をつけくださいませ。

_______________

【BOOKデータベース】作家の伊瀬忠隆は雑誌の依頼を受けて「僻地に伝説をさぐる旅」の連載を始めた。第一回浦島伝説の取材地丹後半島いらい、彼の赴くところ常に不可解な謎や奇怪な事件が絶えない。そして突然の連載打切り。この企画の背後に潜む隠された意図の存在に気づいたとき、伊瀬は既に事件の渦中に巻き込まれていた。古代史、民俗説話と現代の事件を結ぶ雄大な構想から生れた本格的長編推理小説。新潮社:改版版 (1973年、光文社1968/12初版)



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by yomodalite | 2009-01-29 12:34 | 文学 | Trackback | Comments(0)

黒い画集 (新潮文庫)

松本 清張/新潮社



大みそかに、久しぶりに「紅白」を観ました。下品な番組という感想はもう何年も変わらないのだけど、『天城越え』の石川さゆりが素晴らしくて、これはやはり「紅白」という「舞台」がもつ格が相応しいとも思えるのだけど、番組全体としては、なるべく下品に演出するようにと、NHKは毎年「闇の勢力」から、脅されているんでしょうかww

『天城越え』はもう十年以上前から名曲だったはずだけど、年末に観たそれは、名曲として以上に「古典」として完成されていてさらに大輪の華を咲かせたようだった。イチローが、現在これを使用したのも、この完璧さが気に入ったのだろうと思う。

そんなことを思いつつ、私が録画した『天城越え』を何度も観ていたら、ダーリンから「清張に『天城越え』という作品があるんだよね」と、めずらしく(!)有意義な一言。

久しぶりに松本清張の作品を読んでみました。

本著は『天城越え』を含む7編による短編集。「天城越え」はその中では短い方なのだけど、どの作品も、描写がすばらしく、著者も書込むことにより筆が乗って来るという感じで惹き込まれるだけに、長い作品ほど満足度が高くなるので、読了後もっと続きが読みたいと思ってしまう。また、あらためて驚いたのは、全作品が自分が生まれる前に書かれたものだったこと。昭和33〜34年に書かれたものなのに、この現代性は驚嘆するしかありません。まだ東京オリンピックも始まっておらず、新幹線ひかりも走っていないなんて。

また近日中に、清張作品を読まずにはいられないと思う。


【目 次】
「遭難」
同じ会社の3人が鹿島槍の登山をするが、遭難して一人が死んでしまう。。。
「証言」
エリート銀行員は保身の為、殺人事件の偽証をする。。。
「天城越え」
少年は家出の途中、色っぽい女に出会い。。。
「寒流」
銀行支店長が上司である常務に愛人を奪われてしまう。。。
「凶器」
容疑者の家から凶器は発見できなかった。刑事は後日、凶器が何であったか気づいた。。
「紐」
島の神主が川べりで死体で発見された。被害者はある事業計画のため多額の借金を抱えていたが。。。
「坂道の家」
雑貨屋の店主が若いキャバレーの女性に手玉に取られてゆく。。。

【本の内容】
身の安全と出世を願う男の生活にさす暗い影。絶対に知られてはならない女関係。平凡な日常生活にひそむ深淵の恐ろしさを描く7編。新潮社: 改版版 (1971/10)



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by yomodalite | 2009-01-21 13:53 | 文学 | Trackback | Comments(0)
f0134963_1441371.jpg(2013.1.27追記)下記の本書の感想について振り返ってみて、自分のアホさ加減ばかりが目につくようになりました。また、コメント欄でも真摯なご意見をいただき、大変反省しております。

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2009-01-20 14:05 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(3)

文学少女/林真理子

ようやく訪れた林真理子へのマイブーム。こちらは94年出版。
個人情報やプライヴァシーの問題など、柳美里の処女作の裁判への文学ファンの感想を読んでいると、物書きになることの難しさを痛感するが、なぜか文章を書きたがる人は増えていて、読む人の方が減っているらしい。

「物書きになるということ、小説を書くと言うことは、常人には考えられない残酷さを持つことでもある。だいいち肉親の目の触れる場所で、自分の性のことを語る職業があるだろうか。」

本屋の娘だった著者による自伝的ともいえる内容。文学少女という存在の真実に迫る7編。


「本の家」
小さな町の書店経営に苦労する母、昭江。17歳になる史子は昭江40歳のときの子供。昭江は若い頃小説家になるのが夢だった。

「遠い街の本屋」
ベストセラーの新刊書だけ並べてある本棚は、一見美しいけれどいびつな冷たさがある。売れ残った古い本ばかりだと、本棚の空気はよどんでいる。ガラス戸どしに見た本棚はまさにそのとおりだった。店主らしい男の歯がとても綺麗だった。注文した本を取りに来るときに、「また次に取り寄せてもらう本を考えておこう。この男が思わず“おっ”と感心するようなものを」

「文学少女」
「読者の体験手記入選発表」。史子の手記が採用された。想像だけで書いた性の体験手記。史子は正真正銘の処女だった。

「痩せぎすの男」
大正時代の初期に建てられたであろう出版社のビルに史子は来ていた。2作目の小説を読んだ仁科という編集者が史子を呼び出したのだ。

「往復書簡」
史子は母の秘密を得たいと思う。でも本当に手に入れたとき、本当に事実に立ち向かう気持ちがあるだろうか。母は悩んだ末に、史子に語りだした。

「影のないマリア」
沢渡久仁子の恋の苦しみというものを、どれほど史子は聞いてやったことだろうか。彼女は今年40歳になる弁護士。若い頃アメリカ人と結婚した久仁子は、その後も外国人、日本人と見事なほど替わりばんこにつき合った後、年下の男と籍を入れた。
久仁子は憮然として言う。
「そこいらの馬鹿な女が、あたり前みたいに子供を生んでいるじゃない。それなのにそうして私のように優秀な女の子どもが出来ないの。ずっと世の中のためになるはずなのに。こんなのっておかしいじゃないの」

「本の葬列」
母から店を閉めようかと相談された時、史子は一も二にもなく賛成した。

「本っていうのは始末が悪いからねぇ。売れ残っても魚や果物みたいに腐りゃあしないでいるまでも残る。そうかといって捨てるのは冥利も悪い。こんなに始末の悪いもんはないようね」
「そうだよね。死体みたいなもんかもしれないね。焼くか、海の底に沈めるか、どっちかひとつだ」
「本は死体みたいに、嵩高くて重いからね。回収業者もいい顔をしない。私はお金を払ってもっていってもらうつもりなのさ。そうなるとまるで火葬場と同じだよね」
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【出版社/著者からの内容紹介】奥手な娘史子は、本を読むことで男を知り、想像の中で男と関係し、書くことで現実に男を愛した。著者の告白にも似た、自伝的短篇集。文藝春秋 (1994/01)

【BOOKデータベース】母を疎み友を憎みながら、愛を、非凡な世界を、称賛の言葉を渇望した青春の日々—。「林真理子」を切々と投影した待望の秀作。





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by yomodalite | 2009-01-03 21:57 | 文学 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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