ネットいじめ (PHP新書)

荻上 チキ/PHP研究所



『ウェブ炎上』に続いて荻上チキ氏を読むのは2冊目。

第1章では、「ネットいじめ」は「ネット」が原因ではなく、偏った事例を取り上げて「ネットはいじめの温床」と決めつけるマスメディアによって「学校裏サイト」不安が作られている例が語られている。

第2章では、「学校裏サイト」というマスメディアによる恣意的な印象をあたえる名称から、「学校勝手サイト」と改称し、10代〜20歳ぐらいまでの「勝手サイト」の真実を豊富なデータにより紹介。

第3章では、ネットによりイジメが「可視化」されたことにより、見えてくる現代の「イジメ」の実態。「ネットを使うな」がむしろ「イジメ」を助長する懸念。

第4章は、ネットにより加速したキャラ創り。「イジメからイジラレへ」。

第5章は、ウェブの未来を見据え管理はどこまでなされるべきか。有害メディアとして「ネット」を位置づけようとする議論の不毛など。。。

まず、「教育問題たかり屋」としか思えないTV御用達の教育評論家、尾木直樹の憶測のみの「語り」が批判されていることに拍手。「ネットいじめ」の問題のみならず、若年層からネット利用者である青少年と、ネット経験不足の大人との誤解を埋める良書。テーマがピンポイントだけに、新書でも後半は少し飽きてしまうけどよくまとまっています。
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【内容紹介】インターネットはいじめの温床、匿名ゆえに陰湿な誹謗中傷の嵐。「子どもたちを守れ!」を合言葉に、ネットやケータイの使用規制が叫ばれる。はたしてこれで、いじめは減るのか?「学校裏サイト」を利用する子どもたちの生の声を分析すると、ネット空間は現実の人間関係の延長にあり、要は使う人間の質と環境が問題だとわかる。そしてそこには、空気を読まなければ叩かれる現代の若者事情が見え隠れする。学校でも、職場でも簡単に見えるようになった<陰口>。この息苦しさの正体が明らかになる。PHP研究所 (2008/7/16)



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by yomodalite | 2008-09-17 11:52 | 雑学・Web | Trackback | Comments(0)
極ふつうのボリュームのハードカバーですが、読了まで随分と時間がかかりました。難解な内容ではないのですが、本の性格がわかりにくく「序」での大げさ過ぎるルソーの『告白』引用後、ひたすら続くあまりにも詳細過ぎる30年以上も前の小学校時代の記述内容が、ノンフィクションとして読むにはどうにも信じがたく「資料」に対する疑問が生じ、文中に引用図書の記述はあるものの、巻末に「引用」ページがなく、著者略歴もない体裁など、やっぱり「小説」?という思いが何度も去来しながらの読書でした。

ちなみに、ウィキぺディアで、著者が1962年生まれ(年上ではあるが同世代!)、政治学者で、専攻は日本政治思想史、鉄道エッセイで知られ、現在は国際学部教授という記述を見て「?」は更に増幅しました。

読了後数日経って、結局、問題は「序」であったと思いました。この著作の資料は、ほとんど著者の「日記」であるはずですが、少年期にこれほどの詳細な日記をつけていたということを普通に説明すべきだったのに、(「序」で説明するのはそれしかないでしょ。)自らの日記の「歴史」運用への後ろめたさから、ことさら「恥ずかしい過去」や『告白』という大げさな表現ばかりが目立つことになったのでしょう。

それと、滝山コミューンの居心地の悪さから、「四谷大塚」へ逃避した著者の過去が、現在の読者にとって居心地の悪さを感じるであろうことへの著者のジレンマが交差し、私には、主題である「滝山コミューン」に入り込めませんでした。

終盤で、「少年ドラマシリーズ」のような世界という記述がありましたが、あの時代は未来への輝かしさと不安を同時に描いたものが多かった。あの頃の「未来」が無くなったひとつの原因は「四谷大塚」にあるんでしょうか。

主題というか、目のつけどころは面白かったのですが、著者の性格のねじれの方が目立ってしまって残念な結果に。

「秋月瑛二の「団塊」つぶやき日記 」
http://akiz-e.iza.ne.jp/blog/entry/192905
「送信完了。:読書系小日記」
http://d.hatena.ne.jp/ishigame/20070610#p1
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【出版社/著者からの内容紹介】 「僕は感動した。子供たちの裏切られた共和国だ!!」作家・高橋源一氏

マンモス団地の小学校を舞台に静かに深く進行した戦後日本の大転換点。たった1人の少年だけが気づいた矛盾と欺瞞の事実が、30年を経て今、明かされる。著者渾身のドキュメンタリー。東京都下の団地の日常の中で、1人の少年が苦悩しつづけた、自由と民主主義のテーマ。受験勉強と「みんな平等」のディレンマの中で、学校の現場で失われていったものとは何か? そして、戦後社会の虚像が生んだ理想と現実、社会そのものの意味とは何か? 2007年、今の「日本」は、1974年の日常の中から始まった。





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by yomodalite | 2007-11-30 17:23 | 報道・ノンフィクション | Trackback(1) | Comments(2)

よせやぃ。/吉本隆明

よせやぃ。

吉本 隆明/ウェイツ

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吉本氏が、未だ元気であることがわかった以外に特に記憶にとどめたいような点はありません。

☆その後に読んだ本の感想....

【出版社/著者からの内容紹介】 吉本隆明との1年にわたる「雑談会」の記録。本書では、素朴な質問を愚直にし、それに対して吉本隆明は雑談のように、しかし明らかに"思想"を語っている。そこに、これまでの吉本隆明の著作とは違う意味での"わかりやすさ"とともに、逆に底知れない"深さ"があらわれている。

"深さ"のあらわれている発言の一部をここで紹介しよう。

「拉致問題の解決には公式に北朝鮮と日本が条約を結べばいい」「瀬戸内寂聴さんが死は怖くないと言ってるけど、それは嘘ですよ」
「西洋には模倣するに足りる社会思想も生活思想も文化思想もないということです」
「学校で教わったことなんて社会で発揮できないという要素のほうが多いから、親からいい先生といわれるような先生にならないほうがいい」
「ホスピスなんていうのは、悪口を言いますと、ナチスのガス室とどこが違うんだということになるんです。生きてる限りは生きるという方向に矢印を向けていかなきゃだめだ」

テーマは「1 教育について」「2 人間力について」「3 自意識について」「4 歴史を流れるようにするとは」「5 時代の自意識について」で、いまの時代や社会のことに少しでも関心のあるすべての人にとって、とても意味深く、かつ示唆に富んだ内容になっているのはもちろん、ではどのような精神的・思想的な心構えや方法論を持つべきかが明らかになっている。  ウェイツ (2007/09)


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by yomodalite | 2007-10-27 19:48 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

この国が忘れていた正義 (文春新書)

中嶋 博行/文藝春秋



「NBOnline 日刊新書レヴュー」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070830/133599/

(前文略)
中嶋のアイデアはふたつ。冷戦崩壊後、税金を無駄に使うだけの無用の役所と成りはてた公安調査庁を、加害者から賠償金を取り立てる「公設取立人」へと改組すること。それから、こちらがメインだが、刑務所を民営化すること。

本書が提言する、刑務所の民営化は、犯罪者を立ち直らせるといった「神の仕事」から完全に手を引き、「人(として当然)の仕事」を始めることである。刑務作業に資本主義的原理を導入して、その利益を被害者にまわすのだ。

刑務所のグローバル化というか、新自由主義的刑務所の確立というか。刑務作業は犯罪者の更生が目的であるため、精神修養を眼目とする伝統工芸的手作業などに偏りがちで生産性がいちじるしく低い。それを民間に委託し、まともな現代的工場へと生まれ変わらせ、中国や東南アジアに対抗しうる生産の基盤として市場に組み込んでしまおうというプランである。給料から天引きしてきっちり賠償させようというわけだ。

■タテマエを捨てれば見えてくる可能性

おそらく、旧人権派の目には許しがたい「人権侵害」にうつるはずだ。(中略)しかし、刑務所労働はもともと「懲役刑」の一環なのである。(中略)みずからが踏みにじった被害者の生命や財産を償うために週六十時間働かせることに過剰反応するのは、旧人権派がいかに犯罪被害者の救済に冷淡かをあらわしている。

本書の提言部分にかんしては、犯罪者の更生という夢(というかタテマエ)さえ放棄すればこんなやり方もありうるんだぜ、と可能性を示したものと読まれるべきだろう(民営刑務所は今年、第1号が登場したが、やはり更生支援を目的としており、中嶋の考えるものとは違っている)。そのうえで、疑問に感じたところを最後に。

刑務所民営化もアメリカに範が取られているのだが、失敗だったことを中嶋は認めている。囚人への虐待や脱走などが次々発覚し窮地に立たされているというのだ。わが国でも同様の問題が発生してくることが予想されるが、それに対し、中嶋は回避案を示していない。いくら加害者は二の次だといっても、虐待や脱獄はさすがにまずいだろう。

それから、過剰収容の傾向があるとはいえ、服役者は高齢者やハンディキャッパーなど社会的弱者ばかりでまともな労働力としてカウントするのはむずかしいと訴えたリポートもある(浜井浩一、芹沢一也『犯罪不安社会』光文社新書)。こうした現状をふまえたうえでのアイデアなのかどうか、そのへんもちょっと気になった。 (文/栗原裕一郎)
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【MARCデータベース】日本は加害者に甘すぎるー。犯罪者「福祉」予算2200億円! 凶悪犯の人権、いじめっ子の教育権が優遇される「犯罪者福祉型社会」を排し、日本が正義を取り戻すための「ウルトラ処罰社会モデル」の導入を提唱する。 文芸春秋 (2007/07)

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by yomodalite | 2007-09-20 10:07 | 裁判・法律・犯罪 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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